綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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兄と弟

 ―――夜も更け、里が静寂に包まれた頃。

 本来ならば誰もいないはずの演習場の真ん中で、一人、空を見上げる少年の姿があった。

 黒いつなぎのような服を着用し、背中にうちはの家紋を背負った、うちはサスケである。

 サスケは写輪眼で星々の煌めく夜空を凝視し、拳を強く握りしめていた。

 

「……」

 

 少し離れた木陰から、その背を見守る、三つの影。

 そのうちの一つ―――畳間がサスケへ歩き出そうとするのを、別の人影―――サスケ(サラダ)が止める。

 訝し気な表情を浮かべる畳間の眼を、サスケ(サラダ)はじっと見つめる。 

 何か考えがあるのだろうと感じた畳間は肩の力を抜いて笑うと一歩下がり、同時に、サスケ(サラダ)が歩き出す。

 

「こんな夜更けに、何をしている」

 

「……あんた、昼間の。……なんか用かよ」

 

「……写輪眼か」

 

 サスケ(サラダ)は、自身の声に振り向いたサスケの眼を見て、見定めるように目を細めて呟く。

 その眼は、かつての自分の様だと、サスケ(サラダ)は思った。同時に、かつての自分ほど、淀んではいないだろうとも思った。危うい岐路に立っているが、しかしまだ正しい道へ踏み出せる。そんな目だと、サスケ(サラダ)は思った。

 

「……悔しいか。兄を守れず、友も守れず。何も得ず」

 

「てめェ……っ!!」

 

 サスケの顔が憤怒に揺れる。

 だが、サスケ(サラダ)は臆することなく、言葉を続けた。

 

「何故怒る。事実だろう」

 

「てめェ、どうやら死にたいらしいな……なにっ!?」

 

 サスケが千鳥を発動する動作を見せるが―――突如として体が動かなくなり、驚愕の視線を浮かべる。

 サスケ(サラダ)は体が硬直したサスケを、見下したような視線で見つめ、さらに続ける。

 

「……何故、怒るか。それが真実だからだ。その真実を認めたくなくて、怒りで誤魔化そうとする。怒りとは悲しみから生まれる感情だ。自分の”心”が傷つけられたという哀しみが、怒りを生み出し、怒りは憎しみへと変化する」

 

「何を言ってやがる!!」

 

 動かない体で、しかしサスケは威嚇を示す。

 

「お前は素直過ぎるがゆえに、感情に振り回され過ぎている。怒りに、喜びに、哀しみに、そして―――憎しみに。お前は、自分の感情を制御することが出来ない。なぜなら、お前には絶対的な”芯”が無い。だから、ふらふらと揺れ動き、ブレる。本当に大切にすべき本質を、見失う。……野望、復讐、敵討ち。それ以外に選択肢が無いのなら、それも良いだろう。誤った道を進んだ先でこそ得るものや、気づくものもある」

 

「……だから、何を……っ!」

 

「兄を傷つけられた。友を傷つけられた。怒るのは当然だ。―――だが、弱いお前に何ができる?」

 

 サスケの眼が憤怒に見開かれる。しかし、金縛りの術が解けることは無く、悔しさにサスケは歯ぎしりをする。

 

「だったら!! てめえは親友を、兄さんを傷つけられて、泣き寝入りしろって言うのか!! オレが弱いから!! 勝てないから!! 耐え忍べって言うのか!!」

 

 突然現れた不審者の、意味不明な―――しかし妙に心に入り込んで来る言葉に、サスケが叫んだ。

 迷ってはいた。自分が、どうすべきなのか。友を守ると誓い、兄を助けると誓い―――その誓いを無慈悲に踏みにじられた。サスケの心を支配するのは、怒りと憎しみ。己が手で奴を殺すという漆黒の決意。

 

「お前は、自分が弱いことを知っている。自分一人では勝てないだろうことを理解している」

 

「だったら!! だったら何だってんだ!!」

 

「そこまで分かっていて何故、お前はその先に進もうとしない」

 

「……?」

 

「お前は才能がある。だいたいのことは、一人で何とかなってきた。壁にぶつかろうとも、一人の努力で越えられる程度のものでしかなかった。だからだろう……。お前は、一人で生きて来た(・・・・・・・・)と自惚れている。一人では越えられない壁に直面してもなお、一人で何とかなる―――その愚かで誤った認識を捨てきれていない」

 

「だから、何が言いてえんだ、てめェは―――!!」

 

「うちはサスケ。お前は何故―――仲間を頼らない」

 

 サスケが、目を見開いた。

 

「お前には友がいる。家族がいる。お前は、”奴”に一人では敵わないことを知っている。自分が弱いことを知っている。修業だけでは辿り着けない”今”を知っている」

 

 今更修業を激しくしたところで、急激に強くなることは出来ない。幼いサスケはまだ弱く、脆い。遠い未来、”いつか”であれば、”奴”に勝てるかもしれない。しかし、それは”今”ではない。今はまだ、サスケは弱い子供でしかない。

 

「うちはサスケ。”一人では出来ないこと”を、お前は知った。一人では出来ないことは、当然、どうあがいても、”一人では出来ない”。なのに、お前はそれを、”一人で出来る”ようになろうとし、それがうまくいかないから、癇癪を起す。―――当たり前の事実を、直視しろ。”一人で出来ない”ことは、どうあっても”一人では出来ない”」

