綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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オチが弱いなと思って書き足してたらこんなんなった


一つだけ

 うちはサスケは、うちは一族当主フガクの次男として生を受けた。生まれた年に起きた災害”九尾事件”の痛みを耐え忍び、子を尊ぶ木ノ葉隠れの里の者達や、厳格な父から不器用な愛を注がれ、真っすぐ純粋な少年として育った。

 サスケの父フガクは、5年前にアカデミーを卒業し、中忍、上忍を経て瞬く間に火影の側近となった、類稀な天才であるうちはイタチを木ノ葉警務隊の跡継ぎとして期待し厳しく育てていたが、一方で何のしがらみも無い次男(サスケ)のことは、純粋に可愛がった。

 子供にとって愛情とは、健やかな成長をするために最も重要な栄養であり、その刺激には敏感である。特にサスケという少年は、良くも悪くも『愛』というものに純粋な者が多いうちは一族の中でも殊更純粋で染まりやすく、打てば響くように両親や兄に注がれる愛情を吸収し、笑顔と言う名の花を咲かせた。

 

 あまり良い表現ではないが、『マダラ以来の天才』と囁かれるイタチを兄に持ちながら、サスケが嫉妬や劣等感に苛まれず、むしろ敬愛を以て兄に接していられるのは、サスケがとても純粋で、兄から注がれる大きな愛を感じ取れているからだろう。

 このようなことをサスケに言えば、サスケは「オレは純粋じゃないし、子供でもない!!」とむきになって否定するだろう。しかし、その反応こそが純粋な子供であることの証左であることにすら気づかないほどに、サスケは純粋で、子供だった。

 

 アカデミーに入学しても、長らくそれは変わらなかった。

 兄を目標に日夜修業に明け暮れるサスケは、同年代では抜きんでた実力を誇ったが、しかしどれほど強くなろうとも、やはり下忍にすら満たない子供である。サスケは自分が幼き日の兄に劣ることは自覚しており、だからこそ同年代の子供たちと自分を比べ、己惚れるようなことをしなかった。

 サスケの目標は遥か高みにある。意地っ張りな性格であるサスケは、兄を目標に行っている努力を同年代の子供に明かすことは決してなく、ゆえにうちはサスケという少年は、同年代の女の子たちからは輝かしい天才として映り、アカデミーに入学して以後、瞬く間に人気者となった。

 

 幼くして明確な夢を持ち、己惚れぬ天才。しかも名門うちは一族本家の子供。

 そんなサスケの姿は、同世代からは大人びて見える。しかも話してみると純粋で、割と可愛らしいところもある。兄を尊敬しているという話はよくしたが、同世代の女の子たちからは、家族を大切にしている優しい少年として映った。持て囃されることに悪い気こそしなかったサスケだが、しかし幼いサスケには未だ異性への関心は芽生えておらず、むしろ兄と過ごすことにこそ喜びを覚えた。女の子たちの誘いを袖にして家族を優先するサスケが”クール”に見えた女生徒たちはサスケにますます入れ込み攻勢を強めたが、やはりサスケは兄と過ごす時間を優先した。

 袖にされればこそ燃え上がる女心―――女生徒たちはさらに入れ込んでいく。

 そんな循環を経て―――。

 

「やあサクラ。その広いオデコがチャーミングだ。思わずキスしたくなるぜ」

 

「げえ……、チャラスケ……」

 

 ―――うちはサスケは闇に堕ちた。

 

 アカデミーの教室。

 次の授業を待つ桜色の髪が特徴的な女生徒”春野サクラ”に近づき、サスケは一凛の薔薇を差し出した。忍術書を読み勉強をしていたサクラは鬱陶しいのが来たとばかりに顔を顰め、胡乱気な視線をサスケに向ける。

 

「釣れない態度だな……。KO NE KO ちゃん?」

 

「うげぇ……」

 

 サスケの甘い囁きに、サクラは道端で糞を見つけたときの様な視線を返す。

 そんなサクラの態度に憤ったサスケの取り巻きの女生徒たちがヤジを飛ばし、サクラはうんざりしたように天井を見つめた。

 

 なぜあの純粋で可愛かったサスケが闇に堕ちたのか―――それは畳間の影響を受け、もはや親バカとなったフガクの、「さすがオレの子だ」と言う褒め言葉がゆえだった。サスケは純粋で、打てば響くような子である。多くの女の子から好意を寄せられることを大好きな親に褒められれば、もっと褒めて貰おうとするのは道理。サスケは女の子に好意を寄せられれば父に褒められると学習してしまったのである。

 

 まともな感性を持つイタチがいればこうはならなかっただろう。実際、イタチがいる間、サスケがこうなることはなかった。サスケがこうなったのは、ここ一年のことである。

 木ノ葉隠れの里と岩隠れの里は、砂隠れの里と同時期に和平条約が締結され、現在は友好国となっている。五影会談以後、牙の抜けたように穏やかになったオオノキは木ノ葉隠れの里との友好に力を入れており、木ノ葉が最初に条約を締結した霧隠れよりも、今では親密な仲となっている。

 うちはイタチは、そんな岩隠れの里に木ノ葉の領事館を設立するため、およそ一年ほど前から畳間の名代として岩隠れに派遣されていた。

 愛情を一番欲していた人物と離れ離れとなり寂しさが募るサスケにとって、女の子たちから向けられる幼く純粋な好意と、父からの盲目的な褒め言葉は、猛毒と言えるものだったのである。

 

「チャラスケ……あんた今日が何の日だか分かってんの?」

 

「ふ……当然。今日はオレ達が下忍になる日……だが、オレにとっては通過点でしかない。なぜならオレは……いずれ火影になる男だからな!」

 

「さすがサスケ君!!」「きゃー!!」「か、かっこいい……」

 

 黄色い悲鳴を背中に受けたサスケは、静かに片手をあげて応える。

 アカデミーの卒業試験を難なく合格したナルトたちは、長く師事した”イルカ先生”のもとを巣立ち、本日を以て担当上忍のもとに配属され、正式な下忍となる。

 両親が忍びでは無いサクラは、今日という日を期待と不安を抱いて待ち望んでいた。その思いの強さといえば、卒業試験こそ無事に合格したが、担当上忍によって抜き打ちの試験が行われないとも限らないと、万全を期して、今もなお勉強にいそしむほどである。

 

「チャラスケェ……」

 

 イルカ先生による説明が開始される予定の時間まで残り僅かとなった今、サクラにとっては貴重な時間を下らないことで消費させようとするサスケに、サクラは怒りの籠った視線を向ける。

 

 そのとき、教室の扉が開く。

 イルカ先生が来たのかと、サクラは期待と共に視線を向けるが―――。

 

「おーおー、今日もやってんねぇ」

 

 入ってきたのは見慣れた男の子たちであり、落胆に肩を落とした。

 

「やめろキバ。巻き込まれたらめんどくせぇことになんだろーが。そういう役回りはナルトだけで充分だ」

 

「げぇ、席決まってんのか? オレの席は……。うわぁ、あそこかぁ。はぁあああ……絡まれたくねぇってばよぉ……」

 

「はは。ご愁傷様」

 

「ポテチあげようか?」

 

「もらっとく……」

 

 ナルトを筆頭に、同期の子供たち―――犬塚キバ、奈良シカマル、秋道チョウジが教室の扉を開け、すぐさま状況を理解する。

 シカマルたちは厄介ごとに巻き込まれないようにこそこそと教室の隅を気配を消して歩くが、悲しいかな。席を指定するナルトの名札は、サクラの隣の席に置かれている。ナルトは友人たちが各々の席へ向かうのを見送って、気乗りしないまま自分の席へと歩き出す。

 

「……」

 

 他人の振りをして挨拶もせず、黙って隣に座ったナルトに、サクラは逃がさないと鋭い視線を向ける。

 

「ナルト、なんとかして……。ライバルなんでしょ?」

 

「そうはいってもなぁ……。そっちは専門外というか……」

 

「これじゃあ勉強どころじゃないのよ。お願い。何でもしてあげるから」

 

