綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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サスケェ……


父と息子

「「……?」」

 

 ―――仙法・木遁 真数千手。

 

 その頭の上で綱手たちに保護されているナルトとボルトは、先ほどより近い空に違和感を覚え、瞬きをした。

 そして後ろを振り向き―――先ほどまでは無かった木の壁に気づいた。二人は、聳え立つ壁をなぞる様に視線を上に向け、その先にある巨大な掌を視認し、それが壁ではなく”腕”であったことを知った。

 

「「……?」」

 

 二人は足元を見る。そこに土や草は無く、硬い木の板だけがあった。前を向けば、遥か遠く、世界を見渡せた。本来ならば木々や山々に邪魔されて見えないはずの木ノ葉隠れの里まで、視線が届く。

 

(うわぁ……綺麗だってばさ……)

 

(うわぁ……綺麗だってばよ……)

 

 ナルトとボルトは、奇しくも同じことを考える。脳の処理が追い付いていなかった。

 

「―――視線()を逸らすな。これは五代目火影の術だ」

 

 ナルトとボルトの脳が現実に追いついていない様子であったので、サスケが静かに喝を入れる。

 

「五代目火影……?」

 

「おっちゃんの……?」

 

 二人の視線が、大きな背中に向けられる。

 

 ―――五代目火影。

 

 纏う外套の背に記された、赤き炎の如き、五つの文字。天空にあるがゆえに吹きすさぶ風に揺れ、先の激戦で土で汚れている外套にあって、その文字の鮮烈さは一切揺らいでいない。

 大きな、背中だった。

 

「激しく揺れるぞ。張り付いていろ」

 

 畳間が振り返ることなく言った。その穏やかな声はナルトとボルトの耳に、やけにはっきりと聞こえて来た。

 

「呆けるな、ボルト! 振り落とされれば死ぬぞ!!」

 

 サスケが呆けているボルトを叱責し、その体を引っ手繰る様に引き寄せた。これより訪れる衝撃でボルトが吹き飛ばされないように、サスケは黒い外套の中にボルトの身体を隠し、四つん這いになって真数千手の頭に張り付く。

 カカシは身動きが取れないでいるガイを押し倒すように体の下に庇い、手足を真数千手の頭に張り付けて、衝撃に備える。

 綱手はシスイとナルトを手繰り寄せ、その両脇に抱えると、押し倒すように四つん這いになった。シスイとナルトはうつ伏せに真数千手の上で横になり、顔だけ前に向けて、父の背中を見つめた。

 

(―――これは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんのこれは姉さんの。五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影五代目火影)

 

(おほぉ……やわらけえってばよ……)

 

 シスイとナルトの後頭部に、今まで感じたことの無い柔らかさと温もりが押し付けられる。

 シスイが父の背―――”五代目火影”の文字に意識を集中させて、雑念を飛ばそうとする。穏やかで冷静な子供とて、思春期に入ろうとする”男”である。美女の豊かな母性に後頭部を包まれてなお、平静でいるのは無理だった。父に似た好みをしていることも災いした。ナニが何かなれば何かが終わると、シスイは父の大きな背中を見つめ続ける。

 一方、ナルトは頬を薄く染め、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 

 見た目二十代の巨乳美女に背後から押し倒されて胸を押し付けられている、シスイとナルト。

 三十代のオジサンの外套の中に入れられたボルト。

 男同士で抱き合うカカシとガイ。

 

(この差は一体……。そしてなんと羨ましい……!!)

 

 邪なことを考えているのは、シスイとナルトたちを羨まし気に見つめている、一人カエルのように真数千手の頭に張り付く自来也であった。

 

「―――頂上化物!!」

 

 山々を越える巨体に背負う巨大な手は千にも及び、流星群のようにウラシキに襲い掛かった。その最中、主人を守るために立ちはだかったチャクラの大蛇は数百の腕を食いちぎったが、質と量を併せ持った真数千手の猛攻の前に掻き消され、ウラシキもまた現実を理解しきる前に、嵐の中に呑み込まれた。

 

 遥か上空より放たれ、目の前を通り過ぎ、地面へと向かう拳の流星を、シスイとナルトたちは目を瞬かせて見送っていく。拳が地面に激突する衝撃で真数千手が揺れ、そのたびに綱手が身じろぎをして、後頭部の柔らかく心地よい暖かな感触がさらに柔らかく揺れ動いたが、もともとまだ性欲が爆発する時期には達していない少年たちである。柔らかい感触は確かに気持ち良いものであったが、それはそれとして、目の前で起きているこの世のものとは思えない忍術の極地に、目を奪われた。

 

 ―――数分後。

 畳間が仙術によるチャクラ感知によって、サスケが輪廻写輪眼によってウラシキの絶命を確認し、畳間が戦いの終わりを告げた。

 皆が立ち上がる。ナルトたちから、柔らかい感触が離れた。

 ナルトは少しばかり名残惜しそうに、後頭部を撫でている。

 

