綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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シスイと友達

「五代目……次の試合ですが……」

 

 観客席に座る畳間の下へ、医療班の忍びが近づいてきて、耳打ちをする。

 報告の内容は、テンテンが戦える状態ではない、ということであった。重量級の忍具を意地で投げ飛ばし続け、繊細なコントロールを必要とする綱手の怪力を、我流の上に不完全な状態で発動したことで、その筋肉が痛み、腕も上げられない状態であるという。

 リーの治療のために医務室へ付き添った綱手によってドクターストップが掛けられた。テンテン本人も「次の対戦相手シスイ君だし……」と、闘争心も萎えているようで、このまま棄権を選択するようである。

 

「……サクラの状態はどうだ?」

 

「未だ意識は取り戻していませんが……戦えないというわけではないようです。意識さえ、取り戻せば……」

 

「……無理はさせたくないが、起きたら不戦敗になっていたと言うのも不憫だな」

 

 香憐を破ったサクラの戦い方は、畳間ですら感嘆の息を零したほど、凡庸なりに高められた、素晴らしいものだった。その戦いをもっと見てみたいと思うのは、子供たちの成長を見守る大人としての気持ちである。

 予定されていたシスイとテンテンの試合―――親の贔屓目を抜いても、そう時間がかかるとは思ってはいなかったが、戦いそのものが無くなるとは誤算である。

 このままいけば、第二回戦は今しがたのリーvs我愛羅の闘いのみで終わってしまう。それはさすがに開催者としては看過しがたい。

 リーと我愛羅の闘いは、畳間をして手に汗を握る、青春の熱さに溢れたものだった。観客たちも、興奮冷めやらぬという様子である。

 主催者であるがゆえにこの場から離れられないが、そうでなければ、畳間の亡き盟友たるダイをすら彷彿とさせるリーの傍へと行き、その健闘を称えたいと思うほどだ。

 

 しかしリーの怪我は壮絶で、忍者生命が途絶えてしまう可能性とてある。畳間が今行っても、綱手たちの邪魔にしかならないだろう。戦争中、前線で日夜医療忍術を振るっていたころから比べれば腕は落ちている綱手だが、それでもなお木ノ葉にて、いや忍界最高の医療忍者であることに変わりはない。リーについては、妹たちを信じる他に無い。

 

「……是非もない、か」

 

 畳間は立ちあがり、観客席に向けて放送を開始する。

 

「お集まりの皆さま―――!」

 

 テンテンが不戦敗となること、そして次の試合の選手であるサクラに少し問題が発生したこと―――加えて、あることを観客たちに伝えた。

 

 そして、試合場。

 その中央に、二人の人影がゆっくりと歩み寄る。

 

 ―――片や白を基調とした服を身に纏った少年。

 

「シスイ……。長く、この時を待ち望んだ。敗れ去った強敵(とも)のため―――今こそオレは、お前を越える」

 

 ―――片や黒の服に身を包んだ少年。

 

「……ネジ。この一か月、君のチャクラの昂ぶりを、オレはずっと感じていた。相当、追い込んだようだな。―――己自身を」

 

 畳間が考えたこととは、戦いのカードを前倒しにすることだった。本来行われるはずのサクラとネジの戦いだが、サクラが目覚めるまでもう少し掛かりそうだという。なのでサクラが目覚めるまでの時間を稼ぐために、対戦相手が棄権したシスイの対戦相手に、ネジを繰り上げた。

 起きたら不戦敗―――確かにそれは不憫なことだ。しかし、起きたら決勝になっていて、しかも相手がネジかシスイというのも、大概不憫である。

 

「―――白眼」

 

「―――」

 

 ネジが白眼を発現させ、血管の浮き出た両目でシスイを見つめた。

 シスイは言葉を発さず、ただ己の中のチャクラを見つめる。

 

「試合―――」

 

 試験官が、試合開始の宣言をし―――。

 

「開―――」

 

 上げた手を勢いよく振り下ろし―――。

 

「―――始」

 

 試験官が言い終わると同時、二人が互いへ向けて駆けだした。

 二人が立っていた場所に、一陣の風が吹き、砂ぼこりが巻き上がる。

 次の瞬間、二人の拳が互いの頬に抉り込む。

 

 ―――第二回戦、第二試合。

 

 木ノ葉隠れ第十班―――日向ネジvs木ノ葉隠れ第一班―――千手止水

 

 ―――勝負。

 