 

 それが不可能であることを知り、なおあがくことは美しい。だが、不可能を不可能と知らずに挑み続けることは愚かなことだ。その結果、癇癪を起し挫折しするなど、愚の骨頂。

 分厚い鉄の壁を頭突きで破壊しようとして、「壊れない!!」と血まみれで泣きじゃくり癇癪を起す子供と変わらない。

 

「一人で出来ないことを知った。なら、次はどうする? 一人で出来ないことを知ってなお、叶えたい野望が、夢がある時―――お前はどうする?」

 

 サスケ(サラダ)が手を胸の前に上げ、ぐっと、熊手を作る。その手に雷が迸り、辺りに閃光が走った。

 

「それは―――!!」

 

 サスケ(サラダ)が見せたものは、サスケの使う千鳥そのもの。師はたけカカシの奥義の一つ。

 実際にはチャクラの戻り切っていないサスケ(サラダ)の千鳥は、ただ光る張りぼてのようなものだが、サスケに分かるはずもない。

 サスケは冷や汗を流し、ごくりと唾を呑み込んだ。一人では、殺される。そう、確信する。

 

「サスケ!!」

 

 突如、サスケ(サラダ)の下に手裏剣が数枚投げられた。サスケ(サラダ)は飛びあがってそれを避け、少し離れた場所で着地する。

 

「……サクラ?」

 

「サスケ!! こんな夜中に何してるのかと思ったら!!」

 

「お前、なんでここに?」

 

「分かんないけど! あんたのことがなんか頭に浮かんだの!! ここに居そうな気がして来てみたら……! あの人、悪い人だったのね!!」

 

 木陰に隠れていた畳間が、呆れたような目をサスケ(サラダ)に向ける。サスケが一人でうろうろしていると、里を巡回している暗部から聞いた畳間は、まだ残っていたサスケ(サラダ)と共に訪れたのだが―――その道すがら、影分身を作ったサスケ(サラダ)が、影分身をどこかへ向かわせていた理由を、理解した。サクラに幻術でも掛けて、この場に送り込んだのだろう。説教のやり口が、息子やイタチに似てるなと、畳間は思った。

 

「さて」

 

 サスケ(サラダ)が優雅な所作で一歩、一歩と歩き出し、サスケとサクラは身構える。

 

「”一人でできないこと”を知ったお前は、どうする?」

 

 サスケ(サラダ)が言う。

 サスケは、戸惑うように眉を寄せた。それは、サスケのプライド。サスケ(サラダ)の指摘通り、最後の一線を、サスケは乗り越えられない。”一人で出来る”という愚かなプライドを、捨て去ることが難しい。それは思春期の少年らしい、”無敵の感覚”。いつか大人に成長していく過程で薄れ、消え去っていく”子供の世界”。

 それを大人が無理やり捨てさせるのは、酷なことだ。サスケは口を開くが、しかしその一言が出て来ない。

 

 かくして―――その答えは、呆気なく、告げられた。

 

「助けて火影様!!」

 

 サクラが言った。

 サスケが凄まじい勢いで、サクラが見て居る方角へ視線を向ける。

 そこには、木陰から顔を出している五代目火影の姿があった。

 

「えっ」

 

 畳間は焦ったように目を瞬かせ、サスケ(サラダ)が呆れた様に畳間を見る。

 心配だったのは分かるが、あまりに隠遁がお粗末になっている。

 

「サスケ、火影様よ!! 助けて貰えるね(・・・・・・・)!!」

 

「―――ハ……ッ」

 

 サスケの肩から力が抜け、気の抜けた様な力ない笑いが零れた。

 

 ―――仲間を守る。サスケはあの地獄の谷で、そう誓った。だが、”奴”の存在は強大で、一人では友すら満足に守れない現実を知った。力を求めて、求めて、なお先に火影という最強の忍者がいる。そして、火影になっても、すべてを守れるわけじゃない。

 サスケの中で点在していたピースが、繋がっていく。

 

 ―――うちはサスケは、弱い。”一人では出来ない”ことが多い、非力な子供だ。だが、それが醜い(・・)とは思わない。

 サスケにとって最強の忍者は、うちはイタチ。イタチは一人で何でも出来る。サスケは、そう思っていた。実際のところはどうかは分からないが、しかし、サスケはイタチに対してそのような印象を持っている。

 

 ―――うちはサスケは、イタチになりたかった。

 

 父の期待を背負い、若くして火影の直属となった博学才英の忍者。そんなイタチに期待されることが嬉しく、サスケもまた、イタチの様に、一人で何でも出来るようになりたかった。

 

 ―――うちはサスケは、弱い。イタチにはなれない。

 

 困ったような表情を浮かべて近づいて来る五代目火影。その傍に居る、ナルトに似た金髪の少年。

 サスケ(サラダ)は千鳥を消し、サクラに何やら詫びている。

 サクラは事情は呑み込めないまでも、安全だということは理解したのか、肩の力を抜いて、五代目火影の下へ駆けよった。

 一人、残されたサスケは、サクラの背を見つめた。第七班の中で誰よりも弱く、しかし、誰よりも強い、くノ一。助けているつもりだった。守っているつもりだった。しかし、助けられていたのは、守られていたのは、自分だったのかもしれない。

