綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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赤と黄色

 クシナが繰り出した正拳突きを受け流しながら、畳間は掌底を放った。その速度は緩慢で、クシナは片腕で畳間の掌底を防御した。畳間は一歩引き、今度は体の外側から右足で蹴りを放つ。クシナはそれを左足で受け止める。だが、畳間の蹴りの威力は高く、クシナは低い呻きを溢すと軽く吹っ飛んで、地面に転がった。だがクシナは転がりながら姿勢を整えて、地面に這いつくばる体勢で畳間を見据えた。畳間は感心したように頷くと構えを解き、肩の力を抜いた。

 

「良い調子だぞ、クシナ。防御が良く成長している。威力のある攻撃の受け流し方も、身に付いてきているようだな」

「毎日のように吹っ飛ばされてたら、そりゃ成長もするってばね、先生……」

「はっはっは、違いない。少し休憩にするか、クシナ」

 

 畳間はクシナに近づき、手を伸ばす。クシナが手を掴み、畳間は勢いよく引き起こした。2人で桜の木の下に向かい、揃って木陰に腰を落とした。畳間が傍らに置いてある大きめのクーラーボックスから水を取り出して、クシナに手渡し、自分もまた水を取り出して蓋を取り外し、口元へ運んだ。

 勢いよく水を飲み下すクシナを横目に見て、畳間は湧き上がってきた何とも言えない胸の温もりに、笑みを浮かべる。

 

 畳間が担当上忍になってから―――縄樹が畳間ではない上忍の弟子となってから、畳間は縄樹に対して本格的な修行を付けていない。畳間は縄樹の兄ではあるが、師ではない以上、担当上忍の修行方針について、わざわざでしゃばることはしなかった。けれども、縄樹も担当上忍から丁寧な修行を付けて貰って満足しているらしく、組手の誘いはあれども、本格的な修行を頼むことは無かった。むしろ畳間に黙って努力し、畳間を驚かせる方向に、意欲が移っているようである。弟の可愛らしい反抗期に、寂しさを感じて、綱手に泣きついたこともあったが、それも良い思い出である。

 

「どうだ、クシナ。最近の調子は」

「どうって、任務では一緒にいるし、休日は修行つけて貰ってるってばね。先生は私のことなんでも知ってるってばね」

「……」

 

 気まずそうに目を逸らすクシナを、畳間はじっと見つめる。クシナたちの師となってそろそろ1年が経とうとしている。始めこそ畳間の暴走に振り回されることが多かった子供たちは、また畳間自身も子供たちとの関わりの中で加減を覚えつつあり、良い師弟関係を作り上げていた。少なくとも、基礎修行を吹っ飛ばして谷底に突き落とされたり、重りを括りつけられて死の森に置き去りにされるということは、ここ半年では起きていないことだった。たびたび、気づけば同意の下で過酷な修行が行われるが、それも乗り越えてみれば成果が付いてくるということで、3人は悲鳴をあげながらも、仲間同士、手を取り合って生きて来た。

 

 今日は休日であり、修行日でもある。ミコトとシビがいないのは2人とも一族の用事があるからである。クシナは1人で修行を受けることに怯えつつも、最近行われ続けていた畳間の良識ある修行が本日も実行されたことに安堵していた。

 

 畳間の修行方針として、術や技ではなく、とにかく基礎を、というものがある。これは勝つためではなく、生き残るための修行であり、防御と逃走に必要な観察眼と体力を伸ばすための修行を、畳間は重点的に取り組んでいる。自分がかつてそうだったが、下忍の時分に中途半端に強い術を覚えると術に依存し、また己惚れやすくなるためである。くわえて、ミコトは一族の関係で火遁の術はうちはの手練れから教わるだろうし、シビは秘伝忍術があるため、あえて教えることもないと考えたためでもあった。

 クシナに対しては、畳間は、一族の用事でたびたびシビとミコトがいなくなったときに限って、水遁の術を教えていた。同じ血を持ち、同じ水遁の形質変化の才能を持つクシナを依怙贔屓しているというわけではなく、渦の国から来たクシナには、そういった術を伝えてくれる人間が、もはやミトと畳間、そしてお付きで来た使用人たちしかいないからである。年のせいか寝込むことが多くなったミトは、幼いながらに複雑な立場に置かれたクシナのことを心配している。畳間に、クシナをくれぐれもよろしく頼むと、都度伝えていた。