 互いに抉られた頬。

 しかし二人は直撃の瞬間に首を逸らすことで、互いの攻撃を紙一重で躱した。互いの腕が肩の上を通り過ぎ、なおも前に進む二人は、互いの額当てをぶつけ合う。

 

 ―――驚愕したのは、シスイであった。

 

 シスイは膝蹴りを放ち、ネジもまた膝蹴りを放ち、互いの膝がぶつかり合う。

 シスイは腕を曲げ、ネジの首を固定しようとするが―――ネジもまた、同じようにシスイの首を覆うように腕を曲げた。

 

「―――柔拳!!」

 

 拘束されたのは、果たしてどちらだったのか―――ネジが突如として体中のチャクラ孔からチャクラを放出し、瞬く間にシスイはネジの領域の中に収められた。

 シスイもまた同時にチャクラを放出し、ネジを領域の中に閉じ込める。

 

 ―――重圧が、二人の身体を襲った。押しつぶされそうなほどの、チャクラの重圧。息苦しさすら感じる空間の中、二人は組み合ったまま微動だにしない。

 ぶつかり合うチャクラとチャクラ。

 チャクラコントロールの面においては、幼少期より柔拳というチャクラコントロールの極みとも言える体術の修業を重ねて来たネジが、シスイの一歩も二歩も先を行く。

 チャクラ総量の面においては、シスイがネジのそれを一回りも二回りも上回る。

 

 圧倒的物量によってネジを制圧せんとするシスイ。

 上忍にも匹敵する高度なチャクラコントロール技術を持って、シスイを陥落せしめようとするネジ。

 

 二人の放つチャクラの領域は、観客たちからすら目視できるほどの濃密度を誇り、その圧力は地面に亀裂すら生み出した。

 チャクラ同士の領域争奪戦―――同時に、二人は内部侵攻戦を行っていた。

 自身のチャクラを相手の体内へと流し込み、肉体を内側から破壊する日向の柔拳。

 自身のチャクラを相手の体内へと流し込み、その神経系を操作し肉体の自由を奪う、乱身衝。

 

 互いの得意技術にして切り札の一つをぶつけ合う二人は、互いに互いを見つめ、一筋の汗を流す。

 

 突如、二人は相手を拘束していない側の腕を振るった。

 シスイの拳を、ネジの掌が受け止めた。

 ネジの掌にはチャクラの獅子が現れ、シスイの拳には炎が揺らめいている。

 

 ネジが使ったのは、日向一族に伝わる、柔歩双獅拳。本来は宗家にしか伝えられない秘伝体術の一つ。ネジはそれを、ヒナタがヒアシより教わっているところを白眼によって盗み見て、”見取り”により身に着けた。宗家から直接ネジに伝えるというのは未だ意地を張ってできないヒアシは、ヒナタへの稽古と言う名目でネジを傍に置き、その技を盗ませた。

 

 シスイが使用したのは、アカリが得意とした、性質変化と形態変化を同時に発動させる、火拳。綱手に掌仙術を教わっていたシスイが、私も教えたいとでしゃばったアカリより伝授された、アカリの奥義の一つ。

 

 シスイの炎をネジのチャクラが遮断し、ネジのチャクラをシスイの炎が堰き止める。

 同時、二人はしゃがみ、互いに腕の拘束から抜け出すと、後方へ飛び下がり距離を取った。

 

 シスイが印を結ぶ。

 水遁・水龍弾。シスイの足元から、凄まじい勢いで水の龍が生み出され、ネジへと襲い掛かる。

 しかしネジは獅子が吠える両掌を勢いよく叩き合わせ、指を組むと、回転を加えながら前方へと突き出した。両手の獅子が合わさり、一つの巨大な獅子が生まれ、放たれる。

 

 ―――激突する獅子と龍。

 

 舞い上がる水しぶき―――それを踏み潰すように、シスイが操る土の巨人が現れる。

 しかしネジは既に土の巨人の足元まで迫っていた。水しぶきによる目くらましなど、白眼には通用しない。ネジは土の巨人の足の甲を踏みつけて、その巨体を駆け上る。その最中、白眼にて見切った、土の巨人の体内を流れるチャクラ―――すなわち土の巨人を操るチャクラ糸を、流し込んだチャクラによって切断し、土の巨人をただの土くれへと還した。

 土の巨人が崩れ落ちる直前、ネジは土の巨人を足場に跳躍し、天へ飛ぶ。天空で両掌を合わせたネジは、片手を弓を射るように引き絞ると、白眼にて補足したシスイがいる方角へ向かって、押し出した。

