綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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失踪したと思った?
おるで!




リアルがきついの
許して


第二次忍界大戦編
独りよがり


 日が落ち、冷え始めた崖の底に、風のうねりが鳴り響く。畳間に連れられ、そして取り残されたクシナは、用意してあった寝袋の中で体を丸めていた。夢に見た下忍生活を目前にして、このような過酷な試練が待っているなど、夢にも思わない。襲い掛かった理不尽を前に、クシナは暗い気持ちを吐き出した。

 

「最悪だってばね……」

 

 クシナの隣に、残りの二人はいない。ミコトとシビは各々クナイを用い、崖を登り始めていた。どうやら一定間隔で横穴が開けられているらしく、シビもミコトも、今夜は各々進んだ横穴の中で休息をとっている。クシナが昇れていないのは、ひとえに忍具を持っておらず、素手で登らざるを得ないからである。けれども素手で登るにはあまりに険しく、クシナは畳間に放置されてからの二日間、壁に張り付くためのチャクラコントロールの訓練をひたすら積んでいた。

 

「畳間さん……なんで……」

 

 目じりから、温かいものが零れ落ちる。鼻から垂れて来た水分をずずっとすすり、クシナは乱暴に目元を拭った。

 

 ある種の傍観の念を持って見上げた空。先行したミコトはもはや点となり、シビなど姿が見えもしない。今さら追いかけても、追いつける気がしなかった。

 木の葉に連れられて以来、クシナは本格的な修行をしていない。クシナと関わりを持つ数少ない忍である畳間は、渦隠れにも名が響いていた、木の葉が誇る二枚看板の一角。畳間が持つ数々の術は、その一つ一つが秘伝に匹敵する高等忍術であると聞いていた。”よそ者”である自分がそんな忍に師事できると思うほど、クシナは自分が特別だとは思っていない。

 ただ、クシナは自分を認めてくれる数少ない木の葉の人間として敬愛していたし、畳間が担当の先生になると分かったときは、木の葉隠れの忍として認められたのだと信じ、それが、飛び上がるほどに嬉しかった。

 

「はっ……」

 

 クシナは口端を歪めると、死んだ魚のような目で鼻を鳴らした。思い描いた未来図とあまりに違う現実に、もはや笑うしかない。

 それでも、クシナは畳間を恨むつもりは無かった。ただ「木の葉の昇り龍」は、噂通り、色々と危険な人だったのだと、認識しただけである。畳間の忍としての側面を知らないまま、これまで通りに、近所の兄ちゃんと新参者という関係でいた方が、ある意味で幸せだったのかもしれないとは、思ったが。

 

 結局のところ自分はよそ者で、気に掛けられる存在ではなかったのだ、とクシナは思った。下忍にもなれないまま、よそ者の落ちこぼれとして、アカデミーへ戻っていく。

 

「ざっけんじゃないわ」

 

 クシナは岸壁に近寄ると、自分の白く細い指を眺めた。岸壁に沿うように、ゆっくりと視線をあげる。果てのないようにすら見える、そびえ立つ壁。

 だが、乗り越えられないと誰が決めた。里の皆に、自分のことを認めさせてやる。その出発点だと思えば―――あまりにも高い壁だが、やってやれないことはない。

 

「火影は―――私の夢だから」

 

 クシナの表情が引き締まる。岸壁に凹凸を、力強く握りしめた。

 

 

 

 

 うちはミコトは、横穴で体を休めていた。クシナを置いていくことに罪悪感を抱きつつ、各々一族の看板を背負っている以上、情けを掛けるわけにはいかなかった。クシナがスタート地点で足踏みをしていることに安堵するミコトは、失敗だけはしないように、慎重に到達地点を目指している。

 崖の底は、静まり返っていた。少しして聞こえて来た何かを啜る音に耳をふさぎ、ミコトはただ夜が明ける時を待った。

 

 太陽が頭上に昇ったころに、ミコトはようやく目を覚ました。酷使した上半身は痛みに悲鳴をあげ、寝袋から起き上がることが出来なかった。片腕を、寝袋から出して、手のひらを眺めた。拳を作れないほどに疲労した手のひらの動きは非常にぎこちない。惨めさか、あるいは切なさか、ミコトはふいに流れた涙を止めることもできず、寝袋の柔らかさに体を預けた。

