Under taker   作:オリトラ

3 / 4
第3話

「イチャついてるとこ悪いけどさ、色々やらなきゃいけないことあるよね?」

「やらなきゃいけないこと

?」

私がそう首をかしげると、神宮ちゃんはため息混じりに言った。

「……倉橋さんの出来ることと出来ないことの確認だよ。仲間になっちゃった以上は実力を知っておきたいんだ。わかる?」

出来ることと出来ないことの確認?

「そうだな、能力の再確認と

身体能力の強化具合など色々知っておかないとならん。行くぞ」

「羽柴、アルフォンス。二人も来て」

短く二人が答えて、朝倉の後を追う。

私もそんな彼らの後を追って

拠点内を歩いた。

 

16

 

「Under takerの中ってこんなのまであるのね……」

彼らの後を追った先には、

とてつもなく広い運動場があった。

「驚いた?ここでみんなトレーニングしてるんだよ」

「Under taker内部の地下って

めちゃくちゃ広いんだよ。実は俺もまだ行ったことのねぇ場所がいくつかあんだよな」

羽柴くんと神宮ちゃんが私に向けて話す。

Under taker、ここいったい

地下何階まであるの?

「倉橋、さっそくだがテストだ。全力で走ってみろ、それこそ死ぬ気でな」

「わかったわ」

朝倉に言われ、私は運動場のトラックにまで足を運ぶ。

そして全力で走る。

――ダッ!!

風が頬を撫でる、全力で走るなんて学生の頃以来だ。

少しだけ懐かしくなる。

どれくらい時間が経っただろうか、だんだん息が上がりスピードも下がっていく。

そしてもう限界だと身体が悲鳴を上げると、私は足を止めた。「……はぁ、はぁ、はぁ、……

どうだったかしら?私の走り」

少し離れたとこで見ていた

みんなが私を抜きに会話をしている。そして少し間をおいて

私に返事が帰ってくる。

「倉橋、次だ。ちょっとこっちに戻ってこい」

言われるがまま、私はみんなのいるところまで戻る。

「次はこれを曲げてみろ」

帰るなり朝倉は私に金属の板のようなものを渡してきた。

「なにこれ?」

「強化金属だ、とにかく曲げてみろ」

「強化金属?ふん、こんな

板チョコみたいなものわけないわ。

曲げるどこか真っ二つにしてやるんだから」

金属の両端を持ち私は

渾身の力を込める。

「ぐっ、ぬぬぬぬっ~~~!!!」

金属の板は私の力程度では

その形を変えることはなかった。

「なんなのこれ……?びくともしないわ」

「そうか曲がらんか……。

うーむ……!」

まいったな、とでも言いたげに朝倉は眉間にシワを寄せ頭に手をやる。

そしてしばらく考えた後、私を見て言う。

「……次、これで最後だ。

倉橋、ちょっと全身の力を

抜け」

言いながら、朝倉は私に近づく。

「ちょ、なに?」

彼の手のひらが、私の顎に触れる。

そして、お互いの顔が吐息が

かかる位置にまで近づく。

えっ……、ちょっ、待って待って近い近いってなになになになに~~っ!!?

「絶対に動くなよ」

うそっ……!まさかこんなところで……!?みんな見てるんだよっ……!?

そう思いつつも、私は意を決して眼を閉じる。

そして――――。

「南無三」

……そんな朝倉の声が聞こえ、

私の首から鳴ってはいけない音がした。

ガクリッ、と糸の切れた人形のようにその場に倒れこむ私。

「うわぁぁぁっ!!?倉橋さーんっ!?」

「ちょおま、いったいなにしてんだ朝倉ぁーーー!?」

なにやら叫び声が聞こえる。

なんだろう、なんだかすごく眠いや……。

……って?

「……あれ、私生きてる?」

「あぁ、よかった!倉橋さん

起きてくれた……!」

涙眼になった神宮ちゃんが安心したように私にそう言葉をかける。

……そして、私をあんな眼に合わせた当の本人はというと。

「再生まで約6秒か……。普通をやや下回るな」

「お前倉橋さんをもっと大事にしてやれよ……!かわいそうじゃねぇか」

「なにを言う、痛みも苦しみもなくすぅーと眠るようにいけたはずだ。優しくしてやったじゃないか」

こいつめっー!!!

「返せっ!私のときめきを返せっーーー!!!」

「どうした?なんでそんな顔をする?」

「……いや今のはおめぇが悪いわ。嬢ちゃんにちゃんと謝ってこい」

「朝倉の馬鹿ぁ~~~!!!

大嫌いだあんたなんかぁーーー!!!」

「わかった俺が悪かった、

だから泣くのはやめてくれ。

……それをされると困る」

そう言って朝倉は私の眼に溜まった涙を手で拭ってくれた。

「ぐすん……、で?今のでなにがわかったって言うの?」

「お前の超人としての強さだ、身体面のな。ちょっと待ってろ今まとめる」

朝倉がコートからペンとメモ帳を取り出し素早くなにかを書き始める。

時間にして3分ほども経つと

朝倉はその手を止めメモの内容をみんなに見せ始めた。

「総合評価、C-(マイナス)?」

「……あぁ、みんなも見てて

わかっただろうがかなり悲惨だ。再生力はまだマシな部類だがスピードもパワーもスタミナも相当低い」

「……っ」

「とくにパワーが酷い、あの

強化金属を曲げることが出来ないのには俺も面を食らったな。俺が知る限りお前は最弱の超人だ」

そ、そんなに酷いんだ私……!

