綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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胸を焦がす熱さ

 合同中忍選抜試験、第二の試験当日!!

 

「ナルト、香憐起きたか!? 遅刻するぞ!! 次郎坊、鬼童丸!! 何を呑気に朝飯を食べている!? 多由也と左近右近はもう行ったぞ!! おにぎりを作ったから行きながら食え!! シスイ―――は大丈夫そうだな! 香憐おはよう! ナルトォーーー起きろぉおおおお!!!」

 

 エプロンを掛けたアカリが、食堂の扉を開けて大声をあげると、試験開始の時間が迫っているのに呑気に朝食を摂っている小僧二人に唾を飛ばし、キッチンへ走りおにぎりを取ってきて二人に押し付け、再び食堂の入り口まで走り大声をあげ、シスイが出発の支度が終わっていることを確認し、その向こうから眠そうに目元をこすっている香憐が歩いて来るのを見て明るく挨拶をし、最後にナルトの名を叫んだ。

 

「お前が遅くまで寝かせてやらないから……」

 

 慌ただしく走り回っている妻の姿を、呆れた様子で、しかし愛らしいものを見るような瞳で見つめている。子供たちの第一試験突破が嬉しくてはしゃいでいたようだが、その結果がこれだった。

 お茶を机に置き、新聞を広げて椅子に座っている畳間は、すでに外行きの服に着替え終えており、出発を待つのみと言った状態である。第二試験は畳間を含めた各里の影も参観するので、畳間も向かわなければいけないのだが、呑気なものだ。それもこれも、試験官に任命した優秀な部下のおかげであり、畳間は彼らに諸々の準備を丸投げし、時間一杯まで家で寛ぐ算段である。

 

 忍者の世界の過酷さを知るノノウの教育方針で、孤児院の子供は忍者以外の道も選べるように教育されている。そして子供たちのほとんどが一般職への進路を選んでいた。

 アカリも畳間もまた、忍者の道の険しさを知る。家族や友を失う恐怖や苦しみを、子供たちが味わわなくて済むならばそれが良いと、一抹の寂しさを抱きつつもその方針に賛同している。そもそも戦うことが苦手な子供とているのだ。戦わず生きていけるのならばそれが良い。

 しかしそれはそれとして、子供たちが忍者の道を選んでくれたことは、多大な心配と、感慨を以て受け入れていた。

 

 シスイたちの世代が中忍試験の受験を一年先送りにしたことで、孤児院の子供たちからの受験者は数年ぶりとなった。

 久方ぶりの中忍試験。それも、五大国が参加する合同試験である。親バカなアカリとしては、期待と不安で胸が一杯だったわけだが、そんなアカリのもとに、試験へと送り出した子供たち全員が第一試験突破の報を携えて帰還した。しかも今回の中忍選抜試験は、他里との合同ということもあり、かなりの倍率となっている。第一試験でかなりの数の受験者が脱落した中で、その合格者の半数近くが孤児院の子供なのである。

 鼻高々なアカリは、子供たちを褒め称え、たくさんの料理を振舞った。食事が終わると、アカリは自身の下忍の頃の話や、中忍試験を受けた時の話などを子供たちに熱心に語り始めた。

 

 はしゃぐアカリに対し、子供たちは「まだ第一試験なのに」と最初こそ呆れていたが、しかし我がことのように喜んでくれるその姿に、不思議な感動と温かさを胸に抱いた。途中で退席することも出来たが、子供たちはその胸にじんわりと広がる温もりの安らぎに、自然と身を委ねてしまったのである。

 子供たちはアカリのことを母のように、そして姉のように敬愛している。しかも、忍者としても尊敬すべき先達だ。すでに現役を退いて久しいものの、全盛期には当時のうちは一族最強とも謳われたくノ一である。そんなアカリの下忍時代の話に、これから忍者として跳躍せんとする子供たちが興味を抱くのは無理からぬことでもあった。しかし夜が更けるまで聞き入っていたのは、アカリの話が面白かった、ということも一因だ。

 

 ―――油断して瀕死の重傷を負った旦那(たたみま)を助けたこと。初めての写輪眼。何故か合格できなかったため二度目となった中忍試験での、今や各国に名を轟かせる綱手を引き連れて戦ったサバイバル試験。さすがに大蛇丸のことは伏せたが、昏倒させられた綱手を救うために奮闘したことは、だいぶ誇張して語った。そして一人残ったアカリが、岩隠れの三人一組(スリーマンセル)を相手にちぎっては投げ(・・・・・・・)ちぎっては投げ(・・・・・・・)と、大立ち回りをしたこと。

