Project SEKAI SCP INCIDENT feat .   作:唯尊

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第七十六話 Two-hand's Deeds

 

財団の腐敗細胞により武器と一緒にSCPオブジェクトも取引されたと、由那は言っていた。ソレらは全て財団が持て余したゴミ同然のアイテムだと、少なくとも直接の脅威にはならないと高を括っていたが、情報部も詰めが甘い。敵の手に渡ったオブジェクトの中で、一際ヤバいSCIPが紛れ込んでいたのを、彼女達は気付けなかったのだ。

 

 眼前に立ちはだかる男は、本来なら外見通り静粛性を重んじる紳士的な執事(バトラー)なのだろう。だが彼の正体は紛れもなくこの世の条理から外れた超常の存在であり、両手に小太刀を構えた今の彼は、主人の命によって史上最恐の暗殺者(アサシン)へと変貌を遂げていた。

 

「デェエエエエエエエエズゥウウウウウウウウウウウウッ!!」

 

殺意の咆哮と共に、理雄が吶喊する。

 

「なッ…!?待て理雄ッ!」

 

背後から英牙の呼び止める声を無視して、腿のホルスターからVP9拳銃をドロウ、正面の敵に9mm口径の銀の弾丸を浴びせる。

 

「フンッ…」

 

デーズは軽く鼻で笑うと、両手の小太刀を自在に操り、放たれた全ての弾丸を刀身の刃で斬り伏せた。刃(やいば)に直撃し真っ二つに切断された銃弾の破片が彼の背後に飛び散り、燕尾服(テールコート)の裾を掠めていく。

 

 人間業ではない、だがそんな事は最初から分かっていた事だ。

 

「ハアアアアアァァァァァッ!!」

 

 スライドがホールドオープンを起こして残弾が尽きた事を知らせると、迷わず全力で地を蹴り、デーズの顔面に跳び蹴りを喰らわせる。クリーンヒットする直前に上段で小太刀を交差させ、刃の部分で受け止められる。

 

 直後に分厚いコンバットブーツの靴底と鋼が激突する甲高い衝撃音。そのまま受けた衝撃を後方に逃す様にバックステップ。攻撃を上手くいなされダメージこそ与えられなかったものの、体重を乗せた渾身の一撃はデーズを後方まで蹴り飛ばし、数メールの距離が空く。

 

 その隙にVP9の新しいマガジンをポーチから取り出し、電光石火の勢いで再装填(リロード)。スライドストップを落として薬室にカートリッジを押し込むと、すぐさま相手の胸部を照準、心臓を狙ってトリガーを引き絞る。

 

「ククク…」

 

 しかし、デーズの口元には余裕の笑みが貼り付けられていた。身体をユラユラと揺らしながら、射出する弾丸を全て易々と回避していく。こちらの弾道が全て読まれていた。

 

 呆然としてる暇もなく、デーズが一瞬にして間合いを詰めてくる。振り下ろされる小太刀の軌道から回避位置を演算、予測し、サイドに跳んで斬撃を回避。コンマ数秒後、空いた手からもう一本の兇刃(きょうじん)が横薙ぎに払われ理雄の首を狙う。上体を仰け反らし、スウェーバックで必殺の一撃を躱すと、軸足を踏み替えて上段にハイキックを返すが、腕でブロックされる。

 

「ほう…、なかなか悪くない。相当に鍛えられてる様ですな」

 

「チィッ…!」

 

 蹴り足を弾く様に素早く引くと、距離を取り残心。腰から刃渡り約20cmの銃剣(バヨネット)を抜いて逆手で持ち、拳銃を握る方の手首と交差させ、人銃刃一体(じんじゅうばいったい)の構えを取る。互いに正面から相手を睨み据え、音を立てず慎重な運足で間合いを詰めていき-------。

 

「……シッ!」

一定の距離が縮まった瞬間、強く吐き出された呼気と共に、繰り出されたナイフの一閃が疾る。デーズが右の小太刀で防ぎ、そのまま逆手で構えた銃剣を押し込む。硬質な金属が擦れ合い、火花を散らす中、姿勢を崩したデーズの隙を突き、胸元目掛けて至近距離からVP9を叩き込もうとするが、それより先に左手の小太刀が理雄の顔面に迫る。やむなく銃撃を中断し、トリガーガードで受け止め、上方へと刺突の軌道を逸らす。

 

