日曜日からまた仕事が始まるのでしばらく待っててください……
うちはサスケは、若い頃、闇の世界を生きていた。
とある理由により、幼くして一族を兄の手によって皆殺しにされ、その真実を知るまでの間、ただ一族の仇である兄を殺すためだけに、サスケは人生を生きていた。後の”七代目火影”うずまきナルト、後の妻である春野サクラと第七班を組み、木ノ葉隠れの里の下忍として暮らす日々は、多少危険なこともあったが、穏やかで楽しく、心温まる日々だった。
しかし、大蛇丸を首謀者とした、木ノ葉の歴史上でも3本の指に数えられる悲惨な大事件”木ノ葉崩し”を経て三代目火影を失った木ノ葉隠れの里に、突如として現れた兄の過激な挑発を受け、サスケはこれまでの暖かな日々を捨て、力への渇望を以て、冷たい闇の中へ進む覚悟を抱き―――木ノ葉を抜けた。
その後、紆余曲折を経て勃発した第四次忍界大戦の英雄となり、里へ戻ったサスケは、六代目となった師、七代目となった友による恩赦によって、重ねた罪を許され、以来、贖罪の人生を歩んで来た。すべては、友の、妻の、娘の生きる、この世界を守るために。
贖罪の旅の最中、第四次忍界大戦にて突如として現れ、サスケたちの手によって倒された怪物が、他にもいるという可能性を知ったサスケは、その対策のために世界を回り、情報を集めて来た。サスケたちの世界において行われた五大国合同中忍選抜試験中、木ノ葉隠れの里に襲撃を仕掛けて来た、大筒木を名乗る不埒者二名を撃退したサスケたちは、しかし未だ潜んでいた怪物の同類との交戦を経て、時を越えることとなった。
正直、理解の範疇を越えているが、多くのものを旅の中で見て来たサスケは、理解不能ながらも現実を受け止め、冷静にこの後の計画を立てている。
「サスケさん。この後、どうするんだってばさ。オレとしては、オレが生まれる前の木ノ葉なんて楽しみなんだけど」
「……ボルト、オレの名は伏せろ。この世界にもオレが居て、オレを知る者がいる可能性は充分にある。そうなれば、無用の混乱が起きかねない。可能ならばこの時代の者との接触は避けたいが……何があるか、オレにも予測は出来ない。接触するならば、信頼できる最小限の者。誰が聴いているか分からない。不用意な情報開示は避けるべきだ」
黒装束の男―――サスケの言葉に、金髪の少年―――ボルトは神妙に頷き、サスケは顔岩へと視線を向けた。
「四代目火影の顔岩まではオレ達の知るものと同じ……。恐らくは四代目火影の時代に、何か……歴史を大きく変える”何か”が、あったんだ。……それが、ウラシキの歴史改編によるものではない、と亀の言葉で分かっていることは、不幸中の幸いか……」
気を引き締めろ、とサスケはボルトに言う。
「里の者を信用するなとまでは言うつもりはないが、用心はしろ。この未知の木ノ葉が、オレ達に友好的とは限らない。あるいは”時を越えた”という貴重な検体として、実験動物にされる可能性もある」
「そ、そんなこと……」
「無いとは言えないという話だ、ボルト。お前も忍びなら、裏の裏まで考えろ。慎重に、考えて動け。……オレ達に失敗は許されない。オレ達がしくじれば―――ナルトが殺され、この世界も、オレ達の世界も終わってしまう」
「……わ、分かったってばさ」
「……まずはお前の服装を変える。目立たないものにな。……額当ては外しておけ。この時代、お前は間違いなく生まれていない。そんなお前が額当てをしているところを見られるのはマズい」
ボルトは頷き、素早く額当てを取り、懐に仕舞いこんだ。
「お前の服を変えた後は、図書館に行き、この世界の歴史を調べる。何がどう違うのかは、把握しておいた方が良いだろう。オレ達の知識や記憶は当てにならない。敵地―――とまでは思う必要はないかもしれんが、時空間忍術で未知の場所に飛ばされた―――という程度の認識は持っておけ」
サスケとしては、本当は敵地と認識したいくらいである。
