綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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頑張れ下忍編―中忍選抜試験
第一の試験


 紆余曲折を経て試験会場に辿り着いたナルトたちは、下忍レベルの幻術による攪乱を容易に突破し、第一試験が行われる居室へと足を踏み入れた。

 ざわつく会場は、木ノ葉、岩、砂を始め、草隠れや雨隠れ、かつて初代火影の死因を作り出した滝隠れなど、様々な里の下忍たちで溢れかえっている。

 むせかえる様な熱気は、中忍を目指す下忍たちの熱意の証。

 

「あ、サクラちゃん! こっちだよ!」

 

「お、ヒナタたちだってばよ」

 

「ヒナタ!」

 

 ナルトたちが第一試験会場に足を踏み入れると、会場の端から聞き知った声が届いた。声のする方へナルトたちが目を向けると、そこには忍者アカデミーで同級生であった同期たちが固まっている。

 ナルトたちへ声を掛けたのは、短く整えた艶やかな黒髪と特徴的な白い眼を持つ、日向ヒナタと言う少女であった。ヒナタは笑顔を浮かべ、ナルトたちの到着を喜ぶように、大きく手を振っている。

 呼ばれるままにほいほいと向かったナルトたちは、同期たちが自分たちようにと空けてくれていた席へと腰かけた。

 

「結局、お前らも試験受けるんだな。シカマルのことだから、出ないと思ってたってばよ」

 

「オレはめんどくせーって言ったんだけどな……。あいつらが受けたいっていうからしょうがなく」

 

「はは、お前らしいってばよ」

 

 ナルトに話しかけられたシカマルは顔を顰めながら、同じ班の仲間である秋道チョウジ、山中いのへと親指を向けた。チョウジはマイペースにお菓子を食べており、いのは合流したサクラと、ヒナタを交えて楽しそうに話をしている。

 中忍試験へ推薦されたことを知ったナルトは、本日までにシカマルたちとも中忍試験について話をしていた。その際、シカマルは受験に乗り気では無かったので、棄権するとナルトは思っていたが、どうやら班員たちに押し切られたようである。 

 

 席に腰を落ち着けたナルトは、改めて周囲を見渡した。サスケとキバはいつものように(・・・・・・・)火影にはどちらがなるかと口論を始めており、シノは静かに試験の始まりを待っている。

 少し遠くには、先ほど遭遇したロック・リーたち一世代上の下忍たちが固まっており、そこにはナルトの兄貴分であるシスイたちの姿もある。そして―――ナルトは、探していた人物が近づいて来るのが見えたので立ち上がり、ナルトもまたそちらへと向かった。

 

「久しぶりだな、ナルト」

 

「久しぶりだってばよ、我愛羅……。我愛羅……?」

 

 数年ぶりの再会。

 ナルトが探していたのは、砂隠れの里へと帰った我愛羅であった。

 

「見違えたぞ、ナルト」

 

「……それはこっちのセリフだってばよ我愛羅。その顔の、なに?」

 

 嬉し気に笑みを浮かべる我愛羅と握手を交わしたナルトは、困惑した表情を浮かべる。

 我愛羅の顔には、見慣れぬ隈取が描かれていたのである。

 

「兄と姉に描いて貰った、お揃いの戦化粧だ」

 

「……そっか」

 

 なんとも言い辛いため、ナルトは言葉を濁す。

 

「……強くなったようだな」

 

握りあう手に、力が籠る。

 

「お前こそ」

 

「負けんぞ、ナルト」

 

「それも、こっちのセリフだってばよ」

 

 二人は互いの手のひらから、互いに強く成長したことを感じ取り、不敵な笑みを浮かべ合た。

 再会の喜びと、戦いの約束を言葉なく交わし合った二人は手を放して背を向け、互いの場所へと戻る。

 席へと戻ったナルトに、キバとの口論を終え、ナルトの隣に座るサスケが訝し気に声を掛けた。

 

「あいつ、我愛羅か? なんだ、あの顔は」

 

「兄ちゃんたちとお揃いの戦化粧だって言ってたってばよ」

 

「……オレも兄さんの顔とお揃いのしわ書こうかな」

 