「す、すげェってばさ……。これが、五代目火影……」

 

 嵐が通り過ぎた後の様に、世界は静寂に包まれていた。

 ボルトは畳間の隣まで歩み寄り、そこから地上を見渡した。拳の一つ一つが作り上げたクレーターが重なり、一つの巨大な”穴”が出来上がっていた。このまま放置すれば、湖にでもなりそうである。

 ボルトに続いて、ナルトが前に進んだ。畳間の隣を通り過ぎ、戦いの跡地を見下ろした。先ほどまでナルトたちが戦っていた草原はもはや無い。地図すら書き換える、圧倒的な力。

 

「これが、おっちゃんの力……っ!? 五大国最強の、”五代目火影”の力……っ!! すげェ……すげェってばよ!! すげえええええええ!!」

 

 人間では到底建造し得ない、木製の大仏像。地形すら変える破壊力を誇る、拳の流星軍群。

 ナルトの胸中に、言葉では言い表せない、激しい高揚感が沸き上がる。

 

「さす……サラダ(サスケ)さん!! 父ちゃんとサラダ(サスケ)さんの、”あの合わせ技”と、どっちが強いってばさ?!」

 

「……その話は、また後でな」

 

 興奮した様子のボルトに問われ、サスケは困ったように眉を寄せる。

 破壊範囲で言えば、ナルトの九尾仙人モードにおける尾獣惑星螺旋丸の方があるだろう。純粋な破壊力で言えば、サスケの須佐能乎と、ナルトが尾獣化した九尾の合わせ技の方があるとも思う。

 

 だが、この真数千手の恐ろしいところは、質量と数の暴力だ。

 拳の群れの十や二十破壊しても、さらに数百の拳の流星群が落ちて来る。術者が仙術を扱っていることから、チャクラ感知によって腕が追跡してくる可能性もある。さらにサスケの輪廻眼は、その腕一つ一つにチャクラの流れを感じ取っていた。恐らくこの千の腕は、印を結べ―――忍術を発動することも出来る。超巨大な人型から放たれる、500の忍術。もしも印を結ばない術(・・・・・・・)を発動できるのだとすれば、1000の術が、あの手から放たれることになる。そうなったとき、果たして耐えることが出来るかと言われると、悩ましい。六道仙人より力を授かったばかり―――すなわち第四時忍界大戦においての最後の戦いを行った当時、すべての尾獣のチャクラを吸収し、六道仙人のチャクラすらも混ぜ込んで疑似的な十尾の人柱力となったサスケならば、最高の一撃”インドラの矢”を以て、真数千手を破壊できたかもしれないが、片腕を失った今、そこまでの力はもはや無い。輪廻写輪眼により強化された”須佐能乎”でどこまで対抗できるか、というところである。だが、それもあくまで真数千手と真っ向勝負をしたらどうなるかと言う話であり、勝敗はまた別であると言っておく。

 

 それにしても、思っていた以上の実力であった。木ノ葉の者達が、”初代火影の再来”と謳うのも無理はない。穢土転生の二代目火影というレベルでは留まらない。この男の実力は恐らく、かつて出会った、初代火影を上回る。

 

(こんな男がいたら……確かに、クーデターなど起こす気にはなれんだろうな……。これでこの男は、二代目火影譲りの冷厳さも持っている。うちは一族がクーデターなど企めば……慈悲は無い。抹殺されるだけだ)

 

 うちは一族がクーデターを起こさなかった理由を誤解するサスケであった。 

 

「おっちゃん!! おっちゃんはやっぱり最強だったってばよ!! すげェってばよ! すげェってばよ!!」

 

 顔を赤らめたナルトが興奮した様子で畳間の足元に駆け寄り、その偉大な父を飛び跳ねながら見上げた。

 冷厳な顔つきで地上を観察していた畳間は、足元で飛び跳ねてこちらを見上げるナルトへ優しい視線を向け―――力の抜けた様に数歩下がり、その場に尻餅をついた。

 

「おっちゃん!?」

 

「……大丈夫、だ。少し、疲れた……だけだ」

 

 畳間が、肩を大きく上下させる。激しい息切れに、吹き出す汗。その顔からは、既に仙術の証は消えていた。

 

「お兄様!!」

 

「父さん!」

 

 綱手とシスイが畳間に駆け寄り、その体に掌仙術を掛け始める。

 心配そうに見つめるナルトの頭を優しく撫でる畳間は、表情に滲む疲労を隠せないまま、それでもナルトが安心できるように、優しい笑みを浮かべた。

 

「この術を見るのは二度目だが……やはりとんでもない。これから先何度見たとしても、見慣れる気はせんのォ」

 

 自来也が歩き出て、地上を見渡した。

 

「おほォ、高い高い。望遠鏡なんぞ持って来ても、ここまで高いと、かえって覗きは出来そうにないのォ」

 

