綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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黙れ!!

「おっちゃん! 授業終わったから遊びに来たってばよ!!」

 

 ある日の夕方。

 火影邸の執務室で、近く開催される予定の”木の葉全体避難訓練”の企画書に目を通していた畳間のもとに、先日晴れて”忍者の卵”となったナルトが、はしゃぎながら駆けこんで来た。

 忍者の卵とはすなわち忍者アカデミーに入学し、忍者を目指す子供たちのことを指す。九尾事件から6年の時を経て、うずまきナルトは遂に忍者への道を歩み始めたのである。

 

 やはりと言うべきか、ナルトが参加した入学式で幾人かの大人たちがナルトへ向ける視線には、九尾への複雑な感情が見て取れた。それでも随分と少なくなったと畳間は思う。

 

 木の葉隠れの里における史上最悪の災害である九尾事件。

 それを発端とした第三次忍界大戦の最終決戦―――”木の葉隠れの戦い”。

 

 この二つの事件で大切な人を失った者たちが、その元凶とも言える九尾に対して悪感情を抱くことを、誰が責められようか。

 ナルトと九尾が別の存在であると頭では理解していても、心で納得することが出来ない。そんな思いを抱く者は、決して少なく無かった。

 ならばなぜナルトが悪意の被害を受けず、そればかりか里の者達に愛されている自覚を持てているのかと言えば、畳間のある行動に理由があった。

 

 簡潔に言えば、面談である。溜め込んだ思いがナルトへ向く前に、畳間はその全てを自分に向けさせた。

 畳間は火影襲名以後、ナルトへ悪意を抱かざるを得ない(・・・・・・・)精神状態に陥っている里の者達と、話が出来る場を設けて来た。里の各場所に目安箱を設置し、そこに面談を希望する者が申請書を投函する。そして畳間が都合をつけて、場を設けるという仕組みである。

 

 畳間の火影襲名の口上を聞いた木の葉隠れの里は今、忍び耐える覚悟―――すなわち火の意志のもとに結束している。だからこそ、”里の結束”から零れ落ちてしまった者は、壮絶な孤独に苛まれることになる。

 かつて畳間は、初代火影という”父”のもとに団結していたかつての木の葉隠れにおいて、その”父”へ強い悪意を抱いてしまわざるを得ず、誰にも相談できぬまま、一人、闇の中にいた。畳間はその孤独がどれほど辛いものかを既に知っていたのである。

 

 畳間は面談の際、訪れた者たちに、失った人がどれほど大切な存在であったか、失った未来がどれほど尊いものであるか―――誰にも言えない、その胸の内を語らせた。

 悲しみと憎しみを吐き出させ、共感を示し、寄り添う。畳間もまた、教え子である四代目夫妻や、親友であるサクモを失った悲しみを語った。畳間はそれらを乗り越えるべきだと追い詰めることはせず、忘れるべきだと急かしもしなかった。ただ根気よく、その想いに寄り添った。かつて自分が、そうして貰えていたように。

 ナルトを誰よりも愛し、庇護している他ならぬ”五代目火影”が、九尾(ナルト)への憎しみを許容する。是非も無いのだと、受け入れてくれる。それは憎しみや痛みを忍び耐えることを当然とする雰囲気が漂っている木の葉にあって、どうしてもそれ(・・)を孤独に抱かざるを得なかった者達には、これ以上ない救いとなった。

 そして畳間との面談を経て折り合いをつけた者は、手を挙げられずとも、同じように苦しんでいる者を畳間に紹介した。畳間は本人の意思を尊重しつつ、「力になれれば」と面談に誘った。 そうして少しずつ、畳間は里の者が抱える耐えがたき思いを、忍び耐える意志へと昇華させていった。

 

 皆が心に負った傷は深く、大きい。傷が癒えるまでに必要となる時間は長く、あるいは生涯残り続けるかもしれない。だが、一人で抱え込む必要はないのだと、畳間は伝えたかった。里は家であり、民は家族である。そして家族とは助け合い、分かち合う関係だ。それが痛みや苦しみであっても同じ。苦しんでいる家族がいるのなら、畳間は里の”父”として、放っておく気にはなれなかった。

