綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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原作のリーvs我愛羅が熱すぎる……


さすがはオレの

「サスケェ!!」

 

「サスケェ!!」

 

「サスケェ!!」

 

「ちょ、ちょっと!? なんなんですか!?」

 

 サクラと香憐の闘いの少し前のことである。

 医務室の扉を蹴破る様に、うちは一族―――サスケの家族が雪崩れ込んできた。それぞれうちはイタチ、うちはフガク、うちはミコトである。

 医療用具を乗せた台車を押して、カーテンで区切られた別の患者の区画から出て来たシズネは、勢いよく押し寄せて来たうちは一家に詰め寄られた。シズネは目を白黒させて仰け反る様に数歩下がりつつ、両手を前に出して「これ以上近寄ってくれるな」と示す。

 しかしそんなことを気にするうちは一家ではない。血走ったような赤い目―――というより写輪眼を発現させたうちは一家に、シズネは恐怖すら感じ、身を竦ませる。腰を抜かしたい気持ちすら抱くが、しかし本日の医務室を取り仕切るシズネは、その思いを根性で踏み留まった。

 

「サスケは大丈夫なのか!?」

 

 正面から詰め寄ってくるフガクに、「大丈夫ですよぉ!!」とシズネは必死に叫ぶ。

 

「どういうふうに大丈夫なの!?」

 

 さらに右から詰め寄ってきたミコトに、「傷は浅いですぅ!!」とシズネは必死に叫んだ。

 

「どう浅いんですか!?」

 

 さらに左から詰め寄ってきたイタチに、「打撲と擦り傷程度です!! すぐに治りますから!! 治しますからぁ!!」と半べそを掻きながら、シズネは言った。

 写輪眼六つに詰め寄られる恐怖と言ったら、師である綱手に対して畳間が激怒したかつての恐怖にも匹敵する。

 

「サスケェ!!」

 

 フガクがカーテンを開いた。

 そこはサスケの区画ではなく、ナルトが眠っている場所であった。

 

「や、やめてください……!!」

 

 手当たり次第にカーテンを開けていくフガクに、「やめて、やめて……」と、懇願するように言うシズネだが―――ふと思う。

 ここは医務室で、シズネは今日この場を火影より任された、医療現場の長である。なぜ狼藉を働く部外者に怯えなければならないのか。そんなことは道理に反することだ。医者が横柄で在ってはならないが、しかし本来しおらしくするべきは、彼らの方ではないのか―――。それに、患者を守るのが、医師の務めである。

 

「―――ここにいる子たちはみんな怪我をしているんですよ! うちは一族だろうと、この場での狼藉は許しません!!」

 

 先ほどまでの怯えがウソのように、シズネは毅然と言い放つ。子供たちの傷に響かぬよう、声は抑えていたが、しかしそれは強い意思を伴って、フガクの腹に響いた。

 

「……失礼した。取り乱したようだ……」

 

 シズネの言葉に落ち着いたフガクは自分の不明を恥じ、シズネに頭を下げる。

 

「……サスケ君はあちらです」

 

 落ち着いた様子のフガクに、シズネは「ほんとですよ」と内心思いながらも、それ以上は追及せずに静かに指先を向けて、サスケが眠る区画を教える。

 うちは一家はいそいそと、サスケの傍へと近づいた。サスケは擦り傷だらけではあったが、大きな怪我は負っていないようだった。シスイに手加減をされた、ということだろう。

 フガクが、眠るサスケの髪を優しく撫でる。

 

「サスケ……」

 

 サスケが千手に敗北したことは、とても悔しいことだ。だが、あの火遁の術を見て、責めることなど誰が出来ようか。あの時、サスケは、自分の壁を乗り越えた。フガクにはそれが分かる。うちは一族は、火遁のプロフェッショナルであり、フガクはその一族の当主である。火遁のことは見れば分かる。それに、サスケが重ねて来た努力も、その想いも、フガクには確かに届いていた。

 

「よく頑張った。素晴らしい火遁だったぞ、サスケ。さすがは、オレの息子だな……」

 

「父さん……」

 

「あなた……」

 

 しんみりとした空気が、うちは一家を包み込む。いまだ意識を取り戻さないサスケの頬が、少し緩んだように見える。

 フガクはサスケの頭から手を離すと、サスケに背を向け、写輪眼を鋭く細めた。

 

「おのれ千手!! ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 突如、フガクが吠える。

 

「は、はひぃ!?」

 

 シズネの身体が驚愕で跳ねた。

 

「うちはと千手の友好もこれまでよ!! これより我らは、五代目火影の座す観客席へ攻めのぼる!!」

 

「是非も無し!! 先生との師弟関係もこれまでよ!!」

 

 ―――この人たち全然落ち着いてないよぉ!!

