綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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青春の炎

「ダイ……」

 

 ―――来てくれたのか。

 

 死門・八門遁甲の陣。ダイと出会った幼少の頃、ダイのその生き様に惚れ込んだ畳間が、忍術の才能がまるでないダイであっても扱え得る唯一の術として、扉間の禁書から持ち出した木の葉流体術の極意。命と引き換えに祖父柱間をすら越える凄まじい力を手にするその極意を、ダイが極めているとは、畳間は夢にも思っていなかった。

 いつからか、友とは疎遠になっていた。ダイも、サクモも、きっと彼らは変わらずに傍にいてくれたのに、畳間は道を誤り、いつの間にか遠ざけていた。千手の意志を継ぐ孤高の忍なのだと己惚れて、大切な人たちとの絆を蔑ろにしていた。だというのに、サクモは仲間を守り抜くというかつての誓いを忘れず、アカリは命を賭して互いの夢を守り、ダイはその信念を貫き在るべき忍の道を示した。

 友を失った悲しみはある。憎しみも。けれども―――。

 畳間という器に注がれた愛が、友情が、絆が、畳間の”柱”を支えてくれる。祖父と過ごした思い出も、師を追いかけたかつての記憶も、憎しみにはもう染まらない。もう、道は違えない。

 

「ガイ、エビス、ゲンマ―――皆、よくぞ耐えてくれた」

 

 傍らのガイの頭を優しい表情で撫でて、畳間は立ち上がる。次の瞬間には里の仲間を死に追いやった敵へ、鋭い視線を向けていた。

 

「河豚鬼……中忍試験以来だな」

 

「……」

 

 西瓜山河豚鬼は沈黙を以て畳間に応える。

 

「昔の馴染みだが―――。悪いが、生かしては帰せない。……誰かに残したい言葉があるのなら、聞いておく」

 

 抜き放った刀、その刀身が鈍く光る。

 しかし、河豚鬼は鮫肌を地面に放り捨て、両手をあげた。降参、という意思表示。

 なにを、と畳間は思った。そのようなことをされても、畳間の行動は変わらない。無用な殺しは、確かにしたくない。この戦争において畳間は、逃げる者を追うことは確かにしてこなかった。だが、今回のことは状況が異なる。本陣にまで入り込んだ敵を私情で逃がしてやれるほど、畳間の立場は軽くない。それに、捕虜にしたとして、その先に待っているのは、木の葉の尋問部隊による、死よりも辛い拷問の日々。いっそここで殺すことが慈悲であるが―――。

 

 だが、河豚鬼は言う。霧隠れは、おかしくなったと。畳間・アカリと二代目水影の戦いの直後、霧隠れではクーデターが勃発し、二代目水影は弱っていたところを襲われ、現在の三代目水影によって殺害された。三代目水影は霧隠れの政治体制を改革し、今、霧隠れは”血霧”とも言える恐怖政治に晒されているらしい。もともと実力主義で気性の荒い霧隠れの忍たちであるから、二代目水影を殺害した三代目水影への賛同者は多くおり、里は今闇の時代を迎えているとのことだった。もともと二代目水影の傍付きであった河豚鬼を始めとした少数の二代目信奉者たちは、面従腹背の姿勢を保ち、変革の時を待っている―――。

 畳間の慈悲を持った言葉を受け、あるいはと希望を持った河豚鬼は、「幻術でもなんでも掛けて良い。力を貸してほしい」と畳間に縋ったのである。

 畳間は写輪眼を用いた幻術を以てその内心を覗き、河豚鬼の言葉が真実であることを知る。数瞬の迷い。畳間は河豚鬼を間者として使うことを条件に、河豚鬼と生き残った忍刀七人衆を解放することを選択した。

 

 数時間後、雲の本隊を撃退したミナト達が帰還したことで、雲隠れ防衛戦線における決戦は、多くの犠牲の上であるものの、木の葉側の勝利によって幕を閉じた。三代目雷影を撃破し、霧隠れの精鋭部隊を多数打ち取ったことに加え、里の幹部格に内通者を抱えさせた。結果だけで言えば、大勝利、とも言える状況である。畳間は今後も指揮官として前線に居続けなければならないが、それでも、雲の主力部隊を撃破した今、これまでのような襲撃に晒されることはなく―――。であるならば、最低限の戦力を残し、他の戦線へ戦力を送ることが出来るようになる。

 

 勝てるぞと、木の葉の者に希望が灯る。

 

「ミナト、どうした。チャクラなんて練って。不調があるのか?」

 