 互いに両腕と得物が塞がった状態のまま、鼻が触れ合いそうな距離で睨み合う。このまま単純な力比べをしても、異形(アノマリー)であるデーズの方が有利だ。

 

 拮抗状態が続いても、此方にとって分が悪い------。そう判断した直後、不意に理雄の視界からデーズが消える。次の瞬間、理雄の身体は宙に放り出されていた。視線の真下には上体を床に投げたデーズの姿があり、彼の冷たい瞳と目が合った。気が着いた時には地面が迫り、背中を強打する。

 

「カハッ…!」

 

肺から空気が絞り出される音がした。デーズに投げ技(テイクダウン)を喰らったのだと瞬時に理解する。途轍もなく速い巴投げだった。

 

 やがて、直上から殺意の乗った小太刀の刃が振り下ろされ、転がって回避。二撃目が来る前に両足を跳ね上げデーズの顎を蹴り上げると、そのまま跳ね起きる。

 

 構え直す暇もなく、デーズから放たれた回し蹴りが頭部を捉え、クリーンヒットする寸前に腕でガード。骨と筋肉が軋む嫌な音がする。出鱈目な力に吹き飛ばされ再び床に転がされるが、デーズの追撃より先に、すかさず相手の脹脛(ふくらはぎ)を蹴打(しゅうげき)。堪らず呻いて膝を突いた瞬間、立ち上がって上からマッハ蹴りを見舞う。

 

 変則的な縦の軌道を描く重い一撃がガードを潜り抜け頭部にヒット、デーズの首が折れ180度回転する。

 

 やったと思ったのも束の間、デーズは自らの首に手を当てると、怪音と共に力づくで元に戻す。

 

「な------!?」

 

「残念ですが、貴方一人では相手になりません」

 

蹴り足を引く直前で不安定な体勢のまま、低い姿勢からの足払いで軸足を刈り取られ転倒。受け身を取り起き上がろうとしたが、それより先に鳩尾に膝が突き込まれ、上体が押し潰される。

 

「ガッ…!」

 

「お別れです」

 

喉を小太刀の柄で抑え込まれ、反対の刃が振り上げられる。刀身がギラリと光った瞬間を見て、己の最期を覚悟した。

 

「理雄ォ!!」

 

トドメの一撃が顔面に突き立てられる前に、英牙がVP9を照準し発砲。弾丸が直撃するより先に理雄の上から跳び退く。連続する銃撃にデーズは宙に身を翻し、後方へ何度もバック転を繰り返しながら距離を取る。

 

「撃て!撃ち殺せッ!」

 

「ヤツに銀の弾丸を喰らわせてやれェ!!」

 

 理雄との距離が開けた事により、それまで味方への誤射を避けて攻撃を控えていた特殊機動打撃大隊(SMSB)の隊員達が一斉に銃口をデーズに向ける。トリガーが引かれた瞬間に銃口から火を噴き、ホール内に銃声の嵐が轟く。

 

 デーズはホール内を走りながら、壁や柱を蹴って三角跳びの要領で天井へと上がって行く。そこからは滅茶苦茶だった。俊足の猫でも再現不可能な身のこなしで縦横無尽にホール内を高速移動する。常軌を逸した究極の三次元機動を前に兵士達は圧倒され、誰も照準を付けらない。

 

 やがて、好機を見計らったデーズが天井の真上から跳び、直上から双手真下の兵士に向けて急降下。双手の小太刀が振り下ろされ、首から下にかけて兵士の上半身が斬り裂かれる。両隣に立つ仲間の兵士達に彼の返り血が降り注ぐ。

 

「クソッ…!」

 

「この野郎ォォォッ!」

 

急な仲間の死に直面しても怯まず撃とうとするが、銃口が捉えるより先にデーズが接近、二振りの小太刀が正面の二人を斬り払い、更に奥の二人に刀身を突き刺す。セラミック製の防弾プレートを貫通し背中から血に塗れた刀の切先が突出。そのまま奥へと押し込まれる。素早く引き抜くと、瞬時に後方へ振り返り、背後から狙おうとしていた二人の首を綺麗に刎ね飛ばす。ほんの数秒の間に7人が斬殺された。

 

「同士討ちを恐れるな!撃ちまくれェッ!!」

 

