綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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待っててくれて……あ゛り゛がどう゛


第三次忍界大戦編
第三次忍界大戦


「すまんな、ミナト。お主に火影を譲るのは、少し後になりそうじゃ」

 

 重いため息をついて、ヒルゼンが言った。

 突如として舞い込んだ、この火急の対応が必要な情報を畳間、ミナトより聞かされ、ヒルゼンは背もたれに力なく寄りかかっている。

 

「いえ……」

 

 暗部の仮面を外したミナトが、沈痛な表情で続ける。

 

「それよりも……。なぜ、このタイミングで木の葉包囲網なんて……。砂は分かります。先の大戦では、最も血を流しあった相手ですから」

 

「―――恐らく、雲はオレへの私怨もあるだろうな。霧は立地的に、大陸に進出しようとすれば、必然木の葉を相手にするしかない。だが、岩は……。同盟を一方的に破棄してまで喧嘩を売ってくる理由がわからんな」

 

「……無殿のことは知っておる。砂、霧、雲を退けた木の葉を危険視してのことだろう。初代様、二代目様が逝去されたことで、一時木の葉の戦力は大きく減少した。はっきり言えば、今もなお、木の葉創立時代の戦力に届いたとは言えんが、それでようやく、他里と木の葉の力関係は拮抗したとも言える。それほどまで……御兄弟の実力は凄まじかった。……もしもあの時、不意を突かれなければ二代目様も―――」

 

「昔話はそこまでにしておけ。お前が弱気になってどうする、”三代目火影”」

 

「ダンゾウ……」

 

 ヒルゼンの言葉を遮って、部屋に新たに入ってきたのは、三代目の右腕・志村ダンゾウだった。ダンゾウは険しい表情でヒルゼンを睨みつけており、ヒルゼンは気まずげに目を反らし、俯いた。そんな二人を見て、ミナトは困ったように眉を寄せる。上司たちの険悪な雰囲気ほど、気まずいものもない。

 そんな空気を壊そうと、つまり―――と畳間が話を引き継いだ。

 

「爺さんと叔父貴が死んでようやく拮抗したと安心していた木の葉の戦力が、思っていた以上に巨大に成長していたから……今のうちに、出る杭は叩いておこうということか?」

 

 ヒルゼンが頷いた。

 

「おそらくは。砂に便乗しつつ、漁夫の利を狙うつもりだろう」

 

 それに―――とダンゾウがヒルゼンの言葉に続ける。

 

「もともと、他の大国は、火の国と比べて資源が乏しい。隣接する岩が砂を、あるいは砂が岩を手に入れるよりも、火の国を4国で分割した方が利益が出るということだ。初代、二代目様が参戦された第一次忍界大戦も、五大国の乱戦ではあったが、木の葉擁する火の国は頻繁に標的にされていた」

 

「あるいは……」

 

 畳間はその後の言葉を飲み込んだ。雲隠れ撤退戦以後、畳間は木遁を使うことを自重していない。当然、情報は掴まれているだろう。

 初代火影がどのような手段を以て戦争を終結に導き、雲におけるクーデターを発端とする第二次忍界大戦勃発までの長きに渡る平和の時代―――その礎を築いたのかは、当時の五影会談に参加した者以外に知る者はいない。だがもしも、木遁という圧倒的な力による抑止であったのなら、畳間が成熟しきる前に始末しようとすることも頷ける。

 実際、畳間もアカリに止められるまでは、その方法を考えていた。国が、里が複数あるから、争いが生まれる。ならば争いを無くすには、他すべてを塵一つなく滅ぼすか、あるいは歯向かう気さえ抱かせないほどの圧倒的な力を見せつける―――それ以外に方法はないのではないかと考えていた。しかし圧倒的な力を前にしてもなお”大切なもの”のために立ち上がる者はおり、また、いがみ合う者同士であっても命を捧げられるほどの愛―――絆を築けるのだと気づかされ、その道を進むことを止めた。真に受け継ぐべきは力ではなく、その気高い火の意志であったのだと、畳間はやっと、思い出したのである。

