綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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ポルポル……止まるんじゃねえぞ


薄氷の上

「……」

 

 

 感情を、うまく言葉に出来ない。胸中に渦巻くのは、悲哀であり、虚無であり、悲痛であり―――感謝であり、決意であった。万感の思いが宿る、沈黙だった。

 ゆっくりと、畳間が瞳を開く。

 

「ミナト。ホムラさんを連れて来てくれ。サクモを補佐に付け、ホムラさんに雲の戦線の全権を委譲したい。その後オレは岩・砂の戦線に飛び、防衛の任に就く。それで構わないな?」

 

「”構わないな”って畳間様、そんな権限、オレには……」

 

「……酷なことを言うようだが、自覚しろミナト。今日からはお前が―――火影だ」

 

 ミナトが息を呑む。

 まだ20にもなっていない若者が”影”の名を背負う。酷なことだ。その重責を思い、畳間も胸が痛んだ。だが、畳間は”初代火影の孫”にして、千手一族当主―――里の始まりを担った一族の末裔だ。木の葉を滅ぼさせない責任がある。

 火影という大黒柱と、根の長という縁の下を失った今、木の葉という家はこれから大きく揺れ動く。早急に火影を擁立し、柱を立て直さなければならない。戦死した三代目とダンゾウが信認したミナトを火影として認知させ、早急に四代目体制を整えた方が、火影代行を立てるよりも短い期間で混乱を抑えられる。

 ゆえに畳間が今やるべきことは―――ミナトが四代目を襲名し、火の国の大名に認められ戦場に復帰するまでの間、戦線を死守することである。

 

「オレが合流次第、撤退の指揮を取っているアカリと共に里へ戻り、正式に火影を襲名して来い。アカリは当主のフガクに顔が利く。アカリを頼り、うちはを後ろ盾にするんだ。無理でも、中立くらいには出来ると思う。それと……お前の同期のシカク、チョウザ、イノイチに、四代目襲名承認の意思表明をして貰え。木の葉の名家の次期当主たちだ。効果は大きい。あとでオレの分身も送り、千手一族にも支援をさせる。襲名の手続きと大名への報告は、コハルさんを頼れ。あの人は三代目襲名のときにそっち方面で動いていたから、経験がある」

 

「……。分かりました」

 

 ミナトは少しの間畳間を揺れる眼で見つめ、しかしすぐにその表情を引き締め、力強く頷いた。若くとも、ミナトはヒルゼンの愛弟子である大蛇丸や、千手の直系である畳間を抑え、里から認められた次代を担う火の意思。これから自身が立ち向かう想像を絶する苦難に、強い意思を以て立ち向かう選択をした。

 しかし、その胸中の不安は察して余りある。

 

「なあに、大丈夫だ。千手、うちは、奈良山中秋道……それに猿飛と志村一族。皆、名だたる一族だ。そこまでやれば、反対派が居ようと何も言ってはこられない。戦地のことも心配はいらん。お前が戻るまでは、持ちこたえて見せるさ。任せておけ」

 

 畳間は明るく振舞い、ミナトの肩を豪快に叩いた。ミナトは痛そうに苦笑いを浮かべると、飛来神で一度アカリたちの下に戻った。

 

 ―――静寂。

 

 一歩。二歩。

 畳間はふらりと体を揺らし、おぼつかない足取りで歩いた。足が震えた。佇む樹木に、その肩を当て、次いで背中を預けて寄りかかる。

 

「猿の兄貴……ダンゾウさん……」

 

 ヒルゼン、ダンゾウ―――亡くなった二人と過ごした日々の記憶が流れるように脳裏を過る。火影の執務で忙しい祖父の下に入り浸り、扉間に叱られた記憶。ヒルゼンが苦笑いを浮かべて「少しくらいは」と畳間と柱間の肩を持ち、柱間は光明を得たとばかりにヒルゼンに便乗した。扉間にはダンゾウが味方し、ヒルゼンに日頃の文句を叩きつけ、二人は畳間たちをそっちのけに口喧嘩を始める。最終的に全員が扉間に叱られ執務に戻り、畳間は火影邸の外に放り投げられた。祖母の下に泣きながら駆け込んで、優しく慰められ、泣き疲れて眠りについて―――次の日、懲りずにまた家を出る。

 祖父がいて、祖母がいて、師がいて、兄貴分たちがいて、幼い自分がいる―――そんな穏やかで暖かな日々の情景。

 

 ―――みんな、逝ってしまった。

 

 吐く息が震えた。

 

「く……ぅ……」

 

