1.発芽
「ごめんなさい…」
暗い意識の中に声が響く。
夢の中で知らない声が聞こえることがあるのだろうか。
朝露に濡れる葉のような透き通った声だ。
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえる。
少し冷たい朝の風が気持ち良い。
冷たい水滴が鼻先にあたる。
「!?」
その感触に目を開けた。
目に入るのはおおいつくさんばかりの自然。というか森だ。
水滴は上の木から落ちてきたのだろう。
「昨日は普通に家で寝た筈だが…?」
思わず声に出してしまったが、何かおかしい。
自分の声が高い。声変わりはとっくの昔に済ませたはずだし、単純に高いというよりは女の子みたいな声だ。甘い感じではなく澄んでいて、夢で聞こえた声に近い気がする。
とりあえずあたりを見回す。すぐそばに川があり、周りは森に囲まれている。
ふと気になって川面を見てみると、自分の姿が映っていた。
緑色の瞳に刻まれた輝く星のような十字。エルフのように横に立った耳。白髪に入った緑のメッシュ。腕や足から見える白磁の人形のような美しい肌。小さな背丈。
これって…もしかして…
「異世界転生、というやつ?」
『ある意味ではそうね。』
思わず口から出てきた感嘆とも疑問ともつかない言葉。それに対して頭の中で返答が浮かぶ。
自分の意思に関係ない言葉が頭の中にあるなんて、多重人格にでも目覚めたのだろうか『それは違うわ。』
『私はあなたではない。視界に映る羽ばたく晶蝶の世界が夢か現かはわからない。今のわたしはあまり外の世界に干渉できないから、目でわかる証明は難しいけれど、私はあなたの知らないことを知ってる。その知識を証拠としてくれないかしら。』
異世界転生があるなら、このくらいの不思議なこともあるかもしれない。こんな理路整然とした言葉を妄想しながら、同時に思考するなんて二重人格でも脳が処理出来なさそうだし。
とはいえ知識を与えてくれるというならご好意に甘えよう。
この声は、いやあなたは、僕を転生させてくれた神様なのでしょうか?
『……そうよ。』
ここまでの返答はすぐだったのに急に間が空くと不安になる。
『ごめんなさい…』
気にしてないから謝らないで欲しい。
それににしても異世界転生。先のことを考えると不安もあるが、それ以上に期待をさせてくれるものだ。
とはいえこんな右も左もわからないようなところでいくら考えていても仕方がない。
神様、この先のことについてご助言いただけないでしょうか?
『そうね…。ひとまずは、この先にある村に向かうと良いわ。そこならあなたのことを助けてくれるはずよ。』
『それと、私のことはナヒーダと呼んでくれないかしら。敬語を使う必要もないわ。』
わかりま…いや、わかった、ナヒーダ。これで良いかい?
『ええ、それで良いわ。村はこっちよ。』
なんとなく進むべき方向が伝わってくる。
言われた方に小さな足を踏み出して進んでいく。
──
外の世界で生まれ、この世界で再び生まれた彼。
その行く末は、知恵の神にもわからない。
──
ナヒーダ(実体)との恋愛はもう少し先となりますので、そちらの方は暫しお待ちください。