 直後、地面に掌の形をした巨大なクレーターが発生する。凄まじい地響きに足を取られたシスイがよろめき、ネジはその一瞬の隙に、もう片方の掌に集めたチャクラを射出する。

 そしてそれはシスイの身体に直撃し、シスイの身体が吹き飛んだ―――かに見えた。

 

 しかしシスイは直前に風遁による突風の壁を生み出し、掌底の衝撃波を押し留めると同時に、突風の勢いで後方へと飛び下がったのである。直前までシスイがいた場所に、二つ目の掌のクレーターが生み出される。

 後方に飛んだシスイと、天空より舞い降りたネジが同時に着地。互いに半身に構え、向かい合った。

 

 にらみ合う二人は、再び停止する。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が会場を包む。

 二人の指が、足が、肩が、時折ぴくりと動くが、しかしそれ以外、二人は停止して向かい合った。静寂が続く。

 

 ―――シスイが瞬きをする。

 目を閉じて―――シスイは拳を放った。

 

 目を開く―――ネジが目前に迫っていた。

 

 仙術チャクラによる気配感知が無ければ、シスイはこれで終わりだっただろう。

 ネジはその白眼により、シスイの隙を探り続けていた。そして生まれた、またたき(・・・・)による一瞬の隙。ネジはそれを見逃さず、シスイの視界が瞼によって塞がれた瞬間にその場を駆け出し、距離を埋めたのである。

 

 しかしシスイには仙術チャクラがある。瞼によって視界が塞がれようと、その世界(・・)を塞ぐことは出来ない。ゆえに、シスイは瞼を閉じながら、拳を放つことが出来た。

 しかし今ので、シスイが超級の感知能力を持つことを、ネジは確信しただろう。そしてシスイもまた、ネジがそうである(・・・・・)ことを確信した。

 

 シスイが放った右の拳―――腕の内側を、ネジは下から突き上げる掌底によって押し飛ばそうとする。しかし触れられれば危険と判断したシスイは天泣を吐き出し、シスイの右腕を狙うネジの腕を串刺しにしようとする。

 ネジはもう片方の指で天泣を挟み止めると、水に戻ろうとする天泣に自身のチャクラを流し込み、その形態を維持させたまま握り込み拳を作る。ネジの握り拳の指の隙間から、水の千本が生えている形となる。ネジはその拳を、シスイの身体へ向けて突きだした。

 

 シスイはそれをもう片方の掌を差し出した。

 シスイは水の千本で掌を串刺しにされながら、ネジの拳を握りしめ、ネジの腕を拘束する。もともとシスイのチャクラによって生み出された天泣は、製作者のチャクラに呼応してその形状を変え、輪を作る様に繋がると、ネジの拳を拘束した。シスイは握り込んだ拳を下へと押し下げ、胴体の守りを無くす。

 

 ネジが放った掌底は甘んじて受け入れる―――シスイは右腕を捨てる覚悟でネジの掌底を右腕に受け、自身の腕が跳ね上げられたと同時に、ネジの腹部へ渾身の蹴りを叩き込んだ。

 吹き飛ぶネジを追わず、シスイは両腕にチャクラを練り上げる。天泣によって空いた左掌の穴を塞ぐ。次いで、穴の塞がった左掌を負傷した右腕に当てて、ネジの柔拳によって遮断された経絡系を再生させる。

 

「―――影分身の術」

 

 シスイの後方に、三体の影分身が出現する。三体の影分身はその場に座り込み、瞑目すると、チャクラを練り上げ始める。

 一方、蹴り飛ばされたネジは空中で体勢を整えて着地すると、足にチャクラを集めてそれを噴出させるように自らの身体を押し出し、さながら弾丸のように突撃した。

 シスイが土遁を発動して巨大で分厚い壁を作る。

 ロック・リーの剛拳であれば破壊できるであろうその壁は、ネジの柔拳では破壊は難しい。このままでは激突する―――しかしネジは両掌を地面に叩きつけてその体を跳ね上げると、土の壁の上方へ張り付き、まるでゴキブリの様にその上を駆け上った。

 頂上に到着するかと言う瞬間、シスイは土の壁を崩壊させる。

 突如として足場を失ったネジだが、慌てた様子はなく、空中で体をひねりながら両手を鞭のように振り回し、チャクラの刃を打ち放つ。そしてそれはシスイではなく、その背後でチャクラを練り上げる三体の影分身に直撃し、影分身は消滅する。

 

 シスイは気にせず、印を結びチャクラを練り上げる。

 