 それからしばらく過ぎてから、ミコトは痛みを堪え、起き上がった。横穴から顔を出し、底の様子を見た。クシナはすでに起きていた。昨日と同じように崖を駆け上がろうとしては、ひっくり返って地に落ちる。チャクラコントロールは一日で身に付くものではない。特に足の裏は、人体で最もチャクラの制御が難しい場所とされる箇所である。

 合格者は2人。ならばクシナが底にいる限り、ミコトの負けはない。

 

 ミコトは、右腕を振りかぶる。

 力強く、振り下ろす。

 固い岸壁に、クナイが突き刺った。

 1,2―――呼吸を整える。クナイを引き抜くために、左腕に力を籠めた。岸壁にぶら下がる体、その全体重が、右腕に集約される。か細い腕にかかる負担の重さに、ミコトは整った顔を歪ませる。

 

「ぐ、ううううう―――」

 

 左腕が、クナイを引き抜いた。突如として消えた左腕の負荷に体が揺れ、右腕にさらなる負担がのしかかる。ミコトは左腕をすぐさま振りかぶり、クナイを岸壁に突き刺した。岸壁のわずかな凹凸に足を乗せたミコトは、伸びきった腕を屈折させて、しばしの休息を取る。流れる汗をそのままに、荒れる呼吸を整える。

 昨夜に休息をとった横穴から、随分と登った。見上げれば、シビが同じようにクナイを使い、必死に頂上を目指している。下を見る余裕はなかった。ミコトは、うずまきクシナを置き去りにしたことを悔いている。戻ろうとは思わないが、それでも、やはり罪悪感は感じた。

 

 ―――早く終わらせなければ。

 

 それは積もる罪悪感から逃れたいがためか、あるいは底に待つクシナを早く解放してやるためか、ミコトにも分からなかった。

 

「こんなの、無理だよ……ッ」

 

 零れ落ちる弱音を止めることはできない。けれども止めることはできない。うちはは誇り高い名門である。千手の遠縁であるうずまきや、名門の一派である油目一族に負けることなど許されることではない。父と母の、一族の期待を背負ったミコトに、諦めることなど許されない。

 急ごうと、ミコトは岸壁に刺さるクナイを引き抜いて、そして振りかぶり、再び岸壁に突き刺す。もう一方のクナイを引き抜いて、そしてそれを振りかぶり岸壁に突き刺せば、再び足をあげ、僅かな凹凸に掛けて、しばしの休息を取る。繰り返される作業は、肉体的なものだけでなく、精神的な体力も削り取る。

 気づけば、腕が震えていた。疲労が蓄積しているようである。次の横穴では、1日休息を取る必要があるかもしれない。なぜこんなことをしなければならないのか―――不安、焦り、恐怖、疲労、苦しみに辛さ、積もり積もった感情が溢れそうになり、ミコトは唇を噛んだ。震える瞼を意思の力で抑え込み―――ミコトは再び、クナイを振りかぶった。

 

 

「びっくりするくらい進んだってばね」

 

 クシナは素手で登り始めてからの進境に、から笑いを漏らした。

 腕力にも、体力にも自信はあった。だが、たった2日でうちはミコトに追いすがれる距離に到達するとは思ってもいなかった。

 指先はずたずたで、触るものすべてを赤く染める。痛みは強く、正直言って泣き出したいほどである。それでも、もう少しで追いつく。ただそれだけが、クシナの行動力のすべてであった。

 

 他方、凄まじい勢いで追い上げを始めたクシナの存在は、ミコトの心に焦燥感を溢れさせた。置き去りにし、この数日で距離を突き放したクシナは、普通に考えれば追いついて来られるはずがない。だが実際には、数日間の空白などものともせず、クシナは追いすがって来た。

 うずまき一族―――その恐ろしさにミコトが怯えたとしても、それは無理からぬことであろう。クナイを握るミコトの手が汗ばむ。早く進まなければならないという強迫観念が、ミコトを酷く追い詰めた。

 

 視線を下げれば目視できる距離に追いすがったクシナの姿に、クナイを握る手に汗が滲む。一つ、二つ。岸壁にクナイを突き刺すたびに、手が酷く重く感じた。

 ミコトは両足を岸壁の凹凸に掛けて体制を整えた後、ポーチから手裏剣を取り出すと、そっと手を放した。手裏剣は重力に従い落下する。その鋭い刃先はクシナに向けて落ちていく―――。

