ヘルメット団員です。血反吐吐きながらがんばります 作:はみがきこな
緊張のせいか、普段より1時間早く起きた。
まだ開け切らない朝の空気が漂っている。カーテンが靡いて、風が薄暗い部屋を揺する。日光か月光か、どちらとも取れるような淡い光が、カーテンの隙間から床を照らしている。
ベッドは普段と変わらない硬さを維持し、布団はいつもと変わらない温度を保つ。いつもの朝のようで、何かしらの違和感が漂う。
歪な朝。
軋むベッドから降りて、部屋から出る。しんと静まり返っている廊下を歩いていって、リビングに行く。相変わらず散らかってはいたが、幾分綺麗にはなったようだ。散乱していた皿も、洗濯物も、昨日の乱闘を忘れたかのように片付けられていた。馬鹿みたいにしんとしている。
朝の身支度をする。洗面所に行って髪をセットしたりだとか、歯磨きをしたりだとか。いつもと変わらないような準備をしていく。いつもと違うのは、俺だけなのかも知れない。
その俺も変わった。銃が怖くなくなった。発射された銃弾を回避できるほどの身体能力を手に入れてしまった。少し顔が変わった。自分が自分でなくなっていくような感覚は、筆舌に尽くし難いほど恐ろしい。この変化を成長ととることができれば、楽なんだろうなとは思う。
己が映る鏡を見つめながら、そんな事を思った。
リビングに引き返す。足音が拡張されて響いているような、妙な感覚がした。
リビングは相変わらず静かだった。キッチンも、ソファも、待ち人を待っているように見える。少し耳をすませば、時計のカチカチとなる音すら聞こえてくる。
そういえば、この世界にきてからこんなに静かな時間は無かった。
「カスム、朝早いな」
ばっ、と背後を振り向くと、見慣れた顔が立っていた。
「そっちこそ、ヒロイ」
まだ寝起きなのか──髪は結ばれず、パジャマ姿だった。目の下にあるクマが少し目立つ。
「ふわぁ……」
滅多にしない欠伸もする。
それが気になって、問が飛び出た。
「……寝たのか?」
「いや、あまり。緊張は無いんだが」
「ゴールデンタイムには寝ろよ、女の子なんだから」
「古いな。あまり肌に関係ないらしいぞ、ゴールデンタイムは」
「まじか」
ソファに腰掛ける。1人分空けてヒロイも座る。
「今日かぁ……」
胸の内の不安を少しでも絞り出す。
・犯罪を犯す
というだけでも重いというのに、
・俺と同じ高校生
・5人で思い出の学校を守っているうちの1人
という情報も追加されて、どう考えても俺らは悪役だ。
そんなコトはやりたくなかった。
「大丈夫だ」
「なんで」
「私たちにも正義がある」
それは、違うじゃないか。
「私たちの暮らしを守るためなんだ」
苦しそうに言い切るヒロイ。
それは、人の暮らしを壊すことだということだから。
■
実際に作戦が始まるのは真夜中──ターゲット:黒見セリカのバイトが終わって一人になる時。そこに戦車を使って突撃、身柄の拘束をすると、ボスは言う。
今の時間は夕方・18時。これまでの観察から彼女は20時にはバイトから上がるらしい。
まず、2時間という時間で、ゆっくりとラーメン屋を包囲していく。
最後にアジトを出たのは俺とボスの二人。ヒロイは作戦の指揮を担当、ボスは突撃、俺はボスの補佐をするという役割分担をしている。誰もボスと一緒に行きたがらないのが少し面白かったりした。
俺たちはすでにアジトから出発し、冷え始めた砂漠を歩いている。
体が自分のものではないみたいに、勝手に動いている。
ボスが口を開く。
「緊張してるの?」
「……」
「……分かるわよ」
何が。
この人に何が分かるんだろう?
暗くなった砂漠。無機物の海。
冷たい風が頬を刺す。
この人は、他人に対しての優しさを持ち合わせているのか?
犯罪行為についてなんの疑問も持たないこの人は、人の気持ちがわかるのか?
「……何が」
「?」
「何が……分かるんだ」
体が自分のものではないみたいに、勝手に動いている。
口が動く。腹の中から湧き出てくる何かに押されるように。
「アンタは……気楽でいいよな……! 人の気持ちとか考えなくていいんだから……!!」
「なっ……!」
「アンタに俺の気持ちは絶対にわかんねぇよ!!」
甘えだ。
泣けばなんとかなるわけじゃないし、激情で何が変わるわけでもない。こんな醜いものをぶつけられたら怒りが湧くだろう、いや湧いてくれ、俺を叱ってくれ。
だから違うんだ。
アンタは。
アンタはなんでそんなに。
なんでそんなに悲しそうな顔をするんだ?
■
所定位置。廃ビルと廃ビルの間、路地裏。
俺は合図に合わせて動けばいい。合図は特定の間隔で鳴る発砲音。この乾いた空気によく似合う音がするはずだ。
視線は柴関ラーメンの入り口。そこから出てくる人間を注視していればいい、簡単な話だ。
しかし心はまだ落ち着きがない。
さっきの会話に引きずられ、朝の会話に引きずられ、もう心は現在この位置にはいない。ずっと過去に囚われている。
……覚悟を決めろ。
クヨクヨするな。
そうだ、これは俺たちの生活を守るため。
「……よし」
丁度、乾いた発砲音が鳴り響く。
そして。
剣の一撃が飛んできていた。
『戦闘形態に移行します。過負荷に注意して下さい』
「───は?」
直後、ギイイン! と響く金属音。
ビルの壁に、深い裂傷痕がついていた。
それは剣による傷。確実に俺に当たるルートで剣は迫っていた。それを避けれたのは、今の妙な状態のおかげだろう。
「……誰だ!!」
「……」
その剣士は姿を現した。
黒い髪に白のメッシュ。どこか無機質な表情。刃の部分が赤く光る謎の剣を持っている。
「……小川レイ」
「アビドス……じゃないよな、なんで俺を狙う!?」
「役目だから」
瞬間、彼女の姿が消え、赤の光が走る。
体がまた勝手に反応した。
「っぐ……!」
首スレスレを剣が走っていった。
体が動いていなければ、死んでいた──?
いつの間にか後ろにいた奴に視線を合わせる。
剣の赤い光が夜の光に溶けていく。
「……さっさと死んで」
「生きる覚悟決めたばっかなんだよ……!」