指揮官の合図でM4A1のフルオート射撃が全方向から叩き込まれるが、デーズは身を翻し逃走に移る。足元を5.56mm弾が掠めコンクリートの床面を抉っていくが、デーズの足は止まらない。そのまま進行方向にある直径1.5mの柱へと身を隠そうとするが、相手の進行方向から回避位置を予測したSMSBの兵士が三人、先に回り込み、待ち構えていた柱の影から姿を現し銃撃。

 

 三丁のアサルトライフルの銃口から高速レートで弾丸が射出、そのままデーズの身体を引き裂くかに思われたが、予想は外れデーズはサッカーのスライディングの如く足元から滑り込むと、低い姿勢のまま三人に肉薄。先頭の男を袈裟斬りで斃し、もう一人の兵士をボディアーマーごと右の小太刀で串刺しにする。間髪入れず、左手の得物を腰の鞘に収納すると、串刺しにした兵士の腿のホルスターからSIGを抜き撃ち(クイックドロウ)。連続で発砲した四発の9mm拳銃弾が顔面の同じ箇所に撃ち込まれ、バリスティックシールドを貫通。顔面から後頭部にかけて銃弾が抜けていき、頭蓋に風穴を空け脳漿が飛び散る。

 

 眼前の敵を排除すると、拳銃を捨て倒れた兵士のM4を拾い、小太刀で貫いた兵士をそのまま盾にしながら柱の影から出る。途端に銃弾の雨が浴びせられるが絶命した兵士の死体を盾にガード。脇に構えたM4で応射する。

 

 クラスⅢのボディアーマーとはいえ、連続して弾丸を撃ち込まれれば貫通するリスクは高まる。そうでなくとも被弾すれば内臓や骨に強烈な衝撃とダメージを受ける。特に足を狙われた兵士のダメージは深刻で、被弾時の骨折や膝関節の損傷、プロテクターの貫通で次々と刈り倒されていく。

 

「死ねクソ野郎ォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

怒声と共に装甲車の車載機関銃(M2ブローニング)が轟音を唸らせてデーズに巨弾を浴びせようとする。デーズは再び床を蹴り、回避のため全力疾走に移る。50口径の12.7mm弾が線の動きでデーズを滅殺せんとばかりに追うが、彼の至近に着弾するばかりで一向に命中する気配がない。他の三丁のM2もデーズを狙うが、捕捉するより先に味方の懐に入り込まれ、同士討ちを躊躇いやむなく銃撃が止まる。

 

 その隙にデーズが小隊の奥深くへと躍り出る。両の小太刀で次々と隊員を斬り伏せていく様は暴風の様で、誰にも食い止められない。装甲車への接近を許すと、車体上部へと跳び乗る。

 

「ク、クソッタレッ!」

 

 射手が慌てて銃口を向けようとするが、いかんせん距離が近すぎる。デーズは足を振り上げると、そのまま無造作に踏み下ろす。踏みつけられたM2重機関銃の銃身がぐにゃりと曲がり、発射機能を喪失した。

 

「ひ、ヒイィィィィッ!」

 

悲鳴を上げながらも兵士としての矜持なのか、M2の射手はその場から逃げ出す事なく拳銃で応戦するが、撃つより先に斬撃が見舞われ両腕を切断、蹴り飛ばされ装甲車から落とされる。

 

 途中、自らの手で殺した兵士から奪い取った手榴弾を取り出し、安全ピンを口で引き抜き車内に放る。装甲車から飛び降り離れた数秒後、車内に積まれた弾薬類に引火、大爆発を起こす。

 

 その後も高度に訓練されたSMSBの隊員達を殆ど一方的に蹂躙していく光景を前に、英牙が理雄達に指示を飛ばす。

 

「おい!アイツらを援護するぞッ」

 

「だが武器を使い果たした後だ!」

 

「死んだヤツから拾え!あの野郎だって弾を喰らえば死ぬんだ!!また呼び鈴を鳴らされない限りはな!」

 

 戦死した兵士のM4と弾倉を借り受けると、反撃の準備を整える。まがりなりにも精鋭なだけあって、SMSBは隊員の半数以上を失い、装甲車と重機関銃も全て破壊されるという大打撃を受けながらも統制は喪失しておらず、各々で少数の班を即席で組み、反撃していた。彼らと合流しデーズを狙うが、ジュリエットの射撃能力でも予測不能な回避機動を繰り返すデーズを仕留める事は難しく、せいぜい服を掠めるのが限界だった。

 

「クソッ、なんて動きだあのゴキブリ野郎!」

 

