綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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止まるんじゃねェぞ……(なお明日から怒涛の仕事な模様


受け継がれる意志

 うちはマダラの使者を名乗る存在が、うちは一族の長たるフガクの前に現れたのは、九尾が現れる数日前のことだった。邪悪な光を宿すその瞳はフガクを幻術の闇の中へと落とし、フガクは自覚なくその日々を過ごし、九尾襲撃の時が訪れた。

 九尾が現れ、里の警務部隊としての義務を果たそうとうちは本家の屋敷にあつまる一族の者たちに「待った」をかけていたフガク。一族の者は訝しんだが、信頼する一族の長の言葉に、何か考えがあるのだろうとその指示に従い、最初こそ動かなかったが―――。

 そこに殴りこんできたのが、幼い息子を里の地下に避難させ、仙術を使って急いで駆け戻ってきたうちはアカリであった。アカリはかつてのエロガキだった自来也の決死の奮戦を知り、なお動こうとしないうちは一族にどういう了見かと問いただしに来たのである。フガクを感知領域に収め、その身に掛かる邪悪な幻術を察知したアカリは、駆けつけた勢いのままフガクの顔面を殴り飛ばし、幻術を解除した。

 ざわめく一族の者たちにフガクが幻術に掛けられていたことを伝えたアカリは、一族の者達に呼びかけた。

 

「私の言葉を信じるか否かは自由だ。千手に嫁いだ私に、良い感情を抱かない者もいるだろう。だが、畳間はうちはを『里の最期の砦』と呼び、有事における我らの奮戦を信じている。長くいがみ合った千手一族の当代が!! 木の葉を創設した千手でもなく、我らを差し置いて最強を謳う日向でもなく!! 我ら”うちは一族”こそが、木の葉隠れの里における『守りの要』だと信じているのだ!! 当主フガクも、二年前にその言葉を受けて、私と畳間の結婚を受け入れた!!」

 

 ―――誇り高きうちは一族よ!! と、アカリが続ける。

 

「私たちの守るべきものはなんだ!! 長の言葉か!? 一族の勢力か!? 真に守るべきものが”ここ”にある!! 私に続け、うちは一族!!」

 

 アカリが地を蹴り、九尾へと駆けだした。多くの警務隊がそれに続くが、なおその場に残る者もいた。だが―――。

 

 千手一族の当代は、すでにうちはを信じ、受け入れている。うちはからの中傷を受けてなお、その怒りを鎮め、歩み寄ろうと努力している。アカリとの結婚を経て、いがみ合うでもなく、へりくだるでもなく、傲慢にでもなく、対等な関係を築こうと尽力し、フガクの下をよく訪れている畳間の姿は、一族の者達も目にしていることだった。

 今すぐには制度の関係で難しいが、いずれうちは一族からも、優秀な者であればという条件は付くが、里の中枢に携われるようにする用意を四代目とともに行っている旨をフガクに伝え、フガクもまたそれを表には出さないまでも、喜びとともに受け入れていた。その畳間の提案は、実際には、二代目扉間時代で既に行われていたことなのだが―――。

 

 『里の内政や思想に明るい者であれば、うちはであっても中枢に招かれる』

 

 それを明文化することに意味がある。

 フガクは、幼くして才覚を見せている自身の長男であるイタチが、ともすればそうなるのではないかと期待を胸にしていた。そして、それを承知しているミコトが、アカリの言っていることは正しいと認めたことで、その場に居合わせた一族の者―――すべての決意は固まった。

 

 一族の者達を見送ったミコトと、気絶するフガクを残し、本家の前から人の姿は消えた。家の中から恐る恐る一族の邂逅を覗いていた赤子を抱えた少年が、一族の皆を叱咤する女傑に憧れを抱くことは自然なことであったが、同時に、聡明な少年は思った。父にかけられた幻術を解除をするなら、何も気絶するまでぶん殴ることはなかったのではないかと。

 

 

 

 

「今こそ!! 戦国最強を謳われた!! 我らうちはの名を示す!!!」

 

 展開した須佐能乎を仙術によって変形させ、棍へと纏わせる。装威・須佐能乎は持ち手以外を巨大化させ、さながらバランスの悪い原始的な棍棒のように、アカリの持つ棍を変化させる。