 包帯を体中に巻き付けたミナトが、簡素な椅子に座り、掌を見つめている。医療忍者を手配し、最低限の治療は終わっているはずだが、手首かどこかに違和感が残っているのかもしれない。あるいは、疲労でチャクラをうまく練れないゆえのリハビリか。

 そんな畳間の心配を払拭するように、いえ、とミナトが答える。

 

「先ほどの戦いを思い出していたんです」

 

「……雲の人柱力と、雷影の息子か」

 

 サクモとミナトが率いる部隊は、雷影の息子および雲の人柱力・ビーと交戦しており、雷影の息子がサクモの手によって殺されそうになったことでビーが尾獣化とともに暴走し形勢が逆転、木の葉側にも少なくない犠牲が出たと報告が上がっている。畳間も金角との交戦時にその恐ろしさは目の当たりにしている。八尾は九尾に次ぐ強力な尾獣であり、サクモとミナトが相手取っても、勝敗は五分だろうと畳間は考えていた。実際、サクモもミナトも帰還したときはかなり負傷しており、激戦だったことが伺えた。

 

「どうだった、若い人柱力は」

 

「末恐ろしい、といったところです。あの力がコントロールされれば、今回以上の苦戦は必至でしょう。特に、あの濃密なチャクラの玉……咄嗟に”飛んで”避けるのがやっとでした」 

 

 ミナトが沈痛な表情を浮かべるのは、尾獣玉の犠牲になった同胞を思ってのことだろう。サクモも直撃は避けたものの、軽くはない傷を負っている。

 

「”あれ”を、再現できないかと考えていたんです」

 

「……尾獣玉をか?」

 

「はい。原理は、見て分かりましたので。それで今、試していたんですが、中々うまく出来なくて」

 

「……」

 

 ミナトはそう言って、掌にチャクラの渦を作り始めた。球状とは到底言えない形だが、可視化されたチャクラは渦を巻き、尾獣玉の片鱗を覗かせている。

 ウソだろこいつ、と畳間は思った。着眼点が違う。そもそも印も使わずチャクラを可視化できるまで具現化することが、すでに形態変化と言う高等技術である。すでに回転を加えている時点で、いくつか段階をすっ飛ばしていると言ってもいい。飛雷神も畳間よりも早く習得しているし、やはり天才か。

 

「……形態変化なら、アカリの得意分野だ。今度会ったときに、コツを教えてもらうと良い。アカリはあれで努力の忍だし、教えるのは得意だろう。まあ、頼られるのに慣れてないからはしゃぐかもしれんが、そっと見守ってやってくれ」

 

 かつての中忍試験でのアカリの言動を綱手から聞いていた畳間は、その愛らしい姿を思い浮かべて柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうします」

 

 ミナトがつられるように笑った。

 しかし残念だ、と畳間が続ける。

 

「オレは放出は出来ても、形態変化自体はあいにく不得意でな。教えてやれれば良かったんだが」

 

「あ、大丈夫です」

 

 引き気味に即答したミナトに、畳間は半目で睨む。はは、とミナトは苦笑いを浮かべ、畳間も自身の過去の行動を思えば当然の反応であることは分かっているので、ふんと鼻を鳴らして笑った。

 

 

 

 

 ミナトと別れた畳間は、その足でチョウザ班の休んでいるテントの方向へ向かった。少し歩いてチョウザの姿を見つけ、声を掛ける。改めての慰撫と、チョウザの部下たちの奮戦を褒め称える言葉を伝えると、チョウザは細い目元緩め、もったいないお言葉ですと謙遜した反応を見せる。

 

「ガイの様子はどうだ?」

 

「筋トレをしてます。休めと言ってるんですが……」

 

「タフだな。父を失った現実逃避、という訳ではないのか?」

 

「はい」

 

「……強い子だな」

 

 オレよりも―――、そんな言葉を飲み込んで、畳間は思う。かつての自分は、そんなに強くは在れなかった。ガイにとって父とは忍としての師でもあり、道標でもあっただろう存在だ。かつて畳間が師であり道標であった存在を失ったとき、その心は憎しみの浸食を許し―――そのことに気づかなかったばかりか、やがては木の葉に牙を向きかねない存在へと堕ちかけさえもした。しかしガイは、父の死を受け止め、その背中を胸に刻み、己の道を進んでいる。

 

 チョウザの案内をもとに、ガイたちのいるテントへと向かった畳間は、チョウザの呼びかけにガイがテントから出て来るのは待つ。

 汗を滲ませたガイが、二人の班員を連れ立って現れる。

 

「八門遁甲を貴様の父に伝えたのはオレだ」

 