「回避位置を予測しろ!移動する先を見計らって撃つんだ!!」

 

英牙が狙いをつけてトリガーを引くが、再び至近弾。直線で避けられ靴先を掠める程度にしかならなかった。

 

「クソッタレ…!また外したッ」

 

「……!」

 

隣で毒吐く英牙を尻目に、理雄がスコープから敵の回避位置を演算、算出する。セミオートでトリガーが引き絞られた瞬間、ストック越しに肩に伝わる軽い反動と共に一発の弾丸が銃口から飛び出る。放たれた5.56mm弾はライフリングを通じて高速回転を引き起こし、目標まで突き進んだ弾丸は狙い過たずデーズの足の甲を捉え、命中した。

 

「グッ…!」

 

激痛に顔を歪め、初めて余裕の表情が崩れると共にデーズの動きが止まる。

 

「今だ!全弾お見舞いしてやれッ!!」

 

英牙の怒声に呼応する様に全員が一斉射。デーズは全身のバネの力を使い、一番近い遮蔽物となる柱まで全力で跳ぶ。自らに迫る弾丸を潜り抜け、躱しきれない弾丸は小太刀で斬り落とし、柱の影へと身を隠す。

 

「包囲しろ!ヤツは虫の息だ!!」

 

「慎重に近づけ!全方位から囲んで確実に仕留めるんだッ!」

 

 その間にジュリエットとSMSBが隊列を組み柱へと息を殺して近づく。銃口はいつでも撃てるよう前に向け、引き金からも指を離さない。

 

「Surrender! You don't want to die again and again!!《投降しろ!お前だって何度も死にたくはないだろ!!》」

 

英語で降伏を呼びかける英牙に対し、返ってきたのは嘲笑だった。

 

「I'm so disgusted that I haven't done my job yet.《生憎ですが、まだ仕事を果たしておりません》」

 

 デーズは柱の影から手を出すと、此方に何かを投擲してきた。

 

「ッ…!手榴弾!!」

 

それが閃光手榴弾であり、既に安全ピンが抜かれ点火レバーも取り去られている事に気付くや否や、英牙が叫び手で顔と耳を覆った。

 

 直後に閃光弾が炸裂。ジュリエットは直前で視聴覚を守ったが、SMSBの隊員達は強烈な閃光と爆音をモロに喰らってしまう。

 

 相手の戦闘能力が一時的に麻痺したのを見計らって、足の止血を済ませたデーズが飛び出す。正面から兵士達を切り刻み英牙に接近する。

 

「クッ…!」

 

斬撃が振るわれる直前、M4で刀身を受け止める。その後も連続で振るわれる斬撃の勢いに押されながらも、英牙は全て捌ききった。二振りの小太刀を同時に受け止めた時、英牙は刀身を見てある事に気付く。彼の小太刀は刃溢れがひどく、所々にヒビも見られかなりのダメージが蓄積されてる様だった。

 

 無理もない、刀鍛冶が己の神髄を込めて鍛えた日本刀は無類の剛性を誇るが、無論弱点は存在する。刀身は横の力に弱いし、縦で力を受けても装薬で増速された弾丸は相当な威力を誇る。通常弾と比べて比重や硬度に劣る銀の弾丸でも何度も受ければ亀裂が走る。頑丈なボディアーマーのプレートを強引に斬り裂いたのも損耗を加速させる原因となったのだろう。

 

「う…おおおおぉぉぉッ!!」

 

「むッ…」

 

英牙がM4を持つ両手でデーズを押し飛ばす。恵まれた大柄な体躯と限界まで鍛え抜かれたフィジカルから繰り出される膂力にデーズは吹き飛ばされ、その隙を逃がさず銃床が振り払われるが、ダッキングで回避し、そのまま後方へ跳んで距離を取られる。

 

「ヤツの武器はもう限界だ!悟、理雄は俺と来いッ。残りはありったけの火力でデーズを柱の影まで追い詰めろッ!!」

 

英牙が怒鳴るや否や、信孝と向一のMINIMI軽機関銃(ライトマシンガン)が火を噴き、ジュリエットに残された最大火力を持ってデーズに撃ちまくる。

 

「くッ…!」

 

 流石のデーズもこれ以上小太刀で銃撃を捌くのはマズイと考えたのか、一番近くにある柱に向けて走る。足に受けた銃創のダメージが効いてるのか、先程より動きが鈍っている。

 