 自来也は気の抜けた様な声で言いながら、鼻の下を伸ばして、木ノ葉隠れの里の方角を見つめた。そんな自来也に、綱手は苛立たし気な鋭い視線を向け、ボルトとナルトは呆れた様に目を細める。

 

「はは……っ。自来也、笑わせるなって。苦しくなるだろ」

 

 それが自来也なりの気遣い―――場を和ませようとする一言であると察した畳間は、疲労困憊の身体に響くのも関わらず、小さく笑った。

 

「……いやしかし、相変わらず凄まじいことで……」

 

 ガイに肩を貸しているカカシもまた前に歩き出て、遠く世界を見渡した。

 カカシに肩を借りているガイが、胸の前で力強く拳を握りしめ、体を震わせる。

 

「―――あの時のオレ達は、その背を見上げることしか出来なかった……。だが今!! オレ達はこうして、この場に立っている! 感慨深いものがあるな、カカシよ!! ―――オホホォ!! 痛いッ!!!」

 

 木ノ葉隠れの決戦。あの時のガイとカカシは、壊滅した拠点に殿部隊として残り、カカシの父”木ノ葉の白い牙”はたけサクモの尽力によって命を拾い、里の危機に合流した。しかし大した活躍は出来ず、連合の猛攻を前に、瀕死の状態になり―――後の五代目火影である、千手畳間によって救われた。守るべき者として里に強制送還され、一人死地に残った先人の背を見上げるのみだった。

 

 だが、今は違う。今は戦力として期待され、その隣に立つことを許されている。時の流れと、自分たちの成長―――その感慨に吠えたガイは、体を襲った激痛に喘いだ。

 

「……まったく。耳元で煩いよ、ガイ。でも……そうだな……」

 

 カカシは迷惑そうに目を細めるが、それでも、ガイと同じように、かつての戦いを思い出しているのか、感慨深そうに、遠くに見える木ノ葉隠れの里を見つめた。その眼が少し陰っていることに気づいていたのは、畳間だけだった。

 

 

 

 

 ―――サスケの時空間忍術で里に戻った一行。

 

 畳間とガイは病院に運び込まれ、綱手を含め、カブトたちから手厚い治療を受けることとなった。ガイは極度の筋肉痛により、数日の療養。畳間は極度の疲労による衰弱であったが、食べるものを食べ、寝るだけ寝れば癒える程度のものである。

 五代目火影が入院したという情報は瞬く間に里を駆け巡り、見舞客が病院に押し寄せた。うちは警務隊の仕事が増え、フガクはため息を吐いたとか。

 相談役であるホムラとコハルに事情を伝えていた畳間は、見舞いに来た二人に対し「すべて終わった」と伝えた。それを聞いた二人は、速やかに里に「火急の事態が起きたが、五代目火影が直々に処理した。もはや何の心配もいらないし、五代目も明日には復帰するので見舞いには来ないように」とお触れを出し、騒動を沈下させる。

 五代目火影入院と言う報に、純粋に心配する者は多かったが、五代目火影が入院するほどの大事件が起きたという事実に心配する者もまた多かった。そのためのお触れであった。

 

「―――畳間ァ!!」

 

 病室のベッドで体を起こし、本を読んでいた畳間は、廊下を走る足音に気づき、読んでいた本を閉じた。そして素早い手つきで掛け布団をめくると、その本を自身の股の間に隠す。

 直後、扉を破壊せんばかりの勢いで現れたのは、アカリであった。アカリは鬼気迫る表情で畳間に駆け寄り、畳間は迫る妻に穏やかな笑みを向け―――その抱擁を受け入れた。

 

「怪我はないか!? 痛いところは!?」

 

 畳間を抱きしめたアカリは少しだけ体を離すと、ぺたぺたと、畳間の顔の輪郭を掌でなぞった。その後、掌は首を伝い、広い肩、太い腕を一本二本となぞり、逞しい胸に触れ―――下も触ろうとしたが、畳間の手に握られて、それは阻止される。

 

「―――そこはいい。……大丈夫だ、問題ない。……怪我は無いよ、アカリ」

 

 畳間はアカリの手をそっとどける。

 

「―――心配した!!」

 

 アカリは再び、畳間に抱き着いた。アカリは甘える猫のように、畳間の首筋に顔をうずめた。すりすりと鼻先を擦りつける。先日、ナルトを囮に使うと聞き荒ぶり、しかし畳間の稀に見る本気の雰囲気に口ごもり、押し切られていじけていたアカリと、同一人物とは思えない態度である。

 

「……ごめんな」

 

 畳間は愛おしむように目を細め、アカリの頭を優しく撫でる。

 

「ああ、畳間の匂いだ。良かった、生きてるな……」

 

「……」

 

 畳間は困ったように笑みを浮かべる。

 戦争で親兄弟を亡くし、同期達や友、先輩や後輩を多く失ったのは、畳間だけではない。アカリもまた、同じなのだ。唯一残った同期にして、友にして、夫である畳間が入院したとなれば、例え軽傷であると分かっていても、冷静ではいられない。