 

 加えて、畳間は九尾の件に並行して、他里に対する里の者達の想いにも寄り添うため、同じように面談の機会を設けている。これには、ナルトの真実を察している者が多くいた”九尾”の件よりも、多くの人数が邂逅を望んだ。火影の執務の傍ら、畳間は影分身を総動員し、可能な限りこれに対応している。

 子供であるナルトと違い、他里の人柱力―――特に戦争に参加していたキラー・ビーに対する悪意は多く、中には戦勝国として報復に出ない畳間を糾弾する者も、多少なりともいた。しかし畳間はその怒りを受け入れて落ち着かせると、穏やかに火の意志の真意を語り聞かせた。

 

 報復は出来る。だが再び戦争となれば、より多くのものを失うことになる。

 

 ―――オレはもう家族を……”あなた”を、失いたくない。

 

 家族を亡くし、友を亡くした。子供を亡くし、伴侶を亡くし、親を亡くし、孤独となった者がいた。

 孤独の闇に呑まれ、自暴自棄となってしまった者がいた。

 自らを省みぬ憎しみの熱に焼かれる者がいた。

 分かってくれとは、言わなかった。ただ、畳間は必ず、その言葉だけは伝えた。綺麗ごとだと言われても、本心を伝えたかった。

 里の者たち皆が家族なのだと、感じて欲しかった。哀しむのも良い。嘆くのも当然だ。それでも、ただ憎しみだけを見て欲しくなかった。失ったものは大きくとも、残ったものはあるのだと、畳間は知って欲しかった。その上で、畳間は語る。

 

 ―――里に仇名す者は許さん。

 

 もしも、再び家族(あなた)を害そうとする者が現れたとすれば、その者は決して許さないと、”五代目火影”と初代火影・柱間の名に誓う。

 ナルトや、他里の人柱力のことも同様だ。もしも再び、かつての”九尾”のように暴走するようなことがあろうとも、必ず家族は守り抜く。責任をもって、処理(・・)する。その覚悟が畳間にはあった。

 里の者達は畳間の火影就任の挨拶を聞き、一度は忍び耐える覚悟を抱いている。話をしているうちに激情に駆られ興奮したとしても、その憤りを吐き出せば、冷静さを取り戻すことが出来る。

 

 畳間は火影就任の挨拶において、木の葉の家族たちに忍び耐えることを願ったが、しかしそれを強要するつもりは無いし、それが容易ではないことを理解している。ただ願っただけで叶うのなら、世界はとうに平和を迎えていただろう。

 いくら耐え忍ぶ覚悟を抱いたとしても、自然に湧き出る感情を制御することは難しい。火影として勅命を出し、抑えつけることは容易でも、それは畳間の抱く火の意志とはかけ離れているし、掲げる夢とは程遠い。いずれは暴発する憎しみの種になる。急いては事を仕損じる。畳間は焦らず、冷静に己を見つめ、”里”を見つめた。悩んだときは、子供の頃のように初代火影の顔岩の上に座り、里を眺め、風に吹かれた。

 かつて小さな手を握ってくれた大きな手は無くなろうとも、その想い出と温もりは、そこにあった。若かりし頃、道に迷い何をすべきかと苦悩した頃とは、映る景色が違って見えた。

 

 ―――オレのすべてが、”ここ”にある。

 

 畳間が生きて来たすべてが、そして紡いだ絆が、”今”に至る。

 畳間が挑むのは、憎しみという巨大な敵。今はまだ、子供たちが知る必要のない、”語られぬ死闘”。

 

 そんな日々を繰り返し、火の意志はゆっくりと、しかし確実に、里全体へ定着していったのである。

 かつて千手畳間がそうであったように―――うずまきナルトは今、愛される日常を生きている。

 