 その思考は、戸惑いと困惑に染められていたが、しかし、どこか透き通った感覚があった。

 

「―――オレも、昔はそうだった」

 

 近づいてきたサスケ(サラダ)が、サスケに言った。

 

「一人で出来ると思っていた。一人でやらなければならないと思っていた。そのために……一人で叶えることが難しい野望のために、力を求める糧として……最も親しい友を―――殺そうとした」

 

「アンタ……」

 

 サスケがサスケ(サラダ)を見る。サスケ(サラダ)は優し気な瞳で、五代目火影と話すサクラの背を見つめた。

 

「だが、そんなオレを救ってくれたのは……。オレが殺そうとした、断ち切ろうとした絆―――最も親しい、友だった」

 

 サスケ(サラダ)は、真っすぐな眼を、サスケに向ける。

 

「うちはサスケ。お前は、強い(弱い)。一人で出来ないことは多い」

 

「アンタ、その腕……」

 

 サスケ(サラダ)が、肘から先を失った腕を、示すように持ち上げた。

 

「だから―――仲間を頼れ。復讐も、報復も……仲間に相談し、心を打ち明けろ。もしかすれば、お前の苦しみに共感し、力を貸してくれる者がいるかもしれない。そんなものに巻き込みたくないというお前のエゴと、お前を大切にしてくれる者の心を、天秤に掛けるな。(しのび)の本質は―――オレ達の大切なものはいつだって変わらない。オレはそう、信じている。

 ―――忘れるな。お前の苦しみを、怒りを、憎しみを……そんな辛いものであってさえ、分かち合ってくれる者がいることを。お前は、お前を助けてくれる者がいることを、決して忘れるな。お前には父が、母が、一族が、友が、そして―――兄がいる。目先の感情に囚われ、”最も大切なもの”を見失うな。それは、失えば二度と戻らない。……失ってからでは、遅いんだ」

 

 サスケ(サラダ)は何かを偲ぶように目を伏せる。

 

「―――大切に、守れ。―――お前は……」

 

 そして、サスケの瞳を、見つめた。 

 

「―――お前はまだ何も、……失くしてなどいないのだから」

 

 酷く哀し気な色を宿したサスケ(サラダ)の瞳は、サスケから視線を切ると、空で静かに輝く星々へと向けられる。

 サスケ(サラダ)の胸中に渦巻く感情は、サスケには読み取れない。その脳裏に浮かぶものは何なのか。幼き日の憧憬か、哀しい過去の記憶か、サスケには分からない。

 しかし、サスケは思った。

 

「―――アンタ、もしかして……」

 

 遠い未来、家族やナルト(親友)すらも失い、さらには”その戦い”で片腕を失った”誰か”が、己の過去を後悔し、自分を導きに来たのだろうと。あるいは、自分こそがその地獄を作り出す元凶なのかもしれないと、勘違いした。ゆえ、サスケは強く決意する。そんな悲しい未来は起こさせはしない。

 仲間を頼り、仲間を守り、仲間に頼られ、仲間に守られる。イタチを尊敬し、憧れる不出来な弟は、しかし―――己の道を行く。

 

「……なあ、アンタ。少し、修業を見てくれないか?」

 

 サスケはまだ、サクラが言った”その一言”を口にするには、至らない。だが、一歩は踏み出したいと思った。

 ナルトを、イタチを、友を、仲間を―――里の、家族を守る。その大まかな意志に、”手段”が付けたされる。一人でやり遂げるには、あまりに難しい道であることを、サスケは知った。

 サスケの馬鹿で腹の立つ親友は、どうやら過酷な星の下に生まれているらしい。自分一人だけでは、あのウスラトンカチ(・・・・・・・)は守れない。

 だから、サスケは決める。どんな手を使っても(・・・・・・・・・)、里の家族を守り抜く。

 それはきっと、目の前の男が歩んだ道のりとは少し異なる、未来への道。

 

「オレの修業は、少々厳しいぞ。―――ついて、来れるか?」

 

「―――!!」

 

 サスケが雄たけびを上げるように、サスケ(サラダ)の言葉に返答し―――近所迷惑だから明日にしろと、畳間に怒られた。

 

 

 

 

 深夜の火影邸。蝋燭の灯が揺れる火影の執務室で、外から戻った畳間は一人、業務をこなしていた。ナルトの危機とはいえ、通常業務は待ってはくれない。ウラシキへの対応のために使った時間分、業務は溜まる。それに、ウラシキとの戦いを見据え、ウラシキ討伐班の編成も考え、告知しなければならない。

 

「ナルトの守りはカカシに……。オレとサラダ(・・・)、自来也のスリーマンセルで……いや、違うな……」

 

 ウラシキを討伐するならば、里の最高戦力を総動員する必要がある。

 初戦は奇襲による利を得て、一方な勝利を納めたが、ウラシキの実力は未知数だ。戦術眼―――高速戦闘におけるウラシキの動き一つ一つを細かく見れば、確かに無駄や隙は多い。しかし、その基礎能力と術の厄介さは影クラスを優に超えている。

 例えるならば―――畳間たちを人とするならば、ウラシキは獅子である。人は獅子に技術と知恵で打ち勝つことが出来るが、それは決して、容易く為し遂げられることではない。初戦を優位に運んだからと言って、甘く見るべきではないだろう。油断も、慢心も捨てるべきだ。かつて、畳間はそれで死に掛けたこともあるし、今は亡き兄貴分から釘を刺されたこともある。過去の過ちは無駄にせず、今の糧とするべきだ。

