綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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お前はオレにとっての新たな光だァ!!

 禁術・口寄せ穢土転生。あまりに人道に反するその術を使用することに、四代目火影ミナトは少しの難色を示した。しかしミナトは里を背負う火影であり、多くの命を守る義務がある。里の存亡が懸かっているという大蛇丸の言葉は決して嘘ではなく、火影として”根”の状況は把握していた。ゆえに大蛇丸に限定して、またミナトの徹底した管理の下でのみ、穢土転生の使用を解禁した。

 波風ミナトは大蛇丸を退けて火影を継承したことに対して、複雑な心境を抱いていた。罪悪感ではない。皆が望んだ形ではなかったが、”四代目”の名を背負ったことに対して、ミナトは確かな誇りを抱いている。また、火影としての自分が、大蛇丸に劣るものではないとも考えていた。

 

 一方で、後輩にその座を―――”実の師の後継者”という立場を、結果的に見れば”奪われた”形となった大蛇丸の心境を察せないほどミナトは無神経ではなかったし、ミナトの四代目内定以後の大蛇丸の取った行動から、大蛇丸がミナトに対して嫉妬にも似た感情を抱いていることは確信していた。そんな微妙な関係性の先輩が、畳間に対して土下座をし、その後ミナトに対しても頭を下げに来たことから、ミナトも腹を括ることにしたのである。

 

 一方でミナトは、畳間に対しては、穢土転生を使用しないように願った。その理由は、ミナトに”戦争を終わらせる”という確固たる意志があり、終戦後は畳間に自身の側近として行動して貰いたいと考えていたからである。火影の側近として動く畳間があまりの悪評を抱えていると、いずれ結ばれる和平に支障が出る可能性がある。里のすべての術を修めていたヒルゼンが、第二次忍界大戦の折、穢土転生を使用しなかったのは、同じく大局を見ての判断だった。憎しみを募らせ次の火種を育んでしまえば、戦争を終わらせ、勝ったとしても意味がない。

 かつて、扉間は穢土転生の使用に関して細心の注意を払っていたが、それでもなお、戦争終結当時の扉間に対する他里からの評価は最悪の一言につきた。しかしそれでもなお木の葉が信用を回復し、他里との和平協定にまでこぎつけることが出来たのは、ひとえに千手柱間の圧倒的なカリスマ性があってこそだった。しかしその千手柱間は今は亡く、ミナトは自身にそこまでのカリスマ性があるとも思っていない。

 ゆえに必要以上の憎しみを買わぬように、また買ってしまった憎しみの行く先が大蛇丸にのみ向かうように、ミナトは繊細な情報操作を行うことを起案し、畳間もそれに同意した。

 

 ―――ミナトに反目し指示を受け入れない大蛇丸が過激な行動を取っている。しかし大蛇丸の存在が無ければ木の葉の存続が危ういため、離反を恐れた千手畳間と波風ミナトは、非難することが出来ない。

 

 大蛇丸とミナトの複雑な関係性は他里も掴んでおり、二人はそれを利用して、そんな偽りの情報を流した。ともすれば舐められる可能性が高かったが、しかし他に手が無かった。

 しばらくして、大蛇丸のビンゴブックにおける危険度および賞金額は跳ね上がり、畳間やミナトを抑えて全忍び中トップに躍り出た。

 そしてそれは、里のすべての闇を大蛇丸が背負うことになったことを意味する。

 

 千手畳間は、そんな大蛇丸に対して大きな負い目を抱くことになる。畳間の中では、大蛇丸はかつての―――冷静で、それでいて仲間思いの少年のままだったから。そんな巨大な闇を背負わせることに対して、罪悪感を抱かざるを得なかった。畳間にとって、あの頃の記憶は宝物。黄金を超える、まばゆい財産である。

 

 ゆえに―――後に里で大蛇丸に関する”とある不穏な噂”が流れ始めた際、大蛇丸に全幅の信頼を置いていた畳間は、”他里に流れた噂が木の葉に帰ってきたのだろう”と、その噂話を拾い上げることが―――出来なかった。

 

 

 

 

 ―――血濡れの女が、血だまりの中に倒れ伏していた。

 