「ん……? 今なんでもって言ったってばよ?」

 

「……うん」

 

 隣に座ったナルトに耳打ちするように助けを求めるサクラに、気乗りしない様子を見せたナルトだが、続くサクラの言葉に畳間譲りのむっつり心が刺激される。

 二人に放置されたサスケは、ビーに放置されたトラウマを刺激され、サクラの後ろを通り過ぎ、ナルトの隣に立った。

 とりあえず標的から外されたサクラは安心したように胸を撫でおろし、ナルトは心底嫌そうにため息を吐く。 

 

「ナルトォ……」

 

「サスケェ……」

 

 ”火影”という夢を見る、二人の子供。

 しかしその表情は正反対で、サスケはライバル心をむき出しにしてナルトの名を呼び、ナルトは酷く面倒くさそうにサスケの名を呼んだ。

 我愛羅を含めた初めての邂逅を経てなお、二人の関わりは薄かった。本格的に接点を持ったのは、アカデミーに入学し、うみのイルカの生徒として共に勉学に励み始めてからだった。

 

 うちはサスケは兄イタチにこそ今はまだ及ばないものの、同年代と比べれば類稀な身体能力を誇り、うちは一族が得意とする火遁に精通している。

 一方で、うずまきナルトは忍術と座学こそ苦手としているものの、体術に関して言えば、その実力は同年代の平均を上回る。それでも、体術忍術ともに同学年トップのサスケには及ばない。我愛羅との別れを経てようやく本格的な訓練を始めたナルトが、物心ついたころからイタチを目標に修業を続けていたサスケと差が開くのは当然だった。

 そしてなぜナルトが畳間とアカリを養親に持ちながら平均より少し強い程度なのかと言えば、アカリは子供たちの世話で忙しくナルト一人だけに構う余裕が無く、畳間もまた火影の仕事で忙しいためである。

 

 畳間はナルトを始めとした孤児院の子供たちが、火影邸に直談判に来るほど強く望むのであれば、仕事中に抜け出すことは厭わない。しかし火影としての自覚も当然持っている。仕事中に抜け出すのは長くて二時間ほどであり、だいたいはその前に火影邸に戻るようにしていた。

 遊び盛りの子供たちからすれば短い時間だったのかもしれないが、”遊びに誘ったら断らない”という事実こそが、畳間は大切だと思った。畳間は子供たちに、”養父は本当にダメな時以外、頼めば一緒にいてくれる。家族を優先してくれる。愛されている”という安心感を持って貰いたかった。かつての自分がそうであったように、その記憶はきっと、子供たちに温もりや生きる強さを与えてくれる。だが同時に、ナルトだけを優先するわけにはいかない。畳間は里の子ら皆の父なのである。多少の遊びには付き合えても、本格的な修業を付ける暇はない。

 よってナルトは基本的に孤児院の兄弟たちと切磋琢磨しており、熟練の忍びからの本格的な訓練は、未だ受けていなかった。

 

 また、畳間がナルトを指導するにあたって、体術よりもチャクラコントロールの習熟に要点を置いていることも、要因の一つとしてあげられる。

 ナルトはその身に封印された九尾のチャクラが枷となり、チャクラコントロールを苦手としている。しかし忍者にとってチャクラコントロールの技術は、基礎にして奥義とも言える重要なものである。中忍以上の忍びは忍術を扱うときのみならず、体術を繰り出す際においてもチャクラコントロールを駆使して肉体を強化している。基本的な体術が同レベルであるなら、勝敗はチャクラコントロールの優劣で決められるほどだ。八門遁甲の陣を極めるのなら話は別だが、ただの体術で生き残れるほど忍者の世界は甘くないのである。

 

 ナルトはもともとのチャクラ量が膨大であるため、素の体術が平均であっても、チャクラコントロールさえ習熟すれば爆発的な強化が見込める。それを見越したうえでの、畳間の教育方針だった。

 畳間はミナトとクシナの息子であるナルトには甘く、その修行もやり過ぎないように、ノノウやアカリの意見を取り入れて行っている。戦争が終わり、よほどのことが無い限り命の危険に晒されることも無い現状、大きなリスクを取って急成長を促す必要も無いと判断した結果であり、そのためナルトの伸び率は穏やかだ。授業での好成績よりも、将来を見据えた”総合力”の育成を、畳間は優先したのである。

 

 ゆえにナルトは、純粋な体術を競い合う”忍び組手”の成績こそ良くないものの、何でもありの団体戦であれば、同世代最強とされるうちはサスケが率いるチームに全勝している。具体例で言えば水上歩行の法の応用で木の上に潜んで隙を探ったり、瞬身の術で高速突進を行ったり、突如湧いて出る数の暴力でねじ伏せたり、変化の術で隠れ待ち伏せしたりといった、奇襲戦法を駆使した。

 しかし、火影とはすなわち”里を守る最強の忍び”であると認識しているサスケにとって、それは看過しがたいことであり、初めての対決と敗北以後、サスケはナルトをライバル視しよく絡むようになったのである。

 

 同世代最強とされるサスケがライバル視するナルトだが、しかしナルトにはサスケのようなファンクラブは存在しない。

 サスケに白星を挙げた最初こそ、ナルトはそれなりに人気を集めた。しかし女子を歯牙にも掛けず兄を優先した”クール”なサスケと違い、ナルトは女生徒たちの誘いによく乗って、共に遊んだ。確かに距離は縮まっただろうが、しかし同じ時間を過ごせば見えてくるものもある。

 

 腕白で甘えん坊、馬鹿でドジ、デリカシーが無くスケベな術を異性の前でも平然と使用するナルトに、サスケのようなミステリアスな要素は一切なく、現実を知った女の子たちの熱が冷めるのは速かった。くわえて、実践では同世代でも抜きんでた力を見せるナルトだが、座学に関しては”ドベ”であるがゆえに”親近感”を抱かせ易かったということも、熱を冷ますのを速めた要因の一つだろう。

 

 しかしだからこそ、根強く残るものもある。

 

 ナルトは十人十色な兄弟と暮らすがゆえに、誰とでも分け隔てなく仲良くなった。末っ子としてのナルトがそうされていたように、一人でいる子を見つければ率先して遊びに誘ったし、苛めのようなことは絶対に許さなかった。

 そういった優しさも、同じ時を過ごしたからこそ見えてくるものである。

 

「……」

 

 春野サクラは、サスケと火影について議論しているナルトの横顔を、じっと眺めた。

 サクラは今日、勉強のためという建前で、誰よりも早くこの教室に到着した。サクラの隣にナルトの名札が置いてあることは、決して偶然ではない。そもそもサクラが来た時、机の上に名札なんてものは置いてありはしなかった。本来は自由席だったのである。サスケの席がサクラから一番遠い場所にあるのも、偶然ではなかった。

 

 春野サクラとうずまきナルトが出会ったのは、二人がまだアカデミーに入る前の、幼き日のことである。

 ある日、カカシによって火影邸より放り出されたナルトは、不貞腐れながらぶらぶらと里を散策していたが、その最中、『オデコが広い』と身体的特徴を馬鹿にされ、傷つき泣いている女の子を目撃した。ナルトは何も考えずに庇うようにその女の子の前に飛び出し、『オレはひげがあるってばよ』と苛めっ子たちの矛先を自分に向けさせた。ナルトが五代目火影の縁者だと気づいた女の子たちは引き下がったが、ナルトもまた泣いている女の子のもとに駆け付けた”金髪の女の子”に”苛めっ子”と誤解されて退散させられ、二人の初めての邂逅は終わりを告げた。

 そのときのことをナルトは覚えていないようだが、サクラははっきりと覚えている。

 

 ―――しばらくして、アカデミーの担任教師であったイルカが現れ、集まった子供たちに、下忍になるにあたっての説明を始めた。

 

「えー……これから君たちには里から任務が与えられるわけだが、今後は三人一組の班(スリーマンセル)を作り、各班ごとに一人ずつ担当の上忍が付き……その先生の指導の下、任務をこなしていくことになる」

 

