綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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本当は違うのだ……

 合同中忍選抜試験。

 それは多くの下忍たちにとって心躍る一大イベントである。様々な里から一堂に集まった下忍達が、自身の力量を試し、ライバルと鎬を削る。あるいは各里やかつての恩師、また親兄弟へ、自身の成長を伝える場所ともなり得る。

 下忍たちは様々な思いを胸に、中忍選抜試験を受験する。

 

 中忍選抜試験の発足は、今より遡っておよそ40年ほどの昔、”二代目火影”千手扉間が木ノ葉隠れの里を治めていた時代まで遡る。初代火影の急逝後、二代目火影を継いだ千手扉間は、亡き先代の願いを果たすべく、木ノ葉隠れの里を開催地とし、これまでの自里のみで行う試験では無く、多くの里と合同で行う『合同中忍選抜試験』を開催した。かつての敵国の戦力を自里に招く―――これを友好と信頼の証とした二代目火影の呼びかけに応え、今は亡き歴代の影たちや、あるいはその名代が木ノ葉隠れの里を訪れた。

 当時はまだ下忍であった、後の”五代目火影”千手畳間も参加した”第一回合同中忍選抜試験”は、参加した下忍たちにとってはともかくとして、上役たちにとってはこれ以上ないほどの成功を以て幕を下ろした。その後、雲隠れの里と木ノ葉隠れの里は特に友好を結び、平和条約の締結を目前に迫るほどの友好を見せた。しかしそれは既に過去の話であり、そんな和平の祭典とも言える大国間での合同中忍選抜試験は、戦争勃発と共に廃れ、戦争後期では半ば形骸化したものとなった。

 掟に従うならば、下忍は高ランク任務を請けることが出来ない。そのため、戦力補充と言う側面を重視した各里は、自里のみで簡略な中忍試験を開催し、戦闘力が高い年端の行かぬ子供たちを、次々に中忍へと押し上げた。

 

 そして時は流れ―――戦争は終結し、各里は木ノ葉隠れの里を主導に、不可侵条約を締結。

 木ノ葉、砂、岩は和平条約を結び―――本日を以て、失われていた大国間での”合同中忍選抜試験”は再開される。

 

「風影殿、土影殿。改めて、よくぞお越し頂きました。土影殿は……かつての金角討伐の折以来でしょうか? 今の木ノ葉は、あの頃から大きく変わった。娯楽施設も多く、退屈されることは無いでしょう。風影殿にも、我愛羅君と共に、改めて我が家(木ノ葉)を楽しんでいただきたい」

 

 畳間が嬉し気に頷いて、口火を開く。

 中忍試験を前に里に到着した土影と風影。

 火影邸の大会議室に集まった三影は護衛を背後に侍らせて、互いの顔を見渡した。

 

「さて、試験を前に、改めて話しておきたいことが……」

 

「尾獣を狙う、”暁”とかいう組織のことじゃな」

 

 オオノキの言葉に、畳間が表情を引き締めて頷く。

 

「……影クラスの手練れたちで構成された傭兵集団。その全貌は謎に包まれているが、構成員に関して言えば、数名ながら、判明している。我が里の抜け忍である大蛇丸に、霧隠れの怪人、干柿鬼鮫。そして……」

 

 畳間がちらりと、隣に立つ護衛役―――自来也へと視線を向ける。

 

「砂隠れの抜け忍”赤砂”のサソリ。そして、岩隠れのデイダラ。ワシが掴んだのは、この二名ですのォ」

 

「デイダラめ……」

 

「サソリ……。確かチヨ婆の……」

 

 オオノキは頭痛を堪えるように額に手を当て、風影は考え込むように顎を摩った。

 

「自来也は作家と言う側面を持っていて、かねてより、取材で大陸を巡っていましてね。その折に探らせた(・・・・)情報で、信憑性はある」

 

「しかし自来也殿と言えば、”木ノ葉の三仙”と名高い忍者だ。よくそのようなことを、火影殿も許されましたな」

 

 凄腕の忍者を遊ばせておくのは惜しい。何かあるのではないかと探りを入れて来る風影に、畳間が笑う。

 

「恥ずかしながら、私はイチャイチャシリーズのファンでね。戦争も終わり、後進も育って来ている。戦力よりも、趣味を優先してしまった、といったところかな」

 

「……自来也殿の小説は存じている」

 

