あれから二年。
アレサ・クワトロは、二十二歳の誕生日を迎えた――はずだ。
彼女には誕生日がどうとか、関係なかった。
兇双竜――それも、おそらくは歴戦の個体。
存命である奴の痕跡集めに躍起になり、アステラには滅多に姿を見せなかった。
痕跡集めの邪魔であれば、どんなモンスターでも狩猟した。
皮肉にも、狩りの腕前はシェパードと二人で狩りをしていた頃よりも格段に上がっていた。
大蟻塚の荒地で蒼色に輝く導蟲だけを頼りに、自らの誇りも何もかもを切り裂いた兇爪竜のものであろう痕跡を辿るのだった。
二年間、多少、他の仕事にうつつを抜かしながらも探し続けた。
だが、この広い新大陸でたった一頭のモンスターを探すことは、生半可な覚悟ではできないことだ。”オドガロン亜種”も、何も一個体というわけではないのだから。
彼女には覚悟がある。
奴を見つけだし、その手で討伐する覚悟が。
荒地は生憎の曇り空。晴天の時は乾いた空気と燦々と降り注ぐ太陽の光も相まって、地獄のような暑さではあるが、この天気だと幾分かマシだった。
アレサは武器も防具も一新した。
黒光りする甲殻と鱗を素材として造られた鎧――”EXレックスロアシリーズ”。軽量化のために頭装備はオミット。胴防具も胸を守るだけで、殆ど黒のインナースーツが露出している。
肩の調子はいくらかまともにはなったものの、彼女が以前のように弓の弦を振り絞ることはもうない。
彼女の負う武器は太刀――獄刀リュウコツ。”獄狼竜”の素材を用いて作られた、竜を滅するための剣だ。
彼女は集めた痕跡を見て歯噛みする。
此処にもあった。
――だが、少ない。
奴が此処に長い間滞在していなかった証拠か、あるいは、他の何かに打ち負けて早々に息絶えたか。
否、後者はあり得ない。
あの”兇爪竜”は何かが違う。古龍でも現れない限り、奴が死ぬとは考えにくい。
奴を探す上で最も厄介なのは、その生息域の広さだ。
海で隔てられた渡りの凍て地を除いても、奴は新大陸の全土に姿を現す。
調査範囲があまりに広大だ。かといって、他の調査員の協力を仰ぎたくもない。
あと何ヶ月――いや、何年かかるだろう。
古龍関連の仕事や、他の調査任務に専念する必要があったとはいえ、かれこれ痕跡集めを二年続けている。
なのに見つからない――尻尾すら掴めないとなれば、この先の未来は明るいと言えない。
モンスター相手に、何をしているんだろう。
本来ハンターとは、こうあるべき存在ではないはずなのに。
自然に入り浸っていた彼女なら、もう、とっくに分かっていることのはずだ。
でも、誇りを打ち砕かれたこの虚しさを、一体どこへぶつければ良い?
自分がヘマをして、大怪我をしたことを責任に思う彼に報いるためには、どうすれば良い?
アレサには分からなかった。
分からないから、こうするしかできない。
(疲れた……)
脚が棒のようだった。
大蟻塚の荒れ地という過酷なフィールドで、何時間も休むこと無く歩いていれば、当然の結果だろう。
アレサは肉体的疲労に耐えかねて、帰還用の翼竜を呼び出し、アステラへと帰っていく。
◇
「アレサ! 話があるの!」
拠点で休もうと思っていた矢先、相棒である編纂者に呼び止められる。
ため息を出したくなるのを抑えて踵を返す。
眉をひそめながらも笑いかけてくれるのは、茶髪髪の可愛らしい女性。薄水色の編纂者制服に身を包んだ彼女は、大きな本を抱えながらアレサに語りかけてくる。
「変わらないねアレサは。新大陸のあちこちを駆け回って調査調査……って。安心してる」
「……ありがとう」
こちらに気を使っている訳ではない。彼女は――ヴェロニカは、そんな器用な人間ではないのだから。
周りから見れば、より無愛想にはなったが彼女は変わらない。仕事でない時はしょっちゅう拠点を抜け出して、色んなところを見て回るのが好きだった。
のめり込むものは、大きく変わったが。
「それよりね、アレサ。陸珊瑚の台地には最近行った?」
「行ってない。何かあったの」
本を開き、やや険悪な表情で彼女は続ける。
「……陸珊瑚の台地で、未発見の痕跡を見たっていうハンターがいた。古い足跡だけだから判別はつきにくいけれど――多くの編纂書、学者で協議した結果……」
ヴェロニカが口にしたモンスターの名前を聞いて、アレサは目を見開いた。
「分かった。行ってみる」
「あなたの事だから、こうやって縛られるのは嫌いだろうけど……よろしくね」
◇
陸珊瑚の台地は、違う世界に来たかのような景観が織り成される地だ。
桃色や紫色、橙色に染め上げられた陸珊瑚により地上は城壁に囲われたかのように、珊瑚の影によって黒みを帯びている。
そこはまるで、海底にでも迷い込んだかのように錯覚させてくる幻想的な世界。
オドガロン亜種は、そんな世界であろうと肉を求めて徘徊していた。
この地には確か、原種である”オドガロン”が生息――というよりは、下層部にあたる瘴気の谷から出張してきているはずだ。
原種より亜種のほうが強い――なんて事はないだろうが、相手は自分と瓜二つな存在。自分を相手にしたことがないオドガロン亜種にとっては、なかなかに戦い辛い相手なのは間違いない。
