綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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家族

 カーテンの隙間から入り込む朝日に、畳間は瞼を閉じたまま眉をしかめた。まどろみの中にある体には、淡い光と言えども、刺激が強かった。畳間は薄らと目を開けて、瞳を光に慣れさせながら、意識をゆっくりと覚醒させていく。その後畳間は、気だるげに頭を掻きながらベットから足を投げ出して、ベットに腰かけるようにして起き上がった。

 洗面台に向かうために廊下に出たところ、空腹を煽る香ばしい匂いが、廊下に流れ込んでいた。千手本家に仕えるお手伝いさんが、朝食の準備をしているようだ。

 洗面台で、畳間は顔を冷たい水で洗い流し、鏡を見る。中忍選抜試験の時に負った頬の傷に、己自身を保つために刻んだ額の刻印がそこにはあった。いつも通りの顔を見て、畳間はいつものように食堂へ向かう。

 

 自分の席に座り、木の葉新聞を広げ、湯気立つ緑茶をずずずと啜った。ほのかな甘みと苦味が口いっぱいに広がり、食道を通って胃に流れ込んだ茶の温もりが体全体に染みわたる。意識が広がっていく感覚が心地よかった。

 畳間の視線は、最近特に目を通している戦争に関する紙面の文章を、丁寧になぞった。先日のうずまきクシナ誘拐未遂事件を発端に参戦した雲隠れの里についての情報が、そこには載っていた。

 

 三代目雷影は凄まじいスピードと、そのスピードから生み出される破壊力を以て、木の葉隠れの里の忍を追い詰めているらしい。三代目火影の命令によって迅速に敷かれた雲隠れへの防衛線―――千手、猿飛、志村一族を動員した前線は、一度、二度と三代目雷影を押し返すことに成功しているが、木の葉側に出た犠牲もまた大きい。

 また、一度は下火になっていた砂隠れの里は、雲隠れの参戦によって勢いを取り戻しており、山中、秋道、奈良一族を動員した、砂と木の葉の前線は現在、一進一退の攻防を繰り返している。

 霧隠れの里は、うちはカガミを殺害した件から動きが掴めない。度々、霧隠れ忍刀七人衆を相手にした局地戦が起きているが、それ以上のことは無い。不気味であった。

 

「三代目雷影。雲隠れのクーデターを鎮圧した英雄。穏健派だった二代目とは違い、とんでもない武闘派のようだな」

 

 二代目雷影―――彼とはあの雲隠れのクーデターが起きたとき、一度会っただけであるが―――。彼は致命傷を負いながらも金角、銀角を足止めし、二代目直属の精鋭部隊が逃げる時間を稼いでくれた。二代目雷影の犠牲無くして、今の木の葉はない。里の長でありながら、人道を貫き、他里の長を命がけで逃がそうとした彼の最後は、目に焼き付いている。そういう意味では、戦争が始まってなお、雲隠れの里に対して、畳間は複雑な思いを抱いていた。

 

「霧隠れも動きが読めねぇな。最大戦力を集め、電撃戦で本丸(木の葉隠れの里)を叩くつもりか?」

 

 仮に渦隠れが霧に協力すれば、霧隠れはあっけなく火の国の国境を超えられる。そうなれば、木の葉隠れの里まで障害もなく一直線である。

 

 畳間は先日の、三代目火影との会話を思い出す。

 渦隠れについてもう一度調べたいという畳間を、ヒルゼンは止めた。畳間は現在弟子を持つ身であり、里を長期的に不在にする任務は受けることは出来ない。班で引き受ける任務は、下忍に合わせた低ランクのものに限ると、掟で決まっている。畳間の修行と、下忍たちの努力のかいあって、Cランクに相当する任務を受けられるようになってはいるが、他里の内偵は、上忍においてもさらに一握りの者にのみ任される、命がけのSランク任務である。下忍たちを守りながら遂行できるような任務ではない。

 畳間が、なぜ今になって渦隠れの再調査をしたいと思ったか―――その説明を受けたヒルゼンは、弟子との触れ合いの中で変化した畳間の、その心情に配慮し、水戸門ホムラ、うたたねコハルという腹心を動かすことを約束した。本当ならば情報戦に最も強い志村ダンゾウを動かしたいところだったが、彼は対雲隠れの防衛線に、先日援軍として派遣されており、現在は千手、猿飛、志村連合の陣頭指揮を執っている。千手一族の長の上に立つということで、平素の彼らしくなく緊張していた様子を思い出した。