「それはさすがにやめといた方が良いと思うってばよ……」

 

 却って傷つくだろうしと、ナルトはサスケが暴挙に及ぼうとするのを諫めた。

 

 

 

 

 ―――中忍選抜試験、第一の試験。 

 しばらくして現れた試験官たちによる第一試験の説明が終わると、第一試験が始まった。

 内容は、筆記試験。ルールは三つ。

 一つ目。全部で十問となる筆記試験は、減点方式が採用されており、下忍たちには10点の持ち点を与えられている。全問正解すれば持ち点はそのままで、一問間違えるごとに一点を引かれる。

 二つ目。この試験はチーム戦であり、受験を申し込んだ三人一組の合計点数で合否が判定されるという。合計30点の持ち点をどれだけ減らさずに試験を終えられるか、それが合否の基準となる。

 そして、三つ目。カンニング及びそれに準ずる行為を行ったと監視員に見なされた者は、一回に付き2点ずつ、持ち点を減らされる。

 持ち点を失った者は失格。連座して、他の班員もまとめて退場となる。

 

(ごめんな。サクラ、サスケ……そして、おっちゃん……。これ、落ちたってばよ……)

 

 集まっていた同期達は試験官の手によってばらばらに配置されてしまい、ナルトは一人、頭を抱える。

 もともと座学ではドベとしてアカデミーを卒業したナルトにとって、筆記試験など鬼門中の鬼門。

 しかも出題される問題は、およそ下忍が解けるような難易度では無かった。下忍どころか、中忍上忍でも難しいだろう。専門的な知識を持つ者でなければ、出題された問題を解くことは難しい超難問。それほどの難易度を誇る問題を、ナルトが解けるはずもない。

 

 他方―――。

 

(すまねェ……。サクラ、ナルト……そして、兄さん……。これ、落ちた)

 

 サスケもまた、一人頭を抱えていた。座学には自信があったサスケだが、この問題はそういうレベルのものではない。一問たりとも分かんねェ―――サスケは笑うしかなかった。

 

 そして―――時間だけが経過する。

 解けない問題。過ぎていく時間。

 悩みに悩み―――二人ともが、同時にある一つの考えに至る。

 

 ―――カンニングするしかねェ!!!

 

 二人が至ったその答えは、この試験において正解だった。

 この試験は、カンニングを前提に作られたもの―――つまり、カンニング公認の偽装・隠蔽術を駆使した、情報収集戦を見る試験なのである。

 

 ―――忍者は裏の裏を読め。

 

 減点されるような無様なカンニングでは無く、立派な忍者らしいバレないカンニングを行えと、試験官はルールを以て伝えていたということである。

 カンニングを即失格では無く、減点としたのは、猶予を与えるためだ。いかに試験官にカンニングと悟られることなく正確な答えを集めることが出来るか―――それが、試験突破の肝となる。

 

 気づいた者達が、各々の技術を用いて、カンニングを開始する。キバは忍犬赤丸を用いて情報を収集し、ネジやヒナタは白眼を使って、カンニングされるために紛れ込んでいる試験官を見つけ出し、サスケは淀みない動きで回答している者の動きを写輪眼で自身に投影し、答えを模写する。

 

 一組、二組と、試験官にカンニングを見つけられ、退場させられていく。時間が刻一刻と過ぎていく中、カンニング手段を持たないナルトは―――とりあえずトイレに行って、戻って来た。

 

(よし、終わり! 最後の問題は気になるけど……)

 

 回答を終え、サクラは答案を見直した。

 問題の最後には、試験開始45分後、試験官より口頭で問題が出題されると記されている。気にはなるが、考えても仕方がない。

 それよりも気になるのは、班員たちのことである。サクラは答案から顔をあげ、班員たちの方へ僅かに視線を向けた。

 ちらと見えるサスケの腕が淀みなく動いていることから、何かしらの手段を以て回答を行っているのだろうが、ナルトの手は最初からずっと動いていない。

 

 ―――突如、凄まじい轟音と共に、試験会場が大きく揺れた。

 

「なんだ!?」

 

 試験官―――森乃イビキが立ち上がり、驚愕と共に怒声をあげた。

 

