綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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初代火影

 洞窟の中、二人の男は対峙する。

 方や万華鏡写輪眼の眼光を研ぎ澄ませ、息子を狙われたことへの、凄まじい怒気と殺意を冷たい思考の中に沈ませる、千手畳間。

 方や見たことも無い文様の瞳術を発現させ、その怒気と殺意を隠そうともせず、表情を激情に歪める男。

 

(なんだ、あの眼は……)

 

 畳間の背筋に、久しく感じていなかった冷たいものが滑り落ちる。

 

「……」

 

 畳間はあること(・・・・)に気づくと、男に対する攻撃の意思を切り捨てて、チャクラ糸で岩に縛り付けられたナルトの傍に近寄った。

 ナルトは精神世界を土足で踏み荒らされ、繊細な九尾の封印式に無遠慮に触れられた。ゆえに精神と封印式は不安定となり、ナルトの体からは九尾のチャクラが漏れ出している。

 このままここで戦うことは、ナルトにとって危険なことだ。畳間はナルトを連れて逃げるため、男から目を離さないまましゃがみ、ナルトに触れようとする。

 

「逃がしませ―――なにっ!!」

 

 畳間がナルトを連れて逃げようとしていることを察したのか、男は釣り竿を振りかぶって畳間を攻撃しようとした。

 しかし、その直前に数十枚の手裏剣が男へと投げつけられ、回避行動を余儀なくされる。

 

「五代目!!」

 

「イタチか!!」

 

 手裏剣が飛んできた方へ畳間が顔を向けると、駆け寄ってくるイタチたちの姿があった。

 サスケとサクラ。守るべき子供たちがこの危険な場所に来てしまったことは遺憾だが―――そう思った畳間だが、しかしその考えを改める。彼らもまた、中忍選抜試験―――と誘拐事件―――を経て、一人前の忍びとして成長を遂げている。そんな彼らを、「子供だから」と軽んじることは、正しい行いではない。かつて、畳間の師が畳間を信じてくれたように、今度は畳間が、あの子たちを信じる番だ―――畳間はそう考えなおす。

 それに、今、彼らのことをどうこう言う時間などない。畳間としても、ナルトの封印式の異変を察知して飛んできただけで、そうなるに至った事情を把握しているわけではないのだ。まずはナルトの安全の確保と、目の前の敵の排除が最優先。

 

「オレたちで奴の相手を!!」

 

 イタチが叫ぶ。

 畳間は頷く。そしてイタチの傍を走る見知らぬ男を見て、目を見開いた。その男から感じる”魂の感覚”が、畳間の知る者とあまりに酷似していたからだ。しかしそれを問う時間は無い。

 

「火影式耳順術―――」

 

 イタチ達がナルトを襲った下手人に襲い掛かる。

 同時、畳間は封印術を起動した。

 九尾の封印を締め直した畳間は、意識を失ったナルトを抱えると、瞬身の術ですぐさまサクラ達へ近寄った。

 

「……? いや、今は問うまい。サスケ、サクラ。ナルトを任せる」

 

 見知らぬ金髪の少年を見て、畳間は訝し気な表情を浮かべるが、問答をする時間も無い。畳間は意識の無いナルトを、サクラに手渡した。

 

「ナルト……」

 

 ナルトを託されたサクラは、自身の胸に力なく倒れ込むナルトを力強く抱きしめた。

 

 ―――ナルトは必ず守る。

 

 そんな決意が見える凛々しい表情を、サクラは見せる。サスケもまた覚悟の決まった表情を浮かべ、サクラとナルトを背に庇うように立った。

 

「多重影分身の術。―――飛雷神」

 

 そんな彼らの意志を蔑ろにするようで申し訳ないが、危険は危険であるし、今はナルトの安全が最優先だ。

 

「え!? 消えた!?」

 

 畳間の生み出した影分身たちは、決死の守りを誓う二人の肩に手を触れると、一行ごとその姿を消した。

 金髪の少年が驚きの声をあげたが、今は構っている時間はない。

 

「イタチ!!」

 

 黒装束の男の叫びが、洞窟に響く。

 畳間は咄嗟に、声の方へ振り向いた。

 畳間の写輪眼に、身体にチャクラの針が突き刺さり、その体から何かが抜き取られ、力なく地面に倒れ込もうとするイタチの姿が入り込む。畳間の写輪眼は、イタチから抜き取られた”何か”が、イタチのチャクラであることを見抜いた。

 

(なんだ、あの術は……!?)

 

 チャクラを抜き取る、未知の忍術。

 畳間は白い男への警戒度を跳ね上げる。

 

(原理は不明だが、イタチほどの男が避けることも出来ず、瞬く間に戦闘不能に追い込まれる術……。攻撃や防御をすり抜けるような性質があると見ていいか……。触れるのは危険だ)

 

 意識を失ったイタチを、黒装束の男が片手で抱きしめるのを見て、畳間は叫んだ。

 

「それでいい!! お前はイタチを!!」

 

 畳間は追撃を放とうとしている男へ視線を向け、その腕へ焦点を合わせ、写輪眼にチャクラを込める。同時に、クナイを一本、足に巻き付けたホルスターから引き抜いて、投擲する。

 

「―――思兼神」

 

「ぐぁ―――なにがっ!? っあぶ―――」

 

 追撃に放たれんとする釣り針、振りかぶられた男の腕―――しかしその腕は振り下ろされることなく、凄まじい重力を以て、真下へと引きずりおろされる。同時に、男は首を痛め兼ねないほどの速度で傾けた。

 男の顔の真横を通り過ぎ、一本のクナイが洞窟の壁に突き刺さった。男の頬を一筋の赤が伝う。

 

「うっ―――とうしい!!」

 

 男は激情を込めた叫びをあげ、畳間へ向けてもう片方の掌を向ける。その掌から巨大な炎の塊が出現し―――それを見た畳間は、天井へクナイを一本投擲する。クナイが天井に突き刺さると同時に―――畳間の姿が消えた。

 

「螺旋丸!」

 

「消え―――が……っは……っ!?」

 

 男は畳間の姿が消えたことに困惑し―――突如、真横に現れた畳間によって、その脇腹を螺旋丸で抉られ、体を捻じらせた。男の掌に集まっていたチャクラが霧散する。

 

