綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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激流の中の光明

「―――本日は最後までお見送りいただき、ありがとうございました」

 

 黒服に身を包んだ畳間が、結びの言葉を述べる。畳間の隣には、悲痛に泣き叫ぶ縄樹と、そんな縄樹を見て哀しみをこらえきれず、ほろりと涙を流した綱手が並んでいる。綱手は一度溢した涙を止められず次から次へとあふれ出て、遂には手のひらで顔を覆い、その小さな肩を震わせ始めた。

 畳間は、最後に畳間に声を掛けて会場を後にする人々の背を見送った。

 両親の―――千手一族現当主の葬儀は、里をあげて行われた。その喪主を務めたのは、長男である畳間。畳間は綱手と縄樹の泣き声を聴きながら、沈痛な面持ちで、参列者を見送っていく。涙は、流さなかった。

 両親の訃報が届いたあの日から、綱手と縄樹はずっと泣き続けている。その数日後、亡骸が届けられたときは、その冷たくなった姿に声を荒げて泣いていた。それでも畳間は、決して涙を見せなかった。

 

 両親が亡くなったということは―――すなわち、畳間が千手の当主を継ぐということだ。かつて二代目火影にして千手当主を務めていた千手扉間が亡くなったときとはわけが違う。もはや代目を継ぐに値する者は畳間しか残っておらず、また、あのころよりも年月を重ねた。もはや畳間が次の当主になることは揺るがなかった。

 戦時下において、死とは、誰の隣にも潜むもの。葬式が終われば、当主の就任式が待っている。当主を継ぐ者が、この程度で泣くわけにはいかぬと、畳間は腹を括ったのだ。

 縄樹が畳間の裾を掴む。優しく肩を抱いてやれば、畳間の腰にしがみついて泣き声をあげた。

 

 1人、2人と参列者は減っていき、やがて数人を残すだけとなった。ヒルゼンをはじめとした木の葉上層部の者たち、畳間や綱手と個人的に親交を結んでいる者たちだ。

 自来也が遠巻きに綱手を見つめている。声を掛けようとして身を乗り出しては、ためらうように肩を落とし、その場に立ち止まる。大蛇丸が少し離れた壁に背を預け、瞳を閉じて佇んでいる。

 

 サクモが畳間に声を掛けて、場を後にする。畳間は短く礼を言った。彼は小さな子供がいる、一人の父親だ。あまり長居することは出来ない。

 

「畳間……」

「三代目……」

 

 畳間の下に、ヒルゼンが近づいてくる。畳間は頭を下げて、参列の感謝を述べた。縄樹にも礼をさせようとしたが、無理に礼を取る必要はないと、ヒルゼンがそれを止めた。

 

「畳間……酷な話だが」

「わかってる。皆まで言わなくていい。終われば……向かうさ」

 

 今の畳間は、木の葉の幹部の一人。家族が死のうと、関係はない。むしろ、千手の当主が討たれたという事実は、木の葉を揺らし、他里を勢いづける。実際、前線で拮抗していた砂隠れが攻勢に転じ、木の葉が押され始めている。早急に手を打つべき事案だった。この後畳間は上層部の会議に参加し、今後の方針を話し合わなければならない。

 

 畳間の両親は、三代目雷影によって殺されたらしい。心臓部に小さな穴が空いていただけで、それ以外は綺麗な亡骸だった。豪雨の夜に奇襲を受けた際、仲間を生かすために殿を務めた。この戦いで前線は大きく後退してしまったが、彼らは立派にその役目を全うした。

 ダンゾウは今も現地に残り、抵抗を続けている。前線を下げて、防衛線を再構築させることに成功したらしい。

 

 葬式をあげられただけでも、ましだった。戦場では、名もなき忍が今も命を落としている。木の葉に戻ることも出来ず、戦地に骨を埋めた者もいる。亡骸が木の葉に帰って来られただけでも、幸運なのだ。

 