いや朝倉に比べたら弱いのは

わかってたけどそこまでとは

思ってなかったわ……!

「でもあんま関係ねぇんじゃね?倉橋さん能力がめちゃくちゃ強いんだからそれでカバー出来んだろ」

「忘れてんぜ羽柴、嬢ちゃんには遺骸人形(ドール)っていう

天敵がいんだろ」

「頼みの綱の能力もそいつらに効かないんじゃお手上げだねー」

……何、このお通夜ムード?

私いらない子状態?

「倉橋、まさかお前今怖じ気づいたんじゃないだろうな?」

朝倉が私の内心を見透かすように、言葉を投げ掛ける。

「あれだけ俺に対して啖呵を切ったんだ、今さらやっぱり無理でしたなんて言わせんぞ?無理でもやってもらう、お前自身の命もかかっているんだからな」

「そんなことは承知済みよ、

私が逃げるとでも思ってるのかしら?あんまし私を舐めないでもらえる?」

「……ふん、返事だけは達者じゃないか。なら、早速トレーニングを始めるぞ」

言って、朝倉は私と距離を取る。

朝倉の眼が、殺気立つものに変わる。

「お互いに能力と武器は無しで手合わせだ、いいな?」

「……っ!」

とんでもない圧に、思わず私はたじろいでしまう。

「安心しろ、本気は出さん。

今回はお前が如何にして出来ないかを知ってもらうための手合わせだ。自分の現状を痛いほどに知ってもらう」

「おい朝倉ぁ!お前マジで言ってんのか!?倉橋さんが壊れちまうぞっ!」

「お前にこの女の何がわかるんだ?お前はこいつを舐めすぎだ、黙っていろ」

朝倉がナイフのような鋭い

眼光で羽柴くんを睨み付ける。

羽柴くんは何も言えず黙り込む。

彼が心配そうな顔で私を見る、

私はそれに対してにこりと笑ってみせた。

「準備はいいか?なら行くぞ」

シュンーー。

そんな風を切る音が聞こえて、

一瞬で私の眼前に朝倉が現れる。

――やっぱりめちゃくちゃ速い!

けど、まだかろうじて眼で追えるレベルだ。

手加減してくれている。

私は朝倉の右腕から繰り出される拳を避けーーー!

――たと思ったら、足に衝撃。

瞬間私の視界が回る。

「わかりやすいフェイントに

引っ掛かったな、今のでお前は

一回死んだ」

「……っ!」

痛みをこらえながら再び私は立ち上がる。

目の前からまた朝倉が姿を消す。

「後ろだ」

――ゴッ。

後頭部に一撃、私は前のめりになって倒れこむ。

「視覚だけに頼るな、五感全てで見ろ」

よろけながらも私は立ち上がる。

そして―――。

「立ち上がるのが遅い」

蹴飛ばされ、また地面を舐める。

「……このっ!」

素早く立ち上がり、朝倉を睨む。

が、次の瞬間にはまた眼前に

朝倉は来ていて――――。

「反応が遅い」

お腹に一撃、そして私はうずくまる。

「痛みを感じてる暇なんてないぞ、立て」

歯をくいしばりながらゆっくりと立ち上がる。

「隙だらけだ、やる気があるのか?」

間髪いれずに朝倉が私の首を掴む、そしてゴミでも捨てるように私を放り投げる。

「……もうやめろっ!!お前おかしいぞっ!?」

羽柴くんの怒号が辺りに響く

「朝倉、おめぇが何考えてんのかわかんねぇけどよ、それ以上嬢ちゃんを痛めつける気なら

俺が相手してやんよ……!」

朝倉に負けないぐらいの強い

殺気を放ちながら、アルフォンスさんが声を上げる。

「……もういいよ、今すぐこの馬鹿を止めよう」

そう言って、神宮ちゃんが私の方へ歩みを進めようとする。

それを、朝倉は制止した。

「それ以上近付くな。線を引いてある、バラバラになるぞ」

「……お前ぇ!!仲間に対してそれを使うのかっ!!?本当に頭おかしくなったのかっ!?」

神宮ちゃんが声を張り上げ叫ぶ。

神宮ちゃん、あなたはそんな

恐い顔出来たんだね。

意外だったわ。

「遺骸人形(ドール)にすら敵わない足手まといはいらないんだよ、急いで育て上げる必要がある。自分の身を守れるようにな」

「遺骸人形(ドール)は私達でなんとかすればいいだろっ!倉橋さんには出来ることだけさせればいい!」

「そうだっ!俺達で守ればいいだけだっ!!」

「笑わせるなっ!!!」

「「「……っ!?」」」

朝倉の怒号に、声をあげていた三人全員が怯む。

魂の叫び、とでも言うのだろうか。

全員が朝倉の言うことに耳を

傾けなきゃいけないような、

そんな義務感のようなものに苛まれた。

「お前らはそうやって

甘やかして倉橋に

戦う術も逃げる術も教えない

気か?ずいぶんと薄情じゃないか、そんなに倉橋が殺されるとこが見たいのか?」

全員が押し黙る、そして朝倉は言葉を続ける。

「お前らは倉橋を守りながら戦えるのか?遺骸人形(ドール)のような雑魚にも負けるような

足手まといを本当に守りながら戦えるのか?……俺ですらジャンパー相手に不覚を取ってるんだぞ?」

朝倉が、声を震わせる。

……朝倉、あんたあの時のこと気にしてたんだ。

「……お前らには覚悟が足りない。倉橋を守る為ならなんでもするという覚悟がな。そんな

お前らには任せられん」

朝倉が、みんなを睨み付けながら言葉を続ける。

「想像してみろ、倉橋が殺されピグマリオンの手に堕ち亡骸を遺骸人形(ドール)にされて死後も弄ばれる様を。そんなことは絶対にさせないしあってはならない。俺はな、こう見えても

気に入ってるんだよ。この女のころころとよく変わる表情をな。ずっと見ていたいとさえ思っている」

……ん?