 その巨大な一撃が自来也を襲おうとする最後の尾を殴り飛ばし、一族のものが一斉に仕掛けた金縛りの術によって前足の動きを、一瞬であっても止められた九尾に―――自来也の螺旋丸が直撃する。

 

「仙法!! 超!! 大玉螺旋丸!!」

 

 九尾の首筋を叩き上げるように打ち込まれた巨大な螺旋丸は、その首を跳ね上げられ、尾獣玉は上空へと飛び去った。里のはるか上空で爆発し、その余波が里の真上から襲うが、忍たちはその圧に一切怯むことはなく―――それどころか、うちは一族の加勢を受け、より激しくより鮮烈に、九尾への攻撃を強めた。

 

 創造再生の術を開放し、負傷した傍から治癒される綱手の、金剛力による止まらぬ殴撃。アカリの仙術による初動の感知と、棍による軸足の足払い。各々の一族の得意とする術による行動の阻害。そして、自来也の仙法・螺旋丸。里の者は個を捨て、有効打を持つ自来也のサポートに徹した。

 木の葉隠れの総力を挙げたその猛攻は、さすがの九尾であっても凌ぎ切れるものではなく、尾獣玉を生成する余裕すら作り出せない。そして―――。

 

「おおおお!! 里の外に追い出したぞおおおお!!」

 

 うちはを含め多くの一族の犠牲を出しながらも、遂に木の葉の忍たちは九尾の化け狐を里の外に追い出すことに成功する。

 腹部から穿ち上げるように大玉螺旋丸の直撃を受け、弾け飛ぶ巨体の横っ面をアカリに殴り飛ばされた九尾は、大きな雄たけびを上げながら、転がるように里の外へ吹き飛んだ。

 だが同時に、大技の連発によって、主力となっていた自来也の体力が尽き、里の者達に再び緊張が走る。

 

 そして―――四代目火影が帰還した。

 

 倒れた巨大な蝦蟇たちと、振るわれる巨大な棍を視認したミナトはすぐさま状況を理解し、九尾の下に駆けだした。忍界最速の俊脚は瞬く間に九尾のもとへとミナトを辿り着かせる。ミナトは走りながら練り上げたチャクラを使い、飛雷神の術を発動する。

 

「四代目!!」

 

「消えた?」

 

「ミナト……九尾ごと飛んだのか……?」

 

 突如として現れ、そして九尾とともに姿を消した四代目火影の姿に、居合わせた忍たちが騒めく。満身創痍の自来也に肩を貸し、綱手がアカリの下へ近づいてくる。

 

「義姉さん。九尾は……」

 

「ミナトの瞬身だ。九尾を連れて飛んだのだろう。何をするつもりかは知らんが、そう遠くない場所にチャクラを感じる……」

 

 アカリが見えない目を仙術で感じるチャクラの方角へ向ける。周囲の者達から感じるチャクラも、九尾が消えたことと四代目火影が現れたことで緊張の糸が切れたのか、揺らいでいるように感じる。ミナトを追い、九尾と再び交戦することは難しいだろう。今動けるのは綱手とアカリのみ。

 

「私はミナトを追う。お前は負傷者の治癒に当たれ」

 

「しかし……」

 

「貴様の創造再生も、無限に続くわけではないだろう。お前が倒れれば、助けられる者も死ぬことになる。残れ。……もし私に何かあれば、畳間とシスイによろしくな」

 

「義姉さん!!」

 

 駆けだしたアカリに声を飛ばすが、アカリは後ろ手に手を挙げるだけ。止まることはなく、夜の帳の中へ消えた。

 

 

 

 

「すぐに……結界を張らないと……」

 

 九尾とともに飛んだミナトは、その場にいたクシナとナルトを救出し、木々の影に隠れた。

 クシナはミナトのチャクラが切れかけていることを察し、瀕死の体で最後の術を使う。

 

 封印術の具現化。金剛封鎖。

 チャクラを鎖として具現化させた鎖を伸ばし、対象を縛り上げるうずまき一族の血継限界。うずまきの血を色濃く受け継ぐクシナのそれは、九尾の動きを封じることさえ可能とする。