「報告! 突如、会場裏で爆発が発生しました!! 被害は出ておらず、試験続行に問題はありません(・・・・・・・・)。火影様への報告は今から向かいます!」

 

 会場の扉を勢いよく開き入室して来た試験官が、慌てた様子で報告をあげる。

 負傷者は無く、試験会場も含めて、周辺施設に被害は無い。

 

「……」

 

 ―――敵襲か。

 在りえなくはないが、可能性は低い。

 木ノ葉の大結界は健在で、暗部や根の者が常に里周辺を警戒している。特に今は他里を招いた合同中忍選抜試験の真っ最中。来客中に敵の攻撃を許すなど里の威信に関わる大問題であり、普段よりも警戒レベルは跳ね上がっている。そもそも、五大国間の合同中忍選抜試験の再開を心待ちにしていた五代目火影が、その最中に木ノ葉本陣への攻撃を許すなど、まず在りえない。徹底的な防衛網を敷き、そんなものがあったとしても、秘密裏に処理されるはずだ。しかも爆発の場所が試験会場の裏手。他里の子供たちを預かっているこの試験会場は今、木ノ葉で最も警備が硬い場所である。そんな場所への攻撃を許したなど、試験官全員の責任問題だ。

 そして、イビキは思う。

 報告を告げた試験官はイビキの既知であるが、今のように明らかに(・・・・)慌てふためくような様を見せる男ではない。いかなる状況でも冷静沈着を以て知られる男だ。そんな男が大げさなほど慌てた様子を見せており、試験会場への攻撃と言う前代未聞の大事件を前に、五代目火影の判断を仰ぐことすらなく、問題はない(・・・・・)と断言した。

 

「―――受験生! 問題ない!! 試験を続けろ!!!」

 

 瞬時に思考を終え冷静さを取り戻したイビキが、ざわめく受験生たちへ向けて、大声で言い放つ。

 

「黙れ!! これ以上騒がしくする者は問答無用で失格にする!!」

 

 ぴたりと、受験生たちのざわめきが収まり、イビキは勢いよく椅子に腰を下ろした。前かがみになり、膝の上で掌を組むと、鋭い視線で受験生たちを見渡した。

 

(やってくれる……。うずまきナルトか。さすが五代目の養子……とんでもねェやつだ)

 

 イビキはナルトへ、そして次にサクラへと視線を向けた。

 サクラの頭の上には、いつの間に入って来たのか、一匹の猫が乗っている。どうやら勉強熱心な猫のようだ。サクラの答案を、それは熱心に眺めている。 

 

(ククク……おもしれェ。こいつ、やりやがったな(・・・・・・・)

 

 先ほどまで止まっていたナルトの手は、今はまるで答えを知っているかのように、淀みなく動き続けている。

 そう―――先ほどの爆発は、ナルトがトイレに立ったときに準備した分身大爆破。

 個室トイレ内で実際に大便をしながら、どでかい屁と排便の音で複数の影分身を生み出した音を掻き消し、水の流す音で変化時の音を掻き消した。本体が排便を終えてトイレから出て行ったあと、小動物に変化した影分身たちは散開し、数体は会場裏で自爆して陽動を行う。慌てふためいて会場に試験官が入室したと同時、開いた扉から残りの影分身が小動物の姿で試験会場に侵入し、サクラの解答用紙をカンニングしていたのである。

 

 それは影分身の術の特性である、本体へのフィードバック機能を利用したカンニングである。サクラに近づいた猫のナルトは、サクラに小声で真実を伝え、テストを見させてもらっている。あらかた記憶し終えたら影分身を無関係な受験生の机の下で消し、答えを本体に還元。回答するという手筈である。ちなみに、一度だけですべての答えを覚えきることは出来ないので、サクラの足元にはまだ数匹の猫ナルトがスタンバイしていたりする。すべてはサクラの頭脳を信頼してのことであった。それを聞いたサクラは喜びで天にも昇る気持ちである。

 

(愚図どもはあらかた落とし終えた。45分経ったし始めるか……)

 

「これより、第10問目を出題する」

 

 イビキが立ち上がり、最終問題の出題を宣言する。

 受験生たちに緊張が走る様を、イビキは嗜虐的な笑みを浮かべて眺めた。

 