それがすべてとは風影も思ってはいないが、和平条約を結び、いつの間にか経済を木ノ葉に握られ敵対することも難しい現状、今更腹の探り合いをする意味も無い―――風影は畳間の言葉を流す。

 

「おお、ご存じでしたか」

 

 風影の言葉に、自来也が嬉しそうに笑った。

 

「息子が持っていた。……取り上げたが」

 

「そ、それはそれは……」

 

 感情を表に出さず淡々と言ってのける風影に、自来也が気まずそうな表情を浮かべ、頬を引きつらせる。

 執筆者であるからこそ、自分の本が子供に読ませるには少し早い内容であることは自覚している。そんな本を子供が持っていて、しかもその執筆者が目の前にいれば、それが筋違いだとしても、親としては多少なりとも思うところはあるだろう。じっと見つめてくる風影に、自来也は居心地悪げに身じろぎをした。

 

「いやしかし。取材のための旅が、こうして別のところでも役に立つとは……送り出した際は思ってもみなかった。分からないものだ」

 

 畳間が自来也へ助け舟を出した。

 自来也は安堵するが、しかし旅の本当の理由を知っていてなおしらばっくれる(・・・・・・・)畳間へ、複雑そうに視線を向けた。

 

 自来也はかつて反対する畳間に黙って大蛇丸を捜索し、交戦。結果、痛み分けとなった過去がある。

 自来也はその際、大蝦蟇仙人の膝元に身を寄せ、俗世より身を隠した。そのことを知るのは、妙木山に住まう蝦蟇たちのみである。

 怪我の回復後、自来也は予言の子の捜索、執筆作業を本分としながらも、やはり大蛇丸の捜索を諦めることはしなかった。大蛇丸も自来也に追われていることを察しているようで、その痕跡は残さず、自来也をしてその足取りを掴むことは容易なことでは無かった。

 

 そして予言の子や大蛇丸の行方については何の成果も得られぬまま月日は流れ、イチャイチャシリーズが更新されていく。

 しかし大蛇丸の足取りを追う中、自来也は”暁”という危険な抜け忍で構成された傭兵集団の存在を知った。もしかすると大蛇丸がいるかもしれない―――そう考えた自来也は、”暁”という組織の調査を開始した。自来也が探り始めた当時、大蛇丸はまだ暁に入団していなかったため、最初のうちは徒労でしか無かったのだが、しかしそんなことを知らぬ自来也は、粘り強く”暁”の情報を仕入れ続けた。結果―――自来也の努力は実を結び、大蛇丸が暁に入団したという情報が、自来也の張っていた捜索網に引っかかった。

 

 遂に大蛇丸を発見した。すぐにでも討伐すべきである。

 だが、自来也は考えた。

 大蛇丸はすぐにでも始末したいが、しかし”暁”は自来也をして危険と断じざるを得ない手練れたちの集団であり、その上奴らは基本的に二人一組で動く。自来也が大蛇丸に戦いを挑んだ場合、高い確率で未知の影クラスの忍者をもう一人相手にしなければならない。しかも、大蛇丸には穢土転生の術がある。

 

 自来也はかつての交戦以後、穢土転生の術への対策はして来た。高等封印術を記した巻物をいくつも常備し、”土遁・黄泉沼”などの、敵を拘束する忍術の練度をあげた。しかし、それでも不安は払拭されなかった。いくら何でも、”影クラスの敵”二名と、あれから何人増えたかも分からない穢土転生体を相手にするには、仙人化したとしても、さすがに荷が重いと言わざるを得ない。蝦蟇仙人の奥義も、一度大蛇丸に見られている。”プロフェッサー”の後継者を自称する大蛇丸が、一度見た術の対策をしていないとも思えない。

 自来也一人では荷が重いが、しかし独断で大蛇丸を追っている都合上、畳間に応援を頼むのは難しい。

 そんな折―――悩んでいた自来也の下に、「暁という組織について知らないか」と、畳間から伝書が届いた。

 自来也は畳間より、”暁”という組織が人柱力を狙う組織であると伝えられ、先日急ぎ里へ戻ると、畳間へ自身が持つ”暁”についての情報を伝えたのだった。そして畳間から今回の会談への同席を求められ、今、この場に立っている。

 

「イチャイチャシリーズか……」

 

「土影殿もご存じでしたかのォ」

 

 土影の呟きに、自来也が反応する。

 土影は数瞬迷うような様子を見せた後、口を開いた。

 

「実は……読んどる。岩隠れの男どもの間では、ちょっとしたブームじゃぜ」

 

