綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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続く者のために

 夜の帳が下りた木の葉隠れの里。夕食を終え、子供たちが寝入り、静けさに包まれる千手邸の縁側に、畳間とアカリの姿があった。

 月の光に照らされる、畳間が育てた盆栽の数々。それらを、アカリの膝に頭を預けて横になった畳間がじっと見つめている。

 

「アカリ……お前にオレの盆栽を見せられないのが残念だ」

 

 アカリは現在仙術を使っておらず、猿魔もいない、二人きりの時間である。

 畳間の頭に愛おし気に触れながら、アカリが笑う。

 

「それを言うなら、私は月も見えないぞ」

 

 畳間はアカリの膝枕が好きだった。それは幼少期に己の生まれゆえに親からさほど愛されなかったことの裏返しである。

 月の光を浴びて、自分の盆栽を眺め、アカリの温もりを感じる―――畳間にとって至福の時間。だからといって、アカリに益が無いわけではない。アカリは畳間に甘えることが好きだが、同時に、畳間に甘えられることも好きだった。

 

「アカリ……前から思ってたんだけど」

 

「なんだ?」

 

「真上を見たら、お前の顔が見えるなって」

 

「……死ねボケ」

 

「いてっ!」

 

 言外に胸が小さいですねと煽られたと受け取り、アカリがぐいと畳間の髪の毛を引っ張った。

 

「ちが、いや、違わないけど……いてえ!」

 

 再び髪を引っ張られて、畳間が痛みに涙をにじませる。

 

「月の光に照らされるお前の顔が好きなんだって!!」

 

「……」

 

 ムードも無く口早に言い切った畳間に、アカリは髪の毛を掴んでいた手を放し、再び髪を撫で始めた。尻尾があれば大きく振られているだろうなと思わせる、よしよしよしよしというような手の動きである。

 

 穏やか―――とは言い切れないが、優しい時間。畳間もアカリも、戦争が終わってからは毎日のように、寝る前には二人で縁側に並び、夜の静けさの中にいることを好んだ。それは激動の時代を生きたがゆえに、静寂という平和を感じられる一時を好むようになったからだった。そして、激動の時代の中で世を去った者達を偲ぶためでもある。

 

「信じてたんだ……ずっと。こんな”時”が、来ることを」

 

 ぽつりと、畳間が言った。

 祖父の膝の上で居眠りを扱いた幼年期から、長い時が流れた。戦争の中にあって、いつかまたそんな穏やかな時が来ることを、畳間はずっと信じ続けていた。それが叶ったことが、畳間は本当に嬉しかった。

 

「……頑張ったな」

 

 感慨深く月を眺める畳間の額を、アカリが優しく撫でる。

 

「明日……里を発つ。小国で、五影会談を開き……五大国で和平を結ぶ」

 

「……」

 

「……どう思う?」

 

「なにがだ?」

 

「……真数千手を使うには、今はまだ、アカリと自来也の仙術チャクラが必要になる。だが、他の里はそのことを知らない。あの決戦で植え付けた恐怖は大きいだろう。やろうと思えば、優位な条約を一方的に押し付けることもできる。だがオレは……」

 

「今更何を言っとるんだバカ者。お前の火影襲名式―――あの襲名の挨拶を聞いたうえで反対する者など木の葉にはおらんわ」

 

「……悪い。うまくやれるか、ちょっと心配になってさ」

 

「だろうと思った。お前、本当に、ほんとぉーに、ヘタレだな!」

 

「自覚してる……」

 

「まったく……。しっかりしろ。私の……火影様」

 

 畳間の髪を梳き、そして―――アカリはその額に唇を落とした。 

 

 

 

 

「第二次、第三次忍界大戦を経て―――こうして各五大国の五影が集い五影会談が出来ること……。本当に、本当に……嬉しく思う」

 

「……」

 

 小さな国の、ある大きな屋敷の中―――一堂に集った五大国の五影たちが、円卓に腰かけている。

 

 最も信頼できる部下として選んだ『はたけカカシ』を傍に控えさせ、畳間が小さく頭を下げて、感謝の意を示す。しかし雲、岩、砂の影たちはそれぞれ服の下の、飛雷神のマーキングを付けられた場所をさすり、警戒するように畳間を見つめている。

 

「我ら木の葉の呼びかけに応えてくれたこと、感謝する」

 