「お前らの中途半端な優しさで教えるべきが教えられなくて

俺の好きな女が死んでみろ、

その時はお前らを殺すぞ?」

……んん?

「お前らに少しでも倉橋のことを思う気持ちがあるなら黙っていろ。俺のやり方に口出しするな」

「「「……っ!」」」

「さて、外野も黙った。お前ももう傷は治っただろう?続けるぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんだ?」

「今のって、その、告白だったりする……の……?」

「さぁな、今は関係ないだろ」

そう言って、朝倉は目の前から消える。

「あっ~~~!!!気になって集中できないっ!!!」

言いながらも全神経を集中させて、朝倉の居場所を探る。

風、風のくる方向はどこだっ?

ーービュオッ。

そこだっ!

私は微かに感じた風を頼りに右方向に飛ぶ。

「思ったより学習が早いな」

「さすがに慣れたわ!」

「だが甘い!」

ーーしまった!

飛んで避けたはいいけど、跳躍しすぎてる!

空中じゃさすがに何も出来ないわっ!

空中に漂う私を、朝倉は抱き抱えそのまま地面に叩きつける。

さながら私はアメフトのボールだ。

タッチダウン、という言葉が

どこからか聞こえて来そうだ。

「チェックメイトだな、もう終わりにしよう」

「きゅう……!」

頭から背中にかけて衝撃が伝わる。

私の意識は闇に消え去る直前だ。

「中々動きが良かったぞ倉橋、たいしたものだ。俺の見立てじゃ今のお前じゃ俺の攻撃を避けれないと思っていた。嬉しい誤算だったよ」

朝倉が倒れてる私に寄り、見下ろすようにして声をかける。

「……」

「……倉橋?あぁ、気絶したか。無理もないな、お前寝不足だったからな」

……。

「えいっ!」

油断しきった朝倉に、朝倉の顔に私は弱くパンチを放った。

ぼすっ、という音がして確かに私の拳が彼の頬に届く。

「……寝たふりだったか。やれやれ、一発もらってしまった」

呆れた表情で朝倉は私を見る。

「油断大敵よ」

「ふん、俺もまだまだ未熟らしい」

そう一言苦笑しながら言って、彼は私の手を引き起きるのを

手伝ってくれた。

「見てただろうお前ら、だから言ったんだ。倉橋を舐めすぎだとな。こいつはずっと俺に

一発入れることを考えていたんだ、あの状況下でな。本当に

生意気な女だよ」

そう言って笑う彼は、どこか満足げだった。

 

17  

 

「決めた」

朝倉のトレーニングが一段落つき、みんなが運動場のベンチで休息を取っていた時、急に

神宮ちゃんが呟く。

「私決めた、私も倉橋さんを鍛える」

言いながら、彼女はさっきまで座っていたベンチから飛び降りる。

「朝倉、倉橋さん借りるよ」

「なにを考えてるんだ?お前」

怪訝そうな顔で朝倉が神宮ちゃんを見る。

神宮ちゃんは全く怯むことなく、朝倉に対して言った。

「倉橋さんは体が出来上がってない。まずは基礎トレーニングが必要だと思う」

言って、彼女は私の方を向き直る。

「倉橋さん……!いや、後輩!」

「……ん?」

神宮ちゃんの突然の後輩呼びに私は思わず戸惑う。

そんな私を他所に神宮ちゃんは言葉を続ける。

「私は今から鬼になる!トレーニング中はあなたは後輩、私は先輩!そして先輩の命令は絶対服従だ!」

「え、えぇ……!」

神宮ちゃんの豹変ぶりに

困惑する。

神宮ちゃん、もしかしたらって思ったけど結構二面性のある子なのかしら……?

「行くぞ後輩!まずは走り込みだ!夕日を見ながらランニング100周だ!」

「ここ屋内なんだけどな……!」

しかもまだ昼だよ?

神宮ちゃん、なんか変なスイッチ入ったわね……。

「ふん、まぁいい。神宮の言ってることは正しい、しばらく貸しておいてやる。俺はその間にやることをやっておこう」

そう言って、朝倉はどこかへと歩いていった。

「アルフォンス、羽柴、あんたらもどっか行って」

「え、なんでだよ。俺だって

倉橋さんを育ててやりてぇよ」

「そんなこと言って後輩の体を舐め回すように観察する気だろ?この変態」

「しねぇーよ?!なんだよお前

人聞きの悪いっ!」

「眼がエロいんだよ、さっさと行け!」

「はいはい、わぁったよ」

そう言って神宮ちゃんは二人を強引に追い払った。

「さて、ようやく二人きりになれたね後輩」

そう呟く神宮ちゃんから

異様な圧を感じる。

……なんか、とてもよくないことが起きそうな予感がする。

「じゃ、早速ランニングしよっか♪まずは1000周だ」

「……あれ?桁一つ増えてない?」

「つべこべうるさい!早くやるんだっ!」

怒鳴り声をあげる神宮ちゃん、その気迫に押され私はしぶしぶランニングを始める。

「遅い!もっと速くだ!」

いや、私そこそこ全力で走ってるわよ?