 

 また、真実に一抓みの嘘と誇張を加えながら語るアカリの話は、子供たちにとって、さながら壮大な英雄譚だった。シスイを含めて、皆が聞き入った。

 そしていつしか、アカリの語り口には熱が入り、話は延長戦へと突入する。

 アカリが、かつての中忍試験での教訓を伝授するために始められたはずの昔話は、気づけば第二次忍界大戦を越えて、第三次忍界大戦の話にまで到達していた。

 

 兄との離別。ジャングルで一人、野生の猿たちと共に修業したとき。渦潮の闘い。畳間との決闘はさすがに伏せたが、だいたいのことを、アカリは語って聞かせた。三代目火影の戦死、砂隠れの撃退。失明と新たな光、結婚と出産。そして九尾事件を経た、木ノ葉隠れの決戦。

 子供たちは固唾を呑んで、留まるところを知らないアカリの話に聞き入った。結果―――残業を終えて帰宅した畳間に「まだ起きてんのか。はやく寝なさい」と中断させられるまで、子供たちはずっと起きていたのである。

 

「だああああ遅刻だってばよおおおおおお」

 

 ズボンを引っ張り上げながら、ナルトの大声が廊下から聞こえてくると、そのすぐ後に食堂へと転がり込んできた。

 

「ナルト!! 遅いぞ!!」

 

 アカリが言う。

 

「起きてたんだけども!! うんこのキレが悪かったんだってばよおおおお」

 

「だああああ遅刻だああああ!! ナルト!! どけ!!」

 

 寝ぼけていた香憐も、食堂の時計を見てようやく状況を把握したようで、慌てた様子で食堂から駆け出ていこうとするが、ナルトと激突して互いに尻餅をついた。

 

「ナルトてめー!!」

 

「香憐やめろって!!」

 

 香憐はナルトの胸倉を掴み、ナルトは両手で香憐の肩を抑えて引きはがそうとする。

 

「ナルト。お前手は洗ったのか?」

 

 シスイが聞いた。

 

「あ、忘れてたってばよ」

 

「てめぇーーー!!」

 

 香憐が飛び退いて、ナルトへ指さして絶叫する。

 

「……お前たち、楽しそうなのは結構だが、時間は良いのか?」

 

 騒がしい家族たちの姿を呆れたように見つめていた畳間は、時計に視線を向け、今から家を出たのでは到底間に合わないことを確信しつつ、子供たちに質問する。

 絶望に青ざめる子供たちに、畳間は苦笑を浮かべる。

 

「瞬身で送ってやる。早く支度しろ」

 

 子供たちの顔が喜色満面となる。便利なるかな飛雷神。

 

 

 

 

 

 

 第二試験、試験会場。中央部が吹き抜けとなった、ドーム状の闘技場である。広い中央部は高い壁によって観客席と仕切られている。この場所は、ここ数年の中忍選抜試験における最終試験で使われている会場であり、集まった木ノ葉の下忍たちの中には、かつて観客席に座り、当時の下忍たちの戦いを観戦した者もいる。自分が観戦される側になることを感慨深く思うが、本日においては、観客席に人影は数えるほどしかいない。

 

 会場中央部、地面が曝け出された丸い広場に、時間通りに集合していた下忍たちが班ごと縦一列で試験官の前に並んでいる。

 

「ナルト。いい歳して親同伴かよ」

 

 サスケが薄ら笑いを浮かべて、畳間と共に現れたナルトへ意地悪そうに言った。

 言われたナルトは驚いたように目を丸くし、次いで呆れた様に眉を顰めた。

 

「サスケェ……。お前鏡って知ってる?」

 

 ナルトが視線を向けた観客席の方向には、サスケの兄イタチがスナック菓子とジュースを手に、見慣れぬ女性と並んで座っている姿が見える。完全に授業参観である。イタチは岩隠れにおける領事館設置任務の成功を含め、火影の側近と言う立場を最大限に利用して、受験生たちの担当上忍と木ノ葉の上役、そして試験官のみが許された、第二試験の参観の権利を、当然のようにもぎ取ったのであった。