 

 今まさに発生せんとしているうちは一族のクーデター。

 

「行く―――……うっ……」

 

「イク―――……うっ……」

 

「父さん、母さん……」

 

 憤るフガクとミコトの後頭部に手刀を叩き込み、二人の意識を奪うことでクーデター勃発を止めたのは、その息子であるイタチであった。いくら弟が可愛いからと言っても、イタチはその辺の分別はさすがに弁えていた。

 イタチは両親を両脇に抱え、シズネに丁寧に頭を下げる。

 

「お騒がせしました。サスケを、どうぞよろしくお願いします。 ―――さて、月読だ……。また目が悪くなるな……」

 

 サスケの傍に居たい。イタチはその心を耐え忍び、医務室から去っていく。そのとき―――泣いていた……ような、そうでもないような。

 

「は、はひぃ……」

 

 イタチの背を見送って、シズネは呆けるように天井を見つめた。

 脈拍が速い。自分の手が震えていることにシズネは気づく。

 うちは一族は愛が深いとは聞いていたが、いくら何でもこれほどまでとは思っていなかった。毎度これでは医務室は大変だ。このように言っては、一生懸命戦ったサスケには申し訳ないが、一回戦で敗退してくれて助かったのかもしれない。試合ごとに怪我をして、そのたびに一家で押し寄せられてはたまらない。

 そして、シズネは気づく。

 

 ―――あのクソガキ、知ってやがったな……!!

 

 カブトが本選の勤務を固辞した理由を察し、シズネは内心でカブトに罵詈雑言を浴びせかけた。

 

 

★ 

 

 

 

 髪を書き上げたサクラの仕草は可憐で在りながら強かに美しく、見る者の目を惹きつけた。もしもサスケやナルトが見ていれば、同じ班の、守るべき女の子のその成長を、胸の高鳴りを以て感じていたに違いない。

 しかし悲しいかな。

 

「―――おっちゃん!! オレが六代目火影だってばよ!!」

 

「おお、ナルト。さすがはオレの義息子だ。お前がいれば木ノ葉は安泰だ。オレももう引退かな?」

 

「―――兄さん!! オレが六代目火影だ!!」

 

「おお、サスケ。さすがはオレの弟だ。お前がいれば木ノ葉は安泰だ。オレも安心して、警務隊を継げる」

 

 ナルトとサスケ―――その二人ともが、現在は医務室で、すやすやと寝息を立てて、同じような夢を見ていた。

 

 ゆえにサクラのその姿を見ていたのは―――。

 

「サクラさん!! なんて美しいんだ!! やはりあなたは天使……いえ、戦乙女!! そうです! あなたは僕を楽園へ導く、戦乙女だったのですね!!」

 

「リー……。お前、死ぬのか……?」

 

 まあ確かに、今しがた見せたサクラの仕草は、目を引くような力強さと、同時に相反する儚き美しさが滲んでいた。サクラを好いていることを広言しているリーからすれば、思い人のそのような姿に高揚することも無理はない。

 だが、次のリーの対戦相手は、一筋縄ではいかない相手だ。砂隠れの里―――砂漠の我愛羅。五代目火影の養子にして、シスイの弟―――うずまきナルトを倒した忍者である。

 ネジは表情を引き締め、リーに忠告を伝える。

 

「リー、油断するな。オレの目が囁いている。あの狸は……桁違いの怪物だとな」

 

「ネジ。おかしなことを言いますね。目は囁きませんよ?」

 

「黙れリー。―――以前、聞いたことがある。恐らくだが……あれは砂の人柱力だろう」

 

「人柱力……尾獣という兵器を宿す忍者のことですね」

 

「ああ。恐らくはあいつこそが、砂隠れ最強の下忍なんだろう」

 

「砂隠れ最強の下忍……」

 

 ネジの言葉を反芻し、リーは拳を握りしめる。

 

「リー、重りも外して、最初から全力で行け。シスイの弟のように全身を拘束されれば、抜け出すことは難しい。重りを纏い(のろ)いまま戦えば、瞬く間に敗北するぞ。……こんなところで負けることは許さん。シスイと……そして、オレと戦うんだろう」

