Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
闇夜の雲を突き抜けながら極寒の世界を舞い降りる。終端速度290キロメートル毎時の高速の中、約2分間の自由落下を終え高度1000フィートでパラシュートを開傘。目標地点に着地する。他の隊員も続々と着地する。
英牙と初雪、龍一郎は綺麗に着地し。他は五点着地で回転しながら着地する。酸素マスクとパラシュートを外し地中に埋める。これらは現場を確保してから後方支援部隊に回収させる。隠密行動が基本である以上痕跡を残すわけにはいかないからだ。英牙が無線を使う。
「こちらジュリエットチーム、'ムンゾ'を通過。展開中、オクレ」
暗号を使って降下完了の意図を伝える。
*
北海道広尾町郊外某所 サイト-526 前線基地
「了解。複合即応部隊も現在展開中、認識コードはセプター1、2とする。引き続き任務を継続せよ。オワリ」
阿嘉慶三郎二尉は無線で応答する。表向きは広尾町の近くにある日高山脈襟裳十勝国立公園の環境事務所の一つとなっているこの場所は北海道における財団の貴重な活動拠点である。テントの中には最新の軍用無線や各種コンピューター、その他機材とそれらを使うオペレーターやサポートスタッフが8人いるが。その外側は円形の小さな建物の敷地であり、その周囲には澄んだ冷たい空気に包まれた草原と小規模なトドマツ、エゾマツなどの針葉樹林帯くらいしか見えない。サイト-526の本来の姿はその地下に身を潜めており、地下施設には500人以上の職員達が働いている。先程の暗号は’降下完了’を意味し、司令室の中にあるホワイトボードに書かれたチェックポイントの暗号欄の1番上の'ムンゾ’の欄にチェックを入れる。
目標施設は日高山脈の麓に存在し、ジュリエットチームは日高側、複合即応部隊は十勝側から展開し、その後合流する予定だ。
「彼等で大丈夫なのでしょうか……」
慶三郎の隣いるジュリエットチームに基本情報を説明した女性エージェント、田上由那が若干の不安を含んだ声を呟く。慶三郎がそれを聞き由那の方を見る。
「何か気になる事でも?」
「この世界の運命を異なる世界の人間に任せるなんて……、上層部は何を考えているんでしょうか…………」
彼女の意見は普通に考えれば当然だろう。イカれた黒魔術師の集団に異世界から来た顔も今日知ったばかりの面子に任せるのは一体どのような理由があっての事なのか。慶三郎は無感情の顔と声で答える。
「こちらと向こうのO5評議会の決定らしい」
「財団の最高機関が……ですか!?」
「我々が詳しく知る必要はない。彼等の言葉は絶対だ。それは’向こう'でも’こちら’でも同じだ」
「…………」
由那は口を噤んだ。彼等の詳しい事は徹底的に秘匿されている。彼等がそもそも人間なのか、存在しているかどうかすら怪しい存在ではあるが……。
自分達はそんな存在達に頼らざるを得ない。
彼等がいなければ、脆弱な人類はとうにアノマリーに滅ぼされているのだから…………。
*
国立公園の反対側に降下したジュリエットチームは日高山脈付近の川沿いを移動していた。この地域は4月〜5月にかけて雪が溶けるため、川は轟音を立てて激しく流れている。夜間で気温も低いはずなのだが、川は大自然が生み出した雪解け水を大量放出している。日高国立公園は年間40万人近く来園者が来るが、ジュリエットがいる場所と時間帯を考えれば財団が人払いするのはそう難しくはなかっただろう。分隊で2つの射撃チームを作り、英牙、理雄、向一、龍一郎のデルタチームと。信孝、初雪、悠間、悟のチャーリーチームに別れる。リーダーはそれぞれ英牙、初雪とし、向一のMG3汎用機関銃と信孝のMINIMI mk3軽機関銃を中心に組む。これにより、両者の火力が均等となり相互支援を行い独立して行動できる[射撃と機動]を相互に繰り返して行いやすくなる。セクションを様々に分割することが出来る作戦に最も適したフォーメーションだ。
「……向一」