 肩に、足に、苦無が突き刺さっている。止まることのなく流れ続ける血液。人間とは血袋なのか?と、そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、夥しい量だった。毒が、流血の速度を上げている。乱れた髪が血で濡れ萎び、体に張り付き、あるいは地面に放られている。

 女は微動だにしない。まるで、すでに物言わぬ骸となってしまっているかのようで。

 

「ア―――」

 

 それを見た畳間は、その名を呼び終わるより前に、体が動いていた。いまだかつて見たことのないほどの速度で、女の―――アカリの下へ駆けた。

 

 ―――なぜ、躱さなかった。

 

 畳間の思考に、疑念が浮かぶ。

 輪墓を使えば、傀儡に囲まれていたことなど関係なく、逃げることなど容易かったはずだ。苦無の投擲などという初歩的な攻撃を、今のアカリが被弾するはずがない。今のアカリは、四代目ミナト、”昇り龍”畳間に次ぎ、サクモと並ぶ木の葉の手練れの一人。この程度のことで負傷するはずがない。砂のチヨの傀儡が使用するあらゆる忍具に猛毒が仕込まれていることなど、戦線にいる者は誰でも知っている。前線に立ち続け、そのことを十分以上に承知していたアカリがその警戒を怠るはずがなく、ゆえに万が一でもそれらが被弾するような状況に、その身を晒すような愚を冒すはずが無いのに。なぜ、なぜ―――どうして、アカリが血に濡れて倒れ伏している。

 

 ―――違和感が、顔を覗かせる。

 

(戦争が始まって数年。アカリもまたオレと同じく常に前線に立ち続けていた。仲間を守るため、戦い続けていた。オレと同じように(・・・・・・・・)……その―――両目で(・・・)

 

 思えば、その予兆(・・・・)はあった。

 声を掛ければ反応を示す。しかし、声を掛けなければ近寄っても反応が鈍かった。拠点における生活の中、また戦闘後の帰投の際、つまらないものに躓くことも少なからずあった。もともと、私生活では抜けていたところがあるアカリだ。オンオフを上手く切り替え、気を抜いているのだろうと、そう思っていたが―――。

 

(気づくべきだった!! うちは一族は里を守る最後の砦(・・・・・・・・)。写輪眼の性質を深く知る者は、戦場にはアカリと、オレしかいない。 オレが、オレが! 気づくべきだったんだ!! オレがそうなった(・・・・)からと、失念した……ッ)

 

 写輪眼。うちは一族に伝わる瞳術にして、血継限界。その先にある万華鏡写輪眼は、写輪眼を上回る瞳術と固有能力を有するが、その過度な使用の代償は―――

 

「アカリお前……目がッ」

 

 ―――失明。

 

 畳間は悲痛な叫びとともに、アカリを取り囲んでいた4体の傀儡を瞬く間に殲滅する―――だが、畳間の抑えから解放され、また敵陣に生まれた大きすぎる隙を見逃すほど四代目風影は甘くはなく、突如として巨大な砂金と砂鉄の波が大地を覆った。うねりを上げて畳間とアカリを呑み込まんとするそれは、瞬く間に二人の頭上を覆いつくした。ゆえに畳間はアカリを連れて飛ぶという選択をする時間すら削ぎ取られ、アカリまであと一歩というところで、迎撃を強いられる。

 

 畳間は両指を組み中腰に腰を据え、風影は両掌を畳間の方へ向け地面を強く踏みしめる。

 

 樹海降誕―――木々の波と、金属の波が激突する。鋭利な波は木々を根元から刈り取り、その侵攻を阻む。しかし次々に生まれ出る木々は金属の床を押し上げ押し返し、再び刈り取られる。周囲の地形は一瞬にして変貌する。

その戦いは、まるで陣取り合戦のようだった。そして戦いは、互いに物量を押し付け合う力のぶつかり合いへと変わった。巨大な金属の塊と、巨大な木の塊が激突し、拮抗する。風影が持つ質量のアドバンテージを、畳間はその膨大なチャクラを用い、物量にて押し返す。

 

 ―――まずい。これは、まずい……。冷静になれ。己を見つめろ。呑まれるな畳間。

 