 しかしナルトには、大きな試練が待ち受けている。それは、ナルトに宿る九尾との対決だ。

 うずまきナルトは友と教え子の忘れ形見であり、畳間にとって命に代えても守護すべき宝物である。ゆえに直接的な害意や露骨な悪意に対しては、里を守る父として、介入することは厭わない。

 しかし”それ”との戦いは、人柱力となったうずまきナルトの宿命である。愛を注ぎ温もりを以て育み寄り添うことで、子供に背負わせるにはあまりに重いその宿命を少しでも軽くすることは出来ても、やはりそれは、うずまきナルトが乗り越えるべき試練でしかない。

 だからこそと、畳間は願う。例えどのような形に収まろうとも、ナルトが試練に直面する時が、ナルトが成長し、立派な忍者となった先であることを。

 

 かつて畳間は、己のうちに宿る”それ”を見つめることが出来なかった。

 確かに、激動の時代だった。血涙を流し怨嗟の声を吐きながら、誰かに責任を押し付け、見て見ぬふりをし続けるより他無かったのだと、言い訳をすることは簡単だ。しかし後悔ばかりの半生だったことは、どう言い繕おうとも、事実であった。

 イズナの存在だけではない。畳間は偉大な初代火影の孫で、二代目火影の弟子であり、そして三代目火影の弟分で、千手一族の次期当主にして”長男”―――イズナがおらずとも、きっと畳間は、その重圧に耐えられなかったに違いない。柱間も扉間もヒルゼンも、いずれ来たる”その時”のため、畳間に愛を注ぎ導いてくれていたが、しかし、”その時”は、畳間の成長を待ってくれはしなかった。

 かつて畳間が歩んだ、涙と血に染まりし遠い遠い回り道。せめてナルトが迷い込むことが無いように―――畳間は道標となり、ナルトの成長を、その”道”の先で待ち続ける。無限の可能性を内包するこの幼子が、いつか己と同じ目線に立ち、酒を酌み交わせる日を祈って。

 

 ちなみに―――五代目火影としてアカデミー入学の祝辞を述べる際、そんなことを考えていたら、感極まって号泣した。畳間は我慢しているつもりだったが、まるで堪えられていなかった。鼻をすすり嗚咽を混じえながら述べる畳間の祝辞は到底聞き取れるものでは無く、何も知らない新入生たちの顰蹙を買うには十分な衝撃を有しており、入学式は微妙な雰囲気で幕を下ろしている。

 しかしこれは、畳間が五代目となり里の復興を経てアカデミーが再開されてから、毎度のことである。シスイを始め、孤児院で暮らす多くの子供たちの入学式に参列しているアカリやノノウ、古株の教師陣や、畳間の側近として毎年参列せざるを得ないカカシは「まただよ」と、もはや恒例となった”涙の祝辞”に苦笑を浮かべていた。しかも今年は名家の子供たちがこぞって入学する年度であるから、猪鹿蝶や油目シビなど、畳間と深い関わりのある者が親として参列しており、最近年のせいか涙脆くなっている畳間に肩を竦めた。

 

 「ひなたさまー!!」などと一年早く入学していた日向の分家筋の子供がはしゃぎ、「サスケェエーー!!」とどこかの兄が手を振るなど、畳間を抜きにしても騒がしい式であったが、しかし入学式が微妙な雰囲気で終わった理由のもう半分は、木の葉が誇る青い猛獣マイト・ガイにある。

 ガイはカカシと同様に畳間の側近として式に参列しているが、畳間が泣き出すと、ガイは畳間以上の熱さで号泣する。一度は断られ、後に補欠として入学を許された、自身のアカデミー入学の頃を思い出すのだろう。泣きだしたガイは、毎度カカシに引きずられて式場の外に連れ出されるのだが、去り際に「青春するんだァーーー!!」と叫び声をあげるので、混沌具合に拍車をかける。その叫びが、辛い時代を生きた大人たちから注がれる深い愛であるということに子供たちが気づくのは随分と先のことであり、今はただ”緑の濃ゆい変態”として、子供たちの記憶に残るのみである。