 死の要因はオレにある、とは、畳間は言わなかった。その言葉は、息子たちの命を守るために己が意思で命を賭したダイに対する侮辱に他ならないからだ。

 チョウザ、エビスとゲンマが動揺する気配を感じるが、ガイは畳間の目を見つめた。

 

「存じてます」

 

 少しの揺らぎもない、強い目だった。

 畳間は、もしもガイが、父の死の要因となった八門遁甲の陣を伝えた畳間を恨んでいれば、これからする提案はやめておこうと考えていた。しかしガイのその目を見て、畳間は内心の迷いを払拭する。

 

 きっとこの子は、独学でもたどり着くだろう。

 

「戦争が終わり、その気があるなら、オレの下に来ると良い」

 

「えっ」

 

 チョウザが細い目を見開いて畳間を見て、次いでガイに視線を向けた。口を開こうとして、閉じる。

 

 ガイもまた、驚きに目を丸めている。

 それは、弟子入りの誘いだった。八門遁甲を扱える忍は、ダイが死んだ今、畳間とヒルゼンの2人のみ。ヒルゼンはその術の危険性から、若いガイに伝授することを躊躇うだろう。本来ならば、畳間もそうであるべきだが、しかし亡き友は息子に、八門遁甲を遺産として受け継がせることを良しとした。ならば畳間は友として、亡き友の忘れ形見の助けとなることを選ぶ。

 

「オレの修業の厳しさは知っているな? その覚悟が―――」

 

「―――よろしくお願いします!!」

 

 力強く言い放ったガイに、畳間が目を丸くする。

 

「……」

 

 ミナトであってももう受けたくない修業として定評のある畳間の修業に、率先して参加したがる者がいるとは畳間であっても思わなかった。

 数々の生徒(ぎせいしゃ)のおかげで手加減は覚えているが、しかし八門遁甲は体内のリミッターを外すという術の性質上、修業には想像を絶する過酷さが求められ、加減など加えていては開門数を増やすなど出来るはずがない。ゆえにガイに与える修業は、かつての畳間の弟子たちが受けたそれを容易に超えるものとなる。二代目火影の修業を乗り越えたかつての畳間であっても、八門遁甲の修業は、その過酷さゆえに断念せざるを得なかったほどだ。

 筋金入りのど根性。自分自身には決して負けないという強い覚悟。それらが、ガイにはある。しかし、マイト・ガイを突き動かすものはきっと、それだけではない。父の背を追いながら、しかしその生き様を(あやか)るのみではなく、己だけの信念(みち)を持ち、それを成し遂げるために壮絶な苦痛を伴う修業を耐え忍ぼうとするその胸に宿るのは―――。

 

「―――火の意志、か」

 

(叔父貴はきっと、オレにそう在ることを望んで……、最期の言葉を残したんだろうな)

 

 雲隠れ撤退戦、扉間が残した最期の言葉。師に肖るのみでなく、祖父に倣うだけでなく、己の信念を持ち、己が意思で忍道を歩んでほしいという願い。

 それを裏切りかけた、己の若さが恥ずかしく、同時に、若き木の葉の芽吹きに、暖かな喜びを感じる。今なら分かることが多くあり、今だから悔いる過ちがあった。

 

『仲間を守る千の手に』

 

 それが、畳間の定めた道。その道を歩むためには、武力は確かに必要で、しかしそれだけでは決して示せないものがあった。

 仲間とは、ただ親しい友だけを言うのではなく。守るとは、ただ武力を以て庇護することではない。仲間とは、今の己へと育んでくれた多くの者たちのこと。そして、己が信念を示し、火の意志へ導くことこそ、守ることの本質だった。

 ダイの死は、畳間に守りの力の本質を示し、ガイの成長は、畳間にかつての絆を改めて感じさせた。多くの人に守られ、多くの人に育まれていた。人は繋がっている。その繋がりこそが―――かつて畳間を原初の闇から救った”仲間”の正体だった。

 ガイはただ一人で強いのではない。ガイは父に守られ、その庇護のもとで友との絆を育んだ。父を亡くしその庇護を失った今、ガイの心を守っているのは、これまで育んだ絆。ガイはそれを守るため、強くなろうとしている。敵を殺すためではなく―――大切な者を、死んでも守り抜くために。

 終末の谷での戦いの折、アカリは言った。”今の私はかつてのお前”。扉間の庇護のもとで、畳間は友との絆を育み、そしてその庇護を失って以後、かつて自身が育んだ絆に救われた。そしてそれはきっと―――アカリも同じ。カガミという庇護を失ったアカリの心を守ったのは、かつてアカリ自身が育んだ、友との絆だったのだ。

