Project SEKAI SCP INCIDENT feat . 作:唯尊
人気のない廊下を歩きながら、地上へと昇るエレベーターを目指す。
「おい」
背後から低めの声が聞こえ、振り返った瞬間に暴力的な力で胸倉を掴まれ、壁へと押し付けられる。
「グッ…!」
病院着姿の英牙が、怒りの込もった眼差しで睨んでくる。左手を三角巾で吊り、顔の至る所に傷口を縫合した跡があった。利き手ではない右手の方で理雄を押さえつけているが、信じられないくらいの怪力に身体の動きが完全に封じられる。体重差が20kg近くある故に、193cmの巨躯から発揮されるフィジカルの強さに圧倒されるばかりだった。
「どういう事か説明しろ……。一昨日のアレは何だッ?なぜ俺の命令を無視してアイツに突っ込んだ!そのせいで俺と向一、お前を除く五人が今も意識不明の重体だ!!アノマリー相手に単騎で突っ込むだと?何を考えてるッ!」
「………」
此方が目を伏せたまま黙り込むと、英牙は胸倉を掴む手の力を少しだけ緩める。
「普段のお前なら、あんなバカなマネはしない筈だ。何がお前をああさせたッ?」
琥珀色の鋭い双眸が、理雄の瞳を捉えて離さない。暫く沈黙していたが、やがて観念したようにゆっくりと口を開く。
「盾壁が…」
「あ?」
「あの男が……えむを拉致した後、奴は監獄の中に彼女を放り込んだ。そこで行われていた惨たらしい迫害にあの子が晒され、絶望の果てに息絶えてる姿を連想した瞬間、自分の内側から大切な何かを奪われた感覚がした…」
莉梨歌達を失った時と同じ、言葉では表現し難い程の深い喪失感--------。あの時盾壁が口にした台詞に、理雄は過去の惨劇を再び目の当たりにした様な錯覚と、吐き気がする程の目眩を覚えた。
様々な方法で殺害されたえむの亡骸が、
「気が付いたら盾壁に掴み掛かり、その数分後に現れたデーズが目の前でMP達を斬り殺した瞬間、自分が制御出来なくなった…。とにかくアイツらまとめて捻り殺してやろうって感情でいっぱいでしたよ。目の前が真っ赤に染まり、力の限り暴れて、その結果……仲間を殺しかけた。SMSBだって、俺が不用意に突撃さえしなければ、あんなに犠牲者は出なかった筈です」
顔を静かに上げ、英牙の眼を見つめ返す。
「皆んなが死にかけたのは、俺のせいです」
「…………」
英牙は黙って此方の話を聞いていたが、やがて胸倉を掴んでいた手を退ける。両目を瞑ったまま深く嘆息した。
「そのえむとか言う子の話は、前回も聞いたな」
「………」
「作戦前に拉致された事実を聞かされて動揺していたが、まさかそこまで思い詰めていたとはな…」
不意に、英牙が気不味げに視線を逸らす。
「俺がもっとお前を見ていれば、多少はマシな結果になったかもな…」
「そんな事は------」
「いや、最近気付かされたんだが、俺はどうにも他人に対して冷たい所があるらしい。生まれついての性格……ではないと思いたいが、"必要な事だけをすればいい、余計な事は最初からするな"という合理的な思考回路は、時に大切な人間を傷付ける。……弥生にも、散々辛い思いをさせすぎた」
「…天城さん?」
目を伏せたまま語るチームリーダーの曇った表情に、思わず困惑する。
「敵地に突入する前、車での移動中に勢之の話をしたよな?」
「先代ジュリエットチームのメンバー……ですよね?」
英牙は頷く。
「俺は戦場で重傷を負ったアイツの生命を救う事は出来た。だが傷付いた心までは救えなかった…。ジュリエットを除隊した後、勢之は左腕だけでなく、それまで積み上げてきた機動部隊員としての輝かしいキャリアも喪失し、生きる意味を見失ったんだ。惨めな自分に耐えかねて、薬に依存し、自殺を図った事も何回かあったらしい。…それだけの絶望を抱えたアイツを、俺はずっと放置していた。今でこそ元気でやっているが、俺がもっと早くからアイツを------仲間を気にかけてやる事は出来た筈なのに、そうしなかったせいで勢之の人生はズタボロになった。そう思うと、今までの自分が恥ずかしくなってくる…」
「だから------」と英牙は伏せていた視線を上げ、真っ直ぐに理雄の目を見据える。
「俺はもう、かけがえのない人達を傷付いたまま見捨てたりはしない。戦場でチームリーダーとして仲間を導き、見守るだけじゃない。一つの家族として、お前ら一人一人の人生に関わると決めた。理雄、お前が内側に抱えてる想いを、俺も背負うぞ」