 空を仰ぎ見る。そうしなければ、地面を濡らしてしまいそうだったから。それでも、その”雨”はすぐに止むだろう。時雨ほどの時間も、立ち止まってはいられない。

 

 

 

 

 三代目火影戦死。その報は木の葉を揺らし、敵を奮起させた。遺体すら故郷に戻れない事実に、ヒルゼンを慕う者たちは天に響くほど泣き叫んだ。

 木の葉を襲った未曽有の危機は里の結束を高め、ミナトの火影襲名を滞りなく進行させている。畳間はミナトが戻るまでの間、分身を各拠点に配置し、襲撃があるたびに飛雷神の術で出向き、寝る間もなく戦い続けた。

 そして―――無の葬儀を終えた岩隠れが侵攻を再開する。余裕なものだ。木の葉はヒルゼン達の葬儀すらできぬまま、激動の時を乗り越えんとしているというのに―――。

 

 いかんなと、畳間は頭を振った。疲労が、精神を悪い方へと傾けている。

 務めて、明るく振舞わねばと、畳間は意識を切り替える。こんな時だからこそ、戦地のトップは仲間たちに余裕を見せなければならない。この人がいれば大丈夫だと、感じさせるのだ。結果として命を落とす者がいたとしても、不安と恐怖に怯えさせるわけにはいかない。それでも―――孤独だとは考えない。つながる絆は忘れない。

 

 

★ 

 

 

「カカシ、目の調子はどうだ? 無理はしてないか?」

 

「問題ありません」

 

 そう言って、カカシは左目に覆いかぶせていた額あてをずらし、目を見せる。その眼には、三つ巴の勾玉―――写輪眼が浮かんでいる。

 それは、岩隠れが無の死を悼むために一度侵攻を中止した直後のこと。畳間はその間隙を突き、カカシを始めとしたミナト班に神無毘橋という、岩隠れの供給拠点に繋がる橋の破壊を命じた。配属されたばかりで、敵はカカシたちの情報を掴んでおらず、その警戒は薄かった。畳間は名の知れた木の葉の忍びたちを率いて陽動役として出陣し、砂隠れおよび岩の部隊を引き付けた。同時に神無毘橋へ出陣したカカシたちは一人の若者の命を犠牲にしつつもその任を成功させ、木の葉は寸前で滅亡を免れた。

 神無毘橋の戦い―――カカシはその戦いで命を落としたうちはの若者の目を、交戦の中で失った左目に移植したのである。そしてその瞳は――――。

 

「ふむ……。よく見せてくれ」

 

 畳間は己が目にも写輪眼を浮かべ、カカシの左目を覗き込んだ。そして、目にチャクラを込める。呼応するように、カカシの写輪眼がその文様を揺らし始めた。

 

「やはりな……。……カカシ、その眼は写輪眼の、その先へ到達している。名を、万華鏡」

 

「万華鏡……写輪眼?」

 

 写輪眼を開眼するには、親しき者を失うなどの、強い哀しみを抱かねばならない。それを繰り返す度、写輪眼はその瞳に宿す勾玉を一つ、二つと増やし、やがて三つ巴の写輪眼を超え―――万華鏡へと至る。

 カカシは先日、増援として赴いた霧隠れの戦線で、神無毘橋の戦いを生き残った最後の班員を失った。その最期は壮絶なもので、自らカカシの術に飛び込み、死を選んだという。恐らくはその時に、カカシは万華鏡を開眼した。

 少女―――のはらリンは、誘拐された霧隠れにて三尾をその身に宿され、木の葉への時限爆弾とされていた。河豚鬼からの届けられた情報を受け、畳間は幼い少女が抱いたその壮絶な覚悟を知り、その死を悼んだ。たった一人残されたカカシは、それでも左目の写輪眼の持ち主―――うちはオビトから受け取った言葉を胸に、腐ることなく戦い続けている。父サクモへの複雑な想いも遂に終着を見せ、次に会うときに伝えたい言葉があるのだと畳間に打ち明けていた。

 

「ああ。万華鏡は一つの瞳に一つ、固有の能力を宿すんだが……。カカシ、試しにこの木偶を見て、目にチャクラを込めてみろ」

 

 畳間は木遁で木偶を作り、少しその場から離れる。言われるがまま、カカシは目にチャクラを込めて――――木偶が捻じ曲がり、上半身に当たる部分が消滅した。ごとりと、頭が地面に落ちる。

 

「……驚いたな。アカリと同じ時空間か……。 っ大丈夫か!?」

 

