綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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これが書きたかったから高速更新してきたまである……
本日二回目の更新です


劇場版TATAMIMA~異邦からの来訪者~
大人と子供


「―――うっ……」

 

 冷たい感触が体の前半分に染みている。身震いをするほどの寒さの中、サスケは目覚めた。

 周囲は暗く、周りがどのようになっているのか分からない。空を見上げれば、はるか遠い場所に小さく瞬く星の輝きが映るが、しかしその光はサスケの周囲を照らすにはあまりにも小さいものだった。

 写輪眼を使って少しでも夜目を利かせようとするが、サスケの眼は応えてはくれなかった。

 

 ―――頭痛がする。腹が痛い。

 

 そして、思い出す。

 イタチと大蛇丸の死闘。イタチは火遁の術で大蛇丸を殺したように見えたが―――意識を失う直前、サスケに手を伸ばすイタチの背後に、何やら動く人影を見た。大蛇丸は生きているのかもしれない。だとすれば、背後を取られていたイタチが危ない。 

 サスケは痛む体を堪えて立ち上がろうとするが、大蛇丸に蹴りつけられた腹部が痛み、立位を保つことが難しい。それでも何とか動こうとするサスケだが、眩暈と頭痛に襲われて、力なく蹲った。

 

「兄さん……。行かないと……」

 

 前かがみになりながら、前へ進もうとするサスケだが、足元の小さな凹凸に躓いて、前のめり倒れ込んだ。顔を強かに打ち、鼻血が出る。

 

「いってぇ……。ちくしょう……ちくしょう……。兄さん……」

 

 弱い自分に腹が立つ。

 激しい怒りと悔しさの中で、サスケの目じりからは涙が零れ落ち―――再び意識を失った。

 

 

 

 

 サスケが目を覚ますと、そこは深い谷の底だった。見上げた先には太陽が輝き、僅かな陽光が谷底まで届いている。周囲の壁には棘のような形をした岩が隆起し、その表面にはぬめり気のある何かで覆われている。

 サスケは痛む体を押して立ち上がり、隆起した壁に手を触れる。地を蹴って飛び、岩の棘に乗って、さらにそこから足場を蹴り上げて、さらに次の棘へと移る。

 

「―――っ!?」

 

 それを幾度か繰り返している最中、サスケの足が棘のぬめり気に滑り、転倒する。チャクラで足を棘に吸い付かせていたが、体に残る痛みと負傷によって、そのコントロールが乱れたのである。

 サスケは咄嗟に手を伸ばし、岩の棘に触れてチャクラを流し吸着させて捕まろうとするが、手はぬめり気によって滑り、サスケの身体は重力に従って落ちていく。その体を岩の隆起に激突させながら、サスケは岩の壁を転がる様に逆戻りし、地面に強かに背中をぶつけた。

 衝撃に息を吐き出して、サスケは激しく咳き込む。それでもサスケは立ち上がり、再び隆起した壁を登り始める。しかしすでに負っていた傷に加え、新たに体を痛めたサスケの力ではその壁を先ほどの様に上ることは出来ず、先ほどよりも低い箇所で足を取られ、再び地面に転がり落ちた。

 登っては落ち、登っては落ちる。繰り返される行動は、谷の脱出にはまるで効果はなく、ただサスケを痛めつけ、その体力を奪った。

 体力の限界が訪れるまで、サスケはひたすらにそれを繰り返し―――意識を失うように、再び地に横たわった。

 

 

 

 

 目が覚めれば、すでに夜だった。谷の隙間を吹く風が体温を奪い、サスケは寒さに震えあがった。このままでは凍死してしまうかもしれない。サスケは体力と体温を守るため、体を小さく纏め、岩の間に体を潜り込ませ、次の朝を待った。

 朝になって、サスケは再び登頂を開始した。しかし夜の寒さと体の痛み、そして空腹と疲労によって、前日よりもその動きにはキレがなく、やはり少し登っては、壁を転がり落ちた。

 仕方なく、サスケはその場に座り、体力の回復を待った。

 