 

「ナルト……ごめんね。おこしちゃったね……」

 

 騒音で目覚めた息子の泣き声を聞き、クシナが優しく微笑んだ。

 

「クシナ……」

 

 口端からは留まることなく血が流れ続け、咳き込むたびに喀血を見せる。そんな妻の姿に、ミナトが小さくその名を呼ぶ。

 しかしクシナは痛みを耐え忍び、ミナトに微笑みかける。

 

「ミナト……今まで、ありがとう」

 

「クシナ……!」

 

 クシナの穏やかな口調から、その覚悟を察したミナトは、溜まらず目じりから雫を零す。

 

 クシナは思う。

 渦から木の葉へと生きる場所を変え、迫害を受けた幼少期。辛いこともたくさんあったが、それでも、師に愛され、後の夫に愛され、友と過ごした青春の思い出は、クシナにとって大切な宝物だった。

 愛する人に愛される喜び。愛する人との間に設けた子供の誕生を見届けた。

 自分は幸せだったと、胸を張って言える。

 だからこそ。幸せをくれた木の葉の里を。愛する人が暮らす場所を。自分が過ごした家を―――九尾が蹂躙することは、絶対に許さない。九尾はチャクラの怪物であり死んだとしても時を経て蘇る。だが、今九尾が消えれば、木の葉の里は生きながらえる。ゆえに、クシナは決断を下す。

 

 ―――このまま九尾を道連れに死ぬわ。

 

「ただ……心残りがあるとすれば……。大きくなったナルトを……見てみたかったなぁ……」

 

 目頭が熱くなるのを、ミナトは抑えられなかった。

 涙を流し、しかしミナトも一つの決断を下す。

 

「クシナ……。君が九尾と心中する必要はないよ」

 

「ミナト……?」

 

「君の残りのチャクラをすべてナルトへ封印する。いつかの再会のために、残りのチャクラを使うんだ。九尾は、オレが道連れにする。―――死鬼封尽を使う」

 

「でも……あの術は……!!」

 

 屍鬼封尽。術者の命を代償に、あらゆるものの”魂”を死神の中へ封じるうずまき一族の禁術である。

 

 だが、ミナトまで死ぬことはないと、クシナは言う。

 尾獣を抜かれ、瀕死の体を酷使し、死が確定した自分だけでなく、里を背負う火影であるミナトまで死ぬ必要はないというのに。

 

「クシナ……君を道連れにした九尾の封印は、復活まで人柱力が不在となって、尾獣バランスが崩れてしまう。九尾は、木の葉に残さなければならない。屍鬼封尽で封じる九尾は半分だけ。もう半分は―――八卦封印でナルトに封印する」

 

「ミナト!!」

 

 ミナトの考えは、確かに里のことを考えれば最善であると言える。

 だが、クシナは母親だ。あまりに重い十字架を生まれたばかりの息子に背負わせることは憚られた。

 

「畳間先生の到着を待ちましょう! あの人なら、九尾を封じ込めることが出来る!! 私がこのまま……九尾を止めるから! だから……! ……だから!!」

 

「君の言いたいことは分かる。でも、畳間様が到着するまで、君の命が持つとは限らない。もしも到着を待たず君が力尽きれば……動き出した九尾を封印することは不可能だ。チャクラが残り少ないオレも、殺されるだけになる。それにね、クシナ。自来也先生が言っていた世界の救世主……ナルトこそがそうだと、オレは確信したんだ。この子は人柱力として未来を切り開いてくれる―――。信じよう、オレ達の倅を」

 

 ―――発動。死鬼封尽。

 ミナトの背後に、死神が現れる。

 

「八卦封印に、君のチャクラを組み込む。この子が人柱力として力をコントロールしようとしたとき、君が助けてあげて欲しいんだ。大きくなったナルトに会える時間は、それほど長くはないけれど―――」

 

「なんで!? なんで死鬼封尽なんか!! あなたが死ぬことなんて……ないじゃない!! 人柱力なんて重荷、ナルトに背負わせたくなんかない!! あなたには、ナルトの傍で……成長を見守ってほしかったのに……!! なんで……っ!! なんで……っ!!」