 

「先生、私……。先生も、私のこと、よそ者だと、思う?」

 

 ―――渦隠れの里。

 あの事件以来、木の葉と渦の関係は冷え込んだ。クシナは木の葉と渦の懸け橋となるために来た少女であり、本来ならば平和の象徴となるはずだった。木の葉の者たちには渦との関係の変化は伏せられているが、おそらく、クシナの耳には渦隠れ経由で、その情報を知っている。クシナは男の子のようにやんちゃだが、決して馬鹿ではない。おそらくは自分の置かれた立場を、正確に理解している。理解しているからこそ、木の葉隠れの無知なる者からの言葉を受け流せず、怒り、傷ついて、悲しんでいるのだろうと、畳間は考えている。下忍となった今も、アカデミーの頃から悪縁は続いてしまっているようだったので、余計だ。

 

 畳間はクシナが間者であるとは思っていない。あまりに素直で純粋なこの子に、そんな真似が出来るとは思えなかった。

 

「クシナ……木の葉は好きか?」

「わ、わたしは……」

 

 畳間の問いに、クシナは驚いたように畳間を見て、すぐに俯いた。クシナは下忍になった時からずっと、額あてを額ではなく、腕に付けている。ミコトとシビはきちんと額に巻いているから、2人にたびたびそのことを指摘されたことがあったが、それでもクシナが額あてを額に巻いたことは無かった。きっとそれは、心のどこかで木の葉の下忍であることを拒んでいたからだろう。畳間の問いにすぐに答えられないことが、今のクシナの答えであることは明白だった。

 畳間は背中を大きな木の幹に預けて、空を見つめた。透き通るような青空が広がっている。

 

「―――オレもな、悩んだことがあった」

「先生が……?」 

「ああ……。おかしいと思うか? 木の葉を作った千手一族直系の俺が、木の葉への思いに悩むなんて。 The・木の葉というべき家系に生まれ……だからこそだった、というべきか」

「先生は、どうやって……」

「これだ」

「木の葉のマーク……?」

 

 畳間は額あての、木の葉隠れのマークを親指で軽く叩いた。そのマークは、千手柱間が渦隠れの里との友好の証として、千手一族とうずまき一族の家紋を合わせて作り上げたものだった。時は流れ、現代において二つの里の関係は冷えてしまったが、そのマークは、一族を越え、火の意志で繋がれた木の葉隠れの仲間であるという証であった。

 畳間は後頭部へ手を回し、古ぼけた額あてを解いた。髪が風に揺れる。手のひらの上に乗せた額当てを、畳間はじっと見つめる。千手柱間から譲り受けて以来、畳間はこの額あての手入れを怠ったことは無い。磨き上げられた銀色は一か所のくすみも無く、けれども持ち主である2人―――二代分の歴史を示すように、鉄板は無数の戦傷が刻まれていた。

 慈しむように、畳間は額あてを見つめた。あの日、火影岩の上でこれを譲り受けてから、思えば遠くへ来たものだ。あの頃は顔岩は一つしかなく、畳間もまた純粋で幼かった。楽しい日々の、大切な”記憶”だ。

 

「火の意志は人を繋ぎ、里を照らす炎となる。―――この額当てを受け取ったとき、俺は一人じゃないと、そう思えた」

 

 畳間は体を起こして、クシナの前に移動すると、自分の額当てをクシナの額に巻き付けた。

 

「やるよ、それ。俺の宝物だ」

「この額あてが……?」

「ああ……俺がまだ忍になる前に、初代火影から貰ったんだ。でも、これももう必要ない」

「えっ。先生、そんな大事なもの、どうして私なんかにくれるんだってばね……?」

「―――お前が、俺の宝だからだ」

 

 クシナの目が零れそうなくらい、大きく開く。畳間はそんなクシナに優しく微笑むとクシナの頭に手を置いて、優しく髪を撫でる。

 