 

「兄さんは特別だ」

 

「おっちゃんだって特別だ」

 

 むしろ畳間はもともと火影として、他の影たちと共に下忍たちの奮戦を見物する予定だったので、ブーメラン発言である。

 

「あんたらなんでそんな平常心でいられるわけ……?」

 

 サクラが言った。前に並んでいる二人の男どもは、普段と変わりない様子である。サクラとしては、先生であるカカシや、畳間を始めとした影たちが見物すると知って、気が気ではないというのに。

 

「平常心……? そんなわけないってばよ」

 

 ナルトが呟く。

 ナルトと、そしてサスケの手が震えていることに、サクラは気づく。

 

「―――おっちゃんが見てんだ」

 

「―――兄さんが見てんだ」

 

「「落ち着いていられるかよ……!!」」

 

 サスケとナルトのやり取りは、滾る闘争心を鎮めるための軽口であったということにサクラは気づいた。しかし―――。

 

(それはそれで、結局いつも通りなんじゃ……)

 

 サクラは口端を引きつらせる。しかし二人のバカを見て、なんとなく落ち着いてきた自分を自覚し、「私もいつもと同じか……」と苦笑を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 これより始まる第二試験。

 その内容は―――班対抗のチーム戦。

 第一試合を戦う二つの班が試験官に読み上げられると、ある者は不敵な笑みを浮かべ、ある者は心底嫌そうに顔を顰める。

 他の受験生たちが中央広場から飛び去り、観客席へと登り切ったと同時―――試験官が手を挙げ、試合開始の宣言を叫ぶ。

 

「―――チョウジ!!」

 

 シカマルが叫ぶ。

 

「倍化の術!! ―――肉弾戦車!!」

 

「―――ナルト!!」

 

 サクラが叫ぶ。肉達磨がナルトへと肉薄する―――。

 

 

 合同中忍選抜試験―――第一試合。

 

 木ノ葉隠れの里・第十班―――奈良シカマル、秋道チョウジ、山中いの

 

 VS

 

 木ノ葉隠れの里・第七班―――うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケ

 

 

 ―――試合開始!!

 

 

 試験官による試合開始の宣言と同時に、シカマルといのが飛び下がり、チョウジが突撃した。

 秋道一族の秘伝・倍化の術。蓄えたカロリーを消費して自身の肉体を巨大化させる術である。そして、その肉体をチャクラで強化し、高速回転を加えて肉の戦車と化し突撃する肉弾戦車。その威力は凄まじく、直撃したら最後、その体は轢き潰される。

 

 そんな一撃必殺とも言える秋道一族の秘伝忍術に、ナルトは十数体の影分身で対応した。影分身たちは脂肪の暴力によって、爆破させる間もなく、瞬く間に消滅させられたが、しかし一瞬だけその突撃を押し留めることが出来た。

 その一瞬―――サスケは飛び下がり、チョウジの攻撃を避ける。ナルトはサクラを守るために迎え撃とうとその場に残り、サクラはナルトの手を握ると―――その細腕からは想像も出来ない馬鹿力で引き寄せ、チョウジの進行方向から外すために投げ飛ばした。

 

「サクラあああああ!?」

 

 ナルトの叫び―――。

 宙に浮くナルトの目に、サクラの表情が写り込む。チョウジに轢き逃げされようとするサクラの顔には―――穏やかな笑み。

 直後、チョウジによってサクラが吹き飛ばされた。

 

「シカマル、右!!」

 

 いのが叫ぶ。

 シカマルは飛び下がりながら伸ばした影を、爆走するチョウジの影と接続させ、その体を無理やりに操作し、いのの言葉に従って、右方向へと振り抜いた。

 操られるチョウジの体の向かう先には、血走らせた目に写輪眼を発現させ、シカマルたちの背後へ回ろうとしているサスケの姿。

 後退を余儀なくされたサスケは舌打ちをし、急ブレーキをかけてその足を止めると、地を蹴って直撃を避ける。

 チョウジが激突した地面が抉れ、砂ぼこりが舞う。サスケの視界が奪われるが、しかしその砂ぼこりの幕を突き破り、肉弾戦車が目の前に現れる。山中一族の感知能力で、いのはサスケの位置を正確に把握している。その情報を、いのは心伝身の術でシカマルに伝えているのである。