 しかし、唯一木遁を受け継ぎ、戦時下、その暴力性を以て名を馳せた畳間が、いずれ柱間やマダラの領域に手を掛け、その力を振るわないとは言い切れない。

 もしも、最初から穏健派であるヒルゼンの肩を持ち、好戦的な里の忍や火の国の大名を諫め、平和の使者として他里との懸け橋となるような行動を取れていたならばあるいはと、思わずにはいられなかった。だが、後悔していても始まらない。この後悔を無為なものにしないためにも、今は迅速に動くべきである。

 

「……ともかく。事態は急を要する。本当は風遁使いであるダンゾウさんが適任だろうが……。雲には何かと因縁がある。オレが行こう」

 

「ふん……。慣れぬ気遣いはよせ。ワシの風遁は、三代目雷影には通用せんかった」 

 

「いや、それは……」

 

 ダンゾウの棘のある言葉に、畳間がたじろぐが、頷いたヒルゼンが後に続いた。

 

「実際、木の葉随一の風遁使いであるダンゾウが防戦を強いられる男だ。あらゆる攻撃を防ぐ鎧、すさまじいまでの速度、すべてを貫く矛―――それらすべてに対応出来る者などそうはおらん。硬く、速く、鋭い。単純だが、だからこそ強い。―――畳間、任せたぞ」

 

 ヒルゼンは火影の責務で動くことが難しく、ミナトは木の葉一の速度を誇るものの、雷影の鎧を突破するだけの攻撃手段を持たない。仙術や幻術を始めとした絡め手を使えばあるいは可能性はあるが、木の葉で仙術を収めているただ二人の忍の片割れである自来也は里に戻らず。アカリは写輪眼による幻術と万華鏡の固有能力に加え、仙術を修めている優秀な忍に成長しているが、なにより速さが足りない。一度撃破した実績もある畳間に任せるのが一番だろうと、ヒルゼンは考えた。

 一度退けたからと調子に乗らんように、とヒルゼンから釘を指さされ、畳間は肝に銘じると苦笑いを浮かべる。

 調子に乗りやすく、思い込みが激しく、激情に駆られやすい―――そんな畳間の致命的な弱点に気づき、”冷静さを欠くことなく、まずは己を知れ”と諫め続けた扉間の教え。命懸けで憎悪の熱を薙ぎ払ったアカリの想いを、無駄にはしない。

 

「三代目、一つ、頼みがある。私情で申し訳ないんだが、せめてカカシがアカデミーを卒業するまで、サクモは……」

 

「分かっておる。いくらなんでも、今、サクモを続投させるほどワシも鬼ではない」

 

「ありがとう」

 

 引退を決め、責務から解放されたとはいえ、サクモの心は仲間からの中傷で弱っている。戦場に復帰しても、十全の力を発揮することは難しいだろう。せめてカカシの成長を見守るくらいの時間は、穏やかに過ごしたほうがいい。

 

「それと、これはうちはを間近で見て来た者としての忠告だが―――うちはは動かさず、里に置いておいたほうがいい。下手に万華鏡を開眼され、里に牙を向かれても困る」

 

「畳間」

 

 あまりの言いように、ヒルゼンが窘めるように言った。

 しかし畳間は事実だと首を振る。

 

「別に、貶めるつもりで言ってるわけじゃないんだ。……だが、戦争が始まる。悲哀からも憎悪からも、絶対に逃れられないだろう。うちはの者が戦場に出たとして、結果憎しみに呑まれたとしても、それは仕方のないことだと思うし、咎めるつもりもない。―――それが敵に向くのなら(・・・・・・・・・・)

 

 うちは一族は愛が深いがゆえに、それが憎悪に変貌したとき、どこに牙を向けるのか分からない怖さがある。まかり間違って戦争を起こした木の葉が悪い、などとなっては笑えない。今となっては可愛らしい笑い話だが、”だいたいのことは千手が悪い!!”などと言って空回りしていた前例を知っているからなおのこと。畳間自身の遍歴もまた、説得力に拍車をかける。

 

「うちはは愛が深いが、それは基本的に、一族にのみ向けられる。オレの弟子であるミコトも、天秤に掛ければ里より一族を選ぶだろう。カガミ先生や、アカリのようなうちはは例外中の例外だと思ったほうがいい。……それに、実際里の守りは必要だ」