 

 国や里のためにナルトが犠牲になる必要などないはずだ。ミナトが犠牲になる必要などないはずだ。

 クシナは泣きそうな声で、思いの丈を打ち明ける。

 

「国を棄てること、里を棄てること……。それは、子供を棄てるのと同じだよ。国が崩壊した君ならよくわかるだろう? 国を持たない人がどれほど過酷な人生を強いられるか……」

 

 この戦争で、小国のいくつかが壊滅した。ミナトは火影として、そんな人たちを目の当たりにしてきた。そしてそれは、畳間もそうだ。戦国時代、一族が崩壊し、ただ一人残った末裔などざらにいた。そしてその悲惨な人生がどれほどのものかを、目の当たりにして来たのだ。ミナトは火影となった時、畳間にそれを打ち明けられている。

 何があろうとも、里を守る。畳間からの口伝と、実際に目の当たりにしたことで、里を、国を守るという思いは、ミナトの中で何よりも強いものとなった。そして、この身は、その使命から逃れることは許されない。

 なぜなら―――。

 

「……クシナ。オレ達家族は―――忍だ」

 

 ある種の冷たさすら持って、ミナトは妻に言い切った。

 

「それに……これはナルトのためにやることでもある。父親が伝えられるものなんて、母親である君に比べれば、微々たるものだよ。ほんの少しの間であっても……。それに、息子のためなら死んだって良い。それは、父親でも出来る役目だ」

 

 強い決意の宿ったミナトの瞳。

 クシナは自分が惚れたその瞳に、己の負けを悟った。夫婦喧嘩では負けたことなかったのにな、なんて、場違いなことを考えて。

 

「封印!!」

 

 九尾の体から、その魂の半分が引きずり出され、ミナトの体へと封印される。

 九尾はそれを阻もうとするが、クシナの封印は強固で、身じろぎ程度にしか体の自由が許されなかった。禁術による封印は完遂され、あとは八卦封印によるナルトへの封印を残すのみとなる。

 だが―――クシナの体がふらつく。終わりが近づいてきた。

 チャクラの半分を奪われ小さくなった体と、クシナの衰弱による封印の弱体化―――九尾はその隙を見逃さず、爪の一撃を放った。

 

 儀式用の台座に寝かされたナルトへ迫る爪。それに気づいたミナトとクシナが―――ナルトを庇い立ちふさがった。

 二人の胸部を貫通し、なお進む九尾の爪。クシナは自身の体を貫いてなお進もうとする九尾の爪を両腕で握りしめ―――寸でのところで、爪は止まった。

 

「これは……父親でもできる役目、だって……」

 

「母親なら……なおさらでしょ……」

 

「きさまらァ!!」

 

 九尾が怨嗟の声を上げる。

 ミナトは口寄せの術を使い、蝦蟇を一体呼び出した。託すのは、八卦封印―――その封印式の鍵。いつかナルトが九尾の力を使いこなせる実力を身に着けた時、必要になるものだ。

 

「クシナ……。もう、命がもたない。そろそろ八卦封印をやるよ。オレのチャクラも、少しナルトに組み込みたいんだ。……当分は会えない。今、言いたいことを、言っておこう」

 

「ナルト……」

 

 クシナが慈愛の表情を、眠るナルトへと向ける。

 食べ物は好き嫌いせず、たくさん食べること。お風呂には入ること。風邪をひかないように、体を温めて、夜更かしをせず、いっぱい寝ること。

 友達をたくさん作ること。たくさんじゃなくても、本当に信頼できる友達をみつけること。

 勉強や忍術を頑張ること。先生や先輩を敬うこと。

 忍の三禁のこと。貯金はちゃんとして、変な女に引っかからないように。お酒は二十歳になってから、体を壊さないようホドホドに。綱手や自来也のような、お金や女にだらしない忍にはならないように、気を付けて。

 

 生まれたての息子への長いお説教を聞いて、ミナトが困ったように笑う。

 

「ナルト……これから、辛いことも、苦しいことも……たくさんある……」

 

 人柱力は、迫害を受ける。クシナは人柱力としての役割を秘匿され続けていたが―――忍の世界において、人柱力の運命など、決まっている。これから息子を待つ過酷な運命を思えば、クシナは涙が止まらなかった。

