綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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感想たくさんでうれしかったのでジェバンニが一晩でやってくれました


いずれ来たる”その時”

「ウソだろ、ミナト。くだらねェ冗談を―――」

 

 ミナトの報告で呆然としたのも一瞬、胸倉を掴むような勢いで、畳間がミナトに迫る。だが、畳間は寸でのところで止まり、歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。

 ミナトが、そんな馬鹿なウソをつくはずがない。であるならば―――。

 

「……確かか?」

 

「はい。撤退の指揮を取られていた、アカリ様からの報告です。目の前で、塵遁によって消滅された、と……」

 

「バカな……。猿の兄貴だぞ!! 二代目火影が、最も信を置いた忍だ!! 塵遁のことだって、詳細に調べ上げていた。簡単にやられるわけが……」

 

 顔を反らし、耐えるように顔を背け表情を歪める畳間だが、ふらつくように数歩下がり、次いで吐き出すように息をつくと、一度大きく深呼吸をして、ミナトに顔を向けた。

 

「すまん……、取り乱した。お前も、すぐに戻らねばなるまい……。時間が惜しい。報告を聞こう。何があったんだ」

 

 ―――時は遡り、畳間たちが雲隠れとの決戦を開始した頃。ほぼ同時刻、砂・岩の連合が岩隠れの戦線に流れ込むように怒涛の攻勢を開始した。

 ミナトと入れ替わりで前線に参加し、その指揮を取っていたヒルゼンの護衛として、アカリはダンゾウとともに付き従っていた。アカリは最初、岩隠れの攻勢が激化したことを察したヒルゼンの命によって、ダンゾウとともに防衛に赴き、これを撃退していた。アカリが兄カガミの盟友であるダンゾウをそれほど悪く思っていなかったこと、また得意忍術が火遁と風遁という良相性であったこともあり、ダンゾウとの連携はさほど悪くなく、第一陣の撃退に成功している。安心したのもつかの間、続く第二陣。遠くから近づいてくる人影たち。アカリの万華鏡の視界に、明らかに人間のものではないチャクラの形が入り込んだことで、此度の襲撃が、これまでとは違った様相を呈していることに気づいた。

 傀儡の術。人形をチャクラの糸で操るというシンプルな忍術である。しかし熟練の使い手であれば、操る人形は上忍に匹敵する戦力を有する。加えて、操る人形は増やすことが可能であり、一度に10体の人形を操る砂の忍びの存在が確認されている。

 そう、傀儡の術は砂隠れの秘術の一つ。であるならば、今アカリたちと相対しているのは、砂隠れの忍びということになる。

 

「ダンゾウさん。こやつら、砂の忍びだ」

 

「―――なに? ……まさか本当に連合軍として機能しているというのか」

 

 アカリの言葉に、ダンゾウが苦々し気に呟く。

 

「今目の前に映る忍びすべて、傀儡の術で操られる人形だ。術者を殺さねば、キリがないぞ」

 

「……うむ。アカリ、ここはワシに任せよ。貴様は輪墓で潜伏し、術者を―――」

 

「そうはさせんよ」

 

「上か!?」

 

 ダンゾウとアカリがそれぞれ、火遁、風遁の術を声が聞こえた上へ向けて放つが、二人の術は空を切った。

 

「アカリ!!」

 

「分かっている!! だが、チャクラが見えない。―――二代目土影だ」

 

 二代目土影・無。血継淘汰である塵遁を使用する忍びであり、その能力で空を飛び、また自身のチャクラを消した完全な隠遁を行うことが出来る。術を扱う際はチャクラが可視化するが、写輪眼や白眼といった瞳術使いや、感知タイプの忍びでなければ上空を飛行する忍びに気づくことは出来ず、成すすべなく殺害される。術を使わずとも背後に回り込んで首を描き切れば無音の殺人すら行うことが出来、殺気を感知できる熟練の忍びでなければ、相手取ることすら難しい手練れ中の手練れ。ゆえにヒルゼンはダンゾウを筆頭に二代目の精鋭部隊を駆り出し、感知タイプや日向の者を岩の前線に多く配置していた。無が戦線にいながらこれまで木の葉が防衛線を維持できていたのは、アカリが仙術を使い感知をしていたからである。また、前線に無が現れたタイミングでアカリもしくはミナトが輪墓、飛雷神を用いて岩の本陣へ奇襲を仕掛けることもできるため、膠着状態になっていたということもある。