 

 サラダ(・・・)の言を信じるならば、ウラシキの存在は木ノ葉の存亡を越えて、忍界の未来に暗雲を齎す者である。奴がナルトの中の九尾にこだわり、短慮な行動を取っているうちに、仕留めなければならない。仮に暁などの敵対組織と組まれたとすれば、いくら畳間が当代における忍界最強の忍びであろうとも、必ず守り切れるという保証は無い。

 

「チャクラを吸収する術……。厄介だな。忍者殺しにもほどがある」

 

 サラダ(・・・)からの情報では、ウラシキはチャクラで生成したものであれば、それが例え土遁のような実体のあるものであっても、問答無用で吸収することが出来るらしい。であれば、木遁であっても例外では無いだろう。

 畳間の切り札である、初代火影の遺産―――真数千手。仙法によるブーストを掛け、畳間の全身全霊を注ぎ込んで放つ最高の術である。あれは文字通り、大戦を終わらせられるほどの力を持つが―――もしも真数千手のすべてをウラシキに吸収されたとすれば、もはやこの地上でウラシキを殺せる者はいなくなるだろう。

 

「少数精鋭で臨むべきだな……。力不足の者を連れて行けば、あの釣り竿でチャクラを奪われ、ウラシキに強化を許してしまう……」

 

「―――畳の兄さん。ワシです」

 

 頭を悩ませる畳間の耳に、扉を小さくノックする音と、自来也の声が届いた。

 

「入れ」

 

 畳間が扉に視線を送ると、沈痛な表情の自来也が姿を現した。

 

「自来也……すまないな。急かしてしまったようだ」

 

 畳間は自来也の様子に、自来也の心境が酷く暗いものであることを察し、謝罪する。それはきっと、ウラシキの輪廻眼の話になったときに自来也が口ごもり、それを今日中に話せと言ったからだろう。里の子供たちの命を預かる火影として、その命令が間違ったものだとは思ってはいないが、弟分に心労を掛けることを望んでいるわけではない。

 

「いえ……もとはと言えば、ワシのせいかもしれませんので……」

 

「……聞こう」

 

 自来也はぽつりぽつりと話し始める。

 第二次忍界大戦後期、綱手や大蛇丸とともに雨隠れの里に遠征任務へ赴いた際、戦争で親を失い身を寄せ合っていた子供たちと出会い、木ノ葉へ帰る大蛇丸と綱手を見送って一人雨隠れに残り、その子供たちを育てていたこと。その子供たちのうちの一人が、輪廻眼と思われる眼を持っていたこと。

 

(雨隠れと言えば……。確か、戦争後期に反乱が起きて、里長が殺されたんだったな……。まあ、今は関係の無い話だが……)

 

「……自来也。つまりお前は、その長門、という少年がウラシキの正体であると?」

 

「ええ。その子たちは戦火に巻き込まれ死んだと、風の噂で聞いておりましたが……。輪廻眼を持つ者がそう何人もいるとは……」

 

「確かにな……。だが、お前の言う孤児とウラシキには、見た目の共通点が輪廻眼しかない。オレの攻撃を受けて変化の術を続けられるとも思えないし、お前の教えを受けたにしては、あまりに戦術が稚拙だ。精神的にもな。別人の可能性の方が高そうだが……他に何か、情報はないのか?」

 

「いえ……」

 

「ふむ……」

 

 自来也がやけに話を渋っていたので重要な情報を持っているのかと思っていたが、実際は何も知らないということが分かった。自分の教え子が木ノ葉に牙を向いたとなれば、自来也としても気が気では無いだろうことは理解できるので、その態度も無理はないとは思うが、拍子抜けである。

 

「自来也。あまり思いつめるな。人は変わるものだ……よくも、悪くも。お前はただ、夜の寒さに凍える子供たちに、”朝日”を見せてやっただけだ。それは責められることでも、悔やむべきことでもない。ただ……間が悪かった、というだけの話だ。今、オレが当時のお前と同じ状況に遭遇したとして―――きっと、オレもそうしただろう。気に病むな」

 

 ―――失敗は誰にでもあるとは、畳間は口にしなかった。孤児に明日の光を見せることを、”失敗”などと言いたくはない。仮に今回ナルトを襲った下手人が、自来也がいう”長門”なる者だったとしても、それは、”そうならざるを得なかった理由”が、その子にもあったというだけのことだ。自来也のせいではない。

 だからと言って、許すつもりは無いし、許せるはずもない。次会えば、ウラシキは必ず殺す。それが例え、自来也の懸念通り、”長門”なる者が変わり果てた姿であったとしてもだ。

 

 ”里”とは”要”である。

 里に仇なす者を許す―――それは決して、火影が持ってはならない甘さだ。例え、畳間の敬愛する亡き祖父・柱間であったとしても、それは同じこと。どれほど甘い理想論を掲げようとも、火影を背負う者であるならば、絶対に譲ってはならない最後の一線が、それである。

 

「……自来也。ウラシキとの戦いは、オレとお前、そしてサラダと名乗る”情報提供者”での、スリーマンセルで行うつもりだった。だがもしもウラシキがお前の言う”長門”なる者であったなら……。お前はスリーマンセルを離れ、カカシと共にナルトを守れ」