「天城さん…」
「一人で抱え込むな、今までお前や初雪達が俺を支えてくれた様に、今度は俺がお前達を支える」
英牙の言葉に、暫し驚いたまま固まってしまう。
「……正直、貴方の口からそんな台詞を聞くとは思いませんでした」
意図せず漏れた本音に、英牙が苦虫を噛み潰した様な表情で舌打ちする。
「チッ…、なんだよ、人が人生最大の恥を晒してまで新たな決意を告白したってのにその言い草は」
「いや、いつもの天城さんなら絶対言わないだろう台詞ナンバー1だろうなって…」
「今まで俺の事なんだと思ってたんだ」
「さっき自分で全部言ってたじゃないですか」
「よし、あともう一ヶ月ばかりベッドから起き上がれない身体にしてやるからコッチ来いッ」
ニヤニヤと揶揄しながら、人喰い鬼みたいな形相でにじり寄ってくる英牙の手から逃れると、改めて彼と向き合う。
「------でも、ありがとうございます。個人的に、機動部隊員として一番尊敬している貴方の言葉だからこそ、とても嬉しいです」
思わず、小さく笑みが溢れてしまう。
「そう……か…、ならいい。それより------」
英牙の表情が一段と引き締まる。
「これからどこに行くつもりだ?」
「えっと……」
「待て、誤魔化しはなしだ。デーズに半殺しにされて思い知らされたんだろ、今の俺達じゃアイツには歯が立たないってな」
「……そんなに表情に出てました?」
「当たり前だろ、お前の眼を見れば分かる。というより、俺を含め全員が同じ感情に支配されてるからな、
全てを見透かした瞳で見てくる。どうやら、彼の前で物事を隠し通すのは不可能らしい。
「だが俺達……、いや、"お前"にはアイツを倒せるだけの力を、得る方法がある。お前の目当てはソレだろ?」
「…………」
此方が黙り込んだ瞬間、英牙が表情に厳しいものを浮かべる。
「俺が声をかけなかったら、誰にも言わずに一人であの女の所へ行くつもりだったのか?」
「……えむを助けるには、力が必要です。今のままじゃ、また返り討ちに遭って今度こそ殺されます」
口にした直後、英牙が強面のまま詰め寄ってくる。
「どんな力か分からないんだぞッ、あの女……IAだって無料のチョコレート配って『はい終わり』で済ます様な輩じゃない。異能の見返りとして何を要求されるか…!お前が目を覚ます前、今回の事件で犠牲になった者の名簿に目を通した。仮に求めていた力を獲得したとしても、彼女自身がどこにいるのか、そもそも生きているのかすら分からないままじゃどうにもならないだろッ。無論財団だって黙っちゃいない。新種のSCPオブジェクトとしてお前が収容されるだけだ!」
「それでも!ただここで何もしないまま寝込んでいる訳にはいかないんですッ!!」
思わず大きな声が出てしまい、廊下内に響き渡る。誰かが来る前に二人して移動すると、エレベーターに乗り込み、監視カメラや盗聴器の心配がない地上まで上がる。
「…意識を失ってる間、俺はIAに呼ばれました」
「なに?」
「"早く目を覚ませ"---------と。今ならあの"セカイ"とやらにも入れそうですしね」
そう言ってポケットからスマホを取り出す。『Untitled』のアプリアイコンは、変わらず存在している。
「…本当にいいのか?」
「はい」
「獲物を狩る狩人が、獲物そのものになるんだぞ」
「財団や要注意団体に狩られるリスクは承知しています。全て覚悟の上です」
此方の目を真っ直ぐに見据えてくる英牙に対し、理雄も真摯の眼差しで応じる。
「…仕方ないな」
やがて、諦めた様に溜息を吐く。
「いいだろう、リスクなしで力を得た試しなんて俺達にはないからな」
「よかった。なら------」
「ただし、条件がある」
英牙は人差し指を突きつける。
「俺も力の受け渡しに同行する」
「はッ…!?」
予想外の回答に狼狽してしまう。
「なんだ、当たり前だろ」
「そんな…!部下が異常存在へと成りかねない状況を認識した上で黙殺したら、上官である天城さんも責任を問われますッ。最悪、不名誉除隊に---------」
「だから一人でコソコソしてた訳か?俺や仲間が知らない所で勝手に異能を得れば巻き込まずに済むって」
「ッ…」