「……ただで応えたわけではない」

 

 四代目雷影が不服そうに告げる。

 

「我らに付けられたマーキング……。これを消すことを前提とした、会談の参加だ」

 

「オレはマーキング付けられてないし、霧としても”義理”があるから、別に思うところは無いけどな。平和になるってんなら、反対する理由も無い」

 

 木の葉の内通者となった西瓜山河豚鬼の庇護のもと、三代目水影死後の霧を纏めるため、若くして四代目水影を継いだ人柱力の少年―――やぐらが、畳間に笑いかける。

 かつて憎しみを耐え忍び見逃した霧の忍びたち―――平和の種が、今ここに来て他里でも芽吹き始めている。畳間は嬉し気に目を細めた。

 風影は隈をこさえた顔で、覇気のないやつれた表情を浮かべ、疲れ果てた瞳で、畳間たちの会話を聞いていた。オオノキもまた、怯えを隠せない様子で、畳間を恐ろし気に見つめている。

 

「では……本題に入りたいと思う」

 

 畳間が言う。やぐらを除き、影たちは事前に聞いているとはいえ、これから畳間が言わんとする協定の内容に肩を強張らせた。

 

「―――あなたたちが望んだ、『口寄せ・穢土転生』の国際禁術指定法の制定を、木の葉隠れは受け入れる。木の葉隠れの里からは、不慮の交戦においても、上忍クラスによる下忍クラス殺害の禁止を望む」

 

「それは構わん。我らも、多くの同胞を失った。以後、子供たちまで失うのは忍びない。だが……」

 

 最後に言葉を濁らせて、雷影が言う。

 雷影が渋っている条約の内容を、畳間は意を決して、続ける。

 

「そして―――かつて初代火影が収集し分配した七匹の尾獣。加えて砂が持つ一尾。これらを、木の葉隠れの里に明け渡してもらう。それが、マーキングを消す条件だ」

 

「……ふざけるなよ、火影!」

 

 四代目雷影が、唾を飛ばすように怒鳴り声をあげた。雷影の隣に控える雲の人柱力―――そのうちの一人、キラー・ビーは、雷影にとって本当の家族よりも強い絆で結ばれた兄弟分である。畳間の言う通りにするということはつまり、兄弟分を売るということになる。加えて雷影は、もともと仲間思いの性格だ。畳間の提案は、雷影にとって、到底容認できる内容ではなかった。

 だが畳間は臆さず、言葉を続ける。

 

「無論、条件はある。人柱力が影を担っている霧には、尾獣の代わりに、賠償金とは別に、相応の金額を支払っていただく。他の里も、同様だ。人柱力や尾獣を木の葉に渡したくないのなら、相応の金額を支払っていただくことになる。それに、永遠にという訳ではない。和平条約が正式に結ばれた暁には、それぞれの尾獣と人柱力は、それぞれの里へお返しする。無論、払っていただいた金額も同様に」

 

「霧に異論は無い」

 

 やぐらが言う。

 

「木の葉に買収されたか!」

 

 雷影がやぐらに怒鳴るが、やぐらは呆れたように言った。

 

「あのさ、はっきり言って、この協定に木の葉のメリットは無いに等しい。金も、尾獣もいずれ返してくれるって言っている」

 

「そんな保証は無い! 人柱力を殺し、木の葉の者を新たな人柱力にするつもりかもしれん!」

 

 雷影が食い下がるが、やぐらは呆れたように肩を竦めた。

 

「そりゃ、裏切り者たちは疑心暗鬼にもなるだろうさ」

 

「貴様!」

 

「―――四代目雷影。第二、第三と続いた大戦において―――一度でも、木の葉側から仕掛けてきたことがあったか? 木の葉から条約を破ったことがあったか? 約束と平和をぶち壊したのは、いつもオレ達からだった」 

 

「……」

 

 やぐらの言を受け、雷影が沈黙する。

 

「影たちであれば掴んでいると思うから言うが、霧隠れは三代目の時代よりここ数年、仲間同士ですら殺し合う……血霧と呼ばれるほど血生臭い、地獄の闇の中にいた。初代、二代目水影の時代―――霧と木の葉は友好的だったとは到底言えず、むしろ殺し合う仲で……。実際、二代目水影は”五代目火影”の先生を……殺している。さらに霧は、三代目水影の時代になって、他の里とともに木の葉を袋叩きにしようと目論んだ。恨まれても、当然だった。だが、木の葉隠れはそうはしなかった。木の葉隠れの里は……五代目火影は、あの地獄の渦中にあってなお、助けを求めた霧に手を差し伸べてくれた。オレは……いや、『霧隠れの里』は五代目火影・千手畳間を……そして、この男を『五代目火影』と選んだ木の葉隠れの里の者たちを、信じることにする」