陸珊瑚に囲まれた大地を、悠々と歩くオドガロン亜種。
”ディアブロス”にやられた傷もだいぶ癒えてきて、体調は万全だ。
この陸珊瑚には、個性的なモンスターが揃っている。閃光を発する”ツィツィヤック”。膨らんで浮遊する飛竜”パオウルムー”。この地の生態系の頂点である飛竜”レイギエナ”。
あと、多分この地にも”アンジャナフ亜種”や”バフバロ”は現れるだろう。その二体は荒地で結構相手にしたゆえ、特別警戒する必要はない。
それ以外はいずれも、あまり舐めてはかかれない相手ではある。
急に空腹に襲われ、オドガロン亜種は肉を求めて一心不乱に駆け出した。
しかし、陸珊瑚の台地には”アプトノス”や”アプケロス”のような気軽に大量の肉を採取できるような草食モンスターはいなかった。
強いて言うなれば、空を舞う翼竜”ラフィノス”くらいだろうか。小型の牙竜種 ”シャムオス”もいるが、群れで動き、巧妙にこちらを攻撃してくる分手頃とは言えない。
だが、いくら小型といえど空と地では向こうの方に分がある。
陸珊瑚に囲まれたエリアに来て、空を舞う”ラフィノス”の群れを目視する。
少し跳躍すれば難なく届きそうな距離だが、警戒心の高い翼竜に安々攻撃を当てられるとは思えない。
オドガロン亜種は鼻をピクつかせながら辺りを見渡し、あるものの存在に気がつく。
地面付近でピカピカと発光しながら飛び交う羽虫の群れ――閃光羽虫。
刺激を与えるとあれ以上に激しい光を解き放ち、大型モンスターであれど一時的に視力を失うほどには強烈な光だ。
と――どういう訳か、オドガロン亜種はその事を知っていた。
彼自身にはもう、自分が元々人間であったという自覚は無い。あるのはどこで仕入れたのかも分からぬ豊富な知識のみだ。
オドガロン亜種が閃光羽虫に攻撃を与えれば、羽虫の軍勢はは散り散りになる寸前に眩い閃光で、暖色に彩られた世界を覆い尽くした。
強い光により飛行困難になった”ラフィノス”が一斉に落ちてくる。
オドガロン亜種は一心不乱に、奴らを生きたまま喰らった。
一頭が小さいため、群れごと食い尽くしてしまった。
幻想の世界が、瞬く間に血に染まった。
オドガロン亜種は、もうこれが自然の摂理か、自然の美しさかと感嘆し舌を巻くような事はせず、それを当然の事だと受け入れ、満腹感に酔いしれてその場を去るのだった。
そのオドガロン亜種は、環境を利用することを覚えた。
オドガロン亜種は、この地の主たる風漂竜”レイギエナ”と対峙する。
背中が青黒い、真っ白な体躯。翼を広げれば、その翼膜は気球を思わせるように、風をより多く捉えられるような構造になっていた。
”ディアブロス”の時のように恐れることはない。
対峙して早々、オドガロン亜種は尻尾を巻いて逃亡した。
縄張りに軽々しく入っておいて、颯爽と逃げていく彼が気に食わなかったのか、”レイギエナ”は翼を羽ばたかせ、空中から追跡する。
陸珊瑚が聳え、立ち並ぶ地。
大型モンスター二頭の出現に飛行していた”ラフィノス”達は警戒態勢に入り、上空からひたすら鳴き声を上げていた。
そこに達すると、オドガロン亜種は再び”レイギエナ”に立ち向かう。
氷を纏いながら着物の裾にも似た尾を叩きつけてくる。
氷結晶が舞い散る最中、オドガロン亜種は華麗にその攻撃を避け、カウンターを喰らわせる。
だが、”レイギエナ”にそんな陳腐なカウンターが通じるはずもなく、奴は利を獲得すべくさらに高くへ舞い上がった。
バレルロールを行いながら突進し、氷結晶をばら撒きながらオドガロン亜種を翻弄する。
奴は避けてはいるが、空中からの攻撃に対処しない限り体力を浪費するのみ。
尾による薙ぎ払い、着地してフェイントの噛みつき、尾を用いた回転攻撃。”レイギエナ”はあらゆる手段でオドガロン亜種を翻弄した。
また空高くに舞い上がり、有利を獲得する。
地を駆け、天空を見据えるしかない弱者。
この陸珊瑚の台地で、”レイギエナ”が頂点に達することができたのは、ここの至るところから吹き出る上昇気流を活かすことのできる進化を遂げたからだ。
上昇気流を翼膜でうまく捉え、自由自在に飛行する――生半可なモンスターでは、飛行する”レイギエナ”を引きずり下ろすことなどできない。
”レイギエナ”は不届き者を悉く見下していた。
だが、そんな風漂竜の視界をどこからとも無く漏れ出た眩い光が覆い尽くし、目の前は瞬く間に暗黒に包まれた。
オドガロン亜種が、閃光羽虫の光を利用して、頂点捕食者たる風漂竜を天空から叩き落としたのだ。
上空から地に落下し、肉と骨が軋む生々しい音が響いた途端、オドガロン亜種は狂ったように”レイギエナ”に食いつく。
細々とした首。肉など詰まっていなさそうだが、とにかく食い千切りたくなる首を一心不乱に、我を忘れて噛み砕かんと顎に力を込める。
暴れていた”レイギエナ”は、次第に動かなくなっていき、いつの間にか単なる肉の塊へと変わってしまっていた。
”レイギエナ”の首から口を離して、オドガロン亜種は咆哮する。
傍観していた”ラフィノス”は群れごとその場から撤退し始め、そこに残ったのは勝者である兇爪竜ただ一頭のみであった。