 ふらりと、カカシがよろめいた。倒れようとするカカシの体を、急いで駆け寄った畳間が抱き留める。カカシは息が荒く、顔色は青白く、痛みを堪えるように左目を抑えている。チャクラ欠乏症の症状に酷似している。

 

「食え、兵糧丸だ」

 

 畳間はカカシの口に丸薬を放り投げ、飲み込んだのを確認すると、その体を横抱きに持ち上げて、医療班の下へ駆ける。

 写輪眼は、うちは固有の瞳術。畳間を例外として、うちは一族でないものがその眼を宿した例は歴史上存在しなかったが―――万華鏡の発動は、うちは一族でない者にとって大きな負担となるのだろう。写輪眼を晒し続けるだけで疲労が凄まじいとカカシは以前言っていたが、万華鏡の発動が一瞬でチャクラを使い果たすほどだとはさすがに考えていなかった。年若くチャクラ量がまだ発展途上であるカカシにとって万華鏡は戦力足りえぬもろ刃の剣。

 医療班の下で掌仙術を受けて回復したカカシに、畳間はまず謝罪を伝え、次に万華鏡の使用を禁ずる旨を伝える。

 

(まあ、使うんだろうけどなぁ……)

 

 班員二人の死後、カカシは修業と戦いに明け暮れている。それは憎しみによるものではなく、ガイと同じく、守るための渇望であった。ゆえにもしもの時、カカシは戸惑いなく万華鏡を使うだろう。扉間の”使うな”という言いつけを悉く破っていた畳間には、手に取るように分かった。だから一つだけ、掟を設けることにする。

 

「カカシ、自分ルールだ」

 

「えェ……」

 

 テントの中、布の上で長座位になり、膝の上に掛物をしているカカシが、嫌そうに顔を顰める。ライバルであるガイが好んで使う言葉であるから、あの暑苦しい顔を思い出したのだろう。

 

「言いたいことは分かりますけど……。よりによってそれですか?」

 

「ず、ずいぶんな言い草だな……。まあ、お前とガイの関係を思えば理解はできるが……他にいい言葉が思いつかなくてな。ともかく……大切なものを、死んでも守り抜くとき―――”その時”以外、万華鏡は使うな。いずれ……使いこなせる時が来る」

 

 不承不承といった様子ではい、と頷くカカシの頭を乱暴に撫でて、畳間は笑う。長くなるが、と前置きをして、畳間はカカシに話し始める。師の言いつけを悉く破り続け命の危機に瀕した、愚かな一人の忍びの話を。

 話し終えた畳間は、さてと、人差し指と中指を伸ばし、その先端でカカシの額を小突く。白目を向いたカカシはぱたりと仰向けに倒れ込みそうになり、畳間はその背中を支え、優しく枕の上に気を失ったカカシの頭を乗せた。掛物を肩のところまで引き上げる。

 

 畳間はテントを出て、きょろきょろと周囲を見渡す。忍びたちが行き交っている。少しして、目当ての忍びが目に入り、畳間はその忍びに声を掛ける。

 

「シビ!」

 

「畳間先生? どうされました」 

 

 畳間の生徒である、油目シビだった。

 

「折り入って、頼みがあるんだ……今、大丈夫か?」

 

「俺に頼み? 驚いた……。なぜならミナトの四代目襲名の各当主賛同の場に、畳間先生は俺を呼ばなかったからだ」

 

 シビもこの戦争で父を失い、正式に油目一族の当主となった。なったが、畳間はうっかりそのことを忘れ、シビは里に招集されず戦い続けていたのである。後に畳間がチヨの毒に対抗するためにシビを部下として招集し、久しぶりの再会を果たしたとき、「あっ」と思い出したように零した畳間の一言でシビはすべてを悟り、以来畳間に対して根に持った言動を見せるようになった。もともとシビは影が薄いことをコンプレックスにしており、先生からすらも忘れられていたことに拗ねてしまった。畳間もそのことを理解しているので、シビには強く出られないのである。

 

「そのことに関しては謝っただろ! ほら、お前が戦地にいるおかげで、砂の毒で命を落とす者も減っている。いてくれて助かってるぞ。後方に控える綱の解毒薬の研究だけでは追いつかなかったからな。先生は弟子が優秀で鼻高々だ」

 

 畳間は取り繕うが、シビはじっと無言で見つめて来る。その居心地の悪さと言ったら無い。シビはサングラスで目を、長い襟で口元を隠しているため表情が分からず、怒っているのかどうかも分からない。何も言ってこないことも、気まずさに拍車をかける。「ははは……」とぎこちなく笑うが、シビはじっと見つめるのみ。責められているようにしか感じず、乾いた笑いも尻すぼみ。そんな畳間を見て、周りの忍びたちがくすりと笑いをこぼした。