「……と、その前に、最終試験についてちょっとしたルールを追加する」

 

 受験生たちが困惑を顔に浮かべるが、今更何かを発言するような者はいなかった。した途端、退室宣告を喰らいかねないことを、叩き込まれていた。

 

「まず、お前らにはこの第10問を受けるか受けないか、どちらかを選んでもらう。”受けない”を選べばその者の持ち点はその時点で”0”となり、即失格。もちろん、同班の二名も連座となる」

 

 イビキの言葉に、受験生たちが生唾を呑み込んだ。

 そんなものは、受ける以外の選択肢が無い。

 

「そしてもう一つのルール。―――”受ける”を選び、正解できなかった場合、その者については今後、永久に中忍試験の受験資格をはく奪する!!!」

 

「んなバカなルールあるかよ!? 火影様がそんなこと許すはずがねぇ!!」

 

 遂に声をあげた受験生に、他の受験生が便乗して声をあげる。

 しかしイビキは楽し気に喉を鳴らす。

 

「運が悪いんだよお前らは。今年はオレがルール(・・・・・・)だ。今年はなぁ、このオレが、五代目火影様より勅命を受けて、試験官やってんだよ。オレの言葉は、火影様の言葉と思え―――小僧ども。生意気に噛みついてんじゃねェぞ」

 

 その言葉の重さは、”影”の重さを知る他の里の下忍たちには何よりも重い枷となり、木ノ葉の下忍たちにはピンとこないものであった。

 

「自信のない奴は”受けない”を選び、次を受験すればいい。だから、選ばせてやってんだ。さて―――”受けない”者は手をあげろ」

 

 受けるを選び誤答すれば、一生下忍のまま。かといって受けないを選べば、他の班員も連座して不合格となる。圧倒的な精神的負担の中、下忍たちは震え、頭を抱える。

 

「オレは……受けない……」

 

 オレも、私もと、一人の言葉を皮切りに、次々に受験生たちが辞退を宣言して行き―――。

 

「……思ったより減ったが、お前たちは”受ける”でいいのか? ……本当に、”受ける”で良いんだな?」

 

 イビキが残った僅かなチームへ、最後通告を行う。

 

「当たり前だ。オレは火影になる。こんなところで立ち止まってられるか」

 

 サスケが言う。

 残った受験生たちも決意の眼で、あるいは不安に瞳を震わせながらも見つめ返してくる様子を見て、イビキは厳めしい表情でため息を吐き、口を開いた。

 

「ここに残った24名―――その全員に、第一試験の合格を申し渡す!!」

 

「「「は?」」」

 

 受験生たちが思わず口を開いた。唖然と目を丸くし、これまでとは打って変わって輝かしい笑みを浮かべるイビキを見つめた。

 

「え、いや……その、10問目は?」

 

「ないよ、そんなもの。言ってみればさっきの二択が10問目だな」

 

 恐る恐る口を開いたサクラに、イビキが満面の笑みで言う。

 

「……なるほどな」

 

 サスケを始め、何人かの受験生が納得を口にしながら、安堵のため息を零す。

 

「ちょっと! じゃあ今までの9問はなんだったの?! まるで無駄じゃないか!!」

 

「無駄じゃない。問題用紙に記された問題は、君たち個人の情報収集能力を見るためのものだ。その目的は既に果たしている。ここに残った者は、相応しいだけの情報収集能力を持っていたということだ。誇ると良い」

 

 我愛羅の姉―――テマリが声を荒げるが、イビキはやはり優し気な笑みを浮かべて、それに答えた。

 

「え、あ、そうですか?」

 

 これまでの冷酷な印象から打って変わったイビキに、テマリは困惑を隠せない。 

 

「さて、まずこのテストのポイントは最初のルールで提示した”常に三人一組で合否を判定する”というシステムにある。それによって君らに”仲間の足を引っ張ってしまう”というプレッシャーを与えたわけだ。しかしこのテスト問題は下忍レベルで解けるものじゃない。ゆえに会場のほとんどの者はこう考えたはずだ。”カンニングしかない”とな。つまりこの試験はカンニングを前提としていた。そのため”カンニングのターゲット”としてすべての回答を知る中忍を二名ほどあらかじめ潜り込ませていた」