 

「夢を持って……自信を持って……」

 

 クシナが言葉に詰まる。

 

「もっと……もっと……。もっと……! もっと……!! もっと……!!! もっと……いろいろなことを一緒に……一緒に……教えてあげたい……! もっと一緒にいたい……。ナルト……愛してるよ……」

 

「……」

 

「ミナトごめん、私ばっかり……」

 

「ううん、いいんだ。……ナルト。父さんの言葉は……」

 

 ―――口うるさい母さんと、同じかな。

 

 そういって穏やかに笑い、ミナトが封印術を施行する。

 

 ―――八卦封印。

 

 静けさが、夜を覆った。

 

 

 

「ミナトのチャクラが……消えた……」

 

 ミナトのチャクラを道しるべに森の中を掛けていたアカリが、その道標を失い、森の中で足を止める。

 

「いや……わずかに、チャクラがある。これは……クシナと……赤ん坊か?」

 

 小さく、しかし確かな命の鼓動を打つチャクラを感じ、アカリは再度駆けだした。

 たどり着いた先にあったのは、抉れた地面と、飛び散った血。血の海の中で倒れる四代目夫妻と、台座の上で静かに眠る赤ん坊。

 

「何が……クシナ!!」

 

 アカリがクシナの下へ駆けつける。

 九尾を抜かれ、胸に大穴が開いてなお、クシナは生きていた。間近で水蒸気爆発を受けてなお最終的には全快した畳間という前例も知っているが、やはりうずまき一族の生命力はすさまじいものがある。

 

(だが、これはもう―――)

 

 その身を抱き上げることすら、ただ悪戯に苦痛を増やすだけになる。もう、どうしようもない。

 アカリはクシナの傍に膝をつき、その最期を看取ろうと声を掛ける。

 

「クシナ……」

 

「アカリ……さん……。ナルトを……息子を……」

 

「クシナ!!」

 

 突如、男の声が届く。

 

「畳間、貴様今まで……」

 

 聞き知った声は、夫である畳間のものだった。

 アカリは、今まで何をしていたのかと畳間を叱責しようとし、体中に付着した血痕に絶句する。

 

「これはオレの血じゃない。それより、クシナ……! すまない、遅くなった……ミナトは……」

 

 そして畳間は、傍に倒れ伏す、血に塗れこと切れた背中を見て、絶句する。

 

「ミナト……お前……」

 

 畳間の伸ばした手と、零れ落ちる声が震える。

 

「た、たみま……せん、せい……」

 

「クシナ……」

 

 理解が追い付かない。しかし、クシナが今、その生を終えようとしていることは、畳間にも分かった。弟子が残そうとしている最後の言葉。聞かねばならぬと体が動き、畳間はクシナの傍に膝をつき、顔を寄せた。かすれた声を、聞き逃さないように。

 

「ナルトが……」

 

「ナルト……? お前たちの子か……」

 

「ナルトが……人柱力に……。九尾を……」

 

(生まれたばかりの子供を人柱力にしたのか……。九尾の気配を感じないのは、それで……)

 

「せん……せ……。ナルト……を……おね……が……」 

 

 言い終わらぬうちに、クシナの体から力が抜ける。アカリは静かにクシナの眼を閉じ、首を振る。

 

「――――」

 

 力なく垂れたクシナの手を、畳間は握りしめる。温もりはまだ残っているというのに、命の鼓動をそこには感じない。

 

「―――」

 

 クシナが死んだ。

 ミナトも、死んだ。 

 あまりにも過酷で悲惨な現実に、畳間の目じりから涙が零れる。

 

「なんで……」

 

 ぽつりと、畳間の口から言葉が漏れる。

 

「なんで……お前たちなんだ……。クシナ……ミナト……っ!」

 

 先生先生と己を慕ってくれた生徒。その笑顔は、今でも思い出せる。

 兄のように、信頼を向けてくれた教え子。共に歩み、共に里を守る日々。共に悩み、共に笑った。苦しいこともあったが、その日々に、畳間は楽しさすら感じていた。

 

 ―――なのに。

 