「風遁・大突破!!」

 

 シスイを起点に生み出された突風は上昇気流となり、宙に浮くネジの身体を、さらに上空へと押し上げる。

 

「手裏剣影分身の術!! ―――分身大爆破!!」

 

 ネジへ向けて無数の手裏剣が放たれ、ネジに着弾する直前、その全てが爆発し、大爆発を引き起こした。空中で回避行動の取れないネジ―――死んだんじゃないのかと、観客席から声が上がる。

 しかしそれは杞憂であった。爆風と煙が、吹き飛ばされる。

 

「―――回天!!」

 

 体中から放出したチャクラを回転させ、あらゆる攻撃を弾く、日向一族が誇る絶対防御。

 

(……驚いたな)

 

 木ノ葉隠れ最強の下忍―――千手止水。千手一族と、うちは一族の愛の子。

 彼はその潜在能力だけで言えば、下忍のみならず、里全体を見渡しても、頂点に君臨するに足る器である。唯一の弱点は、実戦経験の希薄さであるが、それは同じ下忍が対戦相手である中忍選抜試験においては、弱点足りえない。事実シスイは、第二試験において岩隠れ最強の下忍を歯牙にもかけず、本選一回戦においては、一期下における最優の下忍を撃破している。

 その実力は、もはや下忍階級には収まり切らないことは明白であり、観客たちの中にも、ネジがここまで食い下がると予想できたものは少ない。

 

 シスイの最大の特異能力である、仙術。シスイはこの試合においても、仙術チャクラによる感知能力によってネジの行動を察知し、一手先を読んだ攻撃を繰り出している。

 しかし驚くべきことに、ネジはシスイのその動き全てに対処をして見せていた。

 

 ―――その種は、白眼による”俯瞰”。

 ネジは自身の動きすらも客観視し、自身の動きがシスイに読まれていることを前提に、さらにその先を読んでいるのである。

 白眼による、自身の客観視―――ネジは自身の動きを冷静に見つめ、その死角や隙を知り、その対応を間髪入れず行っている。敢えて隙を作りシスイを誘っているのではない。どうしても消しきれない隙を、シスイであれば必ずそこを狙ってくるという信頼の下に、迎撃するのである。

 

 ―――ここに隙があるな、オレ。

 そう”視た”次の瞬間、ネジはその隙を埋めるための行動を起こし、それがシスイの攻撃と鉢合わせとなる。

 弱所を突くという、忍びとして模範的で完璧とも言える行動は、時にその動きの先を読むことを許す。

 だがそれは余りにリスクの高い、綱渡りの攻防ではある。シスイが一手遅らせれば、ネジの迎撃の一手は宙を切り、対処しきれない巨大な隙が生まれるからだ。

 しかしネジの白眼が、それを可能にした。自身を俯瞰すると同時に、相手のすべてを見抜く、ネジの眼。

 

 マイト・ガイは、はたけカカシの写輪眼対策として、相手の足の動きによってその動きを見抜き迎撃する技法を会得している。

 ネジは師の技法をヒントに、自身の動きの”欠点”を俯瞰し、それによって相手の動きを見抜き迎撃する技法を会得した。ネジの動きの欠点は、同時に、迎撃(カウンター)の起点となるのである。すなわち―――日向ネジに死角はない(・・・・・・・・・・)。自身の弱点すらも、ネジは己が武器にする。日向の才―――白眼に愛されたネジのみが許された、超常の瞳力であった。

 

 しかしそれは、今のところシスイにのみ有効な技術でもある。リーの様に、あえて強固な守りを力技でぶち抜かんと、強行突破する輩とているからだ。

 今後、体術や瞳術を更に極めた先であればともかく、今のネジにすべての敵に対してそこまでの先読みと対応をする技量はない。シスイとの組手の度に、そしてリーとシスイの組手を見ているときに、ネジはシスイの動きを白眼で余さず見つめ、そのすべてを脳内に叩き込んだ。

 そしてシスイの行動パターンや思考を研究し、ネジは対シスイ用決戦戦術を引っ提げて、今、戦いに挑んでいる。

 

 先ほどの睨み合いにて、ネジとシスイの体の節々がぴくぴくと動いていたのは、互いが互いの動きを読み合っているがゆえのものだった。細かな動きで、相手の次の動きを、そしてさらに次の動きを、そしてさらにその次の動きを読み合い、互いに動けない状況が生まれていたのである。

 