 

「水影……」

 

 感動が込められた呟きが、畳間の口から零れる。

 やぐらは畳間にウインクして返答し、側近としてやぐらの傍に控える河豚鬼が目頭を押さえた。

 

「財源も、軍事力も失った砂に、選択肢はない。人柱力を……我が息子である我愛羅を、木の葉に渡す」

 

「ありがとう、四代目風影。……以前、戦闘中にあなたから奪い取った砂金の山には、手を付けていない。この五影会談の後、平和協定が結ばれた暁には……融資と言う形にはなるが、無利子で全額をお渡しすることを、この場で約束しよう。……カカシ」

 

「はい」

 

 カカシが懐から巻物を取り出し、風影に見えるように巻物を広げる。

 

「ここに、砂金のすべてが封印されています」

 

「おお……! おお……! なんと……なんと……っ! 火影殿……!! 御温情、感謝する……っ!!」

 

 財源を失い、多くの忍びという労働力や傀儡をあの決戦で失った砂隠れの里は、もはや存続の危機にすら晒されるほど追い詰められていた。風影は退任を迫る風の国の大名をなんとか抑え、そして戦後から今まで、それこそ不眠不休で政務に明け暮れていたのである。里の民が、今日を食うにも困るほど追い詰められ疲弊していく様を見続け、何とかしようと足掻き、それでも叶わぬ現実に苦しんできた。そんな過酷な環境にあって、突如差し込んだ思いもよらぬ光明に、風影は涙すら滲ませて、机に頭を擦り付けた。

 

「頭を上げてください、風影殿」

 

「上げる頭があるものか……っ。木の葉包囲網を扇動したのは、他でもない我が砂隠れ。この私だ! あれほどの戦力を以てして敗北し、さらには情けすら掛けられ……。そして、情けなくもその温情に縋らねばならぬ……! わが身のなんと身勝手で、なんと浅ましいことか……っ!!」

 

「いえ……風影殿にも……砂隠れにも、やむを得ぬ事情があったのでしょう。初代風影殿の時代より、生産性が低い土地で苦労していることは、私も存じております。三代目風影殿の事件も、それに拍車を掛けてしまった。ただ……三代目風影殿を害したのは私ではないということは、どうか信じて欲しい」

 

「……無論。短慮だったことを……いや、これまでのすべてのことを、お詫びする」

 

 風影が頭を下げ続けるのをやんわりと諫めながら、畳間は穏やかな微笑みを浮かべる。

 火の意志が伝わっていくのを、畳間は感じていた。耐えがたきを耐え、忍び難きを偲び―――その果てにある本当の夢へ近づいていくのを、畳間は確かに感じていた。

 長年険悪であった砂隠れとの条約を結べた暁には、自身が生み出す木材を格安で譲ろうなど、この先の友好関係を、畳間は考える。砂隠れは先ほど言ったように、昔から貧困に喘いでいた。戦争を始める理由も、かなり切実なものがある。困っているのは、真実だろう。

 

 ゆえに畳間は砂隠れに、手を差し伸べたいと考えている。そこに、慈悲の心は確かにある。

 ―――だからといって、ただ施しを与えるというわけでは無い。そんな甘さは、畳間には無い。長年険悪で、一番戦争に近い立場にいる砂隠れと友好を築くことが出来れば、平和に大きく近づくからである。

 

 物資の供給を木の葉に依存させることで、戦争の気概を無くし、戦争を始めることのデメリットを大きくする。格安で品物を下ろし、風の国の商人たちを味方につけて飼いならす―――とまでは言わないまでも、懐柔し篭絡し、木の葉に敵対する意思をそぎ落とす。肥沃な土地を持つ火の国ならば、それが出来る。そして戦争の気風がもしも立ち始めれば、こう告げるのだ。

 ―――物資の供給を止める、と。

 商人たちはこぞって火の国に味方するだろう。食料、忍具―――あらゆるものを押さえ、戦争を準備段階で頓挫させる。その布石。

 