 

「……うむ」

 

 ヒルゼンが考え込むように顎鬚をしごく。ミナトは再び困ったように眉根を寄せており、ダンゾウは扉間の影響を強く受けていることもあり、静かに頷いている。

 

「……分かった。畳間、一つ、聞いておきたい。今回の戦争、関与していると思うか?」

 

 少し思案した後、ヒルゼンが言った。

 第二次忍界大戦の後、畳間は三代目火影であるヒルゼンには、自身の出生の秘密と、うちはマダラの存命―――その可能性を伝えている。ヒルゼンの質問は、そういうことだ。

 畳間は苦し気に目を細め、首を振る。

 

「無い、とは言い切れない。だけど、火種はそこら中にあった。何をしなくても遠からず……、自然に火は点いたと思う」

 

「そう、か。いや、その通りか……」

 

 先の大戦、木の葉は多くの同胞を失ったが、それは他の里にも言えること。戦争は終わったが、憎しみの連鎖は絶てず、怒りの炎はくすぶっていた。いつ爆発するともしれない仮初の平和であったことは、誰もが知っていたことだ。結局、先代の火影たちの願いは、横やりがあろうとなかろうと、果たせなかった。その自責の念が、うちはマダラ―――彼一人にすべての責を押し付けられればと、そう考えてしまったのだ。

 間近に見える戦争を前に、ヒルゼンが火影引退を決めたのも、次代を継ぐ者―――ミナトを戦場に出したくなかったからということもあるだろう。戦争になれば、基本的には火影は里に釘付けとなる。戦時下における指揮系統の喪失は、敗北と同義であるからだ。だが、ミナトが”四代目”を継げば、ヒルゼンは火影という責を下ろし、一人の忍として戦場へ復帰できる。火影の椅子に座ったまま、里の家族を死地へ送り出すことに、ヒルゼンは疲れたのだろうと、畳間は思った。

 

 懐から草臥れた傷だらけの額当てを取り出して、

 

「また、戦争だ……」

 

 畳間はそっと撫でる。―――夢はまだ、遠かった。

 

 

 

 

 戦争が始まって一年。各里からの怒涛の如き攻勢を、木の葉は犠牲を出しながらも、押し留めている。

 霧隠れは宣戦を布告して来た割にはその攻勢は他里と比べると緩く、霧隠れの前線はあまり戦力削られることなく、防衛線を維持できているらしい。二代目水影が一切姿を見せないことは不気味だなと、伝令の話を聞いて畳間は思う。あの戦闘狂じみた男が一度も姿を見せないなど、あり得るのだろうか。畳間はそんな疑念を抱く。

 砂隠れはやはり影を失ったというのは本当だったようで、開戦後しばらくして四代目風影を擁立し、影自ら前線を率いているようだ。一度三代目風影を失っていることから、先の大戦で息子夫婦を殺された傀儡使いのチヨなどの手練れが、風影の護衛を務めているようで、木の葉側も有効打を打てないまま、膠着状態となっているようである。

 

「……問題は岩隠れか」

 

 森を切り開いて作った、テントが並ぶ簡易拠点から少し離れ、切り株の上に座っている畳間が、少し前に暗部の者から渡された伝令書に目を通しながら呟いた。

 老いたとはいえその術のキレは変わらぬ二代目土影・無、そして三代目土影となったオオノキが率いる岩隠れは、先の大戦に参加していないこともあって、その戦力がどの里よりも充実している。畳間とヒルゼンを除き、かつての二代目精鋭部隊や、畳間の妹である綱手を筆頭とする医療部隊、畳間やミナトに次ぐ実力者であるアカリなど、木の葉名だたる忍が出陣しているが、オオノキを擁立したことで自由に動き回れるようになった二代目土影・無の血継淘汰の前に犠牲者は多く、じわじわと後退を余儀なくされているようだ。はっきり言えば、アカリの万華鏡・輪墓や、ミナトの飛雷神の術でようやく対抗できるといった状態で、戦況は思わしくない。

 