……え、ちょっと待って。

なんで追いかけてくるの?

「私に追い抜かれたら100周追加するから」

「う、嘘……!」

まって、そんなことされたら

永遠に終わらない自信があるわ……!

「ひぃぃぃ~~~!!!」

「そうだ後輩!ずっとそのペースで走れっ!」

め、めちゃくちゃだ……!

死にものぐるいで走ること

数時間、いったい何周したかもわからない。

今にも倒れそうなほどふらふらのへろへろになった頃だった。

「1000周終わりー!やれば出来んじゃん後輩!」

その言葉を聞いて、私は地面に倒れこむ。

「ぜぇ……、ぜぇ……、はひっ……、ひっ……」

じ、死ぬぅ……!

「頑張ったねぇ後輩!先輩からプレゼントがあるから少し待っててね」

プレゼント……?

霞む視界の中、猛スピードで

どこかへ向かっていく神宮ちゃん。

時間にして10分ほど経ち、

私の体力も回復してきた頃

神宮ちゃんが手提げバッグを

片手に戻ってくる。

「おまたせー!」

とびきり笑顔の神宮ちゃん。

……そしてこれからが本当の

地獄の始まりだった。

「……何、これは?」

神宮ちゃんがカバンから

おびただしい量の食事を取り出す。

主に肉肉肉肉プロテイン肉肉

謎のドリンクが私の目の前に

鎮座する。

「神宮ちゃん……?」

「今はまだトレーニング中だ!ちゃん付け禁止っ!先輩と呼べっ!!」

「ぱ、パイセン……、これはなんですか……?」

「食事だよ、食べろっ!」

悪い予感が的中した……。

何となくそんな気はしてたんだ……!

「ぜ、全部ですか……?」

「そうだよ、あたりまえじゃん!運動したあとはご飯だよ!そしてその後はまた運動!」

眩暈がしてくる……!

マジで言ってるのこの子……?

「超人は怪我の治りが早い!

それはつまり筋肉痛の治りも早いってことっ!超回復のペースが早いんだ!運動して食べて

休んでまた運動!このサイクルを高速でこなす!それで後輩を強くする!」

の、脳筋すぎる……!

考えが脳筋すぎるっ!

「早く食べろっ!せっかく作ったんだ!」

「い、いやぁ……、この量はちょっと……!」

「食べづらい?なら全部ミキサーにかけてスムージーにしてこようか?」

「やめてっ!食べる!食べますっ!だからせめて味だけは守らせてっ!」

しぶしぶ彼女の作った食事を

口にする。

「うっ……!」

ま、不味いっ……!

なに?なんかケミカルな味がするわ……!

口の中でなんかしらの科学反応が起きてる感じがする。

ヤバい、正直意識がトびそう……。

化学調味料?化学調味料のせいなのかなこれ?食べて大丈夫なやつかなこれ?

「……パイセン、すみません。

やっぱりスムージーにしてもらっていいですか……?」

「いいよー!待っててね!」

しばらく時間をおいて、

神宮ちゃんが帰ってくる。

……その手に地獄をぶら下げながら。

「さすがにあの量だとバケツじゃなきゃ無理だったよ、ごめんね不恰好で」

バケツにはリボンが巻かれていた。

その気づかいをなんで他の

とこに回せないのかしらこの子は……。

思わず呪詛の言葉を呟きたくなるのを堪えながら、私は神宮ちゃんの作った地獄を受けとる。

そして、意を決してそれを飲む。

「~~~~~!!!」

スムージーにしてもやっぱり不味いっ!

味覚があるのを恨めしく思うのは生まれて始めてだっ!!

二度と経験したくないっ!!

吐きそうになりながらも私は

地獄を飲み干した。

「……ぜぇ、ぜぇ」

……あ、ヤバい血糖値が……!

ドサッ。

「あれ、どうした後輩?」

「ちょ、ちょっと休憩お願いしたいかなぁ……?」

「仕方ないなぁ、10分だけだよ?」

そう言って、彼女は去っていった。

朝倉……。私、朝倉のトレーニングが恋しいな……。

「……私、このままじゃフォアグラにされちゃうわ」

出荷はいつなんだろうね。

なんだろう、なんか涙が出てきた。

 

18

 

「……もう、もうなにも食べたくない」

あれから地獄のような、

いや地獄そのものでしかない

時間が延々と続いた。

神宮ちゃんのトレーニングが

終わった頃には

全身がガックガクのブルブルのバッキバキで、お腹はぽっこり。

倉橋ダムは今決壊寸前だった。

「朝倉のトレーニングのが万倍マシだわ……、このままじゃ

私あの子に殺されちゃう」

いったいいつまでこんなのが

続くのかしらね。

死んじゃうわ本当に。

……脂肪肝とかで。

「……手っ取り早く強くなる方法とかないのかしら」

思わずそんな独り言を口にする。そんな時だった。

「まだここに居たのか」

「っ!」

声に驚き後ろを振り返る、

そこには朝倉がいた。

「……みるからに満身創痍だな。神宮によほど手酷くやられたらしい」

「あの子鬼だわ……!マジの鬼」

「まぁ言ってやるな、お前の事を気にかけてやってるんだよ。あいつなりにな」

「それはわかるけど、やり方がね……!」

もうバケツスムージーは見たくない……!