「しってまーす」

 

「む……」

 

 下忍としての暮らしが三人一組(スリーマンセル)で始まることは、アカデミーに入りたての生徒ですら知っている常識であるが、イルカは立場上説明しなければならない。お約束というやつであるが、面倒な話を飛ばし早く下忍に成りたい子供たちからは不評なようで、冷やかすような声が届いた。

 

「これは知らんだろう。班構成はこちらで決めた!」

 

 イルカは意趣返しとばかりに、班の構成員が教師陣によって決められたことを憎らしい笑みを浮かべて伝え、子供たちからはブーイングの声が上がった。

 ブーイングを沈め、イルカは班の構成員を読み上げていく。

 名前が読み上げられるたび、組みたい相手と組めた子供たちの歓声と、組みたい相手と組めなかった子供たちの落胆の声が響いた。

 

「じゃあ次。第七班……。春野サクラ。うずまきナルト。それと……うちはサスケ」

 

「えええええ!?」

 

 子供たちから驚愕の声が叫ばれる。

 

「イルカ先生! 偏りひどくないですか!?」

 

「……」

 

 もっともな指摘だなと、イルカは思った。

 実力はともかく成績的には平均以下のナルトと、座学以外は平均のサクラまでは、数値的にバランスは取れるだろう。だが、平均値が高いサスケが加わるとなると、確かに他の班と比べて力が均等になるとは言い難くなる。遠距離型の忍びである油目シノや、白眼を用いた感知タイプである日向ヒナタ、あるいは超接近戦型であり感知タイプとしての側面も持つ犬塚キバの方が、サスケよりもチームバランス的には適しているとイルカは考えていた。

 

 イルカ自身、この班編成に難色を示した一人であったが、これを覆せない理由があった。

 この班編成を決めたのは木ノ葉隠れの里最高権力者である、五代目火影千手畳間。畳間はナルトが遂に下忍になるにあたって、兼ねてより目を付けていた”うちはサスケ”という少年を班員にすることをアカデミーの教師陣に指示した。提案や要請ではなく、五代目火影からの”命令”である。

 かつて同じような事例は一つあった。それは二代目火影の、畳間とアカリの班構成への口出しである。アカリと畳間が班員になったのは、うちはと千手が”良い仲”となることで憂いを絶つという、扉間の陰謀がゆえであった。だがその策謀は既に成り、畳間とアカリは婚姻を結び、二人の間には子供まで生まれている。今更千手の遠縁であるうずまきナルトと、うちは一族のサスケを組ませることの意味は薄い。何より男同士である。当然ながら、二人にその気は無かった。

 ではなぜ畳間がナルトとサスケを一緒の班にさせることを強要したのかといえば、身も蓋も無いことを言えば畳間の”勘”である。しかし畳間はその”勘”を確信に近いものと捉えていた。

 

 担任教師であるイルカですら教えて貰えないその理由を知っているのは、言い出した畳間だけ。アカリすらも、そのことは聴かされていない。ただ思うところがあり必要なことだとだけ伝えた。

 アカリはイルカから相談され、教師たちの顔を潰すような畳間の命令を知ったとき、さすがに耳を疑った。基本的に”適材適所”を重視し、影レベルの案件以外は部下に丸投げしている普段の畳間からは考えられぬ行動であったからだ。

 カカシやシカク、ガイもまた、同じように驚いた。彼らが理由を尋ねても、畳間は答えなかった。

 だが、培った信頼はある。言ってもらえないもどかしさを感じながらも、畳間がそれだけのことをするのだから、何か理由があるのだろうと、彼らはいつか話して貰える時を待っている。

 アカリは”子供”であるイルカのためにそれとなく畳間を諭してみたが、畳間は頑として譲らなかったため、お手上げだとイルカに伝えた。

 

 しかもイルカにしてみれば非常に困ることに、五代目火影の命令ということは伏せろと厳命すら受けている。要は命令はするが理由は教師陣で考えろと言うことだった。卑劣。酷すぎるとイルカは思った。

 サクラが選ばれたのは、”うずまき”と”うちは”という重過ぎる名前に、さらにほかの名族まで入るのは避けた方が良いだろうという判断からだった。同世代唯一”一般人”からの入学である”春野”に、白羽の矢が立ったというわけである。

 ちなみに、シスイは順当に、香憐は本人の強い要望があり飛び級で卒業しており、一足先に下忍となっている。

 

 子供たちの追及を汚い大人の手口でうまく巻いたイルカは、胃に違和感を感じながら、休憩を申し付ける。午後に担当上忍が来るまでは自由時間とだけ伝え、そそくさと教室から去った。ざわめいていた子供たちも仕方が無く休憩に入り、どんな上忍たちなのかと期待と不安に話し合いながら、教室を去っていく。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ナルト、サスケ、サクラの、各々異なる意味を含んだ沈黙。

 シカマルは教室を出る前にわざわざナルトの傍に言って肩に優しく手を置き、視線を向けたナルトに穏やかに首を振り、出て行った。

 サスケは取り巻きの女の子たちに囲まれると「君たちと同じ班に成れなくて残念だ」と言って立ち上がり、女の子たちは無駄に黄色い悲鳴を上げる。

 

「サクラ。一緒の班に成れたな」

 

 サスケの言葉に取り巻きの女の子たちからブーイングが上がる。

 サスケは別にサクラに執着しているということはない。ただ全員に似たようなことを言っているだけだ。しかし靡かないサクラに掛ける言葉は他と比べて少し多くなり、その結果サクラは女生徒たちの顰蹙を買った。

 もともとサスケのことはかっこいい人だなとはサクラも思っていたし、イケメンから掛けられる甘い言葉に自尊心がくすぐられる自覚もあったが、それ以上に付きまとう女生徒たちからの反応が心の底から”うざい”ため、サスケを忌避するようになったのである。

 もしもサスケがイタチ不在で拗らせなければ、「しゃんなろー!!」とナルトとサスケに囲まれる下忍生活の幸福を噛みしめただろう。

 

「サスケ……」

 

「ナルト……」

 

「お前ってば、そんなやつじゃなかったろ……。何があったんだってばよ」

 

 班員になってしまっては、これから先ずっと共に居ることになる。

 あえて触れて来なかったサスケの闇に触れる。

 

「……お前には分からない。壮絶なる孤独。親に叱られて悲しいなんてレベルじゃねえぞ」

 

「いやお前両親いるじゃん。それいうならオレってば孤児なんだけど」

 

「……」

 

「……」

 

 黙って去っていったサスケと取り巻きの女の子たちを胡乱気な視線で見送ってから、ナルトが席を立つ。

 

「ナルト!」

 

「なんだってばよ?」

 

 サクラの呼びかけに、ナルトは足を止める。

 

「……お昼、どうするの? よければ……その……一緒に、どうかなって」

 

「おっちゃんとこに行こうかなって」

 

「……ぐぬぬ。五代目様か……」

 

 うずまきナルトが五代目火影のことが大好きであるということは、サクラも知っていた。如何せん相手が悪いと諦めようかとも思ったそのとき、ナルトが言う。

 

「サクラも一緒に行けばいいってばよ。一人ぼっちは寂しいもんな」

 

「別に一人ってわけじゃ……”いの”のとこに行けばいいし」

 

 とは口に出さないサクラである。おまけがついてくるものの、ナルトと昼食を一緒に出来るのならば否やはない。サクラは荷物を手に取ると立ち上がり、ナルトの後について行った。

 

 

 

 

(ナルトも隅に置けんなぁ)

 

 例のごとく火影邸の執務室に訪れたナルトは、なんと女の子を引き連れていた。

 アカリが作った弁当を広げようとしていた畳間を襲った衝撃は大きい。

 かつてサクモに抜け駆けされたときのことを思い出す。あのときとは違い畳間も妻帯者であるが、知らぬ間の子供の成長に着いて行けていないと感じるのは、自身が歳を取ったがためだろうか。

 三人で食事を取るには、執務室は狭いし、三人分の机も椅子も無い。畳間は二人を連れて屋上へ向かうと、木遁で机と椅子を作り出し、座るよう促した。

 弁当の風呂敷を広げ、各々食べ始める。

 

