間違えた。
寝起きの頭で昨晩の出来事を思い出す。
ナヒーダは人だ。
わかってた。人と同じように傷つき、悲しむ。立場があるからこそ、僕が支えていかなきゃならなくて、そうできると思っていた。
ナヒーダは神だ。
わかってる。思慮深く、民への慈愛に溢れた性格。何よりその知識の量。それは彼女の経験の少なさを打ち消し、実質的な精神の成熟をもたらす。そう思ってしまっていた。
ナヒーダは…幼子だ。
わからなかった。どんなに素晴らしい精神性であっても、どこまで知識を持っていても、彼女は未熟な子供だった。誰にも愛されず、愛を知らない子供。500年の監禁や、彼女の態度ばかりに目を向けて幼いだなんて思ってもいなかった。
しかし、幼子の家出と同じ話ではない。なぜなら本気で逃げられてしまえば僕に見つける手段はないのだか「アルド」
え?
もしかして僕の夢だったのか?悪夢すぎるな…
「ナヒーダ、昨日の夜のことなんだけど…」
「動揺して変な事をしてしまったわ。ごめんなさいね」
「あ、いや、全然大丈夫だよ」
悪夢ではなかったらしい。
もしかしたら、これも演技なのだろうか。民の前で神を演じていたように僕の前で同じことををしているのか?
「昨日は僕こそ誤った行動だったと思ってね、むしろ僕が悪かったと思ってる。僕の前で無理する必要はないから困ったらいつでも言ってくれ」
「感謝するわ。けれど、気にしなくて大丈夫よ」
ナヒーダは微笑を崩すことなく、模範解答のように正しい答えを返す。
わからない…けど、少なくともナヒーダが心に傷を負っていた。
だが今、口先だけでどうにかできる問題ではない。とりあえず今はいつも通りに接するしかないだろう。
「ところで、アルドに協力して欲しいことがあるの」
「もちろん構わないが…何を?」
「"神の缶詰知識"についてよ」
「神の缶詰知識?」
────
「「神の缶詰知識?」」
私とパイモンは信用のならない草神の情報を調べる過程で教令院の無くした缶詰知識というものを知った。同じものを探すアルハイゼンという偉そうな青年と出会い、協力のためにドリーと呼ばれる商人から缶詰知識を購入した後に話を聞いていた。
「神の知恵が手に入ると言われている。教令院から盗まれ、現在いくつかの旅団がその帰属を争っているところだ」
「あなたもそれを狙っているの?」
「確かに俺は興味があるが、その中身を解明できれば充分だ。君たちと利益が相反することはないだろう。」
「マハマトラを恐れて秘密裏になされる取引の情報を得るために最も頼もしいのはドリーだが、何故か警戒され行き詰まっていた」
「だから私たちに協力を頼んだの?」
「その通りだ。それでは二日後の連絡を待っているからこの経費で彼女から情報を買ってきてくれ」
アルハイゼンの傍目から見てもずっしりとモラの詰まった袋を差し出してきた手を止める。
「ちょっと待って。あなたはどうしてマハマトラに狙われるリスクを犯してまでそれを探しているの?」
「オイラも気になるぞ!アルハイゼンってすごく優秀そうなのにそんなことする必要あるのか?」
そもそも草神が信用できないから関係することを調べているのだ。唯一の情報源ゆえに頼らざるを得ないが、彼の目的ぐらいは知りたい。
目を細めてアルハイゼンを見る。
「ふむ…戦闘や交渉に優れた者はその観察眼で嘘を見抜くと言う。俺はただこれが俺の生活のために必要なだけだ」
「思ったより金欠なのか…?その気持ちはわかるぜ、ご飯が食べれないのがどれだけ辛いか…」
「これで十分か?」
「おい、無視するなよ!」
彼の言葉に少なくとも嘘をついてようには思えなかった。まあ常に圧倒的な自信を感じさせる彼を見抜けていないだけかも知らないが…一時の協力者としての信用には十分だろう
「わかった、それじゃあ二日後に」
────
すぐドリーの元へ行くのも変なので私たちはスメールの街を回っていた。
「おお〜綺麗な踊りだな」
「本当だ。バーバラを思い出すなあ」
私たちのいるグランドバザールと呼ばれる場所は露店や音楽、踊りのステージと活気に満ち溢れている。
「すごい踊りを見てたらお腹が空いてきたな。あっちの方から良い香りがするぞ!」
「踊りは関係ないでしょ…」
パイモンを追いかけて露店の方に行くと急にパイモンが立ち止まった。
「おいあれ!」
「美味しそうな物でも見つけたの…っ!」
パイモンの指す方を見ると、そこには小柄な緑色の服を着た少女がいた。
露店の店主と小さな女の子が話す様子は微笑ましいものだが、あの特徴的な見た目はどう見ても草神、もしくはその眷属だ。
どうやら話終わったようで少女が振り返り、その緑色の瞳が目に入る。
「「……」」
当然私の瞳も彼女の目に入った。
「えーっと、どうする?」
私も彼女も動けない中でパイモンが声をだす。
「はあ、話しかけてみようか」
楽しい気分が台無しだ。とは言えこんなところで何をしてるのかも気になる。ため息をはきながら彼女の方に近づいていくと、彼女も気乗りしなそうに近づいてきた。
「…なんだい?」
「眷属の方か?」
「その呼び方はどうなんだい?まあ、草神の眷属のアルドだ。この花を目印に見分けてくれ」
ふわふわと浮いているパイモンに向けて頭につけた花を見せた後、気まずそうな顔をして私の方を向く。
「あなたは何をしていたの?」
「それだけかい、隠すようなことでもないけどね。花神誕祭は知ってる?」
「知らない、草神だけじゃなくて花神もいたの?」
他に神がいたのならそちらにも聞いてみたいところだ。
「もういないけどね。まあ要するに花神が草神の誕生日を祝ったことにあやかった祭りだよ。それがもうそろそろだからその準備をしてただけさ」
少し違和感のある話だ。そういう行事で、草神の眷属がわざわざ足を動かすものだろうか?
