綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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誰に似たんだか

 合同中忍選抜試験第二試合―――ロック・リーvs次郎坊。

 

 両者ともに木ノ葉隠れの里の忍び同士の対決は、開始直後、チャクラを吸収する土の監獄を生成し、リーをその中に閉じ込め、忍術の発動を封じた次郎坊の勝利かと思われた。しかしリーは、マイト・ガイを師に仰ぐ、体術のスペシャリストである。もともと忍術を扱う才能を全くと言い程持ち合わせておらず、またガイの剛力を継承するリーにとって、チャクラを吸収する岩の牢獄など、動きを阻害するにはあまりに力不足であった。

 リーは八門遁甲の門を”開門”すると、その剛力で岩の牢獄を力ずくで文字通り粉砕し、その拘束を突破すると、次郎坊に肉薄し激しい攻撃を仕掛けた。

 しかし次郎坊もアカリの指導の下、得意とする性質変化―――すなわち土遁の鎧を纏う術を身に着けており、守りに秀でた忍者である。リーの烈火の如き猛攻を耐え、攻撃に転じようとした。

 だが―――リーの剛腕を前に、次郎坊の土の鎧はまるで紙粘土のように呆気なく破壊され、胴体を守る両腕のガードは羽のような軽さで跳ね上げられ、その鳩尾に鋼鉄が如き拳が叩きつけられた。

 次郎坊の巨体は凄まじい勢いで吹き飛んで、試験会場の壁へと激突し―――壁にめり込んだまま意識を失ったことが確認され、リーの勝利となった。

 

 

 続く第三試合。砂隠れ―――テマリvs木ノ葉隠れ―――テンテン。

 風の刃と忍具が宙を飛び交うこととなった戦いは、壮絶を極めた。

 第二試験においてテマリの風遁を目の当たりにしていたテンテンは、その対策として風に吹き飛ばされやすい軽い忍具ではなく、鉄球や大剣、戦斧など、重量級の武器を主力として攻撃を仕掛けた。

 テマリは得意の風遁でそれを押し返そうとするが、あまりの重量にその効果は薄く、駆けまわり忍具の雨から逃れながら、隙を伺いつつ、テンテン本人へ向けて風の刃を放った。

 テンテンは巨大な鉄扇を盾にそれを防ぎつつ、忍具による攻撃を続けた。

 鉄の塊といえるほどの巨大で重い忍具たちを扱うテンテンの体へ、疲労が蓄積してく。

 風遁の嵐を巻き起こすテマリの体から、チャクラが失われていく。

 

「ああああああああああ!!!」

 

「おおおおおおおおおおお!!!」

 

 試合会場は風の刃―――その竜巻が吹き荒れ、それを押しのける鉄の塊が宙を舞う。

 テンテンが巨大な巻物と共に空を舞い、その巻物によって口寄せされたのは―――武器とすら呼べない、家一つほどあろうかというほどの、巨大な鉄の塊。テンテンはそれを、尊敬する綱手を目指し、僅かな時のみだが振るえるようになった怪力によって振りかざすと、テマリへ向かって投げ飛ばした。

 テマリは自身を丸ごと呑み込んでなお余りあるその巨大な影を頭上に見上げ、どうあがいても逃げ切れないことを確信。鼻血を垂らすほどに力を込め、腕の筋線維がちぎれる嫌な音を聞きながら、残るすべてのチャクラのすべてをひねり出して、全力の鎌鼬を作り出した。 

 巨大な鉄塊に、圧倒的な威力を誇る竜巻が激突する。鉄塊はわずかに押し戻され―――テマリを押しつぶさんと墜落した。

 テマリの表情が絶望に染まり、その可憐な体が鉄塊の染みとなる直前―――試験官ハヤテが疾風のごとき速度でテマリを攫い、その命を救った。

 目前に迫った死への恐怖と極度の疲労から荒い呼吸を繰り返すテマリにはもはや戦意は残っておらず、ハヤテがテンテンの勝利を宣言したことで、第三試合は木ノ葉隠れの里―――テンテンの勝利で幕を閉じた。

 チャクラを限界まで使い果たしたテマリの状態は非常に悪く、顔は蒼白で、腕は痙攣を起こしていた。テマリは医療班によって早急に医務室へと運ばれたが、一方でテンテンもまた度重なる重量級忍具の投擲で両腕を酷く痛めており、両腕を力なくたらしながら、医療班に付き添われ、医務室へと向かっていった。