 

 残った受験生たちは自分たちの考えと、イビキの提示する答えが合致していることに満足げに頷いている。

 

「しかし、愚かなカンニングをしたものは当然失格だ……」

 

 言いながら、イビキが頭に巻いた手ぬぐいをほどき―――その下に隠されていた、惨たらしい傷跡を、受験生たちに見せつける。火傷に切り傷、頭蓋骨を抉っただろうネジ穴。見るだけで痛々しい壮絶な拷問の痕だった。

 受験生たちはそのあまりに凄惨な傷跡を見て絶句し、息を呑む。

 

「情報とはその時々において命よりも重い価値を発し、任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるものだ。覚えておいて欲しい。敵や第三者に気づかれてしまって得た情報は、”すでに正しい情報とは限らない”ということを。誤った情報を握らされることは、仲間や里に壊滅的打撃を与える……。その意味で、我々はキミらにカンニングという情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別したというわけだ」

 

「でも、最後の問題だけは納得いかないんだけど……」

 

 テマリの言葉に、イビキは手ぬぐいを頭に巻き直し、言った。

 

「しかしな。この十問目こそが、第一試験の本題だったんだよ」

 

 受けるか、受けないか。

 単純な二択の問題は、しかし苦痛を強いられる究極の選択。受けないを選ぶ者は自身のみならず班員までも連座して失格とさせられ、受けるを選び失敗した者は、永遠の受験資格剥奪―――すなわち忍者としての未来を奪われる。実に不誠実極まりない問題であり、だからこそ、必要なものだった。

 

 ある任務がある。内容は、秘密文書の奪取。敵方の情報は一切不明であり、敵の罠が待ち構えるかもしれない。そんな状況で、”受ける”か”受けない”かを突きつけられた時、中忍であればどうすべきか。命が惜しいから、仲間が危険に晒されるから、危険な任務は避けて通れるのか―――答えは否だ。

 どんなに危険であっても、降りることの出来ない任務は存在する。平和な時代であっても―――平和な時代だからこそ、それを維持するために、命を賭けなければならない時がある。いざという時に自らの運命を賭せない者、”次がある”とチャンスを逃す者―――そんな者に中忍になる資格は無い。部下を率いる”部隊長”としての役割を担う中忍に必要な資質とは、”ここ一番”で仲間に勇気を示し、苦境を突破する力。イビキはそう考える。

 

「受けるを選んだ君たちは、これから出会うだろう困難にも、立ち向かっていけるだろう……君たちは入口を突破した。第一の試験は、終了だ」

 

 安堵のため息を零す受験生たちに、イビキは感慨深そうに眼を閉じる。

 

「先ほど見せた傷は、今回の中忍試験にも参加しているある里(・・・)の捕虜となり……拷問を受けた際に付けられたものだ」

 

 岩隠れの受験生と、我愛羅達砂隠れの受験生が、反応する。

 

「だが、それは過去のこと。―――今、かつて敵同士だった者達が、同じ席に座り、同じ未来を目指している。オレはそれを、本当に喜ばしいものだと思っている」

 

 当時からでは、考えもつかなかった未来。敵に捕まり捕虜となり、絶望の中を孤独にさ迷ったイビキだからこそ、今の平和を、尊いものだと心から思う。

 

君たち全員(・・・・・・)の健闘を、心より祈る!」

 

 イビキの笑み。その裏に隠された思いを、受験生たちは感じ取る。憎しみや痛みを耐え忍び、次の時代の成長と平和を望む火の意志。あれだけの拷問を受けて、なおもそれを抱くことが出来る強さ。

 言葉に出来ない感情が、サスケやナルト、我愛羅といった”影”を目指す者の心に沸き上がる。戦争を知らない世代がゆえに、実感は無い。しかし、それがどれだけ難しく、気高いことなのかは、理解できた。火影が何故、久方ぶりに再開された合同試験において、この男を第一の試験官として選んだのか―――その意味を、理解した。

 

 

 

 

「いやぁ、正直かなりビビったってばよ」

 

「ふ……情けないな、ナルト。……オレもだ」

 

