SCPとブルーアーカイブ   作:麻婆mabo

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記憶処理剤

エディ博士は会議室の前で煙草休憩を楽しんでいた。

 

そこへ、お得意の独り言リサイタルを公演しながら、マシュー博士が廊下を歩いてくる。

 

彼の勢いなら世界ツアーも夢じゃない。

 

専門は民俗学の研究員だ。読者にわかりやすく言うと首輪が趣味の変態である。

 

「15回だぞ!15回!ばかものめが!」

 

ハンズフリー通話でも出さない音量だが、気にせずエディ博士は話しかける。

 

何が15回かは知らない。

 

「マシュ―、ちょうどいい」

 

エディ博士は自分が考えている内容と現在の状況がうまくかみ合っていないことに困惑していた。

 

ゆえに客観的な視点を欲していた。自分の誤謬を見定めてくれる審美眼を。

 

「ん?なんだ」

 

そしてマシューは人当たりが良かった。というか良くなかったらいよいよ誰も近寄らない。

 

さっきまでの怒り方が嘘のように、裏表がない笑顔だった。

 

この場合、裏も表もさらけ出してるのだが。

 

「あの件のオブジェクトの会議は?」

 

彼は会議の内容が全く抜け落ちてしまっていた。実際には出席すらしていたのに。

 

そしてそれは過去の彼自身の中で重要事項であったのでなおさら注意を払うべき事柄であった。

 

「はぁ?ちょっと前に終わっただろう」

 

マシューからするとつい30分ほど前の出来事に対する質問だ。目をしかめる。

 

エディ博士が普段切れ者で時間をあまり間違えない人間だからなおのこと不思議だった。

 

「何を言ってる?」

 

悪いことはエディ博士は時計を見ない人間なのだ。矛盾に気づかない。

 

だが彼からすると自分だけがタイムワープしたような感覚だ。気味の悪いSFである。

 

「お前…まさか、煙草ですっぽかしたのか」

 

まさか記憶処理剤で忘れているとは、誰も思うまい。

 

そもそもマシュー博士は、会議で途中から急に無言になったエディ博士を特に気にも留めていなかった。それでも自分の席のはす向かいの人間を忘れるものではないが。

 

そして今、エディ博士は会議の存在自体を忘れている。

 

二人とも堂々と目を開いているのに、まるで見当違いなことを言い合っている。

 

まさに見事なすれ違いコントだ。

 

「あー…そうかもしれん…」

 

そしてさらに悪いことにエディ博士はニコチン中毒の”自分を信頼”していた。

 

どっかの誰かさんは見事な完全犯罪を達成していたようだ。

 

「お前なあ…今度おごれよ?」

 

お互いに財団の博士であるがゆえに変人同士の見当違いの合意がここに形成された。

 

 

 

”あるひとつの事実が、そこまでたどってきた長い推理の筋道と矛盾するように見えるときは、必ずやそこに、なにかべつの解釈がありうるということに”

 

とは言うが、

 

この場合”自分を信頼”しすぎだ。

 

さしものホームズも一目では解けまい。

 

「結論、どうなった?」

 

「『ナンバーはSCP-1000+ε、危険性がない場合に限り、丁重に扱う。』だ。というか、その確認でお前んとこのがインタビューしてるんじゃないのか」

 

”その確認”を取ったのならエディ博士が会議にいたことに気づきそうなものだが。

 

「え?」

 

エディ博士からすれば初耳だ。いよいよもって超常現象か病気すら疑いたくなってきた。

 

後輩ちゃんの感動的成長メモリーは博士の脳みその奥で永眠してるようだ。南無三。

 

「…お前、いよいよぼけたか」

 

そんなはずはないとエディは自分のメモを確認する。

 

「はあ…すまん…書いてある…」

 

「あっはっはっは、お前、彼女に代ってもらった方がいいんじゃないか?」

 

実際エディ博士は彼女のことをかなり目にかけていた。

 

千夏は、能力は高いのだ。能力は。

 

だがエディ博士が立場を誰かに譲る気はまださらさら無い。

 

「ははは…あー、会議で他に大事なことは?」

 

ゆえにこの言葉を苦笑いで流した。マシューの言葉がなまじ現実味を帯びてるからだ。

 

「ポケットの学生証?だな。あれのヒューム値が、少し低い。そんぐらいだ」

 

マシュー博士は何か大事なことを忘れている気がしたが、自分の心の中でとどめていた。

 

「悪いな、後で確認する」

 

「そうか、じゃあこれで」

 

エディ博士は自分のメモを眺めながら、呆然と立ち尽くした。

 

書かれている内容は、確かに自分の字だった。

 

だが、まったく記憶にない。

 

いや、本当にそうなのか?

 

これを書いたのは、本当に「自分」なのか?