 ゆえに畳間は、アカリの態度を大袈裟だとは言えなかった。アカリが入院したとすれば、畳間もきっと、心配で取り乱すだろうから。

 

「……くんくん」

 

「……」

 

「……くんくんくん」

 

「……」

 

「すぅぅうううううううう」

 

「……」

 

「はああああああああ――――。すぅぅぅぅううううううう……。はぁぁぁあああああ……。すぅぅぅううううううううううう―――」

 

「やめろってお前!! 歳考えろ!!」

 

 畳間が叫んだ。アカリが自身の首筋に顔をうずめてから動く様子が無く、深呼吸まで始めてしまったので、さすがに羞恥に耐えられなくなったためである。

 アカリは不満げに畳間から顔を放し、ベッド横の椅子に腰かけた。

 

「むう……。意地悪だな。いつもなら―――」

 

「おまッ―――!! こんなところで何言う気だ!!」

 

 夫婦生活の秘められた部分を曝け出されそうになり、畳間が顔を赤らめ、慌てた様にアカリを止める。

 病室の扉の向こうに、人の気配を感じたためである。

 

「こほん……。入っていいぞ」

 

「はは……いや、どうも……。なんかすみませんね……」

 

 ナルトとシスイを連れたカカシが、気まずそうに頭を掻きながら、入室して来た。恐らく、病院までアカリに付き添っていたが、病院に着いてからは置き去りにされたのだろう。そして時間差で到着した結果、見てはならないものを見てしまった。

 畳間は、信頼する部下にあられもない姿を見られたことに頭痛を感じ、額を抑えた。勘の鋭いカカシのこと、遮ったとはいえアカリの短い言葉で、色々と察しているだろうことは確実である。

 シスイとナルトは割と見慣れているので、またいつものかと言った様子である。

 

「おっちゃん! 大丈夫だってば!?」

 

「……父さんも大変だね」

 

 畳間に駆け寄ったナルトの後を、シスイが苦笑いを浮かべてついて来る。

 

「大丈夫だ。言っただろ? 少し、疲れただけだって。明日にはいつも通りだ」

 

 駆け寄ってきたナルトの頭を撫でながら、畳間はシスイへと顔を向ける。

 

「ご苦労だったな。どうだった? お前の中忍(・・)初任務」

 

「……世の中、広いね。己惚れてるつもりは無かったけど……オレもまだまだだって、痛感したよ」

 

「なら、成功だな」

 

 畳間が悪戯っぽく笑い、シスイが降参とばかりに肩を竦めた。

 畳間は穏やかな表情を浮かべる。

 

「……シスイ。お前はいずれオレの後を継ぎ、千手一族の当主になる男だ。プレッシャーを掛けたいわけじゃないが、代々千手一族は、先代の急死によって、突発的に当主を襲名している。お前にも、経験を積ませてやりたかった」

 

「分かってるよ。自来也様に、綱手姉さん、ガイさんにカカシさん……それに、父さん。負ける方がどうかしてる。……過保護に育てて貰ってるって、自分でも思うよ」

 

 シスイの言葉に、畳間が神妙な顔を浮かべる。

 

「……シスイ、逆だ。あれだけ集めなければ、勝てなかった(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)、と考えろ。オレより強い奴がざらにいるとまでは言わん。だが、どんな相手にも、自分を殺しえる切り札がある(・・・・・・・・・・・・・)という認識を忘れるな。だからこそ、絶対に負けられない戦いには、お前の出せる最大戦力を以て臨め」

 

「……」

 

 畳間の真剣な言葉に、シスイが眼を丸くし、瞬かせる。

 

「お前はオレ(千手)アカリ(うちは)の息子だ。いずれ、どのような形であろうと、里を背負わざるを得ない時が来る。そして、父としては有難いことに、お前を慕う者は多いと聞いている。だからこそ、お前が敗北し殺されればどうなるかを忘れるな」

 

「……」

 

「シスイ。お前は……『己を見つめ、冷静さを欠くことなく己を知る』ことが出来る優秀な子だ。己を知り、他者を知り、人の心に寄り添える優しい子だ」

 

 家での立ち位置もそうだ。

 畳間は、シスイが兄弟たちを見守る良い兄であろうとしていることを知っている。無理をしているわけでなく、自然に、そう在るシスイのことは、父親として誇らしいとも思う。

 かつての畳間とは違う。忍びの本懐を知り、火の意志の真意を知る。だからこそ、畳間は心配だった。そういった者(・・・・・・)は―――得てして、早死にする。

 

「……中忍とは部下を纏め、時には己を犠牲に、里や仲間を守ることを迫られる、隊長格の名だ。だからこそ(・・・・・)、自己犠牲だけに縛られることの無いよう、励んでほしい。仲間を頼る(に甘える)ことは罪ではない。頼られるからこそ、奮起出来る者もいる」

