綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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ナルトと友達

「あ、我愛羅だってばよ!!」

 

 ある夏の昼下がり。

 我愛羅が孤児院に一歩足を踏み入れた瞬間、孤児院玄関前の庭で掃除当番の仕事をしていたナルトが我愛羅の姿を発見し、目を輝かせて声をあげた。

 

「ナルト、今日はオレは五代目火影に用が―――」

 

「我愛羅だ!」

 

「砂の人だ!」

 

「我愛羅ィェーィ!!」

 

 言い終わらぬうちに、ナルトの声を聞きつけた子供たちが、屋敷の中や庭から走り出し、我愛羅を取り囲む。我愛羅は困ったように無い眉を寄せると、諦めたように肩を落とした。

 

「我愛羅、あれやってくれってばよ!!」

 

「……仕方がない」

 

 汗を拭いながら輝かんばかりの笑みを向けて来るナルトを拒絶できるほど、我愛羅は強くなかった。期待に胸を膨らませる大勢の子供たちを引き連れて、我愛羅は慣れた足取りで孤児院の庭を歩き、裏方にある大きな砂場へと向かう。

 砂場を前にした我愛羅は、背中に背負った小さな瓢箪からチャクラを込めた砂を開放し、慣れた所作で孤児院の砂場から砂を回収するとチャクラを練り込み、巨大な滑り台を作り出した。

 

 ナルトが我愛羅と出会い人柱力の真実を知った今、もはや二人に距離を置かせる理由は無い。ナルトが我愛羅を孤児院に招待したいと言った時、畳間はこれを快諾した。孤児院に招かれた我愛羅はまずその巨大な屋敷に面食らい、あまりに大勢の子供たちが暮らしていることに言葉を失った。その後屋敷の中を案内される途中、装飾として飾られた見事な盆栽の数々に息を呑み、それが畳間の育てたものだと知ると、我愛羅もまたサボテン栽培を趣味としていることから、良い育て方を教えて欲しいと頼み込んだ。

 子供からのお願いは基本的に断らない畳間は、他里の人柱力と距離を詰めるのも良いかという打算も持ちつつも我愛羅の頼みを受け入れ、以後、我愛羅は自由に孤児院を訪れることを許可されたのである。

 砂との同盟を目前に、畳間は火影の執務が忙しく家に帰れない日もあり、そんなときナルトは我愛羅を呼び出してともに遊んだ。砂まみれになって一人帰宅しようとする我愛羅を見かねたアカリに誘われ、ナルトと共に大浴場に入れて貰い、多くの子供たちと共に夕食を貰い、そのままお泊りとなる日もある。

 

 我愛羅の付き人である夜叉丸はといえば、友達の家に遊びに行くのに保護者同伴というのはさすがに恥ずかしいと我愛羅に言われたことで、表立っての付き添いはしなくなった。しかし愛する甥の心配をする夜叉丸は挫けず、以後、我愛羅にバレないように影から見守っており、現在も孤児院の外で我愛羅が出て来る時を、暑い中待っていたりする。

 とはいえ、孤児院の近くに潜む忍びの存在に畳間やアカリが気づかぬはずが無いため、我愛羅や子供たちに気づかれないタイミングで屋敷に招き、空き部屋の一つを貸している。子供たちに気づかれないタイミングが無いときは―――是非もない。

 

 ”流れる砂”の滑り台をはしゃぎ声をあげながら滑る子供たちを、我愛羅は憮然とした様子で見つめている。

 かつては巨大な砂の塔を作り、皆で昇る速さを競い合うことが、子供たちの流行だった。砂遊びに情熱を掛ける年ごろの子供たちにとって、我愛羅はまぎれもない”ヒーロー”であった。始めこそ子供たちの人懐っこさに尻込みしていたものの、「さすがはあの五代目火影の子供だ」と納得と共に受け入れ、共に遊ぶようになった。

 しかしある時、負けず嫌いのナルトによって塔から蹴落とされた我愛羅は、その横暴に年相応の怒りを見せ、砂の塔を流動させて登ろうとする子供たちを滑り落としたことがある。しかしその感覚が子供たちにとって新鮮であったために却って人気を博し、以後、千手邸を訪れる度に”流れる砂の滑り台”を懇願されることとなった。