「胸を張れ、クシナ。あの日、お前たちに渡した”合格”の言葉と、その腕の額当ては飾りじゃねぇ。お前はこの俺が認めた、木の葉隠れの里の忍―――うずまきクシナだ」

 

 かつて千手柱間から額当てを受け取ったあのとき、なぜ苛立ちが取れたのか―――。畳間は覚えていないし、もしかしたらそもそもその答えを、畳間は持っていなかったのかもしれない。

 ただ一つだけわかるのは、この額当てを手放したとしても、畳間は昔のように苛立ちはしないだろう、ということだった。

 

 

 修行を終え、クシナと別れた畳間は自宅へ帰り、自室で夕飯の呼び出しを待っていた。新聞を広げて、戦争に関する記事を読む。砂と木の葉の戦いは、砂の新術―――傀儡の術の情報を集めた木の葉隠れが、砂を押し始めており、戦線を徐々に押し上げていた。前線で戦う猪鹿蝶トリオの戦績も目覚ましく、また二代目火影より当主の座を受け継いだ畳間の両親が、縄樹の下忍合格と畳間の隊長格への昇格を機に現役へ復帰し、前線へ向かった。下忍となった縄樹が万が一にも戦線へ派遣されることが無いように、自分たちで戦争を終わらせる意気込みであるらしい。畳間はその背景から両親との間に距離を感じており、愛されている縄樹を少しだけうらやましく思った。

 

 畳間は新聞を置いて立ち上がり、襖を開けると声をあげた。

 

「少し出てくる!」

 

 厨房で料理を作っているお手伝いに聞こえるように叫び、畳間は飛雷神の術を使い、飛んだ。

 飛んだ先は、終末の谷。うちはマダラの石像の上だった。マダラ像の頭の上から、畳間は千手柱間の顔を見つめる。

 

「爺さん……俺ァ、弟子を持って、先生になったんだ。俺が先生だぜ? 爺さんが今の俺を見たら、どう思うかな? あのとき……爺さんに貰った命、真っ当に使えてると良いんだが……」

 

 畳間は腰を下ろし、柱間像の顔を見つめた。

 

「ガキの頃の俺と、同じ悩みを持ってる子がいてな……。あの頃のことを思い出した。そしたら無性に爺さんに会いたくなっちまって……。笑うかい?」

 

 苦笑する。

 

「渦隠れ―――。なあ、爺さん。木の葉のマークは、うずまきと千手の友好の証だって、言ってたよな? 今、木の葉は霧と砂相手に戦争してる。立地的に、渦は霧に取り込まれたんだと、考えていた……だけど。あの子を……クシナを見ていると、本当にそうなのか、分からなくなった。あの子は辛い境遇の中で、木の葉を愛したいと思ってくれている」

 

 クシナから返された額当てを手に、その刻まれたマークを見つめた。

 

「あの頃の俺は、木の葉を憎むことを選んだ。その方が簡単だったからだ。だが、あの子はそれをしない。強い子だと思う。だから俺は、あの子にこの額当てを託したかった。返されちまったがな……」

 

 苦笑する。

 

「クシナは……渦隠れの里は、本当に裏切ったのか? 裏切ってないとすれば、あのときの出来事は何なんだ? 分からねぇ。婆さんに聴いても、お前が決めろと突っぱねられた。爺さんも、そう言うか?」

 

 じっと、柱間像の顔を見つめる。風が吹いて、伸ばした髪が揺れた。

 

「信じてみたいと、そう……思っている。俺が引き金を引いた、木の葉上層部の渦隠れへの不信……。本当のことを知りたい。真実を―――」

 

 気づけば、日が暮れていた。空気が少し冷えている。

 

「ほんとに……えらく遠くに来ちまったもんだな……」

 

 畳間は寝そべって、空を見つめた。透き通った夜に、満月が映えていた。

 

 

 

 

 畳間と別れたクシナは、軽い足取りで帰路についていた。腕に巻かれていた額当ては、クシナの頭で銀色の輝きを放っている。畳間が譲ってくれた額当ては、少し悩んで、畳間に返した。畳間が自分の宝物をくれた意図が分かり、その気持ちだけで充分嬉しかったということもある。だが、その額当ては畳間が持っているべきだとクシナは思ったし、それにクシナは、仲間と共に勝ち取った、自分自身の額当てを使いたいと思った。それこそが、自分が木の葉の仲間である証だと思えたからだ。