 しかし、畳間の攻撃はそれで終わりでは無かった。

 螺旋丸を叩きつけられ、体の内側に肉が抉り込まれていく男の横腹に、畳間は自身の掌に刻んだ◇状の印から一本の鋭利な枝を凄まじい勢いで叩き込む。

 

「―――挿し木の術」

 

 ”パイルバンカー”―――その枝は螺旋丸を引き裂いて、凄まじい勢いで男の皮膚を食い破った。なおも止まらぬ挿し木は、男の腹膜すらも突き破り、その内臓に風穴を開ける。

 

「がああああああああああああああ!!」

 

 耐えきれず、男が絶叫を上げる。

 

 ―――だが、これで終わりではない。

 

 男の腹の中に根付いた枝は、男のチャクラを養分として急速に成長する。

 ―――直後。男の肉を食い破り、その身体の内側から、血に濡れた無数の木の枝が姿を現した。

 

「っぐが」

 

 男の言葉にならぬ悲鳴があがる。

 同時、畳間を突如として正体不明の衝撃が襲った。

 

「……!?」

 

 畳間はその場に踏ん張ろうとするが叶わず、風に舞う木ノ葉の如く容易く吹き飛ばされる。畳間の視界に、洞窟の壁や地面が男を中心に丸く抉られる様子が映り込んだ。

 

(―――奴を中心に発生する衝撃波……。いや、衝撃波にしては、地面と壁の抉れ方が綺麗すぎる。なんだ、これは……)

 

 吹き飛ばされながら思考する畳間を他所に、男は血反吐と絶叫を吐き出しながら、自分の腹に手を突っ込んだ。血液と臓物が掻きまわされる嫌な音が聞こえる。

 

「あああああああ!!」

 

「何……!?」

 

 着地した畳間が、驚愕に言葉を零す。

 男は、自身のはらわたに巣くう”根”を、臓物ごと引きずり出した(・・・・・・・・・・・)。体の前半分が、肉塊となっている。これは正気の沙汰ではない。無駄に激痛を味わって死ぬことになるだけだ。

 だが次の瞬間には、中身が引きずり出され空洞となったはずの男の胴体が、元通り(・・・)となっていた。

 畳間は困惑を、男は憤怒の形相を浮かべる。

 

「このクソや―――」

 

「―――螺旋丸」

 

 何か、悪態を吐こうとしたのだろう。男は目を血走らせて口を大きく開いたが、しかし、その言葉が発せられることは無かった。

 

 ―――今ので死んでいれば良かったのにな。これ以上、苦しまずに済んだ。

 

 畳間は内心で思いながら、再び、男の隣に現れる。原理は分からないが、致命傷を与えたはずの男は、元の姿に戻っている。ならば―――もう一度、殺すだけだ。

 

 木遁・挿し木の術―――対象者の体内に寄生し、そのチャクラを養分にして急速に成長し、体の内側から対象者を食い破る性質を持つ。

 この術を受けた者は、チャクラを奪われる不快感、別の生き物が体内を蠢くおぞましさと、臓腑を食い破られる激痛の中、死に至る。まさに残虐と称するに値する殺人忍術であり、それを何度も喰らうなど、術者である畳間としても、哀れにすら思うほどである。

 しかし、今の畳間に慈悲は無い。

 畳間は冷たい思考の中、術の発動を始めた。掌の刻印が鼓動する。

 

「あ……―――っ!!」

 

 再び螺旋丸で抉られる脇腹。壮絶なる痛みだ。だが、その痛みすら些事と感じるほどの、この世のものとは思えないほどの激痛が、その先に待っている。

 

 ―――絶望。男の瞳に、恐怖が揺れた。

 

「うわあああああああああああ!!」

 

 男が怯え狂ったように叫んだ。体の中から臓物をぐちゃぐちゃにされた先ほどの激痛は、想像を絶するトラウマを、男に与えた。

 男は抉れていく脇腹の傷に血反吐をまき散らしながらも、しかしそれ(挿し木の術)だけは嫌だと言わんばかりに目を血走らせ、手を横なぎに振るい、畳間の顔面を殴りつけようとする。同時に、その”眼”が異様な光を発する。

 がむしゃらな攻撃。少しでも畳間から距離を取ろうと必死だった。

 

 ―――天泣。

 

 畳間は口をすぼめ、水の針を放ち、男の腕を串刺しにする。

 恐怖と怒り、そして痛みに我を忘れる男の腕は、天泣が突き刺さった程度では止まることは無かったが、しかしその威力は物理的に弱まった。

 そして、男の”眼”の光と共に発生した”障壁”が畳間を襲う前に、畳間がその場から消える。

 次に畳間が現れたのは、天井だった。チャクラで足の裏を天井に張り付け、逆さに立つ畳間の足元には―――先ほど突き刺したクナイがあった。

 

「くそがああああああああああ!!」

 

 天井へ飛んだ畳間へ、男は釣り竿を振りかぶるが―――その姿が忽然と消える。

 

「、あ―――」

 

 男は畳間の姿を探すために首を動かそうとし―――その行方に感づいて、小さく声を漏らす。宙に浮く男の足元には、先ほどまで背後の壁に突き刺さっていたクナイが、転がっている。

 畳間の行方を察した男が、その眼球を動かすよりも早く―――男の脇腹が青白く光る球体によって、抉れ、その肉が千切れ飛んだ。

 

「―――螺旋丸・挿し木の術」

 

「―――っ!?!?」

 

 肉が引き裂かれる感覚。あばら骨が圧し折れる音。臓物を喰い破る不快感と激痛。男の意思とは無関係に肺から漏れ出た空気。それは、激痛を訴える体の悲鳴であった。

 

 ―――なんだ!? なんなんだ、この化け物は!? 態勢を―――! 態勢を、整えなければ―――!! 殺される!!