 それが今、波風ミナトという撤退戦において最高峰とも言える忍びが不在のタイミングで現れたということは―――。ダンゾウが苦々し気に表情を顰めた。

 

「アカリ、これは多面攻勢だ。ここに砂隠れがいる以上、恐らく、畳間のいる雲の前線には、霧隠れの増援が来ていると考えてまず間違いない。ミナトの増援は期待できん」

 

「つまり、私たちで仕留めればいいだけの話か」

 

 アカリの体を覆うように、チャクラの炎が沸き上がる。むせかえるような熱気が、周囲に立ち込めた。

 

「近くにいるんだろう。ならば、すべてを焼き尽くす!」

 

 アカリを中心に燃え上がる炎。ダンゾウはアカリの意図を察し後方へ瞬身を使い一気に距離を取ると、風遁の術をアカリへ向かって放つ。瞬間、アカリを覆う炎が爆発的に増幅し、炎の竜巻が舞い上がった。

 

「はじけろ!!」

 

 叫びとともに四方へ放たれる炎熱の壁。空を飛び、急な回避が難しいことを考慮した、面での攻撃は、しかしアカリが輪墓を使いその場から退いた瞬間、掻き消えた。

 

「―――そう簡単に先代はやらせんぜ」

 

「これは……」

 

 消えた火遁。抉れた地面。

 慄くように呟くダンゾウの隣に、アカリが現れる。苦々しく睨みつける先には、空を飛ぶもう一人の忍び―――

 

「―――三代目土影。両天秤のオオノキ」

 

 傀儡の術は二人の土影が得意とする原界剥離の術に巻き込まれたとしても備品の消滅だけで済む。傀儡の術は、術者が離れれば離れるほどその精度は下がるが、しかし足止めさえできれば、その一瞬で広範囲を消し飛ばす塵遁で敵を抹殺できる。憎らしいほどの相性の良さだ。

 土影が揃ったのは、絶望的だった。どちらか一人であれば、二人掛りであれば対応できる。空中への攻撃方法は無いわけではないし、須佐能乎を足場にすれば空中戦に参加することだって出来た。だが、二人となると、どちらかに隙を晒せば、どちらかの塵遁が飛んでくる。

 

「”青い鳥”。逃げてもいいんじゃぜ。もっともその時は、本陣までひとっ飛びじゃぜ」

 

 余裕たっぷりに笑うオオノキ。アカリが不快気に眉を寄せるが、確かにその通りだった。輪墓であれば、塵遁を避けることは訳ない。だが、それだけでは本陣を叩かれるし、ダンゾウが殺される。輪墓に長時間籠ることは出来ない。

 

 ―――ならば。

 

 アカリが一歩足を踏み出し、姿を消した。そのすぐあと、棍棒を振りかぶったアカリが、須佐能乎とともに空中に現れる。だがオオノキはするりと宙を動いてそれを回避すると、両手を伸ばして塵遁の照準を合わせようとするが、アカリはまた輪墓の中へと姿を消した。

 

「聞いてはおったが、厄介な術じゃぜ」

 

 貴様が言うなと、アカリは思う。

 沈黙を守る無が恐ろしかった。しかし輪墓に居続ければ、ダンゾウが二人掛りで狙われる。ダンゾウは塵遁に捉えられないように駆けまわりながら風遁を放ち、塵遁の発動を阻害しているが、常に術を発動しているダンゾウやアカリと比べ、術を阻害されているオオノキたちが消費するチャクラは、空を飛ぶに必要なだけ。遠からずアカリたちの方が先にスタミナ切れを起こすことは明白だった。

 

 加えてダンゾウは塵遁から逃れる直接的な方法を持たない。万一の時ダンゾウを輪墓へ引き込むために、アカリはダンゾウから離れられず、攻めに出られない。ダンゾウもそのことを自覚して、内心で歯噛みする。

 それでも、短期決戦を望んだ二人の繰り出す必死の攻撃は、しかし空を飛ぶオオノキにすべて躱され、空を切る。オオノキを相手取る二人に対し、隠遁を続ける無は時折小規模な術を放ち二人の集中を阻害する。大規模な術を使おうとすれば、それごと二人を消滅させる塵遁を放たれ牽制される。影の師弟―――それは、抜群の連携だった。