 夜が訪れて、再び日が昇る。

 サスケのチャクラはまだ戻らない。チャクラは精神エネルギーと身体エネルギーを練り合わせて生み出されるものであり、空腹と負傷により身体エネルギーを著しく欠いている今のサスケが、チャクラを練り上げることが出来るはずが無かった。

 サスケは周囲を見渡した。何か食べるものは無いかと、立ち上がって周囲を探索する。しかし虫一匹の姿も見つけることは出来ず、発見したのは、悪臭のする苔と、日の照る場所に僅かに生えた野草のみだった。サスケは僅かな印を結び、小さく炎を吐いて草と苔を焼き、耐えるように目を瞑って、口の中へ放り込んだ。

 苦い、渋い、臭い―――不味い。サスケは涙を滲ませながら、呼吸を止めて、必死に草を放り込んだ。

 腹は満たされた。サスケは立ち上がり、再び頂上を目指す。初日よりも高く登ったサスケは、突如襲った腹痛に足を取られ、再び壁を転がり落ちた。

 

「―――っ」

 

 受け身を取って急所を守るが、しかしその際に足を痛めたようだった。鈍い痛みを感じ、サスケは足を強く抑える。そして、腹痛は続いていた。

 サスケはよろめきながら立ち上がり、痛む足を引きずりながら岩の間に身を隠し、ズボンを下ろすと、尻を出して用を足した。それは人生で初めての経験だった。サスケは服をちぎり、それで汚れを拭き取って―――あまりの惨めさと悔しさに、静かに泣いた。

 

 ―――次の日は、大雨が降った。サスケが排泄した汚物は雨に流された。サスケの身体もまた雨に打たれ、汚れが流されたが、サスケは力なく地面に横たわり口を大きく開き、雨を必死に呑み込んでいて、ぬかるんだ地面によって地面に接する背中は酷く汚れていた。

 

「兄さん……」

 

 大粒の雫が、雨に濡れるサスケの目じりから零れ落ちる。

 助けてくれとは、口にしなかった。

 

 次の日は、雨が降らなかった。

 次の日も、雨は降らなかった。

 

 サスケは泥水を啜り、水分を取った。あまりの不味さに吐き気を催すが、水分と体力を奪われるわけにはいかないと、食道を舞い戻ってきたそれを、強く呑み込みなおす。

 壁を登る体力は、既に無かった。

 

 その次の日も、その次の日も、雨は降らなかった。泥水は飲み尽くし、あるいは干上がって―――サスケは生きるために、ズボンを脱いだ。むき出しにした下腹部のさらにしたに両手を添えて、出て来た水分を貯めて、飲み干した。

 流す涙すら、もはや無く。サスケは壊れた様に、静かに長く、笑った。

 

 そして、さらに数日が流れる。

 兄は、助けに来ない。この状況でイタチが助けに来ないということは、つまり、そういうことなのだろう。しかし、もはやサスケには、危険が迫っていたかもしれないイタチを助けに行くという考えはなかった。

 

(―――死ぬのかな)

 

 漠然と、そんなことを考える。眼は濁り、霞み、空を見上げても、サスケには絶望の闇しか見えなかった。

 誰も、助けに来ない。もう何日経ったのかも、覚えていない。ナルトはもう、予定通りであれば、里を旅立った頃だろう。サスケはナルトとの関わりを絶っていて、ナルトは酷く憤慨していた。

 いなくなった自分を探してくれているだろうか、それとも気づかずに、そのまま旅だっただろうか。見えない希望に、サスケの心は闇の中で凪いでいた。

 気絶するように眠っては、日の光で目を覚ます。もう数日間、食べ物を口にしていない。水も、同じだ。

 

(ナルト……)

 

 どこで間違えたのか。なんでこうなったのか。

 

 ―――強くなりたかった。そのために夜、一人で里を歩き、こんな事態に陥った。強くなりたかった。たったそれだけのこと。たったそれだけのことなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

(ただオレは、お前と……)

 

