Project SEKAI SCP INCIDENT feat . 作:唯尊
意識が暗闇に閉ざされてる間、理雄は虚空を漂う様な不安定な感覚に身を委ねていた。
視界一面に広がるのは、光のない完全無音の世界。手足も動かなければ、己の意思の在処も判然としない酷く曖昧な場所-------。徹底的に自由を奪われ、反抗する気力も湧かないまま孤独の波に流されていく。
『------コレはひどいな…』
不意に、少女の呆れた声が聞こえてくる。
『暫く考える時間をあげようと思ったけど……、そんな悠長な事をしてる間に、まさかここまで死にかけるとは…』
嘆息する様な少女の声に、聞き覚えを感じた。
『他の皆んなもそうだけど、ただの人間に過ぎない君がどうしてこんな状態で生きていられるのか…。君達が今まで戦ってきた相手もそうなんだろうけど、君自身も相当なバケモノだよ』
若干の間を置いて、ふと懐かしむ様な声が漏らされる。
『やっぱり--------君も
知った風な口を聞く。相手の身勝手な言動に若干の苛立ちを覚える最中、ふと両頬に人肌の温もりを感じる。掌の感触が顔に伝わった。
『けど君の想いにも、何か変化があった様だね。今の君には、共に生きたい思える大切な人達が再び出来た。…彼女達を守る為に、君は己の過去と向き合い、置き去りにした想いを取り戻した。今よりもっと強くなる為に、かつての弱い自分を直視する必要があったんだ。その時に負った傷にもね…。コレはとても勇気がいる事だ。偉いよ、君は』
相変わらず視界は開けない。自分の意思に反して、瞼は固く閉じられたままだ。だが、空気が温かく震えた感じがする。きっと彼女は微笑んだのだろう。
『今の君になら、かつての彼の力も存分に使いこなせるだろう。だから---------早く目を覚まして?志熊理雄』
その綺麗な声から紡がれる言葉を合図に、眠りに着いていた意識が呼び起こされた---------。
*
意識が覚醒した瞬間、消毒液の微かな刺激臭と共に、女物の香水の香りが鼻腔を刺激する。うっすらと瞼を開くと、見慣れた自宅の天井ではなく、異様に真っ白で病質的なまでに清潔な白天の天井が視界に映る。辺りに視線を巡らし、ここが何処かの病室であり、自分はベッドに寝かされている事を理解する。
「ぐぅッ…!」
身じろぎをした瞬間、脇腹の辺りに鈍痛が走る。見れば薄青の病院着の下には包帯が巻かれており、身体中に電極や針が差し込まれていた。傷口には治癒パッチが貼られ、枕元には各種バイタルを表示するモニターが置かれている。そして、理雄が横たわるベッドから少し離れた位置に、折り畳み椅子に腰掛ける人物の姿があった。
「------やぁ、よく生きていたね。ゴキブリ星生まれの変態超人、志熊理雄くん」
「……まさかアンタとこんな所で会うとはな、せんせー」
ボサボサの長い髪に黒ジャージのズボン、紫色のTシャツを上半身に着込んだ妙齢の女性は人形師にして財団の武器専門家。メリッタ・リム・柳瀬であった。折り畳み椅子の上で足を組みながら読んでいた本を閉じる。周囲に首を巡らせると、心なしか見覚えのある景色に感じられた。
「ここは……」
「サイト-8156のA病棟。君、内臓が9mmでズタズタにされた挙句、肩の鎖骨下動脈の刺創で大量出血してたんだ。心停止したまま
「……わざわざそんな嫌味を言う為にこんな所まで来たのか?」
メリッタは死ぬ程嬉しそうな表情を向けてくる。
「いや〜、君が死にかけて苦しんでる姿をどうしても見たくてね。でも君が向こうの治療施設からコッチに移された時にはもう手遅れさ。健康そうな顔でグースカ寝てやがったんだから。まったく、骨折れ損のくたびれ儲けだよ」
不満を露わにするメリッタに対し、理雄は嘆息する。
「アンタの性根が腐ってるのは両親の教育に問題があったからとしか思えないな」
「アホ言え、私の両親は二人揃って天才だし教育指導も完璧だった。幼少期の頃なんか、毎日よく母上にゲーリー・L・スチュワートとスーザン・ムスタファの『殺人鬼ゾディアック: 犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実』を寝床で聞かせて貰ったよ。自分の父親の正体が連続猟奇殺人鬼だと確信した時の主人公の絶望といったら……、クフッ、ウフフフフフフフフッ」
「……せんせーの家系って両親の代から精神と人格に異常があったのか」
「
「やめろマジで勘弁してくれッ!」
「そうだ!