 

 畳間は、クシナにかつての自分を重ねている。

 敵か、あるいは味方か分からない、弟子。

 奇しくもそれは、かつての扉間と畳間の関係に似ていた。違うことといえば、かつての畳間のように、師に対して、反骨精神をむき出しにしてはいないというところだろうか。それどころか、クシナは畳間に対して、敬愛の念を前面に押し出している。もっとも最近は、休日の修行を辞退して、金髪の小僧(波風ミナト)と出かけることが多くなっている。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 父のような兄のような、何とも言えない複雑な心境である。金髪の小僧―――波風ミナトは礼儀正しく、人当たりも裏表も無い、文句の付けどころのない人格者。

 では腰の低い甘ちゃんかといえば、決してそうではない。一見すると冷淡とすら思えるような合理的な選択肢も視野に入れ、必要とあれば顔色一つ変えず実行できてしまう忍としての器も有している。さらに、すでに実力は上忍クラスに在るにもかかわらず、その才能は未だ留まることを知らない。まだまだ強くなるだろうという大器と、先達たちにその成長をいやがおうにも期待させる、黄金の才能を感じさせる。自来也が絶賛し、最近なぜかおネエ口調を始めた大蛇丸も絶賛している。また、時空間忍術に高い適性を持つようで、先日約束通り稽古をつけたとき、畳間の飛雷神の術式を口寄せを基盤にしたものであると見抜いていた。同伴していた自来也が止めたため叶わなかったが、畳間式ブートキャンプをクリアすれば、より強くなること間違いなしである。

 

 ここまでケチの付けようがない存在を、畳間は知らなかった。クシナが惚れること仕方なしである。めでたいことであるが、先生先生と付いて回っていたクシナが離れていくのは、少し寂しさを感じさせる。綱手が縄樹に取られたときと似たような感覚である。

 

「……うーむ」

「お兄様、おはよう……って、朝から何をそんなに怖い顔してるの?」

「―――綱か。いや、考え事をな」

 

 新聞を机の上に置いた畳間の所作に、綱手は思案顔を浮かべている。

 

 年を重ね、綱手はとても魅力的な女性に成長した。髪はポニーテールのまま、胸は畳間が知る誰よりも大きく育ち、鍛えられた白い太ももは滑らかで艶やかな曲線を描いている。目元は優しげだが、怜悧さすら感じさせる魅力を放ち、男どもを魅了する。

 我が妹ながら美人過ぎると、身内びいきを差し引いてもそう思うと、畳間は自来也と酒を飲んだ時に話し合ったものである。酔った勢いで自来也に兄と呼ばれた際、気づけば、隣にいたはずの自来也の姿が消えていたのが気になったが、些細なことである。

 

「あ……もしかして、前線のお母様たちのこと? なにか、新しい情報って入って来てるのかな?」

 

 まったく関係のないことを考えていた畳間は、一瞬、綱手の言葉の意味が分からなかったが、綱手の視線の先に新聞があることから、話を合わせることにした。

 

「いや、新聞には、詳しいことは乗ってねぇな。一つ言えるのは、三代目雷影―――こいつを抑えられるかどうかで、戦況が大きく変わるってとこか。ダンゾウさんが向かったが……相手は影クラス。親父たちも強いが、どう転ぶかはわからねぇ」

「お兄様なら、どう?」

「抑えられるかどうかってことか? さすがに影クラス相手だと、やってみねぇとわからねぇが……俺の持つ二代目直伝の術を考えると、負けることはねぇと思ってる。まあ、前線は今、千手、猿飛、志村連合で、かつ―――猿飛の当主は兄貴だから違うが、千手と志村は当主直々に迎え撃っている。そっちも大丈夫だろう」

 

 負けることは無いと思っているが、影を背負う者は、本当に想像を絶する化け物がいるため、断言も難しい。今さら見栄を張る歳でもないので、率直に伝えた。ただ、負けないことと、勝てることは違うことは、内緒にして。