「もうトレーニングは終わったんだろ?帰るぞ」

「あ、うん」

行こうとする朝倉の後を慌てて追いかける。

そんな時、ふと疑問が口に出る。

「ねぇ、気になってることが

あるんだけど聞いてもいい?」

「どうした?」

「あのさ、私が弱いのは今日でよくわかったけど。逆に

なんで朝倉はそんなに強いのかしら?」

朝倉は考え込むような素振りをして、その足を止めた。

「いや、たくさん努力したからなのはわかるわ。だけど本当にそれだけなの?そもそもの土台から違うような、そんな気が

するのよね。あなたを見てると」

私の疑問を受けて、

朝倉はゆっくりとこちらを振り返る。

そして私に答えた。

「それは俺が覚醒現象を起こした超人だからだろうな」

「覚醒現象……?」

なにそれ、初めて聞く言葉だわ。

「いい機会だ、教えてやる。

俺達超人は死の淵から生還を果たす時、ごくごく稀に覚醒現象というのを起こすときがあるんだ」

朝倉は言葉を続ける。

「俺達超人がウイルスの感染者だということは話したな?

そのウイルスは宿主が死の危険に晒された時宿主を死なせない為に身体をさらに強力なものに作り変えることがある。つまり俺はそれだ」

「……っ!」

そんなことがっ……!

やっぱり朝倉は特別だったんだわ……!

「あなたの異次元な強さの正体はそれだったのね……!なら

ーー」

「お前、いま良からぬことを

考えたな?やめろっ!覚醒現象は狙って起こせるようなものじゃない、本当に奇跡のような

確率で起こるものなんだ」

「……っ!」

私の内心を見透かすように

朝倉は語気強めて私を制止する。

……やっぱりそんなうまい話しはないか。

「……もっとも、俺の場合その

奇跡にさらに奇跡が重なってたんだがな。覚醒現象の起きた俺の身体は飛躍的に能力が向上してたのはもちろん、別の事象も引き起こしていた」

「別の事象……?」

「第2の能力の発現だ、俺の線を引く能力は覚醒現象を起こした時に発現したものらしい」

……らしい?

なんか引っ掛かるもの言いね……!

なんだろうこの違和感。

「つまりはあなたは特別中の

特別ってことね。よかったじゃない、羨ましいわ。すこしぐらいその強さをわけてほしいくらいよ」

「……!」

「どうしたのよ……?なんで黙るの?」

なんで、そんな思い詰めたような顔するの?

私、なにか言った?

「あぁ、すまない。大丈夫だ。

話しは終わりだ、早く帰るぞ」

そう言って彼は私から背を向けて足を進める。

私もそんな彼を追う。

ーー全然大丈夫そうな顔じゃ無かったわ……。

私は、なにかしちゃったのかな?

 

19

 

「ねぇ、いい加減なにかしゃべってほしいんだけど?」

倉橋とUnder takerの拠点から出て町を歩く。

その間会話らしい会話が無く

しびれを切らした倉橋がそんなことを言った。

「私、やっぱりあなたを怒らせちゃったの?ごめんなさい、謝るから、だからなんかしゃべってよ……!」

少しだけ泣きそうな声色で彼女が言う。

違うんだ倉橋、怒っているわけじゃないんだ。

ただ言い出す勇気が無いんだ。

「お前はなにもしてないよ、悪いのは俺だ」

「わけがわかんないわ……!

運動場で会話したきりずっと

思い詰めた顔してるじゃない」

俺、意外と顔に出るんだな。

知らなかったよ。

「なぁ倉橋、お前は俺の過去が気になるか?」

「……?まぁ気にはなるわ、あなたのこと私あまり知らないし」

「そうか、なら家に着いたら話してやる」

いずれ話さなきゃならない日がくる、それが今日だっただけだ。

「倉橋、俺は今日お前に色々と酷いことをしたな。すまなかった」

「別に気にしてないわよ……!

