実家の中に世界樹はなかった。
当時のままの生活感のある家に、誰もいない。
「会話するような人は再現されてないのかな」
「そうね…」
何か言いづらそうにこちらを見るナヒーダ。
突如としてその後ろから爪が振り下ろされた。
「危ない!」
咄嗟に引き寄せてその攻撃から逃す。
爪は狼のような上半身を持ち宙に浮いていた。
「獣域ハウンド…アビスの魔物よ」
すぐに気持ちを整えたナヒーダが向き直って言ったのを聞いて攻撃する。
「磔刑」
獣域ハウンドは地面から生えてきた木に貫かれて絶命する。
「なんで僕の精神世界に魔物が…」
言っている間に新手が来るのが見えた。
方角でどこから来ているかはわかる。
「庭からだ、急ごう」
関知される前に貫きながら庭に向かう。
庭にも複数体の獣域ハウンドがいたが、側に草神もいるので流石に魔物程度は敵じゃない。
獣域ハウンドを片付けて庭を確認する。
そこにあったのは、両親の墓だった。
「僕の中では、もう死んでるのが自然ってことね」
両親の墓の隣には、貧相で黒く枝みたいな木が生えている。
なんとなくわかる。これが世界樹だ。
「ははっ、死体を肥料にしたにしては貧相な木だ。それとも僕の体のお墓かな?」
墓の方から目を逸らすと、ナヒーダと目があった。
「アルド」
「なんだい?」
「泣いてるわよ」
「っ!…」
墓の方に目を戻すと、足元から崩れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
名前が止まらない。
両親の墓は取り潰されたはずの実家の庭なんかにはない。ちゃんとした墓地にあるはずだ。
けど、僕にそれはイメージできない。一度も行ったことがないからだ。
親の死に目にも会えず、それどころか死ぬ前に最後に会ったのはいつだっただろうか。
葬式には出たけど、なんだか気まずくて結局、墓参りには行けなかった。
仲が悪かったわけじゃない。むしろ良い方だった。なのに墓参りにも来ない僕を、親はどう思うだろうか、悲しみか、失望か、怒りか。
「アルド」
頭に温かい手が触れる。
そのまま頭が倒されてナヒーダの足の上に置かれる。
上から言葉が降ってくる。
「あなたは悪くないわ」
甘美な言葉だ。
「でも…」
「赦すわ」
両親が恨むわけないとか、忙しくて仕方なかった、とかそんな理論じゃない。ナヒーダらしからぬ、非合理的な、ただ一言。
「ゔぅ…」
「仮に誰がなんと言おうとも、私が赦すわ」
でも、その言葉から僕は逃れられなかった。
優しく包み込まれる。
温かで優しい手が頭を撫でる──
…
しばらくそうしていると、急に恥ずかしくなってきた。
「あのぅ、そろそろ…」
「あら、もう良いのかしら?」
「うぐっ」
名残惜しさはあるがここで屈するわけにはいかない。
立ち上がって場を誤魔化す。
「そういえば、あれが世界樹っていうには随分貧相じゃないかい?」
ナヒーダは残念そうな顔をしながら言葉を返してくれる。
「あれは、世界樹の断片じゃないかしら。」
「断片?」
「前にも言ったように、私は世界樹に拒絶されていたアルドの部分を手折った。だから、世界樹本体と接続はされず、その手折った部分だけと繋がっているんじゃないかしら」
「なるほど、それと、あの魔物はなんだったんだい」
「世界樹から折る時、他の世界樹の正常な部分を含まないように気をつけたけれど、そうじゃない部分、他の拒絶された知識はわからないから…それと一緒に混ざったんじゃないかしら」
「僕とあれが同じみたいな感じで嫌だな…」
「そう間違えでもない表現じゃないかしら」
「酷いって!…そういえば、本来の目的のアーカーシャの代わりっていうのは結局無理ということか」
「そうね。けれど一人の娯楽が目的ならここで十分じゃないかしら?」
「ゲームってことね、確かに。けど、まあ大丈夫かな」
「どうしてかしら?」
「ナヒーダといる方が一人で遊ぶより楽しいことに気づいたからね。また一緒にプレイしてくれるかい?」
「ふふっ、もちろんよ」
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
──
「体は動いてないはずなのに結構疲れたな…」
全身が怠い。
「あれだけ長時間力を使っていたから当然よ」
体引きずるようにしてベッドに向かう。
「風呂は明日入る…」
「いつも入ってないじゃない」
これはシンプルにこの体が人間と違うから代謝とかの関係で入らなくて良いと言うだけで、僕が汚いと言うわけではない。
誰への言い訳ともつかない言葉を思い浮かべながらベッドに倒れ込む。
「温泉とか行きたいなあ…」
「稲妻にあるらしいけれど…流石に難しいわね」
僕の横に入ってきたナヒーダがそう言う。
「まあ、気にしないで。おやすみ…」
疲れのせいですぐに意識が…
「おやすみ、アルド」