 そもそも、四面攻勢を強いられている現状、圧倒的に人手が足りず、どの戦線も一年前から比べれば、大きく後退している。その唯一の例外が、ここ雲の前線だった。三代目雷影は自身を退けた畳間を危険視し、里の者に”昇り龍を見かけたら全力で逃げろ”と徹底して教え込んでいるようで、雲の忍は畳間と鉢合わせすると雲の子を散らすように撤退する。ゆえに畳間は対雲における重要な拠点にマーキングをして定期的に巡回し、また分身を多数国境に配備することで雲の進行を食い止めていた。

 

「三代目雷影の影がちらついている現状、本体であるオレが離れるわけにもいかんしな……。信じる他ない」

 

 雲隠れの前線が完全に膠着状態になってしばらく、ミナトがクシナと籍を入れたと聞いた。ともすれば畳間以上に飛雷神を使いこなすようになったミナトは、あらゆる戦場への増援に物資運搬、撤退時の殿、孤立した部隊の救援と、過労死さながらの任務に晒されている。戦闘による殉職よりも、その過酷な日々に命の危機を感じ始めていると、少し前に会ったときに話していた。”木の葉の黄色い閃光”という異名が、別の意味に感じてくると、ミナトは疲れた顔で笑っていたが、あらゆる戦場に顔を出しているがゆえに里の者たちの心の柱ともなりつつある現状、その弱った表情は、かつて飛雷神の伝授の際に地獄の修業でしごかれ自身の弱みをすべて知っている畳間と、伴侶であるクシナにしか見せられないのだろうことは想像に難くない。恐らくは、三代目火影就任時の畳間の過労をすでに超えているだろう。畳間はミナトの重責をよく労わり、孤独を慰めた。

 

「畳間、コーヒーでもどうだ?」

 

 湯気が立ちあがるカップを3つ手に持って、忍が一人近づいてくる。

 

「イッカクさんか。……ありがとう」

 

 差し出されたカップを受け取り、忍―――うみのイッカクに笑みを向ける。

 

「畳間、あいつはどこだ? 最近お前について回っていた中忍の―――」

 

「―――殺されました。北西の拠点で。オレが不在の時に攻め込んできた雷影に」

 

 最近、畳間の補佐として参戦した若者だった。才能があり、人徳もあった。アカデミーのころ、気まぐれで発生した畳間のしごきを受けて、以後、尊敬していたそうだ。少し、いやかなり変わった若者だったが、畳間はまっすぐに己を慕うその若者を可愛がっていた。たまたま、居残りをさせた拠点での死だった。影の襲撃に恐れる拠点の忍たちをまとめ、畳間が戻れば勝ちだと鼓舞し、仲間を守るため雷影に立ち向かい、壮絶な最期を遂げたという。

 

「……そうか。大丈夫か?」

 

「……ええ。雷影は先日、撤退させました。北西の拠点には影分身を多めに配置しています。戦力の低下は―――」

 

「そうじゃない。そうじゃないが―――」

 

「わかってますよ。それも、大丈夫です」

 

 言ってカップで顔を隠すようにコーヒーを飲む畳間に、イッカクは沈痛な表情を浮かべる。

 

「そういえば、イッカクさんのところの―――そう、イルカくん。確か来年アカデミーに入るとか。オレの弟子にも、長男が生まれたらしいんです。次代の子らが戦場を知る前に、この戦争を終わらせたいものですね」

 

「……そうだな」

 

 畳間は悲哀に満ちた表情で空を見上げた。イッカクもまた同じように空を見上げる。互いに、この戦争で命を落とした同胞たちの死を悼むように。

 

 

 

 

 ―――手が、足りない。

 

 雷影の襲撃は、畳間の不在、間隙を縫うように行われている。畳間は巡回の時間や頻度を掴ませないようにしているが、しかし、巡視後、別の拠点に飛んだ直後に襲撃をされれば、対応するのも難しい。他の拠点で雷影の息子や雲の人柱力の襲撃が同時多発的に発生すればなおさらだ。畳間が向かえば拠点は取り戻せるが、しかし失った命は戻らない。飛車である畳間を他の拠点に釘付けにし、その間に歩を少しずつ、しかし確実に削り取る戦法―――地道ながら、効果的なものだった