 

まるで、会議室にいた「エディ・カーター博士」と、今ここにいる「エディ・カーター博士」が別人であるかのようだ。

 

ふと、奇妙な寒気が背筋を撫でる。

 

これは単なる記憶処理の影響なのか、それとも——

 

もはや一種の収容違反を疑うレベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エディのメモ帳?

 

食べ物関連 からすみ → うまい、燻製チーズ、白子は✖

ロックアイス 不足

タバコ残量 5本 → 2本

SCP-1000+ε 確保時、呆部隊に軽い記憶障害

SCP-1000+ε-1 能力行使の前触れなし、

BBの記憶障害 彼女の影響か? 特に意図的な人間に対して有効?

能力の影響範囲 物理的障害・精神的障害にも影響する可能性?

SCP-1000+ε-2の特徴 精神的に幼い、コントロールしやすい?

能力不明 → 要実験

SCP-1000+ε全般 物理攻撃に耐性あり

攻撃耐性 ミサイル → 傷は重症レベル、防弾皮膚

実験関連 SCP-1000+ε-2の実験必要

その他 目隠し、手釒

学生証? 年号なし、西暦なし、同一存在の可能性?

保管場所 8-B倉庫、日本に類似した要素あり?

 

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(…まあ学生証を見に行くか…千夏も拾って)

 

 

 

エディ博士の部屋、714号室。千夏はちょうど報告書を仕上げたところだった。

 

動画を見れば分かる内容ばかりなので、特に書き込むこともない。

 

デスク周りがPCとペン立てだけと寂しいので今度観葉植物でもおこうかと考えてる。

 

受動喫煙ですぐお釈迦になりそうだが。

 

 

 

ガチャ。

 

「千夏」

 

「あっ、エディ博士。私……」

 

彼女はデスクからにわかに立ち上がる。

 

流石に、「Aクラス記憶処理剤をあなたに盛りました」とは言いづらかった。

 

「ああ、すまんな。完全に忘れてた。今度埋め合わせる。そうだ、SCP-1000-εの学生証を見に行こう」

 

千夏は、これほど気落ちしたエディ博士を初めて見た。老けた顔だ。

 

 心なしか、手も震えている。いや、禁断症状か。

 

「あのー…」

 

「なんだ?」

 

千夏は意を決した。己の邪悪を打ち払うのだ、と。

 

拳を少し強く握る。

 

「先輩、すみませんでした」

 

見事な60°のお辞儀だ。

 

「いや、むしろ謝るのは」

 

「先輩に記憶処理剤をのませました」

 

先輩呼びは彼女なりの誠意だ。心なしか声も大きくなる。

 

エディ博士は絶句だ。何かを思い返してるのか目線が右上にそれる。

 

やがて、すべてを悟ったように表情が緩む。

 

彼の中で全て合点がいった。どうやら腕が衰えたわけではないらしい。

 

其れさえ分かったのなら原因は正直どうでもよかった。

 

それはそれでどうなのだろう。

 

「なぁんだ!早く言ってくれ!お前ぇ、今度煙草一箱だぞ。さあ学生証だ!」

 

頭を下げたままの千夏は博士の想定外の行動にあっけにとられてる。横から見ると人文字でNだ。

 

博士の記憶一時間は煙草一箱で買えるらしい。お買い得だ。

 

「し,始末書とか…」

 

真面目な千夏は制裁を受けることをむしろ望んでいた。せめて正当でいたかったのだ。

 

「いんや!いらん。其れより業務だ。8-Bに行くぞ」

 

千夏は博士の無頓着を今まで理解した気でいた。だが、それはあくまで”普通の範囲”での話だ。

 

博士はその想定をはるかに超えていた。

 

 

 

 

 

地下10階の倉庫8-Bは、通称「Anomalousアイテムロッカー」。

 

財団にとって研究の価値が低く、しかし異常性を持つアイテム群がここに保管されている。

 

建付けが悪いせいで、博士は扉に肩を押し付けながら格闘していた。

 

一方、千夏はこの倉庫に入れると聞いてから、内心楽しみにしていた。

 

実際に中へ足を踏み入れると、期待通りだった。

 

持っているとそのまま空へ飛べる風船。

 

発声すると逆さ言葉になるンぺルーボ。

 

脇を持つと中指を立てる猿のぬいぐるみ。

 

飲み切ってもジュースが必ず少しだけ残るコップ。

 

何を歌っても"ボエ~"になるマイク。

 

すべて、財団が「収容違反の恐れなし」と判断した、”無害な異常”のガラクタ。

 

千夏はまるでショップウィンドウを覗く子供のように、それらを眺めながら歩く。

 

「楽しいですね」

 

彼女はパーティメガネが気になるようだ。しきりにそちらを気にしてる。

 

「そりゃなにより」

 

博士は慣れているので、特に何も興味を示さない。

 

