SCPとブルーアーカイブ   作:麻婆mabo

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正体不明につき

SCP二体が、誰もいない廊下を歩く。

 

周りに人がいないのは姉の能力だろう。

 

廊下は、病室と変わらなかった。

 

真っ白い壁と床、薄い合金扉、ルームナンバーの札。

 

何の個性もない、ただの医療棟。

 

けれど、姉にとっては――

 

初めて見る、世界の姿だった。

 

二人は奥のエレベータへたどり着く。

 

「上?」

 

「下?」

 

姉妹は見つめ合う。

 

「外見たい!上!」

 

妹がエレベータの一番下のボタンを押した。B30と書かれてる。

 

二人は数字が大きいほど高い階層だと思っていた。

 

そしてさらに悪いのは下の階層ほど危険なオブジェクトが収容されてる事だった。

 

……まあ、B5にすらジャンプで届かない背丈だったことは、記しておこう。

 

 

 

 

 

エレベーターが目的の階に到達する。扉が開くと、そこは暗澹としていた。

 

廃墟のトンネルのような壁には、錆びた色の水が染み、じめじめと湿っている。床は冷たい合金製だった。

 

灯りは、天井にまばらに取り付けられた暖色の電球のみ。周囲には、表面が水銀のようにてらてらと輝くコンテナや、電圧がかかって鈍い低音を響かせるものが並んでいた。

 

「変なとこ」

 

期待していた光景とは異なったが、それでも妹は楽しんでいた。

 

「うーん、一個ずつ見てく?」

 

姉もまた、この異様な環境に危機感を抱くことはなかった。戦場と比較したのだ。

 

裸足のまま、姉妹は臆せずに部屋へと足を踏み入れる。

 

手始めに、セメントで作られたコンビニほどの大きさのコンテナに近づいた。

 

内部から、ブーンという低い音が響く。

 

姉が扉に手をかけると、驚くほど容易く開いた。まるで、最初から施錠されていなかったかのように。

 

妹が我先にと中へ入る。

 

続いて、姉も足を踏み入れた。

 

 

 

それは——。

 

今、何の話だろう。

 

「どうも」

 

挨拶をした。

 

「こんにちはー」

 

「こんにちは」

 

姉妹が挨拶を返す。そこには、いた。

 

おぼつかない。少し目をそらすと、まさにそうだった。

 

「君たちは見ない顔だね。はじめまして」

 

「はじめまして」

 

「はじめまして」

 

姉は浅くお辞儀し、妹はかわいらしくぐわんと頭を下げる。

 

「どうも、僕は——」

 

言葉が淀む。そこに割り込むように、姉妹が問いかけた。

 

「なんていう名前?」

 

「名前ないの?」

 

「ああ、僕は正体不明だからね。一応、数字は割り当てられてるけど……そういうんじゃないだろ?」

 

「うん、言えないの?」

 

名前がないということを言い換えただけの返答だ。姉妹は、難しくて困っている。

 

「言えない。表現できないんだ」

 

「なんで?」

 

妹が不思議そうに尋ねた。「表現できない」というのは、どこか不自由そうに思えた。

 

少し、同情も混じっていた。

 

「そうあれ、と言われたからだよ」

 

 

 

「そうあれ?」

 

姉は聞き返した。「そうあれ」とは何だ。いまいち要領を得ない。

 

妹はぽかんと口を開けている。

 

「きっと君たちしか、僕を認識できないんだ」

 

そう言うと、彼は少し申し訳なさそうに笑った。

 

「名乗ってないのにおこがましいけど、君たちの名前は?」

 

「私たちも、あまり言ってはいけないの。でもね、他のことなら大丈夫」

 

彼らは似た者同士だった。

 

「ふふふ、なんだ。其れならそうと先に言ってくれよ」

 

彼はどこか安堵したように、軽く叩く。コン、コン、コン。

 

「最初に諮ってた距離感が嘘みたいだな。君たちも、上の連中にここへ送られたのかい?」

 

ずっと誰にも覚えられずにいたのだ。

 

久々にまともな会話ができる相手が現れて、彼は心底嬉しそうだった。

 

「ううん、冒険中!」

 

「……羨ましいな」

 

「ねえ!なんで屋上なのに、こんなに暗いの?」

 