 日向ネジは、シスイとは違う形のオールラウンダー。

 桁違いの忍術による遠距離攻撃を基軸とするシスイに対し、ネジは始祖(・・)より受け継がれ、長き日向一族の歴史と共に研磨された、他一族とは一線を画する規格外の体術を基軸とする。

 写輪眼の源流となった、瞳術の元祖―――それこそが、白眼である。動体視力、”見抜く”目に、数百年の歳月によって研ぎ澄まされた体術を合わせて、ネジは戦う。

 

 シスイと言う、血筋による天才。

 ネジは血筋もさることながら、その強さの本質は、”伝承と技術”である。

 長い歴史の中、絶やすことなく受け継がれ、研ぎ澄まされた体術の技法。究極の技―――それこそが、ネジの強さの所以だ。

 あるいは以前のまま本家と分家の仲が悪ければ、あるいは父が早死にしその教えを受けることが出来なかったとすれば、ネジがこうまで強くなることは無かっただろう。しかし日向一族における分家と本家は、九尾事件、そして木ノ葉隠れの決戦を経てその壁を乗り越え、『日向ネジ』と言う一族始まって以来の天才に、受け継がれてきたすべての技を叩き込んだ。

 

 千手止水―――彼がうちはと千手の愛を体現する者であるならば。

 

 日向ネジ―――彼は一族の誰よりも、日向に愛された者(・・・・・・・・)である。

 

「……仕方ないか」

 

 シスイが呟く。

 遠距離攻撃は、効果が薄い。

 近接戦は、日向の柔拳の領域だ。仙術チャクラを駆使したとて、うちは、千手を差し置いて最強と謳う日向の柔拳―――近接戦闘のスペシャリストを相手にするには分が悪い。

 土遁による、遠距離近接型の攻撃は、そのチャクラの繋がりを断ち切られた。

 ネジは対シスイ戦の対策に万全を期している。シスイを倒すためだけに研ぎ澄まされた力。その弛まぬ努力と意志のすべてが、シスイに向けられたものである。

 それが、シスイには少しうれしい。それほどまでの絆を、ネジが繋いでくれていることに、シスイは感謝する。千手止水―――彼もまた、うちは一族の血を引く者だった。

 

「鉱遁―――金剛阿修羅」

 

 ネジの攻撃、そのすべてがチャクラを用いた柔拳によるものである。

 であるならば、チャクラを通さない、父・千手畳間より受け継がれた、千手一族の”絶対防御”を用いるのみ。

 シスイの身体からチャクラの奔流が吹き荒れる。

 そして現れ出たのは、三つの顔を持ち、六つの腕を持つ、金剛石の巨人。

 

 これこそが、シスイの真の切り札。父より受け継ぐ、血継淘汰。その性質は、チャクラをその身に吸収し、自然チャクラとして自然界に放出する術に対する絶対防御。

 金剛の巨人は、人一人覆い隠してなお余る巨大な掌を持つ腕を振るい、その六本の腕でネジを拘束しようと動く。

 ネジは今、空中にいる。回避行動は不可能。回天はそのチャクラを奪われ、柔拳砲もまた同じ。チャクラを用いる柔拳を扱うネジに、これを突破する手立てはない。

 今こそが、ネジを撃破する最善の機会であった。

 

 終わったなと、誰かが言った。

 

 それはどうかなと、誰かが言った。

 

「―――誰だってそうする。オレもそうする。当然、お前も(・・・)。 使ったな、シスイ!! 切り札を!! ―――読んでいたぞ!!」

 

 宙で金剛の巨人に捕まれ拘束されようとするネジが、壮絶な笑みを浮かべた。そして親指を立てて拳を作ると、空へと大きく振り上げる。

 

「……無駄だ、ネジ。柔拳では、この術は越えられない」

 

「だろうな。だからこそ―――!!」

 

「なにを―――」

 

 ―――するつもりだと、そう言い切る前に、シスイはネジのしようとしていることを察知し、金剛の巨人の腕を素早く動かして、その体を拘束せんとする。だが―――ネジの腕が振り下ろされ、その親指が、ネジの身体に突き刺さった。

 

「リー!! その力を貸してくれ!! ―――開門!! ―――八門遁甲の陣!!」

 

「―――なっ!? 死ぬ気か、ネジ!!」

 

 シスイが驚愕で目を見開く。ネジが親指で突いたのは、鳩尾。すなわち、八門遁甲の陣における、第六の門―――景門のある場所だった。

 

「ネジィィィィイイイイイ!!」

 

