綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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語られる死闘

 司令塔として現場に戻り、イッカクにチョウザたちへの指示と対応を伝えた畳間は、戦争が始まってから頭に叩き込んだ周辺の地図を脳裏に浮かべた。

 以前に襲撃のあった北西の拠点には、畳間の分身を常に多数配備している。一体が瞬間的に殺されても、残された分身が本体へ情報を伝える。有事の際はすぐに対応できる体制を維持している。示威行為という意味も込めて、敢えて存在をちらつかせていたので、そのことは、岩隠れも把握しているだろう。

 岩隠れの戦線と雲の戦線の間に位置する西北西の拠点は、畳間の分身に加えて、アカリやミナトが交代で駐屯しているし、畳間もすぐに飛べるようにマーキングをしてある。岩と雲の合流を阻止するためだ。ゆえに木の葉側は対応がし易く、攻めるには難い場所である。

 基本的に戦力の逐次投入は下策であり、しびれを切らし、攻めてくるとすれば、雲隠れと木の葉隠れの直線上に位置するここ本拠地か、北東の拠点となる。

 慢心はない。それは畳間だけでなく、部下たちも同じ。

 サクモの参戦以後、雲の戦線は木の葉側に傾いており、戦死者の数も減っている。思考の幅を広く持ち、柔軟な対応をするためには余裕を持つことは大事だが、畳間とサクモという二大戦力が駐屯するこの本拠地が、攻め込まれるはずがないという油断は生まれ得る。ゆえ畳間は常に雷影の脅威を伝え、自身であっても仕留められるか分からないと言い続けて来た。拠点防衛が成功し続けている現状、いつか決戦を挑んでくるだろうということも。そして、近々来るとすれば可能性が高いのは明日の早朝まで。突然の沈黙は、恐らく、補給部隊の合流―――その情報を掴んでのこと。物資を補給される前に、あるいは補給を前にして気が緩む間隙を狙う算段だろう。取り越し苦労ならばいい。だが―――。

 

 おい、と畳間は近場の上忍を呼び止めて、精神的に未熟な忍を補給地点へ後退させるよう指示を出した。影の襲撃に動揺し立ち止まる者は無為に殺されるだけになるし、かえって足手まといになる。ならば一度後方へ下げ、”襲撃があった”という情報を得て心の準備が出来てから、伏兵として参戦してもらったほうが良いだろう。チョウザには近々襲撃があるかもしれないことと、心の準備をしておくようイッカクを通して言伝ている。あれもまだ若い忍だが、曲がりなりにも一族の直系で、弟子を持つ身。土壇場の胆力程度は備えているだろう。

 

 ―――数時間後。

 

「どんぴしゃ、だな」

 

 紫の鎧の上から羽織った、火影装束にも似た羽織が揺れる。

 日が暮れ、夜を迎える準備をしていた自陣に、報せが届く。日向の忍が、近づいてくる敵兵の姿を白眼で捉えたと慌てた様子で畳間の下に報告に来たのだ。同時に、畳間もまた、森の中に潜ませた分身から、情報を受け取っていた。

 

「静まれ」

 

 広間に忍たちを集め、ざわめく者たちを一喝する。

 畳間は膨大なまでのチャクラを開放し、威圧感を以てざわめきを鎮める。着任以後、穏やかさを以て陣地を治めた畳間の、始めて見せる顔に、周囲の忍は息を呑む。時が来たのだと、皆が精悍な表情を浮かべた。

 畳間は満足げに頷き、口を開く。

 

「時は来た。雲隠れ戦線―――決戦の時だ。ここを抜けられれば、里は目前。戦争の行く末を左右する戦いとなる」

 

 ごくり、と誰かが唾を呑んだ。

 

「このタイミングでの襲撃ということは、補充部隊合流の情報が掴まれていたということに他ならない。だがしかし。我らの優秀な補給部隊は予定よりも早く到着し、すでに合流を済ませており、物資は潤沢。増援の手配も、事前にしてある。―――負ける道理はない」

 