 

 クシナから額当てを返され、思っていたものと違う流れに、畳間は少し困ったような表情を浮かべて、「よーし、先生今日は焼肉おごっちゃうぞ」と照れ隠しにふざけたが、クシナにはそれが可愛らしく、吹き出してしまった。畳間はクシナたちに平等に厳しく、優しかった。壁を作っていたのは、クシナの方だった。それが分かったから、クシナはそれも断って、シビとミコトと一緒のときに奢ってほしいと笑った。「それもそうか」と呟いた畳間は、クシナの言葉に嬉しそうに笑った。その後修行を再開し、張り切った畳間に蹴り飛ばされて、直前の気持ちとのギャップに気持ちがついていかず半泣きになり、畳間が慌てて謝罪するというアクシデントもあったが―――。日も暮れ始めて、解散となった。

 

 里の外れにある自宅へ戻り―――クシナは違和感に気づいた。

 

「ただいまー」

 

 いつもなら帰ってくる迎えの言葉が、聞こえてこない。

 

「ただいまー。……だれかー? だれもいないの……?」

 

 廊下をゆっくりと歩く。聞こえてくるのは、自分の足音だけ。

 夕飯の支度をしていて気づかないのかもしれないと思ったクシナは、台所の襖をあけて、中を見た。薄暗い部屋に、茜色の光が薄らと入り込んでいる。

 ―――ざわりと、空気が揺れる。影の中から、黒装束の忍びが2人、姿を現した。木の葉の忍びではないことは、瞬時に理解できた。雲隠れの、額当て。

 

「た、たすけてっ」

 

 クシナは息を呑んで、その場から駆け出した。必死に廊下から逃げ、助けを求める声をあげたが、やはり返事はない。他里に侵入するほどの手練れを相手に、畳間との修行で疲れ切ったクシナが逃げ切れるはずもなく、クシナはあっけなく雲隠れの忍びの手に落ちた。

 

「畳間先生……たすけて……」

 

 ―――返事は、聞こえなかった。

 

 

 

 手を後ろ手に縛られて、クシナは火の国の森を歩かされていた。周囲を雲隠れの忍びに囲まれ、逃げることは叶わない。どれだけ歩かされたのか、いつのまにか日が暮れていた。雲隠れの忍びに気づかれないように、赤い髪を千切って、落としていく。敵の足取りを残して、追跡者が救出に来てくれるように。自分はよそ者で、助けに来てくれる人はいないだろう―――そんな思いは確かにまだあった。だが同時に、クシナには希望があった。

 

(先生が、絶対助けてくれる。絶対。絶対。……先生)

 

 クシナは心でそれだけを唱えながら歩いていく。

 

 ―――突然、うめき声が聞こえた。クシナの後ろで、何かが倒れる音がする。

 

「え?」

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 暗い森の中、僅かに差し込む月光を頼りに周囲を見渡せば、雲隠れの忍びが2人倒れている。前方、少し離れた中空で金属のぶつかる音が聞こえ、直後、何かが地面に落ちる音が聞こえ―――静寂。

 

「怪我はない?」

 

 雲が流れる。遮るものの無くなった月光が、暗闇の中に、金色の髪の少年を浮かび上がらせる。

 

「君を助けに来た」

 

 何が起きたか理解が追いつかなかったクシナは、その言葉で一気に緊張が霧散した。腰が抜けて、ひざを折り、前のめりに倒れ込む。地面とクシナの間に、金髪の少年が滑り込み、クシナを抱き留めた。

 

「もう大丈夫」

 

 金髪の少年はクシナに微笑みかけ、ぐったりとしたクシナを横抱きに抱き上げると飛び上がり、木を足場に、宙を駆けた。

 黄金の満月を背景に、金髪の少年の横顔を、クシナは見つめる。ふと自分を抱く指を見れば、そこには赤い髪が巻き付けられていた。

 

「それ……」

「きれいな髪だから、すぐ気づいた」

 

 呟いたクシナの言葉を、金髪の少年が拾った。

 クシナは目を丸くして金髪の少年を見て、ふてくされたように顔を逸らす。

 