 ガイが叫ぶ。お前は何をやっているんだと、その叫びには含まれていた。本当に、何をやっているんだ。

 

 ネジは八門遁甲の陣を会得していない。八門遁甲を会得するに必要な修業を修めることが出来ず、その肉体もまた、八門遁甲の陣に適しているとは、到底言えないものだ。第一・開門だけでも、その資質によっては死に至るほどの危険が伴う。

 

 だが、ネジは日向の―――白眼の才に最も愛された男であった。すべての点穴を見抜いてしまうその瞳力は、自分自身の点穴―――すなわち、八門遁甲の陣に至るために必要な点穴をも、見通してしまえたのである。そして日向の柔拳は、人為的に点穴をコントロールすることが可能。ならば八門遁甲の陣の点穴を、真の意味で無理やりこじ開けることも、理論上は可能だった。しかし、八門遁甲の陣は、その力と引き換えに多大なリスクを負うことになる。それが分かっていたから、古の日向の者たちは剛拳―――すなわち八門遁甲の陣を捨て、柔拳という道を選んだのだ。

 

 しかしネジは開けざるを得なかった。いや、開けたかった、と言うべきか。

 シスイと言うライバルを越えるためには、下忍となってからの修業と、この一か月の追い込みを足してなお、足りないものだった。戦いの中でそれに気づいたネジは、しかし負けるわけにはいかないと、自分を奮い立たせた。

 

 うちはサスケ―――全力を注いでなお、シスイの卑劣な戦術を前に敗北した、うちはの盟友。

 ロック・リー。ネジやシスイと戦うことなく、砂の人柱力と惜しくも相打った親友。

 

 リーはその無念の思いを背負い、『必ず勝つ』と誓った。

 

 ネジは思い出す。

 肉が裂け骨が折れ、なお”誓い”のために戦い抜いた親友の姿を。シスイと友に成ると意気込み、命を賭けた男の姿を。

 

 ネジの行動を見て、何をバカなことをしているんだと、そう口にする者もいるかもしれない。

 確かに、そんなことのために命を賭けるなんてことは、馬鹿がすることなのだろう。だがネジは、そんな大馬鹿のことが好きだった。そんな大馬鹿と、最も親しい友となった。

 

 日向一の天才と、同期一の落ちこぼれ。相反する二人だ。当然、最初の仲は最悪だった。しかしいつの頃からか、シスイという共通のライバルを見据え、二人は共に修業するようになった。そして、死の物狂いで己を鍛え続ける大馬鹿者の背中を―――見てしまったのだ。

 

 そしてそんな大馬鹿者が、自身やシスイに憧れ、友と成るために命を賭けたというのならば―――自分もまた、そんな大馬鹿者が友と呼んでくれるにふさわしい漢で在りたいと、そう強く思うのだ。

 

 ネジが密かに尊敬する、才能の無い落ちこぼれの凡人(努力の天才)。彼と同じ景色を見てみたい。友情のために命を張るなんて、そんな暑苦しくて馬鹿で愚かで、そして最高の青春の世界―――その景色を、見てみたいと思った。

 

 ゆえに、『なぜこんなことをするのか』と、誰かが問うというならば―――ネジの答えは一つだけ。

 

 ―――あいつが友と、呼んでくれたからだ。

 

「―――っ」

 

 シスイの仙術チャクラに、ネジの魂の咆哮が伝播する。言葉を発する余裕すらないネジの、その胸の内に滾る熱い青春の鼓動が、確かにシスイに伝わってくる。

 

 友情を感じていたのは、自分だけでは無かったのだと、シスイは口の端が緩むのを抑えきれない。孤高を気取っていたつもりは無かったが、しかし、どこかで諦念を抱いていたことも確かだったようだと、自省する。

 

 千手一族と、うちは一族の混血。五代目火影と、木ノ葉の青い鳥の息子。初代柱間の曾孫、綱手姫の甥。肩書は、それこそ尽きない。だからだろう―――孤児院を一歩出れば、大人たちはまるで壊れ物を扱うように、自身を扱った。大人たちに悪意はない。大切にもされていた。しかし人の心の機微を感じるシスイには、それがいわゆる”普通の扱い”ではないことに気づいていた。

 

 誰でもない”自分”を見てもらいたいとごねるには、シスイの心は冷静だった。構ってほしいと甘えるには、シスイの心は大人びていた。不満を漏らすには、孤児院の兄弟たちと比べれば、才能も生まれも境遇も、何もかもが、シスイは恵まれ過ぎていた。

 