 ―――戦いたかった。ではなぜ戦いたかったのか。ナルトが強かったからだ。サスケよりも、ナルトが強かったからだ。だからサスケはナルトに憧れて、闘いたいと思った。だけど、ナルトは負けた。何故か―――足りなかったからだと、サスケは思った。執念が足りなかったから、ナルトは我愛羅という他里の忍者に負けたのだと思った。サスケは、強さへの執念を、ナルト以上に持っていると自負している。それでも、千手止水を前に完敗を喫した。しかしシスイからは、力への渇望を感じられなかった。ナルトが敗北した我愛羅―――あの天然染みた奴からは、強さへの執念は感じられない。

 

「―――ェ!!」

 

 ただ生まれ持っただけの才能、ただその身に宿した尾獣の力―――執念が強さを決めるというのならば、サスケはシスイを乗り越えて然るべきである。しかしサスケは負けた。ならば、強さとは、力とは、執念に依るものではないということか。

 力が欲しいと、サスケは願った。強く在ると、サスケは誓った。そして五代目火影を―――里を背負う男を前にして、サスケは、「イタチと共に生きる木ノ葉を守るために火影となる」と口にした。そのときサスケは、世界がどうのと大口を叩いたが、しかし、本心ではその意味を分かっていなかった。

 

「―――ケェ!!」

 

 幻聴が聞こえる。

 

「―――スケェ!!」

 

 幻聴が聞こえる。

 それも、一つではない。二つ、三つ、四つ、五つ……聞きなれた声が、意識が朦朧とするサスケの耳に入ってくる。

 

 サスケはずっと、イタチの背中を見て歩いてきた。イタチの様になりたいと、ずっとイタチと共に居たいと、願っていた。それはきっと、幼い子供が見るような―――いつか終わる夢だったのだろう。

 

「サスケ!? ―――いたぞ!! サスケだ!! いたぞぉー!!」

 

 イタチが大蛇丸と戦い、どうなったのか、サスケには分からない。無事を祈っているし、何かあれば大蛇丸へ全力で報復する意思もある。

 

「酷い怪我だってばよ……! サクラ、早く薬を!!」

 

 サスケの目頭が熱くなる。

 どんなときでも、いつまでも、大好きな兄と一緒に居たい。しかしいつか、独り立ちする時は来る。大人になる時が来る。そして、自分の足で一人立った後、壁にぶつかるときが来る。そうなって、孤独の寒さに震えたときに、絶望に意思が折れそうになるときに、闇に心が染められそうになるときに、サスケを支えてくれるのは―――きっと彼ら(・・)なのだろう。

 

(オレは……お前に……)

 

 今はまだ、五代目火影の言う火の意志が何なのかは、サスケには分からない。

 それでも、今までとは少しだけ、ほんの少しだけ、広く世界を見たいと思う。

 

 ―――大好きな兄と生きる、木ノ葉の里を守りたい。今もその思いは変わらない。

 

「シカマル!! みんなを呼んで来てくれ!! すげぇ衰弱してる!!」

 

「うお、擦り傷だらけじゃねーか……。泥まみれだし、化膿してなきゃいいが……。サスケ、待ってろよ!!」

 

 体が持ち上げられる浮遊感と共に、傷口に冷たい感覚と、鋭い痛みが走る。

 

「うっ……」

 

「わりい、サスケ。今、消毒してっから」

 

「サスケ、口を開けて。兵糧丸よ」

 

 頭が持ち上げられ、口の中に小さく硬いものが入れられた。

 久しぶりに、柔らかいという感触を思い出す。後頭部に感じる温もり―――サクラの膝枕。

 

「サクラ……ナルト……。兄さんは……」

 

「しゃべらない! 今から水を口に入れるから、ゆっくり呑み込んで」

 

「イタチさんは今、大蛇丸と交戦してる。オレ達ももたもたしてる時間は無いってばよ。……はやく、逃げなきゃなんねぇ」

 

「兄さん……」

 

「ほら、呑んで……」

 

 サクラの言葉と共に、サスケの口の中に入ってきた、冷たい感覚。ただの水でしかないというのに、今まで口にしたどんなものよりも、それは美味しく感じた。

 サスケはゆっくりと、薬と水を呑み込む。

 にわかに、兵糧丸が効果を発揮し、サスケには少しだけ力が戻ってくる。

 