 我愛羅の操る砂はキメ細かく滑らかで、包まれていると眠りたくなるほどに心地よいものである。子供たちが夢中になるのも致し方ないことであったが、しかし常に砂の操作を強いられる我愛羅は、遊びに参加することが出来ない。誰かが遊んでいる姿を見ているだけというのは、子供にとって非常に辛いことである。

 

「妙に騒がしいから何事かと思えば……来てたのか」

 

 涼し気な着物に身を包んだ畳間が、ゆったりとした動作で歩いて来る。

 頬の傷が厳めしい。やの付く自由業の人みたいだなと、我愛羅は思った。

 

「おっちゃん! 宿題は終わったってば?」

 

 ナルトを始めとした子供たちは滑り台から走り出し、畳間の名を口々に呼んだ。

 砂まみれの子供たちが求める抱擁を、後でアカリに小言を言われる覚悟を抱いて受け入れながら―――畳間は目を細める。

 砂まみれの自分の子供たちと比べ、我愛羅の服は真新しいままだ。

 我愛羅はナルトと同じ年である。つまり、この中で最年少のこの子(我愛羅)は、自分の欲求を押し隠し、畳間の子供たちの遊び相手をしてくれていた(・・・・・・・)、ということである。

 さてどうするかと畳間は悩む。ここで子供たちに対して「年下に押し付けるな」と叱ることは簡単だが、我愛羅と子供たちの間に軋轢が生じ兼ねないし、畳間にとって自慢の子供たちが素直に反省しても、我愛羅が気まずさを感じる可能性とてある。そのせいで我愛羅が孤児院に近寄りがたいと感じてしまっては、互いに哀しい結果にしかならない。

 ナルトが”宿題”と称した、砂隠れとの条約の推敲が思うように進まず、気分転換に庭へ出てみたが―――今日は徹夜になりそうだと、畳間は苦笑する。子供たちはアカリから、「畳間は忙しいから本気の本当に今日は放っておくように」と厳命され、素直に守ってくれていたのだが、その気遣いも無駄にしてしまう。

 

「我愛羅。滑り台の維持、ご苦労だったな。そろそろお前も(・・・)遊びたいだろう。ついて来なさい」

 

 畳間が背を向けて歩き出し、子供たちは「もしかして……」と期待に胸を膨らませてついていく。

 そして我愛羅は―――自身の内心を見抜く畳間の言葉に動揺し。子供たちへの直接的な指摘を避けた気遣いに震えた。友と過ごす時間に感じる暖かさとはまた違う、見守られているという安心感が生み出す温もりだった。

 

「我愛羅……」

 

 佇む我愛羅の前で、眉を悲し気に下げたナルトが、肩を落としている。ナルトだけではない。少なくない子供たちが、我愛羅に申し訳なさそうに視線を向けている。

 

「どうしたんだ、みんな……?」

 

 我愛羅は何が起きているのか分からず、途方に暮れる。

 

「その……ごめんってばよ。お前も、遊びたかったよな。オレたちってば、全然気づかなくて……悪かったってばよ」

 

 畳間の言葉を聞いて、察しの良い子供たちは、その真意に気づいた。叱られて”謝らせられる”のではなく、”謝る機会”を畳間が設けてくれたのだということに、ナルトたちは気づけている。

 自発的に行われる心からの謝罪。我愛羅の心の中には、ただ温もりだけが溢れ、自然と笑みが浮かんでいた。

 

「いいんだみんな。オレ達は……友達だからな。そういうこと(・・・・・・)もある」

 

 行こう!と元気よく言って、我愛羅はナルトの手を取ると、すでに遠く見える畳間の背を追いかけた。

 

 

 

「しょんべんは外でするようになー!」

 

「水の無いところでこのレベルの水遁を……さすがは五代目火影と言ったところか……」

 

「そんなたいしたことじゃないぞ」

 

 孤児院の裏庭。

 普段は運動場となっている広く開けた場所に、巨大な”プール”が出来上がった。畳間が木遁で作り上げた丸い箱の中に、水遁で作り出した膨大な水を貯めて、自家製のプールを作り上げたのである。

 熱い夏の昼下がり。子供たちにとって、これ以上の娯楽は無いだろう。

 ナルトを始めとする男の子たちはいわゆる”フルチン”となって飛び込み、女の子たちは水着を取りに屋敷に駆け足で戻った。

 我愛羅は少し迷ったが、ナルトに呼ばれたことで腹を括り、瓢箪を置いて服を脱ぎ捨てると、プールの中に飛び込んだ。

 水を掛けては、掛けられる。どっちが速いかと競争すれば我愛羅が勝ち、どっちが長く潜れるかと勝負すれば、水中で変顔をして見せたナルトが勝った。

 