 

「兄さん、お待ちを! ワシは戦えます!!」

 

 かつての教え子と戦いたくない―――そんな腑抜けたことを考えていると、畳間に誤解されたと感じた自来也は、焦ったように言った。

 

「……勘違いするな」

 

 だが、畳間は少し手を挙げて、自来也の言葉を制する。

 

「今更、お前が情に流され、術が鈍るなどとは思っていない。オレはお前を信頼している。これは……、いうなればオレの我儘だ」

 

 罪悪感を感じているかのような、沈痛な表情で畳間は眉を顰める。

 

「……自来也。もしもウラシキの正体がお前の言う通りであるのなら、お前が自分の手で”ケジメ”をつけたいと思う気持ちは分かる。せめて己の手で―――と、そう考え焦るのも、自然なことだ。そして……本当なら、オレはお前に、”そうさせる”べきだとも思う」

 

 必要となれば、それが我が子であろうと、兄弟であろうと―――その手に掛けなければならないのが、忍の宿命だ。

 過去に”明日を示した”子供の明日を、時を経て、示した張本人が奪う―――。それはきっと、忍界においてはそれほど珍しいことではない。例え我が子であろうと、兄弟であろうと、親であろうと孫であろうと、裏切り者(里に仇なす者)は、掟の下に粛正しなければならない。それが、忍者の摂理だ。

 自来也はきっと、忍者としてこの任務をやり遂げ、”闇”を背負い、生きていくだろう。それは分かっている。

 

「―――けどな、自来也。養い子を手に掛けるというのは……、あまりに業が深い」

 

 同じ、養い子を持つ”親”としての気持ちが、畳間には分かる。多くの孤児を養っている畳間だからこそ、もしも自分がそうなったとすれば―――そう考えてしまう。あまりに辛い苦しみだ。

 

 ―――外道に墜ちた養い子。せめて親の手で葬ろう。

 

 それは、割れたガラス細工のように美しく、そして儚い物語だ。だからこそ、そんなものは、物語の中だけの出来事にするべきだと、畳間は思う。

 哀しい現実を絵物語にし、絵物語を優しい現実へと替える。そのために、畳間は火影となったのだから。

 

「畳の兄さん。しかしワシは、木ノ葉隠れの里の―――(しのび)です」

 

 自来也にも、木ノ葉隠れの里の忍者であるという誇りがある。五代目火影の弟分であるという自負がある。それを軽んじることは、例えそれが千手畳間であっても許さない。

 決意の滲む自来也の表情は、そのような配慮は不要と、畳間へ言外に伝えていた。自来也は、自分が火影の器ではないと感じている。しかし、歴代の火影たちに強く憧れている自来也は、歴代の火影たちの様に死にたい(生きたい)とも願っている。ここで畳間の優しさに甘えることは、一人の男としても、出来ないと思った。

 

「……自来也」

 

 畳間は哀し気に目を細めた。

 一緒になって無邪気にはしゃいだ、若き日の思い出が脳裏に浮かぶ。

 自分が火影となったように、自来也もまた大人となり、立派な忍者となった。元来、精神的に弱い畳間が火影として立ち上がれたのは、自来也のような火の意志を継ぐ者達が、畳間の背を支えてくれているからだ。五代目火影として、そして初代火影を知る者として、火の意志を継ぐ者の存在は、素直に嬉しく思う。

 いくら畳間が強くとも、所詮は一人の人間でしかない。限界は当然存在する。すべてを背負うことなど、どだい無理な話だ。無理を通そうとした結果が、アカリに根性を叩きなおされた、”終末の谷の戦い”である。

 

 ゆえに畳間は、火影である自分が闇を背負いたい、里の家族たちに闇を背負わせたくはないと思いながらも、火の意志の真意に気づいた者が、”里”のために―――”子供たち(未来)”のために―――共に闇を背負いたいと願い出るのならば、それを尊重し、”感謝”の気持ちとともに受け入れる。

 

 感謝とはすなわち、”謝りを感じる”ことである。畳間は里の家族たちに闇を背負わせねばらない己の無力さを謝り、そんな己を支えてくれる家族の有難さを感じ入り、人と絆に恵まれた、己の幸福を噛みしめる。そして、共に苦しみを分かち合う。

 畳間がかつて、自来也が大蛇丸の抹殺のため、密かに大蛇丸を捜索していることを知ってなお黙認したのも、それが理由の一つである。畳間は成功の可能性は低いだろうとは考えていたが、仮に自来也の大蛇丸抹殺が成功していたとすれば、一人で背負おうとする自来也にそれを指摘し、共にその苦しみを分かち合っただろう。

 今回のこともそうだ。畳間はこの時点で、自来也の気持ちを受け入れる。養い子を手に掛けるという自来也の苦しみを分かち合い、共に背負う。その決断を下しただろう。

 

 ―――普段なら(・・・・)

 

「自来也……。これを言えば、お前の決意を蔑ろにすることになる。忍者の掟も、火の意志も無い。だが……」

 

 痛苦に耐えるように、顔を伏せた。机の下で、拳を強く握りしめる。

 畳間は自分を情けない男だと思う。姑息な男だとも思う。だが、言わずにはいられなかった。こればかりは、どうしても―――伝えずにはいられなかったのだ。

 