「だからやめろってッ!つーかアンタの場合だと絶対
ただでさえ全身を物理的に弾丸サイズまで圧縮された挙句、なんかよくわからないエネルギーで秒速900mまで加速されたりなんかしたら、激痛と恐怖のあまりみのりの精神が木っ端微塵になる。史上最強のメンタルタフネスでも、そのショックで頭まではっぴー☆にでもなったら目も当てられない。……類とかがあの対物ライフルの存在を知ったら、『それは面白そうだ!早速司くんで撃ってみよう!』とか言い出しそうだ。
「いや、そんな事よりも------」
「あぁそうだ、実は昨日ここでブライトが医療スタッフとヒポクラテスの誓いを使ってチキンレースをやってたんだよ。君が寝てるすぐ側でな。どうだ、ウケるだろ?」
「……死ぬ程どうでもいい」
「さて、ええとなんの話をしてたっけか?『君の"
「んな話してねぇだろッ、聞けよ人の話ッ!」
これ以上大声出したら傷口が開くしナースに怒鳴られる。どうしてこの人とはいつもいつも会話のキャッチボールが成立しないのだろうか。理雄は溜め息を吐きながら呆れ返ってしまった。
「冗談だよ。しかし随分と苛立ってるな、いつものクール男を気取った君はどうした?女子校で若い子達に囲まれながら欲望の捌け口にしないよう我慢してるせいでストレス溜まってんじゃないのかい?」
「余計なお世話だッ。……ハァ、で?あれからどうなった。俺は一体どのくらい寝込んで…」
メリッタは足を組み替え、真剣な表情を作る。
「まず、順を追って説明しよう。君の容態が安定しここに担ぎ込まれてから、今日で57時間が経過している」
その言葉に衝撃を受けた。自分が意識を失ってる間、外では丸々二日間以上の時間が流れていたという。
「君の仲間なら大丈夫だ。全員この病棟に収容されている。英牙と向一は君より早く意識を回復させているし、未だ意識の戻らないメンバーも生命に別条はない。数日の内に目を覚ますだろう」
「そう…か…、それは良かった」
あの時、怒りに駆られ無謀な攻撃を仕掛けた自分のせいで、チームの誰かに犠牲者を出したのではないかと、内心不安だったが、全員の生還に安堵する。
「SMSBの連中は?」
メリッタは目を伏せ、首を横に振る。
「残念ながら、ソッチは壊滅的な状態だ。小隊の八割が
「…………」
「悪い知らせは他にもある。二度目の
「…ッ!二度目…だと?」
メリッタは頷く。彼女の話によれば、自分達がデーズとの戦いに敗北してから一日と経たぬ内に、盾壁弘毅やMC&Dと内通していたと見られる財団職員の全員が何者かに暗殺された。手口の鮮やかさから見て、間違いなくSCP-662と思われる。また、今回の事件に直接関与していた盾壁の関係者の内、重要な情報を握っていた何人かも謎の不審死を遂げている事が判明。証人はおろか、物証となるアイテムも全て葬られた。
その後、財団はSCP-213-JP-1内の掃討作戦を敢行。脅威となる存在を完全排除すべく、確保したクライスラーの中で転送可能なトランクを全て使用し、五つの部隊から成る機動部隊一個小隊を投入。機動部隊-シータ25からはロメオとヴィクターが参加した。しかし、突入と同時に内部の敵勢力から待ち伏せを受け奇襲作戦は頓挫、即応部隊として待機していた戦術レンジャー連隊一個中隊と連携し強襲作戦に移行、激しい攻防戦の末、突入した部隊はSCP-213-JP-1内の半分までを制圧したが、途中、デーズの乱入により侵攻は停止。監獄内では現在も膠着状態が続いているという------。待ち伏せを受けた原因として、事前に情報漏洩が発生した可能性が指摘されている。
「待ち伏せにより出鼻で挫かれたものの、初戦は此方が有利に進めていたらしい。『不死鳥運輸』の傭兵部隊は殆ど殲滅したが、デーズが戦闘に入った瞬間に戦況が逆転した。レンジャーだけでも四十人以上がヤツに喰われたし、機動部隊からも多数の負傷者を出した。死者こそ出なかったが、ロメオとヴィクターは撤退した時点で作戦続行不能。ジュリエットとロメオが故障した為、空白となった『第四次O/D作戦』の派遣部隊としてアルファが緊急召集された。今は彼らがこの世界で君達の代わりを務めている」
「………………」
「盾壁がどんな手段を用いて君達の世界に渡ったのか、SCP-1983をはじめとした各アノマリーの詳しい入手経路……。奴と関係者の死によって、その真相の全てが今となっては闇の中さ。だから取り敢えず眼前の脅威だけでも排除しておこうというのが上の思惑だった訳だが……」