 畳間は即席で作った木の椅子に腰かけ、木の机に肘を乗せると、頬杖をついて子供たちの笑顔を見つめ、楽し気な声を聴いた。

 そうだと、畳間に悪戯心が芽生える。

 少し驚かせてやろうとチャクラを練り、水を操作する。

 

「わわ!」

 

 子供たちの驚きと、楽し気な声が響く。

 プールの水が突如動き出し、ゆっくりと回り始めたのである。

 

「流れるプールだってばよ!!」

 

「これはすごい」

 

 ナルトと我愛羅は流れるプールにご満悦な様子である。心地よさそうに目を閉じて、ゆったりと浮きながら、流れのままに身を任せている。

 

 水着を取りに行った女の子たちも合流し、少し狭くなったプールを、畳間はすぐさま増築し、十分に遊べるだけの広さを確保する。便利なものである。

 

 畳間はただ水場を用意するだけでは面白くないと、時折、イベントを起こした。

 そのたびに、楽し気な悲鳴が庭に響く。

 水柱を発生させて子供たちを宙に突き上げる。落ちたとき、水面や水中の子供たちに激突しないようにゆっくりと水柱を戻すことは忘れない。

 さらに突発的に津波を起こし、軽い恐怖を与えることで精神に緩急をつけ、子供たちがより一層この一時を楽しめるようにと工夫する。 

 

「おっちゃんおっちゃん!」 

 

 プールの縁に立ったナルトが股間の小さいものをぶらぶらと揺らしながら、悪戯っぽい表情を浮かべている。

 

「ん?」

 

「見てくれってばよ!」

 

「そんなん見せて何が楽しいんだお前は……」

 

 股間を見てくれと変態染みたことを言っていると思ったのか、畳間が呆れたように目を細めるが―――。

 

「―――変化!! お色気の術!! うっふーん」

 

「ぶーーーッ!!」

 

 次の瞬間、畳間が鼻血をまき散らしながら、椅子ごと後ろへ倒れ込んだ。

 突如現れたのは、妙齢の美女だった。

 胸部が豊かで金髪ツインテール、穏やかな印象を与えながらも、芯の強そうな色を有した目元が特徴的だった。頬のひげを見れば、それがナルトであることは分かるが―――その容姿は、畳間の性癖に直撃である。しかも当然、全裸。そんな美女が艶めかしい姿を取っている。 

 シスイがイタチのところに遊びに行っていて助かった。実の息子に、こんな情けない姿は見せられない―――と畳間は思うが、今更である。

 

「どこで……どこでそんなことを覚えた……」

 

 鼻を抑えながら、畳間が起き上がる。吸い寄せられる視線。目が離せなかった。

 畳間はのぼせた頭で思考する。

 今、里に自来也はいない。カカシはむっつりだし、ナルトを苦手としている。ガイは論外―――そして思い出す。イチャイチャパラダイスの表紙。大きさ(・・・)は同じくらいだろう。本来服に隠されているべき箇所は―――夜に見慣れているもののような気もする。物心つくまではあいつ(・・・)がナルトを風呂に入れていた。ナルトはそれを無意識に覚えているのだろう。

 だが、なぜその記憶(・・・・)がナルトにあるのか。それは幻術で確実に消したはず。なぜ―――。

 脳裏を過ったのは、かつて聞いたビーの言葉―――人柱力は尾獣と親しくなれば、中から幻術を解いて貰える。この短時間でナルトが九尾と親しくなったとは思えない。だとすれば考えられるのは畳間への、九尾による嫌がらせ。

 

「おっちゃんの本だってばよ!! なんかいきなり思い出した!!」

 

「九尾ィ!! なんて……なんてことを……っ!! なんてことをしてくれるッ!!」

 

 畳間が憤怒の声をあげる。今この瞬間こそが、戦後、最も激怒した瞬間と言って良いだろう。

 

「うわっ!!」

 

 突如、ナルトが水中に消えた。

 長いツインテールの一房を握られ、力いっぱいプールの方へ引っ張られたのである。

 

「ナルトォ!! てめー畳間さんになにしてくれとんじゃおらああん!?」

 