 サスケは咄嗟に後退しながら手裏剣を投擲するも、チョウジの肉体には通じず、そのすべてが弾かれた。

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

 サスケの口から吐き出された巨大な火の塊が、チョウジに直撃する。

 

「あっつううう!!」

 

 チョウジの体が炎上するが、しかしチョウジは叫び声は上げても、肉弾戦車を解除することはしなかった。チョウジがサスケに激突し、サスケは呻き声をあげて宙を舞った。

 

「これで―――っ!!」

 

 いのが歓喜の声をあげ―――。

 

「―――降参だ!!」

 

「―――終わりだってばよ」

 

 ―――シカマルが叫ぶと同時に、シカマルといのの周囲を、無数のナルトたちが取り囲んだ。

 

 無数のナルトに囲まれたシカマルといのは、両手をあげて立ちすくむ。その首筋には、逆手に握られた苦無が、背後から突きつけられている。それだけではない。周囲を埋め尽くすナルトの群れは、皆一様に刃物を二人へと向けていた。完全に包囲されている。

 

「こんな狭い場所でナルト相手に戦うなんて不利過ぎるわよ……」

 

 いのが泣きべそを掻いたような、震える声でつぶやいた。

 

「最初の一撃で仕留められねーってなると……。こうなるよなぁ……」

 

 シカマルが大きくため息を吐いて、項垂れる。

 狭い空間は、ナルトの独壇場である。チャクラ量に物を言わせた、単純な物量作戦。多重影分身の術で空間全てを制圧し、それで終わりだ。チョウジを操って影分身を消しても、数が多すぎる。近接戦闘能力の低いシカマルといのは、ナルトの影分身の雪崩に対抗できない。そもそも、この数の影分身が一斉に爆発すれば、文字通り木端微塵にされるだろう。数こそ力である。

 第十班には、初手でナルトを戦闘不能に追い込む以外に、勝てる手段が無かった。奈良一族の影縛り、山中一族の心転身の術でナルトを封じたとしても、そう長くはもたない。両一族の秘伝忍術は、術者と被術者のチャクラ量の差があまりに大きいと、容易に解除されるという弱点がある。作戦は時に実力差を覆すが、一方で圧倒的な暴力は作戦をねじ伏せるのだ。

 

 参加している受験生は、そのほとんどがシカマルたちよりも格上の忍び。

 ゆえにシカマルは第二試験がどのような試験かを第一試験終了直後から考察し続けていた。格上相手にどう戦うか。どのように仲間を勝利へ導くか。

 個人戦であれば、どう戦うか。戦うならばどのような地形か。チーム戦であれば、チーム分けはどうなるか。班対抗か、無作為に分けられるのか、あるいはまた別の振り分けか―――。

 

 中忍試験における例年の最終試験を鑑みて、個人戦の可能性は薄いと考えていたシカマルは、班対抗戦一点にヤマを張り、いのとチョウジに招集を掛け、残った受験生たちに対し、一班ごとに対抗策を考え、それを授けていた。

 第七班に対する対抗策は―――奇襲による最高戦力(ナルト)の無力化。うずまきナルトは、同期にて最強の下忍。自由に動かれれば、まず勝機は無い。シカマルが最も警戒する相手は、うずまきナルトだった。

 サクラは頭は良いが実力的には平均に過ぎず、うちはサスケは強いが、ナルトほどの爆発力は無い。写輪眼は未知数だが、いのの感知能力とシカマルの頭脳によって導かれるチョウジは、写輪眼の幻術には掛かり得えない。そして何より、サスケもナルトも、第十班を格下として認識している。初手での最大火力での奇襲は、まず成功するに違いは無かった。

 作戦としては悪くないはずだったが―――。

 

「―――良い忍びを育てたな、カカシ」

 

 観客席で受験生の闘いを眺めていた畳間が、優し気な笑みを浮かべ、隣に座っているカカシへと言った。

 

「咄嗟にナルトを庇ったサクラのお手柄だ。良い目を持ってる」 

 

 幼くとも、猪鹿蝶のチームワークは本物だった。あれを正面から単騎で破れる下忍は少ない。それこそナルトか、下忍最強とされているシスイ、日向始まって以来の天才と謳われるネジくらいのものだろう。だからこそ、サクラは身を挺してナルトを守る選択を取った。

 