「いつもは助けてくれないのに……?」

 

 金髪の少年―――波風ミナトは、アカデミー時代から、クシナが虐められていたとき、気づけば近くでそれを見ていた。クシナはミナトのことを、クシナが虐められているを見るのが好きなクソ野郎だと思っていたから、助けられたという事実が信じられず、気持ちの整理がつかず、小さく言葉を吐き捨てる。

 

「だって、僕にはわかっていたから。君は強いって。力も、心も」

 

 ちらと横目で見たミナトの横顔は真剣で、クシナは吸い寄せられるように、正面からそれをじっと見つめた。ミナトは一番大きな木の上に止まると、顔をクシナに向けて、優しく微笑みかける。

 

「でも、これは里と里の争い事。今までの喧嘩とは違う。だから―――」

「……だから?」

「―――君を失いたくなかった」

 

 優しい声音でも、しかし力強く放たれたその言葉に、クシナは息を呑み目を丸くして、ミナトの眼を見つめる。その澄んだ瞳に嘘の色は認められず、クシナは気恥ずかしさに頬を染めた。

 

「……よそ者でも?」

 

 けれど、これまでの木の葉での暮らしからすぐにその言葉を受け止めることが出来ず、クシナは困ったように眉を曲げた。不安、期待、困惑―――様々な思いが入り混じった言葉。けれどもミナトは迷わず言葉を紡ぐ。

 

「なんで? 君は木の葉の里にいるんだから、木の葉の里の仲間じゃないか」

 

 そういって優しく笑ったミナトが、クシナにはとても立派な忍者に見えた。自分の中の何かが解けて変わっていく感覚は、クシナにとって甘く心地よいものだった。風に揺れる赤い髪が、ミナトの指に絡みつく赤い髪が、大嫌いだった赤い髪が、とても大切なもののように思えた。

 

 クシナは呆けた表情でミナトを見つめていたが、やがて理解が追いついてくると、みるみるうちに頬が染まっていく。

 

「あ、あの、その」

 

 慌てふためくクシナに、ミナトは変わらない微笑みを注ぐ。

 

「どうしたの?」

 

 ミナトが優しく問いかける。

 クシナは恥ずかしさに目を逸らし、けれどもちらとミナトの笑顔を見つめ―――息を呑んだ。

 

「だめええええええええええええええええええ!!!」

 

 咄嗟に叫べた自分を褒めてやりたいと、クシナは思った。なぜなら、ミナトの後ろに、殺意のこもった鋭い眼光を携えて、クナイを振りかぶる忍―――千手畳間の姿を見たからである。

 

 クシナの畳間を制止する悲鳴に、畳間が驚いたように目を丸くする。

 同時に、異変を感じたミナトが足元を蹴りつけて、宙へ飛ぶ。だが間に合わない。畳間は攻撃最中の自分の体を、体中の筋肉とチャクラを総動員して無理矢理捻じ曲げる。

 

「おごあ」

 

 奇妙なうめき声をあげて、畳間は森の中へ墜落し、姿を消した。

 

「い、今のは……」

 

 別の木の上に着地したミナトが、冷や汗を流して、森の中に消えた畳間の方を見下ろした。けれどもクシナを抱える手が離されることは無かった。

 

「私の班の、先生だってばね。きっと、助けに来てくれたんだと思う……」

「そ、そうなの? えっと、君の先生って、千手畳間さん、だったよね?」

「うん……」

 

 千手畳間に命を狙われた。ごくりと、ミナトがつばを飲み込む。

 ミナトが木から降りて、着地する。畳間が腰を抑えて、うずくまっている。無理に動きと体勢変えたことで、体を痛めたらしかった。

 

「クシナ……無事……か?」

 

 雰囲気がぶち壊れたと、クシナは思った。でも、助けに来てくれたのが嬉しくて、クシナはふっと噴き出した。

 

「うん。大丈夫だってばね。彼が、助けてくれたから」

 

 畳間が腰を抑えながらよろよろと立ち上がり、弱弱しい笑みを浮かべる。

 