妹が元気よく言う。彼女らの勘違いは絶賛継続中だ

 

彼は少し笑って、それから首を傾げる。

 

「ええと、屋上? ここは地下のはずだよ。それも、とびきり不快な」

 

「ええっ!?」

 

妹が声を上げ、姉はショックで言葉も出ない。

 

二人してムンクの叫びみたいな顔で向かい合う。

 

 

 

「でも、30って書いてあったよ?」

 

姉が当然の疑問を口にする。

 

「30?」

 

「エレベーターのね、ボタン」

 

「……もしかして、隣にBって書いてなかったか?」

 

「Bあった……」「びーあった……」

 

Bあった。

 

「それは地下30階ってことだ」

 

彼はさらっと言った。

 

「まあでも、結果的に君たちと出会えたのを、僕は幸運だと思ってるよ」

 

「そうなの?」

 

姉は不思議そうに首を傾げる。

 

「ぼくは最悪な体質のせいで、この地下に閉じ込められてるんだ」

 

「たいしつ?」

 

「ああ、僕は誰にも覚えられないし、認識されない。現にほら――」

 

彼は指をさした。

 

「僕の特徴を言ってみて」

 

姉妹は顔を見合わせた。

 

「怖くない……あれ?」

 

「おっきくない! ちっさくない! くさくない!一人じゃない! ……あれ?」

 

「「わからない……」」

 

二人とも怖い話の落ちを聞いたみたいな顔だ。

 

なぜか、否定形でしか形容できない。

 

直接的な言葉が浮かばないのだ。

 

 

 

「そうなんだ。僕は誰でもない。何でもない。"わからない存在" として定められてるんだ。酷いよね」

 

彼は鬱憤をため込んでいた。自分を示すものが一切なかった。

 

誰かに、自分のことを語り明かしたかったのだ。

 

「そうかな?」

 

姉が問い返す。

 

「そうだよ。僕は誰からも忘れられていく。

 

関係を持たない個人なんて、いなくても世界は動く。

 

僕がいなくても、何も変わらないんだよ。

 

ほら、こうして地下に閉じ込められて――誰の記憶からも消えていた」

 

孤独だった。それが彼の全てだった。

 

万物は関係の中にある。だが、彼にはそれがなかった。

 

「私は……忘れられるのがダメとは思わない」

 

姉はふっとつぶやいた。

 

なぜか彼のことを、ほっとけなかったのだ。

 

気づいていないが、彼女は彼に"自己否定する己"を重ねていた。

 

だからこそ、欠点も、美点も、すぐに見いだせた。

 

そして、何が必要なのかも察していた。

 

「え?」

 

彼が驚く。

 

「だって、100年経ったら、きっとみんな忘れられるよ」

 

脳裏に、昔、彼女を救おうとしてくれた兵士の顔がよぎる。

 

だが――もう、その声色は覚えていない。

 

「100年覚えられるだけマシじゃないか。こっちは会った五秒後にはパーだぞ」

 

「でも、あなたが “わからない” ことは、わかるよ」

 

「……?」

 

「あなたは私の名前を知らないよね」

 

 

 

「わからなーい」

 

妹が合いの手を入れる。まともに聞いてない。

 

「変わってないじゃないか。自分が何者でもないというのは苦しいものだ。認められないのだから」

 

彼は一拍於いて、つぶやいた。

 

「認めることは全ての理解に先立つんじゃないのか。透明人間は動かなければ死んでるのと一緒だ」

 

「でも、私、自分がだれかわからないよ。」

 

「……程度の問題さ」

 

彼は静かに息を吐いた。

 

「まあ、少し元気が出たよ。ごめんね、当たっちゃって。

 

 ――でも、結局だめなのさ」

 

彼は軽く笑った。だが、その声音にはどこか諦めがにじんでいた。

 

一方で、少しこの少女に絆されてもいた。ふと温かな光が差し込む。

 

「じゃあ、私の友達になって」

 

姉が優しく提案する。

 

「なれないよ。僕の性質でね。なりたいところやまやまだけど」

 

「なりたいんでしょ? 友達になるのに、理由なんていらないよ」

 

「じゃあ……わかった。君の友達だ……?」

 

「お姉ちゃんの友達!」

 

妹は途中から完全に興味を失っていたが、姉に友達が増えたことがうれしいのか、ぴょんと小さく跳ねる。

 