 去っていくヒルゼンを見送った。いつのまにか自来也も大蛇丸もいなくなっていた。今ここにいるのは、家族だけ。綱手が耐え切れず、嗚咽が大きくなっていく。畳間は2人を抱きしめて、両親は立派だったと、その死には意味があったのだと、口にする。

 

 ―――額当ての下で、千手の家紋が淡い光を放っていた。

 

 

 

 

「―――すみません、遅くなりました」

「いや、お主の状況を考えれば、むしろ早いくらいだ。気にするな」

 

 畳間が会議室に入室し、ヒルゼンがそれを上座にて迎え入れる。

 ヒルゼン、ホムラ、コハル、そして畳間。集められたのは、木の葉隠れの上層部でも一握りの者たちだった。畳間は思ったよりも人数が少ないことに首を傾げたが、何かしらの意図があるのだろうと考えて、黙って席に座った。

 畳間は、円卓の空いた席を見る。畳間の空いた両隣は、かつて、うちはカガミと秋道トリフが座っていた場所。身近な人がいなくなっていくことには、どうしても慣れなかった。

 

「まずは畳間、千手一族のことだ」

 

 円卓の上で指先を合わせながら、コハルが言った。表情は無機質で事務的なものだったが、指の腹を合わせては離すというその落ち着かない所作は、心の内が滲み出たものだろう。コハルは畳間を弟分として可愛がっている。その畳間の心中を察している。だが、誰かが言わねばならない。恐らく、憎まれ役を買って出たのだろうと畳間は思った。

 

「よい、コハル。ワシから言おう」

 

 ヒルゼンが、コハルを遮った。火影として、それらを背負うべきは己であるという意思の表れだった。

 コハルが、困ったように眉を曲げた。鉄面皮は脆くも崩れ去っていた。もしかすると、可愛がっている弟分だからこそ、自分の口からと思っていたのかもしれない。コハルの不器用さを感じ、畳間は小さく苦笑する。

 

「畳間。お前には早急に当主就任の儀を行ってもらう」

「喪に服す時間も、もらえねえってことか?」

「その通りだ。初代・柱間様の実子が討たれたことは、里内外にあまりにも大きな波紋を呼ぶ。千手は衰えず―――それを、早急に知らしめねばなるまいて。それは前線で戦う仲間たちの希望にもなる。お前の就任が遅れれば遅れるほど―――すなわち、お前が千手一族の意志統率を行えない程度の器であると判断されればされるほど、味方の士気は下がり、敵の士気は勢いを増す。三代目火影の名において、お前を千手当主に推す。……お前の名は、それだけ大きくなった」

「理解できる。ただ、一つ願いを聴いてほしい」

 

 畳間もそれはすでに推測し、納得していたことだ。だからそれ自体に異論はない。だが、当主になれば動きづらくなることは明白。畳間の両親が動けたのは、後継者たる畳間が育ち切り、自身の身に何かあっても対応が可能な状態になったからだった。

 ゆえに、これだけはと、畳間は思う。

 

「ふむ。言ってみよ」

 

 ヒルゼンが顎髭をしごき、先を促す。

 

「三代目雷影。奴は、俺に討たせてほしい」

 

 畳間の言葉を受け、ヒルゼンは両手を口元で組み、瞑目した。静寂の中、コハルとホムラがヒルゼンを見つめ、ごくりと唾を呑み込んだ。

 敵討ちの機会の要求。それは、身内を殺された忍の、至極真っ当な願いではある。畳間は冷静を保っているように見える。けれどもその瞳の中に揺れる劫火を、ヒルゼンは見た。

 

「―――ならん」

「何故だ!!!」

 

 ヒルゼンの静かな否定。

 それを、畳間の怒声がかき消した。

 屋敷が大きく揺れる。木の壁に亀裂が入り、天井の板が外れ、数枚、床に転がった。

 畳間の体から、凄まじいほどのチャクラの威圧が押し寄せる。コハルとホムラが肩を大きく跳ねさせた中、ヒルゼンは冷静に、畳間を見つめ続ける。

 