「おお、それはそれは!」

 

 自来也は嬉しそうに笑う。

 それは岩隠れとの交易も発展したということであり、畳間もまた喜ばしいことだと頷くが、しかし話が逸れている。

 畳間は小さく咳払いをした。

 

「話を戻すが……、暁という組織は、我らにとって共通の脅威と言える。人柱力を狙うと言った意味でも、各里の抜け忍が所属するという意味でもだ。そこで、暁についての協定を結びたい。内容は大きく分けて二つ。情報共有と、有事の際の共闘」

 

「その方がええじゃろうな。デイダラの奴は、岩の秘術を持ち逃げしとる。放っておくわけにもいかん」

 

「同意だ。……ところで火影殿。聞けば、木ノ葉は既に”暁”と一度交戦をしているとか。火影殿は、敵の戦力はどの程度と見られている?」

 

 風影―――羅砂の言葉。

 オオノキが興味深そうに畳間を見つめる。五大国最強を謳われる火影から見た、暁の戦力とはいったいどれほどか。

 畳間は瞑目し少し考えて、口を開いた。

 

「……油断すれば、里が落とされる。それだけの戦力はあるだろう」

 

「それほどとは……」

 

 羅砂とオオノキが息を呑む。

 

「大蛇丸は言わずもがな。オレの右腕たるカカシが敗北した、干柿鬼鮫も、相当の手練れだ。しかし最も厄介なのは、仮面の男。……暁には、時空間忍術を使用する”仮面の男”の存在が確認されている。そいつは、四代目火影(ミナト)を死に追いやった元凶だ。尾獣の封印を解き放つことが出来る程度には、封印術にも長けている。―――お二人とも、時空間忍術と封印術の恐ろしさはご存じだろう」

 

「まあ、そうじゃな」

 

「……」

 

 第三次忍界大戦において二人ともが、畳間とミナトの飛雷神の術や、アカリの輪墓によって翻弄されたという苦い過去がある。

 二人は神妙に頷いた。

 

「しかし、九尾事件か……。それに暁が関与しているとは……」

 

「では、奴らはおよそ10年前から動いていたと?」

 

 オオノキの言葉に、羅砂が暁の危険さを再確認するように言った。

 しかし畳間が首を振る。

 

「いや……恐らく、もっと前からだ。オレの若い頃……第二次忍界大戦のころには、すでにゼツの存在は確認されていた」

 

 畳間が自身の片目にそっと触れる。

 

「なんと!?」

 

「それは初耳じゃぜ、昇り龍」

 

「これまでは、ゼツが暁に通じているという確証が無かった。しかし、今は違う」

 

「というと?」

 

「仮面の男を仮に”M”と呼ぶ。このMが九尾事件を起こし、ゼツはそれに呼応した。あの連携を偶然とは思えないし、実際、あなた方はゼツから、”九尾によって木ノ葉は陥落する”と事前に教えられていた。そうだったな?」

 

「そうだな……。火影殿、そのことは……」

 

 申し訳なさそうに言う羅砂と、気まずげに沈黙するオオノキに、畳間は笑い掛けこそしなかったが、静かに首を振った。

 

「いい、ただ確認しただけだ。話を戻すが、つまり、ゼツと”M”に繋がりがあることが明白である以上、Mが暁に所属するならば、ゼツもまたそれに連なるのは間違いない」

 

「つまり火影殿は、ゼツの黒幕と思われる”仮面の男”が所属する”暁”こそが、九尾事件の黒幕だと?」

 

「恐らくは」

 

「ふむ……。思った以上に危険な組織のようじゃぜ。しかし一体何者じゃ……その”M”とは……」

 

「すまない……少し、待って欲しい」

 

 羅砂が言った。

 

「どうした?」

 

 畳間が答えると、羅砂は少し考えるような素振りを見せ、青ざめたような表情で、口を開いた。

 

「暁に属する”M”が起こした九尾事件による四代目火影の死で、思ったことがある。チヨ婆の孫であるサソリの失踪と、先代の三代目風影の失踪は……時期が一致する。そしてサソリは今、”暁”に所属している……」

 

「まさか……。第三次忍界大戦の発端となった三代目風影の失踪事件も、暁が?」

 

「在りえなくは無いのォ……」

 

 畳間とオオノキは驚く。

 しかし、状況証拠は充分だった。

 

「しかし……」

 

 オオノキが続ける。

 