それどころか、「収容物に対する興味は不必要」という財団的価値観が、職員の態度として染み付いていた。

 

目的の学生証は、"10セント以下の金額に延々と文句を言う宝箱型貯金箱"の隣のロッカーにあった。

 

「これだな、あまり持ち続けるなよ。現実低いから」

 

”現実低い”とは現実性の強度の単位(hm)である。財団はこの概念を一般に公開してない。

 

これはゲームやアニメの「僕たちは!みんなの!思いを!かけてるんだ!」みたいなものではない。

 

現実性が高いと世界の理を捻じ曲げる事ができる。逆に、低いと現実に押し負けて不幸になる。

 

この値は簡単に言えば自分が現実をどれくらい思い通りにできるのかという単位だ。

 

ちなみに一般人はみな1(hm)だから安心してほしい。誤差はあるが。

 

彼女や友達ができないのは自己責任だ。

 

閑話休題として,

 

件の学生証は文字がすれていて読みずらかった。なぜかこの一枚しか見つかっていない。

 

少し角が焦げていてインクの部分が滲んでいるせいで読みずらい。

 

名前は”天津  ”と書かれてる。名前の部分が何も書かれてない。

 

名前の部分が消えているのは単なる経年劣化か、それとも。

 

唯一判別できるのは顔写真だけだった。

 

千夏はそれを見て気付く

 

「お姉ちゃんのほうだ」

 

博士は記憶処理剤のせいであまり覚えてないので何のことかわかってない。

 

が、すぐにSCP-1000+εを指してると悟った。一瞬伏せた目をすぐ戻す。

 

「名前は?」

 

「あー…嫌そうだったので…これを見る限りアマツ?が名字ですかね」

 

自己開示を嫌うオブジェクトは往々にしている。

 

むしろ無理に迫ると攻撃されるかもしれないのでインタビューでの千夏の行動は間違ってなかった。

 

しかし、千夏個人としては当時”財団的振る舞い”ではない自覚があったのだ。

 

博士はそのまま業務用スマホでデータベースにアクセスする。

 

”クリアランスレベル5以上の権限が必要です”

 

どうやら、まだ反映されてないらしい。バグだ。

 

博士は心の中でサーバーの技術部に舌打ちした。

 

「今度確認が必要だな」

 

酣だ。博士もくたびれてる。眠そうだ。

 

「あっそうだ。日本語しか話せないので私に言ってくださいね」

 

「そうなのか、わかった。後そうだ、神林」

 

エディ博士にとって今から伝えることは結構大事なことだった。

 

少し真剣な顔になる。

 

「なんですか?」

 

千夏にとってエディ博士の真面目な部分が日に三回も出現するのは珍しい。

 

彼女はきっと明日収容違反が起こるのだろうとまったく縁起でもないことを考えていた。

 

「オブジェクトはなるべく番号で呼べ。愛着を持つと碌なことにならん」

 

彼にとって千夏の情けは諸刃の剣だった。せめてもう少し公私混同を避けてほしいのだ。

 

「…がんばります」

 

彼女にとってもこれが弱点という自覚があった。友好的に振舞うSCPに少し甘くなってしまうのだ。

 

だから少し目を逸らさざるおえなかった。

 

「表記をあらゆる場所で統一すればいいんだ。気楽に考えろ」

 

彼なりのTipsだ。呼び方でもメモでも心の声すらも、彼はアノマリー扱いを徹底していた。

 

いざというとき判断を素早く正しく決定するために。

 

「はい!」

 

千夏は博士が珍しく自分より先を生きていた知恵者に見えたのだった。煙草大魔神なぞではなく。

 

一方博士は、彼女の返事の声の大きさについて考えていた。

 

若い奴はこういう時元気だ、と自分の老いを嘆いてる。

 

プルル

 

業務用スマホがバイブする。夜の十時半なのに。

 

だが仕事上深夜の時間外労働は博士にとって”一般業務”だった。

 

「すまんな千夏」

 

千夏が少し離れて異常品ロッカーのアイテムで遊びだす。子供か。

 

スマホの通知画面の連絡先はSCP-1000+εの解析を行っていたドクターのものだ。

 

ピッ

 

「もしもし,どうした」

 

 

 

「オブジェクトが部屋にいない」

 

万物を実験用モルモットとしか思ってなさそうな声色からとんでもない発言が聞こえた。

 

「はぁ?今すぐ警報ならせ。即座に」

 

まずいことになった。あのオブジェクト共はとんでもないじゃじゃ馬かもしれない。

 

「おい!」

 

びよーん

 

「……へ?なんです?」

 

千夏はすぐこちらを向いた。

 

髭を無限に伸ばせるパーティメガネで遊んでる。子供だ。

 

「緊急だ!行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

慌てて眼鏡をはずして部屋へ向かった。

 

髭はするすると戻っていく。

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