「奴は父を、母を殺し、綱を、縄樹を泣かせた!! 俺には報復の権利がある!!」

「落ち着け畳間。暗部の者が殺気だっておる。仮にも護衛隊長を務めた男が、火影に殺気を向けるでないわ」

「答えろ、猿飛ヒルゼン!!」

「―――うずまきクシナがいるからだ」

 

 思わぬ人名に、畳間のチャクラから勢いが抜ける。下らぬ理由なら暗殺に向かおうかとも思っていた。仮にそれが―――里を抜けることになったとしても。だが、うずまきクシナ。畳間の愛弟子の名は、彼に理性を取り戻させた。

 

「どういう……ことだ」

「クシナは、木の葉隠れの秘蔵種。ミト様が弱られ、床に臥す時間が長くなった今、いつ、何が起こるか分からん。有事の際、九尾を封ずる器は、あの子だけ。綱手も縄樹も、九尾を封ずるには素質が足りん。お前は―――その怒気が改めて証明したが、九尾の器にするには危うすぎる。クシナの側にお前を付けたことの意味、忘れたとは言わさんぞ」

「それが……なんだっていうんだ」

「―――馬鹿者が!!」

 

 ヒルゼンの怒声。ヒルゼンが畳間に始めて見せた、まるで鬼のような形相に、畳間が息を呑む。

 空気が震え、肌に刺すような痛み。だがそれはすぐさま霧散し、同時に、ヒルゼンの表情も、沈痛なものに変化する。

 

「―――お前の気持ちは、痛いほど伝わっている。だがな、畳間。ワシらが背負うものはなんなのか、もう一度考えてはくれまいか? ―――初代様、二代目様の背を見て育ったお前だ。それが分からんわけではあるまい……」

「―――ッ。…………」

 

 一転して穏やかに語り掛けるヒルゼンに、畳間は苦し気に眉根を寄せる。

 そして、長い、長い逡巡。その末に、畳間は諦めたように肩の力を抜き、力なく視線を落とした。

 

「……三代目に、従おう」

 

 弱弱しく言葉を紡ぎ、畳間は崩れるように椅子に座った。

 

「すまない、畳間。どうか、耐え忍んでほしい」

 

 ヒルゼンが頭を下げる。 

 小さく承諾の言葉をつぶやいて―――その後、畳間が言葉を発することは無かった。

 

 ヒルゼンは畳間の姿に危うさを見た。

 激しく揺れる魂の咆哮。むき出しの精神は、忍として、あまりに大きな弱点だった。ヒルゼンの師であり、先代の火影である扉間が危惧していたものがこれである。畳間は正論ではなく、感情論で行動することが昔から多かったものの、それも成長と共に収まっていたが―――。

 平素において、どこか抜けているが常に冷静さを保つ畳間は読み辛く、相手にするには厄介な忍だ。かねてより持つ力強さや大胆さはそのままに、からめ手を用いた堅実な手を以て、敵を徐々に追い詰める戦闘方法を身に付けた畳間は、確かに木の葉に置いて、名実ともに最高戦力の一角を担うにふさわしい男になった。

 

 だが―――親しきものの死。それにより露わになる弱みは、あまりにも大きい。仲間が次々に死んでいく戦場に出すには、不安が過る。それは畳間が冷静さを欠き任務に失敗、あるいは命を落とすことに対してではない。今しがた畳間は激怒を見せたが、けれどもヒルゼンの話を聴き、その是非を判断する理解力を持っていた。ヒルゼンが心配なのは、畳間の心。

 復讐に取りつかれ、修羅の道に落ちた者が戻ることは容易ではない。畳間が憎しみに支配されないように―――そのために、ヒルゼンは手のかかる者を弟子につけた。クシナが畳間の弟子になったのは、クシナのためだけではない。畳間のためでもあった。実際に、クシナの影響で渦隠れへの嫌疑を薄れさせたことは、ヒルゼンにその確信を持たせた。

 