 

 そして、第四試合。

 

 両者が試合会場へと姿を現し、中央へと互いに歩み寄る。

 試験官を挟んで立ち止まった二人は、一方は血走った眼光を研ぎ澄ませ、一方はそんな対戦相手の表情に苦笑いを浮かべて、相対した。

 

「アカデミーの頃は、よく遊びに来てくれていたな。いつも、ナルトが世話になってる。お前の名は、ナルトからよく聞くよ、サスケ。良い試合をしよう」

 

「……アンタを倒せば、オレはナルトより強いと言えるか? ―――千手止水」

 

「戦いには、相性というものがある。性質変化しかり、血継限界しかり。断言はできかねる」

 

 観客席において、シスイの実力を知る者からは、「やべぇよやべぇよ」「あーあ、相手が悪いよ相手が」「可哀そうに……」と、サスケを心配する声が上がっている。当主の息子の晴れ舞台と言うことで、サスケの試合がすべて終わるまではと畳間に無理を言って、警備隊としての仕事を火影直轄の暗部たちに丸投げしているフガクもまた、こわばった表情で試合場を見下ろしていた。

 

 サスケが眉間にしわを寄せ、苛立ちを堪えるように俯いた。

 上目遣いにシスイを睨みつけるサスケの瞳は赤く、勾玉が二つ浮かんでいる。

 

「写輪眼か。その歳でもう、開眼しているんだな……」

 

「どうした? 写輪眼を見せて見ろ。アンタも”うちは”なら、眼で語る戦いをしてみせろ」

 

 写輪眼の赤い眼光をぎらつかせるサスケは、自身の写輪眼を見てもなお写輪眼を発動しようとしないシスイへ、苛立ちをぶつけた。

 シスイは落ち着いた様子で、それを受け止める。

 

「残念だが、オレはまだ写輪眼を発現していないんだ。それに……オレは千手だ(・・・)。父から受け継いだこの名に、誇りも持っている」

 

「ハッ―――」 

 

 シスイの言葉に、サスケは愉快だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「うちはの血を引きながら、写輪眼も未だ発現していないとは、とんだお笑い種だ!! それで下忍最強(・・・・)とは、笑わせる!!」

 

 写輪眼は、親しい者の喪失―――その絶望の痕跡である。

 写輪眼を発現することそのものが、大切な人を守れなかったという、己が不明の証左であるが―――シスイはその言葉を呑み込んだ。シスイは知らぬことだが、サスケの場合、少し状況が異なるため、結果的には沈黙こそが正解である。

 

 シスイの内心も知らず、サスケが続ける。

 

「―――生まれ持った膨大なチャクラ。自身にはあらゆる術を瞬く間に修めさせ、敵を無慈悲に制圧する、文字通り桁違いの影分身!! そしてそこから生み出される大爆発……。下忍最強の忍びは、うずまきナルトだった(・・・)

 

 

「……だった?」

 

 サスケの挑発を気にした様子もなく、シスイが伺うように言う。

 

「ナルトは負けた。それは何故か!? ―――足りなかったからだ、執念(・・)が!! そして今日、お前を打ち倒し!! 下忍最強の忍びは―――オレとなる!!」

 

 サスケが興奮したように宣言した一方で、シスイは白けた表情で、サスケの器を測るように見つめた。

 

「執念か……。確かに、それはあいつには足りないものだ」

 

「ふ……。そうだろう。カカシも、オレの強さへの執念は褒めてくれた」

 

 サスケの口の動きを写輪眼で読み取っていた観客席にいるカカシは、「もしかしてオレ、余計なこと言ったかな……?」と焦りを見せていた。カカシがサスケを褒めたのは、ただ強さへの執念が並外れていたからではない。畳間との邂逅を経て、”強さ”の意味―――その広さを知り、その先(・・・)へと辿り着こうとしていたからだ。

 

「そうか……」

 

(素直過ぎるのも困りものだな……) 

 

 畳間との邂逅の際に口にした言葉がサスケの本心だとしても、それが心に根付くかどうかは話が別である。兄のために、里のために―――そう口にはしても、若いサスケは、やはりどこか”力”そのものを求めている節があった。それでも、何のために強さを求めるのか―――サスケの中には、僅かながらその答えが芽生えはじめていた。だからカカシは、その芽生え始めた”答え”のために力を得ようとしているサスケの、その執念を褒めたのである。