 人柱力のこともそうだ。もはや尾獣は、木の葉にとって―――畳間にとって、敵ではない。暴走したとしても、多少の犠牲は出たとしても、容易に鎮圧することが出来る。ゆえに畳間は暴走と言うリスクを抱えてなお他里の人柱力を木の葉隠れの里に迎え入れ―――火の意志と言う思想を叩き込む腹積もりである。

 しかし、人柱力は忍びだ。戦争に成れば、あらゆる情を棄て、木の葉に敵対するだろう。戦争が始まれば、それらの努力も水泡に帰す。だが―――戦争になる前ならばどうだろうか?

 

 少なくない時間を木の葉で過ごし、火の意志を知り、里の者達が抱く気高き忍び耐える覚悟を見て、友好を育んだとすれば―――人柱力の者たちはきっと、木の葉との戦争を止めようとしてくれるだろう。戦争と言うものを根本から発生させないよう、努力してくれるはずだ。

 そして―――”影”はそんな人柱力たちの言葉を、決して無視することができない。人柱力の者たちが里の者に恐れられ、あるいは毛嫌いされようとも―――戦争を左右するその戦力の高さがゆえに。

 

 それはやはり、仮初の友好なのだろう。下心の無い、真心の友好ではないのだから。だが、二度も攻撃され、滅亡寸前にまで追い詰められた木の葉隠れの里は、もはや疑心暗鬼からは逃れることは出来ない。どれほど火の意志を抱き、どれほど強く耐え忍ぶ覚悟を抱こうとも、「もしや……」と、疑ってしまう。木の葉が受けた傷は、それほどに大きい。この戦争を知った世代で、心の底からの友好を築くことは、もはや不可能だろう。それほど、大きな戦いだった。

 だからこそ、畳間は種を撒くのだ。後に続く者が、次の時代を生きる者たちが、真の友好を、里を越えた友情を育める。―――そんな、平和の種を撒くのだ。

 

「ワシ等岩隠れも、異存は無い……。じゃが、人柱力を渡すか、金銭にするかは、考えさせてくれんか……」

 

 岩隠れは唯一、労働力が豊富に残っている里だった。金銭的な余裕もある。他の三里に比べれば、比較的木の葉に強く出られる里である。

 だが、オオノキの言葉に力は無く、表情には覇気が無い。完全に心が折れている様子だった。

 それも当然だろう。オオノキは唯一、真数千手のすべてを、その眼で見続けた忍びだ。

 塵遁で防御していたとはいえ、巨大な拳の流星群を、文字通り間近で目の当たりにしている。塵遁の防御が届かず、文字通り消し飛ばされていった忍びたちを目の当たりにしている。その圧倒的な力を、恐ろしいほどの力の差を、その骨の髄にまで叩き込まれている。いつチャクラが切れるやもしれぬ中、終わらない真数千手の攻撃―――数秒が、数時間にすら感じられるようなあの恐怖の時間を、オオノキははっきりと覚えている。

 逆らい、異を唱える気力など、もはや持ち合わせてはいなかった。

 

 正直に言えば、オオノキは五影会談になど参加したくなかった。畳間の顔など、もう見たくなかった。逃げ出してしまいたかった。

 そんなオオノキがなぜ今もなお土影を背負っているかといえば、あの決戦で生き残った者達が、命を救ってくれたオオノキを支持しているからである。土下座してまで影の責務をやり遂げ、仲間たちを守り切ったその背中に、尊敬を抱いているからである。そして戦力的にも、血継淘汰を持つオオノキ以外に、影を背負える者がいない。引くに引けない状況―――オオノキにとって、それは地獄だった。

 

「くっ……貴様らぁ! ワシは断じてビーはやらん! やるぐらいなら、戦争だ!」

 

「雷影!!」

 

 やぐらが怒鳴る。

 

「雷影、貴様!! 我ら四国が手を組み、雷の国を叩くこともできるのだぞ!!」

 

 木の葉のときのように、とはさすがに口に出さない風影である。しかし、風影も必死だった。辛うじて差し込めた復興への光明を手放してなるものかと、鬼気迫る表情である。ここで畳間に機嫌を損ねられ、先の言葉を反故にされてはたまったものではない。それこそどんな手を使っても、木の葉にすり寄るよりほかに、砂隠れの生きる道は無いのである。