 ヒルゼンは、かつての記憶を呼び起こす。

 まだヒルゼンが自由気ままに、幼馴染であるダンゾウと森を駆け巡っていた幼少期。扉間の下で修行に励んでいた、幼いころの記憶。柱間、扉間との記憶は、色あせない思い出だが―――あのころ、確かにもう一人、そこにはいた。子供好きで優しいながらも、その強面で怖がられ、落ち込むことも多かった、あの悲しい男のことを。ヒルゼンは畳間の中に、なぜか、その男の匂いを感じている。憎しみに捕らわれ里を抜けた彼の面影を―――うちはマダラの、存在を。

 

 

 数日後、畳間は三代目火影の後見の下、千手一族当主に就任。うちは一族の警邏隊とともに、木の葉の里の最終防衛ラインとして配置されることが、周知された。

 

 その後、里に残る畳間は、下忍たちの修行に心血を注いだ。畳間の持つ二代目火影の秘伝忍術は、漏えい時の危険性から、下忍たちへの伝授をヒルゼンによって止められたが、波風ミナトはその修行の中で”飛雷神”の術式を解き、現在は任務の傍ら、己の術とすべく奮闘している。また、ここまでになると、中途半端である方が危険であるという判断が下され、畳間は自来也と共に、ミナトへ、”飛雷神”の伝授を開始した。

 

 その数カ月後。激化する戦争に対する戦力補充のため、木の葉隠れの里は、中忍選抜試験を前倒しで行うことを決定した。もっとも、参加する他里などありはせず、木の葉隠れだけで行う、小規模のものとなった。

 この試験によって、自来也班、畳間班の下忍たち、また本家・猪鹿蝶トリオたちは中忍となり、担当上忍の庇護を離れ、戦争の戦力として活動することになる。最初のうちは元々の担当上忍と任務を共にすることになるが、減っていく戦力の補充のため、彼らもまた一人前の忍びとして、戦場に立つようになっていった。

 

 その後、波風ミナトは凄まじい速さで上忍になり、自来也班はミナトを班長とした三人一組(スリーマンセル)へ移行。また、自来也、綱手、大蛇丸の三人一組(スリーマンセル)が復帰し、綱手たちもまた、戦地へ赴くようになる。

 

 畳間班は、クシナの件から前線に出されることは無く、後方支援の任に就いている。

 

 ―――同期の者が死んだ。敬愛していた先輩が死んだ。目を掛けていた後輩が死んだ。千手の当主として、千手一族の者を戦地に送り出した。

 自分が前線に出さえすれば、戦況は変わる。畳間はそう信じていた。

 

 戦地へ向かう仲間たちの背を見送り続け、そしてその訃報を聴き続けた畳間は、強い焦燥感が積もっていく。

 

 ―――そして一年の時が流れる。

 

 クシナ、ミコトが中忍に、シビが上忍となったことで、遂に彼らは畳間班を卒業する時が来た。上忍昇格の祝いと、班の独立を祝して、畳間が高級料理を彼らに御馳走した日の夜―――畳間は1人、ヒルゼンの下を訪れた。

 

「―――来たか」

 

 火影の執務室。椅子に深く腰掛けたヒルゼンが、キセルをふかして、畳間を出迎えた。ノックもせず入って来た畳間を咎めることなく、真剣な表情で畳間を出迎える。

 

「俺が来ることを……わかっていたような口ぶりだな」

「あまりワシを舐めるな、畳間。お前があの日より、変わらぬ炎を燃やし続けていること、ワシが気づけぬとおもうてか。もっとも、元々呼ぶつもりではあったがな」

「あの子たちの育成は、全力でやった」

「だろうとも。お主があの子たちに注いだ愛も、本物だったと思うておるよ。でなければ、あの年であそこまでの手練れにはなるまい」

「愛、か。ふん。復讐のために修行を早めたとは、考えないのか?」

「お主の、あの子たちを死なせたくないという気持ち、ワシにも伝わっておる。あの子たちが中忍になった時点で、いずれは単独任務に就くときも来る。その時のために、あの子たちが少しでも生き残れるように―――必死で育てたのだろう? そう悪ぶるな」

「あの子たちをさっさと中忍にしたお方が、言ってくれる」

 