「よろしく。私の友達」

 

姉はにこやかに告げる。

 

「ど、どういうことだ……おい! やったあ!」

 

彼の表情がじわじわと変化していく。

 

最初は呆然としていたが、次第に見開き、そして歓喜のあまり何度もジャンプし始めた。

 

「友達だ! えええ!」

 

彼は今、悲しんでいないし、怒ってもいないし、苦しんでもいないし、絶望もしていない。

 

一人じゃないからだ。

 

「お姉ちゃん、次の部屋、見に行こう」

 

妹は、あっけなく話を切り替える。子供らしい冷静さと、どこか計算された無関心さが混じる。冷酷だ。

 

「ま、待って! 待ってくれ! 何かお礼をさせてくれ!」

 

そう叫びながら、彼は姉の肩をガクガクと揺らした。

 

「何って?…うーん」

 

急に言われてもただ友達になるだけだ。見返りがもらえる意味も分かってない。

 

妹がパッと思いついた

 

「名前つけあおう!」

 

「え」

 

嫌そうだ。今までの話を聞いてたらまず提案しないものだ。

 

そもそも妹は会話に途中から参加していなかったはずだ。

 

「あっち行って。私たちの考えてね」

 

そのまま妹は、彼を追いやって姉とひそひそ声で話し合ってる。

 

「うーん、名前…」

 

「わからん…」

 

「わからんさん!どう!」

 

安直すぎる。下手したら皮肉ととらえられかねない。だが姉は妹と血を分ける姉妹だった。

 

「いいかも…!」

 

命名会議は両者一分で決まった。これならいくら子供ができても困らない速さだ。

 

対面しあう。

 

「じゃあ,僕から言おう。紅い髪のほうがサチ。緑の髪がイチだ」

 

意外にも、存外なネーミングセンスが光る。30秒/人にしては十分な出来だ。

 

恩人に対して30秒しか費やさないのも変だが。

 

「サチ…」「イチぃ!」

 

サチにとってもともと自分の名前を強く意識する機会もないのでなおこの新名は馴染んだ。

 

”チ”の子音ではじける音を舌ベロで楽しんでる。

 

一方イチは見るからにテンションが上がってる。そのまま抱擁しにいった。

 

「さあ,せっかくだから考えた名を言ってみろ」

 

イチをなでながら言ってもあまり威厳はない。

 

その実、ほぼ無理だとは思いながらも、結構楽しみにいていたのであった。

 

少し他と違う少女らに可能性を見出してもいたのだ。

 

「「わからん」」

 

「え?」

 

「「わからん」」

 

「ん?」

 

「わからんだよ!」

 

「やっぱり言えないのか」

 

「ううん,わかんないから”わからん”!」

 

沈黙。

 

「…あっはっはっはっは」

 

姉妹は突然豹変したのを見て手を握り合って少し後ずさる。急に襲ってくるのではないか、と。

 

「そうかあ、わからん。うん、”わからん”だ!いや、今日は最高の日だ。絶対に忘れない。

 

君たちが忘れても、僕が覚えてると約束しよう。サチ、イチ。ああ、いや、友達であることは覚えててほしい。悲しいから」

 

「わかった!ばいばい!」

 

なぜか妹が了承してさっさと姉を引っ張ってコンテナを出る。薄情だ。

 

「えっ、行くの?」

 

姉は最後に、迷うように手を振った。

 

 

 

姉の”サチ”と妹の”イチ”はコンテナを後にした。

 

 

 

 

 

ガチャン

 

 

 

 

 

「……じゃあな」

 

 

 

 

 

扉が閉まる音が響き、それまでの喧騒が嘘のように消えた。

 

しんとした空間に、わずかに残る体温と、微かな笑い声の余韻だけが取り残される。

 

 

 

「あれ?誰と話していたっけ?」

 

 

 

 

 

一瞬の沈黙が落ちる

 

 

 

 

 

予言通り妹はもうすでに、

 

 

 

 

 

…何をしていたのだろう?

 

 

 

 

 

姉が返答する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…わからん!」

 

 

 

サチは友達が増えたことをひそかに喜んでいた。




この作品は、SCP-055(共著: qntm and CptBellman)を基にしており、SCP財団のクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY-SA 3.0)の下に提供されています。
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