 ―――強い。相性の問題ではない。ただ、強い。一撃も貰うことが許されない、文字通り一撃必殺の技を持つ相手が、二人。

 二人を相手取るだけで必死だというのに、ちょこちょこと現れる傀儡の群れ。焦りと苛立ちが、アカリたちを苛んだ。大技を出すための時間稼ぎが出来ない。時間稼ぎの壁も、術も、すべてが塵遁の前には無意味に消滅させられる。火遁や風遁は、得意の土遁に阻まれる。万華鏡を発動し続けなければならないアカリは、もともとチャクラ量がそれほど多くないことと、万華鏡の発動自体に苦痛が伴うため、術の連発が許されなかった。

 仙術は、使えない。アカリが仙術チャクラを練るには、猿魔の協力が不可欠であり、もしもヒルゼンが交戦していた場合、ヒルゼンの得物を取り上げることになってしまう。猿魔の口寄せは、ヒルゼンが里にいるからこそできる、限定的な切り札だった。

 須佐能乎は、壁に成り得ない。塵遁の前には、無為に消滅するだけだ。

 畳間の万華鏡であれば、空を飛ぶ忍びを引きずり降ろせただろう。ミナトであれば、その木の葉一の速さを以て、叩き落とせたかもしれない。しかし、畳間をこの場に呼ぶことは不可能で、ミナトの帰還は望めない。あるいはそれを見越しての、同時侵攻。

 悪い思考が次々と湧き出てしまう。嫌な汗が止まらなかった。チャクラも、ずいぶんと消費した。プレッシャーが、チャクラの安定を奪い、体力を削った。駆け回り、アカリの支援をしているダンゾウにも、隠し切れない疲れが見え始めている。

 オオノキが、両手を合わせ、広げる。たった、それだけの動作。しかし二人は、たったそれだけの動作に、翻弄される。されざるを得ない。回避行動を、強制される。

 それだけでも厄介だというのに、ちょこちょこと遠隔操作された傀儡たちがアカリたちの邪魔をした。土影たちとて、塵遁だけを使うのではない。もともと岩隠れは土遁を得意とする忍びたちの集まりだ。突然現れる岩が足場を不安定にした。苛立ちが精神を苛んだ。時空間忍術を使うアカリはまだ良い。だが、ダンゾウが―――。

 

 アカリが輪墓から飛び出てオオノキに飛び掛からんとしたとき、ダンゾウが、倒れた。転んだわけではない。両足首に、黄金の塊がまとわりついていた。

 

「ここで死ね。木の葉」

 

 ―――現れたのは、四代目風影。

 砂金を操る血継限界・磁遁を得意とする忍び。新たな影の参戦。情勢は、もはや絶望的なまでに傾いた。アカリはすぐに輪墓に戻り、須佐能乎を足場として蹴りつけて、ダンゾウの下へ飛び出すが―――

 

「塵遁・原界剥離の―――」

 

 ―――間に合わない。

 

 突如、突風が吹いた。無数の黒い点が空を覆った。直後、それらは、雨のように降り注ぎ、同時に地上からは舞い上がる無数の木の葉のように空へ駆けのぼった。

 オオノキが岩の球体に包まれる。同時に、何もなかった空間に同じく岩の球体が出現した。姿を隠していた、無だ。二つの球体に、無数の黒い点が次々と突き刺さっていく。

 

「……手裏剣?」

 

 岩肌が見えなくなるほどの無数の手裏剣が、無とオオノキに襲い掛かったのだ。突風に突き動かされ、四方八方から迫る無数の手裏剣は、塵遁を発動する余暇を与えなかった。

 ダンゾウの頭上を、巨大な棒を抱えた、二つの影が通り過ぎる。まるで遊戯のような優雅さで、その影は巨大な棒―――如意棒を振るい、空中に浮く2つの球体を殴りつける。突き刺さっていた手裏剣が宙に弾き飛ばされる金属音、次いで、岩が砕け散る音がする。

 うめき声。オオノキと無が、地面に叩きつけられた。

 

 ダンゾウの傍に影が一つ着地する。黒い戦装束に身を包んだその男は―――三代目火影。

 

「無事か? ダンゾウ」

 

「ヒルゼン……」

 