 

 激痛に揺れる思考の中、男の脳裏に過った言葉はそれだった。

 血反吐を巻き散らす男の身体は、螺旋丸の衝撃に身を任せ宙を動き―――突如として空間に裂け目が発生する。

 宙を浮く男の身体が穴に落ちると同時、空間の裂け目が凄まじい速さで消えた。

 絶対に追っては来させない。そんな執念を感じさせるような速さであった。

 

「逃がしたか……」

 

 畳間は追撃を掛けようとチャクラを練り―――先ほど気づいたあること(・・・・)を確信する。

 

(やはり飛雷神が発動しない……。あの男につけたマーキングが消えている(・・・・・・・・・・・)

 

 最初、ナルトの異変を察知し、飛雷神で飛んだ畳間は、そこにいた不審者の後頭部を凄まじい力で殴りつけ―――飛雷神のマーキングを刻印した。次の一手の際は機能したそれが、しかしそれ以降、最初につけたはずのマーキングは反応を見せず、ゆえに畳間はクナイの使用を余儀なくされたのだ。

 畳間は思考する。

 

(だとすれば、あの男の傷を癒しているのは、綱が使う創造再生などの、医療忍術に類するものではないな。その程度で飛雷神のマーキングが消えるはずがない。肉体を一から作り直す再構築……? あるいは、肉体を別の肉体に置き換えるような禁術か? 分身と入れ替わった可能性もあるが……。それにしては、挿し木の術への怯え方は真に迫っていた。……今ある情報だけでは判断しかねるな)

 

 ただ一つだけ、現段階でも言えることがある。

 

(オレに久しく感じていなかった寒気(・・)を感じさせた、あの男の眼……。あの男の眼は見たことの無い文様だった……。写輪眼でも、白眼でも無いとすれば、残るは一つ。つまりあれが三大瞳術最後の一つ―――)

 

 

 ―――輪廻眼(・・・)

 

 

(一体、奴は何者なんだ……。いや、今はそれはいい……)

 

 しかし、それは考えても答えは出ない。今は、あの男の術について、だ。

 

(……奴はうちはのイザナギのような術を使っているのか? 現実を改変し、”攻撃を受けていない”という現実を引き寄せ、マーキングがつけられたという事実すら消した……。伝説に謳われる輪廻眼ならば、失明のリスクも無くそれくらいやってのけても不思議ではないか……)

 

 うちは一族に伝わる、万華鏡写輪眼の瞳術―――イザナギ。

 自身の”光”と引き換えに、現実を、術者の思い描く”幻想”で塗り替える禁術である。

 畳間は、あの男がそれに類する術を使っているのではないかと考えたが―――しかし、それでは辻褄が合わない。

 

(……違うな。現実を塗り替えるというなら、激痛をおしてまで、わざわざ挿し木を体から引きずり出す必要はないはず……。あの男が極度の被虐趣味であるとは思い難い。奴の憤怒と恐怖は本物だった。つまり奴は、その必要があった(・・・・・・)から、そうした。ならば、あれは無条件の現実改編ではない。奴と奴の周囲にだけ作用する、時空間忍術の類か……? 時空間……時……)

 

 万華鏡写輪眼の動体視力は、コンマ一秒を見逃さない。

 畳間は思い出す。奴は自身の傷のみならず、身に纏う服すらも修復して見せた。その時の様子を、畳間は思い出す。

 付着した血痕も、破れた個所も、幻術のように突如として消えたのではない。穢土転生の様に、塵などが集まって修復されたわけでもない。凄まじい速さで、しかし一つずつ段階を踏んで、その修復は行われていた。

 その様はまるで―――。

 

(そうだ。あれはまるで―――時が戻っている(・・・・・・・)かのようだった。だとすれば……次に相対する時、奴に今回の戦いでの負傷は無いと考えるべきだな。……厄介な。 ……ん?)

 

 思考を終えた畳間は、少し離れた場所でイタチを抱きしめたまま、驚愕の表情を浮かべている黒装束の男と、さらにその向こうで呆然と口を開いている金髪の少年に気づく。

 

「す、すげえってばさ……。あのウラシキを……」

 

(……ウラシキと言うのか、あの男は)

 

 金髪の少年の呟きを聞き取った畳間は、やはりこの見慣れぬ二人は何かを知っているなと、確信を抱く。

 畳間は火影装束を翻し、イタチを片手で抱き支えている男の方へと向かう。

 片膝を突き、イタチを片手で抱き支える男の傍に近寄った畳間は、男からイタチを受け取ると肩に担ぎ上げる。男は畳間のイタチに対するぞんざいな扱いに思うところがあるのか、表情を顰めている。

 

「さ、さす―――サラダさん……」

 

 立ち上がった黒装束の男の傍に、金髪の少年が駆け寄って来る。

 畳間はどこか親近感抱かせる顔立ちの少年に、笑みを向ける。

  

「オレは木ノ葉隠れの里”五代目火影”千手畳間だ。……すまなかったな、少年。得体の知れない者を、ナルトたちと共に里へ飛ばすわけにはいかなかった。……怖い思いをさせたな」

 

「こ、怖い思いって言っても……」

 

 戸惑いがちに、少年が言う。今しがたの戦いは終始”火影様”が圧倒しており、恐怖を感じる余地などありはしなかった。むしろ、その頬に着いた返り血に気づかず、朗らかに笑う”火影様”の方が、子供心にトラウマである。

 そんな少年から視線を外し、畳間はサラダと呼ばれた男へと、視線を向ける。

 

「お前たちには聞きたいことが多くあるが……、まずはナルトの無事の確認と、チャクラを抜かれたイタチの治療が先だ。オレは里に戻る。本当なら、お前たちは引きずってでも連れて帰りたいところだが……」

 

 畳間は探る様に目を細めた。  

 

「何やら事情がある様子。……後で初代の顔岩の上に来い。お前なら里に入れるだろう(・・・・・・・・・・・・)。詳しい話を聞かせてもらうぞ」

 

「……分かった」

 

 畳間の何か、確信を持ったような物言いに、男は小さく頷いた。

 畳間は小さく頷くと―――抱えたイタチと共に、その姿が消える。

 

「―――!? ま、また消えたってばさ!? ど、どこに……オレの螺旋丸みたいに、見えなくなったの……? さ、サラダさん!!」

 

「ボルト……。もう、サスケで良い」

 

 金髪の少年―――ボルトが突然消えた畳間たちに驚いて周囲を見渡したり、手を伸ばしてあたりを探る様に動かしている。

 そんなボルトに呆れた様に、サラダ改め、サスケが言う。

 