「砂を誘導し木ノ葉にぶつけ、雲を煽り木ノ葉に噛みつかせ、ワシ等岩と霧を引き込み、戦争を起こさせた。そしてダメ押しとばかりに里を尾獣で壊滅させ、弱ったところを他の五大国で攻め滅ぼさせる……。とんでもない策じゃぜ。その”M”はよほど……木ノ葉に恨みがあると見える。昇り龍、なんぞ心当たりはないのか?」

 

「無くはないが……」

 

「教えて頂きたい。火影殿。その”M”は、木ノ葉のみならず、砂にとっても、影の仇かもしれぬのだ」

 

「そうじゃぜ、昇り龍。いまさらもったいぶらんでも―――いや、まさか……。”M”……? ”M”じゃと……っ!?」

 

 オオノキが唇を震わせながら、目をゆっくりと見開いた。表情は恐怖に染まり、青ざめる。

 畳間は「仮称が安直だったかな」と、失敗を悟り頭を掻いた。

 

「まさか……そうなのか? 奴が……まだ生きておると……?」

 

「それは正直、分からない。だが、オレの知る限り、彼は時空間忍術に類するものを、瞳術を含めて所有してはいなかった。何より、生きているとしても、相当の高齢だ。仮に寿命を延ばすような術を会得していたとしても、戦えるような状態ではないだろう。もしも戦えるのなら、そんな手の込んだことをせずとも、一人で木ノ葉へ宣戦を布告すればいい。彼にはその力があったし、かつては実際にそうしている。唯一対抗できたとされる初代火影が世を去ってなお、隠れている理由は無いはず……。何より、先日見た”M”と、”彼”のチャクラの色が違った(・・・・・・・・・・)。恐らくだが、その意志を継ぐ者がいる」

 

「なるほど……」

 

 安心したようにオオノキがため息を吐く。

 オオノキの知る情報が正しければ、”あの男”は初代火影との戦いに敗れ、死亡している。なまじ生きていたとしても、その傷があまりに深く、命をつなぐことがやっと―――というところなのだろう。オオノキはそう考えた。

 オオノキの予想は半分正解であり、半分間違っている。

 

 実際には、うちはマダラは一度、表舞台に立とうとしたことがあった。それを食い止めたのが当時の”二代目火影”千手扉間であり、雲隠れ撤退戦における―――”語られぬ死闘”。

 

 そもそもうちはマダラという戦国の世において最強を謳われた男が、自身と唯一対等と認めた千手柱間が世を去ってなお、潜伏を続けることを選んだ理由は何か―――それが、千手扉間の存在である。

 

 初代火影との闘いを経て力を大きく落としたマダラが最も危惧したことは、千手扉間に自身の生存を察知されることであった。千手扉間と言う男は、うちはマダラにとっても、危険な存在である。マダラは扉間に対し、「一族の誇りすら欠片も持たぬ」と認識しており、事実、扉間がマダラの生存を知れば、文字通りあらゆる手段を用いて、うちはマダラを殺そうとしただろう。あるいは穢土転生の術を使い、死んだ柱間を現世に呼び戻さないとも限らない。

 穢土転生の術で呼び出される死者は、生前よりも大きく力を落とした状態で世に顕れる。かつて敵対していた折、マダラは穢土転生については調べつくしていた。本来ならば柱間であったとしても、穢土転生体が相手であれば、マダラが危険視する必要はない。

 

 しかしそれを操る術者が問題だった。あの扉間のこと、生前と変わらぬ状態で死者を現世に呼び戻すような新たな術を開発していないとも限らない―――マダラはそれを危惧した。卑劣な扉間を相手にするには、柱間との死闘を経て弱体化した状態のマダラでは、敗北と死のリスクがあまりに高かったのである。

 

 ゆえに潜伏を選んだマダラだったが―――しかし、雲隠れ撤退戦にて、それは起きる。

 過去に死んだはずの弟―――うちはイズナのチャクラを感知したマダラは、「扉間が死ぬまでは屈辱を耐え忍び、雌伏を貫く」という覚悟を捨てた。しかし万一の時のため、”自身の肉体を分割する”という二代目土影が得意とした”分裂体”を用いた。これで万一の時でも、本体が志半ばで潰えることは無い。そんな保険すら掛けた。

 看取ったはずのイズナ、そして”くだらぬ小僧一匹”を生きながらえさせるために死んだと聞いた柱間のチャクラに誘われて、マダラは久方ぶりに外へ出た。

 