「火影岩の下で食う飯は良いぞ。なんといっても、先代たちと一緒にいるような気持ちになれる」

 

 その言葉の重みを知るのは、歴代の火影たちと共に生き、その全員の死を悼んできた畳間ただ一人。

 

「それはわかんねぇってばよ」

 

「わたしも、なんか見られてるみたいでちょっと……」

 

 かつての憧憬を抱く畳間と違い、ナルトとサクラにとって、火影とは五代目ただ一人である。

 いかんせん顔岩は大きく存在感があり、その表情は厳めしい。いくら歴代火影の偉業をアカデミーで習おうとも、知らない人の顔岩に見られながら食事を取るのはなんとなく落ち着かなかった。

 

「そうか……」

 

「でもここから見える景色は好きだってばよ」

 

「あ、それはわたしもです」

 

「そうか! この場所からは、里が広く見えるからな。食事が終わったら、顔岩の上に連れて行ってやろう。あそこからは里のすべてが見えるぞ。好きな顔岩を選ぶといい」

 

「オレはおっちゃん!!」

 

「ナルトォ!!」

 

「わ、わたしも五代目様で……」

 

「おお、そうかそうか!」

 

 残念そうに言う畳間にナルトがフォローを入れ、サクラが便乗する。

 気をよくした畳間が提案すれば、ナルトはすかさず畳間の顔岩を選び、さらに畳間は機嫌をよくする。

 

 ナルトはともかく、サクラからすれば顔岩などどれでもいいが、下手なことを言って五代目に気を損ねられ、ナルトの顰蹙を買うのは避けたい。

 サクラは、五代目火影畳間と直に話すのはこれが初めてである。しかし、入学式で突如として号泣を始めた姿や、以前火影邸の前で起きた騒動で「やめろぉー!」と叫びながらうちは警務隊にお縄になる姿を見ているため、その印象ははっきり言えば「情けない人」あるいは「頼りない人」であった。

 孤児院「木ノ葉の家」の主催でたびたび行われる、里の子供たちのための催し物の企画者ということは知っており、子供が好きなんだろうなということは分かる。

 サクラも幼いころ両親に連れられてその”祭り”には何度か参加したことがある。そのときのことは楽しい思い出として記憶しているが、子供たちとはしゃぎすぎて運営側ということを忘れ、奥さんに怒られる畳間の姿を、サクラは目にしていた。

 

 今もナルトや、ほぼ初対面のはずの自分の言葉に一喜一憂している。

 情緒豊かと言えば聞こえはいいが、どうしても情けないという印象が強かった。

 

「わあ……」

 

 食事を終えたナルトとサクラは、畳間とその影分身に担ぎ上げられ、火影邸の上まで運ばれた。畳間の影分身はナルトを下ろすと消滅する。

 

 火影岩の上に降り立ったサクラが、その景色の壮大さに感嘆の声を零す。ナルトは何度か来たことがあり、慣れた様に里を見渡している。

 

「あそこが木ノ葉の家で、あそこが―――」

 

 畳間が里の目立つ建物を紹介していく。

 サクラは自分の家を探し、ナルトは砂隠れの方角を遠く見つめた。

 

「サクラ。ナルト」

 

「はい」

 

 里を見渡し、そろそろ戻ろうかというところで、畳間が話し始めた。

 

「お前たちが下忍になる今日この日に、オレの下を訪れたのも何かの縁。きっと……先代の火影たちの導きなのだろう。だから一つだけ、”五代目火影”から”忍者の卵”たちへ、とっておきの”口伝”を教えてやる」

 

 ナルトとサクラの頭を大きな手で撫でながら、畳間は穏やかに笑う。

 

(この人の手……傷だらけだ……)

 

 頭に置かれた手をこそばゆそうに避けようとしたサクラの目に、その大きな手に刻まれた無数の傷が映り込む。戦いの記憶。激戦の記録。五代目火影千手畳間が生きて来た、壮絶な人生の証。その痛々しさに、サクラは息を呑んだ。

 

「火の影は里を照らし、また―――木の葉は芽吹く。オレにとってこの里は”家”で、お前たちは大切な家族だ」

 

「……?」

 

「それがとっておき……ですか?」

 

 二人とも畳間の言っている言葉の意味は分かるが、理解が及んでいない。その言葉に秘められた本当の意図も、隠された悲哀も慈愛も、理解できていないようだった。

 肩透かしと言わんばかりの表情のサクラに、畳間が優しく微笑む。

 

「ナルト、サクラ。今はまだ、分からなくて良い」

 

 畳間は屈み、二人と同じ視線で里を見つめた。

 

「今日はオレが、ここ(・・)にお前たちを連れて来た。だがいつか……お前たちが自らの力でこの場所に立てるときが来たら……、あるいは悩み立ち止まるようなときには、このおっさんの戯言を、思い出してみて欲しい」

 

「はい……?」 

 

「わかったってばよ!!」

 

 方や戸惑いながら、方や元気よく返事をする。

 

「さて、そろそろお前たちも時間だろう。戻るとしよう」

 

 畳間とその影分身に抱えられたナルトとサクラは、火影邸の屋上へ連れられる。荷物を回収した二人は、再び畳間に抱えられて空を飛び、火影邸の前に降ろされた。

 

仲間を大切にな(・・・・・・・・)。頑張れ下忍編!」

 

 畳間の言葉に見送られ、二人は意気込み新たにアカデミーへと向かっていく。

 

「……ダメですよ五代目。ヒントなんてあげちゃ」

 

「……カカシか」

 

「何をされてるかと思えば……」

 

 二人を見送った畳間の背後から、アカデミーに向かう途中だろうカカシが声を掛けた。

 

「ったく、子供には甘いんですから。アカデミーの講義にゲスト出演した時も、ちらちら言ってるそうじゃないですか」

 

「木ノ葉の忍として当たり前のことしか言ってない。”最終試験”のヒントとは思わんだろ」

 

「ま、構いませんがね。ナルトが落第しても恨まないでくださいよ、五代目。オレの試験はちっとばかり……きついですから。いかんせん、師が師なものでね」

 

「お前……、ナルトはミナトの息子だぞ」

 

「それとこれとは話は別です。ミナト先生だって、甘やかしは求めてないでしょうし」

 

「仕事増やされてきた私怨もあるだろ」

 

「……分かっちゃいます?」

 

 畳間は小さく笑い、しかし真剣な顔で、カカシを見る。

 

「カカシ、厳しくしてくれて構わない。あいつも火影になるって”道”を見据え、一端の忍びになろうとしてる。そうなってくれればオレも嬉しいが……お前のお眼鏡に叶わないなら、そこまでだったということだ。残念だがな」

 

 畳間は肉体的な追い込みは得意でも、精神的な追い込みは苦手だった。やるにしても、どうしても厳しすぎてしまう。その方が効率的なのは確かだが、畳間はかつて自分が経験したようなことを、今の子供たちにさせたくはない。

 二代目火影は畳間の尊敬する火影だが、今なお良くも悪くも畳間に影響を残すあの厳しすぎる修業には、物申したいことも、一つや二つあるのである。だから子供たちには甘くするし、厳しくするのは加減を知っている者に任せるのだ。

 

「……意外ですね。少しくらい手を抜けとか、おっしゃるかと思ってました」

 

「オレが言える立場じゃないだろ、いろんな意味で。それに……カカシ、お前だからだ。お前は里の誰よりも、仲間の大切さを知っている。お前に認められない程度のガキなら、忍者になんて……ならない方が良い」

 

 それは忍の世界の酸いも甘いも知る畳間だからこそ思うこと。一つのミスで命を落とす。仲間を軽んじ、己惚れたがゆえに死にかけたことのある畳間の経験から出た言葉だった。

 愛する子供たちであるがゆえに、厳しくならざるを得ない時もある。畳間は基本的にアカリよりも甘いし、周囲もそう思っているが、それは叱る基準が低いというだけのこと。命に関わることであれば話は別だ。