「自来也。お前は―――」

 

 畳間は哀し気に、しかし慈しむような視線を、自来也へと送った。

 

「―――ただ一人生き残ってくれた、オレの、最後の”弟”だ」

 

 畳間の魂は、前世において、二人いた弟を千手一族との抗争で失っている。そして今生では、実の弟である縄樹や、弟の様に思っていたミナトを―――兄の様に慕ってくれていた多くの後輩たちを、戦争で失った。

 ”妹”とは別に、”弟”という言葉は、畳間にとって特別な意味を持つ。

 かつて、畳間は平和と敵討ちの狭間で揺れる”兄”の心を無視し、徹底抗戦を訴え続けた。弟を大切に思ってくれていた兄は、”最後に残った弟”のために、己が心に蓋をして、弟の言葉を尊重した。その結果―――兄弟は修羅道に堕ち、孤独となった。

 あの時、”兄”は”弟”を止めることが出来なかった。その結果は、語るに及ばない。ただ、哀しい結末であったことは確かだ。

 

「―――頼む。……分かってくれ」

 

 自来也を後方へ下げることに、色々と理由をつけることは出来る。だが、畳間は取り繕うことをせず、ただ一言、素直な言葉を、自来也へと告げた。

 

 ―――やはりこれは、畳間の自己満足なのだ。”弟”に”子殺し”をさせたくないという我儘でしかない。

 「卑劣な泣き落とし」、「愚劣な甘さ」と叱責されたとしても、亡き兄貴分(ヒルゼン)の意志を継ぎ、誰よりも平和を望む馬鹿でスケベな優しい弟に―――養い子を殺すなどという闇を背負わせるなど、畳間はしたくなかった。

 

兄さん(・・・)……」

 

 ―――それほどまでに、ワシのことを……。

 

 自来也の瞳が揺れ、熱い視線が頭を下げる畳間に注がれる。

 

 ―――お前がそういうこと言うから、みんなが過激になっていくんだぞ。

 

 アカリがこの場にいれば、きっとそう言っただろう。

 初代火影の様に迷わず我が道を行きながら「こいつオレがいなきゃだめだ……」と周りを奮起させるだけでもなく、二代目火影の様に厳格に事を成し「この人がいれば良いんじゃないかな」と心酔させるだけでもなく、三代目火影の様に教えを説き続け「いつか気づいてくれる時を待つ」ようなことも出来ない。

 畳間は確かに、器の深さで言えば柱間に、指導者としての完成度では扉間に、見守る者としての寛大はヒルゼンに劣る。だが偉大な先人の背中を見て来た畳間は、彼らの長所を受け継いで、真円に近い器を形成した。

 

 畳間は自分を歴代で最も情けない火影だと思っている。

 実際、その通りである。その強さと偉業は歴代でも初代火影に匹敵するものがあるが、同時にその情けなさは、初代火影を上回る。

 迷い、失敗し、泣き言も言う。誰かに頼らなければ、生きていけない自覚がある。その本質は、一人の弱い人間だ。だからこそ、千手畳間と言う一人の人間を知る者は、その眩い光に焦がれた後、その弱さに惹きつけられる。

 

「……分かりました。兄さんがそこまでおっしゃるのなら、仕方ありませんのォ……」 

 

「すまない……。いや、ありがとう」 

 

 自来也とて、思うところはある。だが、畳間(あに)の切実な思いを感じて、断れる自来也ではない。ウラシキがもしも”長門”だったとすれば、畳間たちに任せる。だが、せめてこの眼で、その最期を見届けようと、自来也は思った。

 

「……ところで」

 

 自来也は思案するように顎に手を当てる。

 

「なんだ?」

 

「畳の兄さんが”義兄さん”と言うことは、綱手とワシの関係は……」

 

「―――腹括って出直してこい」

 

 自来也が何を言わんとしているのかを正確に理解した上で、畳間は切って捨てる。

 畳間としては、別に自来也の気持ちに反対はしていないが―――色々と拗らせた結果、綱手に対して一歩を踏み出せないのが、自来也である。

 自来也がスケベなことを捨てて綱手一筋に花束でも持っていけば、あの妹は戸惑いがちに頷くだろう。亡くなったダンの誠実さが、綱手にとっては眩しい思い出すぎて、自来也の”スケベさ”はあまりにマイナスに映ってしまう。逆を言えば、それさえ克服してしまえば良いのに、自来也は素直になれず、ズルズルとここまで来てしまった。

 アカリが死に掛けなければ自分もそうなっていた可能性が高いので強く言うつもりは無いが、「もう50も近くなってんのに、いつまで”青春”やってんだこいつら」と、一般的に”爺”と”婆”の年齢になりつつある二人の、思春期の少年少女のような関係に、畳間は呆れた様にため息を吐いた。

 

 

 

 

「あ、ナルト君ですよネジ」

 

「本当だな」

 

 ウラシキ襲撃の翌日。

 大事を取って入院していたナルトは、病院の購買で週刊誌と飲み物を買っていた。がま口の財布を開き、中から小銭を取って白髪の店員へ手渡そうとしているとき、声を掛けられて、その方向へ振り向いた。

 

「あ、ゲジマユとネジ」

 