それに璃月の海灯祭では祭り前には国全体に雰囲気が広がっていたし、早くから至る所で準備されていた。
しかしスメールシティでそんな様子は見かけていない。
仮にも国の神の誕生日がそんな小さいことがあるだろうか?
「話はこれだけかい?他にも準備があるから早くしたいんだが…」
この場から早く離れたそうな視線をこちらに向けてくる。
神の缶詰知識について聞きたくはあるが、草神が信用できないから調べていることをその眷属に聞いても仕方ない。
「見つけたから聞いただけ。さようなら」
「さようなら…ナヒーダの態度は悪かったけどそんなにあからさまに不信感を向けなくてもなあ」
何やらぼやきが聞こえる気がするがひとまずその場所に背を向ける。
「なあ、オイラのご飯は…?」
「またあとでね」
「ええ!そんな…」
────
「大賢者様…クラクサナリデビ様を封印するというのは無理があるのではないでしょうか」
教令院の一室。一つの机を取り囲んで賢者達が座っている。
「なぜそう思う?」
大賢者のアザールは冷たい声でそう言った。
「クラクサナリデビ様を実際にみて支持者も増えています。批判こそあれ、教令院にも増えつつあるその派閥を敵に回すのは危険ではないでしょうか」
クラクサナリデビの成したことは少なく、長年の蔑視の流れに加え、死域や魔鱗病が改善どころか広がっている今、一部の信者こそ生まれど批判の声は増えている。
「ふん、元々貴様は我々の計画に反対であっただろう。そもそも、大多数はそうではない。他の賢者の意見を─」
「大賢者様、儂も反対じゃ」
声の主を見れば、以前まで真なる神の製造に賛成していた賢者が声を上げる。
「クラクサナリデビの眷属がおるじゃろう。一度敗れているのにそんなリスクを取る気にはならん」
「なっ、偽りの神をそのままで許すつもりか!?」
「敵対のリスクがデカすぎる。利益に対して損害が大きすぎじゃ」
「くっ…」
「提案しても良いだろうか」
賢者達のいる机ではなく部屋の影から声が発せられる。
声の主は鳥の面をつけた男だ。
「偽りの神の欺瞞に多くのものが気づき始めている。真の神が現れればそのことに自然と気づくでしょう」
「その真の神の製造のために封印する必要があるという話だろうが!」
真の神を作るエネルギーを得るためにアーカーシャの完全な掌握は必須。
結局、そのために封印しなければならないのだ。
「いえいえ、アーカーシャの掌握に必要なのは神の心だけです」
「眷属の動きを見るにクラクサナリデビの身柄さえ無事ならそう騒ぎ立てることはないでしょう」
「それに以前の一件でクラクサナリデビの力は解析できました。"例の計画"において草神にも影響を及ぼすことができるでしょう」
「つまり、封印ではなく、神の心のみの受け渡しで済ませる、ということか?」
「その通りです」
「結局、反対派閥の存在は無視できないでしょ──」
一貫して計画に批判していた賢者が倒れる。
「反対派閥は少数。その方々に"静か"にしていただければ問題ありません」
会議の場が凍りつく。
「よ、よろしい。そのよう決定する。これにて、会議を終了する」
かろうじて発せられたアザールの声を聞いた賢者達は逃げ出すように部屋から去っていった。
部屋にはアザールと男のみが残る。
「批判が増えているとは言え、日和主義者どもにクラクサナリデビを降ろす程の度胸はあるまい。強硬に動けば多くの民は反対する。どう降ろすつもりだ」
「ふふ、実際に脅威を感じれば今の神を恨まずにはいられませんよ」