「言っただろ、お前らの人生に関わるって。お前のその選択は、人としての生活を失いかねないリスクを孕んでいる。だったらせめて、その半分だけでも俺に背負わせろ」
「……!」
「俺じゃなくても、初雪達だって同じ事をするさ。お前だけを危ない立場にはしない。いつだって俺が……俺達がついてる。仮に財団からアノマリー認定を喰らったとしても、俺達はいつだってお前の味方だ」
英牙の強固な意志を前に、理雄は反論する言葉を失った。
「…これ以上何か言っても、引き下がらないんでしょうね」
「言っとくが、この条件が呑めない限りお前をセカイには行かせない。力づくでも止めるぞ」
「そんなボロボロの状態で?」
「満身創痍なのはお前もだろうが。仮に万全のコンディションのお前を相手にしても、この状態だろうが負けはしない」
「はいはい、そうですか。……まったく、頑固な所は変わらないんですね。貴方は」
「お前だって自己中で傲慢な所は変わってないだろ」
「そうですね、いつの日か初雪さんが言ってた通り、俺達は似てるのかもしれません。…だからこそ、昔はよく衝突したんでしょうね。互いにエゴが強いから。同族嫌悪ってヤツですよ」
「アレはお前がクソ生意気だったからだろ。今もクソ生意気だが」
「あれ?似てるって話はあくまで否定するんですか?それとも気付いてる上で認めたくないだけ?」
「うるさいッ。それより早く行くぞ」
いつになく意地らしい態度の英牙に苦笑しながら、二人はスマホを構える。アイコンをタップする直前、ふと気になった事があった。
「そういえば、コウはどうしてます?天城さんと一緒で俺より早く目覚めたって聞きましたけど」
「元気だよ。両腕をバッサリやられたとは思えない程にな。昨日なんか病室でスクワットして、目撃した看護師が腰を抜かしていたよ。傷も殆ど治ってる」
「……偶に思いますけど、アイツ本当に人間ですか」
「それに関しちゃ同感だな、そのうち財団の研究者にモルモットにされるだろ」
堂々と自分達の事を棚上げにして、二人は『Untitled』のアイコンをタップ。刹那、『命のユースティティア』が再生され、溢れ出した光が理雄達を包んだ----------。
*
二人が放り込まれた世界は、夕陽の輝きに満たされていた。金色の光を帯びた大都市は幻想的な美しさを誇る一方で、不気味な程の静謐が漂っている。人の存在はおろか鳥や虫の音すら聞こえてこない。僅かに風の吹く音だけが、二人の耳を奏でる。舗装された道路は罅割れ、高層ビルやマンションといった建築物の外壁は損傷がひどく、窓のガラスも見渡す限り全てが割れている。代わりにシダやコケ類といった植物が市街地の総面積の大半を埋め尽くしており、人の住処としてはとうの昔に消滅している印象だった。
『------やぁ、待っていたよ』
街を見下ろせる丘の上で立っていると、背後から落ち着いた少女の声がする。振り返ると、黒のブレザーとスカートに身を包んだIAが立っていた。ブレザーの胸元には、財団の
『よかった。ちゃんと来てくれたんだね』
薄い笑みを浮かべるIAに対し、英牙が理雄の肩に手を置く。
「俺は少し離れた位置にいる。ヤバいと思ったら止めるからな」
無言のまま首肯を返すと、IAの方へと近づく。英牙は後方に数歩下がった位置で待機していた。
『…その様子だと、覚悟は決まった感じかな?』
「その前に、幾つか質問したい」
正面からIAと向き合い、剣呑な眼差しのまま尋ねる。その瞳には、一切の虚偽を許さないと、有無を言わせぬ圧力があった。
「IA、アンタは財団ではなく、俺達ジュリエットに直接協力を求めた。---------その理由はなんだ?」
『………』
「悪いがコレだけには必ず答えてもらう。返答次第で、アンタを信用するか否かが決まる」
IAの真意を探るように問う。暫しの沈黙の後、彼女は真顔のまま答える。
『理由は主に二つ、一つ目は君の存在だ。君は私とこの世界にとって必要な存在であり、ジュリエットはそんな君が心から信頼する仲間達だ。だから君達を選んだ』
「俺の存在……か、それはこの前言ってた、いずれ崩壊するこの世界を救う為に必要------って事か?」
『そうだね、そう思ってくれて構わない。ただ理由はまだ話せないかな。私としても過去に失敗している訳だから、迂闊に情報を口にする事は出来ないんだよ』