 だが、何が切っ掛けか、サスケは今、”力”こそが目的となってしまっている。掴みかけていたその”答え”を、見失ってしまっているのだ。

 

 最終的には、自分で気づかなければならないことだ―――シスイは内心でそう断じ、言葉を呑み込んだ。

 分からないことを素直に聴くことは美徳だが、自分で気づかなければならないこともある。”友達の兄”程度の関係の者が言った言葉など、薄っぺらいものにしか聞こえないだろう。それに、万が一サスケが道を踏み外しそうになったとしても、サスケは周囲の人間に恵まれている。取り返しがつかなくなる前に、その道を叩き直してくれることだろう。

 それに、サスケの抱えている問題は、頭ではなく、心で理解しなければならない―――忍者としての根本に繋がるものである。シスイが口で言うことは簡単だが、その言葉を聞いて、それがきちんとサスケの心に落ちていくとは限らないし、あるいはサスケの成長の機会を奪うことにも成りかねない。ここでシスイがでしゃばって話が拗れるよりも、大人たちか、あるいはサスケが心を許す者たちに任せた方が良い。試験が終わったら、イタチにでも伝えればいいだろう。

 

 しかし、それはそれとして、実のところ、シスイはサスケに対して、比較的好印象を抱いている。 

 サスケはナルトが負けたことを馬鹿にしているような口調で話していたが、それは本心の裏返しだ。シスイへの罵倒も、ぶつけどころのない苛立ちが、溢れだしているだけに過ぎない。

 簡潔に言えば、ナルトが敗北したという事実が、サスケにとっては耐えがたいほどに悔しいことなのだろう。親友が負けたという事実を、サスケは自分のことのように感じ、非常に強い悔しさを抱いている。ゆえに自分が下忍最強となることで、サスケよりも強かったナルトの強さを、サスケは間接的に証明しようとしている。

 それに、ナルトはシスイに対し、「サスケと”闘う約束”をした」と、期待に胸を膨らませながら、言っていた。サスケもまたそれを楽しみにしていたのだとすれば、その機会が失われたことへの絶望感は大きいだろう。そしてその絶望感は、サスケにそれを自覚させぬまま、感情を暴走させてしまっている。

 危なっかしいところはある。だが、弟への友情は本物だ―――シスイはそう感じている。

 

 うちはの愛を複雑に考えるべきではない。シスイの勘が、そう告げていた。ゆえにシスイは簡潔に考える。

 

 つまり―――ナルトが負けるわけないやい!! オレと戦うって言ってたんだもん!! 闘いたいって言ってたもん!! 我愛羅との戦いで満足してるなんて、そんなわけないやい!! ウソだ嘘だ!! ナルトが負けたのはまぐれなんだ!! オレが勝てばナルトも勝ちってことな!! だってナルトってばオレより強かったもん!! はい決まり!! 今決まりました!! 異論は受け付けません!! ナルトォおおおおおおおおおおおおおおおお!! うおおおおおおおおおおお!!

 

 ―――ということである。可愛いものだ。

 サスケは素直な不器用さを以て、ナルトの名誉を守ろうとしてくれている。兄としては、それがとても嬉しい。シスイの感性は、サスケの闇をそう捉えた。

 

 だが、現実は非情である。サスケの想いを踏み倒すことは心苦しいが、シスイが手を抜くことは無い。シスイもまた―――戦う約束をした者がいる。

 

 そろそろ試合を始めますよと、試験官が言う。

 シスイは静かに目を閉じる。写輪眼を直視するのは、危険だ。かといって、足や手の動きのみで、敵の行動を予測するような技術は、さすがにシスイも持ち合わせていない。ゆえに、シスイは身を委ねる。この身を覆う、荒々しくも優しいチャクラの感覚に。

 

 試合開始の合図とともに、サスケが印を結んだ。

 術の名を、千鳥。

 左手に雷を纏い、サスケが凄まじい勢いでシスイへと突貫する。

 シスイは自分の体を中心に、チャクラを円状に放出。サスケの突貫をその領域に感知すると、爆発的にチャクラを放出し、一瞬その動きを鈍らせる。

 その隙に体を半身動かし、サスケの突貫を避けると、腕をしならせて、その後頭部へ手刀打ちを放った。

 しかしサスケは瞬時に頭を下げてそれを避けると、千鳥を解除―――両手を地面に叩きつけて倒立し、宙を過るシスイの腕に足を絡ませ、腹筋を使って体を持ち上げる。そしてシスイの腕にしがみつき、体を持ち上げた勢いのまま、ひねり上げた。