 

「ナルト……外では五代目様と呼べと、いつも言っているだろう」

 

 畳間は辟易していると言いたげに首を振り、ため息を吐く。

 

「それに、オレは忙しいんだ。なんといっても、五代目様だ。火影だぞ?」

 

 口ではナルトを叱りつけるようなことを言いつつも、立ち上がった畳間は首を動かしたり肩を回したりと、準備運動に余念がない。口とは裏腹に、その動作には脱走する意思がありありと見て取れる。

 

「来い、ナルト。お説教だ」

 

「えーいやだってばよー」

 

 畳間はナルトの手を握り、引っ張るような動作で歩き出すと、ナルトが棒読みで拒否を示す。

 火影の執務室を出て、出口へと向かう傍ら、火影邸で待機をしている中忍とすれ違った。中忍は手をつなぐ畳間とナルトを見ると破顔し、「どちらへ?」と畳間に問いかけた。

 

「家に送り届けるところだ」

 

「いやだってばよー」

 

 畳間が厳格に言い、ナルトが下手糞な演技をして見せる。

 

「それはそれは」

 

 中忍はにこやかに言う。

 

「少し留守にするぞ」

 

「お気をつけて」 

 

 すれ違い、中忍の姿が曲がり角の向こう側に消えたころ合いを見て、ナルトが大げさに汗を拭うようなしぐさを取って見せ、小さく息を吐いた。

 

「ふぅ……危なかったってばよ……」

 

「……」

 

 本気で言っているのだろうか。中忍が畳間とナルトが何をしようとしているのかを察した上で笑っていたことに、ナルトは全く気づいていないようだった。

 火影邸には常に何人かの忍びが、火影の護衛や緊急時の対応のためなど、様々な理由で待機している。彼らはその才能や思想を畳間に認められ、次代の里を担うと期待される若き火の意志たちである。当然優秀な者が揃っており、ナルトの侵入など火影邸の門を潜った段階で容易に察知されているし、畳間が建前を口にしながらも、遊びに来たナルトと出奔しようとしていることなど承知の上である。

 

 しかし、片や五代目火影。

 片や四代目火影の息子であり、五代目火影の寵愛を受けるナルト。

 そんな二人に表立って注意できる者など、決して多くはない。ゆえに待機の忍びたちは自由奔放な二人に辟易しながらも、指摘しかねるもどかしさに苛まれている―――わけでは無い。

 火影邸に待機している忍びたちのほとんどは、第三次忍界大戦において畳間の指揮下で戦っていた者たちである。ゆえに彼らは、畳間が後輩や子供たちにすこぶる甘いことをよく知っていた。また、畳間が”今”という幸福な時を手に入れるため、どれほどの辛苦を乗り越えて来たのかを知っている。

 

 そのため彼らは、畳間のかねてからの夢であった”子供たちと過ごす平和な時間”を堪能できるようにと、ナルトの侵入や畳間の出奔を好意的に見逃すことが多い。中には五代目火影の幸せそうな姿と子供の元気な姿に癒しを貰っている者や、その後に待つ側近たちからの説教に落ち込むまでの一連のストーリーを楽しみにしている者もいる始末である。

 そんな中、数少ない”阻止派閥”に属するのが、カカシやシカクである。五代目火影政権は、よく言えば五代目火影を中心に結束が強い集団であり、悪く言えば身内しかおらず甘々であるため、最低限の”規律”を示す者は必要不可欠であり、二人は仕方なく嫌われ役を買って出ているのである。アカリは孤児院の運営に忙しく旦那の横暴を現行犯で咎めることは出来ないし、根の長であるノノウはむしろ畳間寄りの考えなうえ、畳間に心酔している。