「うわ、ちょ、香憐(・・)! や、やめろってばよ!! ちょ、いたい!! やめて、や、やめ……やめろォー!! たすけてくれってばよーー!!」

 

「待てやナルトォ!!」

 

 髪の毛を掴まれていたナルトは、煙と共に元の男の子に戻る。

 しかしナルトの髪を掴んでいた赤髪の少女―――香憐は、なおもナルトを罰しようと襲いかかり、ナルトは慣れぬ水の中必死に逃げている。

 

「まったく……とんでもない術を編み出したものだ……。しかしその発想は無かったな。あとで詳しく聞いてみるか……」

 

「ほーう。私も詳しく聞いてみたいものだな」

 

「私も教えて頂きたいです」

 

 起き上がろうとした畳間の両隣りに、皿や氷などを乗せた台車を押したアカリとノノウが立っていた。畳間は熱さも忘れ、寒気を感じた。

 鼻血で血を流し過ぎたがゆえの貧血かな?などと現実逃避をするが、そんなものに意味はない。畳間はイチャイチャパラダイスの存在を吐かされ、子供たちへの悪影響を考慮し、孤児院での読書を禁じられた。泣いて縋りつけば、「別に千手邸での読書は禁じていないだろ。エロ本を隠し持ってるのかと思っただけだ」と呆れたように言われて、女房の器の広さに歓喜している。

 香憐に捕まったナルトは、両頬を力一杯連続でビンタされ、頬を真っ赤に染めていた。

 

 ―――熱く、和やかな昼下がり。

 賑やかな人々を、我愛羅は呆れた様子で眺めている。

 しかしその鼻から一筋の赤が流れていることは、本人も気づいていない。

 

 ―――少しして、プールから出た子供たちは、畳間が作った即席の長机と椅子に横並びに座って、嬉しそうに匙を口に運んでいた。匙の上に乗っているのは、赤、青、緑、黄色、白と、好みの味付けがされたシロップが掛かった細やかな氷―――かき氷である。

 暑い夏の昼下がり。プールで冷え、そして火照った体に、甘くて冷たいカキ氷を入れる。

 

「かああああ!! くぅぅううう!! たぁまんねェってばよぉ!!」

 

 かき氷を口の中に放り込んだナルトが、やけにおっさん臭く吠えた。

 子供は親の背を見て育つと言うが―――。

 

「オレ、あんなこと言ってる?」

 

「言ってる」

 

「……そう?」

 

 あまりにおっさん臭い所作を見せるナルトがしているのは、自分の真似。今のナルトは、かつての畳間。

 自分がそんな”おっさん”になっていたことを認められずアカリに尋ねてみるが、アカリは無慈悲に頷いて、畳間は項垂れた。力なくいじけた様に、自分のカキ氷に匙を差し入れしている。

 

「ふふ……。お前がおっさんになったら、私はおばさんだ。一緒に老い、新たな一面を知るのは、悪くない。これまで知っていた畳間も、これから知っていく畳間も……私は愛しているよ」

 

「アカリ……」

 

「チッ」

 

 ノノウが腐ったような目で舌を鳴らす。何が一緒に”老いる”、だと思うのも無理はない。

 片や二十代半ば、片や二十代後半の見た目のまま老いる様子を見せない四十路夫婦のいちゃつきを見せられたのだ。

 

「カキ氷……冷たいなぁ……」

 

 歳を重ね”お手伝い”の側へと回り、お兄さんとして”大騒ぎ”を自重しているカブトが、背筋を震わせる。

 カブトはノノウの隣でカキ氷を食べながら、穏やかでおしとやかだったマザーが変わってしまったと、心の中で涙を流しながら独り言をつぶやいて、自分に飛び火してこないように祈った。

 

「おかわり!」

 

 ナルトが言えば、他の子供たちも便乗した。ナルトに手を握られて強制的に手を挙げさせられた我愛羅も、照れ臭そうに同意する。

 

「しかし二杯目は体に良くないだろう」

 

「いいじゃないか。たまには羽目を外させてやろう」

 

「こいつらいつも外してるぞ。いったい誰に似たんだが……」

 

「そりゃあ……若いころのお前だろ、アカリ」

 

「はあ?」

 