 

「そっか……。そうだ、ねえ、お兄様。自来也のこと、知っている? 怪我したって」

「自来也が怪我を? あいつ弟子を取って、荒事から距離取ってるだろ。今さら何を怪我することがあるんだ?」

「それが、呑んでる最中に転んだらしいのよね。ほんと、馬鹿なんだから」

「え?」

「なんか、記憶が飛んでるらしいのよ。どうせ泥酔して転んで頭ぶつけたんでしょうけど、まったく、心配させるなって話よ」

「へー」

 

 ぷんぷんと怒っている綱手は、どうも本心と違う表現の仕方をしているようで可愛らしかったが、畳間は思い当たるところがあり口をつぐんだ。だが、自来也は記憶がないらしいので、そのまま忘れることにした。

 

「―――兄ちゃん、ねぇちゃん、おはよう!」

 

 騒がしく居間に入ってきたのは、畳間と綱手の年の離れた弟―――縄樹であった。

 

「おう、おはよう縄樹」

「縄樹、おはよう。今日も元気そうだね」

 

 元気よく挨拶した縄樹が、自分の席についた。畳間と綱手は優しく微笑み、その姿を見つめた。少しして、朝食が配膳され、三人は手を合わせ、食事に手を付ける。

 

「兄ちゃん、今日、暇?」

「暇と言えば暇だが……組手か?」

「おう! 今日こそ兄ちゃんを倒して、その額当てをもらう!!」

「よし、いいぞ。どれだけ強くなったか、楽しみだな」

「縄樹、お箸を人に向けちゃいけませんー」

 

 びしっ―――と畳間に箸を突きつけて、縄樹が宣言する。

 畳間はにやりと笑い、綱手が優しく叱りつける。

 縄樹は綱手の言うことを素直に聞いて箸を戻した。

 

「縄樹、あんたも懲りないわねぇ。お兄様に勝てるわけないじゃない」

「うっせえな、ねぇちゃん! 勝つまでやるんだよ!」

「はいはい、ごめんね。縄樹は強いもんね」

「ったくもー」

 

 がうがうと吠える縄樹に、綱手が微笑んで謝罪を告げる。綱手の謝罪に機嫌を直したらしく再び食事に手を付ける縄樹が、綱手にとって可愛くて仕方がなかった。

 

「縄樹、お前、綱の首飾りも欲しがってただろ。綱には挑まないのか?」

「……俺はもう大人の男だから、女は相手にしないんだ。それにねぇちゃんも、兄ちゃんに勝てたら、首飾りくれるって言ってたし」

「ほう。おちびがいっちょまえを言うじゃねえか」

「ちびって言うな!」

「けど、縄樹、あんたほんと、おじいさまのこと好きなのね」

「そりゃそうさ! なんたって、じいちゃんは木の葉隠れの里を作った初代火影なんだぜ。俺もいつか強くなって、火影の名をもらうんだ」

 

 縄樹はそういってご飯を口にかき込み入れる。弟の背伸びしたいじらしさに、畳間と綱手は目を合わせて笑いあう。

 縄樹は最近、火影になるという夢のもと、柱間の額当てを賭けて畳間に挑んでは蹴散らされている。物心付く前から、畳間が祖父・千手柱間の武勇伝を聞かせ続けた結果、大のじいちゃんっこになってしまった。縄樹は柱間と直接会ったことは無いが、むしろ実際に会ったことがないがゆえに、縄樹にとっての千手柱間とは、非の打ちどころのない救世の英雄である。その尊敬と憧れは留まるところを知らない。

 

 一方で、縄樹が幼児期だった頃から出世し、また班の隊長となったことで忙しさが増した畳間に構ってもらえなくなったがゆえの注目行動でもあり、それに気づいている綱手は、自分の首飾りの譲渡条件も畳間に勝利することに加えることで、縄樹がより畳間に挑みやすい状況を作っている。幼児期に思う存分畳間や柱間に構って貰った幸せな記憶を持つ綱手は、縄樹にもそうあってほしいと願っている。

 

 畳間としてはもっと正式に修行を付けてやりたいのだが、自分の弟子ではないのでそこは堪えている。実際は、畳間にとって物足りないその組手こそが十分な―――むしろ適正な修行になっていることを、畳間は気づいていない。