 リーはサクラを怯えさせた人、ネジはなんか煽ってくる人として認識しているナルトである。試験後しばらく同じ部屋に入院してたので多少は打ち解けているが、二人が織り成した青春の戦いを夢の中にいて見ていなかったナルトの二人への印象は、それほど変わっていない。

 

「なんだ? ナルトお前、また入院したのか?」

 

「ボクらはずっと入院したままですよ!!」

 

「胸張って言うなってばよ……」

 

 二人は松葉杖を付いて歩いている。全身を複雑骨折してから一か月程度しか経っていないというのに、凄まじい回復の仕方である。

 

「ナルト、ここにいたのか。探したぞ。おはよう、ネジとリー」

 

「兄ちゃん!」

 

「シスイ!!」

 

「シスイ!!」

 

 やあ、と気軽に手を挙げているシスイの姿を見て、三人が同時に叫んだ。

 

「あべ」

 

「あべ」

 

 シスイへ駆け寄ろうとしたネジとリーが盛大に転倒し、大きな音がする。購買の商品が並んだ棚を巻き込んで、あたりは大騒ぎである。

 シスイは呆れたような、しかし嬉しいような表情で駆け寄り、強かに打った顔面を掌仙術で癒してあげた。直後、ネジとリーは、騒動を聞いて駆けつけたカブトから説教と、病室へ戻る様に叱られ、しょぼくれる。

 二人は自分たちが散乱させた商品を片付ける手伝いをしようとするが、松葉杖を付いた状態でうろうろされたら却って邪魔だとカブトに言われ、さらにしょぼくれた。

 

「オレがやっとくよ。二人とも、お大事に」

 

 二人に言ったシスイは、いそいそと散乱した商品の片づけに参加した。

 

「……すまん」

 

「……すみません」

 

 落ち込む二人は、とぼとぼと松葉杖を使って歩き出す。

 

「……シスイ」

 

「……?」

 

 病室へ戻るために数歩歩き始めてから、ネジが立ち止まった。首だけで振り向いて、シスイを見る。つられて、リーも立ち止まり、ネジの顔を見て、その後シスイへと振り向いた。

 シスイは散乱した商品を回収する手を止めて立ち上がり、ネジたちを見る。

 

「……」

 

「……」

 

「……?」

 

「……?」

 

「……?」

 

 シスイ、ネジ、リー、ナルトが沈黙する。カブトも空気を読んで見守っていた。

 

「……」

 

「いや、何か言ってくださいよネジ!! 待ってろとか、追いつくとか、色々あるじゃないですか!」

 

 沈黙を続けるネジに焦れたリーが突っ込む。

 ネジは今しがたリーが言ったことを言おうかとも思った。しかし、割とありふれている言葉のような気がしたので、他に何か上手いことを言おうと考えていたのだが、結局思い浮かばなかった。

 

「うるさいぞリー!! 今、そう言おうと思ってたんだ!!」

 

ネジがリーに食って掛かろうとするが、その間にカブトが素早く入り込み、二人にデコピンをして黙らせる。

 

「―――はいはい、もう帰りますよ」

 

「「あー!!」」 

 

 ネジとリーは、カブトに襟首を引っ張られ、連れ去られていく。

 

「待っていろシスイ!! オレを置いて先に行くんじゃないぞ!!」

 

「ネジ!! そこは追いつくから先に行ってろと言う場面では!?」

 

「―――ここ病院だからね。静かにしようね」

 

「うっ―――」

 

「うっ―――」

 

 口端をひくつかせ、苛立たし気な笑みを浮かべるカブトにチャクラを流し込まれたことで意識を失った二人は、集まった看護師に軽々と担がれて、病室へと連行されて行った。

 綱手姫の指揮の下、病院の看護師たちは練度の差はあれど、腕力強化を使用できるのである。素行に問題のある患者を物理的に黙らせる際にも、重宝されている技術だった。

 

「……ふ」

 

 カブトに連行されるネジとリーの背中に小さく言葉を投げかけて、シスイは笑う。実力こそシスイの方が数段上であるが、その思いの熱さは、シスイをして”勝てない”と言わざるを得ないものがある。

 強さだけが全てではない。いくらシスイが強くても救えない者はおり、逆にネジやリーの熱い思いによってのみ救われる者もいる。

 

「……ははははは!!」

 

「兄ちゃん?」

 

 シスイが声をあげて笑った。

 家では静かで穏やかで、稀に怒ると滅茶苦茶怖い兄は、家の中にいて微笑みは絶やさずとも、大声を上げて笑うことはあまりない。ナルトは目を瞬かせてシスイを見上げた。

 

「あーおなか痛い。いや、ツボっちゃったよ」

 

 シスイは目じりの涙を拭いながら、まだ収まる様子の無い笑いに、肩を小さく揺らしている。

 

「兄ちゃんとゲジマユ達って、仲良いのか悪いのか、どっちなんだってばよ?」

 

「うーん、そうだな……。……お前とサスケの関係みたいなものかな? 楽しいんだよ。傍に居るとな」

 

 同時に、羨ましくもある。二人がシスイの力に憧れているように、シスイは二人の快活な性格に憧れている。”バカをやる”のはもっぱら兄弟や父親の専売特許で、シスイは傍観者でいることが多かった。

 

「……そう言われるとちょっと微妙な感じだってばよ」

 