「あんたたちねェ……。まあ、私もだけど」

 

 試験を終え、会場から退出したナルトが、胸を撫で降ろしながら安堵のため息を零す。

 サスケはナルトをバカにするような言動を取りながらも、直後素直に自身の心情を吐露し、サクラもまたそれに同意する。

 

「しかし……残ったのはほとんど木ノ葉の忍者だったな」

 

「ていうか、オレの兄ちゃんたちだってばよ」

 

 頭の後ろで手を組んで、ナルトが少し離れた場所で固まっている一期上の下忍たちへと視線を向ける。

 見ていると、ヒナタが嬉し気に手を振りながら一期上の下忍たちの下へ駆け寄り、何やら話をしているようである。同時に、ネジがシスイに対して鬼気迫る表情を向け、何やら噛みつき始めたように見えるのは気のせいだろうか。

 

 ナルトに気づいたシスイが小さく笑みを浮かべながら手を振り、ナルトもそれに振り返す。そしてナルトに気づいた香憐が凄まじい勢いでナルトへ向かって走り出し、ナルトが怯えた様に跳ね―――サクラがナルトを庇うように割って入った。

 

「あら、ファザコンの香憐ちゃんじゃない。相変わらず猪してるのかしら」

 

「なんだァデコデコ女。ウチはナルトに用があるんだよ。でしゃばってんじゃねーぞ」

 

「相変わらず相手にされてない(・・・・・・・・)みたいね。ふふ……あ、ごめんね。つい、笑っちゃった。あんまりおもしろいから」

 

「てめーだって眼中に入れてもなさそうだけどな! デコはつるつる胸もつるつるだからしょうがねーかなァ!?」

 

 パァン―――と乾いた音が二つ、同時に鳴り響き―――サクラと香憐、互いの頬が赤く染まる。

 

「しゃんなろぉーーー!!」

 

「ざっけんなコラー!!」

 

 サクラと香憐が互いの頬を引っ張り合い、顔をはたき合い、髪を引っ張り合い、罵倒し合う。

 

「……この二人、こんなだったか?」

 

「いや……、どうだったかな。ちょっと激しくなってる気はするけど……」

 

 サスケとナルトは腰が引け、じりじりと後ずさりをして距離を取る。

 アカデミー時代からナルトによく絡んでいた香憐。サクラはナルトをよく庇い、喧嘩していた。

 

「ちょっと、あんたたち止めなさいよ!! ―――って、痛いんじゃコラァーー!!」

 

 そして見かねたいのが仲裁に入り、争いに巻き込まれて参戦するまでが恒例であった。香憐が周囲の反対を押し切って飛び級していったことでそんな光景は見られなくなり、懐かしい気もしたが―――しかし目の前で改めて見せられると、やはり二度とは見たくないと思う少年たちである。

 

「あ、兄さんだ! じゃあなナルト! オレは兄さんと帰る!!」

 

 シカマルとチョウジは巻き込まれるのは嫌だと、いのが二人のところに向かった時点で姿を眩ませており、サスケは迎えに来てくれたイタチを遠目に発見し、足早にその場から去っていく。

 

「サスケェ……」

 

 裏切ってくれた友人の背を恨みがましく見送って、ナルトは項垂れる。

 

「その辺でやめておきなさい。まったく、公衆の面前だぞ、ここは」

 

「兄ちゃん!!」

 

 豪胆。キャットファイトの間に入ったのは、シスイであった。

 ナルトは救世主を見たと目を輝かせる。

 サクラといのも、年上の男性が仲裁に入ってなお続ける度胸は無く、痛む頬を摩りながら距離を取った。

 香憐はなおも言い募ろうとするが、シスイに強引に引き寄せられ、その赤く腫れた頬に触れられたことで、不貞腐れた様に押し黙った。

 苦笑いを浮かべながら、シスイは自身の手にチャクラを込める。シスイの手を薄っすらとチャクラの球体が覆い、香憐の頬を淡く照らす。

 

 ―――掌仙術。

 

 綱手より授けられた、シスイが得意とする癒しの術である。シスイは両親の五大性質変化を受け継いでおり戦闘能力も非常に高いのだが、最も力を入れて修業している術が、叔母より授けられたこの掌仙術である。千手止水―――彼は、医療忍者なのである。