 

「―――ッ」

「え……」

 

 クシナは落ちてくる手裏剣を察知し、咄嗟に手を掲げた。落ちた手裏剣はクシナの手の甲を切り裂き、谷底へと姿を消していく。クシナは呆然とした表情で、ミコトを見つめた。

 何が起きたのか、理解したくなかった。だが、手の甲の痛みが、それが現実であることを突きつける。仲間では無かったのか。置いていかれるだけでなく、ここまでの妨害行為を受けなければならないほど、うずまきクシナという存在は疎ましいものなのか。

 

「なッ―――」

 

 なにを、そう叫ぼうとしたとき、クシナの指先に、冷たい水滴が落ちて来た。クシナは驚いて、言葉を飲み込んだ。雨だとすれば、このまま登り続けることはあまりに危険である。しばらく指先を見つめ、けれども後続は無く、どういうことかと考えて、まさかと、クシナは驚いたように上を向いた。

 視線の先では、ミコトが再びポーチからクナイを引き抜こうとしていた。岸壁に突き刺したクナイに片手でぶら下がったミコトの姿に、クシナは嫌な予感が過り―――。

 

「―――あっ」

 

 それは、クシナか、あるいはミコトの声か。

 

 ―――ゆっくり、ゆっくりと、目の前にあった岸壁が、体から離れていく。ゆっくりと流れていく光景が、ミコトの脳裏に焼き付いた。奇妙な浮遊感。思考が追いつかない。直後、急激に増した重量感。谷底へ―――死へと引き寄せられる感覚。この高さから落ちれば、死は免れない。ミコトは咄嗟に岸壁へ手を伸ばした。けれども弱った握力で体重を支えることはできず、指の腹を切った。クシナの手のひらは何を掴むことも許されずに、宙を泳ぐ。班員を切り捨てた罰か―――ミコトは死の諦感から、目を閉じた。

 

「ああああああああああああ!!」

 

 叫び声。咄嗟に、ミコトは目を開いた。肩に、腕に突如として発生した重圧に、うめき声をあげた。

 

 呆然とした目線の先には、ミコトの手を握りしめ、脂汗を流すクシナの姿があった。2人分の体重を支えるために、岸壁を強く強く掴んだ手。爪が割れたのか、流れでた血液は痛々しく、白いクシナの肌を染め上げていた。

 

 ―――助けられた。

 ミコトがそのことを理解するのに、さほど時間はかからなかった。クシナを見上げるミコトの瞳が、かすかに揺れる。

 

「どうして……」

「ふぅ……」

 

 ミコトの呟きが聞こえなかったのか、クシナは痛みと負荷に耐えるように表情を歪めながらも、安堵のため息を溢した。それが、ミコトの心に酷く突き刺さる。

 

「どうして……?」

 

 か細く、問いかけるような、ミコトの言葉。前髪に隠されたミコトの表情は伺えない。複雑に入り混じった感情が滲み出た言葉だった。

 クシナはその言葉を受けて、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪める。だが、ミコトの命を救ったという結果は、緊張の中にあったクシナの心に、安堵の温かさを芽生えさせていた。ため息を一つ吐いた。先ほどとは違う性質を持ったため息は、負の感情を一緒に吐き出して、クシナは疲れたように笑った。

 

「どうしてって……。木の葉では、里の仲間を助けないのが普通なの? だったら、私が火影になってそんなの変えてやるってばね」

 

 つないだミコトの掌が、ぴくりと反応する。クシナはその手が離れないように、反射的に強く握りしめた。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、さっきのことは、ふざけんなよって今も思ってるってばね。私の恨み言なら、後でたくさん聞かせてあげる―――」

 

 俯いたまま肩を震わせるミコトに、クシナは困ったように苦笑いを浮かべた。

 

 

「あの、そろそろきついから、どこかに捕まってほしいんだけど……」 

 

 少しして、岸壁にぶら下がるクシナに限界が訪れる。片腕で2人分の体重を支えるには、いかに体力に自信のあるクシナと言えども、疲労がたまりすぎていた。擦りむいた手のひらからは鈍い痛みが続いており、流れ出た血が腕にまで垂れ流れていた。