「…………」
失敗………。それが一体何を意味するのか、今の自分にはまだ分からない。だが、その失敗に"この世界の志熊理雄"が関わっているのは、彼女の口振りからして間違いなさそうだった。
『そして、ソレが二つ目の理由------』
IAが指を二本立てる。
『かつて私は財団と接触し、その結果として最悪の事態を招いた。だから同じ轍は踏めない。それが財団ではなく、君達を選んだ最大の要因だ』
IAは瞳にハッキリとした拒絶の色を浮かべて、吐き捨てる。
『少なくとも私は、これ以上財団と関わるつもりはない』
どうやら彼女は、財団に対して相当な不信感を抱いてるらしい。
----------いや、ちょっと待て。
「アンタ……財団と接触した事があるってのかッ…!?」
『ん?あぁ……、君達は知らなかったのか』
「知ってるも何も…」
コイツの調査と確保の為に、自分達はわざわざ別世界から送り込まれたのだ。事実かどうかは不明だが、IAの様子から察するに、財団は相当な所まで彼女に近付いたと思われる。それもかなり前からだと推測出来た。だとしたら、自分達を派遣する必要性は低いのではないか。
『O/D作戦』は過去に三度行われている。一度目の派遣が行われたのが1965年。その後に行われた第二次、第三次O/D作戦で何らかの成果を得たとして、自分達が知らされているのは『謎の存在が一般人を別世界に拉致している』という一部の事実のみ。財団がそれ以外の何かを知っているとしたら、何故自分達に知らされていないのか。………いや、よそう。財団のブラックボックスを勘繰った所で何も出てきはしない。今はそんな事よりも、優先すべきは----------。
「…俺に、俺達に何をしろと?」
『基本的にはいつも通りで構わないよ。財団職員として、機動部隊の一員としてアノマリーの脅威から人類を守ってほしい』
「………それだけか?」
あまりにも人畜無害な要求に、思わず裏があるのではと疑ってしまう。
『私の望みは、この世界の存続が脅かされない事。言ったでしょ?『私と君達の目的は同じだ』って。君達は今まで通り世界を守る為に戦い、私はそんな君達に力と知恵を与える。ただし---------』
瞬間、IAの瞳が鋭利に細められる。空気が剣呑なものへと変わった------。
『万が一、財団が人類や世界の敵になった場合----------君達には、財団を裏切ってでもそれを止めてもらう』
銀髪の少女の低い声に対し、今度は理雄達が沈黙する。財団を敵に回す---------。組織に所属している身として、財団の力と恐ろしさを知っているだけに、それがどういう意味を持つのか……、無論正しく理解している。何より、既に自分の中で答えは出ていた。
「…正直、あまり考えたくはない状況だ」
『……………』
「だが、俺が財団に身を置くのも、この世界を守るのも、全ては俺が大切に想う人達を守る為だ。財団がその役割を果たせないというのなら、俺は財団ではなく、一歌達を守る側につく」
これが、理雄の嘘偽らざる答えだ。IAは暫し此方を見つめていたが、やがて後ろの英牙に視線を移す。
『それが、ジュリエット全体の総意?』
英牙は肩を竦める。
「少々不本意だがソイツの言った通りだ。俺達が財団に忠誠を誓う上で一番重要視しているのは、財団の目的と自分達の目的が一致してるかどうかにある。要は"自分が命を懸けてでも守るに値する存在"と、"財団が守りたい存在"が同じ枠内に入ってるかどうかって意味だ。互いの目的意識が決定的に異なる場合、俺達は地獄の最前線で自分から命を捧げる理由を失う。…そもそも好き好んで財団に入る奴なんてまずいないし、俺達が戦う第一の理由は"仲間の為"だ。仮に万が一、財団が人類に宣戦布告するなんて最低のシナリオが発生した場合、ジュリエットが財団に拘る必要は消えて失くなる」
『…………』
「ここに居ない仲間も、同じ意見だろう」
『………そう』
納得のいく回答を得たのか、IAは張り詰めていた緊張を解く。
『なら、協力はしてもらえる……という事でいいかな?』
「アンタが人類の脅威にならない限りはな」
念の為釘を刺しておくと、苦笑される。
『ハハハ、大丈夫だよ。…じゃあ、これから宜しく。ジュリエットチーム』