 金剛如意でダンゾウの足を拘束する金塊を叩き割る。

 

「おい、猿飛。金塊なんて叩くんじゃねェよ。いてえ」

 

「影分身が何言っとるんだ」

 

 如意棒にぎょろりと目が浮き出て文句をつけ始め、ヒルゼンは苦笑いを浮かべる。

 

「影分身か」

 

 言いながら、ダンゾウが起き上がる。まるで本体の方に傍に来てほしかったかのような言い方であった。しかし本体は地面に墜落したオオノキと無に追撃を掛けている。

 

「ダンゾウ、無事かい?」

 

「コハル。ホムラ」

 

 ヒルゼンに少し遅れて、コハルとホムラが到着した。ダンゾウの呟きが聞こえていたのか、その言い方をコハルに揶揄われたダンゾウは、非常に苛立たし気に、黙れと言い捨てる。

 

「三代目!」

 

 駆けつけたアカリが、ヒルゼンの下に着地するように現れる。

 

「うむ。待たせたの。ここからはワシも参加する」

 

 ヒルゼンの影分身が視線を本体の方へ向ける。オオノキと無は空を飛びヒルゼンの如意棒を躱しているが、ヒルゼンは土遁で作った足場に足場を重ね、宙へ飛べば風遁で加速し、逃がさないとばかりに追い駆け回している。

 

「風遁って、飛べたんだ……すごいな……」

 

 アカリが呆けたように言う。

 土影が同時に反対方向へ逃げ体勢を立て直そうとしても、如意棒は長さと大きさを自在に変えながら振り回され、その先端と後端が的確に二人を襲撃し、それを許さない。

 ヒルゼンが無に肉薄すればオオノキがカバーに入ろうとするが、如意棒は長さを自在に変えながら振り回され、その先端がオオノキを薙ぎ払わんとする。無が姿を消せばヒルゼンは一枚の手裏剣を虚空に放ち、一瞬のうちに空を覆うほどの枚数に増幅させて空を制圧し、潜伏を許さない。

 

「よもや、ここまでとは……」

 

 その強さにアカリが呆気にとられたようにオリジナルのヒルゼンを見て、次いで影分身のヒルゼンに視線を向ける。

 

「呆けている時間はないぞ、アカリ。ヒルゼンとて、スタミナの限界はある」

 

 コハルが言う。

 

「攻勢を維持できているうちに、ワシ等も奴らを叩く。アカリ、コハルお前たちは、風影を抑えろ。ワシとホムラは風遁でヒルゼンを支援する」

 

「承知した」 

 

 アカリは輪墓に入り、コハルは駆けだして、風影の下へ向かう。ヒルゼンの影分身とダンゾウ、ホムラはその場を駆けだし、宙へ浮く二人の土影へ向けて攻勢を開始した。

 

 風影の周囲には、十体もの傀儡を侍らせる老婆の姿があった。うわさに聞く、傀儡師のチヨ。

 輪墓から飛び出たアカリは須佐能乎を展開し、チャクラで作り上げた巨大な棍を振り回させる。砂金の波が須佐能乎を覆い、周囲を傀儡たちが飛んだ。アカリは羽虫を掃うように傀儡たちを須佐能乎の腕で薙ぎ払うが、徐々に砂金は須佐能乎の素手や体にまとわりつき、挙動に制限がかかり始める。アカリは須佐能乎を消滅させながら一歩踏み出し輪墓へ入り、津波のように襲い来る砂金から抜け出すと、一気に距離を詰めるために輪墓の世界を駆けだした。握った拳に、炎が宿る。

 

「らァ!!」

 

 輪墓から飛び出るのと同時、風影の横っ面へ向けて拳を振るう。しかしアカリの拳は砂金で作られた重層な壁を前に阻まれる。

 

「―――ッ」

 

 いたい。

 金属の塊を素手で全力殴打したのと同じである。砂金の壁が、拳の形に凹むが、同時にアカリを拘束しようと流体のように拳を覆い始めた。アカリは拳を覆う砂金ごと輪墓へ入る。術者の制御を失った砂金が、地に散らばる。

