Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第3章【混沌の中から甦りしそれぞれの意志】
第十七話 偶像


 朝6時、理雄は強い眠気を感じながらもなんとか起き上がる。あれだけの激戦が終わってから7時間も経っていないにも関わらず、出勤の準備を始める。外部からの雇われとはいえ、あまり欠勤はしたくない。学校での評判や信頼に関わる。

 

洗面台に立ち洗顔と歯磨きを済ますとキッチンに立つ。フライパンに油を挽いて火をつけ卵を落とす。ベーコンと一緒に焼き、ミニトマトとレタスを水で切る。冷凍したラップに包んである白米をレンジで解凍する。

 

出来上がったものを全て大皿にのせ、テレビをつけて朝食を始める。半熟黄身の目玉焼きに醤油をかけるのは昔から変わらない。

 

テレビ番組は朝のニュース以外に面白そうなものはない。どのチャンネルも[小さなアパートの上下階の住人同士が天井越しに竹槍で突き合う]という謎のコメディドラマが放送されている。

 

ニュースに戻しても特に目立ったニュースはない。北海道での事も報道されていない。念の為スマホのネットニュースも見てみるが、やはりない。

どうやら無事隠蔽できた様だ。

 

それで良い‥…、一般人には余計な事は知らずに日々を平和に過ごしてほしいと理雄は思う。ニュースでは水族館でイルカの赤ちゃんが新しく生まれた事を笑顔で祝福し喜びあうスタジオのキャスターやゲストが映される。彼等を見ていると、数時間前の自分達の努力が報われた様な気持ちになる。

 

今日も俺は頑張れると、理雄は朝の陰鬱な気持ちを払った。

 

 

宮女への道のりはそう遠くもない。桜はまだ散っておらず、時間に余裕をもって出発したので軽く眺めながら歩く。東京23区には数百本の桜が植えられており、その中でも自分が一番好きのはソメイヨシノだ。淡いピンクが美しく、一瞬で散る儚さが尊い。

 

そんな思いを胸中に抱きながら、胸元のロケットを握りしめた…。

 

「あら、理雄先生…」

 

背後からおっとりした美声が聞こえる。振り向くと、桜とよく似た儚さを纏った美人がいた。

 

「‥早いんだな、雫さん」

 

時間に余裕をもってきたとはいえ、まだ早朝だ。生徒が登校する時間帯にしては早い。

 

「今日は朝練があるので…」

 

弓道部所属の二年生、日野森雫は矢筒等の道具を肩に背負いながらゆったりとした口調で話す。

 

妹とはまた違ったタイプの美人だ。性格も容姿もだいぶ志歩とは異なる。

ふと雫は理雄の目の下の隈に気づく。

 

「あら…?、先生。お疲れですか?」

 

「ん……まあな」

 

昨夜は帰還祝賀パーティーが近場のバーで開かれた。この世界で初の大型任務を遂行したのだ。その喜びと達成感は計り知れない。戦場で押し掛かるストレスは生半可ではない。それをほぐすために大量の酒を飲むのだが、このパーティーは死んだ仲間への弔いとしての意味も含まれている。

下戸の理雄もこの時ばかりは全力でウォッカを煽る。乾杯した後グラスで机を叩き一気に飲み干す。英牙あたりは平然としていたが、彼等いわく’ガキ'の自分にはかなりキツイ。

 

その後も朝の3時までどんちゃん騒ぎを続けた。帰って来れなかった仲間の分まで…。

 

……まあ、お開きになる頃に少々ハメを外したが…、

 

具体的には龍一郎がバーで引っ掛けた女の子とラブホに行く際、針で穴を開けたコンドームをコッソリ渡したり…。

 

ベロンベロンに酔った信孝を素っ裸にひん剥いてゴミ置き場に捨ててくるなど、ちょっと危険なイタズラをした。

 

‥生ゴミとして廃棄されてなきゃいいのだが…。

 

「…昨夜は妹と長電話しちゃってね」

 

「まぁ!、先生妹さんがいるんですね!」

 

自分と同じ立場である事に興味を持ったのか、話に食い付いてきた。

 

「まぁね、仲は良い方だと思うよ。顔も頭も良い可愛らしい妹だよ」

 

「そうですか!やっぱり先生に似て妹さんもしっかりしてるんですね!」

 

ちなみに妹の存在は嘘ではない。もっとも、'あの日’以降。自分と彼女の関係は単なる兄と妹のそれだけではなくなったが…。

 

「しぃちゃんも凄く可愛い子なんです!昔はよく甘えてきて…」

 

雫は惚気始める。初めて会った時から彼女はシスコンの一面を隠してこなかった。以前日野森邸にお邪魔した時も、志歩の部屋に途中乱入してきて実妹エピソードを長々と語られた。昔は寂しがり屋だの、よく抱きついてきただのと。アルバムを引っ張り出して嬉しそうに語る姉に対し、志歩は終始赤裸々だった。

 

「しぃちゃんからいつも先生の話を聞かされます。昔は色々と悩んでいましたけど、今はすごく楽しそうです。理雄先生の話題になると目を輝かせるんですよ」

 

非常に光栄だが、なんとも気恥ずかしい。しかしこの話題も本人が耳にしたらどの様な反応をするだろうか。

 

…願わくば、「もうお姉ちゃんとは口聞かないから」と絶対冷度の目で拒絶される事がない事を祈る。

 

よし、話題を変えよう。 と理雄は頬を染め未だに妹への愛情を語る雫に対し別の話を振る。

 