 いったい何が起きているのか。

 焦りと期待、そして言い得ぬ高揚感を胸に、久方ぶりの外界へ意気揚々と出発したマダラを待っていたのは―――瀕死の状態の千手扉間その人だった。

 

 ―――お前かよ。

 

 その際にマダラを襲った壮絶な落胆と憤怒は、想像に難くない。

 イズナと柱間のチャクラを感じて高揚していた精神に、扉間との邂逅により溢れた憎しみが激突し、マダラの精神はかつて無いほどに大きく揺れ動き、もはや冷静さを保つことは難しく―――そしてそれが、大きな隙となった。

 

 扉間の話術にうまく乗せられたマダラは、歯止めが利かぬほどに逆上させられ(・・・・・・)、撤退という選択肢を捨てた。憎き扉間を前に逃走する―――それがマダラにとってどれほど屈辱的なことであったとしても、マダラはそれに耐え、撤退すべきだったのだ。扉間と戦うべきでは無かった。

 しかしマダラは激情に呑まれ、交戦を選択した。「この手で殺してやる」という殺意と憎しみに呑み込まれた。”夢の先”の実現を見据え、万全を期すならば、扉間という仇敵との交戦は避けるべきであり、事実、マダラはそれを理解してたというのに―――目先の感情を優先してしまった。それこそが”憎しみの弱点”であり、扉間が畳間を始め弟子たちに「己を知り、冷静に己を見つめろ」と諭し続けて来た理由であった。

 

 結果―――マダラはしょうもない(・・・・・・)”憂さ晴らし”の対価に、自身の力を分けた”分裂体”を失い、その力を更に大きく削ぎ落とされたのである。これによってマダラは、表舞台に立つことが出来ないほどに、その力を失った。千手兄弟が世を去り、マダラにとって絶好の狩場となった後でさえも、潜伏を余儀なくされたのである。

 

「土影殿にも何やら心当たりがあるようだが……。何者だ?」

 

「……」

 

 沈黙するオオノキが、完全に”M”の正体に行きついていることを悟り、「他言無用」と強く言って、畳間は続けた。

 

うちはマダラ(・・・・・・)。”M”は、それに連なる者だろう」

 

「マダラ……!? あの伝説の……!?」

 

 風影が思わず立ち上がり、護衛達に緊張と動揺が走る。

 

「これまで、マダラの存在をオレが隠し続けていたのは、その名があまりに大きかったからだ。木ノ葉も含めて、うちはマダラへの恐怖は、未だ各里に息づいている。無用な混乱を避けたかった。忍界が恐怖に陥り、新たな争いの火種となることを避けたかった。だが―――」

 

 畳間はこの場に集まった忍びたち一人ひとりに真っすぐな視線を向け、頷いた。

 互いに憎しみ合い、殺し合った敵同士が、今は共に後進の成長を見守る同士となった。当時の自分たちからでは考えられない進歩。それは、時の流れの中で、人々が作り上げて来た”歴史”である。

 かつてとは違う。戦国時代、各一族はバラバラで、一族の垣根を越えて協力するという概念は存在しなかった。うちはマダラが恐れられたのは、その暴力に”一族のみ”で対抗せざるを得なかったからだ。だが、今は違う。

 

「我らは変わった。殺し合う関係は、もはや過去のものとなった。友と呼ぶには互いに受けた傷は大きく、仲間と呼ぶには互いの血に染まり過ぎたが―――。戦争は終わり、我らは”戦友”となった。

 

 ―――うちはマダラが何するものぞ!! 我らの同盟に敵は無い!」

 

 そう―――千手扉間が命懸けで作り出した”時”は、不肖の弟子の成長を待つのみならず。それは”忍界の成長”すらを待つ、”黄金の時”であったのだ。

 

 畳間の力強い言葉に、忍びたちもまた、力強くに頷いた。マダラは強い。だが、仮に当時の力のまま世に再び現れたとしても、今は一族どころか、”里”が協力することが出来る。一人一人がマダラに劣ろうとも、それを束ねた時、力は増大する。木ノ葉隠れの里が結束、他の大国を押し返したように。

 恐怖が払拭されたことを感じ、畳間が続ける。

 

「……しかし可能なら、他の里とも連携を取りたい。犠牲を最小に抑え、平和を維持するためには、団結する必要がある。雲隠れと霧隠れも含めて、尾獣を持つ里には、暁についての情報は送っている。あまり良い返事は期待できないが……」

 