「敵陣地の完全な制圧も果たせなかった以上、根本的な敵の脅威は取り除けない…。まぁ当然だな、ましてや向こうには
俯いて嘆息する理雄に対し、メリッタは鋭い視線を投げかける。
「ヤツと接敵したらしいな?それでどうだった、デーズの強さは」
理雄は緩く首を振る。
「一言で言えばバケモノだ。俺達全員でも歯が立たなかった」
デーズの強さは圧倒的だった。本気を出された瞬間、自分達は赤子の手を捻られるかの様に返り討ちにされた。
ヤツを------デーズを倒さない限り、この戦いに勝利はないッ。
「…そういえば、俺が寝てる最中に呼んだりとかしたか?」
「なんの話だ?」
「いや、なんでも…」
身体から慎重に点滴の針を抜いていくと、治癒パッチが貼られた傷口に触れてみる。激痛が走り顔を顰めるが、なんとか動けそうだ。病院着を脱いで近くの棚に置かれた私服に着替えていく。
「女の子の前で脱ぎだすなんて、君はデリカシーが足りないな」
「"女の子"って歳でもないだろ、人形狂いのキチガイババア」
「ひどい言いようだね。これでも高校生の頃は年上の上級生に恋して『どうしたら可愛く見えるか』必死に考えながらメイクしたりダイエットしたり軽いボディタッチでアプローチしたりと胸を躍らせながら甘酸っぱい青春を謳歌したものだよ」
「へー、そう…。------で、そのフレーズなんてエロゲーから引用した?」
「『ロリコン☆ハイマットフルバースト3〜空から降ってきた天使(幼女)達を僕の下半身の巨砲でマルチロックオンしてやるぜ!〜』」
欲望にド直球すぎる18禁ゲームのタイトルに口を開けたまま固まってしまう。
「通販で新しく買ったのか?」
「いや、君んとこのジュリエットが元の世界に帰った時、お土産で買ったやつを貰った」
「…買った奴の名前って覚えてるか?」
「
「…………」
まぁ、それはどうでもいいとして。着替え終わった理雄はメリッタにしかめつらしい顔のまま話す。
「盾壁が拉致した被害者の中に、以前話した子はいたか?」
「鳳えむの事かい?いや、報告書で見た限りだが、発見された拉致被害者の中に彼女の名はなかった」
「発見された…?まさか------生存者がいたのかッ?」
盾壁曰く、自分の拘束と同時に拉致被害者は殺処分される手筈と聞かされていただけに、発見されたという単語に一筋の希望を抱く。しかし、メリッタは重々しく首を横に振る。
「君には悪いが、制圧した監獄内で発見された被害者は一人残らず絶命していた。惨いものだよ。レイプされた後に殺された少女や、拷問を受けた末に衰弱死した遺体もあった。『焼却炉』と書かれた区画なんかは正に地獄絵図だよ。何十、何百という人間の遺体が山積みにされていた。アウシュビッツの完全再現だなアレは。今頃法務部の調査委員会が遺体の身元照会で躍起になっている所だろうよ。全身が腐乱していたり、焼かれて灰にされたヤツも多かったからな。そういう遺体は顔も名前も分からない状態だから、まだ判明してないだけでその中に彼女が------」
「死んでねぇよ」
理雄が強い口調で制する。
「俺は諦めない。まだあの子はどこかで生きてるって信じてる。えむをこの手で救い出すまで、俺は誰にも、何にも負けられないッ」
両の拳を固く握り締める。
「随分と熱くなっているな。根拠はあるのかい?」
「そう言える程大した自信がある訳じゃない。だが確信している。あの子は---------鳳えむはここで死んでいい人間じゃない。俺はあの子の想いを守ると誓ったんだ。えむの死が確定するまでは、俺から諦めるなんて選択肢はないッ」
理雄は病室の扉へと向かう。
「どこに行く」
「少し外で空気を吸ってくる。ここは地下だから息苦しい」
「一応、君には絶対安静が命じられているが?」
「すぐに戻る」
病室の扉から外へと出る。あまり早くは歩けないが、会うべき相手の元へと急いで向かう。
時間は残されていない。えむを助けだすには力が必要だ。彼女の想いの為に、立ちはだかる脅威を全てを殺す力が------!!
※今回引用したSCP記事。
『人を撃つ銃』https://scp-jp.wikidot.com/scp-2818
『ブライト博士の禁止リスト』https://scp-jp.wikidot.com/old:the-things-dr-bright-is-not-allowed-to-do-at-the-foundat