 

 ネジがリーの眼を真っすぐに見て言う。

 リーは驚いたように目を見開いて、ネジの真剣な表情を見つめると、感極まったように目を閉じて拳を握り締め―――ぱっと手を開くと、ネジへと飛びついた。

 

「ネジ!! 君は僕の一番の親友です!!」

 

「リー!!」

 

 ネジの言葉に感極まったのか、リーが感涙にむせいでいる。

 ネジはがっしりとその身を抱き返し、熱い抱擁を受け止める。

 

「……」

 

 少し離れた場所で、シスイは無言で壁に背を預けていた。

 思えば、深い親愛と絆を結ぶ兄弟は多くとも、親友と呼べる存在は、シスイにはいない。シスイはネジたちのことを友人だと思い、友情を感じているが、一方で、その二人はシスイのことを友人と言うよりも、目指し越えるべき好敵手であると捉えている。決して、二人がシスイに対して友情を感じていないというわけではないが、どうしても、ライバル心が先に来る。シスイはそれもまた絆と捉えているが、しかし二人を繋ぐ暑苦しい友情を見て、疎外感や寂しさを感じないと言えば嘘になる。自分と二人の間にある精神的な壁と、明確な温度の差を、シスイは感じ取っていた。

 

「……」

 

 会えば挨拶はするし、「調子はどうだ」「次は負けない」などと、声を掛け合ったりもする。「従妹が可愛い」「義弟が可愛い」「ガイ先生がかっこいい」など、他愛もない話をしたりもする。

 しかし思い返せば、同年代の同性であるというのに、アカデミーで出会ったばかりの幼少期以降、二人と一緒に遊んだ記憶が無い。一緒に修業した記憶も無い。一緒に買い物に出かけ、新作の手裏剣や忍者刀を見て、「これがいい」「あれがいい」などとはしゃいだ記憶も無ければ、レストランなどで食事を共にした記憶も無い。

 

 一日を一緒に過ごすのは、時折、リーやネジが挑んできたときに、組手をするくらいである。そしてシスイに打ち負かされ疲労困憊となった二人は、悔しさを抱いてシスイに背を向け、その場から去っていく。

 ネジやリーとはそんな関係である。だからだろうか―――互いにライバル心を抱きながらもよく遊び、よく共に修業するサスケとナルトの関係に、羨ましさを感じているシスイである。サスケへの好感度が高いのは、そういった事情があってのことであった。

 

 ―――当代一の天才と謳われる、森の千手一族次代の後継者、千手止水。

 

 二人の熱い友情を見て、ちょっぴり羨ましいなと、シスイは思う。

 

 ―――彼の一番の悩み。それは、友達がいないことだった。

 

 

 

 

 合同中忍選抜試験本選第二回戦第一試合。

 砂隠れの里―――我愛羅vs木ノ葉隠れの里―――ロック・リー。

 

 リーの音速の攻撃。追いきれぬ我愛羅は目前までその接近を許し、自動的に我愛羅を守る砂の盾がその身を救った。

 我愛羅は困惑を隠せない。

 目前に砂の盾が展開されたかと思えば、顔面を殴り抜こうとする拳が迫っている。驚愕に目を見開いてそちらを見れば、次の瞬間、背後に砂の盾が展開され、今しがた目前にいたはずのリーが、背後に回り込んでいる。咄嗟に、右回りに後ろを振り向けば、その直後、左の死角に衝撃音が発生した。

 

 我愛羅は常に全力を以て、砂の盾を作り上げて、リーの攻撃を迎え撃った。生半可な砂の盾はリーによって吹き飛ばされる。

 

「人間の動きじゃない……!!」

 

 守鶴を由来とする膨大なチャクラを誇る我愛羅だが、リーの素早く力強い攻撃を凌ぎ切ることは難しかった。我愛羅の意志で展開する攻防一体の砂は、リーの動きにまるでついていけていない。自動展開される砂の盾のみが、我愛羅の命綱である。我愛羅も必死に対応しようとリーの動きを目で追っているが、その速さは捉えられるものではなかった。

 右を見て、左を見て、後ろを振り返り、前を見る。その動きはまるで、迷子の子供の様だった。

 