「しかし大丈夫かのォ? 内乱中の霧はともかく、雲は暁と組んで我らに牙を向かんとも限らん。そうなれば、情報が筒抜けじゃぜ」

 

「いや……暁が人柱力を狙うというなら、それはない」

 

「「……確かに」」

 

 以前の五影会談でも、圧倒的な力を誇る五代目火影に唯一噛みついた”聞かん坊”のエー。満場一致の納得であった。

 

 

 

 

 

 

 

「僕の名前はロック・リー。うずまきナルト君……君と、戦いたい」

 

中忍選抜試験の会場へ向かっていたナルトたちの前に、突然、緑タイツでオカッパの少年が現れ、そんなことを口にした。

 

「ええ……」

 

 突然のことに、ナルトは困惑の表情を浮かべる。

 突然絡んで来た輩に「戦いたい」などと言われて、即答など出来はしない。少なくとも、ナルトはそんなふうには育てられていなかった。

 しかもその見た目からすると、ナルトの知人(ガイ)の関係者であることは明白である。そして、その考えが正しいなら、生中な実力者ということはありえない。試験には万全で望みたい。下手なことをしてコンディションを悪くし、結果受からなかったなどという結果になっては堪らない。

 

「サスケェ……お前どう?」

 

「オレに振るな。……こいつ、多分ガイの弟子だ。一緒に逆立ちしているところを見掛けたことがある。正直興味はあるが……ここで戦うのは、普通に考えてマズいだろ。遅刻する」

 

 乗り気ではない様子の二人に、リーは「そうですか……すぐ終わると思いますが」と小さく呟き、それを聞いたサスケの眉がぴくりと動く。

 

「……残念です。うずまきナルト君。火影様の養子にして、あの”千手止水”の弟くん。そして、”木ノ葉隠れの最後の砦”と謳われる天才一族の直系……うちはサスケ君。試験の前に、君たちの実力を確かめておきたかったのですが」

 

「はっ……。それこそ、ナンセンスだろ。実戦の前に、敵に手の内を晒すやつがどこにいる」

 

「……!!」

 

 丸い目をさらに丸くしたリーが、驚いたように息を呑む。

 

「ここにいたよ!!」

 

 サスケは思わずツッコミを入れる。

 言い終わった後、ナルトとサクラがじっと自分を見つめていることに気づき、恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「……ところで、そこの桜色の髪の君。名前を教えてください」

 

「……私? ……春野サクラです、けど……」

 

 サスケとナルトの陰に隠れるように身を潜めながら、サクラが恐る恐る返事をする。

 

「ああ……なんて可憐な名前なんだ。その広いオデコがチャーミングだ……。思わずキスしたくなります」

 

「ひえ……っ!」

 

 リーはサクラへ向かってウインクを贈った。完全に変質者の言動である。

 思わず小さく悲鳴を漏らしたサクラは、飛んでくる不可視のハートをサスケを盾にして防いだ。

 

「おい……サクラのこと、怖がらせてんじゃねーってばよ。―――ゲジマユ」

 

 サクラの怯えた様子に、ナルトが険しい表情を浮かべて一歩前に出る。

 

「……やる気になってくれましたか、ナルト君」

 

 リーが静かに半歩引き、胸の前で片手を構え、手の甲をナルトへと向ける。

 

「ちょっとリー、待ち合わせって言ったじゃない! なんで一人で行くのよー!」

 

 一触即発の空気の中―――突如、両サイドのお団子頭の少女が、軽やかな足取りで民家の屋根伝いにリーの傍に降り立った。

 

「おや、テンテン。良くここが分かりましたね」

 

 リーは構えを解くと、少女―――テンテンに悪びれた様子も無く笑いかける。

 テンテンは苛立たし気に眉をひくつかせた。そんなテンテンの隣に、長髪の少年が降り立った。

 

「ふ……オレの白眼でな」

 

 テンテンに続いて降り立った白目の少年―――日向ネジが、ナルトたちへ分かりやすく顔を向け、白眼を発動して見せる。両目の端に血管が浮き出たことで、その顔に怯えたサクラが「ひえ」と小さく声を漏らしながら後ずさりする。

 

「リー。勝手に動くな。探すのは容易だが、追い駆けるのは面倒だ」

 

「おや、ネジ。良くここが分かりましたね」

 

「ふ……オレの白眼でな!」

 