「確か君は、自来也のとこの子だな? クシナを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 畳間は終末の谷で少し過ごしてから自宅へ戻り、クシナの誘拐を知った。御飯を食べている最中に暗部が千手亭を訪れた。畳間は食べていた晩御飯を放り出し、素早く着替えると、クシナに渡した髪留め―――そこに刻まれた飛雷神のマーキングを目印に飛んだのである。クシナの側にいる者は全員敵だろうと考え、飛んだ直後、目の前にいたミナトにすぐさま攻撃を仕掛けたが、クシナが止めなければ危うく殺してしまうところだった。

 

「すまないな、怖がらせてしまった」

「いえ……。弟子を助けようとされるのは、当然だと思います。彼女のおかげで、僕も怪我一つしてないですし、気にしないでください」

 

 ミナトの言葉に、畳間は感心する。あの瞬間の畳間の殺気は本物で、下忍であればすくみ上っていてもおかしくはない。恨み言を漏らしても不思議ではない。けれどもミナトは冷や汗を流しながらも平常で、畳間と会話もできている。また、あの瞬間、クシナと共にいるのがミナトだと気づいていなかった畳間は、クシナを傷つけないように配慮しつつも、確実に殺せる一撃を放った。だがミナトは、クシナの悲鳴に咄嗟に反応し、回避行動を取って見せた。

 

「……君は、一人か?」

「はい。そうです」

 

 畳間が聴けば、ミナトが頷いた。

 それはつまり、クシナ誘拐の下手人をたった一人で仕留めたということ。ただの下忍が、里に侵入してくるほどの手練れを、たった一人で。

 畳間の攻撃に反応し、他里の、おそらくは手練れを一人で仕留めるほどの腕を持つ下忍。下忍になった当時の畳間、あるいはサクモをも上回る天才―――なんだそれはと、畳間は目の前の少年の才能に感嘆する。

 

「そうか……。君は自来也には勿体ない、優秀な忍のようだ。君と、師である自来也さえ良ければ、今度修行を付けてあげよう。いつでも来ると良い」

「えっ」

「えっ」

 

 クシナとミナトが、同時に声を漏らす。ミナトは、”あの”昇り龍が稽古をつけてくれるということへの喜びと期待。クシナは―――言うに及ばずである。

 

 

「畳間、それは本当か?」

「ええ。クシナを攫おうとしたのは、雲隠れの者です。ダンゾウさん」

「うぅむ……」

「やつらめ、二代目時代の義理を忘れ、ハネおったか。ヒルゼン、どうするつもりだ?」

 

 クシナを保護し、里へ戻ってからすぐ、里の幹部陣へ緊急招集がかけられた。クシナは今、火影直轄の暗部の護衛により、同じうずまき一族であるミトの側で保護を受けている。

 

 会議室の上座に座る三代目火影が、悩まし気に声を漏らす。そんな三代目に、ダンゾウが問いかける。

 

「戦時下でこれだ。宣戦布告と見るのが道理」

「砂、霧に加え、雲までとは。これで岩にまで裏切られたら、木の葉はそれこそ四面楚歌だぞ」

「なんとか友好を保つことは出来んのか?」

「―――俺の生徒に手を出したんだ、けじめはつけてもらう」

 

 幹部陣の意見を殺すように、畳間が静かに、力強く発言した。しんと、場が静まる。

 

「三代目、どうするつもりだ? 命じられれば、俺はすぐにでも動く」

「畳間、お前は痛めた腰を直してからじゃのォ」

「三代目、ふざけてる場合じゃ―――」

「―――今すぐ雷との国境(くにざかい)に人を送れ」

 

 畳間の言葉を遮って、三代目火影が命令を下した。

 

「奴らが手を出してきたのは明白。ならば雲との戦争に備えるほかあるまい。―――奴らに火の国の土を踏ませるな」

 

 三代目が力強く断言し、集まった幹部陣が息を呑む。

 ヒルゼンとしては、依然戦争は避けたいことに変わりない。だがここに至っての様子見は大局に響くと判断した。仮に雲が攻めて来なくとも、その可能性は大きい。ならば里を守るため、ヒルゼンは非情の決断を下した。

 

 戦火が、うねりをあげて、大陸を包み込む。

 

 

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