 デーズが柱の影に身を隠した瞬間、行くぞッ、と英牙に率られながら理雄と悟が動く。既にこの場で立っているのはジュリエットのみで、SMSBのメンバーは殆どが死んだか虫の息となっている。どう見ても戦闘続行不能だ。

 

 信孝達が柱に向け弾丸を浴びせ続け、デーズの動きを封じてる間に密かに接近する。悟が質問を投げかけた。

 

「どうする気です?」

 

「アイツの武器を無力化するッ。悟、『潰滅器官』(アナイアレイト・オルガン)を用意しろ。俺がヤツをあそこから叩き出す、理雄はその瞬間を狙って頭を撃て!この距離ならヤツは小太刀で防ぐしかない」

 

「「了解ッ」」

 

 二人が答えると、最後に英牙が理雄に向け睨む様な視線を送ってくる。

 

「おいッ、……今度は落ち着いてやれよ?さっきみたいに一人で突っ込むな」

 

「…了」

 

 短く答えると、英牙がポーチからM67破片手榴弾を取り出す。普通に投げても投げ返されるリスクを想定し、安全ピンを引き抜き、信管に内蔵されたスプリングの圧力で安全レバーが解除されると撃針が雷管を叩き発火。掌に持ったまま3〜4秒経ってから投擲する。

 

「吹っ飛ぶぞッ!」

 

柱の影に放り込まれた直後、投げ返す暇もなく爆発。

 

「ぐぅッ…!!」

 

デーズが転がり出てくる。間一髪で致命傷は避けたようだが、爆風と破片から完全には逃れられなかったのか、燕尾服に細かな破片が突き刺さっている。

 

「今だ!やれッ!」

 

 英牙の合図が聞こえた瞬間、電光石火の速さでデーズの顔面に照準、発砲。理雄のHKから放たれた銀の銃弾(シルバー・ブレット)が標的に向け直進する。距離的に回避は間に合わない。

 

「ッ…!!」

 

予想通り、奴は小太刀を振るって弾丸を弾く。銃弾と接触した瞬間、刀身の耐久値が限界を迎え、亀裂が広がり薄氷の如く砕け散る。

 

 一本目を破壊---------。

 

「フッ------!!」

 

 デーズが残る一振りを此方に向け投擲。目の前に立つ英牙を狙うが、突き刺さる直前に悟が前方に躍り出る。

 

「ラアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 『潰滅器官(アナイアレイト・オルガン)』を穿いた悟の右ストレートが迫る小太刀を正面から迎撃。刃の先端と拳が衝突した瞬間、内蔵された超振動デバイスが作動。刀身が許容するダメージを大幅に超えた重い一撃が伝わり、あっけなく小太刀としての原型が崩壊。木っ端微塵となった。

 

「ヤツは丸腰だ!コレで決めろッ!!」

 

英牙の声と同時に悟以外の全員の銃がデーズに向けられ、掃射される。

 

 執事風の怪人が蜂の巣になるかと思われたが、デーズの口元が歪な笑みを浮かべたのを理雄は見逃さなかった。

 

 燕尾服(テールコート)を脱ぎ去り、前方に投げつけ視界を遮る。ジュリエットは迷わず撃ち、服に孔が穿たれていくが、その下をコロコロと三つの物体が転がる。刹那、三つの物体全てから大量の煙が発生し理雄達を覆う。

 

「ッ!?クソッ…スモークグレネードか…!」

 

完全に視界がゼロとなり、デーズを見失う。煙を吸い込まぬ様口元に手を当てながら煙が晴れるのを待つ。暫くして、目の前が晴れていく。そこにデーズの姿はなかった。

 

「チクショウ、どこに行きやがったあの野郎ッ」

 

信孝が舌打ちしながら辺りを探すと、不意に背後から物音が聞こえる。振り返ると、無力化された装甲車の残骸の上にテールコートを脱ぎ去ったデーズが直立していた。たった今気付いたが、コートの下の両脇には拳銃のホルスターが収められている。

 

『いやはやお見事です。まさかここまで手こずらされるとは』

 

喝采するかの様に拍手を送ってくる。見れば身体の所々に擦り傷や打撲痕が見られ、白いシャツには血痕も付いていたが、理雄が銃弾を喰らわせた足の甲以外はほぼノーダメージに近い状態でいる。

 

『どうやら私も久しぶりに……本気を出す必要がございますな』

 