「今のは飛雷神の術と言う、二代目火影の時空間忍術だ。マーキングと呼ばれる術式を目印に、瞬間移動する。あの男が言ったように、今、奴は木ノ葉にいるはずだ」

 

「瞬間移動……。サスケさんの瞳術みてえなやつってこと?」

 

「いや……オレの”天手力”とは原理が違う。オレの瞳術は可視範囲の空間の位置を入れ変えるが……、飛雷神の術は口寄せの術の原理を応用したもので、可視範囲外であっても、マーキングさえあればどこへでも飛べる。木ノ葉から砂ほどの長距離であっても、マーキングさえあれば、一瞬で移動できる」

 

「え、なにそのクソ便利なチート忍術。ズルくない?」

 

「……お前の祖父―――四代目火影が得意とした術でもある。もしかしたら、お前も使えるようになるかもな」

 

「ほんと!?」

 

 感心、呆れ、困惑、様々な表情を浮かべていたボルトだが、自分が使えるかもしれないという可能性を示してやると、現金なもので、すぐに表情を期待に染めた。

 

「知らん」

 

 しかし、サスケはそれを切って捨てる。

 

「ええ!? 教えてってばさ!!」

 

「残念だが、オレには使えない。里に帰ったら、ナルトに聞け。言っておくが、オレ達の時代のだ。……里の禁書庫のどこかに、術式の記された巻物が眠ってる可能性はある」

 

 飛雷神の術。二代目火影が開発し、四代目火影に受け継がれた、時空間忍術。

 その強さと利便性は、第四次忍界大戦において目の当たりにしているが―――サスケたちの時代では、使い手の喪失によって、惜しくも既に失われてしまった術である。”飛雷陣の術”と言う劣化忍術は残っているが、その利便性は、飛雷神の術とは雲泥の差だ。

 長期任務で里から遠く離れた場所で活動することの多いサスケは、時折、その術の復活を渇望する時があった。長期任務の弊害で娘を傷つけてしまってからは、特に。

 

「そっか……。そっかぁ!! 爺ちゃんの術を、オレが……」

 

 期待に胸を膨らませている弟子が、もしも飛雷神の術を復活させてくれるのならば、サスケとしては喜ばしいことである。

 ゆえに、「四代目の術ではない。二代目の術だ」とは、サスケは空気を読んで言わなかった。

 

「それにしても……」

 

 ボルトが言う。

 

「なんだ?」

 

「す……」

 

「す?」

 

「すごかったってばさ!! あのウラシキに一瞬で近づいて……。 あ、いや、てっきり瞬身の術がめちゃくちゃ上手いのかと思ったけど、その飛雷神の術だったのか……。 けど、強いのは変わりないってばさ!! ウチの馬鹿親父と同じ”火影”とは思えねェ! いや、ウチの親父も戦ってるとこはかっけェけどさ……。あ、サスケさんの方がかっこいいけどね。オレ達の時代にもいるかな? いたらあの人から飛雷神の術教えて貰えるってばさ!」

 

 興奮するボルトに、サスケは白けた表情で言う。

 

「あの男はオレ達の木ノ葉にはいない。そう言ったはずだ。仮に居たとしても、それこそ過去のことだ。オレ達の生きる時代には、奴は既に死んでいる。でなければ、お前の中忍試験で起きた大筒木襲撃の際に、現れないはずが無い」

 

「……確かに」

 

 ボルトは落ち込んだように呟いた。

 

「なあ、サスケさん。あの人に協力してもらえねーかな? あの木の術はちょっと引いたけど……。でも、すっげー強かったってばさ」

 

「こうなった以上、どの道そうなるだろう。だが、今のように優勢に戦えるかどうかは、分からない」

 

 千手畳間は恐らく、飛雷神の術で奇襲を仕掛けたのだ。混乱し激情に駆られたウラシキは冷静さを欠き、対応が遅れ、一方的に打ちのめされることとなった。それに、戦いの場所も狭い洞窟の中だった。宙を自在に飛び敵を翻弄するウラシキにとって、この洞窟は酷く戦い辛い場所だったはず。

 命からがら逃げ出したウラシキは恐らく、二度と同じ過ちは犯さない。次にウラシキが現れるとすれば、それは自由が利く開けた場所であり―――ナルトの中の九尾を奪うために、最初から本気で襲ってくる。

 地の利が無くなって、千手畳間がどれだけ戦えるかは、今の段階では分からない。

 

 それでも予想以上だった―――サスケは思案するように目を細める。

 この世界における”五代目火影”千手畳間。

 綱手より少し強いくらいだろうとサスケは思っていたが、とんでもない。あれはかつて見た穢土転生の二代目火影と同等か、それ以上の実力者だ。

 

「初代火影の再来……か……」

 

 サスケは少し前のことを思い出す。二度と叶うはずの無かった邂逅。実現した奇跡。それはきっと、初代火影の精神性を受け継いだ”五代目火影”千手畳間の存在も、一因となっているのだろう。

 

 ―――この世界において、うちは一族は滅亡していない。

 

 岩の監獄に閉じ込められているとき、兄は、自身の正体に気づいた。互いに困惑を隠せなかったが、しかしサスケは、「子供たちに聞かれたくない」とサクラ達を見てイタチに小さく伝え、イタチは成長した弟を信じ、その場は黙してくれた。

 イタチが里にいて、木ノ葉の中忍以上に配られるベストを装着しているということはつまり、イタチによるうちは一族の虐殺は―――防がれた、ということ。

 サスケの知る歴史において、イタチが一族を抹殺するに至った、うちは一族によるクーデター計画。それを、サスケの知る歴史とは違う形で、防いでくれた者がいる。それがきっと、初代火影の再来と謳われる、あの男。

 

「一族はどうしてる」

 

 この時代のサスケが岩を破壊し、皆が飛び出した後、駆けるイタチに並行し、サスケは端的に訊ねた。

 それはサスケの、期待から生まれた言葉であったのだろう。そんな未来があっても良いのだと、自分を慰めるための言葉だったのだろう。

 

「うちは一族は里の警務隊だ。当然、今も里で警務に当たっている」

 

 そして、イタチは訝し気な表情で、答えた。

 

「そうか……」

 