 苦しい。辛い。吐き気がする。瞳の写輪眼が燃えるような熱を持つ。

 怒り、憎悪。押し寄せるのは、乗り越えてきたはずの激情。大切な人が、死の淵にいる。

 幼馴染の喪失という傷があまりにも大きすぎたがゆえに、畳間はあの戦い以降、答えを出せなかった。出すことから逃げていた。だが、アカリはそんな畳間を許容し、静かに待ってくれていた。その重さ、苦痛は計り知れず、それでも変わらぬ態度で、彼女はずっと傍にいた。

 失いたくないと、心の底で思っていた。共に居続けたいと、心の底から願っていた。心地よい関係に甘え、その想いを直視しなくとも。自身の弱さがゆえに、その想いを直視できなかったとしても―――それだけは、ウソ偽りない真実だったのに。

 そんな人が、血だまりの中で横たわっている。

 

 ―――許していいのか?

 

 ―――許せるはずがない。

 

 ―――怒れ。憎め。それが正しい人の在り方だ。

 

 ささやく声が聞こえる。

 

 心を呑み込もうとする憎しみの津波が、小さく揺れる黄金の炎を呑み込もうと迫る。

 

 ―――恐怖。

 敵が、恐ろしいのではない。アカリを失うこと、確かにそれは恐ろしい。だが、今感じている恐怖はそれではない。己が再び闇に呑まれるのが、恐ろしかった。闇に呑まれた自分が、今己が大切にしている宝物たちをぶち壊す未来が、何よりも恐ろしかった。

 

 

 ―――殺してやる! 殺してやる!! 殺してやる!!! 

 

 

 復讐に走れば、かつてのように自分は里を捨てる。自身が死ぬまで、それこそ平和への希望など欠片も残らぬほど暴れまわり、殺戮の限りを尽くすだろう。己のすべてを駆使し、命さえも捨て去れば、他の里は滅ぼせるかもしれない。

 だが―――畳間が抜け、守りの要を失った木の葉は、敵が滅ぶまで保つことはない。若き木の葉は刈り取られ、芽吹かんとする芽は腐り、火の意志はそこで潰える。残るのは、再度訪れる戦国の世と、憎しみの鎖。

 

 ―――どうすればいい。どうすれば……。

 

 呼吸が荒くなる。術の制御が疎かになる。

 

「―――だい、じょうぶ……」

 

 血だまりから、震えるか細い声が届く。

 

 

「もう……お前は……だい、じょうぶ、なんだ」

 

 伝わってくる。心に、直接。アカリの声が、心に響く。

 もう千手畳間は大丈夫なのだと。憎しみを乗り越え、愛に気づき、絆の尊さを知ったお前なら大丈夫だと。仮にこのまま自分(アカリ)が”そうなる(死んだ)”としても、畳間は大丈夫なのだと、アカリが言っている。

 きっと、かつてサクモがアカリにしたように、アカリが畳間にしたように―――紡いだ絆が、闇を阻む。畳間自身が、自分という闇を止められる。多くの仲間が、止めてくれる。だから―――

 

「―――しん、じろ……」

 

 震えながら、アカリが顔を上げたのを見て―――畳間が息を呑む。アカリが畳間に必死に見せたその表情は、優しい微笑みで―――。

 

 そして、アカリの声が途絶えた。

 畳間は目を伏せ、歯を食いしばる。

 

 畳間は、自分を信じられない。自信など持てるはずがない。間違いばかり起こすし、すぐに調子に乗る。信じられるはずがないのだ。自分だけでは迷ってばかりで、失敗ばかりだったから。だから、畳間はアカリを信じ、サクモを信じ、共に戦う仲間たちを信じた。そして畳間が繋いだ信頼は仲間たちに届き、笑顔となって、畳間の下へ戻ってくるのだ。その笑顔がある限りにおいて、畳間は自分を信じられた。胸を張れた。”木の葉隠れの里の”畳間でいられた。そしてこれからもずっと―――

 

(―――オレは、”木の葉隠れの里の”畳間でいたい)

 

 ―――里の皆(・・・)は俺を信じ、俺は、皆を信じる。それが―――火影だ。

 

(爺ちゃん……っ)

 