 ヒルゼンが、煙を大きく吐き出した。煙の向こう側で、ヒルゼンが困ったような表情を浮かべる。

 

「そう言ってくれるな。このままでは、雲、あるいは砂の国境線が突破される。里への攻撃を許せば、より幼い子供たちにも被害が出てしまう」

「苦肉の策か。本末転倒だな」

「―――あの子たちはまだ前線には出さない。後方支援で場数を踏んでもらう。安心しろ」

 

 ヒルゼンの言葉に、安心の要素などどこにもなかった。

 前線に出さない理由も、畳間への配慮ではなく、あくまでクシナの保護が理由だろう。畳間はそう考えている。

 上忍となり、火影直轄の暗部入りしたミナトを、表では恋人として、裏では護衛として、ヒルゼンはクシナに貼り付けているのがその証拠。それほど、クシナは木の葉にとって重要な存在なのである。

 とはいえ畳間もまた、ヒルゼンの言葉が決して間違いではないと理解している。むしろ、代わりの案を出せと言わないだけ、ヒルゼンは畳間の心境を深く理解していると言ってもいいだろう。

 

 結局、畳間は感情論で話しているだけ。両親の死から未だ解き放たれず、器の大きいヒルゼンに噛みついているだけの、青二才でしかない。

 だが一方で畳間は、戦国時代を知る者として、むしろヒルゼンの策はまだまだ良心的だとさえ、頭の片隅では解っている。かつての戦国時代、子供たちは、今でいうアカデミー生になる前の年代から、血なまぐさい戦場へ参加させられていた。クシナたちの年代まで下忍として保護していたこと自体、戦時下では異常なのだ。それを分かっていてなお心の内に黒い炎が燻るのは、やはりうちは一族の、イズナの魂に依るものか。畳間は制御できない自身の心に、苛立ちを覚えていた。

  

「―――任せたい任務がある」

 

 流れを断ち切って口にしたヒルゼンの言葉に、畳間は静かに頷く。

 

「先に言っておく。お主を雲の前線に送るのは、まだだ」

 

 ぴくりと、畳間の眉が跳ねたが、畳間は無言のまま視線で続けろとヒルゼンを促した。

 

「渦隠れの里のことだ」

「……何かわかったのか?」

「うむ。恐れていた事態だ」

 

 ヒルゼンが悩まし気に眉を寄せ、ため息を溢した。

 

「渦隠れへ送った忍が戻らんことは、知っているな?」

「……ああ。もはや黒は揺るがないと、木の葉を発つ前に、ダンゾウさんも言っていた」

「それがどうも、そうではなさそうでな」

「どういうことだ?」

 

 雲隠れのクシナ誘拐未遂事件の際、クシナと共に木の葉隠れへ越してきた渦隠れの者は残らず殺されている。また、渦隠れと連絡を取るために送った忍がことごとく戻らず、殺されたか、あるいは捕らえられたかは定かではないが、木の葉は渦隠れを黒として見るほかない状況にあった。だがそれが違ってくるとは、どういうことか。

 畳間は首を傾げる。

 

「先日、渦へ向かったコハルとホムラが戻った。重傷でな」

「やはり渦が……?」

「いや……2人を襲ったのは、霧の者だったらしい。二代目水影だ」

「カガミ先生を殺した奴か。やはり霧と渦が手を組んだということではないのか?」

 

 畳間の声が冷え切ったものに変わる。 

 霧へ向かったホムラとコハルが重傷を負って帰還した。それはつまり、渦へ向かう道中に霧隠れの者が潜んでいたということであり、渦隠れが霧と結んで、木の葉を迎え撃つ用意があるということの証明であると考えるのが自然だ。

 

「問題はここからでな。カガミを殺した二代目水影―――奴から逃れるのは容易ではない」

「つまり、2人が逃げられたのは理由があるってことか? 三代目、もったいぶるな」

「ホムラを逃したのは―――渦隠れの忍だったそうだ」

「―――なんだと? それはどういう……」

 