あんたの気持ちはその、伝わったし……!」

「そうか……」

お前は本当に強いやつだよ、

倉橋。

「……それよりもさ朝倉、トレーニングの時ははぐらかされたけど……!あなた私のこと

、好き、なの……?」

ーーあぁ、そうだった。

確かに言った記憶がある……。

やれやれ、ここは男を見せるしかあるまいな。

「好き、だな。うん、好きだ。

好きに違いない」

「~~!そ、そうなんだ……!」

彼女の顔が茹で蛸のように紅潮している。

うん、やっぱり間違いないと思う。俺は倉橋が好きなんだ。

じゃなきゃこの胸のときめきが説明つかないからな。

「お前はどうなんだ?倉橋」

「え゛っ!えっと……!」

「どうなんだ?」

「す、好きに決まってるじゃないっ!ていうか今朝のあれで気づきなさいよっ!!あれ完っ全に告白でしょ!?」

あー、だよな。

やっぱりそうなんだよな。

すまんな、そういうの疎いんだよ俺は。

「いきなり泣き出すからびっくりしたぞ、あの時は」

「それはごめんね、びっくりさせて」

「……出来れば泣き虫はなおしてほしいところだな」

お前は本当にいちいち

心臓に悪い。

倉橋と会話しながら歩いているうちに自宅に着く。

鍵を開け扉を開ける。

「おかえり」

すぐに聞き慣れた声が帰ってくる。モニカがいつもどうり

俺の帰りを待っててくれた。

いつもどうりの見慣れた光景だ。

「ただいま」

俺もいつもどうりそう言葉を返して、家にあがる。

倉橋はというと早速モニカと

おかえりのハグをしている。

本当に仲がいいな、お前らは。

その光景をみて思わず笑いそうになる。

とりあえず俺は倉橋を風呂に入るように促す。

倉橋は素直にそれを受け入れ、風呂場へと向かった。

しばらくすると倉橋が風呂から帰ってくる。

……ふむ。

昨日はなんとも思わなかったが、湯上がりのこいつを見るとこう、なんというかくるものがあるな。

俺にもあったんだな、こんな

感情が。

知れて嬉しいよ。

「お前は黙っていれば美人だな」

「ちょっと、それどういう意味よ?」

「言葉どうりの意味だよ」

言いながら、俺は風呂場に向かう。

そして手際よく入浴をすませ

体をバスタオルで拭き、部屋着に着替えて夕食の準備に取りかかった。

「ごめん朝倉、私今日は夕食いらない」

急に倉橋がそんなことを言い出す。

「ん?どうした、ダイエットか?」

「違うの、いま私のお腹には

地獄が溜まっているの」

「……??」

なにを言っているんだこいつは?

「これ以上お腹に物をいれたら決壊するわ、倉橋ダムが」

「なにをわけのわからんことを言っとるんだお前は」

まぁいい、こいつの分も作るだけ作っといてやろう。

夜食として取っといてやる。

最悪残ったら明日の朝俺が頂けばいい。

とりあえずは作ろう、今日の

朝倉クッキングのメニューは

ハンバーグの予定だ。

ダダダダダダッ!!

マゼマゼマゼマゼッ!

ジュワー!

手際よくすべての調理工程を終え、俺は二人分の食事をテーブルに運ぶ。

「わぁいハンバーグだ!私ハンバーグ大好き」

モニカが笑顔ではしゃぐ。

……その横で倉橋はというと。

「……ウプッ」

青ざめた顔をしていた。

「……ルミお姉ちゃん大丈夫?」

「……ごめんね、お肉見たらまた気持ち悪くなってきちゃった……!今日のトラウマがフラッシュバックしたわ……!」

「お前神宮になにされたんだ……?」

とりあえず神宮、お前は明日

説教してやるからな。

「ちょっと横になってろ、顔色が悪すぎる」

「ごめんね、そうさせてもらうね……」

トボトボとおぼつかない足取りでソファーまで向かい横になる

倉橋。

……あいつ本当に気持ち悪そうだな、大丈夫か?

「モニカ、倉橋のことは気にしなくていいから早く食べるんだ」

「うん、わかった」

そう促すと、モニカは食事に手をつけ始めた。

「ねぇアサクラ」

「ん?どうしたんだモニカ?」

「ルミお姉ちゃんとなにかあったの?」

不意にそんなことを聞かれ、

俺はすこしだけ驚く。

「なんでだ?なんもないよ」

「なんかアサクラ、昨日より優しい眼でルミお姉ちゃん見てるからさ」

「……っ!」

どうやら、本当に俺は表情に色々出るらしいな。

モニカにまで指摘されるとは。

「そうなのかもな」

そう言うと、モニカは少しだけ

考えるそぶりをしてから、

まぁいいやと呟きハンバーグをもりもりと食べ進めた。

 

20

 

「すこしは落ち着いたかー?」

俺はソファーを占領する倉橋にそう声をかける。

夕食が終わってモニカが

就寝してからかれこれ

2時間ほどの時間が経過していた。

「おーい」

返事がないので倉橋の顔を覗き込む。

「あぁ、ごめん。少し寝ちゃってた」

「腹の中の地獄とやらは大人しくなったか?」

「倉橋ダムの水量はまだまだ危険なラインを維持してるわー!あっはっはっ!」

「……手洗いに行ってこい」

「はい……!」

言われるがまま、彼女は手洗い場にまで足を運ぶ。

「まったく神宮のやつはなにを考えているんだ、倉橋を

相撲取りにでもする気か」

やっぱりちゃんと俺が見てやらないと駄目だな。

俺が監督しておいてやらんと。

そんなことを考えているうちに倉橋が手洗いから戻ってくる。

少しだけ顔色が良くなったな。

倉橋ダムの水位は下がったらしい。

「さて、倉橋。ちょっとテーブルに着いてくれるか?話がしたい」

「えぇ、いいわよ」

彼女はすたすたと歩き、テーブルに着く。

俺も彼女の真正面の席に着いた。

「話しってなんなの?

……さっきの妙な態度と関係

あったりするの?」

「結論から言うと関係ある、

だけどさっきも言ったが怒って

いるわけじゃないんだ」

「……もしかしてなんだけど、

あなた過去になにかあったの?