 「説教なんて柄じゃない」とはカカシの弁であるが、他に五代目火影である畳間に強く出られる者がいないため、是非もない。

 二人とも畳間のことはよく理解しており、本心では、「別に仕事さえきちんと終わらせてくれるのなら……」と、思っている。シカクが諫める意味を含めているのとは違い、カカシは自分に仕事が回ってくることを厭う意味ではあったが。

 

「よーし、今日は鬼ごっこでもしようか」

 

 畳間が建前終了とばかりに破顔する。

 

「お前の友達やシスイは……もう帰ったのか?」

 

「まだアカデミーにいると思うってばよ!」

 

「だったらその子たちも呼んで……」

 

「五代目! 私も参加しまぁす!!」

 

「おお、ガイ! 歓迎するぞ!」

 

「あ、ゲキマユの人だってばよ! こんちわ!」

 

「はい、こんにちは。 ―――ナルトォ! 青春してるかァーッ!?」

 

「おおー!」

 

 騒がしい気配を聞きつけたのか、火影邸を訪れていたガイが姿を見せる。

 共犯者になってくれるようである。

 孤児院の子供たちが変質者に怯えているからなんとかしろ―――というアカリの苦言を受けた畳間が、ナルトを含めた孤児院の子供たちへ正式にガイを紹介して以後、ナルトは奇抜ながらも愛情にあふれるガイの好漢具合に、それなりの親しみを感じていた。ガイの熱い人柄は、一度知れば懐かずにはいられない。純粋な男の子であればなおさらで、孤児院の男の子のガイへの評価は高い。

 畳間としても、信頼を置くガイが子供たちと仲が良いのは嬉しい限りである。その類を見ない”熱さ”に感化され、ナルトを含めた一部の子供たちがタイツを着始めたことには少し戸惑ったものの、亡き友の意志を感じる風景にそれはそれで良いかとも笑い、ノノウの焦燥具合にさらに笑った。

 あまり趣味がよろしくない服が子供たちの間で流行することに困ったノノウから相談されたアカリによって、多用禁止令が敷かれたため普段着にする子供はいないものの、孤児院では運動の時間には緑の子供たちが出現するようになった。

 

「五代目。たまにはオレの心労もいたわってくれませんかね……。相談役に怒られるのオレなんですけど……」

 

 三人が火影邸を出て隣接するアカデミーに子供たちを迎えに行こうと歩き出した時、掛けられた声に足を止めた。

 

「げぇ!? カカシ!?」

 

「げぇってなによ。まったく、失礼しちゃうねぇ……ガイ。お前まで便乗しちゃダメでしょ……」

 

 振り返った三人の視線の先―――アカデミーへ向かう道とは反対側に、ポケットに手を入れたカカシが、だらしなさそうに立っている。カカシはガイまで参加していることに心労を隠し切れず、ため息を吐くと弱弱しく首を振った。

 

「出たな妖怪顔面隠し! おれたちの邪魔はさせないってばよ!」

 

「……ナルト。オレ、お前嫌いだなー」

 

 お説教されるだろう畳間を庇うように前に出たナルトが、人差指をカカシに向けて吠える。

 カカシは気苦労を無駄に増やすナルトを、鬱陶し気に片目で見下ろしていた。

 

「ふ……カカシ。いくらお前がミナトとサクモの良いとこ取りをしたような俊足の忍びだろうと……、オレには飛雷神がある。止められるかな? このオレを……」

 

 ふてぶてしく笑う畳間に、カカシがため息を吐く。

 

 はたけカカシ。

 四代目火影と五代目火影の弟子にして、”木の葉の白い牙”の息子。

 この数年で、カカシは実力を大きくあげ、雷遁の扱いだけで言えば、父である先代の”白い牙”はたけサクモを超えている。畳間の側近として選ばれたのは戦争中から傍付だったこと以外にも、その実力の高さを評価されたゆえであった。