 再び白眼を発現させてナルトたちへ顔を向けるネジ。サクラが「ひえ」と小さく声を漏らしてナルトとサスケの後ろに隠れた。白眼は透視能力がある。サクラたちの同年代にも、白眼を持つ少女がいるので、サクラはそれを知っていた。そして今、目の前の男は白眼を発現させている。裸体を見られているかもしれない―――そんな恐怖がサクラにはあった。

 

「白眼……。あいつ、日向の奴だってばよ」

 

「……ヒナタの身内か? ふざけた奴だ……」

 

 サスケとナルトはサクラの体を背に庇い、ネジに視線を向けたまま、言葉を交わす。

 

 ―――こいつ、強い。

 

 二人は同時に、同じことを考えた。いつの間にか、二人は手に汗を握っていた。

 その身のこなしや、感じるチャクラの圧から、サスケとナルトは、日向ネジの実力を推察する。ふざけた言動は、恐らくフェイク。かつて見た大蛇丸や干柿鬼鮫には遠く及ばないことは当然としても、ナルトやサスケとは同等か―――あるいはそれ以上。

 ごくりと、二人が生唾を呑み込む。

 

「……なるほどな」

 

 ネジは二人の緊張した様子を見て何やら呟くと、白眼を解除し、リーへと体を向けた。

 

「しかしリーよ。お前が単独行動を取るなんて―――」

 

「別に珍しくないでしょ」

 

 ネジの言葉を遮って、テンテンが言う。

 

「まあ、珍しくはないが。今回はどういった理由だ? こいつらに関係があるのか?」

 

「知ってる子たちなの?」

 

「ええ、ボクたちの後輩ですよ。ネジ、テンテン。うちはサスケ君と、シスイの弟の、うずまきナルト君。そしてそこの愛らしい女性が春野サクラさん。ボクの天使です」

 

「きんもーー!!」

 

 シスイの弟と言う単語に興味は惹かれるものの、リーの最後の言葉があまりに生理的に受け付けられず、テンテンが思わず声をあげた。

 その声を聴いて、サクラは「この人はこっち側だ……」と奇妙な連帯感と安心を覚える。

 

「はははは、テンテン。もしかして、やきもちですか?」

 

「誰がよ!! ああ、もう!! なんでいつもこうなの!? 早く中忍になってシスイ君たちと組みたいよー!!」

 

「素直になれない、と言うやつか。青春してるなあ、リー、テンテン!! ガイ先生に報告しなければ」

 

「……そんなことしたら、私の命に代えてもあんたを殺すわ。ネジ」

 

 ネジがわざとなのか素なのかふざけたことを口にして、テンテンが殺意の籠った鋭利な視線を向ける。

 

「……ふむ。しかしうちはの者に、シスイの弟か……。道理でそこそこ(・・・・)強い感じがするわけだ」

 

「そこそこ、ね……」

 

「かぁー、好き勝手言ってくれるってばよ」

 

 ネジの言葉に、サスケは不服そうに呟き、ナルトは安い挑発をくれるネジに対し、呆れたような苦笑いを浮かべる。

 

「シスイとの戦いを前に、弟君と手合わせをしようと思ったのですが、断られてしまったというわけです」

 

「なるほどな。気持ちは分かる」

 

 リーの言葉に、納得がいったとネジが頷いた。

 

「それって、どっちの気持ち……?」

 

 戦いたいという気持ちか、あるいは断る側の気持ちか―――テンテンが問うが、二人はテンテンをスルーした。

 

「まあいい。リー、テンテン、会場に向かうぞ。このままでは遅刻する」

 

 足を曲げ、地を蹴らんとするネジが、飛び去る直前肩越しに振り返り―――サスケへ向け、真顔で口を開く。

 

「―――日向は木ノ葉にて最強。覚えておけ、シスイの弟と、時代遅れのうちはの者よ」

 

 ネジが飛び去り、リーがそれに続いた。

 そして―――飛び去ったネジの背中を見るサスケの眼が、見開かれる。

 

「取り消せよ、今の言葉!!」

 

 サスケの頭に一瞬で血が上り、その眼に写輪眼が発現する。

 ほかの誰に言われても耐えられるだろうが、日向の者(・・・・)にそれを言われて、耐えられるうちはサスケではない。

 足を屈め、その後を着いて行こうとするサスケを、その寸前でナルトが羽交い絞めにして止める。

 

「安い挑発だってばよ!! のるなサスケ、戻れ!!」

 

「あいつ、うちはをバカにしやがった!!」

 

「やめろサスケ!! 落ち着け!!」

 