 シスイはサスケの動きに抗うことはせず、その激流が如き動きに身を委ね、共に宙を回転。片手印を結び、口を膨らませた。

 サスケの写輪眼は、シスイの口腔内で生成された桁違いのチャクラを視認し、咄嗟にシスイの体を蹴り飛ばすことで、自身もまた飛び下がった。

 宙で仰向けになったサスケの目前を、見えない何かが通り過ぎ、髪が揺れる。

 

「風遁か!!」

 

 見えない風の刃が、サスケの遥か後方―――数百メートル離れた壁に激突し、風穴を作り出す。片手印のシングルアクションであの威力かと、風穴を視認したサスケの写輪眼が驚愕に揺れる。

 

「―――千鳥!!」

 

「風遁―――烈風掌!!」

 

 サスケが千鳥を発動したと同時、シスイが正式な印を結び、掌をサスケへ向けて打ち放った。

 烈風掌は、風遁における基礎忍術である。生み出した風を拍手によって圧縮し突風へと変化させるこの術は、手裏剣やクナイといった飛び道具の威力と速度を高めることを真価とする、補助忍術である。

 だが―――。

 

「がああああああああああ!!」

 

 サスケの空を裂くような悲鳴。

 シスイの手のひらから放たれた風は、圧縮されることすらなかったというのに、先の闘いでテマリが見せた鎌鼬の術を容易に上回る、桁違いの規模の威力を以て、サスケをその渦の中へと呑み込んだ。

 雷遁が風遁に劣ることを前提にしたとしても、千鳥によって肉体活性をされたサスケを、これほど容易く捉えて吹き飛ばす威力―――。

 土埃が舞い可視化されたその風の大きさは―――烈風掌を知る者であれば、皆一様に目を見開くだけの巨大さであった。

 

 サスケは錐もみ回転をしながら宙へと巻き上げられ、風の刃に切り裂かれたのち、地面へと墜落した。土と血に汚れたサスケが必死に立ち上がると、その目前には、土ぼこりを巻き上げて迫る鎌鼬。

 サスケは瞬身の術を使って逃れたが、逃れた先にもまた、新たな鎌鼬が迫り来ていた。サスケは再度瞬身を使って逃れるが、自分の足に足を取られ、無様に地を転がった。もんどりを打ってなおすぐに体勢を立て直し、写輪眼ですぐさま周囲を見渡すが、そこに映るものは無い。

 

 サスケは恐怖と共に目を見開き、息を呑んだ。すぐ後ろにはシスイが回り込んでいた。そして転がるように動き、シスイが放った手刀を回避する。

 

 サスケは転がりながら両掌で地面を押し返し、空中で体勢を整える。

 目前―――シスイが迫り、拳を、蹴りを放った。

 サスケは写輪眼を駆使して、迫る拳を上段へ弾き飛ばした。放たれんとする蹴りを自身の足の裏で蹴り返し、その勢いで後方へと飛び下がった。防御すれば、防御の上から体を打ち抜かれる―――その確信があったからだ。

 

 そしてそんなサスケを、シスイは追跡する。放たれる拳―――。

 一撃、二撃―――サスケは受け流したが、しかし三撃目の拳は胸部へと直撃した。

 

 ―――そして直撃の瞬間。

 シスイが瞬時に地を踏みしめて息を吐き出したかと思えば―――凄まじい衝撃がサスケの体を突き抜け、サスケの体は後方へと直線的に吹き飛ばされた。

 サスケは血反吐を吐いて地面を転がるが、ただ意地で意識を保ち、無意識に印を結びあげた。それは、幼いころから兄と共に修業し、母に喜ばれ、父に褒められた火遁の術。

 先の風遁―――基礎の術であの威力と言うのならば、シスイが得意とする術は、風遁に違いない。火遁は風遁の風を呑み込み、その威力を増大させる性質を持つ。であるならば、シスイを打倒するには―――千手を謳うシスイを打倒するには、うちはの火遁の術こそが相応しい。

 それは、サスケのこれまで培ってきた修業の集大成であった。この一か月、カカシの言った通り、やはり紫電を習得するには至らなかった。しかし千鳥をものにするため、死に物狂いで肉体強化に勤しんだ。体が、修業の過酷さを覚えている。体が、幼いころから培った技術を覚えている。努力は、裏切らない。