 

 

 昼前の演習場。畳間は椅子に腰かけて本を読みながら、縄樹の到着を待っていた。縄樹は決戦の前に準備をすると言って、別行動を取っている。

 

「隙あり!」

「ねぇよ」

 

 椅子に座った畳間に、突如現れた縄樹が飛びかかった。畳間は危なげなくそれを避ける。縄樹は椅子に突っ込んだ。

 

「いってぇ!!」

 

 木でできた椅子に顔から突っ込んだ縄樹は、ぶつけた箇所を抑え、痛みに生理的な涙を流す。

 

「奇襲は失敗か……」

 

 涙目で畳間を睨み付ける縄樹に、畳間がにやりとした笑みを向ける。

 

「いざ尋常に勝負!」

「格上に無策に突っ込んでくるなと言ってるだろうに」

「縄樹がんばってー!」

 

 縄樹が突っ込み、畳間がそれを受け止める。少し離れた場所で、いつのまにか御座を敷いて観戦している綱手が声をあげる。畳間は縄樹の手首を掴むと足を払った。簡単に体制を崩した縄樹は、背中から地面に転がる。

 畳間は縄樹の手を放して一歩、二歩と下がった。

 痛みに顔を顰めながら起き上がり、雄たけびをあげて攻撃に移った縄樹を見ながら、畳間はその体捌きを観察した。実力的には、平均的な下忍より強く、けれども中忍クラスではない。体の動きは滑らかでキレがある。無意識にチャクラをコントロールし、身体能力を底上げしているのだろう。だが、無鉄砲な行動が目立ち、馬鹿正直に攻撃の筋が透けて見える。

 

「良いか縄樹、俺達は千手とうずまきの血を引いているから、怪我はすぐ治るし、身体能力は他の皆に比べて、遥かに高い。だからこそ部隊の攻撃役として活躍できるが、同時にそれを過信し、捨て身の攻撃に転じ、単独行動をしがちになる。俺も、綱もそういう傾向がある」

 

 縄樹の正拳突きや回し蹴りを危なげなく受け止め、適度に跳ね返しながら、畳間が口頭で心構えを述べる。

 

「お前は誰にも負けない行動力がある。それが安定すれば化けるだろうが、そのためには守りを覚えなければならない。わかるか?」

「わかんねぇ!」

 

 縄樹の拳を手のひらで受け止めた畳間が、少し手に力を入れる。縄樹は顔を顰め、畳間の拘束を解こうと腕を引こうとするが、微動だにしない。

 

「敵に掴まれたときの対処法は? 懐に潜られたときの回避方法は? 転がされたときの反撃法は? 力任せに殴る蹴るをしていて勝てるのは格下相手だけだ。技を持つ同等以上の敵には勝てん」

「ぐぬぬ……」

「ふ……。悔しがることは無い。今から覚えればいいんだ。それに前から思っていたが、縄樹にはチャクラコントロールに関して秀でたものがあるようだ。そこで、今日はそれを伸ばす鍛錬法を伝えたいと思う。縄樹、壁登りの技の要領で、チャクラを拳に集めてみろ」

 

 畳間に掴まれた拳を何とか引き抜こうとあがいていた縄樹だが、どうあがいても拘束を解くことが出来ないと理解して、拳を掴まれたまま大人しくなる。

 

「……できたよ」

「素直なのは、良いことだ。偉いぞ。―――さて、集めたチャクラを拳全体に広げてみろ。感覚的には、拳に膜を張るように。出来るか?」

「むー。難しいよ」

「だったら、拳全体にじんわりとにじませるように意識してみるのはどうだ?」

「それなら、なんとか」

「そうしたら、腕全体を回転させながら、一気に引き抜け」

「でやっ!」

 

 縄樹が掛け声とともに畳間の言う通りに腕を引くと、先ほどは微動だにしなかった縄樹の腕がぽんと引き抜ける。反動で縄樹が尻餅をついて、畳間が笑う。

 