 

 かつての畳間と、シスイは違う。

 かつての畳間のように、くだらない矜持や、自惚れによって、他者を頼れないという状況にシスイが陥ることは、まず無いだろう。

 

 だが、奔放でどこか抜けた(・・・)兄弟たちに囲まれて育ったシスイは、他者への気配りは出来るのに、自分への慈しみが疎かになる傾向にあることを、畳間は知っていた。他人に迷惑を掛けたくないと思い、可能な限り自分だけで問題を解決しようとする姿勢―――我慢強いと言えば長所だが、それは度が過ぎると、一人で抱え込み過ぎて、身動きが取れなくなるリスクを孕んでいる。

 

 畳間は色々な経験を経て、そのバランスを取る術を知っているが、シスイはこれから多くの困難に直面するだろう、未だ若き火の意志である。年寄りのお節介と言えばそうなのだろうが―――無理を重ね、倒れそうなほど追い詰められてなお、誰かを頼れないというのは、想像以上に辛いことである。できれば、そのような苦労はして欲しくはない。今はまだ畳間の庇護の下、重責を感じてはいないだろう。しかし、中忍として仲間の命を預かる側に立った時、シスイのその優しさこそが、シスイ自身を苦しめる要因になりかねないことを、畳間は危惧している。

 

 ―――畳間の親友が、そういう男だったから。

 

「まあ、お前のことだ。……先の中忍試験で、あの二人が―――ネジとリーがお前に伝えたかったこと……その思いは、きちんと受け取っていることだろう」

 

 小さく、シスイが頷く。

 

「オレの親友に勝るとも劣らない……良い友達だ。良い”絆”に恵まれたな、シスイ。お前ならきっと、上手にやっていくだろう。……千手止水。―――中忍、おめでとう。気張り過ぎず、ぼちぼちやれよ」

 

「―――はい!!」

 

 シスイが背筋を伸ばして、声を張った。

 畳間は嬉し気に微笑み―――

 

「わあ!?」

 

 ―――アカリがシスイを引っ手繰る様に胸元に引き寄せた。

 

「その歳でもう中忍かぁ! さすが私達の子だなぁシスイ!! よしよしよしよし!! よーしよしよしよし」

 

「ちょ……か、母さん……。―――もう……」

 

 アカリがシスイの頭を素早く撫で回す。

 シスイは気恥ずかし気に頬を染めているが、されるがまま、アカリに体を預けている。

 

「ねえねえ、オレはオレは?」

 

 その横で、ナルトはシスイを羨まし気に見て、その後自分を指さしながら、期待するように畳間を見た。

 

「お前は次に期待だな」

 

「そんなぁ……」

 

 しょぼくれるナルトを見たアカリは、シスイを抱きしめる手を広げると、ナルトの腕を掴んで、シスイと一緒にそのあまり豊かではない胸に引き寄せた。シスイの頭を撫でるのと同時に、ナルトの頭も撫で回し始める

 

「畳間は意地悪だよなぁ、ナルト。お前も頑張ったのになぁ。よしよしよし。よーしよしよし」

 

「……綱手のおばちゃんより硬いってばよ」

 

 ―――カッ。

 

 ナルトの一言を聞いたアカリの眼が、目玉が零れ落ちそうになるほどに大きく見開かれる。

 

「ナルトォ!!」

 

「ひゃあ!?」

 

 アカリの鬼の形相を見て、ナルトがアカリの抱擁からするりと抜け出して、逃げ出した。病室から出て行ったナルトを、アカリは追い駆ける。

 

「……行ってくるよ。病院だし、走るのはね……」

 

 シスイが苦笑を浮かべて、去った二人の背を追った。

 

「……相変わらず、愉快な方だ」

 

 静けさの戻った病室で、カカシがぽつりとつぶやいた。

 畳間は静かに、口を開く。

 

「―――また何もできなかった」

 

「……っ」

 

「なんてこと、思ってるのか?」

 

「……」

 

 沈黙するカカシを、畳間は静かに見つめた。

 

「相手が悪かった、というのは、慰めにもならないか」

 

「……オレは、五代目の右腕で在りたいと思っています。ですが……波の国での一件でも、今回のことも……オレは何も……」

 

 カカシは沈痛な表情で俯いた。

 畳間はどう言葉を掛けようか、思考する。カカシは本来、里で上から数えた方が早い程度には、優秀な忍者である。ガイやイタチにも、本来は引けを取る男ではない。戦う相手や、置かれた状況があまりにカカシに不利だったがゆえに、二人に突き放されているように感じ、自信を無くしてしまっているのだろう。

 カカシは本来、柔軟な精神を持つ。この程度のことで折れるような男ではないが、真数千手の上でのガイの言葉が、その心に刺さってしまっているようである。ガイは確かに、ウラシキ戦で大活躍し、当時から比べ、その成長を実感できているだろう。だからこその、あの言葉だった。