 

「火遁―――豪火球の術!!」

 

 その術は、サスケの努力の証。人生で初めて扱った、性質変化。父と兄との、思い出の技。

 そして放たれた火球は、サスケの人生で最も大きく、そして鮮烈な輝きに溢れていた。

 これだけの規模の火遁は、下忍では放てようがないし、返しようもない。それが風遁であれば、尚のこと。それは人一人呑み込んで、家一つ呑み込んで、まだあまりある超巨大な火の球体。うちはサスケの、集大成。

 

 フガクが、イタチが、感極まって立ち上がる。息子の、弟の、すべてを込めた一撃。それが、二人にも伝わった。共に修業した日々が、イタチの脳裏を過る。一生懸命やって見せ、達成感に綻ぶ頬を隠し切れなかった息子の姿が、フガクの脳裏を過る。

 

 ―――勝った。

 直撃の軌道。

 サスケが勝利を確信する。

 

「―――ダメです!!」

 

 その戦いを見ていたリーが、サスケには届き得ぬ言葉を叫んだ。 

 

「―――水遁・水龍弾の術」

 

 突如、シスイの足元から巨大な水の龍が現れた。

 

「「―――っ!!」」

 

 その水龍を見て、その背中を見て、観戦していた相談役の二人が、思わず息を呑んで立ち上がる。

 

「―――サスケ!!」

 

 誰の叫びであったか―――その声はサスケに届くことは無く、水龍の轟音によって掻き消された。

 水の龍はサスケが放った渾身の火球を呑み込んで、サスケが渾身の想いを込めて作り上げた火の玉を、まるで線香花火のように呆気なく消火した。それでもなおも一抹の衰えも無い水龍が、サスケの体を呑み込んで、押し流す。

 

 試験官が、シスイの勝利を宣言する。サスケは、意識を失っていた。

 

 ―――呆然と、イタチとフガクが水に濡れ、倒れ伏すサスケを見下ろしている。

 

「ウソ……風遁じゃないの……」

 

 会場から控室へとつながる通路で試合を観ていたサクラの言葉に、傍にいたリーが反応する。

 

「千手止水……彼の最も得意とする性質変化は―――風遁じゃない。”水遁”です。水遁こそが……彼の切り札。だからこそ(・・・・・)、彼は風遁を使う」

 

 リーの言葉に、サクラがまさか、と唇を震わせる。

 

「風遁は火遁に弱く、火遁は―――水遁に弱い……」

 

 サクラの言葉に、リーが頷く。その瞳は鋭く研ぎ澄まされ、シスイを射抜いていた。

 

「彼は相手が火遁を使わざるをえない(・・・・・・・)状況を作り―――最も得意とする水遁で、それを撃破する。彼の闘い―――すべては、この一撃のための布石」

 

 あらゆる術が桁違いの威力を誇るシスイの術を打ち破るには、相性で有利を取れる性質変化を使わざるを得ない。

 風遁は、そのための餌。あえて初歩的な術を放つことで、『この程度の術でこの威力』と相手に刷り込み、得意忍術は風遁であると錯覚させる。そして相手が微かな希望に縋り放った火遁を、自身が最も得意とし、圧倒的威力を誇る水遁で、撃破するのだ。

 

 母から受け継いだ風の性質変化を囮に、父より受け継いだ水の性質変化で仕留める。アカリとしては面白くない戦い方だが、実に効率的である。

 正面から戦っても、シスイに勝てる者は少ない。だが、忍界は広い。決して、いないわけではないのだ。切り札は隠しておくものである。

 なぜならシスイの目指す頂は、真正面から正々堂々(・・・・・・・・・)闘って勝てる相手(・・・・・・・・)で終わりではないのだ。才能に恵まれているがゆえに、それに己惚れることはしたくない。

 今の闘いで、シスイは風遁と、水遁を使えることを晒した。だが逆を言えば、それだけだ。残りの性質変化は一切隠し切っているし、仙術が使えることも暴かれてはいない。

 千手とうちはの混血が故に強い。そして水遁と風遁を得意とする―――戦いを観ていた者はそれくらいしか、情報を拾えない。

 

 だが、それだけではないのだ。シスイは両親の性質変化を受け継ぎ、雷遁以外、すべての性質変化を扱える。序盤を体術で戦い、敵の性質変化の傾向が分かれば、敢えて有利属性を隠し、敵の油断を誘う。そして、敵が一番の大技を放ち、勝利を確信したタイミング―――これまで隠していた有利属性の性質変化を最大火力で放ち、仕留める。それこそが、シスイの常である。リーは水遁こそがシスイの切り札と言ったが、それも違う。シスイの切り札は、水遁とはさらに別にある。