 普段お菓子ばかり食べているふくよかな体型のチョウジ。「めんどくせぇ」が口癖のシカマル。実力ではサクラとそう変わらない、いの。

 ”鈍い”というイメージが染みついている第十班の、試験開始直後の奇襲を読み切った者は多くない。

 シカマルの作戦は的を射ていた。ナルトは普段面倒くさがっているシカマルや、お菓子ばかり食べて修業しているようには見えないチョウジ相手に油断していたし、サスケの意識は観戦している兄へと向かっていた。二人は奇襲に対応できず、あと一手で勝利を納めていたのだ。

 

 ―――自身の実力が他に劣ることを自覚しているがゆえに、決して油断も慢心もせず、敵を客観的に見据える眼を持つ、春野サクラがいなければ。

 

 自身や、あるいは班員すらを駒にしてでも効率を計算し、”目的”を達成する力。カカシ”先生”に認められ、サスケに褒められたサクラは、それを凡人たる自分の”無二の長所”だと強く自覚し、それだけを研ぎ澄ませてきた。

 第十班と第七班における、個人の実力差は明確だ。一対一で戦った場合、全力のナルトに勝てる者はいない。そのうえ、アカデミー主席であるサスケとて、決して侮れるものでは無い。第七班が団結すれば、第十班に勝機は無い。それが、客観的な分析。

 

 だからこそ、サクラは読んだ(・・・)

 我が強い小僧二人と、平均的なくノ一。一度火が付くと止まらないが、ゆえにスタートダッシュが遅くなる。

 一方で、幼少期から一族単位で親交のある第十班は、チームワークこそが最大の武器だ。

 

 ゆえに狙うとすれば、ムラ(・・)のある第七班が団結する前。

 であれば、第十班()ナルト()の状況を作り出せる唯一の機会―――すなわち開始直後を、キレ者であるシカマルが逃すはずが無い。

 ナルト(最大戦力)の”戦いやすさ”を守ること。それこそが、凡人の出来る最大のチームワーク。主役じゃなくても構わない―――。

 

 ”合格”。

 

 ”合格”こそが”要”よ。

 

 そう言わんばかりの奮闘だった。

 自身を犠牲にサスケとナルトを奮起させようとしたサクラの目論見は成功し、サスケは咄嗟に別行動を取ることで、敵の注意をナルトから逸らした。壮絶な怒気を伴ったサスケの接近を無視できるものが下忍にどれほどいるか。チョウジの追撃から外されたナルトは、その隙にありったけのチャクラを練り上げて、盤面を影分身で制圧し、勝利をもぎ取った。

 瞬きの間の輝きでも、サクラのそれは値千金の奮闘だったのである。

 

「……はは。思ったよりも嬉しいものですね……。弟子の成長と言うのは……」

 

 担架に乗せられて運ばれるサスケとサクラ、そして心配そうに寄り添うナルトを、カカシは目元を優しく緩ませて、見送った。

 第三次忍界大戦当時、畳間は若き日のカカシに対し、事あるごとに「カカシの成長が嬉しい」と口にしていた。胡散臭いだとか、気恥ずかしさを感じながらも、カカシは胸中でその言葉に喜びを抱き、より修業に励んだことを覚えている。

 

 ―――褒めて伸ばす。厳しさが目を引く畳間だが、その育成方針の根底にはそれがある。畳間の影響を強く受けていたカカシもまた、知らずそのようにして弟子を導いていたようである。

 

 長所を見出され、それを褒められたサクラは、そこを伸ばせばいいのだと、明確な『道標』を得ることが出来た。同期のほとんどが突出した天才たちである中、どうすれば強くなれるのかと悩み苦しんでいたサクラにとって、それは暗闇に差し込んだ光明だった。あとは、その光へ向かって走っていけばいい。

 

 道を見据えた者の成長は早い。それは、アカリとの戦いを経て”道”を確実なものとした畳間や、無才の烙印を押されたがゆえに体術にのみ全霊を注いだマイトの系譜が証明している。

 何をどうすべきか分からず、がむしゃらに修業する者よりも、自身の明確な強みを知り、それを伸ばすだけに時間と労力を注げる者の方が、前者よりも効率が良いのは当然だ。

 そういう意味で、”連携”という幼少期より培った最大の強みを発揮できる第十班が強いのは当然であり、第七班で最も”強み”を意識して伸ばして来たサクラが、それに対抗できたのも必然だった。