 仕事で普段家にいない畳間と、学校で孤児院が空になっている時以外常に子供たちの相手をしているアカリとの意見の食い違いである。

 結局、基本的には畳間を立てるアカリが折れたことで畳間の意見が通り、子供たちは二杯目のカキ氷にありついた。

 喜びに声をあげ、二杯目のカキ氷を楽しんだ子供たちは―――横並びに、痛む頭を押さえて呻く。

 

 畳間が声をあげて笑い、「いわんこっちゃない」とアカリが呆れたように言って、ノノウが優しく微笑んでいる。

 冷える体、痛む頭に涙目を見せながら、しかし我愛羅の心はずっと―――暖かかった。

 

 

 

 

 ―――それからも、我愛羅とナルトはよく遊んだ。

 

 畳間は余暇が出来れば季節に合った大きな催しごとを企画し、我愛羅だけでなく、ナルトのアカデミーの友人たちも呼んだ。

 秋になれば、近くのキレイな河川から魚を大量に持ち込んで、使わなくなったプールを生け簀として使用し、釣り大会を開いた。その夜は皆で釣った魚を主菜に、庭でバーベキューを行い、努力の末に得る幸せの尊さを伝えた。

 ある時は木の葉の外れにある畑を耕して育てていたイモの収穫祭を開き、収穫した芋で焼き芋を作り、自分たちで作った食べ物を食べる喜びを教えた。

 冬になれば「なぜおれを呼ばない!」とナルトに突っかかってきたサスケも交え、雪合戦をして、雪だるまを作り、たまに忍術の稽古をし、友と切磋琢磨する楽しさを学ばせた。

 子供たちは笑顔に満ちた日々を過ごし、大人たちは微笑みを称えてその日々を見守った。

 

 

 ―――そして、別れの時が来る。

 

 

 

 

「我愛羅……ほんとに行っちまうのか……?」

 

「ああ。物心ついた時から木の葉にいたオレは、この里しか知らないが……。それでも、オレは砂隠れの里の、四代目風影の息子―――我愛羅だ」

 

「うっ……」

 

「泣くな、ナルト。そんなところまで、火影に似なくて良い」

 

(あいつ、結構失礼なこと言うな……)

 

 我愛羅の物言いに畳間は不服を感じるが、しかし子供たちの”別れの時”に水を差すような真似はしない。畳間は微妙な表情を浮かべながら、少し離れた場所で、二人の姿を見守った。

 

 木の葉隠れの里の”あ”、”ん”と刻まれた門の前に、人々が立ち並んでいる。

 畳間の後ろには我愛羅の見送りに来た木ノ葉の者達が並び、我愛羅とナルトの向こう側には、風影を先頭に砂隠れの里の忍びたちが立っている。

 我愛羅とナルトは、かつての戦いで出来た大穴を利用した巨大な堀に掛けられた橋の真ん中で、互いに見つめ合い、互いに別れを惜しんでいた。

 

 先日、木ノ葉隠れの里と砂隠れの里は、遂に同盟によって結ばれた。この同盟を以て、長きに渡った我愛羅の”留学”は終わりを告げる。付き人の夜叉丸や、調停のために木ノ葉に訪れていた四代目風影、そしてその子供たちであり我愛羅の兄姉と共に、我愛羅は今、木ノ葉から旅立とうとしている。

 幼馴染としてナルトと共に生きた”木ノ葉隠れの我愛羅”は、今日この日を以ていなくなる。出会いは混沌としたものであったが、それでもナルトは我愛羅を友として同じ時間を過ごした。

 そんな友が一人、去っていく。孤児院を出たイルカの時とは違い、簡単に会うことは出来ない。それが悲しくて、ナルトは我愛羅を引き留めるように声を震わせた。

 そんなナルトの想いが嬉しくて、我愛羅は優しい笑みを浮かべながら、しかし穏やかにナルトを諭した。

 

「ナルト。我らの父や祖父の世代において、砂と木ノ葉は血で血を洗ったが―――オレ達はきっと、違う関係を築くことが出来る。お前と過ごす日々は、その想いを確信に変えた。だが、思うところが無かったわけではない。……オレは物心ついてすぐに家族から引き離され、親の愛情を満足に知らず育った。夜叉丸は居てくれたが……。孤独を感じ……木ノ葉を恨んだことが無いとは言えない」

 

(……我愛羅)

 