右手を差し出される。チラリと英牙の方へ目配せすると、無言のまま頷かれる。問題がない事を確認し、握手に応じようと小さな掌を握った瞬間------。
「ぐッッ…!!」
あの時と同じ、記憶の濁流が掌を通じて脳内へと流れ込んでくる。莫大な情報量を処理しきれず、脳が悲鳴を上げ膝を突く。
「あぐッ……がァァァッ……!!」
「理雄ッ!」
英牙が駆け寄ってくるが、それを手で制する。大丈夫、頭が割れそうな程の激痛ではあるが、脳に異常を来たすレベルではない。
「う……ぐッ……」
やがて、一気に押し込まれた記憶が脳内で霧散していき、酷痛の波が引いていく。
「カ……ハッ…!」
息が詰まりかけていた所で、ようやく空気が吸えるようになる。過呼吸にならないよう、深くゆっくりと、慎重に肺に酸素を取り込んでいく。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
心臓のリズムが正常な状態に戻ると、膝を突いたままIAを見上げる。満足げな微笑を口元に浮かべながら理雄を見下ろしていた。
『契約は成立した。君の中には今、
『時間の流れが永遠と化したセカイ』------IAはかつてそう言った。その力の片鱗を実際に目の当たりにし、強敵を倒したからこそ、今の理雄には一縷の希望といえた。
「おい、大丈夫かッ」
英牙に抱えられながら起き上がると、自身の額に手を当てる。
「……なんか、頭の方が死ぬほど痛かっただけで、他はあまり変化が感じられません」
「そうなのか?記憶の方はどうだった、何か見なかったかッ?」
理雄は首を横に振る。残念ながらあの時とは違い、今回脳裏に映ったのはあまりにも不鮮明なノイズのみで、音割れも酷く殆ど聞き取れなかった。あれではテレビ画面に映る
『そりゃそうだよ、アレは一種の"想いのカケラ"だ。それもかなり時間が経っている上に構造が特殊だから、触れても解読するには時間が掛かる。でも心配しなくていいよ。その内見えるようになるし、君なら力の方もいずれ使いこなせるようになる』
あっけらかんとしたIAの言葉に、苦い表情を浮かべる。
「前から思っていたが、何なんだその"想いのカケラ"って」
『セカイを生み出す強い感情、それは誰かの想いであり、本人の過去や記憶が詰まっている』
「記憶…?想いがセカイを創ると言ったが、その想いというのは、過去の記憶の事なのか?」
『記憶だけじゃない、今まで心に蓄積されてきた感情の全てがセカイを創造する種となる。この【夕暮れのセカイ】だって、君達が現在抱えている感情と、過去の思い出が具現化して生まれたものだ。この風景にだって、見覚えがある筈だよ』
「「……………」」
確かに、この荒廃した世界は戦場で幾度となく目の当たりにしてきた光景だ。もしかしたら、凡ゆる現実の無情に打ちのめされてきた自分達の心が、この空間を生み出したのかもしれない。……いや、IAの話が本当なら、実際その通りなのだろう。この様な場所が、自分達の無意識の中に存在するのだ。
ふと気付けば、IAは掌の上にガラスの破片……或いは宝石の欠片らしき物を浮かべていた。虹色に輝くソレを前に、理雄が尋ねる。
「なんだソレは」
『"想いのカケラ"。協力してくれたお礼として、これから君達には"セカイ"がどんなものかを観に行ってもらう』
いきなりの展開に、二人は思わず困惑する。
「待て、セカイって………他人のセカイにかッ?」
『セカイは一つだけじゃない。想いの数だけ、様々な形のセカイが存在する。そして今から向かうのは、理雄------君が今、一番助けたい人のセカイだ』
IAの発言に、理雄が瞠目する。
「ちょっと待て!それって------」
『さ、もう用意は出来た。あとはこのカケラに触れるだけでいい。君はどうする?志熊理雄』
「ッ…!」
未だセカイの本質は謎だらけのままだ。だがこれから向かう先に、えむに関する何かがあるというのなら、行方の分からない彼女を助ける千載一遇のチャンスだ。
一切の迷いと葛藤を捨て、カケラに手を伸ばした瞬間、内部から幻想的な光が発せられる。
「くッ…!」
「これは…!?」
増幅した光に呑み込まれた瞬間、二人の姿は消えていた。
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