 

「五代目……」

 

「ま、ナルトなら大丈夫だと思うけどな。あいつはオレが小僧の頃によく似てる」

 

「それ、大丈夫じゃないんじゃ……」

 

 カカシが心配そうに言った。

 

「小僧の頃って言ったろ!! 自分で言うのもなんだがな、下忍の頃はすごく仲間想いなやつだったんだぞ、オレは」

 

「今も、でしょ?」

 

「……まあな」

 

「自分で言っちゃダメですよそれ」

 

「お前が言わせたんだろうが! ……カカシ。ナルトたちを頼んだ」

 

「ま、ぼちぼちやりますよ」

 

 うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケ。

 はたけカカシは、この三人の担当上忍となることが決まっている。これもまた、畳間からの頼みだった。

 

 畳間はうずまきナルトとうちはサスケの間にある奇妙な運命を、”勘”で感じ取っていた。確信を持っているその”勘”の実態は―――。

 

(ナルトとサスケ……。あの二人からは……懐かしい匂いがする)

 

 自身が死後に転生した存在であるがゆえか、畳間はチャクラの先にある”魂の感覚”に敏感だった。うちはサスケとうずまきナルトを始めて見た時から、畳間の勘は囁いていた。

 感じるのだ。かつて共に生きた、大切な人たちの気配を。

 根拠はない。しかし畳間には、奇妙な確信はあった。あの二人が、忍びの未来を変える切っ掛けになるという確信が。

 

 

 

 

 ―――場所は移り、アカデミーの教室。

 イルカと共に先生を待つ子供たちの前に最初の担当上忍が現れ、受け持つ下忍たちの名前を呼んだ。名前を呼ばれた下忍たちは一人、また一人を教室を去っていき、遂にイルカと、第七班の三人のみが残されることとなる。

 

「……やあ、お待たせ」

 

「カカシの兄ちゃん!?」

 

「ナルト。これからは先生と呼ぶように。オレは五代目と違って甘くないからさ。罰も考えてるから気を付けてね」

 

「はい!」

 

 畳間との話をしていたため、予定の時間を少しだけ(・・・・)遅れたカカシがナルトたちの前に現れる。カカシの鋭い眼光に怯えたナルトが元気よく返事をすれば、サスケとサクラが驚いたように目を見開いた。

 

「”木の葉の白い牙”はたけカカシさん!? すごい。この人がわたしたちの先生……」

 

「うちは一族以外で写輪眼を使う唯一の……ではないか。五代目もそうだって話だしな」

 

 思わぬビッグネームの登場に驚く二人を他所に、カカシはイルカと話をしている。

 

「カカシさん。あなたが遅れるなんて珍しい(・・・・・・・・・)ですね」

 

「いやあ、五代目と話しててさ」

 

「なるほどそれで」

 

 その後適当にやりとりをした二人。話を終えたカカシは、ナルトたちには挨拶もそこそこに、着いてくるように言って教室を出る。三人はマイペースなカカシに戸惑いながらも、「あの人は待ってくれないぞ」とイルカに言われ、慌てて教室を出る。

 

 ―――場所を変え、高台にある公園のような場所でナルトたちは階段に座り、正面の手すりに腰かけるカカシを見つめた。

 ぼさぼさの銀髪。額当てで左目を隠し、鼻骨から下はマスクで覆われている。子供たちから見れば不審者としか言えない容貌である。

 ガイと言いカカシと言い、何故五代目火影の側近は不審者ばかりなのだとサスケは思った。

 

「そうだな……。まずは自己紹介をしてもらおう」

 

「……どんなこと言えばいいの?」

 

「そりゃあ好きなもの嫌いなもの。将来の夢とか……ま、そんなのだ」

 

「それより……先に先生が自己紹介してくれません? その、見た目ちょっと怪しいし」

 

「ん? オレか? お前らオレのこと知ってるふうに言ってたじゃない」

 

 サクラの物言いを気にした様子も無く、カカシが答える。

 

「そりゃあ名前くらいは……」

 

「まあいいか。オレは”はたけカカシ”。好き嫌いをお前らに教える気はない。将来の夢って言われてもな……。まあ、趣味はいろいろだ」

 

「結局分かるの名前だけじゃない……」

 

 サクラがげんなりと言い、ナルトが苦笑する。

 

「じゃ、次お前らな。そうだな……ナルトはいいや。知ってるし」

 

「ええ!?」

 

「そんな適当な……」

 

 ナルトが驚き、サクラが胡乱気な視線をカカシに向ける。

 

「オレから言おう。名はうちはサスケ。夢は兄を越えて火影となり、里を守ることだ。好きなものならたくさんあるが、嫌いなものはそんなにない。好き嫌いは良くないからな」

 

(チャラスケなんて呼ばれてるみたいだからどうかと思ったけど……。前にイタチが言ってたように、なかなか純粋な子みたいね……) 

 

「だがしいて言うなら兄さんと修業する時間は好きだ。あとは兄さんと食べる団子も良い。それと兄さんの……」

 

「なるほどね。はい、次」

 

 サスケの言葉を遮って、カカシがサクラに自己紹介を促す。

 

「私は春野サクラ。好きなものは……ってゆーかぁ、好きな人は……。えーと……将来の夢も言っちゃっても……キャー!!」

 

「ちょっとうるさいってばよ……」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

 ナルトのことをちらちら見ながら言うサクラ。しかし一人で盛り上がるサクラに、ナルトは少し迷惑そうにしており、サクラはそれに気づいて落ち込んだ。

 

「嫌いなものは……いじめです」

 

(この年頃の女の子は……忍術より恋愛だな……)

 

 一連のやり取りを見聞きし、カカシは内心で呆れる。

 だが同時に、平和になって何より、とも思う。かつてカカシの世代では、そんな余裕などなかったから。

 

「……よし。自己紹介はここまで。明日から任務をやるぞ」

 

「ほんとにオレの自己紹介省かれたってばよ……」

 

「来たか!!」

 

 サスケが立ち上がる。

 

「明日からだって。そう急くな。座れ座れ」

 

「分かった」

 

 言われた通りに座ったサスケに、カカシは「本当に素直だなこいつ」と思った。イタチが可愛がるのもなんとなくわかる。イタチもイタチで素直なところがあるので、やはり兄弟なのだなと穏やかに思う一人っ子のカカシであった。

 

「まずはこの四人でサバイバル演習をやる」

 

「なんで任務で演習? アカデミーでさんざんやったってばよ」

 

 ナルトに負け越しているサスケが、演習の話題を出されて眉をぴくりと動かす。しかし目上に対する最低限の礼儀は知っているのか、黙して耐えた。

 

「相手はオレだが、ただの演習じゃない」

 

「じゃあさ、じゃあさ! どんな演習なの?」

 

「クク……」

 

「ちょっと! 何が可笑しいのよ先生」

 

 不気味に笑うカカシに、サクラが少し怯えた様に言う。

 

「いや、まあ……ただな。オレがこれ言ったら絶対引くからお前ら」

 

「引く……?」

 

「―――卒業生27名中、下忍と認められるものは僅か9名。残り18名は再びアカデミーへ戻される。この演習は脱落率66%の超難関試験だ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「ははは、ほら引いた」

 

「んなバカな!! おっちゃんだって何にも言ってなかったし……卒業試験の意味はなんだってばよ……!?」

 

「いくら五代目でも試験の情報を生徒に横流しするわけないでしょ。卒業試験なんてのは、下忍になる可能性のあるものを選抜するだけのものだ。まあ詳しいことはプリントに書いたから、明日は遅れて来ないように! じゃあなー」

 

 ナルトたちにプリントを渡し、去っていこうとするカカシだが、思い出したように立ち止まり、少し振り向いて言った。

 

「あ、朝飯は抜いてこい。吐くぞ!」 

 

 それだけ言い残し去っていくカカシの背を、三人は呆然と見送った。

 

 ―――その夜。畳間は家に帰って来なかった。ナルトに泣きつかれたら、耐えられないような気がしたためである。

 