どこがどう違うのか定かではないが、四代目火影の顔岩を見るに、ある程度の歴史の流れは同じものと考えられる。
現時点で気になるのは、元の世界における”五代目火影”綱手の顔岩と同じ場所にある顔岩―――恐らくはこの世界における五代目火影と思しき者の顔岩が、やけに古ぼけているということである。
”亀”の認識では、ここは”五代目火影”綱手の治めている時代なのだという。だとすれば、時期的には木ノ葉崩しは終わり、もしかすると、若き日の自分が里を抜けている頃になる。
(それにしては里が綺麗に整っていることも気にはなるが……)
綱手が正式に火影となったのは木ノ葉崩しの後のことだ。四代目火影が急逝し、綱手が五代目火影を襲名するまでの長期間、新たな火影は現れず、木ノ葉崩しで命を落とした三代目火影が、木ノ葉隠れの里を治めていた。その後、五代目火影となった綱手の顔岩が、あの岸壁に刻まれる。しかし今見える”五代目火影”の顔岩は、明らかに10年以上前に、岸壁に掘られたものだ。雨風に打たれ古ぼけたその姿―――あれで最近掘られたものだとは、到底思えない。
つまり四代目火影急逝のすぐ後に、五代目火影が誕生したということだ。しかしその五代目の顔を、サスケは生まれてから一度も木ノ葉で見た記憶が無い。つまり、サスケ達の世界において、顔岩の主は早くに死亡しているか、あるいは存在そのものが無かった可能性もある。
しかし、サスケたちの目的を達成するには、この未知の木ノ葉の協力が不可欠となる可能性もある。そうなったとき、木ノ葉隠れを治める五代目火影との接触は避けられない。どの一族の出身なのか、どのような忍者なのか、どのような人格なのかを、調べる必要がある。
今言えるのは、あの顔岩の主は、”九尾事件”で里が揺らぐ時期に、火影として長い年月を生きたという実績のある三代目火影を押しのけて、火影として木ノ葉に君臨し、里を守ることができるだけの力があったということである。綱手やカカシ、ナルトのようなお人好しの馬鹿であれば良いが、もしもダンゾウのような類の人間だったとすれば、非常に厄介なことになる。自分たちの存在が知られれば、ボルトの身に危険が及ぶことは避けられない。親友の子を預かるサスケとしては、可能な限り、リスクは避けたいところである。
(この時代……ダンゾウはまだ生きている。用心すべきだな……。チャクラが戻らない今のオレに、イザナギの対処は難しい)
火影が敵であるという可能性を考慮して警戒するのは、自分だけで良いだろう。本来ならば不要なものであるし、ボルトは、口では父である”七代目火影”についてあれこれというが、最近はあれで火影を尊敬している。ただでさえ未知の場所だ。余計な心労を与えることもない。
サスケはボルトを連れて商店街へ向かい、ボルトの服を買ってやる。貨幣が変わっていて、サスケたちの時代の紙幣を見せた際は偽札と店主に疑われたが、軽い幻術を掛けて払ったことにした。大義のための致し方ない犠牲である。野盗でも狩って金銭を手に入れれば、いずれ返すつもりもある。
その後、過去の木ノ葉を見てはしゃぐボルトを窘めつつ、サスケたちは図書館へと向かう。図書館へ向かったサスケ達だったが、木ノ葉の会員カードが必要と言われ、やはり軽い幻術を掛けて会員カードを提示したことにした。これもまた必要な犠牲である。
そして図書館の中へ入ったサスケは、”木ノ葉隠れの歴史”と言う本を手に取って、それを開いた。
(”五代目火影”千手畳間……? 初代火影の孫で、綱手の兄……。九尾事件に続いた第三次忍界大戦最大の戦いである”木ノ葉隠れの決戦”において四大国連合を撃破した、”木ノ葉の昇り龍”と異名を取る、第三次忍界大戦における木ノ葉最大の英雄……。そんなやつ、聞いたことも無い。やはり、オレ達の世界では早期に死亡しているか、存在自体が無かったということか……。
―――なに!? 三代目火影とダンゾウが第三次忍界大戦で戦死……!?)