 シスイは、人を馬鹿にしたことは無い。人を見下したことも無い。ただ恵まれているがゆえに一歩引いて、映る世界を見渡した。 

 ―――そう、シスイはただ、満たされていただけなのだ。同年代の友人と対等に接するには、シスイは何もかもが満たされ過ぎていた。

 

 才能もある。精神的にも成熟している。シスイはどうしても、同年代の子供たちと比べれば、一つ上の視点を持ってしまう。成長が早い、大人びていると言えば、聞こえがいい。

 だからこそ、同世代の女の子はシスイに熱を上げるし、同世代の男の子は、理由の分からない苛立たしさ以て、敵愾心を向けて来る。しかしシスイはそれらすらも「仕方のないことだ」と受け入れ、微笑みを以て受け流し続けた。そして益々、その勢いに拍車をかける。

 

 だから、シスイは自分を偽らず、やりたいことのために生きることを選んだ。

 医療忍者となる道を選んだのも、本心から出た行動だ。それに間違いはない。

 父からの愛に不満を感じたことも、母からの愛に寂しさを覚えたことも無い。兄弟たちがたくさんいて、孤独を感じたことも無い。自分を凄い忍者だと、演じたり己惚れたことも無い。一族のプレッシャーに圧し潰されそうになったことも無いし、偉大な両親の跡を継ぐことに、嫌気がさしたことも無い。

 

 なぜならば、ありのままの止水を、家族たちは受け入れてくれていた。自分を偽る必要も、背伸びをする必要も、シスイには無かった。

 

 だからだろう―――友達を欲することに、シスイは貪欲さを持つことが出来なかったのだ。シスイは冷静に己を知り、素直な気持ちのまま、生きて来た。ゆえに、意地を張る―――そんな男の子なら当たり前のことを、シスイは知らない。馬鹿になってふざける―――そんな男の子なら当たり前のことを、シスイは知らない。

 素直で優しい、そして淡々とやるべきことをやる。そんな根っこが、いつの間にか生えていた。別にそれが悪いという訳ではない。忍者として生きるならば、正しい在り方であるし、子供たちもいずれ、そのように成長していく。ただシスイは他の子供たちと比べて、成長が早かっただけのこと。

 

 そして、リーとネジにとって、どうにもそれが気に入らなかった、というだけの話だ。

 

 ―――才能に恵まれず、意地を張ってがむしゃらに進んできたリーが、自分を笑わずに応援してくれたシスイに、教えたかったもの。

 

 ―――リーと言う親友を得て、馬鹿になってはしゃぐ幸せを知ったネジが、かつての自分の様に一人前を歩くシスイに、伝えたかったもの。

 

 それはきっと、親であろうと、叔母であろうと、大人であれば絶対に教えられない、伝えられない、宝物。

 孤児たちの集まりであるがゆえに、血の繋がった本当の(畳間)(アカリ)を、結果的に言えばシスイから奪っている(・・・・・)という負い目を、多かれ少なかれ心の奥に持つ孤児院の子供たちでは、根本的な部分では分かち合えない余分な物。

 

 それは、きっと子供のときにしか味わうことの出来ないもの。酸っぱくて、甘くて、渋くて、ほろ苦い―――青春の味。

 

 ―――行くぞ、シスイ。全力でオレと、喧嘩しろ。一人でさっさと進んでるんじゃあない。もっとオレ達と、遊んでいけ。

 

 ネジが両手を合わせ、拳を振るう。リーが守鶴の盾を打ち破った拳の雨が、金剛石の巨人を砕く。

 

「八門遁甲―――これほどの……。ネジ……っ!」

 

 八門遁甲の陣に適した肉体を作り上げていたリーでさえも、第六の門を開けただけで、あれだけの大怪我を負うことになった。であれば、その資質が無いネジが、リーでさえもああなった第六の門を開けてしまえば―――。

 

「……」

 

 シスイの顔つきが変わる。

 開門を遂げたネジの脅威からではない。今もなお伝わってくる、ネジからの青春の鼓動。その鼓動を止めさせないために、シスイはネジをねじ伏せる。本来ならば開門の時点で動けなくなるはずのネジが、意地の力で体を動かし、単調ながら命懸けの攻撃を仕掛けようというのならば、それを真っ向から受け止めよう。

 本当に、馬鹿も馬鹿、大馬鹿だ。リーもそうだ。この二人は大馬鹿過ぎて、本当に……。この馬鹿二人は、大馬鹿過ぎて、本当に―――涙が出て来る。

 

