綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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下忍編
明鏡


 ある晴れた日の朝。畳間たち忍者養成施設・第一期生のメンバーの、卒業式が行われた。卒業試験を合格し、晴れて下忍の資格を得ることが出来た子供たちは皆一様に、支給された木の葉隠れの額当てを手に取り、感慨に浸っている。

 畳間など配布された新品の額当てには目もくれず、傷だらけの古ぼけた額当てを額に巻き付け、念願叶ったこの瞬間の喜びに打ち震えている。感極まった様子で喜びの声をあげた畳間は、窓から教室を飛び出すと、柱間の顔岩に拳を突きつけた。目じりに一筋のしずく。

 長いようで短い時間だった。己の歪さに苦悩し、柱間に救われ、イナに救われ、友に救われ、畳間はここまで来た。柱間に額当てを付けた姿を見せ、恩を返すことこそ叶わなかったものの、そこは成長した畳間である。これから歩む己の人生を、木の葉隠れの忍としての誇りを抱き、胸を張って生きていく。その生き様を持って、柱間への恩返しとする所存である。後世に『千手畳間』の名を残すことで、それに意志と夢を託した柱間の判断が、決して間違ったものではなかったと、証明してみせると誓ったのだ。

 

 そして―――と、畳間は誰にも言っていない己の秘密を想う。柱間の言葉によって抑え込まれていた畳間の前世の記憶は、柱間亡き後、徐々にではあるが再び取り戻されていっている。ところどころ虫食いの様になっているその記憶を、畳間は率先して思い出したいとも思わないが、今の価値観と照らし合わせ、少し思うところはある。ゆえに、それなりの権力―――上忍になるか、千手一族の長の地位―――が手にするころに、自分のルーツを辿りたいと考えていた。そして『千手』としての新たな道を探したい、とも。自分が自分ではないという違和感に苦しむことはあるものの、傍には心強い仲間がいることを、畳間は既に知っている。見ていてくれと、畳間は柱間の顔岩を見つめた。

 

 見果てぬ夢に陶酔し、一人感極まっている畳間は、放っておけばずっと柱間へ想いを馳せていそうなほどである。イナはおめでとう!と畳間の背中に張り手をかます。パァンと素晴らしい音。いたいいたいと畳間が振り返る。

 

「おぉ・・・」

「ど、どうかな?」

 

 額当てをカチューシャ代わりにし、イナは頬をほのかに染めている。それを、別に普通だけど―――と切り捨てるほど、畳間は冷たい男ではない。どころか、普段のポニーテールを解いた姿は新鮮味もあり、素直に感嘆の声をあげた。「似合っている」とお互いに褒め合う2人は、やはり放っておけばずっと話をしていそうである。そこで、空気を読まないヤエハとチョウヤが割り込んでいく。

 絡んでくるチョウヤを邪魔だ邪魔だと払い除けつつも、畳間は笑みを浮かべた。サクモを始め、わいわいと盛り上がっていたころ、扉間が教室の扉を開けて現れた。

 

「貴様ら、部屋に戻り席に着け」

 

 教室の中から飛んでくるドスの利いた指示に、普段の騒がしさはどこへやら。子供たちは足並みをそろえて一斉に教室に駆け戻った。普段からこれくらいの機敏さを見せてほしいと、扉間の傍に控える担当教師は肩を落とす。一方畳間は、厳格な扉間の威圧感に固まる子供たちに反し、飛雷神の術で飛んで来なかったことの珍しさを驚いていた。畳間の中では扉間=飛雷神の術での登場として固定されている。

 里の最高責任者の登場に子供たちは気が気では無い様子。畳間を除けば唯一サクモだけが普段通りにふるまっているが、それでも驚きを隠せてはいない。とはいえ、扉間発案の施設であり、最高責任者も扉間である。一期生の卒業というならば、さすがに出張って来るのは目に見えていたことではある。それを解すためという名目で、席に着いた畳間は腰を浮かせ、手をあげた。

 

「おっちゃん、どうしたの?」 

「2代目様と呼べ。それと敬語を使え」

 

 畳間の問いかけに、帰ってきたのは呼び方の訂正。いつものやり取りに満足した畳間ははいと短い返事をし、腰を落ち着けた。扉間は気を取り直して話を始める。長としての式辞と祝辞。畳間は話半分に聞き流していたが、ほかの子供たちは一字一句聞き逃すまいと気を張っているようである長い話が終わり、扉間は本題に入った。