 ヒビの入った片眼鏡(モノクル)を捨てると、全身から放つ殺気が一段と濃くなる。両脇のホルスターから二丁の拳銃を抜き、その異様な外観を見せつけた。

 

 どちらもカスタム元はチェコスロバキア製のCz75だろうか、右手の銃はステンレス製の銀、左手の銃は漆黒のフレームを持つ。上部にガスポートが付いた近接戦(CQB)用のマズルスパイク。銃身下部のアンダーレールには防錆処理が施された極黒の銃剣(バヨネット)が装着されている。長く伸びたエクステンションの多弾倉マガジン。聖書の引用なのか、スライドの左側面には『 私は道であり真理であり命である(Ego sum via et veritas et vita)』の一行刻印。右側面には『罪の支払う報酬は死(stipendia enim peccati mors)』。グリップには邪神クトゥルフを象ったメダリオン。銃の至る所に夥しい量のトゲトゲしいスパイクが付いていた。

 

『…ひどい銃だな。お前の趣味か?』

 

 理雄が嘲笑うと、デーズは苦笑を返す。

 

『いえ、コレは私のではなく主からの借り物です。まぁお世辞にも健全とは言えない趣(おもむき)でしょうが…』

 

 二丁の拳銃を交差させ、正眼に構える。双眸に狂気の光を携えていた。

 

『私にとってはコレが、一番身体に馴染むのです』

 

瞬間、デーズが目の前から消えた。直後だった、背後で信孝と向一が斬られたのは。

 

「なッ…!?」

 

振り返ると、そこには両腕の筋肉を削ぎ落とす様な斬撃を見舞われた二人が、MINIMIを取り落とし膝を突く光景が映っていた。

 

「ぐッ……おおおおおおおおお…!」

 

「な、にがッ…!?」

信孝と向一も、たった今自分が何を喰らったのか理解出来ていない様子だった。

 

「Even with this, eat shit!!(コレでも喰らえクソがッ!!)」

 

フィフティがスラング混じりの罵声を浴びせながらM4を撃つが、目に追えない速度で弾丸をかい潜られ、接近を許す。肉薄された瞬間にバヨネットで腹を刺され、プレートを貫通。

 

「ガッ…!?」

 

 そのまま力づくで持ち上げられ、無造作に床に放り投げられる。

 

「フィフティ!…チクショウッ、なんなんだお前はァ!!」

 

悟がM4、悠間がVP9で応戦するが、放たれた弾丸は一発たりとも命中する事なく、素早く背後に回り込まれ背中を斬られる。

 

「ぐッ…!」

 

「ガハッ」

 

二人が倒れた直後、初雪がデーズに狙いを付けるが、トリガーが引かれるより先にデーズの二丁拳銃が火を噴き、9mmパラベラム弾がボディに叩き込まれる。腕や肩にも命中し、パッと血の華が咲いた。

 

「ぐぅッ…!!」

 

 ベスト越しとはいえ、貫通しなくても直撃した弾丸の威力は凄まじく、ソレを複数発受けた初雪の肋骨が何本か折れる。仰向けに倒れた様子からして内臓にもダメージを受けた様だ。

 

 初雪を排除すると、今度は英牙の方に銃口を向ける。

 

「やらせるかッ!」

 

先にトリガーを引いたのは英牙の方だった、しかし放たれた5.56mm弾は目標に命中するより先にデーズが跳躍し、足元の床面を掠めるに過ぎなかった。

 

 空中に回避した先でデーズは双手のCz75を構えると、上空から英牙目掛けて撃ち下ろす。

 

「ぐあぁぁぁぁッ!」

 

全身に弾丸を浴びた笑牙は戦闘能力を失うと、目の前で着地したデーズに横蹴りを喰らい、そのまま壁まで吹き飛ばされる。壁に叩き付けられた瞬間、コンクリートの壁にクレーターが生まれた。

 

「カハッ…!!」

 

吐血し、力なくその場に崩折れる英牙を目の当たりに、理雄の視界が憤激で染まる。

 

「よくもッ…!!」

 

M4を構えた瞬間------、気が付いたらデーズが目の前に迫っていた。

 

『あとは貴方だけです』

 

理雄がM4の銃口を向けるより先に、叩き落とされる。そのまま右のCz75のバヨネットで肩を刺された。

 

「ぐッ……は…!?」

 