 

「カカシ、あの子に性質変化を教えてやれ。手札が増えれば、化けるぞ」

 

 サクラはまだ弱く、今はまだ身を挺して仲間を庇うくらいしかできないのかもしれない。だが、水遁や土遁といった、敵の妨害と味方の支援を同時に、かつ遠隔で行える術を手にしたとすれば―――。

 

「頼もしいものだな……」  

 

 育ちつつある次世代の芽。

 畳間は嬉し気に目を細めた。

 

 

 

 

「ああ! オレにはヒナタ様を手に掛けるなんて出来ない!! 出来るはずが無い!! 可愛らしくいじらしい妹なんだ!!」

 

「ネジィ!! 耐え忍ぶのです!! ボクたちの目標は中忍!! 倒さねばらない相手です!!」

 

「あんたたち真面目にやってよ!!!」

 

 

 第二試合。

 

 第三班―――日向ネジ、テンテン、ロック・リー

 

 

 VS

 

 

 第八班―――油目シノ、日向ヒナタ、犬塚キバ

 

 

 ―――試合開始!!

 

 したのだが、ネジは苦悩を耐えるように頭を抱えて顔を顰め、リーはそんなネジを滂沱の涙を流しつつ応援している。

 テンテンは口寄せした武器を雨あられと投げ飛ばして第八班の攻撃を防いでいるが、さすがに一対三では分が悪い。

 

「ネジ兄さん!!」

 

 ヒナタはネジが大声で喚き散らしている、可愛いだの頑張り屋だのという形容詞に頬を染めながら、やめてくれという思いを強く籠めながら、声を荒げた。

 

「私、いっぱい修業したの!! ネジ兄さんに”も”、私の成長を見てもらいたい!!」

 

「ヒナタ様!!」

 

 ネジが歓喜の声をあげる。

 

「ネジ兄さん、私―――」

 

「ヒナ―――」

 

 余計なことを言って敵の士気を上げるな―――そう声をあげようとしたキバが、突如として倒れ込んだ。

 

「キバ!?」

 

「キバ君!?」

 

 シノとヒナタが驚愕に目を見開く。

 地面に倒れ伏すキバの傍に、いつの間に近づいたのか、ネジが佇んでいる。

 

「ヒナタ様の言葉を遮るとは、無礼! あまりに無礼……!」 

 

 そう―――ネジはヒナタの言葉を遮ったキバに一瞬で近寄って、その鳩尾を強打。チャクラを流し込んで意識を奪ったのである。

 くんくんと、キバに寄り添い、悲し気に顔を擦り付ける赤丸の鳴き声が哀しかった。

 

「こいつ……!」

 

 シノが手を広げると、両手の裾から無数の奇壊蟲が現れ、ネジを包囲するが、ネジはその場ですさまじい勢いで回転を始める。ネジの体から放出されるチャクラが円を描き、蟲の悉くを打ち払った。

 

「く……っ!! 舐めるな!!」

 

「八卦空掌!!」

 

 シノはさらに多くの蟲を解き放つが、ネジがシノへ向けて放った掌底が巨大な衝撃波を生み出し、物理防御を持たないシノは為すすべなく吹き飛ばされ、気を失った。

 

「ではヒナタ様、始めましょう。オレに見せてください。修業の成果と言うやつを……!!」

 

 ネジは”カッコイイ兄さん”の表情を意識しつつ、芝居がかった動作で柔拳の型を取る。

 

「……ネジ兄さん。私、あなたのこと許せそうにない……!!」

 

 ヒナタもまた柔拳の型を取ったが、その形相は怒りが滲んでいる。

 

「そんな!?」

 

「ネジィ!?」

 

 ヒナタの言葉に愕然とするネジに、リーが再び滂沱の涙を流す。

 

「そりゃそうでしょ。いくら実力差があるからって、そんなふざけた態度の奴に班員やられたらねぇ……」

 

 テンテンは呆れた様に目を細める。

 

「ふざけていない! 本気でやっている!!」

 

 ネジが憤った。

 

「―――実際、その通りだな。ネジが手を抜かず本気でやってるから、キバもシノも一撃で沈められたんだ。……可哀そうに。さすがに相手が悪い」

 

 畳間が憐れみを表情に浮かべて言った。

 

「……日向始まって以来の天才。そう聞き及んでますが、実際どうなんですか? 五代目」

 