本を読めば読むほど、大きな流れは変わらずとも、その細部がサスケの知っている歴史とあまりに異なっていることを思い知らされる。
そして目に入った項目―――三代目火影とダンゾウがすでに死んでいるという事実に、とうとうサスケは頭痛を感じ、頭を抑えた。
(……頭が痛くなるな。だが、ダンゾウがすでに死んでいることを知れたのは僥倖だった)
ただでさえ問題だらけの現状で、ダンゾウの生存により発生しうる無数の問題に、思考を裂かなくても良いという事実は、ボルトを守らなければならないサスケにとっては、非常に大きいものである。
サスケの知るダンゾウと言う男は狡猾で残忍で、何をしでかすか分からない恐ろしさがあった。そんな男を警戒から外せるということで、サスケとしては少し肩が軽くなる思いである。
(千手畳間……。初代火影の再来と謳われる男……)
それに、一番の未知であった五代目火影が、サスケの知る歴代の火影たちと同じように、里を愛する者であることも分かった。ならばもしもの時の助力は得られるだろう。かつて出会った初代火影は、間抜けのように見えて―――実際アホだったが、忍びの世と平和のことを誰よりも考えていた忍びだった。そして、サスケの亡き兄であるイタチが語られることも無く受け継いでいたものが、”初代火影”千手柱間の火の意志である。
その再来と謳われる”五代目火影”千手畳間が、非道な人間ではないだろうと考えるのは、根拠の無い妄想ではないはずだ。恐らくだが、”初代火影”の再来と謳われているのは、千手畳間なる忍者の、その精神性によるものだろう。
サスケの知る”初代火影の孫”である綱手の実力からして、その兄であるらしい千手畳間が、綱手に勝るとも劣らない忍者であろうことは予測できる。しかし、サスケの知る初代火影と比べれば、”五代目火影”であった綱手の実力が幾分か落ちることは事実であり、この世界において綱手の兄貴として存在するらしい千手畳間の実力も、その辺りだと考えられる。
(ウラシキに対抗するには、少し足りないか……)
サスケは本を棚に戻し、漫画を読んでいるボルトに声を掛け、図書館を後にする。幻術が解けてしまうことを危惧し、あまり長居はしたく無かったのである。
「ボルト。ナルトを探すぞ。奴の目的はナルトだ。オレ達の目的は、ナルトを奴の手から守ることにある。ナルトを見つければ、ギリギリまで離れて監視する。いいな?」
「分かってるってばさ。もう何回も聞いたって……」
ボルトは辟易したように言う。
―――突如、里に爆音が響いた。
「な、なんだってばさ!?」
「ウラシキか!?」
サスケは爆発音の方へ警戒の視線を向ける。
爆音が繰り返し発生する。
「―――行くぞ、ボルト!」
「あの、木ノ葉は初めてですか?」
―――爆音の方へ駆けだそうとしたサスケ達に、可愛らしい声が掛けられる。
「私、日向ヒナタって言います」
「えぇ!? か、かあちゃ―――もが」
「あ、ああ。旅の者だ。だが、どうしてそう思ったんだ?」
可愛らしい声の主―――日向ヒナタを見て、ボルトが発した不用意な言葉を、素早く口を塞ぐことで止め、サスケは言葉を返す。
「かあちゃ?」
「か、かわいいという意味だ。オレ達の国の方言でな」
「ぽっ」
サスケの苦しい言い訳に、ボルトが必死に頷いて、素直なヒナタは顔を赤らめる。
「それで、どうしてオレたちが旅の者だと……?」
「ああ、それなんですけど……。あの爆発、ここ半年頻繁に起きていることなんです」
「……なるほどな。長く木ノ葉に居れば、驚くはずが無いということか」
周囲を見れば、最初こそ驚いたようにしていた住民たちは、すでに日常生活に戻っているようである。数名爆音の方へ呆れたように視線を送り、「またやってんのか」と呟やいている。