 何故、ミナトなのだ。何故、クシナなのだ。どうして彼らが死ななければならない。ミナトこそが、クシナこそが、これからの世を、里を、未来を、切り開いていく存在であったはずなのに。子供が生まれたんだ。これからその子とともに、ナルトともに―――彼らは賑やかで忙しい、大変で幸せな日々を、過ごしていくはずだった。

 

「ふええ……」

 

「よしよし。大丈夫だぞ、ナルト……。私たちが守ってやるからな……」

 

「アカリ……」

 

 ぐずるナルトを、アカリは穏やかにあやしていた。

 冷静、などではない。アカリもまた、静かな怒りと深い哀しみをその身に宿している。それでも―――それを表に見せないのは、アカリもまた、忍だからだ。

 

「畳間。里は、自来也を始めとする皆の尽力で被害は最低限で押し留めた。だが、終わりじゃない(・・・・・・)

 

「……」

 

 畳間はじっとアカリを見て、しかしアカリは畳間に目を合わせない。親を亡くしたことも分からず、ただ泣き喚く赤子を静かにあやしている。言わずとも、今のお前なら分かるだろうと言う信頼だった。

 多くの別れを経て、子を設け、畳間は心身ともに強くなった。耐え忍ぶ強さを育んできた。

 

 思考を広げる。里の被害は最低限で食い止められた。四代目火影夫妻の尽力で、九尾もまた再封印された。しかし、それで終わりじゃない(・・・・・・・・・・)。冷戦に移行しようとも、木の葉は戦時中。どこまで陰謀が渦巻いているのか定かではないが、木の葉が九尾の襲撃を受けたという情報は、すでに掴まれていると考えて動くべきだ。直前、木の葉の前線拠点は襲撃を受けていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)という事実もある。木の葉が壊滅的被害を受け本陣が弱っているこの状況を、敵が見過ごすはずがない。

 

 『四代目火影』は……畳間の愛すべき友は、木の葉隠れの里を守った。為すべきことを為し遂げたが、それでも、彼は志半ばに―――その生涯を終えた。

 

 ならば遺され、託された者が為すことは?

 哀しみに打ちひしがれることではないはずだ。その意思を絶やさず、受け継ぐことだ。畳間はそれを、学んだのだ。

 

「そうだ。終わりじゃない。木の葉は―――終わらせない」

 

 友の死を、教え子の死を。託された思いを。受け継いだ意思を―――決して無駄にはしない。

 

 ―――次は、オレの番だ。

 

 畳間は立ち上がり、封印術の術式を展開した。その範囲内に四代目夫妻の遺体を収めると、飛雷神の術で里へ飛んだ。

 崩壊を免れた千手邸。そのベッドにナルトを寝かせたアカリと畳間は、それぞれ四代目夫妻の遺体を横抱きに抱えると、千手邸を去る。

 慰霊碑のある広場へ向かい、白い布を敷いて、そこに二人の遺体を横たえる。今後、ここが九尾の襲撃で亡くなった者達の遺体を安置する場所となる。

 畳間はアカリの案内のもと、戦場となった場所へ向かい、自来也たちと合流する。

 

「畳の兄さん……」

 

「お兄様……その血は……」

 

 綱手の治療を受けていた自来也が、血まみれの顔を畳間に向ける。綱手はアカリと同じように、畳間の体に付着した血痕を指摘するが、畳間は同じように「オレの血じゃない」と返す。

 

「ミナトは……?」

 

 恐る恐ると言った様子で、自来也が訊ねる。畳間は静かに首を振り、自来也は絶望したように顔を伏せた。自来也だけではない。畳間の所作を見た忍たちは、皆一様に絶望に表情を青ざめさせている。しかし畳間は、告げなければならない。絶望の追い打ちを、掛けなければならない。

 

「先ほど、九尾襲撃と同時刻、木の葉の前線基地が白い人型の化け物の大軍に襲撃された。その指揮を取っていた、首謀者と思われる女(・・・・・・・・・)はオレが殺害したが……。里が、本陣が九尾によって壊滅させられ、国境付近の拠点を維持することは不可能となった。そしてこの隙を、他里が見逃すはずがない。数日もしないうちに連合の大軍が、この里に押し寄せるだろう。―――火の国に散った木の葉の全戦力を里に招集し、これを迎え撃つ」