 

 

 

 

 そして、次の日。

 

「よし。12時セットOK」

 

 演習場に集まった4人。

 カカシは丸太の上に時計を置いて、ナルトたちに指先で摘まんだ鈴を見せつける。

 

「ここに二つ鈴がある。これをオレから昼までに奪い取ることが課題だ。もし昼までにオレから鈴を奪えなかったら昼飯抜き!! あの丸太に縛り付けたうえに目の前で俺が飯食うから」

 

「あ、朝飯食うなってそれで!?」

 

 ナルトが叫ぶ。

 

「卑劣な……」

 

 サスケが呟いて、サクラが頷く。

 

「鈴は一人一つで良い。二つしかないから、必然的に一人丸太行きになる。で……鈴を取れない奴は任務失敗ってことで失格だ。つまりこの中で最低でも一人は学校へ戻って貰うことになるわけだ」

 

 三人の子供たちが生唾を呑み込んだ。

 

「手裏剣もなんでも使っていいぞ。オレを殺すつもりで来ないと取れないから。じゃあ、よーいド―――」

  

 言い終わらぬうちに、サスケとナルトが同時にホルスターから手裏剣を抜き、振りかぶった。

 

「―――ン」

 

 カカシが言い終わったタイミングで手裏剣を投げ、同時に左右へ散開。駆ける。

 サスケは再度手裏剣を放ちながら進み、ナルトは影分身の術で10の分身を生み出して襲い掛かった。

 

「いきなりだねぇ……」

 

 手裏剣を僅かな体捌きのみで避け、カカシは動かず二人の襲撃を待った。

 サスケは寅の印を結ぶ。カカシが自分たちを舐めているのは分かっていた。あえて動かず力の差を見せつけて来るだろうことも。

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

「へえ……」

 

 カカシは周囲をナルトの影分身に囲まれ、逃げ場はない。

 

「土遁・土流壁!!」

 

 カカシは火の玉を作り出した土の壁で遮りながら、器用に11の土槍まで作り出し、ナルトとの影分身と、その中に紛れているだろう本体の腹を勢いよく突き飛ばした。大けがをしないように先端こそ丸くなっているが、激痛は避けられないだろう。

 

「なに……?」

 

 しかし11人のナルトがすべて消える。

 つまり、すべてが影分身だったということである。

 

(では本体は―――避けた手裏剣の一つか)

 

 カカシの後方で煙と音を立てて手裏剣の一つが消え、煙の中からナルトが現れる。 

 現れたナルトは手裏剣を投擲しながら着地し、印を結ぶ。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

「これは三代目の……!?」

 

 畳間は、ナルトがチャクラコントロールをあまり重視しない豪快な術を得意とすることに気づき、ナルトに伝授したのは、影分身の術だった。畳間が初めて影分身の術を教わった時のように、ナルトはとてつもない量の分身を作り出して自分もろとも畳間を生き埋めにしたが、畳間は飛雷神の術で抜け出し、ナルト本体を救出している。何もかも同じでありながら、自分が扉間の立ち位置にいることに嬉しいやら切ないやら複雑な心境であった畳間である。

 その後、ナルトが影分身の術を得意とするのであればと、影分身の術の応用をよく教えた。三代目火影考案の手裏剣影分身の術もその一つ。本来習得は難しい術であるが、影分身での並行修業を駆使すれば、どれだけ難しかろうと覚えられないことは無い。

 

 ナルトが投げた手裏剣が無数に増殖し、カカシの正面は黒い壁に覆われる。

 

 奇襲のつもりだろうサスケの攻撃を避け、サスケが手裏剣に当たらないよう、腹を蹴り遠くへ蹴り飛ばしてあげると、再び土遁の壁を作り手裏剣の攻撃を防いだ。だが―――。

 

「分身大爆破!!」

 

 ナルトがカカシに向けた掌を勢いよく閉じて拳を作ると、土遁の壁に突き刺さった手裏剣たちが同時に起爆する。百を超える手裏剣の爆発は一つ一つが小さいものでも、重なり合い混ざり合い、一つの巨大な爆風となってカカシを襲う。

 

「す、すごい……」

 

 あまりのレベルの違いについて行けず、初期位置に立ったまま動けないでいたサクラは、ナルトの猛攻に見惚れている。

 

「でも先生……。これ死んじゃったんじゃ……」

 

「へへ……やったってばよ」

 

 ナルトは鈴を取ることを忘れているのか、()ってやったと言わんばかりの悪い笑みを浮かべている。

 

「だれが、誰を?」

 

 気づけば、ナルトの後ろで屈んでいるカカシ。その手には寅の印。

 

「ナルト!!」

 

「しまっ……」

 

「はやい!! しかも寅の印!? あの距離で火遁……下手すりゃ死ぬぞ!!」  

 

 ナルトの背後で屈むカカシに気づいたサクラが悲鳴を上げ、ナルトが己の油断に言葉を零す。

 痛みに呻きながら体を起き上がらせているサスケが、自身の”赤く染まった瞳”にすら映らぬ速さで動いたことに驚きを示す。

 ナルトは瞬身の術で咄嗟に前方へ飛んだが、カカシはナルトの速度を完全に凌駕していた。屈むという移動に不向きな体勢でありながら、カカシは移動するナルトとの距離を一切を変えていない。近づき過ぎず離れ過ぎず、適度な距離を保ち、尻の後ろに屈んでいる。

 

 どうすればそのような所業が出来るのか、サクラには理解できなかった。それはやはり上忍でも指折りの実力者であるからこそ可能な体捌きであり、技術なのだろう。

 しかし、少年のケツを屈んだ姿勢で追い回す、寅の印を結んだ上忍―――その姿は非常に恐ろしい光景だった。

 

「木ノ葉秘伝体術奥義―――」

 

「えっ」

 

「―――千年殺し!!」

 

「あんぎゃあああああああああああああああ!!」

 

「ナルトおおおおおおおおお!!」

 

「うっわ……。これはひどい……」

 

 カカシの寅の印がナルトの肛門にズボンの上から直撃し、ナルトは悲鳴を上げて宙を舞った。

 涙を零しながら宙を舞い湖に落ちたナルトの名を、サクラは悲痛な声で叫びながら追いかける。

 サスケは火遁でなくて安心したものの、ナルトを襲った衝撃と痛みを思い、哀れんだ。 

 

「五代目……。アカデミー生に教えるにはどう考えても早いでしょ……」

 

 多重影分身に、手裏剣影分身、そして分身大爆破。どれも高等忍術であり、多重影分身に至っては使用者の命の危険から禁術指定されているものだ。

 畳間が嬉々としてナルトに手ほどきしている姿がありありと予想でき、カカシはため息を吐く。有用ではあるが、下忍にもなっていないアカデミー生に教えるには、少しばかり危険な術である。

 

「やっぱりあの人どっかおかしいんだよなぁ……。アカリさんは止めなかったのかね……」

 

 しみじみと言うカカシはポケットから本を出して読みだした。

 

「はぁ……はぁ……イチャイチャパラダイス?」

 

 腹の痛みを堪えるサスケの目には、カカシが読み始めた本のタイトルが目に入る。カカシの頬が赤らみ始めたのを見て、健全な本ではないことだけは察する。

 

「舐めやがって……」

 

 突如、水しぶきが立ち上がり、水中から20のナルトが現れる。

 

「ナルト!! 無事―――」

 

「サクラ!!」

 

「サクラ、伏せろ!!」

 

「え!?」

 

 ナルトがサクラの名を呼び、サスケが伏せろと叫ぶ。

 その半分がもう半分のナルトの足を掴むと、一斉に投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたナルト本体は着地と同時にサクラの体を抱きしめてすぐさまその場から飛び退き、9体の影分身は、サクラのすぐ後ろに迫っていた(・・・・・・・・・・)カカシに突っ込んだ。

 本を読み始めたのは、油断を誘うフェイクである。この程度に引っかかるようではまだまだと、カカシは告げるつもりであったが、思ったより二人は対応できているので、様子を見ることにする。