 畳間は胸中で幼子の名を呟く。

 五代目火影となってから今まで、平和の種を撒くために、非情な選択を取らざるを得ない時は数多くあった。人柱力の人質が、その最たるものだろう。

 我愛羅はヒルゼンによって殺された一尾の人柱力の代わりとして、母の胎の中で人柱力にされ、戦争を起こさないための道具(・・・・・・・・・・・・・)として親元から引き離されて、”敵地”にて幼少期を過ごした。手紙は木ノ葉の忍びによって検閲され、家族と会うときは必ず見張りが傍にいた。大勢の家族に囲まれて自由に生きるナルトとは、育った環境が決定的に違う。

 

 それでは囚人と変わらないと叱責する者もいるだろう。

 しかし当時の木ノ葉隠れの里は弱り、疲弊していた。再び戦争が起きれば、勝てたとしても、皆の心が耐えられない状態だった。血気盛んな雲隠れ、塵遁を有する岩隠れはもちろんのこと、軍事力を大きく下げた砂隠れとて、いつ暴発するとも限らない。里の最終兵器たる尾獣は、絶対に押さえておくべきものだった。

 

 ゆえに畳間は、謝罪も、言い訳もしない。

 例え卑劣と罵られても構わない。闇に染まるのではなく背負う―――その覚悟を以て、”人質”へと踏み切った。

 後の者に未来を託し戦火に散った三代目火影、里のために若き命を捧げた四代目火影に続く”五代目火影”として、戦争だけは絶対に阻止しなければならない。畳間にはその義務があった。

 

 だからこそ畳間は、なるべく我愛羅に不自由が無いように便宜を図ったつもりだ。ナルトのためということもあるが、人柱力への迫害は、面談や布告を通して可能な限り抑えてきた。かつての敵国の縁者として見られはしても、我愛羅が”人柱力”として迫害されたことは無かったはずだ。

 しかし一方で、他里には人柱力への差別が強く残っている。人柱力が四代目水影を背負った霧隠れでも、それは変わらないと聞く。ゆえに我愛羅が砂隠れの里にいたとしても、木ノ葉以上の環境を過ごせたとは限らない。

 それでも―――子供には親が必要だ。本当の親が傍にいない孤独、家族に抱きしめてもらえない寂しさは、幼い我愛羅には辛く苦しいものだっただろう。そしてそれを強いたのは他ならぬ五代目火影である。火の意志を育むどころか、却って敵意を煽る可能性も少なからずあった。賭けだったと言っても良いだろう。

 その結果は―――ナルトと向かい合う我愛羅の、優しい笑みが教えてくれている。

 

「家族と離れ、本来敵地であるはずの木ノ葉隠れの里で暮らし―――オレは家族が与えてくれる温もりの尊さを知った。友と笑い合える幸せを知った。見守ってくれる先達の有難さを知った。今もオレとの別れを惜しんでくれる者がいる。ナルト……お前という、最も親しい友も得た。だが……五代目火影は先の戦争によって、その多くを失い……最も親しい友もまた、砂隠れとの戦いで命を落としたと聞く」

 

 我愛羅が悲痛な表情を浮かべて俯いた。

 ナルトは沈黙を以てそれに答える。

 

「……」

 

「だが砂もまた同じだ。原因はどうあれ、オレの知らない砂隠れの家族たちは、木ノ葉の忍びによって殺されている。その事実は……揺らがない。仇を討つべしと立ち上がるべきか、あるいは忍び耐えるべきか―――。何が正解か……、オレにはまだ分からない」

 

 アカデミーに通い始めたことで、ナルトは歴代火影たちの歴史を学び始めている。当然、当代の火影である”五代目”の来歴も。五代目火影千手畳間が、戦争を生き抜き、幼馴染にして無二の友と死に別れたことを、ナルトもまた知っていた。自分たちには哀しみの一切を隠し通し、”陽気なおっちゃん”で居続けてくれていることを知っていた。そんな”おっちゃん”を哀しませる者は許せないという気持ちは、成長と共に芽生え始めている。

 

 我愛羅はナルトにとって、尊敬する人の仇の身内だった。そしてナルトもまた、我愛羅にとっては、同胞の仇の身内である。

 本来相いれるはずのなかった二人は、しかし数奇な巡り合わせによって、友となった。

 

「だが、ナルト……」

 

 顔をあげた我愛羅の表情に既に悲痛は無く、真っすぐな光がその瞳に宿っているのが見て取れた。

 

 ―――オレはお前を、失いたくないと思った。

 

 その言葉に、ナルトが目を見開いた。

 