「いってー!」

「軸をずらすとそうなる。腕と背中の筋肉だけを使って、軸を動かさずにやれば、そうはならない」

「そんなの先に言ってよ兄ちゃん!」

「悪い悪い。縄樹、今の技は……原理としては水上歩きと同じ、チャクラの反発作用を利用したものでな……そこに回転を加えることで―――。そうだな……例えるなら、魚のぬめりと跳ねのようなものだ。活きのいい魚を掴んでおくのは大変だろ?」

「なるほどー」

「まあこの技にはさらに先があるんだが……。たとえば、うちはアカリってくノ一、縄樹も知ってるだろ?」

「うん。よく遊んでもらった」

「え、いつのまに……。まあ、いいか。ともかく、あいつは今の技法に火の性質変化を混ぜて、破壊力を爆発的に高めた体術を使う」

「拳を火の膜で覆うってこと?」

「正解。そんなんやられたら、避けるしかないだろ? 熱いし」

「まあ……確かに」

 

 そういいながら、縄樹が立ちあがる。

 

「お前は土の性質に適正がある。今の感覚を常時体に纏って、かつそこに性質変化を加えられるようになれば、縄樹を倒せる者は同レベルにはいなくなるだろう。敵からすれば、岩の塊が突っ込んでくるようなものだ。お前だったらどう思う?」

「勘弁してほしいって思う」

「そういうやつに、お前はなれるってことだ」

「ほんと?」

「ああ。お前はチャクラのコントロールが上手いから、修得もさほど難しくないだろう。この技法には、集中、運用、顕現、変化の4段階があるが―――」

「ねえ、お兄様? それ、縄樹にはまだ難しくないかしら?」

 

 畳間と縄樹の組手がひと段落した様子を見て、近づいてきた綱手が言葉を挟む。だが畳間は笑いながらも、嗜めるように言葉を返す。

 

「綱。俺は今、”下忍の縄樹”じゃなく、”上忍になった縄樹”のための基礎を伝えている。一日二日で身に付くものではないが、長期的には、実力の大幅な成長が見込める基礎の技法。使い手が減り、秘伝として扱われるようになり、子供たちに伝える者も減ってしまったが……本来、これは下忍の時、さらにいえば施設―――いや、アカデミー時代から訓練に取り掛かってしかるべきものだ。近距離戦タイプであればなおさらな。性質変化の忍術を覚え、下手にチャクラの方向性が定まると、後々習得するのに苦労する。忍術を優先して覚えた俺も、基礎の再習得には後々、かなり苦労した」

「そっか……。お兄様もいろいろ考えてるのね……」

「俺を考えなしみたいにいうな」

「別に考えなしなんて言ってないわよ。直感と本能で生きてると思ってたってだけよ」

「それはそれで失礼だと思うんだが……」

 

 幼少期、畳間は基礎を重んじていた扉間の言いつけを守らず、サクモと共に忍術の修得を優先して行っていた。結果から言えば畳間は”天泣”を覚えられはしたが、当初扉間の予定していた修行計画を大きく変更させてしまっている。派手な術に傾倒し、基礎を怠ったがゆえのことである。

 この技法は習熟すれば、基礎能力を飛躍的に高めてくれる。幼少期のサクモが突出した天才だったのも、これを無意識に修得し、並外れた身体能力を有していたからである。そのサクモを以てしても、そこに雷の性質変化を付け加えることは、媒体なしには不可能であった。それは、幼少期のサクモに師がいなかったことが大きな原因であり、仮に猿飛サスケに弟子入りするのがもう少し早ければ、また違ったサクモが今に見られただろう。

 

「―――続けるぞ。集中は木登りや水走りなどの基礎。運用は瞬身の術や、綱の怪力。顕現は医療忍術や砂の傀儡の術のような、チャクラをそのまま体外に具現化させるもの。変化はそこに性質変化を加えたものだ。印や媒体を用いれば性質変化の忍術になるが、それら無しで変化まで至っている忍は、上忍にもそうはいない。まあ、性質変化は印を結べば誰でも使えるから、この技法をわざわざ修得する者がいないというのも、理由の一つではあるんだがな。とはいえ、高レベルの忍者同士の戦いでは、印を結ぶ一瞬の隙が勝敗を分けることもある。われらが初代火影や二代目火影は変化に至っていたが、逆を言えばそのレベルの忍が重視する技法であり―――基礎にして奥義、というわけだ」