 曰く、まず子供たちを3人1組に分ける。今までの基本小隊・3人1組(スリーマンセル)に加えて、さらに熟練の忍を担当として1人付け、4人1組(フォーマンセル)形式をとるとのことである。質疑応答はせず、扉間は淡々と話を続けていく。小隊のメンバーを発表すると告げると、扉間は資料を取り出した。呼ばれた順に3人一組で固まり、担当の忍者を待てとのことである。

 

 ここで期待に胸を膨らませるのは畳間である。イナとサクモ、いつも一緒にいるメンバーでぴったり3人。これは下忍になっても楽しそうだと期待を隠しもしない。そんな畳間の笑顔を見て、扉間は内心で嗤いを浮かべた。

 

「第3班。秋道チョウヤ、奈良ルシカ。そして―――山中イナ」

 

 なに?と反応したのは畳間である。一緒になるとばかり思っていたからなおのこと。一方、イナは仕方ないかと受け止めている様子で、予想していたのか、落胆の色はない。

 それもそのはず。山中一族は、木の葉隠れの里が生まれる前から、2つの一族と同盟を結んでいたという歴史がある。それがルシカとチョウヤが属する、『奈良』と『秋道』両一族だ。長い同盟の歴史を誇る山中、奈良、秋道の一族は、3つの一族間での連携忍術を編み出し、戦乱の世を生き延びて来た。効率を重視する扉間である。変に引き離すより、連携が初めから取れているメンバーを固めようとするのは必至。決して、生意気な弟子に一泡吹かせようと思ったわけではなかった。

 

「ごめんねー?」

 

 首を傾げながら両手を合わせ、悪戯っぽくウインクを送るイナは、やはり、この決定を予期していたらしかった。「えー」と落胆の声を隠すこともせず、畳間は驚きで浮かせた腰を座席に落ち着けた。

 

「第6班。はたけサクモ、千手畳間。そして―――うちはアカリ」

 

 なに?と反応したのはまたしても畳間である。それだけではない。イナも、サクモも反応を示した。

 

「サクモとイナを交換してくれないか」

「そこ!?」

 

 まず口を開いたのは畳間である。隣に座っていたサクモは畳間の頭を割と強めに殴り、イナは消しゴムを畳間の後頭部にぶつけた。それも当然である。てっきり、うちはであることに反応したと思ったのだ。勘違いと言えばそうなのだが、スルーした畳間も悪かった。うちはアカリと言えば、畳間たちと同じ一期生のメンバーで、名の示す通りうちは一族の少女である。森の千手一族とうちはの争いの歴史は、木の葉隠れの里に住む者ならば知らぬ者などいない公然の事実。何故わざわざ争いの種になりそうな2人を一緒にするのかと、子供たちは目を丸くする。

 

 しかし子供たちが抱いた疑問への説明は無く、扉間は以上だと告げた。担当上忍が来るまで待つようにという指示をした扉間は、子供たちに短めな激励の言葉を送り席を立ってしまった。がらがらと引き戸が締まり、にわかに教室が騒がしくなる。チョウヤが大丈夫かと、サクモに殴られたまま倒れ伏す畳間の肩をゆすった。イナも畳間に駆け寄って、ミト直伝の医療忍術を発動する。イナの治療で元気になったと、勢いよく起き上がった畳間は、すぐさま席を立ち扉間を追いかけた。

 

「おっちゃん!」

「2代目様と呼べ!」

 

 廊下を歩いている扉間に追いついた畳間が詰め寄る。先のグループ分け、何故サクモは良くてイナはダメなのかと喚く畳間を、「黙れ!」と扉間は一括し、我儘が過ぎると声を低くする。それも当然だ。扉間の言う通り、畳間は少しばかり扉間に迷惑を掛けるという形で甘え過ぎる傾向がある。扉間の指摘に、畳間も自覚があったのか、今回ばかりは、すみませんと素直に頭を下げる。謝るところは謝れるようになってきた弟子の成長に、扉間はぽん、と畳間の肩に手を乗せた。

 

 グループ分けに関しては、先ほど述べたように、山中・秋道・奈良の3つの一族の、忍術特性を考えての判断であるが、しかしそれだけではない。畳間、サクモ、イナ―――3人の実力を鑑みてのことである、いわゆる成績の善し悪しだ。