 カカシはナルトの影分身の突撃を受けて体をくの字に折り曲げたと思えば、突如として丸太となった。

 

「変わり身!?」

 

「ぐあっ」

 

「サスケ!?」

 

 突如、サクラを抱えて退避したナルトの傍にカカシが現れ、その頬を殴り抜けようと腕を振るった。

 しかし駆けつけたサスケがその腕にしがみついて動きを止める。

 カカシはサスケがしがみ付いた腕を振るって地面に叩きつけた。

 サスケは背中から地面に衝突し、うめき声をあげる。

 

「このっ!!」

 

 サクラを下ろし、ナルトはサスケを救出するために駆けだすが、カカシに足払いを掛けられて転倒する。そして勢いのまま宙に浮いているところを蹴り飛ばされ、地面を転がった。

 

 痛みに呻く二人を見て、サクラの体が震えた。

 レベルが違い過ぎる。サクラの目じりに涙がにじむ。

 頭が良いだけのアカデミー生である自身がこんな戦いに参加できるはずが無いと、無力感に苛まれた。このままでは三人全員が落第となる。ならばと―――。

 

「私が! 私が忍者を止めます!! だから……もう二人は……っ!!」

 

 ―――諦めの言葉を口にする。

 

「ふーん」

 

 カカシは品定めするようにサクラを見て言う。

 

「忍者になりたくないわけ?」

 

「私だってなりたいです!! でも……三人一緒に落第になるくらいなら……っ!! ナルトもサスケも、忍者になるのを楽しみにしてました!! だから―――」

 

「「やめろ!!」」

 

 痛みに呻き、地を這いずるナルトとサスケが、同時に声を荒げる。

 

「サクラ……オレ達はチームになったんだってばよ!! だからみんなで……合格すんだ!!」

 

「火影ってのは、里の仲間を守るもんだ。お前ひとり蹴落として下忍になっても、火影になんてなれねぇ!!」

 

 ―――仲間を大切にな。

 

 突如サクラの脳裏に過った、五代目火影の言葉。

 ナルトもサスケも、サクラを既に仲間として扱っている。大切にしてくれている。サスケはサクラを守るために身を投げ出し、ナルトは攻撃の機会をふいにした。

 サクラは自問する。

 だが自分はどうだ。レベルの違いに尻込みし、ただ見てるだけ。そんな自分が仲間と呼べるのか。呼べないだろう。では仲間をやめることを選ぶのか。いや、それはしたくない。弱い自分を、ただ同じ班になったというだけで、ここまで案じてくれるこの二人と離れるのは嫌だ。ではどうすればいい。ただ足手まといで守られるだけの女の子では、二人にはあまりに不釣り合いだ。ふさわしいくノ一になるには―――。すぐに強くなることは難しい。物語の主人公のように秘められた力などないし、覚醒など出来ない。ではどうすればいい。簡単だ。頭を使え。自分にはそれがある。

 

「サクラ、どうする?」

 

 俯いてしまったサクラに、ちょっとやり過ぎたかなと思いながら、カカシが問いかける。

 サスケとナルトが思ったより強いので少しばかり本気を出しているが、本来はサクラが普通なのだ。忍者になる前から、こんなレベルの違う戦いを間近で見せられては、心も折れる。少しばかり実力の差を見せるつもりが、圧倒的な実力差を見せつける羽目になった。これでもまだ写輪眼は使ってないし、切り札の雷遁も使用はしていないが―――そんなことを言うのはアカデミー生には酷だろう。

 本当ならばそんな状況でも折れない心を持って欲しいが、今回ばかりは例外として良いだろうと、カカシは考える。

 そんなことを思えるカカシもまた、子供の成長を見守れる程度には、優しい大人だった。

 

「私は……」

 

 サクラの震える声。

 だが―――カカシの目には、腰のホルスターに伸びるサクラの手が映っている。

 

 次の瞬間、顔をあげると同時にサクラはカカシに向かって手裏剣を投擲した。

 

「どうせ勝てないならやるだけやってやるわよ、しゃあああんなろおおおおおお!!」

 

 カカシは手裏剣を左に飛んで避けるが、サクラはさらに手裏剣を投げ続ける。左、右と飛んで避けるカカシと、手裏剣を投げ続けるサクラを見てその意図を察したナルトとサスケは立ち上がり、一枚二枚と次々に手裏剣を投擲する。

 サクラは、ナルトとサスケが自身の意図を察してくれたことに気づき、時折起爆札を投げながら、カカシの行く先を誘導した。ナルトもまた影分身を投げつけ、その支援をする。

 そして―――。

 

「なるほどね」

 

 動きを止めたカカシ。その周囲には見えないほど細く、しかし頑丈な鋼糸の結界が作り上げられていた。

 

「触れれば斬れる鋼糸の結界―――。これで身動き取れないでしょう!?」

 

 ブラフである。

 結界と言えるほどに精巧なものではない。抜け穴はたくさんあるし、変化の術で鋼糸に見せかけただけのただの糸や、そもそも糸が張られておらず、幻術で誤魔化しているだけの箇所もある。だがサクラにはこれ以上の策は思いつかなかった。これが、今の限界。

 

「やけくそになったのは演技だったってわけね」

 

「……まあね」

 

 気づかないでくれと、サクラは願う。

 

「だがこの程度でオレを止められるとでも……」

 

「写輪眼!!」

 

「……金縛りの術か」

 

 動きを止められれば、それでよかった。そうすれば、サスケの写輪眼で封じられる。

 うちは一族の写輪眼は木ノ葉では有名だ。九尾事件を戦い、決戦の先頭に立った一族が誇る瞳術。サスケがそれを開眼していることに気づいたサクラは、カカシがサスケの目を見ないようにしていることに気づき、どうにかして視線を合わせられないかと考えたのである。

 しかしそれも演技である。サスケの写輪眼は巴が一つ。その程度の金縛りの術なら、カカシは容易に解除できる。

 

「しかしその歳で開眼してるとはねぇ……。それはさすがに驚いたよ、ほんと」

 

 写輪眼の開眼条件は、親しい人の喪失である。この平和な時勢でそんなことが興るとも思えないが―――。

 

「兄を失った悲しみが、オレを奮い立たせた」

 

「あ、そう……」

 

「失ったってお前……イタチさん出張してるだけだってばよ……?」

 

 サスケの言葉に、カカシが肩を落とした。

 まるで死に別れたとでも言いたげなサスケに、思わずナルトが突っ込みを入れる。 

 

「サクラ」

 

 ナルトが首を動かしてサクラを促す。鈴を取って来いと言っているのだ。

 サクラは戸惑うが、サスケもまた頷いた。

 

 ―――囮役はお前が行け。

 

 というわけではない。

 

「でも、合わせてくれたのは二人だし……」

 

「もともと、一人じゃ勝てねえ相手だってばよ。どっかで協力しなきゃなんなかったしさ……」

 

「協力はもともとするつもりだった。こいつがしてこなかっただけで」

 

「サスケェ……」

 

「ナルトォ」

 

 協力するきっかけになったサクラに感謝しているから、最初の鈴はサクラが取っていいよ、と言うことである。

 もう一つは取ってから二人で戦って決めると、ナルトとサスケは言う。

 

「えっ?」

 

 集まった三人が和気あいあいと話す中―――カカシの姿が消えていた。

 

「いないってばよ!?」

 

「うそ、目を離したのはほんとに一瞬だけなのに!?」

 

「金縛りの術を自力で解いたのか!?」

 

 三者三様の驚きの声。

 直後、三人の足元の地面がめくれ上がり、凄まじい勢いでカカシが飛び出して来た。

 

「お前らぁああああ!!」

 

 防御も反撃も間に合わない距離。

 せめてと、ナルトがサクラを突き飛ばし―――。

 

「ごうかく♡」

 

 サスケとナルトは尻もちをついた。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「えっ?」

 

 驚く三人に笑いかけ、カカシが言う。

 