理雄は同じ射撃チームの向一の背に話しかける。MG3を構えて無言無表情で静かに歩く大男はなんとも迫力があるが、それ以上に……。
「お前北海道出身だよな? ここはどうだ……、元の世界で日高山脈に来た事あるか?」
「いえ……」
「……‥……そういえばお前、雪は好きか? 俺も北海道出身で雪まつりとか結構好きで……」
「自分は小樽出身なので……」
「…………」
この通り会話が続かない方が正直やりにくい。陸上自衛隊の精鋭無比である第一空挺団出身の彼は機動部隊員になって一年も経っていない新人にも関わらず、英牙にも見劣りしない強靭な筋力、体力の他に格闘や射撃まで高い能力を持つにも関わらず、尋常じゃない程口数が少ない。彼がジュリエットチームに来て3ヶ月。皆彼の実力と縄文杉の様な大きくも静かな優しさは認めているが、コミュ症とも言える程無口な所には少々考えさせられている。
人の生まれ持った性格に口を出すつもりはないが、任務中以外でも大事な仲間とはもう少し近くで関われる様になりたい。そう思った先輩戦闘員の龍一郎が合コンをセットし、高校生から大学生くらいの若い女性達を紹介させた事があった。結果は無事成功し、彼はめでたく魔法使いになる権利を捨て大人の階段を登ったのだが……。
(こいつの連絡先……、女しかいねぇんだよな……)
理雄と他のメンバーの何人かはかなりの女好きなのだが、向一の場合はそれがかなり極端に現れていた。ジュリエットのメンバー達と連絡先を交換したのはこの世界にくる3週間前のことだ。
「もはやこのチームに童貞はいないか……、理雄はかなり前に捨てたんだろ? 中学で随分と楽しんだみたいだな」
龍一郎が理雄をにやけ顔で揶揄る。
「小学生で童貞捨て人に言われたくありませんよ」
12歳というジュリエットチーム最年少で童貞を捨てたのがこの先輩である。女好きのメンバーというのは理雄、信孝、龍一郎、向一の事である。
残りの4人は既婚者であり、1番モテる悠間は元々女性や恋愛に興味がなかったらしい。
そうしてしばらく歩いて30分程たつと、まだ雪がチラホラ残る針葉樹林の林の前まで来た。そこで待機していた機動部隊が8人程見える。体格からして全員欧米人だろう。
「……Scepter1?」
「That's right,there are 8 people from ν-7.
The others are Scepter2.eh?」
分隊長らしい男が英牙の確認に答える。流暢だが語尾にeh? がつくあたり、カナダ人だろう。身長185cm位の白人だ。暗視装置を外して顔をお互いに確認し合う。
「The goal is the villa at the end of this forest .Scepter2 is waiting to come to support at another point.eh?」
「 I got it .let's go」
こうして。16人の隊員達は林の中に消えていった。
15分程歩くと林を通り抜け、目標の山荘が見えてくる。見た目は古く見えるが、明らかに人の手が何度も加わっている故の頑丈さを感じる二階建ての山荘だ。
「こちらジュリエット1、'ルウム’到達。指示を請う。オクレ」
[司令部よりジュリエット1、了解した。偵察機の映像には二階のテラスに武装した見張りを1名確認。それ以外に脅威は目視出来ず、襲撃を許可する。オクレ」
「ジュリエット1了解、見張りを殺害後、周囲をセプター1に固めさせ目標施設に接近、突入する。オワリ」
陸上自衛隊出身の英牙は時々無線で[オクレ、オワリ]を使う事がある。ちなみに向一もこの癖がある。
龍一郎と向一、初雪に適当な狙撃ポイントに移動させ、セプター1の配置が完了後、襲撃が始まった。
「ターゲット、二階の見張り、エイム、頭部、距離500。ほぼ無風」
初雪がフィールドスコープ、レーザー距離計、風速計が一体となった光学機器で標的を観測し、龍一郎がそれに従い撃つ。向一はスナイパーとスポッターを守るフランカーとして周囲を警戒する。