 そして、砂の盾が突破される。

 顎を蹴り上げられた我愛羅の体が、その勢いのまま宙に浮く。それだけでも意識を飛ばしてしまいそうなほどの衝撃であったが、リーの攻撃は終わらなかった。

 リーは我愛羅の体が宙に浮いた瞬間、地面を手で力強く押し、自らの体を空へと押し上げた。リーはその勢いのまま我愛羅の体を更に蹴り上げる。

 一撃、二撃、三撃、四撃―――我愛羅の体が空中で仰向けに仰け反り、その後ろに、リーがぴったりと張り付いた。リーは手に巻き付けていた包帯をほどき我愛羅の体を縛り上げると、地上へ向けて、凄まじい勢いで回転し、我愛羅の脳天を地面に叩きつけんと落ちていく。

 

「―――表蓮華!!」

 

 リーの体に激痛が走る。しかしリーは決して、力を緩めることはしなかった。意思と意地の力で、体中の筋肉の悲鳴を無視し、攻撃を続行する。

 

「―――砂漠葬送!!」

 

 我愛羅とリーの体目掛けて、地上から大量の砂が舞い上がった。

 二人は空中。しかも、体が密着している。包帯で拘束された我愛羅はリーから逃れることは出来ないが、逆を言えば、リーもまた我愛羅から離れることが出来ないということだ。

 地上から舞い上がる砂は、まるで我愛羅を守ろうとするように一対の人の手の形を取って、落下する二人を包み込んだ。その砂は我愛羅ごとリーを覆い隠し、その圧を強めていく。最悪の場合は道連れにする。相打ち覚悟の攻撃であった。

 

 しかしリーは砂に体を締めあげられる中、体内へと意識を集中する。

 こんなところで負けるわけにはいかない。例えこの技を放った後、試合を続けることが出来なくなったとしても―――負けることだけは、認められない。

 

「休門、生門、傷門、杜門―――開!!」

 

 突如、二人を握りしめていた砂の掌がはじけ飛んだ。

 中から髪が逆立ち体が赤く染まったリーが、我愛羅を蹴り飛ばしながら姿を現す。

 

 ―――蹴り。蹴り。蹴り。蹴り。蹴り。

 

 リーはまるで空中に存在する見えない壁に跳ね返っているかのような動きで、縦横無尽に宙を飛び回り我愛羅を蹴り続け、空中に滞空させる。

 肉体を蝕む痛みに耐えているのだろう。その表情は苦痛に歪んでいる。

 

 観客席にて、八門遁甲を知る者が、驚愕に目を見開く。木ノ葉流体術の奥義にして、禁術である八門遁甲を、下忍が使用するなど、本来ならば在りえないことだ。

 だがリーにとって、そんなものは関係ない。

 

「おおおおおおおおおお!!!」

 

「あああああああああああ!!」

 

 

 リーの雄たけびを、我愛羅が気力で上回る。

 リーの速度は異常だ。捉えられない光と変わらない―――我愛羅にとって、そう感じるほどに。砂は、リーに追いつけない。動く先を読んだとしても、圧倒的速さで逃げられる。ならば、逃げ場をすべて消してしまえばいい。

 

「―――砂漠葬大送!!!」

 

「裏蓮―――っ。なっ!?」

 

 チャクラを絞り出す。

 会場の地面が蠢き、その表面が少し下がった(・・・・・・)。同時に、大量の砂が、空へと持ち上がる。

 リーが留めの一撃を放つ寸前、大量の砂が空中に巨大な大地を生み出した。宙で跳ね続けていた我愛羅は、その砂の足場に激突し、リーの攻撃から逃れ切る。

 我愛羅が軌道より外れたために空振りし、そのまま地へ下りたリーは、再び我愛羅へ突撃しようと足に力を籠めて飛び上がるが、その上空に、巨大な砂の天井が出現する。

 リーは砂の天井に激突し、しかしそれを拳で突き抜けて突破しようとする。だが、勢いと速度が落ちたことを見逃さない我愛羅が、すべての砂をその地点へと集結させる。

 リーの手が、足が、砂に絡めとられる。リーは突破しようと全力でもがくが―――リーの足が、曲がってはならない方向へ、曲げられた。

 激痛がリーの足を刺す。

 

 ―――だからどうした。

 