 サスケは、安堵のため息を吐いた。一族が滅びず、里で平和に暮らせる未来があったのだと、少しだけ胸が温まった。『なぜ自分たちの時代ではそうならなかったのか』と、そんな意味の無い思考に胸を締め付けられつつも、しかし、サスケは安堵した。そして以後、サスケは口を開かなかった。情報を、落とさないためだ。元気な姿を見せるイタチを前に、口が緩まないとも限らないと、自分を戒めたからだ。

 

 ―――だが、サスケは甘かった。

 

 洞察力が凄まじく優れているイタチでも、サスケのその言葉だけで真実に辿り着けるはずがない。成長したサスケが未来から来たのかもしれない、くらいまでは辿り着いているかもしれないが―――それだけでも恐ろしい洞察力だが、サスケたちの世界において、イタチがサスケを除く一族を皆殺しにしたという事実には、いくらなんでも、たどり着けるはずが無い。

 もしかすると、未来で木ノ葉やうちは一族に何かがあり、滅亡するに至ったのかもしれないと考えるかもしれない。サスケが輪廻眼を隠すためにつけた眼帯と、失った腕が、激戦の名残を示し、その説得力を増加させる。だが、真実には辿り着けない。この世界のイタチには無縁のことのようだし、あの残酷で哀しい物語を、敢えて伝える意味はない。

 サスケはそう思った。

 

 ―――だが、サスケは甘かった。

 

 サスケは、イタチの洞察力を読み違えた。

 事実、イタチは既に、サスケが未来から、何らかの方法で過去に来たかもしれないという仮説に辿り着いていた。未来で里に何があったのか、何故この時代のナルトを守らなければならないのか、その理由までは、確かに分からない。サスケがこの時代に来た真実の理由も、今のイタチに辿り着ける道理は無い。

 だが―――未来から来たかもしれないサスケの、「一族はどうしてる」という言葉は、すなわち、大人となったサスケが『この時代の一族を知らない』という証明に他ならない。そして、その安堵のため息も同じ。

 

 そしてその情報は、イタチにある仮説を立てさせるに十分な材料でもあった。

 すなわち、この時代にイタチが里にいること、そして一族が普通に暮らしている(・・・・・・・・・)ことは、大きい弟にとって”安堵すべき事柄”であるということ。それは逆を言えば、大きい弟にとって、この時代にイタチが里にいるはずは無く、そして、一族が普通に暮らしているはずも無い、ということ。さらにイタチの大きい弟は、イタチが”生きていること”ではなく、”木ノ葉にいること”に対して、驚いていたようだった。

 そして、そこから導き出される答えは―――。

 

「ボルト。オレ達も木ノ葉へ向かうぞ」

 

 ボルトを連れ、サスケは洞窟を出る。サスケが何らかの事情を抱え、子供たちに近づきたくないということを、畳間は気づいていたのだろう。だから、サスケを置いていった。決して、除け者にされたわけではない。

 ボルトを連れたサスケは木ノ葉隠れ里を、そして初代火影の顔岩を目指す。

 

 意識を失った兄が、自身の一言で、ある答えに辿り着いているなどと考えもせず―――思った以上の五代目火影の実力に、ナルトを守る目途が立ったと、僅かな喜びを抱いて。

 

 

 

 

「申し訳ございません!!」

 

 里へ戻った畳間は、影分身に導かれて綱手に保護されたナルトを改めて確認し、そしてイタチを綱手に預けると、ナルトの傍に居たいというサスケとサクラをそのままに、火影の執務室に戻って来た。

 

 その後畳間は、自来也と、里の結界班であるいのいち、そして里の警務隊の長であるフガクを呼び出した。

 呼び出された者は畳間から事情を聴き、皆がおしなべて土下座をして見せている。そしてその隣で、カカシが気まずそうに立っている。

 

 畳間が「顔を上げろ」と鬱陶し気に言うが、土下座をしている全員が顔を上げる様子はない。

 畳間は疲れた様にため息を吐き、カカシは自分より年も立場も上の方々の土下座を見て居られず、視線を逸らす。

 

「まず言っておく。侵入者―――名をウラシキと言うようだが、奴は時空間忍術の類を使う。警務隊の目を掻い潜り、里の結界に反応せず、突如ナルトの前に現れたのは、遺憾だが当然のことだ。その前に現れた侵入者については、結界班からの情報を受けたオレの暗部と、うちは一族からはイタチを付けていた。お前たちは、責務は果たしている。失敗があったとすれば、オレ自身の采配だ。敵が時空間忍術を使うなら、カカシもつけるべきだった。……だから、顔をあげろ。お前たちを呼び出したのは、叱責のためではない。自来也には事情の説明を、いのいちとフガクには”その後の情報”を聴きたいだけだ」

 

 自来也は預かったナルトが攫われ、あわや九尾の封印が解かれそうになったことに、強く自責の念を抱いている。里の結界を任せられているいのいちと、里の警務を担う部門の長であるフガクもまた、里の侵入者に気づくのが遅れたことへの自責の念を抱いているのである。

 特に自来也は旅立ちを数日後に控え、見納めとなる里の温泉街を散策し覗きに精を出していたということで、二人に比べて自責の念は膨大であった。

 

 だが、それも仕方がないことだ。さすがに里のど真ん中でナルトが攫われるとは思わない。ナルトを守ると誓った自来也ではあるが、里の中ですら四六時中傍にいる必要はないと判断していたし、それは畳間も同じである。それを責めるのは、あまりに酷と言うものだ。

 

 それに、結界班とうちは警務隊も、ウラシキの出現と同時にその気配を察知し、それぞれ動き始めていた。時空間忍術を使う”仮面の男”のことは両者とも畳間から聞いており、常日頃油断せず里の守りに当たっているが、しかしそれを容易く上回るからこその、時空間忍術である。

 里への侵入を許し、ナルトをみすみす攫われたという事実には、形式的にも罰を与える必要はあるだろう。しかし、それは責めるのは、やはり酷なことだ。

 

「咎めはせんと言ってるだろうが!! そんなことをする暇があれば、さっさとここでの用事を終わらせて、職務へ戻らんか!!」

 

 畳間の叱責に、ようやく顔をあげた三人に、畳間は言う。

 

「まずはフガクといのいちだ。里への侵入者は他にいないな?」

 