「ナルト……サクラ……オレはお前たちに……」

 

「……この間の居留守のこと言いてえなら、後で聞くってばよ。今はしゃべんな、サスケ」

 

 体に薄くて柔らかいものが巻きつけられる不器用で不慣れな手つきで、ナルトがサスケの身体に包帯を巻いていく。

 

「あんたが大蛇丸に攫われたって聞いて、飛んできたのよ。今はシスイさんといの、シノとキバが崖の上から周囲を感知して、警戒してくれてるから、大丈夫よ。大蛇丸はイタチさんが抑えてくれているし、近くには、大蛇丸の仲間はいない。安心して」

 

 サクラがサスケを安心させるように頭を優しく撫でながら、言う。

 

「おっちゃんからは捜索隊を組むから行くなって言われたけど……そんなの、オレ達には関係ないってばよ」

 

「後で大目玉だろうけどね……。勝手に抜け出して来ちゃったわけだし」

 

 今後のことを思うと頭が痛くなると言って小さく笑うサクラに、違いないとナルトが頷く。

 

「ナルト……。どうして……お前は……オレを……」

 

「だから、しゃべんなって……。お前……っ」

 

 サスケの言葉を、ナルトが制止する。

 しかしサスケは、一生懸命に包帯を巻きつけていくナルトの手を、震える手で握り締めた。答えろと、言外に急かす。

 

「ナルト……」

 

「だぁあああ!! こんなときに、んな当たり前のこと聞いてんじゃねーってばよ!!」

 

 答えてくれと縋るサスケに、ナルトは苛立たし気に吠えて―――叫ぶように言った。

 

「―――友達だからだ!!」

 

 恥ずかしいこと言わせてんじゃねーってばよ……っと小さく文句を言いながら、しかしナルトは、サスケは今、疲労と孤独で不安なのだろうと心配し、答えを告げる。

 

(ああ……そうか……)

 

 サスケは、胸にすとんと、何かが落ちるような感覚を覚えた。

 イタチと生きる木ノ葉を守る―――その延長線上に、忍界の平和を守るという意志がある。忍界の平和が崩れ去れば、木ノ葉もまた争いに巻き込まれ、穏やかに生きる日々は終わりを告げる。力なき者は理不尽を前に涙を流し、絶望の前に命を落とす。そしてそれは、長い戦乱の世で、実際に起きていた事実である。ゆえに五代目火影となった畳間は、耐えがたきを耐え、平和への道を目指した。そんな世が二度と訪れることの無いように。

 

 サスケは畳間との邂逅の時、そのことには気づいていなかったし、今もまだ、そのことには気づけていない。火の意志の真髄を理解したとは、お世辞にも言い難い。

 だが―――一つだけ、感じたことがあった。サスケが力を求めた理由。

 いつの間にか忘れていた、火影の教え。力とは目標を叶えるための手段であり、大切なことは、何を目標に据えるかである―――五代目火影は、そう言った。

 

 サスケは、力を求めた。ナルトと闘いたいと、ナルトに勝利したいと渇望し、執念を以て修業に励んだ。それは何故か。

 ナルトが腹立たしかったから―――それもあっただろう。一番になりたいと思うのは、男の子の性だ。

 だが、波の国での一件で、上には上がいることを知った。到底辿りつけぬような”頂き”があることを知った。今のままでは何も守れない。だからサスケは、力を求めたのだ。ナルトを越えるために。ナルトを越えて―――ナルトすらも、守れるようになるために。身を挺して自分を守ってくれた、イタチのような―――最強の忍者に成るために。

 

「よし、応急処置は終わったってばよ。さっさと逃げるってばよ!!」

 

 サスケを背負い、ナルトが壁の棘を足場に、登頂を始める。

 その後ろから、下忍達が追従する。

 

「サスケ。ちっと乗り心地はわりぃと思うけど、我慢してくれってばよ!!」

 

「ナルト……」

 