「はい。びっくりしちゃいましたよね、ごめんなさい」
「どうしてかあちゃ―――えっと、ヒナタさんが謝るんだってばさ」
「その……実は、あの爆発はナルト君とサ―――……あ、えっと、私の友達たちが忍術の修業で起こしているものなんです。気にしないでください」
「え、とうちゃ―――もがっ!?」
ボルトの不用意な発言を、サスケは素早くその口を塞ぎ黙らせる。
「とうちゃ?」
「馬鹿ということだ」
「なるほど……。確かにナルト君は頭はあんまりよくないから……よく騒ぎを起こすし……」
「なに……?」
ヒナタの言葉に違和感を抱いたサスケが、思わず呟く。
「え?」
「いや、なんでもない」
「そうですか……? では、入院している従兄のお見舞いに行く最中なので、私はこれで……。木ノ葉を楽しんでいってくださいね!!」
そう言って手を振って去っていくヒナタを見送って、サスケはボルトの口から手を離した。
ボルトは大げさに呼吸を荒くし、サスケに文句を言っている。サスケは自業自得だと冷たく返し、思案するように目を細めた。
(ヒナタがナルトのことを悪く言うなどありえない……。それに……あまり覚えていないが、この頃のヒナタは酷く内向的で、自分から見知らぬ人間に話しかけるような度胸は無かったはず……)
サスケの同期達の人間関係や、性格なども変わっていると見て間違いない。
しかし今はそれよりも、居場所の分かったナルトの下へ行くべきだ。
「ボルト、ナルトのところへ行くぞ」
目立たぬよう、サスケとボルトは路地裏へ向かい、建物の影に潜みながら、ナルトの下へ向かう。
(つけられているな……里の暗部か? オレ達の存在は気づかれていたか……)
その最中、付かず離れず、サスケたちの後を追う複数の気配を、サスケは感じ取る。
「ボルト。落ち着いて、何も話すな。……尾行されている」
サスケは口を動かさず、小声でボルトにだけ聞こえるように声を調節して話した。
「先ほどのような不用意な発言は二度とするな」
ボルトは目を大きく開けたが声は出さず、神妙に頷く。
(敵意を感じるな……。里の人間に幻術を掛けたところを見られたか……しくじった……)
チャクラの戻らない現状、交戦という選択肢はない。感じる気配はどれも強者のもの。ひと際強大な気配もある。敵対すれば、今のサスケでは歯が立たないだろう。
(こうなると、ナルトから離れて守るというのは難しいな。オレの知る歴史はもはや当てにならないが、時期的には、既にナルトはイタチと―――暁と接触しているはず。ナルトから着かず離れずの監視をすれば、下手をするとオレ達こそがナルトの中の九尾を狙う暁の手の者だと誤解され、排除されかねない。上手くナルトに近づかなければ……)
既に気苦労が絶えないサスケは、禿散らかりそうなストレスを感じながらも、幼い親友を守るために思考を巡らせる。
「ボルト、計画は変更する。上手くナルトに近づき、親しくなれ。傍に居ても不自然でないようにするんだ」
そしてサスケは、今しがた考えたことをボルトに伝える。
ボルトはわずかに頷いて了解を示し、二人は路地裏を抜け、爆音の発生源―――里の演習場へと辿り着いた。
「―――なんだ、あんたら」
「―――!?!?!?!?」
サスケ、月まで吹っ飛ぶような衝撃を受ける。
(路地裏を抜けると……そこにいたのはオレだった……。在りえない、とは言えないか。この世界のオレは、里を抜けていない……)
里の演習場。砂ぼこりと擦り傷に塗れたナルトに向かい合うのは、幼いころのうちはサスケであった。
若いサスケは突然現れた見知らぬ子供と大人に訝し気な視線を向けている。