 ミナトへの増援要請も考えたが、ただでさえ過酷な状況である上に、岩の戦線が保たれているのは、ミナトの尽力あってのことだ。どこもギリギリで、現存戦力だけで何とかする他はない。ここが一番、マシなのだから。

 戦力の補充という点で、現在、アカデミーの上級生で優秀な者を進級させ、下忍にし戦線に送ろうという案が出ている。サクモの息子であるカカシや、ヒルゼンの息子などが候補に挙がっているらしい。畳間からすれば言語道断な草案だが―――現実問題、このままではいずれじり貧で負ける。里への攻撃を許せば、すべてが終わる。

 これ以上若い血を流さないための降伏―――、それを一度も考えなかったといえばウソになる。だが、そうなったとしても、木の葉の有力な一族は間違いなく滅亡の憂き目に立たされるだろう。非戦闘員以外皆殺しにされる可能性とてある。火影の一族である猿飛、千手は、もちろん見逃されることはないし、有用な血継限界を持つうちは、日向は人体実験の検体にされるだろう。やはり戦うしか、無かった。

 

 

 ―――まだ、子供じゃないか。

 

 先日、雲の襲撃を撃退した際、木の葉の拠点に残された雲の忍の亡骸を供養しようと回収していた際に見つけたのは、まだ幼い少年の遺体だった。それが縄樹に重なり、畳間はしばらく立ち尽くすことしか、出来なかった。

苦痛に歪む表情は、絶望の中で命を落としたことの証左だった。仲間に置いて行かれるのは、どれほど不安だっただろうか。どのような思いで戦争に参加したのだろうか。里を思う勇気か、仕方がないという諦念か。畳間という巨大な敵のいる拠点へ攻め込む際の恐怖はどれほどのものだっただろうか。親兄弟は、祖父母は、友達は、この子の死をどれだけ悲しむだろうか。

 しかし、畳間が敵の死に悲哀を感じている時間などありはしなかった。近くでは、命を落としたらしい男の亡骸を抱えて、木の葉のくノ一が人目を憚らず声をあげて泣いていた。落命したのは恋人、だったようだ。過酷な戦場の中、互いに心の拠り所となっていたのだろう。いやに距離が近いので畳間が訊ねた際、「この戦いが終われば、結婚する」と恥ずかし気に言っていた姿を思い出す。それは危険な発言だと畳間は諫めたが―――。

 くノ一の目に、憎悪の炎が宿る。憎しみを以て、雲隠れの方角を睨みつけている。くノ一ばかりではない。各々、同じ釜の飯を食らった戦友たちの死を悼み、悲哀と、憎悪を瞳に浮かべている。

 

(―――己を見つめろ。冷静に。己を知れ。冷静に。今のオレは憎しみに囚われていないか? 戦争だ。部下がそうなるのは仕方ない。だが、オレは、少なくともオレだけでも……皆の模範になるんだ。憎しみを持つことを責めるな。守り、導け。必ず、必ず。いつか、戦争が終わる時が来る。耐え忍べ。耐え忍べ。いつか訪れる平和の時を……オレは待つ)

 

 仲間を守り切れない自責の念。憎悪に身を委ねる安楽さとその誘惑、己が激情に呑まれる自由を持つ仲間たちへの嫉妬。

 先人たちに注がれた愛、託された想い、受け継いだ意思、抱いた覚悟、友に気づかされた願い―――火の意志の反照。

 

 畳間はただ静かに俯いて、唇を噛みしめる。

 

 

 

 

 戦争が長引くにつれ、木の葉も、雲も、砂も、霧も、岩も、若者の参戦が目立つようになってきた。木の葉はアカデミーの飛び級制度を実施し、サクモの才能を受け継いだカカシを筆頭に、優秀な子供たちの参戦を速めている。

 カカシは現在、ミナトの部下に配属されている。飛び級直後は大人たちに混ざり、雲と岩の間を走り回る補充部隊として働いていたが、掟を重視した効率主義者であるカカシは、年上の班員との折り合いが悪く、孤立していたため、少し経ってアカデミーを卒業したカカシと同世代が下忍たちと組むように班の構成を変更したのである。ミナトの器量と、班員たちに影響されたのか、少しずつ、本当に少しずつだが、変化が見られているようである。