 近々雲の戦線が決戦となりうることは、すでにヒルゼンに伝えていた。事が起こり情報が届けば、ミナトの増援も約束されている。

 

「まずはオレが瞬身で襲撃を掛け、数を減らし、時間を稼ぐ。サクモたちの到着を待ち、その後攻勢に転じよ」

 

 畳間は手近の忍に補給地点にいるサクモたちへの言伝を伝える。

 

「皆、以前から伝えていたことを遵守し、生き残れ」

 

 雷影とは、絶対に戦うな。雷影の息子と雲の人柱力には、守りに徹せよ。それが、畳間が言い聞かせてきたことである。

 

「では、ちょっと行ってくる」

 

 軽い言葉とともに、目前の景色が変わる―――。

 

「の、昇り龍―――!?」 

 

 森の中、突如として現れた畳間に悲鳴を上げた雲の忍。その首を一瞬のうちに跳ね飛ばし、畳間は駆ける。

 森の中を進んでいた雲の隊列が乱れる。畳間は忍びの群れの中に突貫し、数人の体に刀傷を深くつけていく。

 

「写輪眼―――」

 

 ひときわ巨大で、異様なチャクラの色。雲の人柱力に相違ない。以前見た人柱力とは別人で、若い。代替わりしたようだ。若者を手に掛ける心苦しさを感じつつも、畳間はその首を跳ねるためにその場を飛んだ。

 動揺して動けずにいる人柱力に近づこうとし―――

 

「ビー!!」

 

 雷影の息子が、左側から凄まじい形相で突っ込んでくる。畳間は反時計回りに体をひねり、突っ込んできた雷影の息子の鳩尾に膝を叩き込む。体がくの時に折れ、吹き飛んでいく。間髪入れず、ビーと呼ばれた人柱力が畳間に向かって飛び掛かってくる。畳間は眼だけを向けた。一瞬―――視線の交差の中で、ビーを写輪眼の幻術に叩き落とす。体内の尾獣によってすぐに解除されるだろうことは想定内。間髪入れず、突き刺すようにビーの腹に蹴りを叩き込んだ。ビーの体はくの字に折れ曲がるが、畳間はその体を逃がさず、その頭を鷲掴み、地面に叩きつけた。

 漏れ出るうめき声。

 畳間は刀を振りかぶると、掌の中で刀を回転させ逆手に持ち直し、ビーの体を地面に縫い付けるために振り下ろす。

 

「ビー!!」

 

 腹を抑えた雷影の息子の、悲鳴のような叫びが森に響く。刃が貫かんとする瞬間、畳間は後方へ飛んだ。

 

「親父!!」

 

「火遁・業火滅却」

 

 後方へ飛んだ畳間に、逃がさないとばかりに詰め寄ってくる巨漢―――雷影・三代目エーの拳を、周囲を焼き尽くす規模の火遁を吹き出すことで阻害する。雷影が無事でも、周囲の者がそうである保証はない。エーは急停止とともに地面に両手を叩きつける。爆発音のような轟音が響き、無理やりに土の壁を作り上げてビーを守った。しかし、炎の範囲は広く、多くの忍が巻き込まれ、その悲鳴が火炎の中へ呑まれた。

 

「―――木遁・木人の術」 

 

 地面が盛り上がり、地中から木の巨人が地響きとともに姿を現した。木人は土の壁を殴り壊したが、土煙の先にエーはいない。よく教育しているのか、雲隠れの忍たちも、先の交戦に巻き込まれた者以外は早々に距離を置いているようだ。

 

「水遁・水断破」

 

 雲の忍たちの逃げた方角へ向けて、口から水の刃を吐き出した。遮蔽物すべてを薙ぎ払い進む水の刃は、逃げて間もない者たちの背中を容赦なく傷つける。

 その危険性に気づいたのか、近場に潜んでいた雷影が飛び出して、その体で水の射線を塞ぐ。

 

「卑劣な真似を!!」

 

「仲間が大事なら―――」

 

 畳間が印を結べば、周辺の地面から、雷影を貫かんと木の槍が次々と飛び出した。

 エーは仲間を狙われた怒りから凄まじい形相を浮かべており、迫る槍のすべてを邪魔な虫を掃うかのように打ち砕いた。

 