 掌仙術を習いたいとシスイより弟子入りを持ち掛けられた綱手は大喜びしてそれを受け入れ、それを知ったアカリは憤激して綱手に食って掛かったが―――シスイの目的がアカリの”光”を取り戻すことであると知り、頬をだらしなく緩めてそれを許している。非常に会得難易度の高い掌仙術は、シスイの父畳間でさえも習得できなかった高等忍術。それをシスイは若くして高いレベルで習得しており、そのチャクラコントロール技術の高さがうかがえる。

 

「はい、終わったよ」

 

「ありがと」

 

 香憐の頬から赤みが引いていき、痛みもまた薄れていく。

 香憐に小さく礼を言われたシスイは「どういたしまして」と笑い掛け、サクラたちの方へ向いた。

 

「おいで。君たちも、治してあげよう」

 

(イケメンんんんんん)

 

 いのが内心で黄色い悲鳴を上げる。サクラもまた頬を染めていたが、それが平手打ちを喰らったからなのか、奇妙な高揚ゆえなのかは定かではない。

 シスイはサクラといのの頬や頭に触れ、傷ついた部位を治療していく。

 

 そんなシスイたちに近づいて来る太めの男。その男は香憐の傍で立ち止まると、「香憐」と名を呼んだ。

 その声を聴いて、香憐は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、面倒くさそうな、嫌そうな顔をして、振り返った。

 

「なんだよ、次郎坊(・・・)。なんか用かよ」

 

「香憐、女がそんな乱暴な言動を取るものでは―――」

 

「黙れデブ。男が女を語んじゃねェ」

 

 香憐の暴挙を諫めようとする次郎坊の言葉を遮ったのは、香憐の言葉では無く―――次郎坊の後ろから放たれた暴言であった。

 次郎坊は動じた様子も無く振り返ると、そこにいた少女へ向けて、言った。

 

多由也(・・・)、お前も女ならもっと言葉使いを―――」

 

「うるせェデブ」

 

 太めの男性―――次郎坊が振り返る。

 次郎坊は自身に暴言を吐いた女性―――多由也へ向けて、香憐に言ったようなことを言うが、しかし多由也は聞く耳を持たず、さらに暴言を続けた。 

 

「だから、多由也。女なら―――」

 

「てめーは喋んな。クセーんだよデブ。死―――」

 

 多由也の言葉がそこで止まる。

 ―――突如として空気が震え、同時に体に凄まじいまでの重圧が圧し掛かったのだ。

 ぞくりと、その場にいる人間全員の背筋が震える。一瞬、皆が呼吸を忘れた。

 

多由也(・・・)……」

 

 その場にいる全員の眼が、言葉と圧を発した一人の男―――シスイへと向かう。シスイはサクラの治療を終えて振り返り、鋭い眼光を多由也へと向ける。

 

家族(きょうだい)だぞ、オレ達は」

 

 シスイの体から放たれる不可視の圧は、空間を揺らすかのような凄まじい重圧を伴って、その場を覆った。それは、家族へ向けてあまりにも酷い暴言を吐こうとする多由也へ対する怒気である。

 それを向けられた多由也は思わず息を呑んで、冷や汗を流す。知らず、膝が震えていた。

 

「……ごめん。……言い過ぎた」

 

 多由也はしょぼくれて、ぽつりと謝罪の言葉を口にする。同時に、シスイは圧を消すと小さく笑みを浮かべ、多由也に近づいて、その俯いて小さく見える体―――その肩を、ぽんぽんと優しく叩く。

 多由也は舌打ちをして、そっぽを向いて見せた。

 

 多由也も本心から暴言を吐いたわけではない。ただ木ノ葉へ来るまでの生い立ちが、多由也の口調を荒くしてしまっただけである。シスイもそれは分かっている。

 シスイとて、兄妹同士”みんな仲良く”とまでは言うつもりはない。同じ家に暮らす家族であっても、それぞれ生まれも育ちも、孤児院へ来るまでは、まるで異なる。好き嫌いも当然あるだろう。シスイはそれを強制するつもりも無いが、しかしあまりの罵倒は目に余る。