 しかしカカシは、その実感を、抱けないでいる。尊敬する”五代目火影”の前で、無様な姿を続けて晒してしまったことも、要因かもしれない。

 

「……カカシ。なぜオレが、お前を右腕と公言しているか、分かるか?」

 

「……」

 

サクモ(親友)の息子だから、なんて言ったら、殴るぞ」

 

 畳間はそこまで、甘くない。

 

「かつて、オレはお前に言ったな。お前はこの里の誰よりも、仲間の大切さを知っている忍だと」

 

「……」

 

「お前は身を以て知っているはずだ。人の心の移ろいやすさを。今、オレを火影と慕い、お前を”二代目・白い牙”と慕い、一族を、仲間を、里の家族を愛していると公言して憚らない木ノ葉の家族たちはかつて―――仲間のために命を賭けた一人の英雄を……”掟破りのクズ”だと、罵倒した」

 

「それは……っ」

 

「……人は、脆い。それは、オレも含めてだ。憎しみに振り回され、哀しみに圧し潰される。その果てに、人は己の感情をぶつけられる、体のいい”贄”を求める」

 

 かつて木ノ葉の白い牙―――はたけサクモは、里の最も新しい英雄だと、もてはやされた。千手一族次期当主である畳間や、里の名門うちはを抑え、二代目火影の御旗に抜擢された少年を、小さな英雄だと担ぎ上げた。当時、畳間やアカリはサクモの”オマケ”でしかなく、よく比較され、影口を叩かれた。だが、畳間が三代目雷影を撃退し、アカリが二代目水影を撃破したと知るや、失態を見せたサクモを扱き下ろし、里に不利益を与えた”裏切り者”だと罵った。

 幼かったカカシは、里の者達の冷たい目線の意味が分からず、己が身と心を守るために、父と敵対する道を選ばざるを得なかった。あのとき、カカシのケアにまで手が回らなかったことを悔いなかった日は、畳間には無い。

 

「だがお前は、仲間の力を借りて、それを乗り越えた。仲間の大切さを、(サクモ)の取った行動の意味を、お前は知った。もう一度言う。お前は里の誰よりも、仲間の大切さを知っている男だ」

 

 畳間が優しく微笑む。

 

「忍者に最も必要なものは何か。その答えは、人によって異なるだろう。ある者は、扱える忍術の数だと言う。またある者は、力だと言う。だがな、そんなものを後生大事にする者は―――木ノ葉にはいらない。……いいか、カカシ。木ノ葉隠れの里、”五代目火影”にとって、最も大切なものとはすなわち―――火の意志だ」

 

 力は、力によってねじ伏せられる。だが火の意志は、例えねじ伏せられようと、木ノ葉が残っている限り、決して、消え去ることはない。火の影は里を照らし、またいずれ、木ノ葉は芽吹く。

 かつて三代目火影、四代目火影が力によってねじ伏せられてなお―――火の意志を継いだ者達の奮戦によって、木ノ葉隠れの里が、明日を勝ち取ったように。

 

「ただ強いだけの者など、オレには路肩の石ころと同じだ。火の意志の輝きこそが、オレの眼を惹きつけてやまない”黄金”だ」

 

畳間様(・・・)……」

 

 畳間はベッドから降り、カカシに近寄った。

 そしてその肩に、優しく手を置く。

 

「カカシ。お前は、戦争で多くのものを失った。(ミナト)を、(サクモ)を、(オビト)を―――」

 

 ―――そして、思いを寄せてくれていた女の子を。だがそれは、畳間は口にしなかった。

 

「だが、それは木ノ葉の家族たちだって同じだ。息子や娘、孫を失った者とて、木ノ葉にはいる。そして皆が、復讐を口にした。仇を取るのだと、憎悪の炎を胸に抱いた。皆が皆、同じ痛みと苦しみを抱いていた。そして憎しみは……連鎖する。……報復が無意味だとは言えない。それもまた、忍者の業であり、摂理だ。忍者はそうやって、歴史を紡いできた。その方が、忍者にとってはきっと、自然なことなんだろう。本心では皆が、復讐を望んでいた。―――このオレもそうだ」

 

「……」

 

「だが、お前は違った。お前は誰を失おうとも―――。激しい”痛み”と”哀しみ”に苛まれようと―――。ただの一度も、復讐を(・・・)口にはしなかった(・・・・・・・・)

 

「……っ!」

 

 カカシが驚いたように目を見開いた。

 畳間の、五代目襲名式―――他里との平和条約締結の構想を畳間が皆に伝えた時、その7割が憤りを隠さなかった。畳間に対し、困惑や、疑心を抱く者も、二割はいた。だがカカシは、畳間の言葉を、その構想を最初から知っていた(・・・・・・・・・)かのように、動じることなく受け入れていた。

 

「オレがあの時、今に続く道を選ぶことが出来たのは―――。はたけカカシ。貴様(・・)が、オレの隣にいたからだ」

 