 この日のために、ずっと努力してきた。

 努力しても努力しても、越えられない壁があった。シスイどころか、ネジにすら届かない日々があった。才能の無い自分でも、努力すれば才能を越えられると信じ、がむしゃらに努力を続けて来てもなお、届かない現実があった。心が折れそうになり、数百数千の拳と蹴りを打ち込み削れた丸太の傍で、一人泣いたことがあった。努力は報われないのだと、才能と運命には抗えないのだと、絶望に打ちひしがれたことがあった。

 

 そして頂いた、師からの言葉。

 

 その言葉を聞いてから、少しずつ世界が変わって見えた。才能に恵まれたネジもまた、リーに劣らない努力をし続けていたということ。今世代最高の才と謳われるシスイもまた、盲目の母のために、違う方向であっても、努力し続けていることを知った。

 腐っていたのは、自分だった。壁を作っていたのは、自分だった。才能と言うフィルターを通して世界を見ていたのは、他ならぬ自分だった。皆が皆、それぞれの形で、努力をし続けていたというのに、才能には勝てないと、情けない言い訳をしていたのは―――他ならぬ自分だったのだ。

 それから、リーはもっともっと努力をするようになった。視野を広げて、”友”を知るようになった。同じ班となった縁―――日向一の天才であるネジへの対抗心を熱い友情へと昇華させ、二人は硬い絆で結ばれるようになった。互いを高め合う友となった。一度、心の内を―――腹わたを見せ合えば、なんてことは無かった。ネジも自分と変わらない―――好敵手を越えんとする、青く熱い少年だったから。

 

 ―――ボクは、自分を信じる。先生が信じてくれた、自分を信じる。これまで重ねて来た、努力を信じる。自分で作った壁を、今ここで打ち砕く!!

 その先で―――シスイ、君と……!! 親友(・・)に、なるために!!

 

 リーは一度、シスイを侮辱した。才能の塊という色眼鏡で見て、千手止水個人を観ようとしていなかった。そしてそれは今もなお、リーの心に僅かなしこりとして残り続けている。

 リーは認められない。そんな弱い自分が、シスイの友を謳うことを、認められるわけがない。

 

 忍者として類稀な才能を持ちながら、富や名声、力を求めず、ただ愛する母のため、その光を取り戻すという、ともすればリーの忍道を上回るような、過酷な道を進むことを選んだ、優しい友人(シスイ)

 

 リーが求めているのは、勝利ではない。シスイを押し退けて、その先を歩きたいわけでもない。

 ただ友として、その隣に並び立つことを、リーは望む。

 シスイはこれまでただの一度も、落ちこぼれのリーを嘲笑うことの無かった。頼めば組手をしてくれるし、ネジですら目を見張る凄まじい洞察力でリーの改善点を見抜きアドバイスをくれる。リーにとって彼は、尊敬に値する友だった。

 人として、そして忍者として、今はまだ遥か高みにいて、見上げるだけの彼に、いつか胸を張って友情を伝えたい。そのために、体術(努力)だけは、負けられない。自分(努力)に負けることだけは出来ない―――!!

 

「はああああああああああああああ!!」

 

 リーの体から、凄まじい圧が放たれる。

 

「第六・景門、開!!」

 

 観客席。

 

「まずいな……」

 

 畳間が目を細める。その万華鏡写輪眼が、リーの体に起こる異変を捉えた。

 筋肉が切断され、経絡系が破壊される。開放しただけでそれである。これで動くなど出来るはずが無いし、仮に動けたととしても、どれだけの負荷が肉体を破壊するか、想像もつかない。

 

「リー!!」

 

 ガイが泣き笑いを浮かべる。体術以外に選択肢の無い、才能に恵まれなかった弟子。例え忍術が使えなくても、立派な忍者に成ることを証明したい―――命を賭けるに値する、素晴らしい夢だ。

 ガイはそう思ったから、父より受け継いだ八門遁甲の陣を、リーへと伝授した。日向一の天才と謳われたネジですら体得し得なかったこの業を、およそ一年でここまで極めた弟子が、ガイはとても誇らしい。

 かつてのガイ以上の速さを以て第六の門まで到達した弟子。それは才能の差ではなく、努力の差でもない。きっとそれは、”思い”の差。

 

 かつて落ちこぼれだったガイだが、しかし口寄せや幻術返しなど、ある程度の術を使用できる程度には、忍術を扱う素養があった。しかしリーにはそれすらもない。本当に、体術しか無かった。だからこそリーは、ここまで登り詰めたのだ。

 ガイの父、マイト・ダイは、落ちこぼれと言われ、落ち込むガイに、かつて言った。

 

 ―――違うぞガイ!! お前には、体術と言う輝かんばかりの才能があることが分かったんだ!!