 座学において、堂々の1位に輝いているイナ。体術・忍術・座学のすべてにおいてトップクラスの成績を誇るサクモ。座学はともかく、忍術・体術において良い成績を収めている畳間。その3人を1つのチームにまとめてしまうと明らかな戦力過多になる、というのが、本当のところである。畳間はぐうの音も出ない。そもそも扉間のやることは冷たく見えて道理に適っていることが殆どであるから、当たり前と言えば当たり前である。柱間すらやり込められていたのだから、畳間が敵うはずもなかった。とはいえ、完璧な人間などいない。それは扉間とて同じである。完璧に見える扉間にも弱点はある。その熱いハートだ。クールに見えてその実、熱い魂を宿している扉間は、熱くなり過ぎて過剰な対応を取ってしまうこともままあった。そんなとき、暴走しそうになる扉間を止められたのは、唯一、柱間だけである。しかし柱間は既にこの世にいないので、扉間の決定はどのようなことがあっても覆ることはない。サクモと畳間を一緒にしただけでも、扉間は十分優しさを見せていると言えるだろう。

 

「畳間。貴様、うちはアカリと山中イナを交換しろとは言わんのか?」

 

 扉間の言葉に、畳間は不貞腐れたような表情を浮かべる。そこまで落ちぶれてないわ、と。当然である。そこまで仲良くない同級生に向かって、言外にお前より組みたい人がいるから消えろと言える者など、そうはいないだろう。少なくても畳間はそうだった。しゃあないか、と頭を掻きながら戻っていく畳間の背を、扉間は黙って見送った。

 

 

「あ、畳間だね。待ってたよ」

 

 戻った畳間を待っていたのは、天然パーマの黒髪に、目じりが優しく下がった年若い男。畳間が扉間を追いかけている間に、6班の担当上忍が現れていたらしかった。

 遅いよと言うサクモに、すまんすまんと豪快に謝る畳間。そして、教室でじっと座っているうちはアカリ。中々癖のあるメンバーになりそうだと、男―――うちはカガミは困ったように頭を掻いた。

 

 うちはカガミ。名の通りうちは一族の人間にして、特異体質としての血継限界・写輪眼を開眼している、優秀な忍である。

 

 ―――里のために戦いたい。 

 

 幼いながらも才能を開花させていたカガミは、後に『第一次忍界大戦』と呼ばれる戦争に、己の意志で参戦することを望んだ。当時カガミの胸で燃えていた強い意志は、「未だ子供だから」と参戦させることを渋った柱間をも説得するほどの強さを持っており、幼いながらも強く燃えるカガミの火の意志に感じ入った柱間は、部下としてカガミを傍に置いたのである。さすがに戦闘に直接参加させることは無かったが、「こやつならばあるいは」と面倒を見て、己の火の意志を伝えた。現在、カガミはその縁から、扉間が信頼する数少ない『うちは』として、2代目火影の側近としての任務に就いている。

 

 ―――貴様に畳間を任せたい。

 

 呼び出された扉間に突然そう告げられたとき、さてどうしようかと、カガミは唸った。敬愛する初代火影の孫息子にして、”あの”千手の直系だ。”うちは”たる己が担当上忍でいいのだろうか、とカガミは悩んだ。しかし扉間は、そう悩むお前だから畳間を任せたいと告げたのだ。真摯な態度、強い意志の宿った扉間の瞳を前にして、カガミは遂に頷いた。そして語られる扉間の壮大な物語、カガミは久しぶりに胸が躍る気分であった。

 

 ―――初代火影たる兄者亡き今、畳間は”うちは”に偏見を持たない最後の千手である。

 

 そう口頭を斬った扉間に、カガミはぎょっとした。それは言外に、扉間も含めた千手の人間すべてが、うちは一族に対して何かしらの偏見を持っていると公言したと同義であるからだ。しかし、同時に理解も示した。それは短いながらも扉間の側近として傍に仕え、扉間の考えを学んだからこそのもの。常に最善の手を打ってきたという自負と、己の考えが必ず木の葉隠れの里のために成ると信じる強い意志、必要とあれば己すらも駒として扱える卓越した頭脳―――うちは一族であるカガミをして、これほどの忍はいないと感嘆に値するほどのものだ。ならば扉間は、うちはを貶めるためではなく、事実として現状を伝えただけだろうと思ったのである。マダラの襲撃もあり、うちはの立場はあまり良いものでは無い、と。そのカガミの考えは正しく、扉間は続けた。どこへ向くかも分からないうちはの愛情は、野放しにしておくと危険である―――と。

 確かにそうだろう。同じ一族であるカガミが言うのも心辛いが、同じ一族であるからこそ分かることもある。第2第3のマダラが現れないとは、カガミを持ってしても言い切れない。里を愛するカガミからすれば、耐えられることでなかった。ゆえに、”うちはの愛”の方向を意図的に『里』へ集約させる―――という扉間の考えに、カガミは賛同する。