「―――戦争なんて、始めるなよ……ッ」

 

 写輪眼が回転し、万華鏡へと至る。青白いチャクラの骸骨―――須佐能乎が畳間を守るように展開された。

 

 

 ★

 

 

 エーの素早い動きを、写輪眼が凄まじい勢いで追いかける。

 交戦を開始して数刻、森の中を喧騒が響いている。木の葉の部隊―――サクモたちが到着し、雲の忍たちとの交戦を始めたのだろう。

 

 ―――やはり、傷は深かったか。

 

 木人の攻撃と、畳間の術を、雷影は必死に避け続けている。

 

 心は熱く。頭は冷静に。

 開戦後、これまで雷影は、徹底して畳間との戦闘を避けていた。畳間もまた、これまで逃げる者を追うことはなく、雷影との直接的な交戦は第二次忍界大戦以来となるが―――明らかに、雷影の動きにかつてのキレがない。その防御力と破壊力は未だ衰えず。しかし、かつてほどその動きを捉えるのに苦労はしなかった。時間が過ぎれば過ぎるほど、その違いは顕著に見て取れた。しかし仕留めきれていないのは、エーの戦いが、攻めよりも守りに重点を置いたものだったからだ。衰えているとはいえ、もともと高い防御力に高機動力を誇るエーを捉えるのは、畳間とて容易なことではない。カウンターを狙うのが最も確実だったし、その身体能力ゆえに生まれた油断をついて、先の戦いでは勝利を納めていたが、この戦いにおいて、エーは決定的な攻撃を仕掛けてきていなかった。

 影分身により、雲の襲撃の報は里に伝わっている。ミナトが到着し、他を掃討した仲間たちの増援を待って、雷影を確実に仕留めようと考えていた畳間だったが、ある可能性に気づき、無理にでも戦いを終わらせようと両掌をパンと合わせる。

 抱いたのは、「なぜ」という疑問。雲の最大戦力がこの状態で、戦争など始めた理由―――木の葉包囲網、決戦までの空白の時間。北東の拠点への攻勢の薄さ。守りに徹した戦法。

 

 ―――時間稼ぎ。畳間はかつての第二次忍界大戦の折、本命であるアカリの奇襲を成功させるために雷影を引き付けていた。それを今度は雷影がしているとすれば。

 北東の拠点への攻勢の薄さは、木の葉側の意識をそちらへ向けさせないため。実際には畳間は北東拠点への攻撃を警戒していたし、有事の際の対応も十全に出来るように備えてはいた。ゆえに雲の残存勢力での遊撃であれば、拠点に残した者たちや、他の拠点からの増援でどうとでも対応できる。だから畳間は増援到着の時間を稼ぐために先陣を切った。だが、もしも雲の残存勢力だけでない増援があったとすれば、北東の拠点の戦力だけではまずい―――。

 

「木遁・樹海降誕」

 

 周囲の地面を突き破り、うごめく木々が姿を現した。雷影を取り囲むように、二重、三重の壁を築く。

 

「影分身の術」

 

 五十人近い畳間が煙とともに現れ、同時に雷影に突貫する。

 

「今更分身が―――」

 

 雷影が言い終わらないうちに、突撃した畳間の影分身の一体が大爆発を起こした。次の影分身が、また次の影分身が―――。

 

「―――多重分身大爆破」

 

 札が札を口寄せし続ける、扉間の互乗起爆札。それをベースに畳間が考案したのが、影分身が影分身を生み出し自爆し続ける禁術中の禁術、多重分身大爆破の術。そもそも影分身が自身のチャクラを半分消費する高等忍術であり、多重影分身は命の危険すらある忍術として、禁術に指定されているが―――畳間には関係のないことである。

 最初の影分身に普通よりも多くチャクラを込めて生み出し、後続の母体とすることで、母体のチャクラが切れるまで生み出され続ける影分身が、敵諸共を爆発し繰り返す。本体の負担は最初の一度でいいという優れものである。影分身自体の性能は落ちるが、爆発させれば関係ない。並みの忍であれば何人いても殺せるが―――雷影であれば生き残る可能性はある。だが今はこれ以上時間を掛けてはいられない。