俺の過去を知りたいか?って

言ってたじゃない?」

「……」

朝倉明人、恐れるな。

言え、言うんだ、彼女に。

「朝倉……?」

「……実はな、俺は五年前から先の記憶が無いんだ」

「……えっ?」

困惑の色に倉橋が染まる。

俺はそんな彼女にさらに言葉を続ける。

「俺の過去を知りたいのは、俺自身なんだよ。倉橋」

「記憶が、無い……?」

「そうだ、俺が朝倉明人として生きてきたのは今からたった

五年前からなんだ」

俺は、俺自身の現状を彼女に

説明する。

「五年前、俺はとある任務に失敗した。

任務に失敗した俺は死亡したものと見なされたが、奇跡的に

敵の拠点内で生存しているところをUnder takerに、指令に

保護された。

本当に酷い怪我をしていて

再生力もあまり機能していない 

有り様だったが、なんとか俺は

一命を取りとめた。

そして覚醒現象を起こした。

ここまでならばめでたしめでたしで話しは終わる、

だがそうはならなかった。

俺は、過去の記憶の一切を失っていたんだ。

戦い方と一般常識程度は知っていたがな、他は全くと言っていいほどに忘れてた」

「そんな……!」

「今日会った羽柴とアルフォンスの二人を覚えてるよな?あいつらは俺とは窮地の仲らしい、親友だったらしい。もっとも俺は今でもあいつらを親友だと思ってるがな」

「そんなのあの人達だって同じことを思ってるはずよ!」

「だといいなぁ、それだと嬉しい。だけどそうじゃないんだよ」

俺は言葉を続ける。

「比べられているんだ、

昔と今とでな。

無意識なんだろうが

あいつらは今の俺を見ていない、昔の俺に戻ることをずっと期待しているんだ。

無論悪気があるわけじゃない、至って当然の事だよ」

倉橋の顔が、ぐしゃぐしゃに歪む。

倉橋、俺はお前のころころと

よく変わる表情が好きだが

その顔は好きじゃないなぁ。

笑っていてくれよ。

頼むから。

「……昔の俺は、今よりもずっといい奴だったらしい。今よりもずっとよく笑って、人を雑にも扱わなくて、人を殺すのにもある程度躊躇があったらしい。

人間味溢れるやつだったらしいよ」

倉橋は黙り込んでいる。

俺は、さらに言葉を続ける。

「一度あいつらを激怒させた時があってなぁ。今は和解出来てるが、「お前なんか朝倉じゃねぇ」とアルフォンスと羽柴からまくし立てられた時は流石に傷ついたよ」

「……!」

「努力はしたつもりなんだ、これでもな。思い出せるようにした、昔の俺に近づけるようにした。あいつらの悲しい顔が見てられなかったから、俺なりに頑張ったんだ」

俺は、過去の実らない努力を

していた

自分自身を嗤いながら言葉を続ける。

「全部無駄だったけどな、俺は未だ自分を取り返せないままだ。あいつらが楽しそうに語る過去に、俺は居ないんだ」

「……過去なんてどうだっていいじゃない」

「なんだと……?」

倉橋の発言に、俺は一瞬我を失いそうになる。

お前は俺のなにを聞いていたんだ?

俺は俺の過去を知りたいんだ、あいつらの望む俺に戻りたいんだ!

それをどうでもいいだと?

……ふざけるなよっ!

「……今、なんて言ったんだ

倉橋?」

「過去なんかどうだっていいって言ったのよ、興味が無いわ」

こいつ……!

今までお前には本気の殺気は

ぶつけてこなかったが、

今回ばかりは我慢ならん。

発言を訂正し謝罪してもらおうか。

「お前に俺のなにがわかるんだっ!謝罪しろ倉橋っ!今なら許してやる!」

「朝倉、そんな風に凄んでも無駄よ。効かないわ」

倉橋は、生意気にも全力の殺気に耐え言葉を続ける。

「朝倉、あんたあの二人が今の自分を見ていないって言ったわよね?それ、あんたもそうじゃない!」

なんだ、こいつ?

いったいなにを言って……!

「あんただって今のあんたを

評価していない。今のあんたのやってきた行動ってさ、

全部過去の朝倉明人の指図だったの?

自分自身で決めた行動は無かったの?組織を裏切ってまで私を守ろうとしてくれたのも、全部そうなわけっ!?」

「違う!確かに聞いた話しから模倣したことはあるが、肝心なことは全部自分の意思で決めた!」

「だったら誇りなさいよ!

胸を張りなさいよ!私の知ってる朝倉明人はあんただけなんだよっ!」

「……っ!?」

「私の好きになった朝倉明人は今の朝倉明人よ。過去なんかじゃない。だからそんな悲しそうな顔は禁止よ、いますぐやめなさい。あなたは今を生きているんだよ」

そう言って、彼女は笑みを浮かべた。

「ごめんね、朝倉。あんたずっと悩んでたんだね、不安だったんだね、誰かに認めてもらいたかったんだね、見てもらいたかったんでしょ?さっきの顔見て全部わかっちゃったよっ……!」

「……っ!」

なんなんだ、お前は本当になんなんだよ……!

まただ、また胸が苦しくなる……!

「お前、ずるいぞ……!本当に卑怯だっ!どれだけ俺の情緒を

ぐちゃぐちゃにすれば気が済むんだっ!」

思わず、俺は叫ぶ。

「いつものあんたに戻るまでよ!私の好きなあんたにね!