「はい。うちは警務隊総出で里の警戒に当たっていますが、怪しい者は見つかりません」

 

「結界班も同じく。結界の範囲を内側に厚く広げ、里にいるすべての人間のチャクラを感知しましたが、里の結界にチャクラを登録した者と、入里許可証を持つ者以外存在しませんでした」

 

「……ならばよし。後に、金髪の子供を連れた黒装束の男が里を訪れるが、そいつらは情報提供者だ。そのまま里へ入れるよう、部下や一族に通達しろ。二人は下がっていい」

 

 畳間の言葉を受け、フガクといのいちが下がり、畳間は自来也とカカシへと視線を向ける。

 

「先ほど伝えた通り、ナルトが攫われた。狙いは、ナルトに封じられた九尾。ナルトは既にオレとイタチで(・・・・)取り戻し病院にいるが、下手人を始末するには至らなかった。恐らく奴はまた来る。敵の正体は不明だが、その目的からして、恐らくは暁に連なる者だろう。今、情報提供者がこちらへ向かっている」

 

「”お芝居”の後に、本物が来るなんてね……」

 

 サスケ誘拐事件の全貌を、担当上忍として聞かされているカカシが、呆れた様に言って、しかしすぐにその表情を引き締めて言った。

 

「その情報提供者……信用できるんですか?」

 

 カカシが言う。

 

「ああ」

 

「根拠は?」

 

「……勘だ」

 

 カカシは呆れた様に畳間を見る。

 しかし畳間が”勘”と言うときはだいたい何か確信がある時であるし、ナルトが狙われているという状況で、畳間が手を抜くはずもないかと、黙って受け入れた。

 

「カカシは、ナルトの警護に当たってくれ」

 

「分かりました」

 

 次に、自来也へ、畳間は目を向ける。

 

「自来也もカカシと共に、ナルトの警護を頼みたい。だがその前に、妙木山のフカサク様に連絡を取ってもらいたいんだ」

 

「それはまた、どうしてですかのォ……? ナルトに仙術はいくらなんでも早すぎると思いますが」

 

 自来也の言葉に、畳間は頷く。

 

「ナルトにはいずれ仙術をと考えてはいるが、今フカサク様に連絡を取って欲しいのはそういった理由からじゃない。もしものときは、逆口寄せでナルトを妙木山に飛ばし、匿って貰いたい」

 

「なるほど……」

 

「敵の情報だが……」

 

 畳間は交戦によって得た情報と、考察を伝える。

 その最中、畳間が言ったある言葉に、自来也が反応する。

 

「輪廻眼……!?」

 

 自来也が瞠目する。

 

「なんだ、自来也。知っているのか? 下手人に心当たりが?」

 

「知っとるもなにも……。だが……名前が……。いや、偽名か……」

 

 口ごもる自来也に、畳間は困惑の視線を向ける。

 

「どうした? 何か知っているのなら、教えてくれ」

 

「……少しだけ、時間を……もらえませんかの……」

 

「……分かった。ただ、今日中だ。それ以上は待てない」

 

 らしくなく萎れた様子の自来也に、畳間も厳しい追及は憚られた。

 最後に「気を抜くな」と二人に伝えた畳間は、頭を下げて出ていく二人の背を見送ると、火影岩の上へと飛んだ。

 

 

 

 

 火影岩の上で瞑想をしている畳間の傍に、一人の男が現れる。黒装束に身を包んだ、大人のうちはサスケであった。

 畳間は目を開くと、となりの岩肌をぽんぽんと叩き、座れと合図を送るが、サスケはそれを無視した。

 素直じゃないなと思いながら、畳間は口を開く。

 

「お前、左腕はどうした」

 

「悪いが、それを言うつもりは無い」

 

「そうか……。お前も苦労したんだな……」

 

 惚けたようなことを言う畳間に焦れるサスケは、疑問に感じていたことを、畳間にぶつける。

 

「……。オレが言うのもなんだが、アンタは何故、オレたちを信用する? オレたちが奴の手の者で、アンタを背後から襲わないとも限らない。先ほどもそうだ。本来火影の立場であれば、アンタが言った通り、逃げ出すかもしれないオレ達を引きずってでも、里に連れ帰るべきだった。その配慮には感謝しているが……なんというか、大丈夫なのか?」

 

 甘い、と言いたいのだろう。

 不審者の分際で申し訳ないとでも思ってそうな声音で話すサスケに、畳間は目を丸くした後、豪快に笑った。

 サスケは不真面目な様子の畳間に、不愉快そうに眉を寄せる。

 

「いや、笑ったことに関しては、本当に申し訳ない。お前(サスケ)からそういう思慮深い言葉を聞くとは思わなかったから、つい」

 

 畳間はサスケから剣呑な雰囲気を感じ、笑うのをやめて、里を見つめながら言う。

 

「……オレは出生が特殊でな、なんとなくだが、魂ってものを感じられる」

 

「……魂?」

 

 サスケが疑わし気に畳間を見る。

 しかし、畳間は気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、やはり里を見つめている。

 

「ああ。その魂を見て、なんとなく大丈夫だろうという思いを、お前に抱いた。だが―――オレがお前を信じるに値すると思ったのは、それだけが理由ではない。……イタチが、お前を信じているようだったからだ」

 

 畳間の言葉が意外だったのか、サスケは目を瞬かせる。

 

「イタチは、オレの腹心の一人だ。オレが表舞台から降り、新たな火影の時代となったとき、それを支えるのはイタチだと、オレは思っている。うちはの次期当主だし……、どうもオレの息子とも、最近は仲が良いようだ。そんなあいつがお前に背を預けていた。息子(・・)が信じる者を信じず、火影()は名乗れんだろ? それに……イタチはあの程度の攻撃を、簡単に喰らうやつじゃない。だとすれば……庇った(・・・)んだろう? ―――お前を」

 

「……」

 

 畳間の瞳の奥に冷たく光ったものを、サスケは見逃さなかった。それは、イタチを傷つけたウラシキに対するものだ。

 しかし畳間はそれを表に出すことはない。

 激情は人から冷静さを奪い、狂わせる。

 必要なのは、己を見つめ、冷静に己を知ること。それが、畳間の師の教えだった。

 

「いや、責めてるんじゃない。あいつらしいなと思ってな。……以前もそうだった」

 