 畳間はその場から、飛雷神で姿を消した。

 

 

 

 

 

 畳間が雷影と激突し、また到着したミナトがサクモたちとともに雲の人柱力を相手に交戦を開始して少し経たころ、補給地点。戦闘員がほぼほぼ出払ったその場に突如として現れたのは―――霧隠れの忍たちだった。

 

「霧の前線は何をしてる!!」

 

 若い忍が、悲鳴混じりに叫びをあげた。

 皆、同じ気持ちだった。数はそこまで多くないが、一人一人が手練れのようだ。恐らく雲の友軍としての少数精鋭が、海を大回りして上陸したのだろう。木の葉の防衛線に引っかからないために。

 岩の戦線に木の葉の主戦力は集中しており、雲の戦線は実質、畳間一人で持っているような状態だった。しかし、雲隠れはその一人が落とせなかった。畳間はその膨大なチャクラ量により、影分身、木遁分身を用いて数の差を埋めてくる。質は同等だったが、畳間の各拠点・忍たちへのフォローは完璧で、木の葉の者を殺すために深入りすれば、生きては戻れないような状態だった。憎悪に呑まれ、直情的な者を誘き出そうとしても、そういった者に対して、畳間は影分身を使ってメンタルケアまで行っており、畳間に対して反骨を見せる者以外には釣れなかった。しかも釣れるような者は、いなくなった方が逆に畳間の指揮と部隊の団結を固くするため、逆効果に終わるほどであった。

 そこで動いたのが、水の国の大名である。なかなか進展しない戦争にしびれを切らした水の国のある大名は、苦戦する雷の国に援軍派遣を打診。雷影には事後承諾となったが、現状を打破するため渋々それを受け入れ、此度の実行へと至ったのである。表向きの理由はそうなってはいるが、水の国の大名が動いた本当の理由は―――。

 

 霧の戦線が安定しているという情報が、油断を招いた。

 絶望が、残された者たちを襲う。残されたのはほとんどが下忍と、少しの中忍たち。直接攻め込まれるなど、夢にも思わなかっただろう。心構えも、出来ていない。霧の精鋭と思われる者たちを前にして、まるで蛇に睨まれた蛙のように竦み上がっている者がほとんどだ。

 

「木の葉旋風!!」

 

 だが、すべてではない。絶望の空気を吹き払うように、一陣の風が吹く。受け継がれた火の意志を胸に、諦めず立ち上がる者が、残された者たちの中にも存在した。

 霧の忍の横っ面を蹴り飛ばし、颯爽と現れた緑の獣。

 

「木の葉の気高き蒼い野獣……マイト・ガイ推参!!」

 

「ガイ!!」

 

 ゲンマが、声を荒げる。

 

「戦うんだ!!」

 

 ―――無理だ、勝てっこない。

 そんなことは分かってる。七人の忍。各々が持つ特殊な形状の刀―――恐らくアカデミーで教わった、霧の忍び刀七人衆に相違ない。霧隠れにおける最高戦力。

 今のガイの蹴りで蹴り飛ばされた忍びも、立ち上がり頬をさすってはいるが、大したダメージを受けた様子はない。他の忍びから、子供にやられたことを笑われ、激高して言い返している様子は、余裕の一言。緊迫した木の葉側に比べて、異様なまでに明るい雰囲気なのは、絶対的な自信の現れであり、知っているのだ。ここには中忍以下の忍びしかいないことを。自分たちには決して、勝てないだろうことを。木の葉側もそれがわかっているから、他の忍びたちは立ち向かうこともできず、後ずさりしてしまうのだ。

 マイト・ガイは忍術の才能に恵まれなかったが、体術においては、天才と謳われるカカシと同等の力量を誇る。アカデミー時代、ガイのことをバカにしていたが、その熱意を、その努力と根性を知り、友となった経緯がある。ゆえにマイト・ガイが、体術だけに焦点を絞れば、上忍にすら手が届く強さを誇ることを知っていた。それを食らって、児戯を見せられたかのような反応―――。