「オレの名は……サ、サラダだ」
「サラダぁ? 食い物みてーな名前だってばよ」
「いや、それアンタが言えることじゃないでしょ……」
「オレはいーの! ラーメンのナルト好きだから」
「この人だってサラダ好きかもしれないでしょ? 私も桜見るの好きだし」
若いサスケに近寄ったナルトが、サスケの名乗った偽名―――咄嗟のことで娘の名を取ったのだが、ナルトはサスケに対し、訝し気な視線を向けていった。
娘の名前をバカにされたようでむっとするサスケだが、少し離れたところで座っていたサクラが、間髪置かずナルトにツッコミを入れる。
「それで、アンタは?」
若いサスケが、やけに警戒を露わにしている。
サスケは知らないことだが、最近大蛇丸に攫われた(と思っている)サスケは、突然現れた知らない大人に対し、野良猫の様な警戒心を向けているのである。もしかしなくても、トラウマだった。
「……突然爆発音が聞こえて、気になってな。先ほど、ヒナタと言う親切な女の子から事情は聴いているが……この子は忍者に憧れているから、少し見物させて貰おうと思ったんだ。この子はボルトと言う」
「お、おっす!!」
「ふーん。オレは別にいいってばよ」
「ナルト。忍者が手の内を明かすな」
「オレってば中忍試験で使える術だいたい見せちゃったし、今更だってばよ」
「……それもそうか」
頭の後ろで手を組んで呑気なことを言うナルトに、サスケは素直に頷いた。確かに今更である。
「てかさてかさ! サスケ、なんか目のオタマジャクシ増えてない?」
「あ、それは私も思った!」
立ち上がりながら、サクラが言う。
「ああ、なんか気づいたら増えてた。
それと、オタマジャクシじゃない。”巴”だ。うちはの家紋と同じだぞ。間違えるな」
「……気づいたら増えるもんなの?」
サスケの適当な返しに、近づいてきたサクラは呆れた様に言う。
「気づいたら増えてたって……やっぱりオタマジャクシだってばよ!!」
「違う!」
ナルトが楽し気に指摘して、サスケが眼を見開いて否定する。
「そのうち足が生え始めるってばよ!!」
「ナルトお前……。どうやら殺されたいらしいな……」
げらげらと大笑いするナルトに、サスケは怒りに体を震わせる。
「怒ったってばよ? ねえねえ怒ったってばよ?」
「
「いったあああ!? 何すんだってばよぉ!!」
ナルトの煽りにサスケの怒りが頂点に達し、凄まじい速さでナルトの頬を殴り抜けた。その衝撃で、その場で回転したナルトは、頬を抑えて悲鳴をあげる、怒り心頭のサスケは構わず続きの拳を放った。ナルトもやり返し、二人はもみ合い殴り合いながら地を転がり合う。
「すみません。この二人、いつもこうなんです……」
突如として殴り合い始めた小僧二人を呆れた様に見るサクラはため息を吐き、
(……仲いいな)
本来ならば終末の谷で死闘を経て里を抜けているはずの自分が、若き日のナルトと仲良く喧嘩している姿を見て、サスケは何とも言えない気持ちになる。
一方ボルトは若き日のナルトとサスケの姿に、サスケへの憧れが砕かれるような思いを抱く。
「―――ボルト!!」
突如、サスケが叫ぶ。
サスケの視線の先で空間が裂け、中から現れたのは―――
「―――ウラシキ!!」
「やはりあなたたちも来ていましたか……毎度毎度、邪魔をしてくれる。―――会いたかったですよ、うずまきナルトさん」
「え、オレのこと知ってんの?」
「そりゃもう有名人ですから―――ね!!」
宙に浮く男は、薄ら笑いを浮かべながら、その手に握った釣り竿のようなものを振るい、糸を飛ばした。
咄嗟に若いサスケがナルトの前に出て、ボルトは地を蹴り、ナルトを突き飛ばすように攫った。
「ナルト! あれ、白眼じゃ……!?」