「以前……?」

 

「……いや、知らないなら良い」

 

「……」

 

 狸め、とサスケは思った。

 たった一言で、サスケがその以前(・・)を知らないという情報を手に入れた。今の会話で、千手畳間は気づいただろう。この里にいるサスケと、目の前の大きなサスケが、直接的なつながりを持たないということに。

 

「何か、事情があるんだろう? 詮索はしない。代わりと言っては何だが、情報をくれ。オレは奴を暁の手の者と考えているが……それも正しいかどうか……。突然のことだ。分からんことが多すぎる。だが、ナルトを守らねばならないこのときに、そんな情けないことも言ってはいられない。……どうか、協力してほしい」

 

 畳間はサスケに体を向けて、頭を下げた。

 サスケは畳間を見下ろして、何かを思うように目を閉じると、顔を上げて里を見つめた。

 

「気を、使わせてしまったか……。すまない。我々は、あまり存在を明かせる立場ではない……。どこまで話して良いものか……判断しかねている。―――だが、ナルトを守りたいという気持ちは本当だ。もしウラシキに九尾が渡るようなことになれば、我ら忍びに未来はない」

 

「……九尾などどうでもいいが、九尾を奪われれば、ナルトは死ぬ。ナルト(子供)は里の宝だ。オレは―――里に仇なす者は許さん」

 

 畳間から滲み出る威圧感。しかしそれが向けられるのは、あくまでウラシキのみ。誰彼構わずむき出しの感情を向けるほど、畳間はもう幼くはない。

 それはサスケに、かつて出会った初代火影を彷彿とさせるものだった。初代火影の再来―――その言葉を改めて思い出し、サスケは言葉を続ける。

 

「奴は、チャクラを奪うためにここに来た。奴の狙いはあくまで、ナルトの中の九尾のチャクラだ。……奴はあの釣り竿のようなもので、チャクラを奪うことが出来る。オレも以前の戦いで奴にチャクラを奪われ、まともに忍術も使えない状態だ。今回はチャクラを奪われることは免れたが……奴もオレが万全でないことは見抜いているようだった……」

 

「チャクラを抜き取る術……。イタチがやられた、あれだな。一瞬でイタチからチャクラを奪い、戦闘不能に追いやった。だが、ではなぜ、ナルトのチャクラは抜き取られていない? その時間は充分にあったはず……いや、そうか……」

 

「ああ。恐らく、奴のチャクラを抜き取る術では、封印術を突破できないと思われる」

 

「……だから封印術を直接解除するために、わざわざナルトとチャクラを接続し、封印式に触れた、ということか」

 

「可能性の話だが……、試してみる価値はあると思っている。封印術に詳しい者はいないか?」

 

 サスケの提案に、畳間は笑う。

 

「実はな、オレがそうだ」

 

「アンタが?」

 

「ああ。オレの祖母はうずまき一族の姫でな。小僧の頃はチャクラコントロールが苦手だったんだが、封印術だけは適性があったんだ。オレは爺さんっ子だったが、術の修業の師は、もっぱら叔父貴と祖母でな」

 

 畳間は内心で、「爺さん、あの時は凄く悔しがってたよなぁ……」なんて、過去を懐かしむ。

 

「それは……心強いな」

 

「任せておけ。ナルトの護衛隊と、ウラシキと交戦する可能性があるすべての者に、封印術を施そう」

 

 畳間の言葉に、サスケは訝し気な視線を向ける。

 

「大丈夫なのか? 封印術は高等忍術。連続での使用は難しいのでは?」

 

「問題ない。仙術チャクラを練れば、事足りる。それに、それくらいの過労、もう慣れたようなもんだ」

 

 畳間は朗らかに笑う。

 だが、サスケの心中は穏やかとは言い難かった。

 

(こいつ、仙術も使えるのか……?!)

 

 サスケは降って湧いた驚愕の事実に息を呑む。仙術チャクラは術者の身体機能やチャクラ量、術の威力など、その地力を桁違いに跳ね上げる力を持つ。

 だが、ウラシキの戦いの際、千手畳間は仙術を使っていなかった。仙術を使わずとも、千手畳間はウラシキを圧倒して見せた。確かに状況はこちらに有利なものではあったが、だからといって、それだけで圧倒できるほど、ウラシキは弱くない。

 ―――だとすれば。あれに仙術チャクラを加えたとすれば。それはもう、かつて出会った二代目火影と同等レベルどころの話ではない。あるいは―――。

 

「だが……」

 

 畳間の声が、サスケの思考を遮る。

 朗らかに笑っていたはずの畳間は、既に真剣な表情を浮かべていた。

 

「先ほどの戦い……奴がオレから逃げた術は、時空間忍術だった。そしてそれとは別に、自身を起点に時を戻し、傷を無かったこと(・・・・・・)にする、瞳術を使えるようだ。そして気になるのは、あの瞳だ。あれは、写輪眼でも、白眼でも無かった」

 

「あれは……」

 

「輪廻眼、だろ?」

 

「気づいていたか……」

 

「まあな。……だが、サクラからの報告では、奴が使う瞳術は白眼だ。あの子が虚偽の報告をするとは思えない。つまり奴は、複数の瞳術を切り替えることが出来るということ。

 ……加えて、オレの術でも即死しない凄まじく頑丈な体と、強大なチャクラを併せ持ち―――忍術を吸収し、それを増幅させて打ち返すなどという、反則染みた術も使う。さらに、多少のインターバルはあるようだが、オレを弾き飛ばすほどの不可視の障壁を発生させる術。加えて、チャクラを奪う術もあるんだろう?」

 

 畳間は、自分の傷だらけの掌を見つめた。

 

「……今まで、オレは多くの忍者と戦って来た。中にはオレも死に掛けた―――実際、殺された戦いもあったが……”忍術を扱う者”として、あれほど恐ろしい者を、オレは見たことが無い。だというのに、奴の戦闘技術はあまりに杜撰。奴はいったい、何者なんだ」

 

 サスケは「あの一戦でそこまで見抜いたのか」と、畳間への認識を改める。

 初代火影の再来―――確かにその精神性はそうなのだろう。少し関わっただけでも分かる、その間の抜けたような雰囲気と、安心感を抱かせる落ち着きと大らかさは、確かに初代火影を彷彿とさせるものがある。