 

「戦うんだ!!!」

 

 ガイが吠える。

 

 ―――よく来てくれたな。貴様たちの増援、頼もしく思う。

 

 千手畳間が、下忍である自分たちに向かって、そう言った。マイト・ダイの息子で、忍術など、使えないことくらい想像できるこの自分に。頼もしいと、そう言った。それは、世辞だったのかもしれない。だが、もしも、ダイが続けていた、とてつもない努力を、息子である自身が受け継いでいるのだと察していてくれての言葉だったのなら。

 

 ―――その言葉は、父より受け継いだ青春の炎を燃え上がらせる。

 

 父であるダイは畳間のことをいたく尊敬していて、ガイは幼いころから畳間の話を聞いて育ったため畳間の存在を知っていたが、ガイが畳間と直接言葉を交わしたのは、ここに来てが初めてである。

 「万年下忍の自分が、それでも今なを忍を続けられている理由は、畳間がいたからだ」と、とても誇らしげに話す父の顔は、なんとも嬉しそうで、ガイはいつか、畳間と話をしてみたいと思っていた。それでもこれまで話せなかったのは、畳間がいつも険しい表情を浮かべて、おっかない雰囲気を纏っていたから。聞いていた話と違う畳間のことを父に尋ねたとき、ダイは「昔はそうではなかった」と寂しそうに言っていた。

 しかし、ようやく直接話をする機会を得て、千手畳間という人が、父の言う通りの人だったのだと、ガイは思った。厳しさはある。しかし、あの時膝をついて合わせてくれた瞳―――その奥に、穏やかな火を確かに見た。

 

 父の尊敬する人物で、自身も習得中の八門遁甲を伝えた人。一度は忍術を失いながらも、努力で返り咲いた人。噂を聞く限り自分に厳しいのはともかく、他人には少し厳しすぎる人だとは思っていたが―――父の次に尊敬するようになった人。

 

「守り抜くんだ、この場所を!!」

 

 ―――開門。

 

 ガイが駆ける。エビスとゲンマが続く。新参の下忍たちの覚悟に、中忍たちも立ち上がる。

 数の利は、木の葉が有利。しかし質は、とてつもない差があった。それでも、覚えたての八門遁甲を休門までこじ開けたガイと、多くの忍びたちは奮戦した。

 しかし、戦力差は歴然で。互いにカバーし合い食らいついているように見えて、七人衆が手を抜いていることは明らかだった。

 拳を放っても、蹴りを放っても、容易く叩き落された。どれだけ猛攻を掛けようと、容易にいなされる。一人、また一人と地面に倒れていく木の葉の仲間たちを前に、自身の力不足があまりに悔しくて、ガイは泣きながら駆けていた。何度叩き落されても、何度押し返されても、エビスとゲンマとのコンビネーションが致命傷を避け、また再び駆けだした。

 戦いの最中、ガイたちを嬲るように、笑いものにするように、七人衆の何人かが近くの椅子に腰かけ、観戦を始めた。

 

「やめろ……やめろおおおおおお!!」

 

 拠点に火がつけられようとしている。止めようと襲い掛かれば、蹴り飛ばされた。

 涙か汗か、あるいは血も分からない。体中は濡れ、地面に這いつくばりながら、ガイは叫びをあげる。エビスもゲンマも満身創痍といった有様で、もう立ち上がることは出来そうになかった。

 それでも、それでもと、ガイが震える膝に手を置き、雄たけびとともに立ち上がる。

 

「おやァ……? 僅かだが刃こぼれがありやがる。こいつに血を吸わせて、刃こぼれを再生させてやらなきゃぁなぁ?」

 

「ぐ……」

 

 荒い息。それでも、ガイの心に諦念はない。奥歯を食いしばり、自分自身を叱咤する。

 首切り包丁を持った忍がゆっくりと歩を進め―――

 

「とう!」

 

 緑の忍に、横っ面を蹴り飛ばされる。

 