「離せナルト!! やろーぶっころしてやる!!」

 

「お前さっき自分がゲジマユに言った言葉思い出せってばよ!!」

 

「……あの、ごめんね。私の班員が……。サクラちゃんだっけ……? あなたにも、嫌な思いさせちゃったわね」

 

「あ、いえ……。なんか、大変そうですね。えっと、テンテンさん?」

 

「分かってくれる……?」

 

「なんとなくですけど……」

 

「いい子だね……、君」

 

 残っていたテンテンが、もみ合う二人とサクラに声を掛ける。

 サクラはテンテンの普段の気苦労を思い、テンテンに逆にいたわりの言葉を伝え、テンテンは感動したように震えた。

 

「ごめんね、サスケ君。ネジも、普段からあんなこと言うやつじゃないのよ。ちょっと焦ってるというか、高揚してるというか……? それで許されるってわけでもないんだけど……」

 

「……」

 

 ナルトの影分身たちに纏わりつかれ、両手両足、胴体を拘束されているサスケに、テンテンが申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「どういうことですか?」

 

 息切れをして答えるどころではないナルトとサスケに代わって、サクラがテンテンの真意を問う。

 

「日向は木ノ葉にて最強……。ネジにも一族の誇りがあるから、それは本気で言ってるんだろうけど、でも本当は違うの」

 

「本当は違う?」

 

 サクラが言う。

 

「おい、ナルト。……もういい、離せ」

 

「たく……」

 

 サスケの言葉を聞いて、ナルトの影分身たちが消え去る。拘束が解けたサスケは立ち上がり、服に着いた土埃を掃った。

 

「……テンテンとか言ったか。どういうことだ? 話くらいは聞いてやる」

 

「ありがとう。君も良い子だねー」

 

 よしよしと、立ち上がったサスケの頭を撫でるテンテンに、サスケは頬を赤らめつつ、静かにテンテンの手を払い除けた。強く打ち払わないところに、サスケの人の好さがにじみ出て居る。

 

「ネジは最強の座を取り戻そうとしているのよ。木ノ葉最強の下忍―――千手止水君を倒すことでね」

 

「……兄ちゃん、下忍最強なの?」

 

 ナルトが思わず問うと、テンテンが頷いた。

 

「ナルト。お前の兄さんだろ。なんでお前が知らねーんだ」

 

「いやぁ……、強いとは思ってたけど、下忍最強とは思ってなかったってばよ」

 

「お前は”兄”への敬意が足りないな。オレを見習え」

 

「いやだってばよ」

 

「―――ともかく!」

 

 話の流れが変な方向へ行こうとしているので、サクラが声を荒げてそれを止める。

 

「そのシスイさんへの対抗意識でああいう言動をしたのは分かりましたけど、それが何でサスケに向かうんですか? 普通、そういうのってナルトだけに向くんじゃ……」

 

「んー。アカリ姉ちゃん……。シスイ兄ちゃんの母ちゃんが、もともとうちはだからだと思うってばよ」

 

 ナルトの言葉に、テンテンが頷く。

 

「そういうこと。シスイ君ってば、うちはと千手のハイブリッド少年なのよね。木ノ葉の二大一族の混血!! しかも火影様のご子息……ってことで、最強の一族を自負する”日向”一族―――その始まって以来の天才なんて言われてるネジは、千手とうちはに対抗心を燃やしてるってわけ。”一族始まって以来の天才”のネジが負けちゃうと、日向一族が負けちゃうからってさ。私からすれば、そりゃ強いでしょって感じなんだけどねー。男の子の意地ってやつなのかな? 悪気は無いのよ」

 

「はー、なるほどなぁ」

 

 ナルトが気の抜けた声を出した。

 興味がなさそうなナルトの様子に、サクラが不思議そうに視線を向ける。

 

「ナルトはそう言うの興味ないの? 男の子って、そういうものだと思ってた」

 

「別に最強とか、そう言うのは興味ないってばよ。最強はいつだっておっちゃんだし」 

 

「そう言われれば、確かにそうね……」

 

「だってばよ」

 

 納得した様子のサクラに、ナルトが頷く。

 

「それじゃ、私は行くね。今度は、試験会場で会いましょ!」

 

 飛び去って行くテンテンを見送って、サスケは拳を握りしめる。

 

「日向ネジ。ロック・リー。そして、千手止水……。熱くなってきやがったぜ」

 

 武者震いを堪えながら、サスケは空を見上げた。

 


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