 確かに、うちはの者すべてがカガミのように里を愛せば、扉間を筆頭にした里の上層部も、うちは一族の裏切りを警戒する必要が無くなる。ならばうちは一族側としても窮屈な想いをしなくても良くなる。悪い話ではない。それはある意味、洗脳とも言えるとんでもない方法だったが、里を愛すカガミからすれば、是非もない。

 

 しかし―――と扉間は腕を組む。それが扉間の代でやり遂げられれば良いが、扉間の政策が身を結ぶまでに、第2第3のマダラが現れないとも限らない。扉間は、己の考える政策とは別の、うちはへの抑止力となりえる存在が必要だと考えたのである。それが”うちはカガミ”であり、”千手畳間”であり、”うちはアカリ”であったのだ。

 うちはにおいて異質なほどに、愛の方向性が千手に似ているカガミ。千手でありながら偏愛の気を見せた畳間。そして、まだ写輪眼を開眼しておらず、丁度良く畳間の同期である”うちはアカリ”。要は、うちはでありながら千手の意志を継いでいるカガミの価値観で、畳間とアカリを成長させようということである。特に、アカリはカガミの妹であるから、兄のように成長する可能性は高い。それが畳間と合わされば・・・。アカリに多少の問題はあっても、哀しみ・憎悪の結晶たる写輪眼が開眼する前ならば、どうとでも修正は効く。

 柱間が死に、本来の色を見せ始めた畳間に可能性を見た扉間は、あるいはこれを見越したかと、亡き兄を想った。でなければ、こんなまどろっこしい手を使わず、うちはを隔離する手を使い、政治から遠ざけただけで終わっただろう。しかしそれでもこの策はあくまで第2第3の保険であり、うちは政策の本質が一族の隔離であることを、扉間が語ることは無かった。

 

 

 教室を出てしばらく、里の片隅にある演習場に、畳間たちは連れられていた。打ち込まれた大きな丸太の前に並んだ3人を順に見比べ、カガミは自己紹介を促す。まずは、手本として己が自己紹介を行うことを忘れずに。猿飛サスケの弟子、先代の孫、好物は桃、短刀を使うなど、当たり障りのない自己紹介を行うサクモと畳間であるが、”うちはアカリ”だけが、黙って佇んでいる。うちは特有の黒髪は手入れが行き届き艶やかで、頭部の両端で結んだ髪の房―――ツインテール―――は、手から流れるように滑り落ちて行く様が幻視できるほど、見ているだけでさらさらとしていそうだ。両房をゆらゆらと揺らしながら、しかし無口なまま明らかに浮いてしまっている少女を、畳間が放って置くはずも無い。気づいたサクモが止めようするのも気にせず、畳間は少女に声を掛けた。

 

「そういえば話したこと無かったな。オレは千手畳間。うちはと千手ってことで思うところもあるかもしれないけど、オレはそういうの気にしてないから。これからよろしくな」

 

 あちゃーと頭を抱えるサクモを無視し、爽やかな笑みを浮かべた畳間は、アカリに握手を求めた。差し出された手をじっと見つめる少女に、畳間は恥ずかしがりやなのかな?と、温かい気持ちになる。畳間も似たようなところがあるので、無理に握手を求めるのも良くはない。少し残念に思いながらも、これから先チームとして過ごすなら、仲良くなる機会はいくつもあるだろうと、手を引っ込めようとして、じーんと痺れるような痛みが畳間を襲った。

 目を丸くして横を見れば、畳間の手が顔の横にまで弾き飛ばされている。なにごと!?と驚いた畳間がアカリに視線を戻せば―――引き込まれそうなほど黒々とした美しい瞳と、畳間の視線が絡み合う。呑みこまれそうなほどに深い瞳は、しかし、今は汚物を目の前にしているかのように歪められている。どうしてそんな目で見られなければならないのだと、訳も分からいままおろおろとする畳間は、アカリの手に握られている杖に気づいた。堂に入った構え。杖術使いかと分析し、それで畳間の腕を叩き、弾いたのだと分析する。

 一歩引いて畳間から距離を取ったアカリは、その杖でガリガリと地面に線を引き、これ以上近づくなとばかりに杖を横凪ぎに一閃、空を斬る。

 

「千手と馴れ合うつもりはないわ」

「あ~・・・」

 

 「そういうことか」と畳間は納得し、アカリと同チームだと扉間が言ったときに教室が騒がしくなった理由も理解した。一方、「いきなりどうしようこれ」と頭を抱えたカガミであった。


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