 孤児院で暮らす子供たちは、基本的には自分の意志で木ノ葉へ移住することを選んでいる。畳間のことを父と慕い、アカリとノノウのことを姉、あるいは母と敬う。その想いの強弱はあれど、皆一様にその想いは同じ―――家族なのだ。

 シスイは畳間とアカリの実の息子であるからこそ、孤児院では一歩引いた立ち位置を取っているが、だからこそ家族をよく見ており、家族に対する思いは人一倍強いと言っても良い。

 そんなシスイは、基本的に喧嘩に介入することは無い。本人たちの意志を重んじているからである。実際、次郎坊と多由也の言い合いは今に始まったことではないし、普段は好きにやらせている。しかし家族に対して”死ね”という言葉は度が過ぎる。

 弟を失った(たたみま)叔母(つなで)、兄を失っている(アカリ)が、孤児院の兄弟たちのじゃれ合いを見守っている最中、時折垣間見せる寂しげな瞳を、儚げな微笑みを、シスイは知っていた。

 多由也が口にしようとしたその言葉は、家族間で在ってはならない言葉である。もしそれを子供たちが口にし合ったことを知れば、両親たちは酷く悲しむだろう。そして―――多由也にとっても。

 言霊という言葉もある。それに忍者である以上、その時はいつ何時訪れるやも分からないのだ。たとえ父たちの尽力で、平和な時代が訪れて居ようとも。

 ゆえにシスイは、多由也がその言葉を口にすることを止めさせたのである。

 つまるところ、越えてはならないラインを見極めて仲良く喧嘩しろ―――と言うことだ。

 

「次郎坊もだ」

 

 シスイは多由也を背に、次郎坊へ向き直ると、次郎坊へ対しても、諫言を伝える。多由也の口は確かに悪いが、しかしそれを誘発したのは、次郎坊の言葉である。

 

「言葉使いに対して気になるのは分かるが、”男だ女だ”と、君の性観念を押し付けるのは、やめておいた方が良い。一部からいらぬ顰蹙を買うことになる。オレ達の(アカリ)叔母(つなで)のような人もいるしな……。多由也は多由也、香憐は香憐だ」

 

「分かった。……気を付ける」

 

 頷いた次郎坊に近寄ったシスイは、その背を軽く叩くと、再びナルトたちに近づいていく。

 

「ごめんね。驚かせてしまって」

 

「い、いえ……」

 

「ぽー……」 

 

(怒るとやっぱおっかねえってばよ……!!) 

 

 シスイは、困惑するサクラ、呆然とするいの、戦慄するナルトへと優しく笑い掛けた。

 

「第一試験突破おめでとう。オレも当事者だけど、お前が通過したのはとても嬉しいよ、ナルト。しかし、気になってたんだが、あの爆発……お前だろ?」

 

「うん!」

 

 元気よく返事をしたナルトに、シスイは苦笑いを浮かべる。

 

「全く、困った弟だ。試験が中止になってたらどうするつもりだったんだ?」

 

 シスイに頭を撫でられながら、ナルトは「考えてなかったってばよ」と笑い返した。

 

 「どういうこと?」と、いのがサクラに尋ねると、「あの爆発はカンニングの陽動のためにナルトが起こしたものらしいわよ」とナルトから聞いたサクラが答えた。

 いのは驚愕し、ドン引きしてナルトを見つめた。

 

 

 ―――しばらく話をした一行は、それぞれ自宅へと帰る。翌日に迫る第二試験に備えるため、その日は一部を除き、早めに眠りについた。除かれた一部は孤児院の子供たちであり、早く眠れなかったのは、子供たちの第一試験突破を喜んでパーティーを開いたアカリのせいである。

 

 余談だが―――爆発音が轟くと同時、瞬時に火影邸より出動した畳間は、慌てて現れた試験官の一人に事情を説明されると、苦笑いを浮かべて火影邸に帰っていった。伊達にかつて火影邸および二代目火影襲撃を実行した”里の問題児”の養子ではない。実の両親に似ればよかったのに、変なところがナルトに引き継がれてしまって、畳間としてはミナト達に申し訳ない気持ちであった。


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