 

 ガイもまた、父より授けられたその言葉を、リーへと言い聞かせた。

 ガイ以下の忍術の才能。それは裏返せば、ガイ以上の体術の才能。ガイが口寄せの術や幻術返しに裂いた時間すら、リーは体術の修業に注ぎ込む。マイト・ダイ、マイト・ガイと世代を経て、八門遁甲に特化し体系化された修業を、リーはこの一年の間、一生懸命続けて来た。

 弟子の努力が実った今この時を、喜ばない師がどこにいる。

 だが同時に、悲痛な思いが胸を刺す。

 

 景門。それは八門遁甲の陣、第六の門。

 術者の限界以上の力を無理やり引きずり出すその術のデメリットは、肉体への強烈な負荷。いくら努力を重ね、自身を苛め抜き、その肉体を鍛え上げようとも、リーはまだ下忍であり、肉体が未だ成長途中にある子供だ。この年で第六・景門をこじ開ける素養は凄まじく、あと数年もあれば、その開放に耐えられるだけの肉体を手に入れることも出来るだろう。だが、それはいまではない。リーの肉体は、未だ景門の開放に耐えられるだけの強度を手に入れてはいない。

 下忍時代の畳間も八門遁甲の酷使によって体を痛めたことがあった。あるいはそれ以上の傷を負ったこともある。しかし畳間は強靭な肉体こそを武器とする千手一族と、凄まじい生命力を誇るうずまき一族の血を引く天才であり、だからこそ、その負傷は完治させることが出来た。

 だが、リーは違う。確かに、木ノ葉には綱手がいる。術の精度だけで言えば、全盛期の綱手すら越えるカブトがいる。ゆえにある程度の負傷であれば、治療することは可能だろう。しかし、たとえ綱手であっても、死者を蘇らせることは出来ない。

 

 八門遁甲の陣における代償は、第八・死門の解放の後に命を失うというあまりに大きすぎるものである。そして開放する門が死門に近づくたびに、肉体に掛かる負担は急激に大きくなる。たとえ死門を開かないからと言って、命を落とさないという保証は無いのだ。それに、例え命を落とさなかったとしても、無事で済むという保証も無い。以降の忍者生命を絶たれるほどの損傷を、肉体に残す可能性がある。ガイ程の年月を肉体の鍛錬にあて、その負担を耐えられるだけの身体を得ているのならともかく、下忍のリーにとって第六・景門の解放は、あまりにデメリットの重い自爆技でしかない。

 

 幼い子供になんという術を教えたんだと、ガイを叱咤する者もいるだろう。だが、あの子の何を知っているというのだ。才能という越えられない壁を前にしてなお、文字通り血を滲ませて突き進もうとするあの子の姿を見て、見て見ぬふりなど出来るわけがない。同じ苦しみを知るガイが、そんなことをできるわけがない。だからこそ、第六の門まで至ってしまった弟子を見て、その先に待ち受ける苦難を思い、ガイは―――。

 

 ガイは己のそんな思いを捨て去る様に、首を振る。

 リーは八門遁甲の陣の、その重すぎるリスクを知っている。

 だというのに、リーはそれを使用した。里や誰かの命を左右するような、命賭けの試合でもない―――極端に言えば単なる試験に、リーはその人生を捧げようとしている。確かに命を左右する試合では無いのかもしれない。だが、この試合は、リーの運命(・・)を左右する戦いなのだ。

 

 リーを駆り立てるのは覚悟だ。

 ここで余力を残して敗北することを、リーは選ばなかった。次に挑めば良い―――そう考えてこの機会を逃せば、シスイもネジも、きっとリーを置いて先に行く。そしてリーは一人、落ちこぼれという孤独の谷に残される。それはリーにとって、自分が死んだも同然なのだろう。

 いずれ来たる”その時”―――それ以外での使用を禁ずると厳命した、八門遁甲の陣。それをリーが使用したということは、今が、そのときなのだろう。

 

 ―――己の忍道を、死んでも守り通すとき。

 

 弟子が”誇り”と”道”を守るためにその命を賭けるというのなら、リーの師であるガイがすべきことは―――悲痛に表情を歪めることでは無い。

 

「行け、リー!!」

 

 ガイは努めて笑顔を浮かべ、サムズアップをリーへ向け、声を張り上げる。

 果たしてその声はリーに届いたか―――。

 

「―――!!」

 

 凄まじいまでの拳幕。空気を突き破るリーの拳は炎を纏い、無数にも見えるリーの拳は、あまりの速さゆえに人の認知を越えたがゆえのもの。

 しかしリーの体への負担は重く、もやは高速高機動の連続体術を扱うことは出来ない。ゆえにリーが取るべき道は、進むべき道は一つだけ。

 

 ―――まっすぐ行って、ぶっ飛ばす!!