 此方の動きが止まった瞬間、脇腹の辺りに鋭い熱を感じる。視線だけをそちらに移すと、プレートの入っていないベストの側面を左のバヨネットで貫かれていた。銃口は脇腹の方を向いている。

 

 ゾッと背筋が凍り付いた。刹那----------連続でトリガーが引かれ、何発もの弾丸が零(ゼロ)距離から撃ち込まれる。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

内臓が掻き回される様な激痛が濁流となって脳に押し寄せ、絶叫する。

 

 銃剣が引き抜かれ、刺された箇所から大量出血。糸の切れた人形の様に全身から力が抜け、うつ伏せに倒れる。

 

 小太刀を使っていた時とは違うッ。奴が二丁拳銃を抜いてから、急に動きが変わった。少なくとも通常の動体視力ではデーズの姿を捉えられなかった。

 

『き、貴様……手加減してたのかッ…!』

 

『失礼ながら、私にも息抜きが必要でしてね。本音を言えばもう少し、この遊びに付き合って頂きたかったのですが…、あまりに時間をかけて応援でも呼ばれたら面倒ですので、早めに決着を着けさせてもらいました』

 

『…遊びだとッ?ナメたマネを--------!』

 

 叫ぼうとして、腹の底から不快なモノが込み上げてくる。ゴポッと音を立てて吐き出すと、黒い血の塊が床にぶち撒けられた。

 

 意識が遠のき、段々と視界が狭くなってくる。唇すら動かなくなると、デーズが移動するのが見えた。戦闘中、亀みたいにずっと蹲っていた盾壁に近づくと、拳銃のバヨネットで手首の拘束を解く。

 

「おぉ!よくやったぞッ。貴様がカーターから遣わされた者だなッ?」

 

盾壁は飛び起きると、喜色満面の顔でデーズを見遣る。

 

『如何にも。我が主、ロバート・カーター様の僕(しもべ)として参上仕りました。デーズと申します』

 

「よし、色々と言いたい事はあるが、まず俺を逃がせ。それから------」

 

『我が主より、盾壁様にメッセージを伝えるよう仰せつかっております』

 

「あ?」

 

盾壁が振り向くと、ザンッ------!と切断音が響く。指示を出していた右腕の肘から下が突如として切り落とされた。

 

「ぐあああああああああああァァァァァッ!」

 

出血する腕を抑えながら盾壁が倒れる。デーズの握る拳銃のバヨネットが盾壁の腕を両断したのだ。

 

「き、貴様ッ…、どういうつもりだ!!」

 

『我が主から受けた命は、『害虫となる存在の排除』です。貴方もその一人だ』

 

盾壁が信じられないといった表情で愕然とする。

 

「ば、バカな…!そんな筈があるか!!カーターを呼べッ。貴様じゃ話にならんッ」

 

『そうおっしゃると思ったので、既に繋いでおります』

 

そう言ってデーズは懐からスマホを取り出す。液晶画面を操作し暫くコールすると、やがて通話先の相手が着信に応じる。デーズがスマホ越しに何事かやり取りを行った後、画面をスピーカーに切り替え盾壁に向ける。

 

『------Hello?』

 

スマホの向こう側から落ち着いた男性の声が聞こえてくる。イギリス訛りのある英語と冷静沈着なテノールのトーン。理雄も聞き覚えがあった。

 

 ロバート・シャヒード・カーター。究極の利益至上主義を掲げ、冷徹非道な振る舞いで名を馳せるカーター家の6代目にしてMC&Dの最高経営責任者(CEO)。会社内の事実上のトップとして君臨する女帝、アイリス・コラックス・ダークの右腕を務める男だ。理雄が生まれた基底世界の西暦2045年時点では老人となっているが、聞こえてくる声は比較的若い。となれば盾壁と同じSA-5000-2の人間だ。

 

「カーター!コレは一体何の冗談だ!?」

 

『冗談?彼が貴方の右腕を切り落とした時点で、冗談ではないと気付いてもよろしいと思いますが』

 

飄々とした態度のロバートに対し、盾壁が顔面に青筋を浮かべながら激昂する。

 

「巫山戯るなッ!本気でこの俺を切り捨てるつもりか!?この温室育ちのボンボンがッ、やはり貴様のような平凡で退屈な青二才は俺のプランの邪魔にしかならん!!ルプレヒトに代われ、ヤツとなら話が通じるッ」

 