 ヒルゼンの話では、渦の調査へ向かったコハルとホムラは、渦へ向かうための水路にて、霧隠れの忍びの襲撃に合った。水遁を得意とする霧隠れの者たちに海の上で勝てるはずもなく、コハルとホムラは死を覚悟したそうだ。だがそこに現れたのは、渦隠れの忍たちだった。最初は敵の増援と考え絶望した2人だが、渦の者が霧の者と交戦を始め、様子がおかしいことに気づいた。そして渦の者の1人が、自分たちが殿となるから、2人に逃げろと、言ったらしい。そしてある書状を、三代目火影に渡して欲しい―――とも。

 

「これが……その書状だ」

 

 ヒルゼンが机に置いた、血に濡れた書状。畳間はそれを手に取り、書かれた文字に目を走らせる。そこに記されていたのは、これまでの経緯と―――霧隠れの恐ろしい陰謀だった。

 かつて渦隠れで内偵をしていた畳間の前で自決した忍は、確かに渦隠れの者で、畳間を襲った者は霧隠れの者だった。ゆえに木の葉隠れの里は渦が裏切ったとして糾弾した。

 一方で渦隠れは、畳間が―――正確には木の葉隠れが、霧と組んで渦隠れの上忍を殺害したと考えていた。木の葉と霧が、渦隠れを完全に吸収しに来たと考えたらしい。その原因は―――渦隠れの者の遺体を、霧隠れの者と畳間が、見せしめとして磔にしたからだと。

 

 渦は、最初こそ裏切った木の葉憎しと、奪われたクシナ救出のために動いていたが、霧隠れの者がそれを巧妙に阻害していた。木の葉側のダンゾウも、クシナの付き人の動きを監視し、渦との連絡が出来ないように包囲網を敷いていた。だが、霧、木の葉の者の目をかいくぐり、何とか届いたクシナの付き人からの知らせ―――渦隠れを裏切った、渦隠れの血を引く畳間が、クシナをとても可愛がっているという情報を得た渦隠れは、現状の認識に違和感を持ったのである。

 だが、戦争が始まり、渦隠れは霧隠れの者たちに包囲された。霧は渦をすぐには攻めず、じわじわと真綿で首を絞めるように包囲網を敷いた。渦隠れの者を決して外に出さないように厳重に敷かれたその包囲網は、霧側から攻め込まないことで、堅牢なものへと変貌した。渦隠れは、孤立無援での戦いを強いられた。

 

 そして起きた、うずまきクシナ誘拐未遂事件。

 結果として、クシナの救出は誰よりも早く事件に気づいた波風ミナト個人の手によって解決した。けれども、三代目火影はあのとき自ら陣頭指揮を執り、里をあげてクシナの救出に乗り出している。畳間が所用で里を不在にしていなければ、さらに早く解決できていたはずだった。そしてそれは、敵国の少女への対応にしては、あまりにも手厚いものであり―――霧の包囲網によって、少し遅れてその情報を手にした渦隠れの里は、木の葉への接触に乗り出した。

 同時期、三代目火影は、行方不明者が出たために中止していた渦隠れの調査を再開。中忍の増強によって自由に動かせるようになったうたたねコハル、水戸門ホムラを渦隠れへ派遣し―――木の葉と渦は、互いに霧と交戦することで、互いの無実を証明した。

 

「すべて……仕組まれていたのか……。渦と木の葉の―――軋轢は……」

「おそらく―――お前の目の前で自決した渦隠れの者は、幻術か、それに準ずるもので自我を失っていたと考えられる」

 

 霧隠れの謀略は、血でつながった木の葉と渦を引き裂くためのものだった。

 畳間は利用された。アカリは、カガミは、そのために二代目水影に狙われたのだ。うずまき一族に最も近い千手畳間が渦隠れを疑えば、他者はそれに流されざるを得なくなる。

 敵は知っていた。親しい者を失った際、畳間が冷静さを欠くことを―――敵は、千手畳間を知り尽くしている。畳間はまんまと利用され、踊らされた。渦隠れ内偵の際、公平な視点でそれを行えていたかと言われれば、畳間は否と答えざるを得ない。畳間は最初から―――渦隠れを、うずまき一族を疑っていた。