 そしてそんなアカリの魂の叫びと行動は、今の結果を産みだした。あのとき、畳間が里からいなくなっていたとすれば、この戦地はどうなっていただろう。サクモは、カカシの父としての日々を過ごせただろうか。ガイは、今オレを取り巻くこの戦線の仲間たちは、どうなっていたのだろうか。

 畳間は多くの仲間を守ったが、しかし同時に、その繊細で脆い心は、彼らによって守られていた。

 

 これまでのすべてが、闇の中に散りばめられていた断片たちが、繋がっていく。

 

(そうか。だからアカリは……命を賭けてオレを止めた。オレのためだけでなく、アカリを形作る絆……アカリ自身さえ含めた、すべてのために)

 

 最期のピースがはまる―――そんな音が、聞こえた。

 

「……火の影は里を照らし、また―――木の葉は芽吹く」

 

「……?」

 

「……先代の、火影様の言葉だ」

 

 祖父を失ってしばらく。扉間に修業をつけてもらっていた時に、木の葉の清流を泳ぐ川魚を、夜の焚火を囲んで食べていた時に、扉間がぽつりと言ったことがあった。どういう意味かと尋ねた畳間に、扉間はいずれ分かる時が来ると回答を避けたが―――火の影とは、火影のことを言ったのではなく、火の意志を受け継いだ者たち、一人ひとりのことを指したのだと、今ならわかる。

 ダイという火の影は、ガイという木の葉を芽吹かせた。それは―――今はまだ、たった一つの小さな木の芽でも。きっといつか、大きな木の葉となり、やがて新たな木の葉たちを芽吹かせる炎となる。アカリが畳間に言ったあの言葉の真意が、そこにあった。

 

 ―――ああ、その通りだ、アカリ。木の葉でいていい時は、もう終わったのだ。歩き出そう、オレも。お前のように。

 

 思い返すは恩人たちの顔。

 柱間。扉間。カガミ―――数え切れぬたくさんの絆。多くの炎が、畳間の心の中に(まこと)の木の葉を芽吹かせる。

 自然と、畳間の表情が綻んだ。

 

 芽吹いた木の葉が、揺らめく炎に見送られるまま風に乗り、ひらりひらりと、舞っていく。やがて畳間の心に燻っていた暗い炎へ向かって木の葉はゆっくりと落ちて行き、その炎はやがて―――

 

「ありがとう……」

 

 ―――黄金の輝きを放った。

 

 

 

 

 その日のうちに、畳間は三代目火影に向けて、陳情書を書き溜めた。三代目火影は穏健派であり、戦争には否定の意しか示していない。千手当主として、畳間は改めて三代目火影を支持することと、雷の国との和平を求める旨を、書状にしたためる。

 雲隠れ撤退戦―――あのとき、扉間がヒルゼンを後継者に指名した理由が、分かる。今、重なった戦争に辟易し張り詰めた空気が漂う里の中で、あるいは暗殺される危険性すら伴うほどの反感を買ってなお報復でなく和平を主張できるのは、きっと二代目精鋭部隊であっても、ヒルゼンを置いて他にない。仲間を守るために命を懸ける―――死を覚悟することはきっとそう難しくはない。だが、死んでもなお己の意志を必ず残すという強い覚悟を持つことは、容易なことではないのだ。火の意志を真の意味で知った畳間の確固たる支持を受けたヒルゼンは、きっと憎しみに囚われた参戦派を前にしたとしても、ともすれば舐められさえする普段の穏やかな雰囲気からは想像もつかないほどの壮絶な覚悟を以て、和平と終戦のための行動を開始するだろう。

 畳間も、雲の戦線から退いたのちは、命を賭す覚悟で砂隠れへ赴き、己の無罪を主張する腹積もりだ。分かって貰えるまで、何度でも。何度でも。

 

 師の、先達の、彼らの見た夢を継ぐだけでは終わらない。己の信念を、貫き通す。『仲間を守る千の手』として、あらゆる手段を以て、憎しみを終わらせるのだ。

 

 ―――翌日、畳間はしたためた書状をミナトに渡した。飛雷神の術を発動できる程度に回復したミナトは、里に戻り、少し体を休めたら、また再び戦場へ向かうことになる。三代目火影・ヒルゼンが、ミナトの抜けた穴を埋める形で、臨時の参戦を果たしている現状、そう長くは休めないだろう。どうか戦争が終わるまで死なないでほしいと、次代を継ぐべき若き火の意思を見送った。

 そしてそのすぐあと、ミナトが憔悴した表情で、畳間の下へ舞い戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――三代目火影、岩隠れ防衛線にて、戦死。

 

 畳間の目の前が、真っ暗になった。


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