 脳裏に浮かんだ祖父の言葉。真っ白だったころ、この心臓に刻まれた愛。それを今、取り戻す―――。

 

(―――聞いてくれ)

 

 ―――うちはイズナ。それは畳間の底に眠る、憎しみの名。以前、畳間は自身を苛む憎しみを、イズナから顕れる埒外の感情なのだと思っていた。しかし、それもまた”逃げ”であったのだと今では思う。

 確かに、イズナの憎しみは大きい。畳間の感情に呼応し、その激情を掻き立て増幅させる起爆剤である。それは事実だ。だが一方で、それは、起爆剤に過ぎない(・・・・・・・・)。なぜならイズナの憎しみが向かう先は、あくまで千手一族でしかないのだから。であるならば、増幅する憎悪―――その始まりはあくまで、畳間自身の抱くものでしかなかったのだ。憎しみに身を委ねろと囁くのは、そこに憎しみがあってこそ。

 だから今、身を引き裂くほどの怒りと憎悪は、真実畳間が抱くものに相違ない。イズナのせいには出来ない。千手畳間は、確かに敵が憎い。おぞましいほどの憎悪を抱いている。そして、だからこそ―――。

 

(お前の憎しみ、今なら分かる。うちは一族を本当に、本当に、大切に思っていたんだ。だから”あの時”、止まれなかった。オレを同じ道に引き込もうとするのも、理解できる。だが―――)

 

 脳裏に浮かぶ、アカリとの思い出たち。

 

(イズナ……お前(オレ)を無条件に慕い続けた女の、死に瀕してさえ変わらぬあの”愛”を見てもなお、オレ(お前)が抱くのは憎しみだけか? あの美しさを見続けて、燃え上がるのは怒りだけなのか!? あの戦いで、オレ(お前)たちは変われたのだと信じてる。―――”木の葉隠れの里のイズナ”よ。頼む―――その力を貸してくれッ)

 

 黄金の炎に迫る濁流を、突如として現れた無数の木の葉が堰き止める。サクモ、綱手、ミナト、カカシ、ガイ、大蛇丸、クシナ、シビ、ミコト。多くの木の葉の―――家族たちの顔が過る。

 

 畳間が鋭い視線を、目前へ向ける。

 体に眠るすべての(・・・・)チャクラが開放される。地面に亀裂が入り、チャクラの暴風が吹き荒れた。

 

「―――変わった」

 

 風影の額に汗が滲む。木々と金属の激突の向こう側、感じ取れる莫大なチャクラの変質に気づいた。

 

 そして―――拮抗は破られる。

 砂金の波を押し留めていた木々が変質していく。重圧にへし折られ、刈り取られては生み出されていた木々が、すべてその場に留まった。微動だにせず、傷一つ付けられることはない。

 

 ―――火、水、土。

 生まれ持った三つのチャクラ性質を混ぜ合わせ、今―――畳間は淘汰に至る。

 

「鉱遁―――金剛流波」

 

 木々は今その性質を変え、決して砕けぬ(意志)となる。

 

金剛石(ダイヤモンド)、だと」

 

 風影の額に汗が滲む。

 成長する金剛石の壁は、やがて鉄の波の侵攻を止め切り封じ込め―――畳間はアカリを抱くと、その場から姿を消した。

 現時点でのすべての戦力と財を金剛石の箱の中に封じられた風影は呆然とその場に立ち尽くし―――しばらくの間、その場から動くことが出来なかった―――。

 

 

 

 

 

 

「―――綱! 綱!!」

 

 大声で、妹の名前を繰り返す。にわかに、陣地が騒がしくなる。

 血相を変えて突如として現れた畳間に、しかしその横抱きにされた血濡れのアカリを見て、医療部隊はすぐさま状況を察し、一人はすぐさま部隊の責任者―――綱手の下へと走り去る。

 居合わせた者達は畳間を近くの小屋の中にある寝台へと誘導し、寝かされたアカリを取り囲むと、すぐさま掌仙術を行使した。たくさんの医療忍者による掌仙術の光に照らされるアカリの顔色は、真っ白で―――。

 

 駆けつけた綱手が、畳間を押しのけて、アカリに掌仙術を放った。他の医療忍者と比べても巨大な光は、しかしアカリの顔色を変えるには至らない。

 