 

 二代目火影はこの技法を用いて、印を用いず、貫通力の高い水の針を飛ばす”天泣”という術を開発している。高レベルな体術戦の最中に放たれるそれを避けることは、決して容易ではない。二代目火影はこの術で奇襲を仕掛け、多くの敵を仕留めて来た。

 目を合わせただけで幻術に掛けるうちはの写輪眼や、触れただけで内臓にダメージを与える日向の柔拳が最強の呼び声が高いのも、その奇襲性の高さがゆえである。

 

「すっげェ……。そんなのを俺ができるの?」

「ああ。もっとも向き不向きはある。俺は二代目火影の天泣を使える―――つまり変化の段階に至ってはいるが、どちらかというと集中したチャクラを爆発的に発動、放出させるタイプで、安定して運用するのは苦手だ。俺が変化に至れたのは二代目火影から特殊な訓練を受けた結果であって、綱の医療忍術なんかは今も難しい。逆を言えば、それらが苦手な者が変化に至るための方法を、俺は知っているということだ。そう―――俺の特殊な訓練を受ければ、誰でもね」

「えっ」

「ちょ、ちょっとお兄様!?」

 

 縄樹が少し顔色を悪くさせ、聴いていた綱手が慌てたように声をあげた。畳間は冗談だと笑い、縄樹の頭を撫でる。

 

「今は行方をくらましちまってるけど、アカリが帰ってくれば、縄樹の修行、頼んでやる。あいつはチャクラコントロールに関しては抜群で、独学で変化に至ってるから、その辺は俺よりも理解してるだろう。さすがに基礎を学ばずに変化は難しいから、これからお前は基礎を覚えなければならない。まあ、縄樹が変化に至れる段階になったころには、あいつも、もう帰って来てることだろう」

「……俺がじいちゃんと同じ技を……。でも、できるかな?」

「言ったろ? 俺も基礎に関しては稽古をつけてやれるし、縄樹にはその才能がある。出来るさ。なんたって……お前は初代火影の孫なんだから」

「―――兄ちゃん大好き!!」

 

 わあと感極まって抱き着いてきた縄樹を受け止めて、畳間は縄樹の頭を撫でた。嬉しそうに笑い畳間を見上げる縄樹に、畳間は思わず頬が緩む。  

 

「今日はチャクラを体に巡らせることを意識しながら、基本的な組手を通して、劣勢状況に対応するための技法の練習を行う」

「はい!」

「縄樹、良かったね。ねぇちゃんも手伝ってあげるわね」

「ねえちゃん大好き!」

 

 縄樹は、わあと、畳間から離れ綱手に抱き着いた。畳間は綱手と縄樹の抱擁を温かく見守る。綱手は縄樹を抱き留めて、嬉しそうな笑みを浮かべて畳間を見る。畳間はそれに笑みで答え、微笑みあった。この人懐っこい天真爛漫な弟の将来が、畳間と綱手にとって、今からとても楽しみに感じた。

 

 

 

 縄樹との修行を終えた夕方。忍具の手入れを頼んでいる鍛冶屋へ向かうために縄樹、綱手と別れた畳間は、夕暮れの街を歩いていた。約束の時間まで少し余裕があり、ぶらぶらと街を散策する。早くも店じまいをしている店もぽつぽつと現れていた。

 

「しっかし、アカリは何やってんのかねぇ……。ここ数年連絡もよこさねえで……」

 

 うちはアカリが里から姿を消して数年。音沙汰は無く、畳間としてもさすがに心配でアカリの行方をヒルゼンに尋ねても、はぐらかすばかりである。兄の喪に服すにしても長い。忍者を引退し、出家でもしたのかと考えたこともあるが、最後に会ったときのアカリの様子からして、その可能性は低いように思える。

 

「お、ぼっちゃんじゃねえか」

「親父さんか……買い物か?」

「おう。料理の材料をな」

「相変わらず、現役なんだな」

「あたぼうよ」

 

 買い物をしていたらしい木の葉食堂の亭主が、畳間に声を掛けて来た。10年前は白くともふさふさだった髪は薄くなり、赤光を反射している。顔に刻まれた皺も多く、深くなり、過ぎた年月を思い起こさせた。しばらく顔を出せていなかったが、未だに現役の板前をしているらしい。