 己が手で仲間を殺した者は、木ノ葉にあってもそうはいない。裏切り者を手に掛けたものはいるだろう。だが、”仲間”を”仲間”のまま手に掛けた者は、そうはいないのだ。

 そして、そうせざるを得ない状況に追い込まれ、なお生き残ってしまった者は、発狂するか、憎悪に身を委ね、復讐を望んだ。それは、やはり当然のことなのだろう。責めることは出来ない。畳間とて、幼馴染を手に掛けた時、復讐を望まなかったと言えば、嘘になる。

 

 ―――だが、自分より若く、悲痛の涙と共に友を看取った者が、傍に居ると言うのに、どうしてそれを表に出せる。怒りも憎しみも耐え忍び、平和のため、自身や父の背を健気に追いかける若き火の意志の信頼を―――その眼差しを、どうして裏切ることが出来る。

 

「カカシ。お前はかつて、オレに言ったな。オレの右腕で在ることが、自分の進むべき道であると。―――オレも同じだ。お前が右腕でいてくれるから……千手畳間と言う男は、”五代目火影”を張り続けられる。お前と言う若き火の意志が、オレの背を温めてくれるから、冷たく険しい道の先を、折れずに進むことが出来るんだ」

 

 カカシの眼が、小さく揺れる。

 

「カカシ。父の背(白い牙の名)を忘れるな。目に見える”物質の起こす事象()”だけに囚われるな。……お前の”強さ”は、そこじゃない」

 

 カカシはずっと、誰よりも強かった。畳間はそう思っている。何故なら今、畳間が強くいられるのは、その強さを―――忍び耐える強さを、カカシから教わったからだ。

 だらしなく見えても、その”芯”の強さは本物だ。きっと、それは、里の誰よりも。輝く火の意志を抱くカカシは、決して憎しみに染まらない。もしも、これから先、木ノ葉に何が起きても―――きっと、カカシや、カカシを支えてくれる者達がいれば、木ノ葉隠れの里は乗り越えられる。

 

「”二代目白い牙”、はたけカカシ。里の誰よりも(・・・・・・)仲間の大切さを知っている忍(・・・・・・・・・・・・・)よ。―――オレの右腕は、他にない」

 

「……」

 

 何かを堪えるように、震える声で、聞き取れないほど小さく、何かを呟いたカカシの肩を、畳間は優しく数回叩き朗らかに笑う。

 

「実はな! 雲隠れの制度を(あやか)って、木ノ葉にも”忍頭(しのびがしら)”を置こうと思っているんだ。まあつまり、名実ともに、火影の右腕の役職だな。サスケたちの育成を終えた暁には……それを、お前に任せたい。カカシ、受けてくれるな?」

 

「……今言うのはずるいですよ、五代目」

 

 壊れそうな笑みを浮かべて、カカシは小さく呟いた

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 同時刻。

 イタチの入院している病室で、イタチが横になっているベッドの横に、怪しげな黒装束の男―――サスケが静かに佇んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が続く。

 うちはイタチは、非常に困っていた。

 数日前の邂逅以後、目の前の男が、イタチの弟であるうちはサスケが歩む、あるかもしれない未来の姿であろうことを確信していた。そしてこのサスケが、哀しい道を歩まざるを得なかった者であろうことを、イタチはその類稀な観察眼によって導きだしていた。

 少なくとも、目の前の男がサスケであることは、本人が自身に対して、「兄さん」と呟いたことで確定している。だが―――

 

「……」

 

「……」

 

 ―――はっきり言おう。非常に気まずい。

 別の世界の自分が、弟を一人残し、一族を抹殺したという、あまりにも残酷な可能性に、イタチは辿り着いている。

 だがそれは、あくまでも、”もしかしたら”の話だ。

 

 ―――もしかしてオレ、お前以外の一族皆殺しにした?

 

 などと、聞けるはずもない。本来、父に似て口下手なイタチである。

 ただ一つだけ安心できることは、このサスケが、イタチに対して憎しみなどの感情を抱いていないことだろう。それはつまり、仮に別の世界のイタチが一族を皆殺しにしていたとしても、色々あって、サスケと和解したということだ。一族を皆殺しにされたうえで和解できるとはどういう状況か―――イタチは疑問に思ったが、もしかしたら、一族がクーデターでも起こそうとしたのかもしれないと、イタチの天才的頭脳は考えた。結果、うちはの名誉を守るために、別世界のイタチが、一族を粛正することとなった―――と言ったところか。

 

 イタチは思考する。

 目の前のサスケは、自身に何を求めているのだろうかと。

 励ましの言葉だろうか。あるいは謝罪の言葉だろうか。それとも、愛の言葉だろうか。

 

 ―――分からない。

 

 別の世界の自分が、このサスケと和解しているというのなら、そういった言葉はすでに、別世界の自分が伝えているかもしれない。それを繰り返すのは、却って侮辱にもなり得る。