「た……」

 

 弱弱しいアカリの呟き。唇が震えるように動いた。あまりにも弱った姿に、畳間が見ていられぬと目を伏せる。

 喋るなと、綱手が叩きつけるように言う。しかしなおアカリは唇だけを震わせる。

 

「……たみ」

 

「アカリさん、喋るな!!」

 

 なおも口を動かそうとするアカリを、綱手が焦燥を滲ませて止めようと声を荒げる。しかし、アカリは止めようとはしなかった。

 

「たた……み、ま」

 

「アカリさん!!」

 

 もう喋るなと、綱手が悲痛な声を上げる。それほど危険な状態だった。

 

「……」

 

 ―――笑った。

 

 アカリが、笑った。万感の思いが込められたその笑みは、万感の思いを畳間に伝えた。

 大丈夫だったろと、勝ち誇っていた。二代目水影にしてやられたお前とはもう違うのだと、喜んでくれていた。まだやることがあるだろと、分かってるなと訴えていた。

 数瞬、目を閉じる。奥歯に罅が入るほどに歯を食いしばり、血が出るほどに拳を握りしめ―――息を吐いて力を抜いた。

 目を開ければ、アカリは静かに眠っている―――。

 

「綱……任せた」

 

 アカリたちに背を向けて、畳間はその場から姿を消した。

 

 拠点に戻った畳間は、影分身とシビを後方拠点へと送り、本体は陣地に留まった。本体が残ったのは、アカリの負傷により発生する防衛の穴を埋め、動揺する部下たちを統率するためだった。シビを送ったのは、寄壊蟲による毒抜きを頼みたかったからだ。傀儡師チヨは毒の開発者であり、苦無には毒が付与されていると考えて間違いない。綱手の開発した治療薬の効能を最大限に生かすためには、シビの協力は必要不可欠だった。

 

 一夜明けて、アカリの容体が未だ危篤状態であることを伝えられる。

 二夜明けて、アカリの容体が危篤状態であることを伝えられる。

 三夜明けて―――アカリの容体が危篤状態であることを伝えられる。

 

 綱手が全力で生命活動を維持させ続けているが、それは同時に、綱手が治療に回れないことを意味していた。体に入り込んだ複数の未知の毒は、現在特効薬が存在しない。アカリの死後、その体を検分すれば恐らく作成できる特効薬は、しかしそれでは意味がない。遅すぎる。シビがすべての毒を蟲で吸い出すのが先か、アカリの体力が尽きるのが先か、綱手の体力が尽きるのが先か、畳間は見舞いにも行けず、ただ報告を待ち続ける他なかった。

 

 アカリの負傷を拠点の仲間に伝え、その動揺を自身の新術による風影の撃退という朗報を用いて抑え、体制を立て直し、アカリの抜けた穴を埋めるために編成を組みなおすために動く。

 しかし、現在アカリの抜けた穴を埋められる”個”は、はっきり言って存在しない。ミナト、サクモは雲の戦線に張り付いており、綱手と大蛇丸はそれぞれ後方支援と情報戦の要であるため動かすことは出来ない。自来也は大蝦蟇仙人の予言を成就させるため放浪に出たまま帰って来ない。ヒルゼンの死を知り、畳間に対して書状を送っては来ていたが、書状を読む限り、ヒルゼンの死が一層予言の子の―――平和を実現させる救世主の―――捜索に拍車を掛けさせてしまっているようだった。戦争への参加は期待できない。

 砂鉄と砂金を奪い、戦力財力ともに欠いた風影が動けない今、土影が情報を得て動き始める前に、防衛線の再構築は終えておきたい。大蛇丸に連絡を取り、攪乱を頼んでいるが―――成果は期待できないだろう。

 畳間は心労を押し隠し、変わらぬ態度で味方を鼓舞し続ける。あれで慕われていたアカリの離脱は、若いくノ一にとって衝撃が強すぎた。動揺、混乱、憔悴、憤怒に憎悪。仲間内に湧き出る負の連鎖を断ち、報復でなく、戦争をしなければならない。どちらもゲロ以下の代物だが、それでも、”戦争を終わらせる”という目標すらを、失うわけにはいかなかった。