 

 ―――衝突音。 

 机に硬いものが当たる音が響き、皆が一様にそちらへと視線を向ける。

 畳間が、頭を机に擦り付けていた。

 

オレ(・・)たちは今まで、うまくいかないことだらけだった。互いに殺し合い、憎しみ合う時間を、あまりに長く過ごしてしまった……。いきり立つのも、理解できる。我ら各々、同胞や家族、里や国を守るためにやってきたことだ……。致し方ないときもあった。そして今日、五影協定がうまくいったとしても、それがどこまで続くかも、正直分からない。皆が、オレの力に怯えていることも、分かってる。もしかしたら、力で押さえつけているだけなのかもしれない。だが……っ!!」

 

 畳間が頭を下げたまま、拳を握り力を入れる。その手は―――震えていた

 

「オレはいつか……いつの日にか、これから先……一族も、里も、国も関係なく、忍びが協力し合い助け合い、分かり合える日が来ると……夢見ている。思うところもあるだろう。疑いを抱くのも無理なきことだ。だが……もう、子供たちを死なせたくないのだ。木の葉だけではない。霧も、砂も、雲も、岩も……我らの後に続く子供達が、少しでも長く……笑顔でいられるように……っ! だから……どうか……! どうか……!」

 

「五代目様……」

 

「昇り龍……」

 

 カカシは畳間の火影襲名の挨拶を聞いているがゆえに、そして戦争中であっても必死で終戦のために動き続けて来た畳間を見続けているがゆえに、頭を下げる畳間を止めた方がいいのかどうするか、困ったように見つめた。

 オオノキが、驚きに目を丸くする。畳間の恐ろしさを知るがゆえに、そんな男が恥も外聞も無く頭を下げたことに、驚きを隠せなかった。先の決戦で命乞いのために土下座をした自分とは違う―――平和と言う夢のための、真摯な願い。

 かつて、オオノキは二代目無から、千手柱間のことを聞いたことがあった。本来なら他言無用の、初代五影会談―――その会談の中での、千手柱間の言動。かつて伝え聞いたものと、瓜二つではないかと、オオノキが息を呑む。 その気になればここにいる者たちを皆殺しに出来るほどの者が、こうまでして望むものが、子供たちの笑い合える日々。

 果たして――畳間と同世代の頃の自分(オオノキ)が、同じことをできただろうか。多くの同胞を殺した敗戦国に、戦勝国が頭を下げる。そんなことが―――。

 一国の長として、それは正しい行いではないのだろう。ともすれば舐められ兼ねない暴挙とも言える。

 オオノキは思う。ここまでして守りたいものが、自分には……あるのだろうか。いや―――あったのだ。確かに、あったのだ。

 

 かつてまだ幼いころ。戦国時代が終わり、里が興って間もなく、戦争も知らない子供だった頃。祖父である初代土影イシカワのもとで、修業に励んだ幼少期。祖父より譲り受けた石の意志と、夢。

 うちはマダラとの戦いにもならぬ戦闘を経て”己”を棄てた自分。

 地獄の戦争を生き抜き、親しき者達を次々に殺されてなお、信念を貫き通し、故郷と家族を守り切った『五代目火影』。この差は―――。

 オオノキは自分のしてきたことを、思う。忍術と政治の才能に己惚れ、自分ならばやれると火の国を切り崩しに掛かった。和平を懇願した目の前の男や、今は亡き四代目火影の想いを蹴り、戦争を続けた。得たものは恐怖と、失意。失ったものは、多くの同胞。

 だが、木の葉はより多くの同胞を失っている。怒りに任せ、あの決戦で見せたあの規格外の術で、他の里を殲滅することもできるはずだ。それでもなおこの男はそうはせず、それどころか、自分たち仇敵に情けを―――。国や里の利権ではない。見栄や矜持のためでもない。未来ある子供たちのためにと、その憎しみと怒りを耐え忍んでいる。

 己を失って久しく、先の大戦で失意に陥り虚空を漂っていたオオノキにとって、その姿はあまりにも眩しく―――。

 

「―――勝てんのぅ……」

 

 ―――オオノキの心の中。苔むしていた石から、眩い光が漏れだした。

 

「オオノキの爺……!」

 

 腑抜けたとは思ったが、そこまでだったか―――雷影はそう暴言を吐こうとして、想いもよらぬ者に止められた。

 