 畳間の言葉を聞いて、カカシが聴く。

 

「日向が呪印によって、分家と本家を分けていたことは知ってるな?」

 

「はい」

 

 日向一族の分家は、ある年齢になると生涯消えない呪印を刻印される。それは刻印された者が命を落とした時、白眼の能力を封印する効果を持つ物であり、分家の者にとっては忌々しい呪縛の証である。

 しかし九尾事件と木ノ葉隠れの決戦を経て、共に同じ戦場で命を賭けた分家と本家に分かれた兄弟は、改めて話し合いの機会を設けた。互いにいがみ合い、しかし心の底では大切に思っていた双子の兄弟。定められた運命に従っていた二人は、互いを失うかもしれないという恐怖を以てその心の奥底を自覚したことで、その運命に抗う決意を抱き、今一度心の内を語り合おうと決心した。

 その背景には、木ノ葉にも知れ渡っている”うちは”と”千手”の諍い―――これを乗り越えた畳間の仲介もあった。

 

「九尾事件以後、ヒアシ(本家)ヒザシ(分家)は和解し、日向はその制度を廃止した。呪印を刻まれるのは任務に赴く者のみで、里に戻ったらそれも解除される。現在日向一族における”本家”とは、任務に赴く者に呪印を施す者のことを指す」

 

 白眼は希少な血継限界である。他里に奪われることは避けなければならない。ゆえに、任務で里を離れる者―――奪われるリスクのある者に、期間限定で施されることになったのである。

 下忍となったヒナタも、本家のものであるが、任務に赴く際は、父から呪印を刻まれている。そんな簡単に呪印の付け外しが出来るようになったのも、畳間の協力があったがゆえであった。畳間は封印術を得意とする忍者であり、里の不穏分子との面談をする傍らで日向一族に伝わる呪印の術式について研究し、改良を加えたのである。

 

「ヒアシとヒザシは……、まあ長くいがみ合っていたから、すべての遺恨の解消―――とはならなかった。オレ達千手とうちはのように、時の助力は必要だった。だがそれはそれとして、戦争で数を減らした一族の再興と言う意味でも、若き芽の育成には力を入れていてな。うちはにはイタチが、千手には止水という天才がいたこともあって、日向はネジの育成に力を注いだらしい。……まず間違いなく、下忍最強の一角だ。同年代の頃のオレやアカリよりも、ネジは強いだろう」

 

「それほど、ですか……」

 

 カカシが驚愕に目を見開いて、ヒナタと戦っている―――いや、まるで師が指導するかのような優雅さでヒナタをあしらっているネジに、視線を向けた。

 

「ああ。もともと、日向は体術使い。そして師が、あれ(・・)だ」

 

「……納得しました」

 

 カカシの視線の先には、「合格!!」と記された大きな旗を振り回しているマイト・ガイの姿が移った。

 日向は後の先たる柔拳。ガイは先の先たる剛拳。体術の思想は違えども、どちらも肉体を武器にすることは共通している。日向の柔拳に、ガイの剛力が加われば、最強に見えるということである。リーと仲が良いのも、打倒止水を掲げ、厳しい修業の日々を共に過ごしているからである。

 テンテンが野郎どもに対して少し冷たいのは、男同士の友情から自然に除け者にされた孤独感もある―――のかもしれない。

 

「ヒナタ様、もう十分です。もう十分、あなたは頑張りました。棄権してください」

 

 挑むたびにネジに弾き返されたヒナタは、血と土埃で汚れていた。転倒し、体中を打たれてもなお、ヒナタは諦めずにネジに食らいついている。柔拳によってチャクラを流し込み意識を奪おうとするが、そのたびにヒナタは自身のチャクラを操作してそれを阻み、立ち上がり続けている。

 実力の差は明白で、一手すら届くとは思えない。それでもなお挑み続けるヒナタの姿は、その場にいる者達の心を打った。

 

「ヒナタ……」

 

 観客席へと移ったナルトや、第十班が、心配と、言葉に出来ぬ熱さを胸に抱く。

 

「この日のために、シノ君もキバ君も、頑張ってきたの……っ!! 紅先生だって、応援してくれた!! ここで私が何もできずに倒れたら……! 本当に、私たち(第八班)は何もできずに終わってしまう!!」

 