 

「俺の……俺のせいだ。俺が不確かな情報を持ち帰ったから、渦隠れは追い詰められた」

 

 渦隠れからの書状は、渦隠れは今一度木の葉を信じること、そして、渦隠れをどうか信じて欲しいという願いによって結ばれていた。

 

 ―――千手とうずまきの家紋を掛け合わせた、木の葉隠れの紋章と共に。

 

 書状を持つ畳間の手が震える。

 目に見える動揺に、ヒルゼンが厳かな声で畳間に語り掛ける。

 

「―――落ち着け、畳間。お前が持ち帰った情報は、確かに渦を疑って然るべきものだった。最終的に決定を下したのはワシだ。お前のせいではない。―――それに気になることがある。お前が、渦の者の亡骸を辱めたというところだ。覚えはないな?」

「当り前だ……。あの後、俺は火の国から出ていない」

「そうか……。結界術に長けた渦隠れの者たちが、畳間のチャクラを見誤るとも思えんが……」

「三代目は、俺がやったって、そういうのか?」

「そうではない。これはワシの推測だが―――変化の術どころではない、チャクラすらも真似る化身術を使う者が敵におる。霧の秘伝か、あるいは血継限界か……」

「……つまり、なにか? チャクラすら俺そっくりに化けられる奴が、俺の姿で好き勝手やってるってことか?」

「可能性の話だ」

「それは……まずいんじゃねえのか」

「由々しき事態だ。だが……お主を後方支援に置いていたことが、逆に功を奏したとも言える。お主が里を動かぬ以上、今、そやつが動けば、偽物とすぐに判明するからの」

 

 畳間が目を伏せる。

 

「―――渦と霧の交戦や、今の話すら、渦の芝居であるという可能性はないのか?」

「コハルが、渦の手練れの戦死を確認している。渦の里長は、わしでいうダンゾウを失った」

「そう、か……。三代目、俺に任せたい任務というのは―――」

「―――うむ。千手畳間―――お主を、渦隠れへ友軍として派遣する。柱間様の代に結ばれた縁を、今一度取り戻す」

 

 ヒルゼンの力強い言葉に、畳間もまた強く頷いた。

 

 これが、最大限の譲歩。雲から放し、かつ畳間が暴走しない場所は、もはやここしかないと、ヒルゼンは思った。木の葉に置き続けても、好転はしない。ならば守るための戦いに投じるのも、一つの手であると考えた。

 

「だが、渦隠れの地理を知る上忍は、もはやお前しかおらん。ホムラとコハルが負傷し、お前が抜けるとなれば、これ以上、里を手薄にするわけにもいかん。孤独の戦いだ。風当たりも強いかもしれんが―――」

「―――構わない。自分の尻は、自分で拭く。任せて欲しい」

「では急げ。もはや一刻の猶予もないだろう。―――準備が終わり次第、もう一人、手練れを送る。それまで、持ちこたえろ」

「―――了解」

 

 ヒルゼンが言うと同時に、畳間が背を向ける。鋭く研ぎ澄まされた眼光が、はるか遠くの霧隠れを睨め付けた。

 

 

「……」

 

 

 絶壁とも言えるほどの岸壁を、ごうごうと、凄まじい勢いで水が流れゆく。瀑布の向こう側に、むき出しの岩肌が覗いていた。

 その半ばに、岩場が不自然に突き出している。その岩場には、激流を浴びながらも瞳を閉じ、静かな呼吸を繰り返す、胡坐をかいた黒髪の女が一人。不思議なことに、女の身に纏う服は、瀑布の中にありながらも、濡れた様子がなかった。まるで激流が、その女を避けて落ちているかのように。

 

「―――おう、猿飛の奴から連絡だ。遂に動くようだぜ」

「……」

 

 いつのまにか現れていた人影が、激流の上に立ちながら、その低い声で女に語り掛ける。

 女が―――静かに瞳を開く。

 

 ―――赤と黒の眼光が、遥か空の先を見据えた。

 

 


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