 

 もはや砂はリーの拳に追いつくことは無い。我愛羅があらかじめ置いてあった砂の壁を、リーは今こそ突き抜ける。

 

「壁を……越えた……」

 

 それは誰の言葉だったか。

 乗り越えた(・・・・・)というには、あまりに泥臭い光景だ。血の滲むような努力によって培った力で、歩みを阻む障壁を破壊した。どうしようもないほどの”力技”だ。しかしリーをよく知る者にとってその光景は―――ロック・リーという忍者が、今まさに、”壁”を突破した瞬間だった。

 

「―――朝孔雀!!」

 

「最高絶対防御―――守鶴の盾!!」

 

  ―――リーと我愛羅の間に、狸の形をした巨大な砂の盾が出現する。

 

 それはリーにとって、乗り越えるべき”才能”の壁。

 

 それは我愛羅にとって、守り抜くべき”絆”の盾。

 

 兄と姉が破れ、もはや砂隠れの下忍は己一人。砂隠れの誇りを、我愛羅はその一身に背負う。そして、守鶴との絆―――人柱力の生き様を示すため、我愛羅はここで負けるわけにはいかない。

 腹太鼓の術は、畳間に止められた。従うしかないだろう。なぜなら好戦的な性格の守鶴が暴走した時、我愛羅には為す術がない。それでは、人柱力の―――ひいては守鶴の評価を下げる。それでは意味が無い。

 我愛羅の目的は、勝つことではない。最強となることでもない。ただ、長い歴史の中で迫害されてきた尾獣(とも)の、その誇りを取り戻すことだ。

 地中の鉱物すら取り込んだ、最硬の盾。我愛羅の絶対防御―――その形のモチーフに守鶴の姿を選んだのも、その夢のため。

 

「「おおおおおおおおお!!」」

 

 互いの熱が、伝わり合う。

 リーの音速を越えた拳が次々と同じ場所(・・・・)に直撃し、守鶴の盾を抉り取る。

 だが、一撃ごとにリーの筋線維は断裂し、その拳が破壊され、骨にひびが入り、血が噴き出す。

 

(まだだっ―――!!)

 

 そして、リーの拳は守鶴の盾―――その腹のど真ん中をぶち抜いた。

 リーの左手が、へし折れた。

 

(まだ―――っ!!)

 

 その腹の風穴を通り、リーが焦燥を表情に浮かべる我愛羅へと接近する。

 我愛羅の顔面にリーの拳が直撃する直前―――我愛羅の身体を半透明の茶色いチャクラが覆った。我愛羅の後ろで一尾(・・)が揺れる。

 

 そして守鶴の盾(・・・・)が蠢いた。我愛羅が驚愕に目を見開く。我愛羅は何もしていない。そんな余裕も無い。だというのに、守鶴の盾―――その腹に空いたその風穴が、凄まじい勢いで塞ぎ始めたのだ。

 

 そしてリーの足が、絡めとられる。

 

(まだだ―――っ!!)

 

 だがリーは止まらない。

 見ている者に、「足が引きちぎれても良いのか!?」と、そう思わせるだけの気迫を見せて、前に進む。

 

 ―――足なんて、今までに何度も自分自身に引っ張られてきた。

 

 リーは進む。

 届かせるんだ。我愛羅(天才)のところへ。辿り着くんだ。その先へ。

 絶対に諦めない。決して挫けない。絶対に証明すると、師と自分に誓った。

 自分のためだけではない。同じように”落ちこぼれ”と烙印を押された、すべての忍者たちのために。ガイがリーにその背を、道を示してくれたように―――今度は自分が、そう成れるように。いつかまだ見ぬ弟子が、己が背中を目指せるように―――!!

 

 ―――たとえ忍術や幻術を使えなくても、立派な忍者に成れることを、証明する!!