 イタチと共に生きる木ノ葉を守る。家族と暮らす木ノ葉を守る。

 サスケの思いはずっと、一族と家族に向いていた。今もその思いは変わらず、大切な家族のことを守りたいと強く思っている。

 

(オレは力が欲しい。オレは強くなりたい)

 

 その執念も変わらない。

 だが―――少しだけ、広い世界に目を向けたいと思った。

 せめて―――こんな面倒くさい(・・・・・)自分のために、敬愛する(火影)の言葉を跳ねのけて、危険を覚悟で駆けつけてくれた、親友(・・)たち。

 

 彼らを守る―――そのために。うちはサスケは、強くなる。

 

 ―――うちはは『里の最後の砦』。

 

 サスケの目じりから、一筋の雫が零れ落ちる。

 

 ―――うちは(最後の砦)の名のもとに、里の友を守る。それが……オレの歩む道。

 

 駆けつけた同期の親友たち、そして駆けつけた兄とシスイに囲まれて―――今度は優しい温もりの中で、サスケは意識を失った。

 

 

 

 

「ありがとうございました、五代目」

 

「……お前の頼みだからな、イタチ。しかし驚いたぞ。サスケを誘拐させてくれなどと、お前が頼んでくるとはな」

 

 火影邸の執務室。

 怪我など負った様子もないイタチが、下げていた頭を上げる。

 畳間は疲れた様に椅子に体を預け、乾いた笑みを浮かべていた。

 先日、夜の街でサスケを襲い、封印術を施したのは、大蛇丸に変化の術で化けた畳間であった。

 畳間は、誘拐が上手くいかなかったときのために、サスケを月読に落とすために待機していたイタチと共に火影邸へ飛ぶと、待機していたシスイにサスケを渡し、里を抜け出すことを許したのである。

 その後二人は、サスケが何日もの期間を過ごした谷へとサスケを運んだ。そしてサスケが起きるまで、大蛇丸に化けたシスイとイタチは、かなり本気で忍び組手をしていたのである。その余波で目覚めたサスケに、大蛇丸の姿を見せ、危機感や激情を煽り、攻撃を誘い、谷底へ突き落した。

 その後、弱りに弱り切るまで放置に徹し、限界ギリギリのところで仲間たちをサスケのもとに送り込み、その感動でサスケに火の意志を芽吹かせる―――すべては、そのための三文芝居だったのである。

 

 大事にしたくなかったシスイとイタチは、フガクに対しては「イタチとちょっと修業に行ってくる」と、サスケの長期間の不在に関してはそのように説明し、誤魔化している。しかし、その後の”子供たちを送り込む”という段階を踏むためには、子供たちを里の外に出さざるを得ないため、里の出入りの許可不許可の権利を握る火影の協力は不可欠であった。

 そして演劇の片棒を担がされた畳間は、ナルトたちにサスケが攫われたという偽の情報を流した。しばらくして、サスケの救出のために里を出る許可を得に来たナルトたちを冷厳な態度で突っぱね、里を飛び出すことを促す―――嫌われ役を担わされたのである。

 その後シスイは、イタチと共にサスケのいる谷に向かった一行とは別に影分身を先行させ、その影分身を大蛇丸に変化させ、彼らを待ち構えさせた。イタチは大蛇丸を足止めするという名目でその場に残り、子供たちを先行させ、そして適当なところで合流し、「大蛇丸は逃げ出した」と言って、里へ帰って来たのである。

 サスケがあの夜見た、イタチと交戦していた大蛇丸は、シスイの変化の術である。イタチから大蛇丸のことを聞いたシスイの、大蛇丸に対するイメージによる言動であった。

 

「さすがに自来也には説明させてもらったぞ。大蛇丸が木ノ葉に直接牙を向いたなんてことを自来也が知れば……あいつ、本物のところへ突っ込んでいきかねん」

 

 あとはこのことを墓まで持っていくだけである。子供たちにこれが茶番だと知れれば、それこそどうなるか分からない。

 ナルトに嫌われたかなと、疲れた様にため息を吐く畳間に、イタチは再び深く頭を下げる。

 