「ブラザー」

 

「ビー……」

 

「火影の言ってること正論! オレ達の言ってること暴論! 火影は頭上げろ♪ 拳をオレに向けろ♪」

 

「え……? こうか?」

 

 空気を破壊したビーが拳を向けている。特に交戦の意志は無いようなので、畳間は同じように拳を握り、手を伸ばす。

 拳が、こつりと当たる。

 

「……マジかよ」

 

 ビーが普段のラップ調も忘れて、ぽつりとつぶやいた。

 

「ブラザー。火影の言ってること本心! 木の葉行っても安心!」

 

「ビー、お前まで!」

 

「驚いたな。心を読めるのか……?」

 

「拳を合わせればだいたいわかる」

 

「すげえな、お前」

 

「何を和解しとるんだ! ビー!」

 

「ブラザー、行かせてくれ。火影の子供たちを守りたいというのは本当! それを突っぱねるのは不当!」

 

「……火影。ビーになにかあれば、許さんぞ」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 仲間想いな奴なんだなと、殺し合いでしか関わってこなかった相手の側面を知り、畳間が嬉し気に笑った。

 

 

 

 

 ―――数年後。

 

 日暮れを迎えた木の葉隠れの里。

 仕事を終えた畳間は、お菓子類を両手に抱え、そして持ちきれない分をカカシに持たせて、二人で帰路についていた。

 

 畳間の自宅―――を通り過ぎ、その隣に立つ、大きな屋敷へと足を向ける。

 

「畳間さん、お帰りなさい! みんな、畳間さんが帰って来たぞー!」

 

 屋敷の正門に近づいたとき、正門の外で掃き掃除をしていた顔に横一文字の傷を持つ青年―――うみのイルカが畳間の接近に気づき、大きな声を出して、屋敷の中の皆に伝える。

 そして―――出て来るわ出て来るわ。わーわーとはしゃぎ声を出しながら、数え切れないほどの子供たちが駆けだしてくる。

 

「ちょ、お前ら、おちつけ!」

 

 畳間は瞬く間に子供たちの波に押し流される。カカシは宙にお菓子をばら撒くと目にも止まらぬ速さでその場から消えた。裏切り者めと言う前に、畳間が子供の波の中に呑み込まれた。

 倒れた畳間に覆いかぶさりへばりつく子供がいれば、畳間からお菓子だけ掻っ攫って離れていく子供がいる。さらに、お菓子を掻っ攫った子供が、また別の子供にお菓子を奪われて泣いている。大騒ぎである。

 

「おとなしくしろー!!」

 

 そして、頭、肩、足、胸―――体のさまざまところを子供たちにしがみ付かれたアカリが、遅れて現れる。

 

「撤収!! 屋敷に戻ったら、手を洗ってうがいをするように!! お菓子は食べても良いが、夕ご飯の後!!」

 

「はい!」

 

 片手にはおたまを、片手にはフライパンを持ち、がんがんと打ち付けながら撤収と合図を出せば、練度の高い軍人のように子供たちが駆けだしていく。

 

「大丈夫ですか? 畳間さん」

 

「ああ……あいつらも飽きないな……」

 

 子供たちの襲撃と同時に、箒を持って避難していたイルカが現れて、畳間に笑いながら声を掛ける。畳間は周囲を見渡して持ち帰ったお菓子がすべて消えていることを確認すると立ち上がり、衣服に付着した土ぼこりを掃った。

 

「それだけ畳間さんのことが好きなんですよ、あいつらも」

 

「ありがたい話だよ。お前も」

 

 イルカの頭を撫でて、畳間が笑う。イルカは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに口の端を緩める。

 

「……しかし、本当に出ていくのか? 中忍になるまでは、ここにいても良いんだぞ」 

 

「いいんです。オレも、独り立ちしなきゃ」

 

 イルカが振り返り、屋敷を愛おし気に見つめる。

 木の葉隠れの家―――それが、この屋敷の名前である。ネーミングは畳間だ。安直である。

 戦後、火影となった畳間が一番最初に手掛けた事業。それが、戦争や九尾事件で親を失った子供たちを引き取り世話をする孤児院の設立だった。戦争で数を減らした千手一族の屋敷を解体し、巨大な屋敷を新たに建て、そこに子供たちを引き取った。千手邸とは廊下で繋がっているが、基本的に、畳間やアカリは、孤児院側の夫婦の部屋で過ごしている。