「―――仙法」

 

 シスイの顔に、隈取が浮かび上がる。立ち上るチャクラはうちはのように荒々しく、千手のように薙いでいた。

 ネジが空中を蹴り、シスイへ向かって飛んでくる。

 

 脱力して下げた掌に、温かく光る螺旋丸が作り出された。

 シスイは迫るネジに視線を向ける。

 

「……お前は死なせない。例え、オレの命に代えても。それがオレの―――医療忍者としての意地。お前がいくら命を賭してオレに挑もうと、オレはその悉くを凌駕し、お前を治す。リーも同じだ。お前たちはどうやら、命がいくつあっても足りないらしい。ならば、オレが絶対に死なせはしない。ネジ……死にたければ、オレを殺してからにしろ」

 

 シスイが歯を食いしばり―――ネジの拳が腹に突き刺さる。シスイは血反吐をまき散らすが、事前に発動していた肉体活性が発動し、ネジから受けた傷の修復を開始する。

 本来ならば、一直線の程度の低い攻撃など、シスイは感知をするでもなく避けられた。だが、避ければネジは地面に激突し、死ぬ。

 ネジの意地を避けないことが、シスイにとっての意地だった。友の勝手な意地を受け止める―――受け止めさせられるという理不尽。しかしそれこそが、自身のことを受け流し続けて来たシスイにとって、”本当に特別なこと”だった。

 

 死んでもシスイをぶちのめすというネジの意地と、真っ向から受け止めて死なせないというシスイの意地が、激突する。

 

「―――陽遁・螺旋丸!!」

 

 ―――シスイの螺旋丸が、ネジの身体に直撃する。

 人の身体を癒す暖かな力の奔流はネジの開かれた門を無理やり閉門させ、その力の暴走によって傷ついた体を癒し始める。細胞の隅々まで染み渡る医療忍術の光が、ネジの身体を優しく包み込み、シスイが耐えきれず吹き飛ばされた。

 

 そして―――。

 

「……死ぬかと思った」

 

 ―――血と砂ぼこりにまみれ、膝は大いに笑ってはいるが、しかしシスイが立ち上がる。

 一方、ネジは体中に傷を負いながらも、致命傷に値する傷は癒され、すでに開門の証は消失している。 

 

「―――勝者、千手止水!!」

 

 試験官が勝利者の宣言を行うと同時に、シスイが膝を突き、血を吐いた。第六・景門を開放したネジの拳は、いかなシスイであっても治癒させるにはあまりに大きなダメージを与えた。内臓が痛んでいる可能性もある。

 

「シスイいいいいいいいいいいい!!!」

 

 ―――チャクラ感知が難しい? 何がどこにあるか分からなくて怖い? 関係ないね。息子だもん。

 

 そう言いたげな勢いで、観客席からすっ飛んできたアカリがシスイを攫うように抱え、医務室へと走っていく。

 同じく飛び出そうとした畳間は、妻の独走に機会を奪われ、力が抜けた様に椅子へ腰かけた。

 

「はぁ……。八門遁甲は本来、禁術だぞ……。下忍がぽんぽん使いやがって……っ! ―――オレも人のこと言えないけど……」

 

 火影として、禁術を文字通り命懸けで使って見せた下忍たちと、その下忍たちに禁術を教えたガイに対し、「説教だな」と頭を抱える。

 そしてかつて全く同じことをしていた「里の問題児」として、今は亡き師に掛けた心労を今になって知り、やっぱり頭を抱えた畳間である。

 畳間は乾いた笑いを零しながら、医療班に運ばれるネジを見送った。

 

 そして―――ネジとシスイの戦いの中、目覚めた一人の少女が会場へ続く通路に現れた。

 アカリに担がれ、血反吐をまき散らしながら医務室へ運ばれていくシスイを見送り、次の試合の対戦相手だったはずのネジが、ぼろ雑巾のようになって、担架で運ばれていくのを見送った。

 

「どういうことなの……?」

 

 そして、医務室へ運ばれたシスイは、綱手とアカリの意見の一致により、決勝戦を辞退させられることとなった。畳間の思惑は成らず、第二回戦第二試合が、事実上の決勝となってしまったことになる。

 

 そして―――春野サクラ。

 寝て起きたら、不戦勝により、合同中忍選抜試験本選―――優勝。

 

「どういうことなの……?」

 

 全員が緊急治療室に入り、二位、三位がいない中、勝者が立つ台に一人立ち、サクラは小さく呟いた。

 


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