 クシナの言葉に、ミコトは豪快に鼻を啜る音を立てると、慌てた様子で岸壁に手を伸ばした。ミコトは両手で岸壁にしがみつき、足元の凹凸に足を乗せる。クシナはミコトが体勢を立て直したのを見届けると、緊張の糸がほどけたのか、腑抜けたような声を漏らした。

 

「もう限界」

「え?」

「一歩も動けない。どうしよう」

 

 人一人が落ちて来た落下の衝撃を腕一本で受け止め、さらに二人分の体重を支えていたクシナの腕は、もう限界だった。クシナは感覚を失い始めていた片腕では、しがみついているだけで精いっぱいである。ここに留まっても、いずれ両腕が限界に達し落ちざるを得ないだろうし、そうなれば足元にいるミコトを巻き添えにしてしまう。また、頭上にクシナがいる以上ミコトは先に進むこともできない。詰んだ、とクシナは思った。

 

「なんとかならないの?」

 

 ミコトが慌てた様子で言う。

 

「無理そう」

「あなたに落ちて来られると、位置関係的に私も巻き添えなの」

「じゃあ2人一緒に谷底に戻るってばね! 死なばもろとも!」

「え……?」

 

 クシナの言葉は笑いを含んでおり、この絶体絶命の状況を、どこか楽しんでいるようにも感じた。ミコトはそれが、クシナなりの気遣いなのだと気づき、申し訳なさと共に、自分の心に余裕が生まれるのを感じた。 

 

「嫌よ、一人でいって。どうぞ」 

「助けてやった恩を忘れるんじゃないってばね!」

 

 笑うクシナに、つられて笑うミコト。

 ミコトは、もうクシナを蹴落とそうとは思わなかった。命、家名、期待、背に掛かった重圧―――極限の状況が蝕んでいたミコトの心が、本来の温もりを取り戻す。

 

「ごめんなさい。本当に。私、どうかしてたわ」

「私は火影になる女だからね。特別に許してあげる。私が火影になったら、まずは畳間さんの粛清からだってばね」

 

 クシナの言い様に、ミコトもまた笑みを浮かべた。

 

 

「―――たいした根性だな」

 

 岸壁で縦に並び、何やら話しているらしいミコトとクシナを見ながら、畳間が呟いた。何やら会話し、笑いあっているようだが、その内容までは聞き取れない。

 

 帰ったと思われていた畳間は―――実際本体は帰っていたのだが、数体の影分身を渓谷に置いていた。3人の子供たち1人ひとりに対応できるように位置取った影分身たちは、子供たちが崖から落ちたり、本格的に仲違いを始めた際、救出を、あるいは試験失格を言い渡すという役割を担っている。

 

「しかし……この修業はまだ厳しすぎたか……? いや、修行のランクは落としているから大丈夫だろう。たぶん」

 

 始まった途端に崩壊したチームワーク。あるいは露呈した仲間意識の低さ。

 どうなることかと思ったが、今のクシナの一連の動きは、後見人としても先生としても嬉しいことである。ミコトもクシナに影響されたのか、先ほどまでの危うい雰囲気が霧散している。

 

 畳間は、かつて己がこの谷に突き落とされたことを思い出す。当時、扉間はどのような心境で弟子である畳間を見守っていたのか、ふと興味が沸いた。

 もどかしい気持ちで見守っていたのか。それとも、これくらい出来るだろうと突き放していたのか。あるいは、今の畳間のようにちょっと厳しいかなとそわそわしていたのか。今となっては知ることは出来ない。怨嗟の声をあげて臨んだあの修行も今となっては懐かしいものである。

 

 今のところ、試験の本題である、チームワークは見られない。そもそも、仲違いするように試験を考えたのだから、仲違いしてもらわなければ困るのだが。

 

 今再び、凄惨な戦国時代を迎えようとしている忍界。そこに生半可なチームワークなどいらない。忍界を変えた千手柱間の温もりが大きく残り、同時代に生きた千手扉間や二代目雷影が、燃え滾る平和への志を貫いていた、あの優しい時代はすでに終わった。

 畳間からすれば、血を分けた盟友である渦隠れの里が裏切りの意志を見せた時点で、戦争を止めるすべなど、もはや潰えているのだから。それはイズナの記憶における、戦国時代の常識。戦国時代において、幼少期からこのレベルの修行など当然だった。忍者養成施設は忍者アカデミーへと変わり、授業の質は落とされた。来る戦争を生き抜けるだけの強さこそが、今の子供たちに必要なものであると、畳間は考えている。三代目火影は戦国時代を知らないがゆえに、甘い。畳間はそう断じた。