 

 ゆえに、忍術戦でシスイに勝利することは至難。唯一シスイが所有していない性質変化である雷遁―――つまりシスイが弱点を突けない土遁によってのみ、忍術勝負では勝機が見える。しかし土遁は破壊力に乏しい傾向にある。岩隠れには、土人形を作り出し操る術が存在するが、あれは機動性に劣るため、体術においても秀でるシスイを仕留めることは難しい。

 ゆえにシスイを打倒するとするならば―――。

 

「―――体術。彼を越えるには、体術しかない。だからボクは―――」

 

 生まれ持った才能の極地。それを体現した男。

 そいつを上回るには、努力によって培われる力―――すなわち、体術しかないと、尊敬する師は言う。

 では、体術しかない(・・・・)落ちこぼれが、その天才に努力(体術)ですら負けたとしたら―――何を、信じればいいのだ。だからリーは負けられない。だからリーは認められない。シスイを、ではない。己の、弱さをだ。

 落ちこぼれだって努力すれば立派な忍者に成れるのだと証明する―――それを己の忍道と見据えた時から、リーの目標は決まった。木ノ葉隠れ最強の下忍―――千手止水を、打倒する。

 

 リーが歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。その手から血が滲んだのは、今、強く握りしめたからか。あるいは、修業によってボロボロになった掌がゆえか。

 それを見たサクラには、分からなかった。

 

「……ネジ?」

 

 リーが、呟く。

 その視線の先には、医療班の到着より早く、リーの班員たる日向ネジが、サスケの傍に立っていた。

 ネジはサスケの体を壊れ物を扱うかのような繊細な動きで横抱きに抱えると、じっと、眠るサスケの顔を見つめる。

 

「……」

 

 そして優しい笑みを浮かべて、言った。

 

そこそこ(・・・・)強いといったこと、そして時代遅れ(・・・・)と言ったことを、取り消そう(・・・・・)。すまなかったな、うちはサスケ。お前は、確かに強かった」

 

 今しがた見せた戦いにおいてサスケは、一か月前とは別人だった。見違えるだけの気迫と、実力が備わっていた。この一か月、本当に死に物狂いで修業したのだろう。同じく過酷な修業を乗り越えて来たネジには、サスケの努力が、痛いほどに伝わってきた。

 だからこそ、その無念の思いも、悔しさも、分かってしまう。

 

 駆けつけた医療班の担架にサスケを優しく横たえたネジは、汚れることも厭わずに膝を地につけると、その足元で眠る土と血に染まった水溜まりに手を入れ、それを握り込んだ。何かに思いを馳せるような、僅かな静止。

 そして立ち上がったネジは、その汚れた拳を、シスイへ向けて突きだした。

 

「―――必ず勝つ」

 

 写輪眼と、白眼。その性質は違えど、瞳術という括りは同じ。であるならば、きっとそれは、盟友と呼んでも差し支えは無いだろう。

 盟友の無念の敗北を胸に、ネジは今、誓いを立てる。

 

「……」

 

 沈黙を守るシスイは、空気が読める男であった。

 別に卑怯なことは何一つしていない。ただ切り札を取っておいただけである。サスケを侮蔑したり、辱めたりといったことも、一切していない。切り札は取っておくものであり、それを見抜けなかったサスケの落ち度である。試験官の言葉と共に攻撃の一切を止めたし、死体蹴りをした覚えも無い。むしろ試合開始前に侮辱されたのは止水の方である。それが何故、冷酷無比な鬼や悪魔を相手にするような態度を取られなければならないのか、シスイには甚だ疑問である。しかしシスイは空気が読める男であった。

 

(すごい……悪者感あるな……)

 

 何度も言うが、シスイはただ切り札を隠しておいて、それを適した時に切っただけである。

 

(まったく……)

 

 忍者と言う戦い方において、シスイは酷く合理的な考え方をしている。

 一方で、日常においては人を憂う優しさと、包み込むだけの器も備えている。戦いにおける非情な思考は、日常では一切見受けられないほどに。

 

(誰に似たんだか……)

 

 綱手が、甥の仏頂面の向こうにある困惑を見抜いて、ため息を吐いた。


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