続くか分かりません。
兇爪竜 オドガロン亜種。
一人の男は、目が覚めたらそう呼ばれる存在に生まれ変わっていた。
生前よく好んでいたモンスターハンターに登場する、結構マイナーなモンスター。
だがワールド:アイスボーンを歴代最高傑作と思っている彼にとって、やや嬉しいことではあった。
くる、くると辺りを見渡すのすら慣れない。
牙竜種であるオドガロン亜種は、人間でいえばつま先と掌をくいっと上げて四つん這いになっているような立ち方。
それを難なくこなせる身体になったとは言えど、どうやったって初めのうちは違和感があった。
彼が目覚めたのは、鬱蒼と木々が生い茂る地――古代樹の森と名付けられた森林地帯だ。
モンスターハンターワールド。それは、古龍渡りという現象を追って、“新大陸”を調査する者達が中心となって描かれる物語。ここは、そんなワールドの物語の始まりの地と呼んでもいい。
彼が生まれ変わったオドガロン亜種は、そのダウンロードコンテンツたるアイスボーンで初登場した。
詳しい設定は知らないが、オドガロン亜種は古代樹の森だけでなく、様々な地域に生息している。思ってみれば便利だ。
――が、彼は徐ろに歩き始めてみて、自分の体に起こる異変に気がつく。
空腹だ。
否、飢餓と言っても過言では無いほど凄まじい空腹感が彼の脳を狂わせようとしてきた。
転生して早々、休まる暇もない。
タダでさえモンスターハンターの世界は弱肉強食――過酷な生存競争を強いられる世界にも関わらず。
彼の歩みは、焦燥に駆られた疾走へと変貌する。
とにかく何かを食いたい。
皮を裂いて、骨を砕いて、したたる血を肴に肉を喰らいたい――。
自分でも異常なのは分かっていた。
この身体になった以上、
無我夢中で駆けていると、森を抜けて海が見える様になってきた。
そんな彼の目の前に映ったのは、まさしく
子連れの大型草食モンスター――アプトノス。
分厚い灰色の皮に覆われたその下には、
それを見た途端、彼は意識を失ったような感覚に陥る。
気がついた時には、子供諸共、アプトノスを惨殺していた。
オドガロン亜種――兇爪竜の名の通り、その武器は前脚に携えた、二重になったような悍ましい形の爪。
血に塗れたそれを見て、人間だった頃の自分ならば吐き気を覚えそうだったが、彼の嫌悪は食欲により塗り替えられる。
一心不乱に喰らいつく。
皮を齧り、引き千切り、溢れ出した血液が喉を潤わすのを感じながら待ち望んだ肉を喰らう。
凄まじい弾力、口いっぱいに広がる生臭さ。
人間ならば吐き戻しそうな食事を、彼は
意識や記憶こそ人間のままだが、体の奥底に眠る
満足いくまで喰らうと、彼の身体に変化が出てくる。
頭部周辺の筋肉が一気に隆起し、口から禍々しい赤色の稲妻らしきエネルギー――この世界では龍属性エネルギーと呼ばれる物が放出されていく。
食事をすると、オドガロン亜種は《強暴化》と言う強化形態へ移行する。
飢えていた先ほどと比べ、力が有り余ってくる。
だが、こうもエネルギーを使うなら空腹のスパンもかなり短そうだ。
同作には、イビルジョーと呼ばれるモンスターがいる。
常軌を逸する代謝のせいで、常に何かを喰らわなければ死んでしまう不便な身体を持つと言われるモンスター。
オドガロン亜種も、ある意味では同類のような気がすると、彼は思うのだった。
アプトノスの肉塊を咥えながら、彼は古代樹の森を徘徊する。
彼はモンスターハンターワールドをかなりやり込んだものの、このゲームは世界観がこれでもかというくらいに作り込まれている。
オドガロン亜種というエネミーに過ぎない立ち位置なのに、”生態”という形で凄まじい設定がある。
――はず。
彼はゲームの方にうつつを抜かしすぎて、モンスターの生態などこれっぽっちも分からない。
だが、ゲーム本編でオドガロン亜種は、四六時中肉塊を咥えながら彷徨いているのを覚えている。
きっと意味があってのことのはずだ。真似をしておいて損はない――という意味で今がある。
無論、彼とて宛も無く徘徊はしていない。
何処かに縄張り――巣となりそうな場所がないか探していたのだ。
幸い、オドガロン亜種というのは生態系において上位に位置するらしい。
ハンター(モンスターを狩る者)の場合は即座に襲いかかってくる、トカゲのような小型モンスター――ジャグラスは彼を見るや否や、木の上に登り兇爪竜が去るのを待つほどだ。
暫くして、良さげな場所を見つけた。
生え広がった巨大樹の根に囲まれた、ちょうどいい穴ぐら。
縄張りを主張するべく、何か良い方法はないかと考える。
モンハンワールドでは、モンスターを探すためにフィールドに残された”痕跡”を辿るのがセオリー。
痕跡として残されるのは噛み跡だったり、爪痕――。
そうか、あれは縄張りの主張か。
と彼は納得し、地面に自身の爪による引っ掻き跡を残す。
匂いもついているだろうし、大抵のモンスターはよほどの阿呆でなければオドガロン亜種――とまで分からずとも、何か強大な存在の根城だと分かるだろう。
沢山持ってきた肉塊を穴蔵の端っこへ放り投げ、少し状況を整理するべく休むことにするのだった。
とはいえ、疲れてすぐに眠ってしまい、考え事どころでは無かったのだが。
◇
古代樹の森。
ゲームをプレイしている時は、複雑な地形が鬱陶しいというだけで、そこまで広いフィールドとは思っていなかったが、それが現実になると話が違ってくる。
広すぎる。それに加え、ゲーム同様複雑な地形。
数日経った(時間感覚はあんまり正しくはない)が、はっきり言って住めたものではない。
彼は古代樹の森だけでなく、”新大陸”を見渡せるほど見晴らしの良い場所に来ていた。
古代樹の森の根幹を成す大木の頂上。
風が心地良くて、少し人間の頃のことを思い出せた。
オドガロン亜種は古代樹の森だけでなく、”新大陸”の全土に出現する。寒冷地や溶岩地帯であろうとだ。
詳しい設定は知らないが、おそらく様々な場所に適応できるほど、強靭な肉体を持っているのだろう。
”新大陸”には大まかに六つのフィールドがある。
一つは古代樹の森。
乾燥地帯の大蟻塚の大地。
豊かな自然の陸珊瑚の台地。
過酷な環境の瘴気の谷。
溶岩地帯を持つ竜結晶の大地。
寒冷地の渡りの凍て地。
凍て地に関しては、海を挟んだところにあるためどう足掻こうがこの身体で行けそうにもない。
逆に言えばそれ以外には、この身一つで行けそうである。
それとも、一定の住処を持たず過ごすのも悪くないか。
頻繁に来る空腹は厄介だが、”新大陸”なら食事に困ることはない。
この世界にはモンスターにとって
そうしよう、と彼は決心する。
やるぞ! とこの世界で生きる決意を叫ぼうとした彼の口から漏れたのは、悍ましいモンスターの、けたたましい咆哮以外の何物でもなかった。