 

 ざわめき。当たり前だ。里にいる戦力の半分が、九尾によって殺害された。家々は崩壊し、里を守る壁すらも倒壊している。勝てるはずがない。絶望しか、残されていなかった。

 

「現在、”白い牙”を始めとした志願兵が殿として拠点に残り、時間を稼いでくれている。他の拠点にも救援と連絡が必要だ。残されたわずかな時間で、迎撃の準備を終えなければならない」

 

 勝てるわけがないと、誰かが零した。誰も反論せず、その言葉は重しとなって、皆の心に圧し掛かる。

 皆の絶望は分かる。だが、それでも、畳間は諦めるわけにはいなかった。誓ったのだ。里を守ると。祖父でもない、叔父でもない。今を生きる家族と、自分自身に―――誓ったのだ。

 

「……どうか、立ち上がってほしい。この火急の事態に在って里を不在にしていたオレが……失敗ばかりだったこのオレが言っても、届かないかもしれないが……。オレはこの里を愛している。友が、英雄たちが守った木の葉隠れの里を……守りたい。皆を、家族を、失いたくない……っ! 木の葉隠れの同胞たちよ……オレの家族たちよ……! どうか……どうか……!! オレに……力を、貸してくれないか……!!」

 

 深く深く、畳間が頭を下げる。かつての畳間からは考えられないその姿は、畳間が憎悪に染まっていたころを知り、また戦地での畳間を知らない者達の心に波紋を広げた。

 

 何をすれば良いと、男が一人前に出る。意識を取り戻し、この場へ駆けつけていた、うちは一族の当主であるフガクだった。続くように、うちは一族の者達が立ち上がる。

 畳間が顔を上げる。思わぬ者から真っ先に掛けられた言葉に、畳間が驚いたように目を丸くする。

 

「何を驚いているのか。あなたが言ったんだろう? うちはも千手もない、オレ達は木の葉の家族だと」

 

「フガク……」

 

「……いてて。……畳の兄さんにそこまでされたら、ワシも動かんわけにはいかんのォ」

 

「はあ……、過労で老けちゃいそう」

 

 自来也と綱手が立ち上がる。

 大蛇丸が戻れば、伝説の三忍が集結する。そして、千手一族とうちは一族という、木の葉においても犬猿の仲で知られていた二つの一族が手を結んだ。

 初代の時代より、前線で戦い続けて来た千手と、里を守り続けていたうちは。最強の矛と盾が、今、木の葉の名のもとに一つとなった。

 居合わせ絶望していた忍たちが、次々と顔を上げていく。

 

「……畳間。実際、どうなんだ。策はあるのか?」

 

 アカリの問いかけに、畳間が頷く。

 畳間は周囲を見渡した。絶望に顔を伏せている者は、もういない。皆一様に、真摯な瞳で、畳間を見つめていた。

 

「どうか、助けて欲しい。皆の力が……必要だ」

 

 畳間の戦果は、木の葉に知れ渡っている。三代目雷影を撃破し、三代目土影を退け、砂隠れを黙らせた―――第三次忍界大戦の立役者。いかなる理由か写輪眼と木遁を併せ持つ、木の葉の昇り龍。後進に席を譲り、四代目を継ぐことこそ無かったが、その実力は四代目火影すら越えると噂される、千手一族の当代。

 そんな男が、助けを請うた。千手やうちはと比べれば頼りないその身に、「助けて欲しい」と頭を下げた。

 忍たちは胸の内に広がる熱を自覚した。自然と隣の者の顔を見渡して―――すとんと、胸に何かが落ちるような、不思議な一体感を抱いた。

 そして―――皆が立ち上がる。

 

「……ありがとう。オレの家族たち。守り抜こう……里を。オレ達の……故郷を」

 

 ―――決戦だ。

 

 皆の雄たけびが重なり、木の葉という一つの生き物の叫びへと変わる。

 

 ―――木の葉隠れ史上最大にして最悪の戦いが、幕を開ける。




あと少しで戦争編が終わる……

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