サクラが倒れたナルトを庇うように前に出て、苦無を構えながらウラシキを見る。ウラシキの両目の外側には血管が浮き出ており、それが日向一族の白眼であることを理解し、困惑に言葉を零す。
「サクラ、下がれ!」
「え、私の名前……」
「おい、逃げんぞ!! ―――そんな……っ」
膝をつくナルトに声を掛けたボルトだが、そのナルトの腹に、赤い糸が突き刺さっているのを見て、目を見開き力なく言葉を零す。
―――赤い糸が引き抜かれる。
薄ら笑いを浮かべ嬉し気に糸を引き戻しその先の釣り針を見たウラシキは、しかしそこに何もないことを確認すると、困惑したように目を見開いた。
ナルトは戸惑ったように腹を摩っている。
「な、なにしたんだ?」
「チャクラが抜き取れない……? こうなれば……」
「火遁・業火球の術!!」
ウラシキが腕を振りかぶった瞬間、突如―――巨大な炎の塊がウラシキ目掛けて放たれた。
「見えていますよ!!」
炎の塊がウラシキを直撃しようとした瞬間、その瞳が何重もの輪が浮かび上がった白いものへと変化し、火の塊は瞬く間に姿を消した。
「見えていると言ったでしょう!!」
ほぼ同時、暗部の者がウラシキに飛び掛かったが、突如として暗部の者は見えない壁に激突したように跳ね返る。そしてウラシキが暗部の者に手を翳すと、先ほどイタチが放ったよりも巨大な火の球が突如として出現し、暗部の者を呑み込んだ。
「五代目直轄の暗部を一瞬で……!」
隠れてボルトたちを監視しており、ナルトの危機に現れたイタチが驚愕を呟き、凄まじい速さで印を結ぼうとするが、先ほど術が吸収されたのを見て止め、手裏剣を投擲した。
「サスケ! ナルト君を止めろ!!」
「兄さん!」
サスケが現れた兄の名を呼び、イタチは焦ったように叫ぶ。
「こんのやろう!!」
突然攻撃を仕掛けられたナルトが激高し、螺旋丸を作り出して飛び出した。
「馬鹿、ナルト! こいつの狙いはお前だ! 兄さんに任せろ!!」
サスケはナルトを止めるために後を追うが、既にナルトは宙へと跳躍してしまっていた。
「っ……しまった! ナルト!!」
突然現れたイタチの姿を見て、
「もう遅い!!」
「「ナルト!!」」
サスケとサクラが叫ぶ。
ナルトは空中で糸に雁字搦めにされてしまった。
「九尾を手に入れれば、もうここに用は在りません!!」
空中に”裂け目”が現れ、同時、ウラシキが腰に携えているツボから岩のようなものが多数飛び出し、イタチやサスケたちの周囲に降り注ぎ、巨大な岩の牢獄が作り上げられる。
「さような―――ぐあっ!」
岩の牢獄に閉じ込められた者達を嘲笑し、時空間忍術で移動しようとしたウラシキの背に、手裏剣がいくつか突き刺さる。ウラシキは痛みに呻き、忌々し気に岩の牢獄を睨みつけ、イタチを殺してやりたい衝動に駆られながらも、今は九尾が先決だと、その場を後にした。
「―――くそ!! ナルト!! ナルト!!! ナルトぉおおおおお!!」
「落ち着け、サスケ」
サスケが半狂乱となり岩の壁を叩きつけた。守ると誓ったのに、舌の根の乾かぬうちからこれだ。サスケは自分を許せず、皮膚が破れるのも構わず、岩を殴り続けた。
そんなサスケを、イタチは窘める。
「取り乱すな。まずは己を見つめ、冷静に己を知れ。今のままでは、ナルト君を救出することなど出来はしない」
「兄さん! なんでそんな―――」
冷静なんだ―――と続けようとしたサスケが途中で言葉を呑み込んだのは、凄まじい形相を浮かべたイタチのその眼が、万華鏡写輪眼となっていたからだ。
イタチが尊敬し憧れる五代目火影の宝―――うずまきナルト。それをみすみす奪われたとあっては、イタチとて激怒くらいは抱く。だが、それでは守れるものも守れない。優先すべきはナルトの速やかな救出であり、不甲斐ない自分に怒る様な”暇”など、在りはしないのだ。