 戦いが終わったら回収しよう、などと邪な考えが過った。

 風影もそれを嫌ったのか、アカリに直接触れるものは、いつの間にか砂金からただの砂鉄へと変化していた。本来、砂鉄を操るのは三代目風影だけのオリジナルであったが、四代目風影・羅砂は三代目を師として磁遁を努力で会得し、この大戦中、砂鉄を操るまでに至っている。

 守りの硬い風影に対して、高度な回避能力を誇るアカリ。両者の戦いは膠着しているように見えたが、アカリは土影との戦いで多くのチャクラを使用しており、スタミナ切れが近かった。チヨとコハルの戦いは、コハルが10体の傀儡を前に懸命に戦ってはいるが、若干不利のように見える。

 

 ―――指先だけでも。

 風影に触れることさえできれば、アカリは磁遁が届くものの無い輪墓に風影を引きずり込める。磁遁の防御を潜り抜け触れることは難しいが、チヨの存在もあり、近距離での交戦は不利が過ぎる。指先だけ、それだけを風影に触れさせるために、アカリは駆けた。

 

 一方、ヒルゼン達の戦いは、ヒルゼンとダンゾウの抜群のコンビネーションを以て優勢を作り上げていた。オオノキをダンゾウとホムラの風遁と、影分身のヒルゼンによる肉弾戦で牽制し続け、オリジナルのヒルゼンはひたすらに無との交戦を続けていた。年齢的に、無のスタミナはヒルゼンより少ないと考え、怒涛の攻撃で隙を生み出し、先に仕留めようと考えているのである。オオノキは思っていた以上の実力を有する三代目火影を前に、思うように無の支援が出来ないことの焦りを見せている。一気に上空に昇り原界剥離の術を使うこともできるが、射程を伸ばすと範囲が狭まり、回避が容易になる。範囲を広くすれば発動まで時間がかかり、ヒルゼンであれば術の中断を狙う攻撃を仕掛けてくるだろうことは容易に想像できるうえに、無を巻き込んでしまいかねない。

 

 どうするか、とオオノキが考えていた時、ダンゾウの体が吹っ飛んだ。地面に叩きつけられながら転がっていく。

 

「ヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 響き渡る甲高い声。

 巨大な、狸の化け物が咆哮を上げていた。

 

 ―――砂の尾獣・守鶴が、長距離から風の砲弾を放ち、ちょこまかと動き回る目障りな人間を弾き飛ばしたのである。

 

「ふざけるな。ここに来て尾獣だと……ッ」

 

 誰かが、悪態を吐いた。あるいは、誰もが思ったことであった。

 守鶴は地鳴りを起こし、土誇りを巻き上げながら、暴れるように進軍を開始する。唯一の救いは、どうやらコントロールされているわけではないようで、周囲の人間に無差別に攻撃をしていることか。倒れたダンゾウやヒルゼンだけでなく、むしろ空を飛ぶ土影たち二人を、集中的に攻撃しているようだ。羽虫のように目障りだと思っているのか、ひらひらと避ける二人を、苛立たし気に罵倒している。風影たちを攻撃しないのは、再び封じられることを嫌ってのことか。封じられていたストレスを発散せんと、見境なしに暴れているようだった。

 

 守鶴の大規模な攻撃に巻き込まれるのを嫌ってか、風影たちが引いていくのを見て、アカリはコハルと合流し、共にダンゾウの方へ向かった。ヒルゼンもまた守鶴の攻撃を避けながら、ダンゾウの方へと向かっていく。

 

「三代目、いったん退こう。土影に風影、さらには尾獣まで。これは……あまりに厳しすぎる。それに先ほど、ちらと以前の襲撃の際に見たチャクラの色が見えた。―――岩の人柱力もいる。あれにまで参戦されては本当にどうしようもなくなる。ミナトの帰還を待ち、可能なら畳間を呼び出し、体勢を立て直すべきだ」

 

「今引けば、前線が大きく下がる。ここで食い止めねば……」

 

 ダンゾウが痛む体を押さえながら立ち上がる。

 

「ここで我らが殺されて、そのうえで前線が下がるよりはよっぽどいい! 拠点は取り戻せばいいが、失った命は二度と戻らない!」

 

 アカリが吠えるが、ダンゾウは聞く耳を持たない様子。黙っているコハルとホムラ。

 言い合うアカリとダンゾウを、ヒルゼンは見つめた。どこかで見たような光景だった。

 

 ―――いずれ”その時”が来る。それまでその命……取っておけ

 