 畳間を幼少期のころから変わらず、ぼっちゃんと呼び続けるのは、この人と奥さんだけである。扉間に泣かされて逃げ出した際の隠れ家にしていたことから、畳間の弱みをよく知っており、だからこそ変わらない親しみを向けてくれる。

 

「坊ちゃん、嬢ちゃんは相変わらずかい?」

「ああ。音沙汰なしだ」

 

 アカリは木の葉食堂を贔屓にしており、下忍時代からずっと通っている。アカリが父や母のように慕っていた彼らなら、何か知っているかもしれないと思い、アカリ失踪当時に確認したが、彼らもまた何も聞かされてはいなかった。

 

「そうか。何かあったら、教えてくれ。俺たちのところに連絡が来るとも思えないが、なにかあったらぼっちゃんにも連絡を入れる」

「頼むよ。また、店にも顔を出すから」

「おう。待ってるぜ」

 

 挨拶を交わし、2人は別れた。

 散策を再開した畳間は、店々を見回しながら、思い出に浸る。あの店は数年前に代替わりし、品ぞろえが増えたと評判が良い。あの店は最近開店したばかりの店であり、依然その場所にあった店は、後継ぎがいないまま店主が亡くなり、店じまいとなった。

 ―――変わっていく寂しさ。

 

「ん……?」 

 

 歩いていると、向かいから三人の子供たちが歩いてくるのが見える。向こうも畳間の存在に気づいたのか、黒髪を後頭部で縛った少年が嫌そうに顔を顰めた。黒髪の少年は声でも漏れていたのか、それに気づいた金髪の少年がわき腹に肘鉄を入れている。ふっくらとした赤毛の少年は、われ関せずといった様子で、スナック菓子を食べている。食べかすをそこら中に落としていくのは止めた方が良いだろう。

 

「畳間さん、こんにちは」

「おう、こんにちは」

「こんにちわー」

「こんちわっす」

「シカク、失礼だぞ」

 

 気の無い挨拶をした黒髪の少年・奈良シカクを、金髪の少年―――山中いのいちが窘めた。もう一人の赤毛の少年は秋道チョウザと言って、秋道、奈良、山中、各一族の本家筋の少年たちであり、次期当主たちである。いずれ畳間が千手本家を継ぎ、同様に彼らが各々の一族を継げば、里の会議で顔を合わせることもあるだろう。その前に、上忍にならねばならないが。

 

「おれたち、これから、みんなでご飯を食べに行くんです。畳間さんは、どちらへ?」

 

 いのいちが言った。

 

「相変わらず仲がよさそうで何よりだ。俺はこれから手入れを頼んでいた忍具を取りに行くんだ」

 

 いのいちのことは、彼の物心がつく前から知っている。その縁からシカク、チョウザとも関わり合うことがあったが、シカクからは何故か苦手意識を持たれているらしかった。態度がだらしないのは誰に対してもらしく、畳間としても自分の下忍時代を省みて、人のことを言える人間でもないので、別段気にしてはいなかった。

 

「ご飯食べに行くのに、チョウザはお菓子食べてて大丈夫なのか?」

「だいじょうぶです。お菓子は別腹なので」

「そ、そうか。まあ食えるのは才能だ。食える時に食っとかないとな」

「さすが畳間さんはわかってらっしゃる」

 

 秋道一族はその秘伝忍術の扱いに、チャクラだけでなくカロリーを消費するという特徴から、脂肪を多く蓄えておく必要がある。亡くなったトリフも大食らいで、食事をおごってもらったときは目を見張るほどの量を一人で平らげていた。だが、ここまでところ構わず食べ物を口にしてる人ではなかった。秋道の本家ともなると、一日の食事量にノルマでもあるのかもしれない。

 

「お前たち、来週のこと、聞いてるか?」

「はい。おれたちと、畳間さんの班で、交流戦をするんですよね?」

「ああ。班員同士の修行や任務もいいが、他所との交流を混ぜれば、日ごろの成果も確認しやすいし、新たな発見もある。クシナも張り切ってる」

「クシナか……。あいつやることめちゃくちゃだからな。読み辛いったらないぜ……」

 