 戦争が終わり、里の復興が落ち着いたころ、カカシは、畳間が幼少期に修業した”千手の谷”へガイと共に、ある日突然送り込まれた。そこでカカシは畳間の木遁分身を師に、チャクラを”強制的に封じられて崖登り”や”ぶっ倒れるまでガイと続ける青春組手”など、半年にも及ぶ地獄の修業を死に物狂いで乗り越えた結果、ガイと並び木の葉の双璧と称えられるほどの成長を遂げていた。

 その強さの要点は大きく二つ。状況判断能力の高さと、それを活かす俊足。

 サクモより受け継いだ雷遁による肉体活性と、四代目火影の得意とした本来の意味での瞬身の術を組み合わせ、カカシは現在、雷遁による肉体活性の本家とも言える雷影にこそ一歩譲るものの、”忍界最速”と謳われた四代目火影に迫る俊足を手に入れている。また、かつて四代目雷影に手酷く敗北したこともあり、突きによる貫通技”雷切”の修業に重点を置きその練度を上げており、その威力は今ならば雷影の鎧を貫けるだろうと自負するほどである。

 すなわちはたけカカシとは、”木の葉の白い閃光”、あるいは”二代目白い牙”と謳われる、木の葉隠れが誇る若き俊英である。

 しかし、そんなカカシをしてなお、畳間は捉えられぬ難敵だった。単純な速さにおいて、カカシはすでに畳間の上を行くが、畳間には時空間を飛ぶ飛雷神の術がある。自在に空間を移動する相手では、いくら足が速かろうと捉えることは難しい。

 

「じゃあアカリさんに言っておきますよ」

 

「ナルト。残念だが今日は……」

 

「おっちゃん!?」

 

 しかしカカシには、アカリへの告げ口という切り札があった。

 しかもカカシはイチャイチャパラダイスという畳間と共通の趣味を持つ”同士”である。畳間にとって、告げ口は何よりもまずかった。

 影分身を残しておけばいいという話では無い。実際執務室には影分身を残してはあるが、さすがに火影邸で執務をする者が影分身であるのは外面的によろしくない。出奔する方がよほど悪いのだが、かといって影分身をナルトと遊ばせるという選択肢は畳間には無い。遊びの最中、何かの拍子に畳間が消えた時に子供たちが受けるだろう衝撃は計り知れず、教育上避けた方が良いという判断である。遊ぶなら本体と、本体が遊べないならお流れ、それが畳間の考えだった。

 

「カカシィ! お前というやつは!! 親子の青春を邪魔しようなど、なんたる冷血!! 鬼!! 悪魔!! 案山子(カカシ)!!」

 

「あのさぁ……」

 

 吐かれる暴言を受け、カカシが苛立たし気に眉を吊り上げる。

 

「ガイ。本来はお前もこっち側なの、分かってる?」

 

「問答無用!! 勝負しろ、カカシ!」

 

 ガイが手を振り上げ、カカシも仕方なく応戦するために手を振り上げる。

 

 木の葉が誇る二大戦力が激突しようとしている場面に、運が良いのか悪いのか出くわした―――というより生み出したナルトが息を呑む。

 

「「じゃんけん!!」」

 

「えっ」

 

「「ぽん!!」」

 

 ナルトの目には止まらぬ速さで振り下ろされた拳。それは振り下ろされるまでの間に、やはり目にも止まらぬ速さで次々にその形を変えていた。

 

「……凄まじく速いじゃんけん。オレでなきゃ見逃すところだ……」

 

 畳間が無駄に写輪眼を発現させ、その無数に変えられる手の形を一つたりとも見逃さないよう、二人の拳を凝視する。

 

「「あいこで、しょ!!」」

 

「「あいこで、しょ!!!」」

 

「「あいこで、しょ!!!!」」

 

「「あいこで、しょ!!!!!」」

 

「「あいこで、しょ!!!!!!」」

 

「―――これいつまで続くんだってばよ」

 

「ナルト……。この戦いはなかなか見られるものでは無いぞ。しっかり目に焼き付けておけ」

 

「なにをだってばよ……?」

 