 獣の如く吼え、感情を剥き出しにする盾壁とは対照的に、ロバートは冷静なまま溜め息を吐く。

 

『僕が平凡で退屈な人間なのは、僕自身が誰よりも理解しています。ですがミスター・タテカベ。貴方は少しやり過ぎました。僕の養父であるルプレヒト・サイデリアル・カーターは楽観主義者で、数字にしか興味がありません。太陽の様にエゴが巨大な人格の持ち主だからこそ、貴方の様な傲慢かつ頭のキレる人物を好む。地道で保守的な経営方針を執る僕とは相容れない部分もありますが、それでも僕は大胆不敵で寛容な彼を尊敬しているし、貴方の能力も僕なりに評価していた。故に我々は貴方からの接触に応じ、我々の仲間として歓迎する予定でした。しかし貴方は我々をも出し抜こうとした。『フェニックス・グループ』を利用し、日本でサーキック相手に生物兵器を売り付け、カオス・インサージェンシーにSCP-3199のオリジナルと研究設備を与えたまでは良かったが、まさか別世界に乗り込んでまで大量殺戮兵器を売ろうとするとは…。苦労して手に入れたSCP-1983を勝手に持ち出し、再活性化させた貴方は不必要な命まで大勢奪ってしまった。結果、もう一つの世界の財団を激怒させ、敵に回した貴方はそこまで追い詰められるに至っている。……一つの世界を地獄に変えてでも利益を追求するその姿勢・欲深さには敬服しますが、貴方を推薦したルプレヒトと違って、僕は億単位の人間の血を啜ってまでメイクマネーを行うその精神を理解出来ないし、許容もしかねる。僕の同僚にも横柄で傲慢な人間は大勢いますが、自身にとって邪魔な者、無能な者、敵対する者はどんな手段を用いてでも排除しようとする貴方はあまりにも危険すぎる。いずれMC&Dにとって災いを呼び起こす存在となるでしょう。今回の騒動は貴方の致命的なミスが招いたものだ。ルプレヒトには悪いですが、僕の独断で貴方を切り捨てる事にしました』

 

「なん……だとッ…?」

 

 盾壁は絶句した。ロバートは最初から盾壁を脅威として危険視していた。今回の事態は、盾壁を排除する絶好の機会であり、その瞬間を虎視眈々と窺っていたのだ。

 

『まぁ、貴方が我々の為に働いてくれたのは事実ですし、一応の感謝もしています。遺言があるならお伺いしますが……』

 

「……ばれ」

 

盾壁が俯いたまま何事か口にする。

 

『------なんです?』

 

「くたばれと言ったんだ小僧がッ!!この俺を裏切り、切り捨てる判断を下した貴様の無能、もはや救い難いッ!今日の決断を後悔し、己の血で清算する時が必ず来るッ。貴様の今後は呪いに満ちた人生だ!悲劇の連続に見舞われ破滅し、悲惨な最期を迎えろ!!この俺が必ずツケを払わせてやるッ!カァァァァァタァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 苛烈な形相で呪詛を吐き出す盾壁に対し、ロバートは変わらず静かなままだった。

 

『……先に此方を裏切ったのは貴方ですよ、ミスター・タテカベ。------デーズ、彼の遺言はもう十分に聞いた。始末しろ』

 

 

冷酷無慈悲な死刑宣告が下され、一方的に通話が切られる。デーズの銃口が盾壁の頭部に突きつけられた。

 

『よい夢を(グッド・ナイト)』

 

トリガーが引かれ、一発の銃声と共にCz75から放たれた弾丸が盾壁の頭蓋に黒い穴を空けた。目を開けたまま床に斃れ、瞳孔が開く。

 

 絶命した盾壁の前で拳銃をホルスターに収納し、気を失う寸前の理雄に身体ごと向き直る。

 

『本日はお付き合い頂き、誠にありがとうございました。では皆様、今日も良い一日を』

 

 丁重に辞儀をするデーズを前に、理雄はとうとう体力と精神力の限界を迎える。古い映画のエンディングの様に、視界の端から徐々にブラックアウト。僅かな時間を置いて、完全に意識を消失した---------。

 

 





※今回引用したSCP記事&tale

 tale『ブラックダイヤモンド・ビリオンズハブ 』
https://scp-wiki.wikidot.com/black-diamond-billions-hub#%23
 
 tale『ロバート・カーター』
https://scp-jp.wikidot.com/robert-carter

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