 

「変わられましたね、先生」

 

 周囲から零れた小さな笑いを聞いて、シビがぽつりと口にする。

 

「なぜなら昔の先生は……、例えるなら抜身の刃のようでした。こんな冗談は、ウソでも言い出せない……そんな鋭い雰囲気を、先生は常に纏っていた」

 

「シビ……」

 

 冗談かよ。

 

「……色々あってな。お前にも、いろいろ苦労を掛けた」

 

「大丈夫です。なぜならあの”下忍に課すにはあまりにも厳しすぎるいっそ殺せとすら叫んだ地獄のような修業の日々”は、確かな糧となっていますので」

 

「お前……、やっぱり根に持ってるだろ」

 

 半目で睨む畳間を、シビはサングラス越しにじっと見つめ。

 

「冗談です」

 

「……」

 

「……」

 

 少しの沈黙。

 

「それで先生、頼みとは?」

 

「……」

 

 沈黙の畳間。

 

「冗談ですよ、先生」

 

「……頼みというのはだな」

 

「はい」

 

「オレの影分身をお前の傍に残すから、もしもそれが消えたら速やかに拠点を捨てて皆とともに下がれ、というものだ」

 

「……はい?」

 

「後の説明は影分身がするから、頼んだぞ」

 

 ぼふんと、畳間の影分身が現れ、呆気にとられるシビを遺し、畳間のオリジナルが飛雷神で消える。

 

 ―――畳間は地面に突き刺さっていた刀の上に、両掌を乗せる。

 かちゃりと、紫の鎧が音を出す。外套が風に乗って揺れる。その表情に、先の笑みも朗らかさもすでに無い。そこにあるのは、二代目火影を連想させるような―――鋭い視線。

 

 ―――開けた地平。抉れた地面。そこかしこに空いた穴。そして―――目の前に広がる、100に及ぶ忍びの軍勢。

 

「止まれ。昇り龍じゃぜ」

 

 軍勢の先頭、ふわふわと空を飛ぶオオノキが、進軍に待ったをかける。

 

「両天秤のオオノキ。あなたに一つ、願いがある」

 

 畳間の言葉が、緊張で静まったこの地に、やけに響く。畳間は無言のオオノキが、畳間の言葉を待っていると判断し、続きを口にする。

 

「三代目火影、暗部の長ダンゾウ。二代目土影。痛み分けとし―――退いては、貰えないか」

 

 にわかに軍勢がざわつく。ある者は命乞いだと笑い、ある者は足りぬと憤る。オオノキは―――。

 

「無いな」

 

 無表情で、畳間の言葉を切って捨てた。進軍し仲間たちを殺し、木の葉を蹂躙する―――それを止めるつもりはないと、オオノキは言外にそう言った。

 岩の忍びたちはオオノキの返答に、賛同の声を上げる。

 

「そうか……」

 

 心底残念そうに、畳間が呟いた。

 

「―――里に仇なす者は許さん」

 

 畳間は言い切って、柄頭に乗せていた手を動かし、逆手に柄を握りしめて、引き抜いた。

 

「思金神」

 

 オオノキが地面に墜落する。直後、地面を踏みしめ駆けだした。凄まじい速さで距離を詰め、地面に縫い付けられるオオノキに切りかかろうとする畳間の前に、名もなき岩の忍びが躍り出る。容赦はなく、畳間は斬って捨てる。オオノキを守り敵を排除するため、岩の忍びたちが畳間に襲い掛かるが、畳間は写輪眼を素早く動かしその動きの軌道を先読みし、すべての攻撃を避けながら拳を振るい蹴りを放ち、あるいは体の一部を握りしめて地面に叩きつけ、天泣で急所を貫き、刀で薙ぎ払う。

 岩の忍びたちの身を挺した時間稼ぎにより拘束より解き放たれたオオノキが、岩の忍びたちに向けて撤退の声を叫びながら、すさまじい勢いで空を駆け上った。 

 畳間はオオノキより少し上に向けて刀を投擲し、直後四方に苦無を飛ばす。苦無が突き刺さった岩の忍びたちの呻き声を耳にしながら、畳間はパンと掌を合わせ、指を組む。

 

「樹海降誕」

 

 畳間の足元、またその周囲から、蠢く木々の群れが出現する。その規模は瞬く間に膨れ上がり、畳間は上へ上へと成長する木々を足場に空へと駆けていく。

 

「原界剥離の術!!」

 