「ナルト。お前たちを失ってなお、五代目火影のように在れる自信(つよさ)は、オレには無い。だからオレは……お前がいるこの世界を―――友と生きるこの世界を守りたい。今はまだ小さな”そよ風”だとしても。それでもいつか、オレはなりたい。憎しみを吹き消す、新たな”風”に。……ナルト。先日の問、その答えを聞かせて欲しい」

 

 五代目、あるいは六代目風影として木ノ葉との架け橋になりたい―――我愛羅は先日、ナルトに自身の将来の夢を語り、そしてナルトの夢は何だと問うた。

 胸を張って夢を語る我愛羅に対し、ナルトははじめて嫉妬にも似た尊敬を抱き―――未だ夢持たぬ自身を省みた。日々を楽しく過ごすことに精一杯で、先のことなど考えもしなかった。アカデミーの友人たちに”夢”を聞いてみれば、ほぼすべての者が未だ道を定めないと答えた。一人は「畳間さんのお嫁さんに決まってんだろ!!」と唾を飛ばしていたが、それは今は良い。

 そんな中で唯一まともに夢を語ったのは―――ことあるごとにナルトに突っかかってくるうちは一族の少年。うちはサスケだけだった。

 火影になる。

 己を疑うことなく言い切るその姿は、ナルトにとって眩しいものだった。しかし同時にナルトはこの鬱陶しい友人に、我愛羅に抱いたものと同じ思いを抱いたのである。

 そしてずっと、今この時まで考えていた。

 

「―――我愛羅、オレはお前とは違うってばよ。……本当の”父ちゃん”と”母ちゃん”のことを、オレは知らねェ。会いたくても、絶対に会えないんだってばよ。でもよ……オレには”お父さん”がいるし、”お母さん”だっている。兄弟だってたくさんいて……みんな、オレを愛してくれてる。本当の父ちゃんと母ちゃんに会ってみたいとは思うけど、寂しいと思ったことはねェし、人柱力ってので困ったことだって別にねェ。だから……しょーじき、お前の言う”孤独”の痛みは……分かんねぇ」

 

 ナルトが申し訳なさそうな表情で言った。

 そんなナルトを見た我愛羅は寂しげに、そして少しだけ失望したように、目を伏せる。

 だけど……と、ナルトが言葉を続ける。

 

「だけど……友達を失いたくないって気持ちは、分かるってばよ。だってさ……我愛羅やおっちゃんと一緒にいると……」

 

 ナルトが泣きそうな、しかし優しい笑顔を浮かべて、胸のあたりの服を強くつかんだ。

 

「ここんとこが、すっげぇ……あったかくなる(・・・・・・・)んだってばよ」

 

「ナルト……」

 

 我愛羅が目を丸くして、ナルトを見つめる。

 同じ里に暮らし、しかし育った環境が違う二人は、同じ痛みを分かち合うことは出来なかった。それでも―――同じ温もりは、分かり合うことが出来たのだ。

 

「我愛羅。オレとお前は違う。だけど、この”あったかいの”を守りたいって思いはおんなじだ! オレは、この胸の”火”に誓う!!」

 

 ナルトは天高く腕を上げ、多くの木ノ葉と砂の忍びの前に、誓いの言葉を高らかに宣言する。

 

「―――オレは、火影になる!! そんでもって、我愛羅に自由に会いに行く(・・・・・・・・)!! 砂隠れの奴らぜんいんに、一楽のラーメンを食わせてやるんだってばよ!!」

 

 それは他の里同士が自由に行き来し、友好を育める時代の到来を宣言するも同意である。その宣言の達成がどれほど過酷なものなのか、ナルトは気づいてもいないだろう。

 

 ―――木ノ葉隠れの里のうずまきナルト。

 

「……なぜラーメン?」

 

「一楽のラーメンってば、最高にうまいんだってばよ。我愛羅も知ってんだろ?」

 

「まあ、オレも嫌いじゃないが……」

 

 ―――砂隠れの里の我愛羅。

 

 ―――二つの若き意志を挟み、火と風の”影”の距離は未だ遠く。しかしその幼い種は、硬く、硬く、握手を交わしていた。

 

 

 

 ★

 

 

 ―――同時刻。

 

 

「―――やっと会えたのォ……。大蛇丸」

 

「あら……久しぶりねぇ、自来也」

 

 雷の国の辺境で―――二人の忍びが、相まみえる。


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