 脳裏を過ったのは、今は亡き師の言葉。

 

「撤退する」

 

 ヒルゼンは静かに瞑目していた。ダンゾウは何を、と食って掛かろうとするが、ヒルゼンはダンゾウに決意を持った目を向けて黙らせる。

 

「―――空を飛ぶ忍びから逃げ切るのは、至難。一尾に気を取られ、我らに注意が向いていない今が、撤退の好機。この機を逃せば、殺したか殺されたかの結果しか残らん。しかし一度に退けば、拠点の者たちが皆殺しの憂き目にあう。リスクは高い。ゆえに―――囮役はワシが行く。アカリは拠点に戻り、部隊を率い、撤退せよ」

 

 コハルと、ホムラもだ。そういったヒルゼンに、ダンゾウは弾かれたように、視線を向ける。睨みつけると言ってもいいほどの形相だった。何をバカな、ダンゾウはそう言おうとして―――

 

「何をバカなことを!! あなたは火影なんだぞ!! 里にあなた以上の忍びはいない!! 囮なら私がする!!」

 

 アカリが言った言葉に、ダンゾウは言葉を飲み込んだ。

 そんなダンゾウを見て、ヒルゼンが笑う。

 ヒルゼンはアカリを見る。かつて火影邸に殴りこんできて、畳間とともに自分を撃破したうちはのお転婆娘が、よくぞここまで成長してくれた。亡き友・カガミの面影さえ見える、立派な木の葉のくノ一になった。

 弟分である畳間とアカリの間に何があったかは、ヒルゼンには分からない。それでも、二代目の死後、徐々に変わって行った弟分にかつての素直さと穏やかさを取り戻させたのは、目の前にいるくノ一だ。

 ヒルゼンは思う。畳間には、アカリが必要だと。だから、ここで死なせるわけにはいかない。畳間には、ミナトの補佐をしてもらわねばならない。二度の戦争を止めれなかった失敗ばかりのこの老兵は、ただ、去るのみ。

 

「アカリ。畳間には、お主が必要だ。……ワシの弟を、頼んだぞ」

 

 そう言われて、アカリは俯いた。分かってはいた。チャクラももう切れかけで、万華鏡はすでにその文様を隠した。囮として残ったとしても、大した時間は稼げない。

 

「コハル、ホムラ。四代目を……ミナトを頼む」

 

 呼ばれた二人が頷いた。

 ヒルゼンはアカリの肩に手を置き、次いで送り出すように背中を押した。アカリは少し迷った後、背を向けて、その場から走り去った。その後を、コハルとホムラが続く。

 アカリの背を見送って―――ヒルゼンはダンゾウへと視線を向ける。

 

「ダンゾウ」

 

 ヒルゼンの、優しい声。

 

「”その時”が来た」

 

「……ふん。ワシは残るぞ」

 

「知っとるわい。何年、”友達”やっとると思っとるんだ」

 

 ダンゾウは、退けと言って、退く男ではない。いや退くかもしれないが、この状況でヒルゼンが言えば、絶対に聞かないだろう。仮に引いたとしても、きっとダンゾウは変わってしまう。結果として二代目を見殺しにしてからこれまで、二人はずっとその自責の念を抱えて生きて来た。今また、今度は友であるヒルゼンを置いて退けば、ダンゾウはきっとおかしくなる。それくらいは、ヒルゼンにだって理解できる。だからヒルゼンはアカリにだけ、撤退の指示を出した。

 

「……そういうところが、嫌いなんだ。”オレ”は」

 

 ―――後方に爆音が続く。

 

 拠点に到着次第、アカリたちは必要最低限のものだけを手に、部隊を率い拠点を捨てた。数時間後、見届けのために戦地の草陰に残した影分身から、情報がフィードバックされる。

 三代目火影とダンゾウは、遂に牙を向いた一尾からの攻撃を受け壮絶な傷を負いながら、しかし怯まず怒涛の攻勢を続けた。一尾の尾獣化を封印術で強制解除させ、直後人柱力に致命傷を与えたヒルゼンは、二代目土影の塵遁に飲み込まれ姿を消した。それに激怒したダンゾウが術後に生まれた隙を突き、二代目土影を殺害―――直後、オオノキの塵遁に飲み込まれる様子が、頭の中に刻まれた。


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