 ”仲良しこよし”とは素直には言い辛いところだが、かといって、”仲が悪い”と言いたくはない。微妙なお年頃の、微妙な関係だった。

 

「それよりも、ナルト。カカシさんは? お前の護衛に着いていると父さんから聞いたけど」

 

「ああそれなら、便所に行ったってばよ。おっきいやつ」

 

「……暗部がついてるみたいだから大丈夫なのか?」

 

 ナルトを狙った下手人は時空間忍術を使う。

 里の病院だからと気は抜けないはずだが、便意を催したのならば仕方ない。

 

「それより、兄ちゃん何でここに?」

 

「ああ。お前の護衛だよ」

 

「ほんと!? 兄ちゃんがいれば100人力だってばよ!!」

 

「それほどでもないが……。お、ナルト。どうやら、千人力の人が来たみたいだ」

 

 嬉しそうに笑うナルトの頭を優しく撫でたシスイは、視線の先に部下を侍らせて歩いて来る父親の姿を見つけて、ナルトの背を優しく押して振り返らせる。

 

「おっちゃん!!」

 

「ナルト。どうだ、調子は? 気分が悪かったり、痛いところはないか?」

 

「大丈夫だってばよ!!」

 

 ごつごつした手で黄色い頭を撫でられ、嬉しそうに笑うナルトに、畳間も嬉しそうな笑みを浮かべる。そして畳間はシスイへと視線を向けた。

 

「シスイ。……なにがあったんだ?」

 

「あー……なんというか……。オレの友達がはしゃいじゃって……」

 

 畳間が訝し気に周囲に視線を向ける。

 散乱した商品を立て直した棚にせっせと戻していた店員は、五代目火影の登場でその手を止めて、直立不動となっている。

 シスイは苦笑いを浮かべて、事の顛末を伝える。

 

「……多重影分身の術」

 

 畳間の影分身が数体売店へ向かったと思えば、散乱した商品の片づけを手伝い始めた。

 「火影様なにを!?」と店員が慌てて止めようとするが、影分身たちは「いいからいいから」と作業を止める様子はない。

 

「息子の友達が迷惑を掛けたようで。申し訳ないです」

 

 畳間は店員に頭を下げる。

 

「とんでもございません!! おやめください、火影様! 私のような者に頭を下げるなど!! そのような!!」

 

 店員は白髪だけあって、戦争を知る世代である。大戦の英雄たる五代目火影に頭を下げられるなど、却って恐縮してしまう。しかも、畳間の見た目は、当時からほとんど変わっていない。ゆえに畳間の姿は、見る者に当時の記憶を鮮烈に思い起こさせる。普段、”子供好きで穏和”な側面しか見せていないにもかかわらず、戦争を知る世代からの英雄視がいつまで経っても風化しないのは、その見た目の、あまりの変化の無さにも原因があった。

 

「……そうですか」

 

 畳間は「いえいえ、子供のやることですから」的な世間話を期待したが、帰ってきたのは、端的に言えば拒絶の言葉だった。

 しかしそれも、仕方のないことなのかもしれない。

 確実に年月を積み重ねていく戦争を知る世代。

 一方、あの巨大な千の手で里の家族を守り、戦争を終わらせた英雄は、当時から一切姿が変わらない。五代目火影は当時の姿のまま、里を治め、平和を守り続けているのだ。それはもはや人の御業でとは言い難い。普段から畳間と関わっている者であるならばともかく、滅多に関わりを持たない者であれば、その姿は異様に映る。

 

 畳間はそれに寂しさと、僅かな居心地の悪さを覚える。例えそこに悪意がなく、化け物として畏れるではなく、神仏の類として敬意を向けているのだとしても。畳間が望む絆とは、それではない。

 

 ―――絶対的な存在。五大国最強の、唯一無二の”影”。

 

 滅びを目前にした木ノ葉隠れの里を、たった一人で守り抜いたという偉業―――その功績は、一般人からすればあまりにも大きいものだった。

 

「―――ナルト。ほら、早くお前の病室へ戻るぞ。作戦会議だ」

 

「作戦会議!? よっしゃあああ!! 燃えて来たってばよ!!」

 

 突如、シスイが何かを遮る(・・・・・)ように、陽気な声でナルトに話しかける。

 シスイの言葉に、ナルトは昨日自身を襲った不審者討伐のための作戦会議であると察し、目に炎を宿らせて拳を握った。

 

「そうだよね、父さん。行こうよ」

 

 シスイが畳間に笑い掛ける。

 

「おっちゃんおっちゃん!!」

 

 ナルトが畳間の火影装束の裾を引っ張り、笑みを浮かべ見上げた。

 

「……そうだな」

 

 二人の笑顔を見て、畳間は小さく笑った。

 冷静に考えれば、組織の長に対し、下の者が畏れかしこまるのは、ある種当然のことでもある。しかも畳間は、火の国における軍事部門の最高司令官である。その人柄を詳しく知らなければ、多少の怯えも入るだろう。

 思えば遠くまで来てしまったが―――それでも、畳間の抱く”本質”は変わらない。畳間は孤独ではない。その素直な気持ちを、理解してくれる者がいる。受け入れてくれる者がいる。それだけで、畳間は”火影”として、生きていける。

 小さく笑った畳間は、かつて憧れた背を真似るように―――火影装束を格好よく(・・・・)翻し、歩き出した。


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