「不肖の弟のため、ご迷惑をおかけしました。このご恩は決して忘れません。今後も粉骨砕身の思いで、火影様のために―――」 

 

「―――忘れろ忘れろ。オレも先代たちから受け取ったものを、次代に渡しただけに過ぎん。忘れずにいるべきなのはオレへの恩ではなくて、火の意志だ。それだけ良い」

 

「……ありがとうございます」

 

 うちは一族のことは、二代目から託された課題でもある。そのうちは一族の若者が畳間を頼ってくるというのならば、畳間の返答に否やは無い。

 

「それで、サスケの様子は?」

 

「安定しています。体調的にも、精神的にも。危なげな雰囲気は、無くなりました」

 

「それは僥倖。骨を折った甲斐もある。―――ちなみにだが、あの過酷な計画を立てたのは……?」

 

「シスイです。いくら万華鏡写輪眼の幻術で同じことを見せても、所詮は幻術。今回のことを成功させるには、文字通り身を以て知るべきだ、と」

 

「あ、そう……」

 

 ノーコメント。

 とはいえ、今回のことはサスケだけでなく、他の子供たちにとっても有益な体験だっただろう。強敵の目を欺き、囚われた仲間を救出する―――戦争中では日常だった高ランク任務は、今ではほとんど見られない。得難い経験を出来たと、思ってもらいたいものである。

 

 ―――そのとき、イタチの隣に、暗部の仮面を被った者が跪いた姿勢で現れる。

 

「五代目、ご報告が……」

 

「何事だ?」

 

「里の端の森に、突如膨大なチャクラを感知しました。既にその反応は消失しましたが、その反応がした森の中から、子供連れの男が現れました。現在、尾行中です」

 

「……砂と岩が引き上げた直後に、か。暁の間者か?」

 

「分かりません。ただ………男は里の商店街を巡り、子供に色々と買い与えているようです」

 

「……子供好きを装った間者にしては、里への侵入方法が杜撰過ぎるな。ただの馬鹿か、あるいは手練れゆえの自負かはわからんが……里に仇為す者であるのなら、周囲に危害が出る前に殺せ。子供もだ」

 

「よろしいのですか?」

 

「是非もない。情報は死体から抜き取ればいい。―――イタチ、お前に任せる。ただ迷い込んだだけの観光客なら、それで良い」

 

「承知しました」

 

 イタチが暗部と共に、その場から消える。

 

「子供連れ、か……。観光客であってくれればいいが……」

 

 椅子に乗ったままクルリと回り、畳間は窓から空を見上げた。

 

 

 

 

 ―――少し時が戻り、

 

 

「か、顔岩が足りねェ……。父ちゃんのだけじゃなくて、カカシのおっちゃんや綱手のばあちゃんのも無い!! それに、爺ちゃんの隣の顔岩、あんな顔岩見たことねぇ!! いったい、誰の顔岩なんだ……!? ここは木ノ葉じゃない、のか……? いやでも……新市街地とかはねぇけど、でも……」

 

 建物の屋上で、金髪の少年が歴代火影たちの顔岩を望み、何やら驚愕の言葉を口にしている。

 

「やはり……ここは……。いや、だが……あの顔岩……。まさか……ここは……」

 

 金髪の少年の隣に立つ男は思い悩むように眉根を寄せると、少年が掴んでいる亀のような生き物に、何やらに話しかけ始めた。

 

「……ここは、過去の木ノ葉なのか?」

 

「え?」

 

『はい。”五代目火影”綱手が治めている時代です』

 

「五代目の……」

 

「え、いやいや!? あの顔岩は……どう見ても綱手のばあちゃんじゃないし!! あ、いや……ちょっと似てるかも……。てか、そもそもあの顔岩、男だってばさ!!」

 

「……落ち着け」

 

 男は慌てふためく金髪の少年を宥めると、火影岩を見つめ、静かに言った。

 

「どうやらオレ達は過去の木ノ葉……。それも、オレ達の直接の過去ではない―――並行世界の木ノ葉に、迷い込んでしまったようだ……」

 

「ええええ!?」

 

 金髪の少年の驚愕の悲鳴が―――里の空に木霊した。


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