「サスケ。これが土遁なら、お前の千鳥で破壊できるはずだ。穴をあけるだけでもいい。そうすれば、オレの天照で焼き尽くし抜ける!!」
「―――分かった!!」
サスケが印を結び、雷遁・千鳥を発動させる。
イタチは横目に
「あなたにも聞きたいことはあるが、今は―――」
ちらと
「―――サスケ?」
イタチが、
「―――兄さん……」
★
「放せってばよ!!」
「うるさいですね」
どこかの洞窟。
拘束されたナルトが吠えるが、ウラシキは鬱陶しそうに言って、その後動けもしない口だけの小僧を嘲笑するように、見下した笑みを浮かべる。
「しかし厄介ですね。封印術ですか……。直接あなたの中に潜るしかなさそうですね……」
ウラシキは熊手を作り、ナルトの腹に押し付ける。指がめり込んだ。
ナルトが異物感と痛みに呻き声をあげ、ウラシキはその声に嗜虐的な笑みを浮かべながら、その意識を、ナルトの精神世界へと入り込ませる。
―――そこは、薄暗い、どこかの研究所のような廊下であった。ウラシキは強大なチャクラを感じ取り、その方向へと向かっていく。
腹の底に響くような、低い唸り声が聞こえる。
「見つけましたよ」
九尾の閉じ込められた檻を見つけたウラシキは宙に浮き、その折を封じる封印術の札に手を伸ばす。
「ここまで来るとは……何者だお前は」
九尾の化け狐が、唸る様に言う。
ウラシキは「畜生が喋るのか」と、下劣な思考を浮かべながら、言った。
「あなたのチャクラを貰いに……いや、返してもらいに来たのですよ!!」
薄ら笑いを浮かべ札に触れた瞬間―――とてつもない衝撃がウラシキの頭部を襲った。ウラシキは強制的に、ナルトの精神世界からはじき出される。
「―――があああああああああ!!」
精神世界から戻ったと同時、ウラシキは後頭部を凄まじい力で殴りつけられたことを理解し、そして、自身の顔面が地面に激突したことを理解する。首がしなるように、顔が地面をバウンドする。凄まじい激痛がウラシキの頭部と顔面を襲い、たまらず断末魔の如き悲鳴を上げた。
しかし、大きな呻き声をあげるウラシキは、それでもこれ以上の攻撃をされては堪らないと、咄嗟に地面を両手で叩き、自身の身体を跳ね飛ばし、距離を取る。地面に叩きつけられた顔を抑えればいいのか、混乱するウラシキには分からなかった。
ウラシキは着地して体勢を立て直し、自分にあまりに腹立たしいなことを
「なにも―――うがっ!!」
そんな状況を呑み込めていないウラシキへ、先ほどウラシキを殴りつけた男の影が文字通り
「―――螺旋丸!!」
「があああああああああああああああ!!」
凄まじい激痛と痛み、そして衝撃―――ウラシキの身体は耐えきれずさらに後方へと吹き飛んで壁に激突し、めり込むように停止した。
さらなる追撃を行おうとした男は、突如として現れた見えない壁に跳ね返される。
男は宙で体勢を整え着地し、観察するように男を見た。
「……」
既に死んでいてもおかしくないだけの攻撃を叩き込んだが、ウラシキは激怒の表情を浮かべてはいても、その
警戒するように、男は中腰に構えた。
「何者です!!」
ウラシキが唾を飛ばしながら言う。
問われた男は鋭い視線をウラシキへと向けていた。
「―――五代目火影」
突如として現れ、ウラシキに襲い掛かった男。
古ぼけた額当て。頬の向こう傷。
火影装束が揺れ、その下の紫の鎧が鈍く光る。
それは―――ナルトの封印式、それが破られそうになり発動した術式に呼応して、飛雷神の術で現れた―――。
「―――その子の、父親だ」
―――千手畳間だった。