「どうにか……、間に合ったか……」

 

 肩で荒く息をして、ガイたちの前に立ったのは―――マイト・ダイ。近いうちに雲の前線で決戦が行われるかもしれない―――ガイたちが里を立ってから、そんな話を偶然耳にしたダイは、木の葉の里から八門遁甲を七門まで開き、不眠不休で走り抜けた。無茶をし続けた体は、すでにボロボロだった。それでもそんな様子は見せず、ダイはその背を、息子に見せる。最期になるだろう、背中を。

 

「父……さん!? 下忍の父さんが、どうして……ここに」

 

「いいから逃げろ。オレが時間を稼ぐ」

 

「父さん! 相手は上忍連中で……、忍刀七人衆……だぞ。父さん一人に止められる相手じゃあ……ない。それに、今、畳間様たちは戦場で……。逃げ場なんて……」

 

「―――畳間は来る。必ず」

 

「……」

 

 ちらと、ダイは息子を見る。傷だらけの体。倒れた忍たち。戦ったのだ、仲間とともに。

 命を預け合える仲間が息子に出来たことに、ダイは喜びを感じる。ついぞ下忍から昇格できず、班員からは煙たがられ、チームを組むことも難しくなっていた自身。それでも、そんな自分の背中を見つめ、腐らず、恨まず、忍の道を進むことを選んだ息子。はたけカカシという同年代の天才を前に、自分を卑下せず好敵手として挑戦することを選んでくれた気高き息子。馬鹿にされた父のために、立ち上がってくれた息子。愛しき、息子―――ガイ。

 

「それでも、下忍の……父さん、じゃあ……」

 

「―――オレには、死門・八門遁甲の陣がある」

 

 ―――この子のために捨てるなら。惜しくはない。

 

「でも、それは―――」

 

 八門遁甲の陣。開門・休門・生門・傷門・杜門・景門・驚門・死門―――体内にある経絡系上にある「八門」と呼ばれる八つの体内門を無理やりこじ開けることでリミッターを外す、木の葉流体術の極意。畳間でさえ生門を開けるまでで断念せざるを得なかった超高等体術。最期の門・死門を開けた者は火影、すなわち千手柱間すら上回るほどの力を手にする代わりに―――命を落とす。

 

「自分ルールだ」

 

 ガイが、息を呑む。

 忍術の才能がないダイが、息子に託せた唯一の術・八門遁甲。ガイが八門遁甲の陣を伝授されたとき、ダイはその使用について、厳しいルールを課した。八門遁甲を使う上で、唯一の(ルール)。それは親子の絆であり、受け継がれた意志であり―――。

 

(頼む、畳間。息子を、息子たちを―――)

 

 ダイにとって、友との絆。

 背中越しに振り返り、笑みを浮かべる。優しい、微笑みを。

 

「今こそ―――自分の大切なものを、死んでも守り抜くとき!!」

 

 ―――死門・八門遁甲の陣。

 

 開門。

 ―――直後、ダイに掛けられていた現実すら歪める幻術が解き放たれる。

 

(―――二代目様)

 

 思い出せなかった、語られぬ死闘。

 二代目火影の死の真相。

 畳間や、ダイを守るために散った、偉大な火影の背中。

 

(―――ああ)

 

 ―――畳間がワシに叱られるのを覚悟で、八門遁甲を持ち出した理由が分かったわ。

 

 十余年の時を経て、蘇る記憶。万感の思いが、胸を過る。

 過酷な人生だった。忍術の才能はなく、人から認められたことなど、数えるほどしかなかった。自分を奮い立たせる努力すら、笑われてきた。それでも。それでもと生き抜いた。

 だが、だが。

 あの日、あの時、命懸けで友を助けようと戦った自分は―――偉大な火影に、認められていた。己の道は決して、間違いなどではなかったのだ。

 

 ダイに憂いはない。誇りを胸に、忍の道を駆け抜けた。そして、幸運だった。父としての最期の役目―――その背を、息子に見せられる。

 

 風が吹く。七人衆の半分が吹き飛んだ。

 