 そんな畳間の背を、じっと、見つめる瞳があった。

 

 ―――四夜明けて。

 

 徹夜明けの畳間の下に、見慣れた緑が駆けこんできた。

 

「畳間様!」

 

 額に汗を滲ませて走り寄ってきたのは、マイト・ガイ。その後ろから、エビスとゲンマが息を切らせて這う這うの体で現れる。

 

「ガイ……お前、雲の戦線にいたはずだろ」

 

「四代目に頼んで、異動させて貰ったのです! カカシから連絡を受けました。畳間様がピンチだと!!」

 

「カカシが……?」

 

 周囲を見渡すと、明後日の方角を向いているカカシがいる。

 あいつ、と小さくつぶやく。

 

「このマイト・ガイ。必ずお役に立ちます!!」

 

 目に炎を滾らせるガイに、追いついたゲンマとエビスが補足の言葉を告げる。

 

「私達、先日付で上忍になりまして。チョウザ先生の下から離れて、三人一組(スリーマンセル)になったんですよ」

 

「それで、チョウザ先生は雲の戦線に残って、オレ達だけ来たってわけです」

 

「そうだったのか……」

 

「それと、その……」

 

 言い淀むゲンマに、ガイがはよ言えと急かすように小突いた。

 なんでオレが……と嫌そうに顔を顰めて、ゲンマが渋々といった様子で口にしたのは―――。

 

「全部一人で背負おうとするなよ。お前の悪い癖だ」

 

「……」

 

 面食らって沈黙する畳間に、ゲンマが冷や汗を浮かべてすいません!と土下座する勢いで頭を下げようとするが、畳間は小さく肩を揺らして、それを止めた。

 

「……サクモからだろ。気にするな」

 

 ふうと、力が抜けたように息を吐く。

 

「ガイ、エビス、ゲンマ。貴様たちの参戦、心強い。頼りにしている。カカシを隊長とした遊撃隊として、オレの支援に回ってくれ。”影”はオレが抑える。お前たちは漏れた敵兵が本陣に攻め込まぬよう、前線と拠点の中間地点で防衛線を築くよう立ち回ってくれ」

 

「はい!!」

 

 異口同音。気持ちの良い返事を聞いて、少し休ませてくれと、畳間が背を向ける。

 

「カカシ、あとは任せた」

 

 大きな声で、離れた場所のカカシを呼ぶ。観念した様子で、カカシが重い足取りで近づいてくる。

 

「あとは任せたって、そんな適当な指示ありますかね」

 

「お前も聞いてたろ」

 

「はぁ、人使い荒いんだから……」

 

「お、カカシじゃないか!! ここであったが100年目!! 今日は指相撲で勝負だ!!」

 

「ガイお前、畳間様の話聞いてた? 役割決めとか連携の確認とか、やることいっぱいあるでしょ」

 

「また俺に負けるのが恐ろしいかカカシ!! 勝負はオレが勝ち越してるもんなぁ!!」

 

「あ、カッチーン」

 

 やんややんやと若者たちが騒ぎ始めるのを尻目に、畳間が小屋への帰路に就く。

 後進は、確かに育っている。賽は投げられた。あとは、アカリたちを信じて待とう。

 

 小屋に到着し、仮眠に入る。疲れから長くなってしまった仮眠から目覚めた畳間に届いたのは、アカリが峠を越えたという朗報だった。

 

 

 

 

 

 

 さらに一夜明けて、畳間は拠点の情報をすぐに把握できるように分身を残すと、後方拠点へと飛んだ。医療忍者の案内に従い、アカリの病室へと急ぐ。

 病室では、アカリが掌をじっと見つめていたところだった。扉が開いた音で来客に気づいたアカリが、「綱手か? チャクラは練ってないぞ」と呑気な声を出す。

 

「いや、この感じ……。似てるけど違うな。……畳間か?」

 

 かっと、畳間の目が開く。漏れ出したチャクラの威圧に、付き添っていた医療忍者が後ずさる。

 また、アカリがそのチャクラに畳間の存在を確信し、慌てたように手を振り始めた。

 

「いや、畳間、これはだな! まだいけると思って―――」

 

 アカリの言葉は、そこで途切れる。

 畳間が、強く強く、抱きしめたから。

 