 だが、その根本にあるのは―――二代目火影の教えなのだろう。初代火影、二代目火影と出会ったことがあるサスケには、それが分かった。もしやとは思っていたが、それがサスケの中で確信に変わる。千手畳間は、二代目火影の教えを受けているのだ。

 

(こいつ……)

 

 だが、サスケは畳間の表情を見て、目を細めた。

 畳間は「恐ろしい」などと口にしながらも、その表情には、恐怖といった感情は、一切浮かんでいなかったのだ。穏やかな表情。しかし、揺れる火の意志を感じさせる。

 

 ―――例えこの身が滅んでも、里の家族を守る。

 

 畳間の表情に浮かぶもの―――それは、深い愛の決意だった。

 サスケは内心であること(・・・・)を思いつつ、口を開く。

 

「奴は暁の者では無い。それとはまた別の―――」

 

「……別の?」

 

「―――だが、今は知る必要のないことだ。今は、奴からナルトを守ることが先決。違うか? 五代目火影(・・・・・)

 

 大筒木、輪廻写輪眼、月の一族。多くの秘密はあるが、それを今知っても意味はない。無駄な混乱を生むだけだ。

 ウラシキからナルトを守る。今は、それだけを目標に据えて(・・・・・・)いれば良い。

 

「……言うようになったな」

 

 畳間はサスケの顔にある面影を見て笑う。

 今は畳間の膝元で自由奔放に生きている小僧が、自分に意見できるまでに成長するなどと―――そんな当たり前のことが嬉しくて、畳間は笑った。正確には別人なのかもしれないが、それでも、その未来の可能性に、喜びを抱いてしまう。

 

「奴は神出鬼没だが……」

 

 そんな畳間を無視して、サスケは続ける。どうにもこの千手畳間とまともに話をしていると、どこか懐かしい気持ちになってしまうのだ。かつて失い、そして今、娘に与えているもの―――それと同じものを、サスケは感じてしまう。悪いものでは無い。むしろ、居心地は良い。ただ、慣れてないだけだ。その不慣れさが煩わしくて、サスケは続けた。

 

「奴が時空間忍術を使えば、オレはそれを感知することができる」

 

「おお、それは心強い。オレはチャクラ感知の才能は無くてな。小僧の頃から、その分野は親友たちに頼りっぱなしだったんだ。……奴が出現すれば、オレはお前と共に、ナルトのところへ飛ぶ。それで良いんだな?」

 

 畳間の言葉に、サスケは残念そうに首を振った。

 

「どうした? 他に何か、懸念があるのか?」

 

「先ほども言ったが、オレはチャクラを奪われ、まだ万全ではない。戦力としては、数えられないだろう」

 

 残念だが―――と、サスケは悔し気に言った。ナルトを守りたいという意志は本物で、そのためならば―――友のためならば命を賭けることに躊躇いなど欠片も無い。しかし、今のサスケが命を賭けたところで、出来ることは少ない。

 そんなサスケの胸中の悔しさを―――。

 

「なんだ、そんなことか。何を言うかと思えば」

 

 ―――畳間は一笑に付す。

 今の木ノ葉の医療体制からすれば、怪我や負傷で死に掛けていたり、限界以上にチャクラを使い昏睡している人間ならばともかく、単にチャクラ切れで思うように術が使えないというだけの者を回復させるなど、容易いことでしかない。

 しかしそんなことを知らないサスケは、不快気に眉根を寄せる。ウラシキは手強い。輪廻写輪眼という特殊な瞳術を持つ自分であっても、厳しい相手だ。だというのに、この気楽さは―――。

 

 自分が絶対の力を持つから―――それもあるだろう。

 だが、それだけではない。この男は、里を、里の暮らす、すべての者を信じているのだ。木ノ葉隠れの里が一致団結すれば、敵わないものなどないのだと、この男は信じている。そしてこの里もきっと、この男を信じているのだろう。

 

 かつて穢土転生の歴代の火影たちと出会った時のことを、サスケは思い出す。

 二代目火影が抱く、当然の心労や懸念を、”馬鹿”な初代火影は一笑に付し、「黙れ」などと叱られていた。第四次忍界大戦の戦場に到着しても、忍連合を歯牙にも掛けないマダラに対し、「お前は後!」などと言ってのけたり―――サスケは知らないことだが、巨大な隕石の群れが降ってきた際も「お前の仲間がやらかしておるぞ!!」と、どこか気の抜けた物言いをしていた。

 

 ―――あの祖父にして、この孫ということか。

 

 洞察力も、狡猾さもある。皆を照らす火の意志も、闇を背負う冷徹さもある。どこか懐が甘いようにも感じるが、しかしそれが許されるだけの力を備えている。

 この男は先人たちの弱点を学び、先人たちの長所を尊んでいる。かつて、若き日のサスケが苛立たしさすら感じた冷厳さを見せた二代目火影とも、良くも悪くも子供に甘い”お爺ちゃん”だった三代目火影とも似ているように思える。

 だが、それでも、サスケは思った。

 時代は流れても、世界が変わっても。木ノ葉の忍の、その本質は、きっと―――。

 

「やっぱり―――」

 

 ゆえにサスケは嫌味を込めて、先ほど考えたあること(・・・・)を、口にした。

 

「―――アンタ、初代火影に似ているな(・・・・・・・・・・)

 

 それは、これまで畳間が受け取ってきた、賞賛の言葉では無かった。初代火影の英雄的側面だけが抽出され、神格化されたそれを、皆は戦争を終わらせ平和を築いた畳間に重ねた。

 だが、畳間が憧れた初代火影は、確かに偉大な忍者ではあったが、神話に語られるような、完全無欠の英雄などでは断じて無かったのだ。

 畳間の幼少期、同じ時を生きた千手柱間という男は、馬鹿で、甘ちゃんで、よく怒られてよく落ち込んでよく泣くし、情けなくて、孫馬鹿で、忍の三禁を破り博打を好むような人で、でも、とても優しくて―――。

 

「それは……」

 

 サスケの言葉に、畳間は酷く驚いたように目を丸くして―――

 

「―――最高の、褒め言葉だよ」

 

 ―――とても嬉しそうに、笑った。

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