 サクモはカカシの参戦決定を機に忍に復帰し、既知である畳間の補佐として参戦している。畳間は一度は親として引退を決めたサクモの心情に配慮し、カカシたちが補給部隊として雲の戦線を訪れるときは、サクモに補給地点への伝令役を任せている。その度に、冷たくされたとしょげつつも、息子の成長を喜び、報告してくるサクモに、畳間は笑ったものだった。

 サクモの参戦後、そんな余裕もできる程度には、雲の戦線は安定していた。サクモは雷影ほどではないが、雷遁による肉体強化を扱え、戦闘経験も豊富な手練れである。たとえ雷影を打倒することは出来ずとも、畳間が合流するまでの時間稼ぎをする程度なら”わけない”のだ。

 

 だが―――最近は襲撃の回数が減っている。減り過ぎているとも言えるくらいだった。明らかに何かの準備をしている。数の不利のせいで地の利を捨てられず、攻めに転じられない現状、”待ち”を続けるほかない。それが歯がゆく、不安でもあった。

 恐らく、近いうちにここ雲の前線は、決戦とも言える大規模な戦火に見舞われるだろう。若い者は後方の補給地点へ下げておくべきかとも思案する。

 

「畳間、いいか?」

 

 天幕の中で胡坐をかいて瞑想し、影分身を維持するためのチャクラを練り直していた畳間に、外から声が掛けられる。サクモだった。今の畳間は休憩時間だが、前線の総指揮を執る畳間に、休憩時間などあってないようなものだった。声の様子からすると、緊急の要件ではなさそうだ。畳間は立ち上がり天幕の外へ出る。

 

「新しい補充部隊が到着した」

 

「もうか? やけに早いな。予定では明日のはずだったが」

 

「理由は、会えばわかると思うよ」

 

 苦笑混じりに言うサクモに、畳間は怪訝な表情を浮かべ、サクモの後に続くように新しい補充部隊の元へと向かって―――。

 

「なるほど」

 

 件の部隊を目にしてまず口を出たのは、そんな言葉だった。黒い眼鏡をかけた少年、楊枝を加えた少年に、担当上忍であるふくよかな男。各々特徴的であるが、畳間の目にまず飛び込んできたのは―――

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!! お会いできて光栄です!!!」

 

 緑色のボディスーツに身を包んだ、眉毛の濃いおかっぱの少年だった。

 

「そうか、ダイの倅か」

 

「はい! マイト・ガイです!! よろしくお願いします!!!」

 

 マイト・ガイ。おかっぱの少年の名前だった。畳間の旧友、マイト・ダイの息子。忍術を扱う才能がまるでなく、万年下忍と揶揄される父に似て、あまり術の才能には恵まれなかった男の子。だが、父譲りのその根は里の誰よりも気高い。疲れていないのか、はたまた根性で疲れを隠し切っているのかは分からないが、班員二人の疲れ果てた表情と、困ったように笑うふくよかな男―――秋道チョウザを見るに、ガイが張り切って、相当無理をして急いだのだろう。

 

「チョウザ、早急な到着、ご苦労だった」

 

 畳間はチョウザを見て労わるように頷き、次いで膝を地面につけ下忍たちに視線を合わせて、言った。

 

「よく来てくれたな。貴様たちの増援、頼もしく思う」

 

 嬉しそうに頬を緩める二人の下忍―――エビスとゲンマ、「うおおおおおおおおおおお!!」とより一層声高に叫ぶガイ。直後、エビスとゲンマは「なんか噂と違うな」と戸惑ったように顔を見合わせたが、畳間は苦笑するに留まり、立ち上がって再度チョウザへと視線を向ける。

 

「後程うみの上忍を向かわせ、指示を伝える。今は後方に下がり、休むといい。サクモ、案内を頼む」

 

 

(ダイの息子が……。それも、そうだな、カカシも、同じ年だ。もうずっと、里に帰ってなかったからな……。ミコトの長男も、育っているだろう)

 

 チョウザ班を連れて去っていくサクモを見送って、畳間もまたその場を離れ、見張り番の下へと向かう。休憩時間は終わり、また、戦いが始まる。


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