 畳間へ向かって、術が放たれる。畳間は瞬時にその場から飛ぶ。

 オオノキが上空を飛んでいく刀へ向かってチャクラで作り出した岩石を飛ばし、直後現れた畳間は飛んできた岩石を木僧衣で強化した拳で叩き壊す。

 

「原界剥離の―――」

 

 予備動作をオオノキが終わらぬうちに、畳間はその空間に刀を残したまま飛んだ。オオノキの真下、直線になる位置に、仰向けで現れる。先ほど四方へ投擲し、うねる木々に突き刺さった苦無のうちの一本を起点に飛雷神を発動したのである。

 無言で、水の針を放つ。名を天泣。

 土の壁を半分貫き、しかしオオノキに届かぬうちに針は動きを止める。さすがに影を背負う者。相性で劣る水遁は、その守りを貫くには足りなかった。

 直後―――空に残した刀を起点に、畳間は再び空間を飛ぶ。刀の柄を握り、振り下ろす。刀はオオノキの頬を掠るが寸でのところで躱される。

 空中で向かい合う二人。しかしオオノキは突如として身にかかる重圧に、地面に向かって仰向けに落ちていく。重さに抗い掌を合わせて離すオオノキは、しかし畳間が視界から消えたことで術の発動を中止する。体の自由が戻ったことで再び上空へ向かうオオノキを、木々の影から、畳間は万華鏡で捉える。直後、畳間がオオノキへ向けて手を振ると、オオノキを刺し貫こうと鋭利な枝の群れが空へと次々に放たれる。

 

「鬱陶しい!!」

 

 オオノキの叫び。重い体を無理やり動かし、飛んでくる無数の枝へ向けて、オオノキは塵遁を発動する。再び畳間が飛ぶ。

 拘束が解けても、オオノキは塵遁を発動し続け、周囲の木々を消滅させた。樹海となっていた戦地は、先ほどよりも標高を下げながら、平地の様相を取り戻す。

 飛雷神の起点をすべて消された畳間は、少し離れた場所に姿を現した。駆けて戦地へ戻るが、そこにはすでにオオノキと岩隠れの者たちの姿はなく。

 ヒルゼン亡きあと、初の土影との交戦は、木の葉側の防衛成功という結果で、幕を下ろした。

 

 

 その後、防衛成功の報を拠点に持ち帰った畳間を待っていたのは、岩の襲撃の情報を掴み、単独で防衛に出た畳間への、多くの仲間たちからの説教だった。

 大規模戦の邪魔になるからという理由で謝った畳間は、かえって火に油を注ぐ。それでも心配の声が大きかったのは、影クラスの高次元の戦いにいち上忍たちではついていけないことを、皆が理解していたからだ。畳間が本心から皆を邪魔だと思い連れて行かなかったのではなく、無為に犠牲者を増やしたくないと切実に思いそうしたのだと、皆が知っていたからだった。

 そして力不足を理解し不甲斐なさに嘆く者たちが、心配と同時に畳間を叱りつけるのは、それを畳間が望んでいることに皆が気づいていたから。”両天秤のオオノキ”という、無差別殺戮を可能とする術を持つ相手に、畳間が一人で対応することは、確かに、事実最善である。

 それでも―――畳間たちは”仲間”だった。ただ守られるだけでなく、ただ庇護するだけでもない。畳間は命を守り、仲間たちは心を守る。そんな、対等の関係だった。

 仲間に心配を掛け、同時に、掛けられた。だから謝る機会を設ける―――畳間は一人で戦っているのではなく、”やらなければならない”のでもない。畳間を心から案じてくれる人たちがいて、だから畳間は戦える。耐え忍ぶことが出来る。

 義務ではないのだ。仲間たちに叱られる時間は、畳間がこの過酷な戦いを、”やりたいからやっている”のだと―――”この絆を守りたいから”ここにいるのだと、その事実を再確認するための、大切な時間でもあったのである。

 

 どこか嬉し気に「すまんすまん」と謝り倒した畳間は―――後日、四代目襲名を終え戦場へ復帰したミナトから、厳重注意を受けて、しょぼんと落ち込んだ。

 ミナトも、「なんで四代目としての初の業務が畳間様への説教なんですか」とうんざりした様子で、しかし笑みを浮かべて、言っていた。

 戦地に、笑みが伝播する。

 たとえそれが――――薄氷の上に成り立つものだと、誰もが理解していても。

 

 

 ―――ちなみに。その話をミナトから聞いたアカリは腹を抱えて笑い、居合わせたクシナに蹴りを入れられた。


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