「ちょっ……いたっ……」

 

 もう少し力を入れれば、折れてしまいそうな体。毒との戦いは、数日でアカリを消耗させてしまった。もう少しでこの温もりが失われていたかもしれないのだと理解して、畳間はさらに強く抱きしめた。

 アカリは困ったように目を泳がせる。戸惑いながらも畳間の背中に手を回し、優しく数回叩いた。

 

「……ごめんて」

 

 なおも強く抱きしめる畳間に、アカリが降参とばかりに弱弱しく言った。本来なら、「お前だっていつも似たようなことしてただろ」なんて憎まれ口を叩こうと思っていたが、そんなことを言い出せないほど、畳間の抱擁が痛かった。物理的に。もちろん、精神的にも。

 

 いつの間にか医療忍者はいなくなり、ご丁寧に扉が閉められていたが、二人は気づかない。

 

「アカリ……生きて居てくれて……良かった」

 

 畳間が、アカリから手を放し、目じりに涙を浮かばせる。

 畳間の震える声で、泣きそうになっていることを悟ったアカリは気まずげに頭を掻くが、それすらも今の畳間にとっては愛おしいものだった。

 だが、畳間は戦線の指揮官である。やるべきことと、伝えるべきことがあった。

 畳間は静かに写輪眼を発現させ、アカリの瞳を覗き込む。しかしアカリの瞳は呼応せず、色を無くした瞳はただ困ったように揺れるだけ。畳間はやはり静かに写輪眼を鎮めて、言った。

 

「アカリ、やはりその両目……」

 

「……ああ。失明した」

 

 もともと微かにしかものを識別できない状態だった両目は、先の戦いで限界を超え、そして毒に蝕まれたことによって、その光を失った。

 畳間は絶望のあまり息を呑んだ。うちは一族にとって、”目”とは女の髪に勝る大切なもの。それを失うとは、あまりに残酷で―――。

 

「”オレの目を移植する”、なんて言うんじゃないぞ」

 

 考えていたことを言われて、絶句した。

 

「まあ、今のお前なら考えていても口にせんとは思うが。それでも、私から言っておいた方がいいかと思ってな。それと、他に言わんとしていることも分かる。私は、もはや戦線にはいられないと言うのだろう。目が見え辛くなり始めた時から、里に戻る覚悟はしていた。頑張ったけど、潮時だ……」

 

「アカリ……」

 

 寂しげに言うアカリに、畳間は眉根を寄せる。

 

「なに。視力は失ったが、光はまだ残ってる。畳間、私にとってお前が―――」

 

「―――お前が、オレにとって(ひかり)だった」

 

 それ以上は言うなと、それ以上は言わせないと、畳間はアカリが言い終わらぬうちに言い切った。

 

「―――アカリ。結婚しよう」

 

 色を失ったアカリの両目が、零れそうなほどに見開かれた。

 

「アカリ。不満も、説教も、感謝も、言いたいことはたくさんある。だけど、そんなことよりも……お前を、失いたくないんだ」

 

 死に分かれるのも、生き別れるのも、お断りだった。ずっと傍にいてほしいと、心から願った。

 

「イナは……?」

 

「……未練はある。それでも、お前を妻としたい。傍にいて欲しい。いなくならないで欲しい。アカリとずっと、一緒に居たいんだ」

 

「……」

 

 アカリが白目を向いたと思いきや、首から力が抜けて、重さに従って後方へと垂れる。

 

「ちょっ、ア、アカリ!?」

 

 慌ててアカリの体を支えたと同時に、扉の向こうから聞き耳を立てていたと思われる綱手が、複数の医療忍者を率いて、文字通り扉を蹴破って登場し、二人に駆け寄った。

 

「どいてくれお兄様! 治せない!」

 

「はい」

 

 ―――どんなときでもお前はお前だな。

 

 アカリを寝台に寝かせ、言われるがまま離れた畳間は、掌仙術で癒されているアカリを、気の抜けた表情で見つめた。




初期プロットからの一番の変更点はここです。
畳間はここでアカリを亡くし、生涯独身として生きていく予定でした。変えた理由は、「あ、それこいつには無理だな」って。

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