 ゆえにこの試験に畳間が求めるのは、かつてのうちはイズナのように、仲間のために己の命を捨てて敵を砕く覚悟―――。

 

「……ッ」

 

 畳間の思考に、ノイズが走った。試験の理由と、求めているものに、矛盾があったような気がする。

 軽い立ちくらみに目頭を押さえた畳間の脳裏に、かつての記憶が過る。血と泥に濡れた、今よりも幼いアカリの笑み。それは、中忍選抜試験での記憶だった。畳間は振り払うように、頭を軽く振った。

 

 うずまきクシナ。

 期待を抱いて移住して来た木の葉隠れの里において、切磋琢磨すべき同級生から苛めを受けて傷つき、そしてそれらにたった一人で抗い、ねじ伏せてきた少女。

 痛みを知り、抗う強さを持ったことは今後のクシナの大きな力になるだろう。だが一方で、それらの行動力は自己中心的かつ、木の葉隠れの者の意見を聴き入れられないという、独りよがりの弱さに変化しかねない。そう思っていたが、クシナは見事に、ミコトを救って見せた。時期を見て、結束を選ばざるを得ないなにかしらのアクシデントを起こそうと思っていたが、あの二人には無用のようである。

 

 一方の、油目シビの動向―――。

 畳間は頂上付近に下忍では破れない程度の結界忍術と幻術を仕掛けている。これを破るには、三人が同時に結界へチャクラを流し込み破壊するしかない。いちはやく頂上へ近づき、結界の存在に気づいたシビは、明らかにアカデミー卒業生レベルでは単独合格のしようがない試験へ疑問を持ち、裏を探っているようである。恐らく、彼も遠からず残りの二人と組むことを選ぶだろう。だが、畳間は試験の直前に、合格者は2人のみであるかのような情報を、彼らに与えている。果たしてシビは、”どちらか”ではなく、”どちらとも”を選ぶことが出来るだろうか。

 

 ―――忍の世界において、命とはとても軽いものだ。任務には常に死が付きまとう。畳間はいくつもの死線を潜り抜けて来たが、それは畳間がある意味で特別で、強かったからだ。今の彼らでは、畳間と同じ状況に陥ったとき、生き残ることなどできないだろう。

 時は有限だ。

 いつでも側で見守ってくれると信じていた祖父も、いつか超えてやろうと思っていた師も、いつまでも笑いあえると思っていた先生も、皆がいなくなってしまった。

 師と弟子という縁でつながった3人の子供たち。彼らには、師となった自分より少しでも長い時を生きて欲しい。

 自分よりも強いと確信していた2人の師が、戦死した。最強の一族の、二番手であったうちはイズナは、扉間に殺された。イズナは子も、弟子も設けることが出来ず、その短い生涯を終えていた。

 それらの事実と前世の記録は、畳間にいずれ来る己自身の死を覚悟させている。自分がいついなくなってもいいように―――。

 焦りにも似たその思いは、畳間の思考を染め上げる―――。

 

「あれは……動いたか」

 

 眼下で、シビが動いた。

 ミコトの側、足の裏で岸壁に張り付き、何やら話をしている。おそらく勧誘だろうが、それをミコトは拒絶しているようである。しばらく後、シビがクシナを抱えて近くの穴倉へ向かった。ミコトがクシナを助けないということを聞かないとでも言ったのだろう。その後、戻って来たシビがミコトを抱えて同じ穴倉へ向かう―――。

 

 

「いやー、ほんと、助かったってばね! あのままだったらもうどうしようかと」

「気にするな。話をしよう……この試験についてだ」 

 

 シビが岩を椅子代わりにして腰を下ろした。ミコトもクシナも顔を見合わせて、各々座りやすい姿勢で腰を下ろした。

 

「結論から言う。……オレ達は岸壁を登ることはできない。それが、戻ってきた理由だ」

 

 シビの言葉に、クシナもミコトも呆けた表情を浮かべる。

 

「オレは先に壁を歩き頂上へ向かったが……結界が張られていた。それを通り抜けることこそできるが、結界内に入れば幻術に掛けられる。オレは頂上を目指していたはずが、いつのまにか谷底へ向かって歩いていた」