 ヒナタのチャクラが膨れ上がる。

 ヒナタは、残念ながら日向の才能に恵まれはしなかった。従兄には一族始まって以来の天才がいて、妹は自身を軽く超える柔拳の才能を持って生まれた。才能に劣るヒナタは、一族の長たる父に疎まれこそしなかったが、その期待に応えられないもどかしさを感じて生きて来た。一族本家の長女たるヒナタに、父は娘への情を殺し、厳しく接してくれる。それは娘の成長を願うがこそのものであり、だからこそその期待に応えられないことは悔しかった。だが同時に思うのだ。それは自分の望んだことではないのだと。

 本家を継ぐのは、妹だろう。ヒナタも、それは分かっている。自分が一族の当主にふさわしい器だとは思っていないし、もともと戦うことが苦手だった。忍者になったのは、単に家がそうだったから。

 

 だからこそヒナタは憧れた。

 日向の才に愛され、分家と本家を越えて、一族すべての期待という”重圧”を一身に負わされながらも、プレッシャーに負けず自由奔放に友と駆けまわり、己が道を進む従兄―――その横顔に。そしてその裏で、止水というライバルに負けぬよう、血反吐を吐くような努力を積み重ね、それを表に見せないその泥だらけの背中に―――ヒナタは憧れたのだ。才能だけでは乗り越えられぬ壁があることを知り、なおも腐らず乗り越えようとするその姿に、ヒナタは焦がれたのだ。

 それは恋ではない。しかし元来弱気なヒナタにとってそれは、自分を奮い立たせるに足る光であった。

 

 ―――今はまだ、”日向一族本家の娘”という、生まれながらの”運命”に縛られるだけの小娘だとしても。いつかその籠から飛び出して、己の道を進めるように。

 自らの意志で『日向は木ノ葉にて最強』の道を進む従兄。その妹として、憂いなく胸を張れるように。

 

 泥臭くても、みっともなくても、それでもヒナタは諦めない。幼少期―――気まぐれに読んだ、ある小説の主人公が定めた忍道。

 

「―――諦めないど根性。それが私の、忍道だから!!」

 

 腰を落としたヒナタの姿勢―――それは、日向に伝わる体術の極意。

 

「―――八卦!! 六十四掌!!」

 

 ヒナタの鬼気迫る表情に、ネジもまた表情を変える。見守る兄から、一人の忍者の顔へと、その表情を変えた。

 

 かくして―――ネジの点穴へ向けて放たれた、ヒナタの六十四に及ぶ攻撃は、その悉くが届かなかった。

 すべての攻撃を見切るネジの眼力は、ヒナタの八卦六十四掌を見切り、同時に放たれたネジの八卦六十四掌によって寸分たがわず指先を合わせられ、防ぎ切られたのである。

 

「ヒナタ……」

 

 孤児院では、忍者の才が無い者には、別の道が多く開かれていた。無理に忍者にならずとも、成功する道はたくさんあった。忍者になった孤児院の兄弟は皆、才能に溢れた者達で、ナルトの周りには、血反吐を吐き、泥に塗れながらも目標のために努力する者はいなかった。

 一つの道を諦め、別の道を行く。それは正しいことなのだろう。子が茨の道を敢えて進むことを奨励する親はそういない。それでも―――叶わないかもしれない夢に向かって、『それでも』と進もうとする者の姿の、なんと気高いことか。なんと眩しいことか。泥臭いと、みっともないと笑い一蹴することは簡単だが、そんなことをする気はまるで起きなかった。

 実の両親がいないこと以外、幼少期から何不自由なく育ち、その類まれたチャクラ量によって大した苦労もせずに実力を身に着けて来たナルトにとって、その姿はあまりに眩しいものであった。

 

 ナルトは座学においては落ちこぼれである。忍術においても、もしかしたら落ちこぼれになる可能性は充分にあった。そうならなかったのは、畳間がナルトの”長所”を見つけ、それを伸ばす教育をしてきてくれたからだ。ゆえにナルトは、”持つ者”である。明確な壁にぶつかったことも無ければ、それを乗り越えようと努力したことも無い。

 

 だからだろうか―――この胸に滾る熱さが何なのかを、ナルトは言葉に出来なかった。

 

 ―――しばらくして、体力の限界を迎え力尽きたヒナタが倒れ伏し、第二試合は第三班の勝利で幕を下ろした。

 


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