何度だって言ってやるわ、私が好きな人は今の朝倉明人だ!

つまり目の前のあんただっ!」

ーーあぁ、ダメだ。

俺はもう、目の前のこいつに

一生勝てる気がしない。

この、この!倉橋のくせして!

「朝倉……?」

俺は席を立ち倉橋に近づく、そしてーーーー。

「……っ?!」

彼女の頬に、くちづけをした。

「あ、あしゃくらさん……?」

「もう俺の負けだから黙ってろ。次に騒いだら今度はその

うるさい口を塞いでやる」

「~~~~~!!!」

「……それと、好き好きうるさいんだよ。ちゃんと聞こえてるから勘弁してくれ。恥ずかしくなる……!」

そう言って、俺は彼女から離れた。

「もうお互い寝た方がいい、特にお前は明日もトレーニングがあるんだからな」

「……う、うん」

「あと、嬉しかった。俺を見てくれてありがとう、倉橋。おやすみ」

言ってから、俺は寝室に向かう。

あー……!ダメだ、あいつと会ってから俺は俺らしくない行動ばかり取ってしまう。

いきなりキスして大丈夫だったか?唇じゃないから大丈夫だよな?大丈夫、なんだよな?

嫌だな、嫌われたら……!

「本当に、らしくないな俺は……!」

全部お前が悪いんだ、倉橋!

 

21

 

「じゃあ、行ってくるねアサクラ」

いつもどうりモニカが学校に

出かける。

俺はそれを見送る。

「あぁ、気をつけてな」

バタンと音を立てて扉が閉まる。

変わらないいつもの光景だ。

……ただ一つ、いつもと変わっているところがあるとすれば。

「……っ!」

さっきから倉橋が俺のことを

バチバチに睨んでることくらいだ。

「……お前怒ってるよな?」

「……別に」

うん、明らかに不機嫌だ。

「なぁ、俺なにかしたか?」

「むしろなにもしてないから

不満なのよ」

何なんだいったいどういうことだ?

「……へたれ、チキン」

本当にわけがわからない……。

起きてきてからずっとこんな

調子だ。

「私にキスしたくせに、ずっと待ってたのに……。信じらんない」

ぶつぶつとなにかを呟いているが、やっぱり俺には何が何なのかわけがわからなかった。

「なんだかわからんが

拗ねないでくれよ。

やりづらくてかなわん」

「ふーんだ、早く食事持ってきてよ。私お腹空いたわ」

「はいはい、今お持ち致しますお嬢様」

言って俺は倉橋に食事を持ってくる。

今日の朝食は焼き鮭とご飯と

味噌汁だ。

「腹の調子はもういいのか?」

「流石に1日立ったら治ったわ、でも正直しばらくお肉は見たくない」

完全に神宮の地獄スムージーがトラウマになってるな……!

仕方ない、昨日のハンバーグは

モニカに食べて貰おう。

「食べたら出掛けるからな、すぐに行けるよう準備は済ませとけよ」

「わかってるわ、もう荷物は準備済みよ」

言いながら、倉橋は食事に手をつける。

うん、確かに腹の調子はもういいみたいだな。

いい食べっぷりだ。

「しかしあなたも大変ね、

記憶喪失だったなんて知らなかったわ。今まで苦労してきたでしょ?」

「そうだなぁ、思えば多大な迷惑をみんなにかけたものだよ。とくにあいつらにはな」

「羽柴くんとアルフォンスさんに?」

「あぁ、俺の記憶を戻すために色々教えてくれたよ。俺の知らない朝倉明人のことをな。成果が出なかったのが申し訳なくてたまらない」

俺はため息をひとつ吐く。

「やっぱり記憶を取り戻したいのね、あなた」

「当たり前だろ、記憶というのは人そのものだ。お前だっていきなり記憶が無くなったら

嫌だろう?自分を産んでくれたお袋さんやお父さんの顔も思い出せないのは堪えるだろう?」

「確かにそうね……!それは嫌だわ」

「納得してくれてなによりだよ」

自分だけならまだ耐えられたんだ、俺は。

自分が苦しいだけなら大丈夫だったんだ。

俺が記憶を無くした時の

あいつらの悲しそうな顔が、

今でも鮮明に頭に残ってるんだ。

すごく申し訳なく思うんだ、

あいつらにあんな悲しい顔をさせる俺がどうしようもなく憎い時があるんだ。

「えいっ!」

「っ!」

急に倉橋が俺の額を小突く。

なんだこいつ、人が物思いに耽ってるのを邪魔しやがって。

「あんた、また悲しそうな顔してた。私その顔嫌いよ」

「……っ!悪かったな、出来るだけしないよう善処するよ」

あー……、本当にこいつは、

くそっ!今日のトレーニングはいっそう厳しくするから覚悟しておけよっ……!

心の中で、俺はそう毒づいた。

「ごちそうさま、今日もご飯おいしかったわ。いつもありがとうね朝倉!」

……!

ふん……!ちゃんと礼が言えるじゃないか倉橋。

それに免じて今日の

トレーニングはやっぱり少しだけ優しくしてやる。

「皿はそのまま置いとけ、俺が片付けてやる」

言って、俺は食器を片付けて素早く洗浄する。

それが終わって、ようやく出掛ける準備が整う。

「よし、行くぞ」

「えぇ、今日もよろしく頼むわ」

そう言って笑いながら、俺達は家を出た。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。