 そんな孤児院に引き取られた、九尾事件で命を落としたうみのイッカク上忍夫婦の息子であるイルカ。最近になって、独り立ちしたいと言い出したのである。

 畳間が理由を聞き、アカリが猛反対する中、孤児に支給される手当て金を貯めていたイルカは、下忍としてある程度の収入が入り始めたこと、自分が子供と言える年齢を過ぎたこと、独り立ちの先駆者になりたいことを二人に告げた。

 いつかは自分たちの手を離れ自らの道を進んでいくだろうと覚悟をしていた畳間と違い、実の息子であるシスイと同じ様に孤児院の子供たちを可愛がっていたアカリは年甲斐も無く駄々をこね―――畳間は暴れそうなアカリを連れて終末の滝に飛び、久しぶりに巨大な規模の夫婦喧嘩をした。

 日頃の無駄使いで練度を物凄く上達させた仙術を使いこなすアカリに畳間は苦戦を強いられたが、最終的にはキッスと抱擁で黙らせ、イルカの独り立ちを認めさせるに至った。そして、明日屋敷から出ていくという段階になって、畳間も少し名残惜しくなったのか、引き留めるような言葉を零してしまったという訳である。

 

「イルカ兄ちゃん、行かないでくれってばよ!!」

 

 実はまだ畳間の胸にセミのようにへばりついていた少年―――うずまきナルトが、首だけイルカに向けて叫ぶ。

 

「ナルト……オレはな、アカデミーの先生になりたいんだ。畳間さんみたいに、たくさんの子供たちの”道”を助ける仕事だ。だからオレも、独り立ちしなきゃいけないんだ。分かるだろ?」

 

「わかんねーってばよ!!」

 

「ナルト……」

 

 生まれてすぐに九尾事件で親を亡くしたナルトを、イルカは自分と重ね合わせ、誰よりも可愛がっていた。ナルトもイルカによく懐き、本当の兄弟のように育っていたのだ。故にナルトは、イルカが家から出ていくことに悲壮感を抱いている。

 

「ナルト……。オレもああは言ったけどな、男には自分の道ってのがある。行かせてやろう。別に、永遠の別れってわけじゃない。会おうと思えば……すぐに会える」

 

 ナルトを引きはがし、子猫のように持って地面に優しく降ろした畳間は、「最後の夜だ。イルカにいっぱい遊んで貰いなさい」とナルトの頭を撫でるが―――。

 

「おっちゃんなんて嫌いだってばよ!!」

 

 ナルトは畳間の足に可愛らしく蹴りを入れると、涙を拭いながら屋敷に向かって走り出す。アカリに泣きついて、止めてもらおうとでも考えているのだろう。だとすればまた面倒くさいことになるわけだが、畳間はナルトに嫌いと言われた精神的ダメージでそれどころではなかった。

 

「はは……」

 

 苦笑いを浮かべたイルカが、呆然とする畳間を放置して、駆けだしたナルトを追って歩いていく。一人残された畳間の隣に、人影が降りて来た。

 

「五代目。楽しそうで何よりですよ」

 

 避難していたカカシが何食わぬ顔で戻って来たのである。

 

「見捨てやがって」

 

「家族の団欒を邪魔したくなかったもので」

 

 畳間が恨めしそうに目を細めて見るが、カカシは気にしたそぶりも無く肩をすくめる。

 

「しかし……もう少し厳しくしても良いのでは?」

 

 九尾の人柱力だから―――という訳ではない。カカシは元来、我儘な子供が嫌いである。それだけの理由だった。実際、畳間は子供たちに甘い。子供たちを溺愛しているアカリよりも、本質的には甘いと言って良い。アカリは守るべきこと、教えるべきこと、締めるべきところでは厳しく接しているが、畳間はだいたいのことは笑って流してしまう。かつて柱間が幼少期の畳間や綱手を相手にしていたときのような、無類の甘やかしを見せているのである。

 

「分かってはいるんだけどな」

 

 畳間はそう呟いて、困ったように笑う。

 目を細めて、儚いものを見るかのように、孤児院を見つめる。

 

「どうにも、眩しくてな……」

 

「五代目……」

 

 孤児院の向こう側へ、夕日が沈んでいくのを、二人は静かに見守った。

 


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