 終わらないじゃんけんを、ナルトは呆れたように見つめている。

 そんなナルトを他所にガイとカカシは燃え上がり、片や雷遁活性を使用し、片や八門遁甲を開いた。手が振るわれるたびに風が吹き荒れ、ぶつかり合うチャクラの圧で空気が揺れる。

 何事だと待機をしていた忍びたちが慌てて火影邸から飛び出してくるが、「なんだいつものか」と仕事に戻っていく。

 通行人たちは足を止め、勝負の行く末を見守っている。喧嘩は木の葉の華とでも思っているのか、中には「またやってるぞ」と喜び勇んで仲間を呼びに行く者もいる。

 やがてカカシとガイの周りには円状に人混みが出来上がり、集まった人々は各々贔屓の方を応援し、凄まじい盛り上がりを見せており、いつの間にか勝敗を予想する賭博まで始まっていた。

 ちなみに、その配分は9:1でカカシの圧勝となっている。なぜかと言えば、いつの間にか現れていた綱手がガイに賭けたからだ。綱手の悪運を知っている者は皆こぞって、カカシに賭けた。

 さすがに畳間はナルトの手前、そして火影の面目もあり、賭けに参加はしなかった。それに、綱手の前例もある。下手に賭け事を教えてナルトが覚えてしまっては、バレた時が怖い。アカリとノノウに処刑されてしまう。

 

 綱手は後で説教をするとして―――その隣を見れば、ナルトに気づいたシズネが、可愛らしく手を振っていた。「誰だよあの綺麗な人」と、騒ぎを聞きつけアカデミーからナルトの周りに集まって来た子供たちが、見慣れぬお姉さんであるシズネに興味を示し、”お姉さん”が親し気な態度を見せるナルトを囃し立て始める。

 

「隅に置けねえな」

 

 奈良シカクの息子―――シカマルが、揶揄うように言った。

 犬塚一族の子供―――キバが、紹介しろと吠える。

 

「そんなんじゃねーって! 綱手のおばちゃ―――姉ちゃん!! の、つきびとの人だってばよ!」

 

 ナルトはおばちゃんと言いかけて、騒乱の中耳聡く聞きつけた綱手から向けられた鋭い視線に肩を跳ねさせた。

 

「たく……マセガキどもめ……」

 

 齢六歳にして綺麗なお姉さんに惹かれているらしい子供たちに畳間が笑うと、その袖を軽く引っ張られる感覚を覚え、視線を向ける。

 

「父さん、いいの? 火影邸の前でこんな騒動……。後で怒られるんじゃない?」

 

 ナルトの友達と共に合流していたシスイが、父の今後を心配して言った。

 

「大丈夫だ。小僧の頃から、叱られるのは慣れてる。オレを怯えさせられるのは、今も昔も二代目だけだ」

 

「そういう問題……?」

 

 父の変な自信に「しーらね」と、シスイは匙を投げた。畳間がいながら止めなかったとなれば、相談役やシカクだけでなく、里を守るうちは警務隊からも強く叱責されるだろう。

 

「おとなしくしろー! 父さん、兄さん! はやくきてー!!」

 

 人の輪の外で小さなうちは警務員が、その責務を果たそうと小さく跳ねている。しかし悲しいかな、喧騒に掻き消され誰も聞こうとはしていない。

 そんな健気な息子を見た警務隊の長がどのような反応を示すか―――容易に想像できる。

 

 畳間が「うちは一族はねちっこい」ということを忘れているのか、しばらく(つつ)かれるだろう日を知ってなお、この賑やかな里を楽しみたいのかは―――。

 

 ―――前者なんだろうなぁ……。

 

 少しして、騒ぎを聞きつけたうちは警務隊が到着し、首謀者と思われる五代目火影並びにその側近二名はめでたくお縄となった。

 

「オレは無実だ」

 

 などと五代目火影は供述していたが―――

 

「黙れ」

 

 呼び出されたアカリからお説教を受け、消沈した。

 


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