 自分は、目の前のサスケの兄ではない。自分が知っているのはあくまで、まだ下忍のサスケだけであり、目の前のサスケが歩んだ道のり等は、全く知らない。知った風な口を聞き、兄貴風を吹かせることは簡単だが、それはもしかしたら、目の前のサスケと、別世界の自分の大切な宝物(記憶)を、汚してしまうことになりかねない。それは、あまりに哀しいことだ。

 

 色々と考えた結果、イタチは沈黙を選んだ。

 

「……」

 

 うちはサスケは、非常に困っていた。

 目の前のイタチが、どこまで自分のことに気が付いているのか、サスケには分からない。仮に全てに気づいていたとしても、そこには確証がないはずであり、サスケの不用意な言動が、その確証となってしまう可能がある。ゆえにサスケは、何も話すことが出来ない。見舞いに来て、庇ってくれてありがとうと言って、その後は沈黙である。

 

 ―――アンタ、オレ以外の一族殺したよ。

 

 ―――口が裂けても言えない。それだけは絶対に言えない。

 

 この世界でイタチは、青春と平和を謳歌している。異邦からの来訪者である自分が、知る必要も無く、知るはずも無かった別世界のあまりに残酷な歴史を伝えたところで、誰一人として得をしない。

 サスケ自身、自分が何をしたいのか、分かっていなかった。ただ一つ言えるのは、元気な―――今は入院しているが―――イタチの姿を見るだけで、暖かで哀しい気持ちになるということである。

 ずっと傍に居たいと思い、早く離れたいとも思う。

 

 ―――だが、サスケの足は、床に吸い付いたように、動かなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 ―――その時、病室の扉が開いた。扉を開いた者は誰であれ、二人にとっては、救世主的存在である。この気まずい空気を破壊してくれるのならば、誰でも良い。

 そう思って扉の方へ目線を向けた二人の眼から、光が消える。

 

「……イタチ。見舞いに来たぞ。……誰だ?」

 

 ―――父さん!?

 

 ―――よりによって父さんかよ!!

 

 現れたのは、果物が溢れんばかりに盛られたバスケットを持った、イタチとサスケの父、うちはフガクであった。

 相談役より事件の落着を告げられ、病院に押し寄せる木ノ葉の者たちが少なくなったことで、警護の任を副隊長に任せ、いそいそと息子の見舞いに現れたのである。

 フガクは訝し気にサスケを見ながら、その隣を通り過ぎ、バスケットをイタチのベッドの横の机の上に置いた。

 

「見ない顔だな。……失礼だが、貴殿は? うちの息子とはどういう……」

 

「父さん。彼はウラシキを追って来た、他の国の忍者です。ウラシキ討伐の立役者の一人で……」

 

「ほう……」

 

 フガクが見定めるようにサスケの身体を上から下へと見つめ、数回往復した後、サスケの眼をじっと見る。サスケは外してしまっていた暗部の面を静かに装着し、フガクへと背を向けた。

 

「彼には―――イタチには、先日、世話になった。その礼を言いに来ただけだ。……これで、失礼する」

 

「……」

 

 歩いていくサスケの背を、フガクはじっと見つめる。そして、サスケが病室の扉に手を掛けた時―――口を開いた。

 

「……オレには、イタチの他に、もう一人息子がいてな」

 

 ぴたりと、サスケが歩みを止める。

 

「やんちゃだが、素直な子だ。一族の誰よりも純粋で、頑張り屋だ」

 

「……」

 

「貴殿のその腕……。よほど、苦労をしたと見える」

 

「……」

 

 サスケが、静かに扉を開ける。

 

「オレはうちは一族―――眼で語る一族の、当代だ。ゆえに、眼を見れば解る(・・・・・・・)。貴殿は……立派な忍者(・・・・・)のようだ」

 

 サスケが、病室の外に出る。

 

「願わくば……オレの息子―――サスケも、貴殿のような立派な忍者(・・・・・)に、なって貰いたいものだ」

 

 サスケが、病室の扉を閉めようと、後ろ手に扉に触れる。

 

「そして……もしもそうなってくれたなら、オレはきっと、こう言うだろう」

 

 扉が、閉められた。

 フガクは閉じられた扉の向こう側へ、静かに、しかしよく通る強い声で、言った。

 

「―――サスケ」

 

 ―――二度と出会うはずの無かった人。二度と聞くことが出来なかったはずの声。かつて切望し、そして二度と叶わないと受け入れた、その言葉。

 

さすがは(・・・・)オレの息子だ(・・・・・・)

 

 ―――閉められた扉の、向こう側。

 

 俯いた顔。小さく押し殺した、震える声。震える手で、顔を隠すように覆った。その内側にある表情はくしゃくしゃに歪み―――。

 

「―――父さん……っ!!」

 

 雨漏れか―――サスケの足もとの床が、一つ二つと、水滴に滲んだ。


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