「撃て」
初雪の短く機械的な声が命令する。龍一郎がM110A1のロングバレルモデルからサプレッサーを通して消音された7.62×51mm NATO弾が放たれる。寸分違わず見張りの頭蓋に風穴が空き倒れる。
「見張りを排除した」
無線から初雪の敵兵排除の確認が取れるや否や、英牙は残りの4人を連れて山荘に接近。中腰で一列縦隊を維持し、周囲を警戒しながら素早く建物に取りつく。1階の出入り口の木製ドアを悟が蹴り破り、間髪入れず理雄が閃光弾を投げ入れる。室内で強烈な光と180デシベル以上の大音量が発生する。すぐさま英牙が右から奥に、信孝がその背後を守る様に部屋の反対側に向かい。悟と理雄が入り口の両脇を固める。
リビングを確保。
続いて理雄が先頭に立ち1階の各部屋に入る。ここまで来ればもう敵にバレているのでコソコソする必要はない。一つ目の部屋で慌ててベッドから飛び起きた男を射殺。
その後、列の順番を変え別の部屋で信孝が二人目射殺。残り6人。
「1階はクリア。2階に向かう」
再び英牙が先頭、理雄が最後尾となり階段に向かう。死角を互いに補いながら階段を登り、AK47sを持って降りようとする三人目を射殺。
2階の部屋では待ち伏せしていた二人をすみやかに射殺し、窓から逃げ出そうとした二人を射殺。残り一人。
ふと下の階で物音が聞こえた。
「下に降りる」
英牙の指示に素早く従い、警戒を怠らず階段を降りる。1階を探索していると地下室の扉が見つかった。
「この中か……、夜中に便所に行っていて運良く逃げたしたようだな。悟、この扉破れるか?」
「……、いや。特殊な器具が必要になります」
悟は山荘に似つかわしくない鋼鉄の電子鍵の扉を前に呻く。向こうに何があるか分からないし、アノマリーだった場合下手に刺激したりすると面倒な事になる。後で一応の閉じ込めの為にも扉は破壊したくなかった。
「外にいるセプター2に応援を呼びますか?」
「いや、時間はかけたくない。逃すわけにはいかないからな……」
「では、コイツを使いましょう」
悟は左手に付けていたコンピューターガントレットを使い、6桁のパスワードをパスクラッカーにかける。
「世界が終わる前に開けてくれよ?」
信孝の冗談に「任せとけ」と笑いながら悟は応える。その後、時間にして3分も経たない内に扉は開いた。
「……流石財団製……、コエ〜」
財団のとてつもない科学力は文字通り未来の先取りかそれ以上である。その結晶の披露した曲芸に信孝は軽く戦慄した。
地下室に入るとそこは別世界だった。
「なんだこれは……」
そこは異様に広い地下壕だった。迷路の様に幾つもの道が存在し、多数の部屋が確認できた。いつ、どうやってバレずにこれだけの空間を作り出せたのか想像もつかなかった。おまけに季節外れの暑さを感じる。
「……一つずつ探していくぞ」
こうなってはシラミ潰しである。一つ一つ土が剥き出しの部屋を確認していく。しかし、大量の部屋があるにも関わらず人一人見つからない。人間がいた痕跡はある。この様子だと200人以上はいるはずなのだが……。
不審がっている最中、すぐ近くの道を人影が過ぎ去った。
理雄が先頭に立ち人影を追う。そしてある一室で最後の標的を追い詰めた。理雄はその男の顔を確認し……。
「……どうもこんばんは。クソカルトの信者様、それともこう呼んでやろうか? ………………鳥丸百九元下級研究員」
男はギクリとした表情でこちらを見る。学校に一人はいる典型的な隠キャと呼ばれるような根暗な雰囲気と愚鈍そうな素振りを見せる三十代の男。大して活躍することもなく、自分の才能を認めようとしなかった財団に対し逆恨みした元財団職員。そして過去に女性に振られまくったことから自身に関する認識と情報を改竄し、財団の機密書類を漏洩させ、財団への当て擦りとして複数の要注意団体に情報を流しているクソ迷惑で情けない軟弱な現実改変者。それがこの鳥丸百九である。
どういう訳か、現在元の世界の財団に要注意人物としてマークされているヤツがここで同じ事をしているようだ。