 風が吹く。七人衆の半分が血反吐を吐いて這いつくばった。

 

 彼らに、成すすべはない。火影すら上回る現代最強の体術使いを前に、忍刀など子供のおもちゃにも等しかった。

 まずいと、そう思ったときには、すでに何もかも遅かった。立ち上がり、戦おうとした者は、その圧倒的な拳の前に倒れ伏す。

 戦いは、一瞬で終わった。

 

「す、すげェ……」

 

 起き上がり、座り込んでいたゲンマが、ぽつりと呟いた。痛みは感じていなかった。痛みを忘れるほどの衝撃だった。

 ガイは口を一文字に結んで、父の背中を見つめていた。見えていなかったかもしれない。それでも、ガイには父の背中が、視えていた。

 

 ガイたちから少し離れた場所で、ダイが倒れ込んだ。ガイが痛む体を押して、父に近づく。その体が、足先から風化しようとしている。

 もともと無理をしていた体は、死門開放に耐えられなかった。崩壊が速い。

 

「……」

 

 のそりと、霧の忍びが起き上がった。忍び刀―――鮫肌を杖に、立ち上がる。もう一人、最初の一撃を受けてから息を潜めていたらしい者が、双刀ヒラメカレイを支えに、立ち上がる。

 ガイは黙って、鮫肌を持つ男と、もう一人を見据える。二人とも血まみれで、息も荒い。それでも、下忍たちを殺すだけの力はあるだろう。

 ヒラメカレイを持つ者は怒りと憎しみに表情を歪ませている。直後、雄たけびを上げて、ヒラメカレイを振り上げ、ガイへ向かって走り出す。

 

「ガイ!」

 

 エビスが叫ぶ。このままでは―――そう思ったとき、霧の忍びは地面にめり込んだ。

 

「畳間、さま……」

 

 ヒラメカレイを持った忍を凄まじい力で上から殴りつけた畳間が、ガイを庇うように河豚鬼とガイの間に入り込んだ。

 

「……たたみ、ま……」

 

「ダイ……。お前、死門を……」

 

 ダイの体は、その半分が塵となって消えていた。畳間はダイの傍らに膝をつき、悼むように眉根を寄せる。意識は河豚鬼に向けたまま、何か動きがあればすぐにでも殺せるように。

 もう少し早く来れていればと、思わずにはいられない。北東の拠点を襲撃していた霧隠れの精鋭部隊を全力を以て片付けて、急いで戻ったが―――それでも、遅かった。

 ここまで入り込まれるとはと、痛恨の念を抱く。せめてチョウザだけでも残るように指示をしていれば―――。

 だが、チョウザであっても一人で忍刀七人衆を相手取ることは不可能に近い。畳間は知らぬことだが、むしろ忍刀七人衆に遊びがなくなり、ガイたちを含めて皆殺しにされていた可能性もある。

 ダイがいなければ、ダイが死門を開かなければ、恐らくこの拠点は完全に落とされていた。

 

「……よくぞ、この拠点を守ってくれた」

 

 忍道を貫き通しその命を全うしようとする友に対して掛けるには、謝罪の言葉は侮辱が過ぎる。畳間は震える心を押し殺し、ダイの手を握りしめ―――

 

「―――ダイッ」

 

 ―――その手が崩壊したことで、耐えきれずに涙をこぼす。

 

(ああ……畳間……)

 

 マダラのことを畳間が知っているのか、ダイには分からない。それを伝える時間も、もうない。ダイにはこの先を、畳間の平穏を、祈る他に術はない。伝えたいことも、話したいことも、聞いてほしいこともたくさんある。だが―――畳間の瞳を見て、ダイは安堵した。かつて始めて会ったとき、己の努力を認めてくれて、友となったあの頃の畳間の面影をその瞳の中に見出せたから。

 

(……ありがとう、友よ)

 

 ―――ガイを、頼む。

 

 言葉にされなかった思いは、しかし畳間の心に確かに伝わった。畳間は静かに瞑目し、風となる友を見送って。

 ガイは風に乗る塵を掌で覆うと、祈るように額に当てた。

 


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