「は? ちょっとなにいってるか分かんないってばね」

「幻術ね?」

「つまり……どういうことだってばね」

「つまり、畳間先生が仕掛けた高度な幻術を解除できなければ、私たちに合格はないってことよ」

「え?」

「オレの幻術返しは通じなかった。高等ランクの幻術だと考えられる。……うちは一族であるミコトなら、対処は可能か? それを訊きたい」

「……。ごめんなさい。私は写輪眼を開眼してないし、火遁の術を中心に勉強してきたから、難しいと思う」

「そうか。やはりこの試験は、アカデミー生にはあまりに厳しすぎる」

 

 壁走りを修得していなければ満足にスタートすることも出来ない状況。アカデミー生に解けるはずのない幻術による妨害。仲間割れを煽るルール。死と隣り合わせの過酷な試験内容。

 

「千手畳間はオレたちを下忍にするつもりがない。そう思わざるを得ないな」

 

 シビの言葉に、ミコトが顔を伏せた。

 

「うちは一族って、千手一族にそこまで恨みを買ってたのかしら……」

「俺たちが生まれる少し前に起きた終末の谷の戦い以降……うちは一族と千手一族に諍いは無かったと聴いている。千手畳間と縁があるうちは一族と言えば、うちはアカリとうちはカガミの2人。うちはアカリと千手畳間の2人は犬猿の仲だと、風の噂で聞いたが?」

「それほど仲が悪いわけじゃない……と思う。フガク―――うちは一族の直系の男の子が、素直じゃないとかなんとか、言ってたし」

「そうか……。油目一族は千手一族から恨みを買うほどの接点は薄いと思うが……」

 

 シビとミコトが、顔を俯かせる。どんよりとした雰囲気が2人の間に流れ、合格できない理由を考え始めた。そのとき、クシナが難しそうに顔を顰め、唸り声をあげる。

 

「ん゛~」

 

 腕を組み唸るクシナに、ミコトが顔を向ける。

 

「そういえば、クシナは何か心当たりはある? 仲良さそうだったけど」

「なんにもないってばね」

「そ、そう……」

 

 断言するクシナに、ミコトが苦笑いを浮かべる。子供たちが渦隠れと木の葉の関係の変化を知っていれば、あるいは反応が変わったかもしれない。

 だがそんなことを知る由もない子供たちは、やいやいと話し合いを続けた。

 

「―――そうだ!」

 

 クシナが、思い立ったように叫んだ。

 

「どうかしたか?」

「幻術って確か、他の人にチャクラを流してもらえば解けるんだってば? だったら、3人で流しっこすれば良いのでは!?」

 

 クシナの言葉に、シビとミコトが顔を見合わせた。

 

 

「がんばれー!」

「ふぁいとー!」

「お前たち……他人事だと思って気楽なことを言うな……ッ」

「だって他人事だし」

「ねぇ」

「貴様ら……」

 

 両手両足にチャクラを流し込み、岸壁に張り付いて、じわじわと登っていくシビ。その姿はさながらカサカサと動き回る虫のようであった。そんなシビの胴体にはロープが縛り付けられており、そのぶら下がったロープの先には、クシナとミコトが縛り付けられ、ぶら下がっている。

 

「なぜオレが……こんなことを……ッ」

「登れる人があなたしかいないんだもん」

「私たちを抱えて走って登れるくらい鍛えておいて欲しかったってばね」

「無茶を言うな」

  

 話し合いの結果、壁を登れるシビに、残りの2人が牽引されることに決まった。シビはミコトだけでいいといったが、当のミコトがクシナが一緒でなければ嫌だと言い切ったのである。ミコトとクシナが、互いとシビにチャクラを譲渡し続けることで幻術の干渉をかき消すという作戦。第三者からチャクラを流し込まれれば解除されるという幻術の特性を利用した作戦だった。シビが壁に張り付くためにチャクラを使用し続けなければならない以上、ミコト、あるいはクシナに対してチャクラを流す人材が必要となるため、三人の連携が不可欠となる。

 

 ―――結果、何事もなく結界をすり抜けて、三人は頂上へと到着する。

 

 シビがまず頂上へ到着し、ミコトは示し合わせたように、同時に頂上へ乗り上がった。

 

「早かったな」

 

 そんな三人を、紫の衣に身を包んだ偉丈夫が、迎え入れる―――。

 

 


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