 

 リーの右腕が、足が、胴体が砂に埋もれ―――残った左肘が、遂に捉えられる。

 

「まだだあああああああああああああああ!!!」

 

 天を突く豪咆。会場全体の空気が震えあがるほどの咆哮。

 砂の拘束をそのままに、引きずられる力を感じ、関節が壊れることを感じながらも―――遂に、リーは腕を振るいきった。

 

 砂の壁を乗り越えたリーの拳は―――硬化されたチャクラの”壁”に突き刺さり、制止する。リーの拳は我愛羅の身体には届かなかった。

 だが―――その意志は、止まらない。

 

 リーの正拳―――その衝撃はチャクラの壁を突き抜けて、我愛羅の顔面を凄まじいまでの衝撃が襲った。我愛羅の顔を覆っていた砂の幕が吹き飛ばされ、宙へ散る。

 我愛羅は爆発を間近で受けたかのような勢いで後方へ仰け反り、宙を浮く砂の足場から吹き飛ばされた。そして、脳天から地面へと落下していく。動かず、受け身を取る様子も無いところを見るに、我愛羅は意識を失っているようだった。

 直後、リーを拘束していた砂が力を失い、地面へと落ちていく。同時に、リーもまた宙を漂うように、力なく重力に任せて、地面へと墜落した。

 

 二人が地面に激突する直前、飛び出した二つの影。

 リーを試験官が、我愛羅を羅砂が受け止めて、着地する。

 

「―――両者戦闘不能!! 二回戦第一試合、勝者無し!!」

 

 試験官が叫び、試合が終了する。

 血と砂に汚れた頬。拳は骨が突き出し、その両手足は、本来曲がるはずの無い場所で曲がり、力なく垂れている。試験官はリーを横抱きに抱えていることすら負担になると考えて、優しく地に横たえた。もはや戦えるような状況ではない。早急に、医者へ見せなければならない。

 観客席で見ていた綱手が立ち上がり、急いでこちらへ駆けてくる様子が見えた。それほどまでに、リーは危険な状態だった。

 

「リー!!」

 

 ガイが倒れたリーの傍に駆けつける。

 

「リー!?」

 

 ガイの声が届いたのか―――リーがゆっくりとした動作で、立ち上がった。

 

「バカな!? 立てるわけが……!」

 

 試験官が驚愕する。

 

「リー、もういい! もう、終わったんだ!! お前はもう立てる体じゃな―――」

 

 リーの身体に触れたガイが何かに気づき、言葉を呑み込んだ。

 

「リー……お前は……」

 

 ガイの目をゆっくりと見開かれ―――何かに耐えるように歪められる。

 

「―――意識を失ってさえもまだ……、自分の忍道を、証明しようと……」

 

 ―――たとえ忍術や幻術が使えなくても、立派な忍者に成れることを証明したいです!! それがボクのすべてです!!

 

「お前ってやつは……っ!! お前ってやつは……っ!!」

 

 ガイーの頬に、雫が一滴、二滴と流れ落ちる。

 

「お前は……っ!! お前はもう……っ!!」

 

 ―――立派な忍者だよ……っ

 

 歯を噛みしめて、溢れだすその激情を堪える。たまらず、ガイは顔を伏せた。

 今のリーは、抱きしめることすら、許されない。それほどに、危険な状態だった。

 

「我愛羅……」

 

 最後の一瞬、我愛羅は尾獣チャクラモードを発動していた。一回戦から続いて、尾獣の制御をして見せた息子。我愛羅が生まれ落ちると同時に世を去った妻の、忘れ形見。

 木ノ葉に人質として出され、長い年月を生き別れて過ごした。兄姉と比べても、父としてはぎこちなく、息子としては距離があった。

 それでも我愛羅は”影”である羅砂を尊敬し、憧れてくれていた。自分も風影となって里に、忍界に吹く”風”となる―――そう言って尾獣チャクラのコントロール修業に励む息子に、羅砂は確かに、不器用な愛を向けていた。

 

 ―――我、愛を知る修羅也。

 

 生まれながらに尾獣を宿し、修羅の道を進むことを宿命づけられた、しかし多くの愛を知る息子。

 

「よくやったな。さすがは……オレ達の……」

 

 羅砂はその先の言葉を口にはしなかった。その言葉はまた後で、我愛羅が意識を取り戻してから、伝えたかった。

 

 大人たちは到着した綱手と医療班に子供たちを託し、運ばれていくその姿を見送った。


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