 シカクが疲れたように言う。

 以前、合同任務を受けた際、シカクの策で張り巡らせた罠をクシナが猪突猛進に動き、それをぶち壊したことがあり、そのことを言っているようである。シカクいわく、畳間とクシナはどこか同じ匂いがするとのこと。

 とはいえ、なんだかんだとそれ以来、畳間班と彼らの交流は続いているようである。ミナトとの出会い以後、クシナもよそ者というコンプレックスから解放されたらしく、変に卑屈なところが薄れ、より明るくかつ穏やかになり、友達も出来ている。

 

 その後、一言二言と言葉を交え別れた畳間は、買い物をしている友人―――サクモの姿を視界にとらえた。背中に紐で括りつけた子供を、たまに体を揺らすことであやしている。

 

「あいつも立派な親父ってわけだ……」

 

 瑞々しい緑黄色野菜や、艶やかな果物を手にとっては戻し、手にとっては戻しと、質感を比べているサクモは、もはや忍者ではなく主夫のそれ。もともと穏やかな男だったが、その優し気で、けれどもどこか哀愁の誘う顔つきが、その雰囲気を増長させている。

 畳間は近寄ると、少し離れたところから静かに声を掛けた。カカシを驚かせないための配慮である。サクモが畳間の呼びかけに気づき顔を向け、畳間は気軽に手をあげた。

 

「どうした、畳間。この辺にいるのは珍しいな」

「忍具を取りに行くところだ。サクモは晩飯の買い出しか? 色々見ていたようだが、小さな子を持つと大変だな」

「まあな。最近歯がそろってきて、固形物を食べられるようになってきたから、前ほど気を使わなくて済むが……今度は何でも口に入れようとしててな」

 

 そういって困ったように笑うサクモは、言葉とは裏腹に幸せそうな雰囲気が滲み出ている。妻の忘れ形見であり、一人息子のカカシが可愛くて仕方がない様子。

 畳間がカカシを見れば、カカシはにっと小さな歯を畳間に見せつける。

 

「こいつ、俺たちの話分かってんのか……?」

 

 カカシはうーうー言いながら畳間に手を伸ばす。畳間はカカシの手のひらに人差し指をあてながら、サクモに問いかける。

 

「いや……さすがにそれはないと思うけどね……妙に冴えてるところはあるかな」

「天才か……?」

「そうだといいけどね」

 

 サクモが言う。

 そして畳間がカカシを見て、言った。

 

「いつか俺が稽古をつけてやるよ、カカシ」

「それは止めて」

 

 

 サクモたちと別れた畳間は、忍具屋の近くで足を止めた。歩いている最中、ずっと畳間を尾行していた気配の主に、言葉を告げるためだ。

 

「―――縄樹」

 

 畳間は背中越しに言うが、返事はない。

 

「縄樹。わかってるぞ、出て来い」

「ちぇー」

 

 物陰からふて腐れたように、縄樹が現れる。

 畳間は振り返り、呆れたように腕を組んだ。

 

「修行は終わったろ? 綱はどうした」

「ねぇちゃんは先に帰ったよ。俺は兄ちゃんと……兄ちゃんに奇襲をかけようと思ったんだよ!!」

 

 ぶつぶつと呟いていたかと思えば、少し顔を赤らめて大声をあげる。

 

「なんだ、そんなに怒鳴るな」

「知らねぇ!!」

 

 ふいと顔を逸らした縄樹。畳間は困ったように後頭部を掻いた。

 

「あー、なんだ。忍具屋、一緒に行くか? 欲しいのがあれば、買ってやる」

「……いく」

「そうか」

「あ、待ってよ兄ちゃん」

 

 歩き出した畳間の背を、縄樹が追いかける。

 

「なぁ兄ちゃん」

「なんだ?」

「ありがとう」

「―――ふっ」

 

 照れたように、縄樹が満面の笑みを浮かべて、畳間を見上げた。畳間は胸が温かくなる感覚と共に自然と笑みがこぼれる。

 親子ほどに離れた背丈が、夕日の中の影に並ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その夜、両親の訃報が届いた。


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