「忍者は裏の裏を読むべし。この試験の目的は、チームワークの見極めだ。鈴の数が二つなのも、仲間割れを誘発するためのもの。確かに忍者にとって卓越した個人技能は必要だが……それ以上に重要視されるのはチームワークだ。忍務は基本”班”で行うもの。チームワークを乱すものは仲間を危機に陥れ殺す(・・)ことになる。例えば……」

 

 カカシが片手をあげると、その手に紫電が走る。鳥の鳴くような雷音が鳴り、その手をサクラに向ける。

 

「サスケ。ナルトを殺せ。でなければサクラを殺す」

 

「えっ」

 

 殺気が籠っていないことと、距離があることからサクラもそれほど怯えていない。しかしサスケの目にはとてつもなく研ぎ澄まされたチャクラが映っているため、背筋が凍るような思いである。

 

「こんな感じになるわけだ。任務は命懸けの仕事ばかり。……見ろ。あそこに、石碑があるだろう」

 

 雷を消したカカシが指先を向ければ、そこには人の名前が多く刻まれた古ぼけた石碑が立っている。

 

「あれに刻まれている名はすべて、里で英雄と呼ばれている忍者たちの名だ。だが……ただの英雄じゃない」

 

「ただの英雄じゃない? どういう……」

 

 サクラの言葉に、カカシは静かに言った。

 

「―――任務中、殉職した英雄たちだ」

 

「……」

 

 無言となった三人に、カカシは続ける。

 

「これは慰霊碑。この中にはオレの親友の名も……オレの父の名も刻まれている」

 

「カカシ先生の、お父さんの名前も?」

 

「知らなかったってばよ……」

 

「……12年前。お前たちもアカデミーで習った”木ノ葉隠れの決戦”。あの戦いで五代目火影が逆転の一手を打つ時間を稼ぐため、オレの父は命を賭した。木ノ葉の白い牙。それが、オレの父の異名だった」

 

「それって、カカシ先生の」

 

「カカシ。あんたは二代目ってことか……?」

 

「そういうことだ。そんな偉大な英雄も―――かつて仲間のために掟を破り、クズ呼ばわりされていたことがある。オレもそんな父を忌避し、疎んだ時期があった。だが今は違う。ナルト、サクラ、サスケ。……忍びの世界において、ルールや掟を破るやつはクズ呼ばわりされる。……けどな、仲間を大切にしない奴は―――それ以上のクズだ」

 

「!!」

 

 三人の頬に赤みがさす。

 「かっこいい……」と見惚れるナルトとサクラは、内心で妖怪顔面隠し、変態マスクなどとカカシのことを呼んでいたことを心の中で謝罪する。

 「当然だな」と笑うサスケもまた、内心では「かっけェ」とカカシの評価を高めていた。 

 

「これにて演習終わり!! 全員合格!! よぉーし、第七班は明日より任務開始だ!!」

 

「いえーい!!」

 

 立ち上がったサスケとナルトがハイタッチし、「私も私も」と駆け寄ってきたサクラも参加して、三人で喜びのハイタッチを交わし合う。

 

(先生……)

 

 髪の色以外はミナトに似ても似つかないナルトを、カカシは穏やかに見つめる。わがままで仕事量を増やすナルトのことはあまり好きでは無かったが―――三人で喜び合う子供たちの姿に、かつて自身が出来なかった理想の班を見て、カカシは寂しさと喜びを感じていた。

 ちなみに、カカシは地面から現れた段階で合格を言い渡す予定だったので、サクラがナルトに突き飛ばされた意味は無かったわけだが、それは喜ぶ三人には言わぬが華だろう。

 

「さて、今日これからのことだが……」

 

「まだなにかあるんだってば?」

 

 気が抜けたのか、疲れを隠そうともしないナルトに、カカシは苦笑する。他の二人も似たようなものである。

 

「お前ら、朝飯くってないだろ? 合格祝いだ。先生として、オレが焼肉おごってやる」

 

「!!」

 

「!!」

 

「……ラーメンは?」

 

 喜び目を見開くサスケとサクラ。

 ラーメンの方が良いナルトがカカシに尋ねる。

 

「ラーメンもメニューにある店だ」

 

「カカシ先生(・・)大好きだってばよ!!」

 

 飛びつこうとするナルトを鬱陶しそうに手で押さえながら、仲間思いの我儘小僧なら好きになれそうだと、カカシは穏やかに笑った。

 

 

 

 

 ―――日暮れの火影邸。

 その執務室の中、椅子に座る畳間の前に、ナルトたちと別れたカカシが立っている。

 

「カカシお前、なんか焦げ臭いぞ」

 

「あ、においます? ナルトたちと焼肉に行ったもので。いやあ、すみませんねどーも」

 

「……ふーん。そう。別にいいけど? オレは毎日ナルトと朝飯食ってるし」

 

「その面倒くさいムーブいらないです」

 

「……」

 

「……」

 

「どうだった、うちの子は」

 

「合格です。……とんでもないですね」

 

「そうだろう」

 

 畳間は嬉し気に頷く。

 否定するのも面倒くさいので流すが、カカシは良い意味で言ったつもりは無かった。

 

「明日から第七班として任務に就きます。これからはオレの部下になるわけですから……」

 

「分かってる。お前の教育方針に口出しはしない。アカリやノノウにも言っておく」

 

「助かります。では風呂にも入りたいのでこれで……」

 

「……カカシ」

 

 退室しようとするカカシを、畳間が呼び止める。

 振り向いたカカシの目に映ったのは―――畳間の写輪眼だった。

 

「お前も今日、弟子を持つ”先生”になり……”里”を率いる側に立った。かつて、約束しただろう。この眼の秘密を―――」

 

「―――それなんですが……」

 

 カカシは振り返り、写輪眼を見せる畳間と視線を合わせ―――目じりを緩ませる。

 

「やめときますよ。ずっと、考えてました。あなたの眼のことも、この眼のことも。五代目がかつて口にした”この眼の意味”―――その答えはまだ出ません。ですが……一つだけ言えることがあります」

 

「……」

 

 畳間は黙って、カカシの言葉を促す。

 

「あなたにどんな過去があっても。これから、どんなことが起きても―――」

 

「……」

 

「あなたはオレの憧れの火影(ひと)で。オレは、あなたの右腕です。それだけで……オレは頑張れます。だから……大丈夫です」

 

「カカシ……」

 

 畳間が大きく開いた眼を揺らす。サクモ、と胸中で亡き友の名を呼ぶ。

 かつて親友(・・)に背負われ泣いていた赤子が、本当に―――大きく成長してくれた。友の面影すら感じさせる、木ノ葉の立派な忍びとなった。

 

「カカシ、今夜は呑まないか? 秘蔵の酒が、千手邸(うち)にあるんだ。かつてある友人から貰った酒(・・・・・・・・・・)と同じものでな。良い酒なんだ。カカシ……痛みを耐え忍び、前に進んできたお前と―――その酒を酌み交わしたい。祝いも兼ねてな」

 

「そうですね……。では、ご一緒させていただきますよ。畳間さん(・・・・)

 

 畳間は明言しなかったが、ある友人という言葉に隠された言葉の意味を、カカシはなんとなく理解できた。

 二人はその晩千手邸で語り明かし―――そして翌日、盛大に遅刻した。

 

 

 

 

 ナルトたちが下忍となってしばらくした、ある日の夜。

 不穏な気配が、うちは一族の本家を覆っていた。おどろおどろしい気配。雷でも落ちそうな、暗雲が立ち込めている。

 ある部屋の一室。瞑想していたフガクの後ろから、長期任務を終え帰還したイタチが、静かに現れる。

 イタチから滲み出る殺気。それはフガクをして冷や汗を流させるほどのものだった。

 

「父さん……」

 

「待て、イタチ。落ち着くんだ」

 

「オレは父さんを尊敬している。だが一つだけ……許せないことがある」

 

「やめろ……めろ……めろ……イタチ!! ……めろ!!」

 

「月読説教だ……父さん」

 

 弟が変貌していた哀しみは、イタチに万華鏡を開眼させた。

 

 ―――次の日、サスケはチャラスケを卒業した。

 


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