「君達が俺を快く受け入れてくれたおかげで、毎日が楽しいよ。君は最近どうだい?学校で何か楽しい事はあった?」

 

「…はい。新しく部に入った子が…」

 

突如、彼女の表情が曇る。嫌な事…いや、悲しい事を思い出した様だ。

 

彼女は曖昧に笑って誤魔化しているが、理雄はその僅かな変化を見逃さなかった。

 

「…雫さん」

 

出来るだけ優しい声で雫の目を見る。その目は悲しみと涙で腐りそうで心配だった。

 

「俺に…何か力になれる事はないか?」

 

「…え?」

 

「まだ時間はある。話くらいは聞ける…、辛い気持ちを無視できないなら。俺が乗り越える為に力を貸す」

 

「……」

 

雫は話すべきかどうか迷っていたが、志歩の件を思い出したのか。話すことを決めた様だ。

 

愛する妹を救ってくれた事から、雫は理雄の事を信頼していた。

 

「…お話‥聞いてくれますか…?」

 

不安が強く残る瞳で理雄を見上げてくる。

 

理雄はその目から視線を逸らさず頷いた。

 

 

 

早朝の宮女の校庭はまだ薄寒い。今日は運動部の朝練はないのか、グラウンドは静かなものだ。校舎からは吹奏楽部の朝練の楽器音が聞こえてくる。

 

そんな校庭にあるベンチに二人は座り。理雄は雫の隣で話が始まるのを待つ。心の準備の為に数分間の沈黙を要した後、やがて彼女の口が開いた。

 

「私はアイドルとして活動してきました。最初は右も左も分からなかったけど、同じグループの子達の助けもあって…。私は段々と輝ける様になっていきました。毎日が凄く楽しかったです。だけど…」

 

いつからか、自分以外のメンバーから妬まれる様になった。生まれ持った才能でどんどん活躍していく雫と、彼女のバックダンサーなどと呼ばれる様になった[cheerful*days]の他メンバー…。

 

ライブの際、センターでの活躍や仕事の大量オファーが来る度に彼女達からの悪意は強くなり、やがてそれは陰湿なイジメに発展した。

 

彼女達の目には、大して努力しなくても最初から周りに流されながら売れるアイドル。日野森雫はその様に映ったようだ。

 

彼女はそんなアイドルを…、これからも続ける自信を失くした…。

 

「………………」

 

理雄は話を聞いた後、しばらく沈黙する。

 

確かにひどい話ではある。だが自分はそれを仕方がない事だととうに結論を出している。

 

人間は善悪一体の生物だ。理論や理屈で全て解決し納得出来る程完璧ではない。

 

何処かのバカが「人間は神にもっとも近い生き物である」なんて戯言をほざいたらしいが。些細な違いを大きな問題とし、取り返しのつかない失態

を無様に続けてきた畜生どもだ。

 

訓練校にいた頃、トップを目指して仲間達と切磋琢磨していた自分だが。訓練生の中にはくだらない嫉妬を燃やすアホヅラが一定数いた。

 

そんな連中に興味はない。百害しかないし邪魔なだけだ。

 

 

毎日毎日訓練、また訓練という過酷な生活に耐えきれず辞めていく者。追い出される者。事故死した者もいた。

 

 

こういう類の人間は一括りに纏めて無価値以下の人間として見ている。自分を進化させられない者は戦場には不要だ。大事な仲間を守る為にも必死に己を鍛えなければいけないのに、くだらない事を喚くウジ虫は無視して置いていけば良い。母親に一生泣きついていろ…。

 

しかし…、雫は違う。

 

 

「君は優しいんだ…」

 

「…え?」

 

突然の褒め言葉に雫は呆気に取られる。

 

「優しすぎるんだ。君は…。俺と違ってね」

 

「そんな…、先生だって…」

 

「いや、俺は君程他人に優しくなれない。それは君の強さだ。だから今まで頑張ってこれたんだ。」

 

「……」

 

「実際、君は他のメンバーを一切責めていない。その強さがあったから君はここまで来れたんだ。優しい強さ…、頑張る強さを君は持っている。…君はすごく素敵な人だ。その在り方は輝いている」

 

「!…」

 

瞬間、彼女の目から涙が溢れでた。

 

今まで生まれ持ったモノだけで自分を否定されてきた…。

 

辛かった…。愛莉に言われた時はもっと辛く苦しかった…。

 

 

けど……………、

 

 

 

 

 

やっと報われた…。自分の全てを見て、認めてくれた。

 

 

 

随喜之涙を流す雫に理雄は何も言わずにハンカチを差し出す。

 

しばらくすると涙と嗚咽が止まる。

 

その目には儚くも晴れやかな美しさが広がっていた。

 

 

「…ありがとうございます。先生。私、少しこれからの事が見えて来ました。‥先生の言葉、すごく嬉しかったです…!」

 

花が咲き誇る様な笑顔ではない。だがこれから確かに咲き誇る花がそこにはあった。‥その笑顔を見て理雄は優しく微笑む。

 

「…そうか、力になれて良かった」

 

二人は立ち上がる。

 

「これから朝練に向かいます。‥先生、本当にありがとうございました」

 

雫は深々と頭を下げた後、弓道場に向かった。

 

理雄はそれを見送った後、ふと昔を思い出した。

 

雫は覚悟を決めた…。今後様々な物に向き合って進んでいくだろう。

 

だが………、自分はどうなのか…?

 

’あの日'。全てが狂ってからあらゆるものを捨て、見かぎり。無視して踏み越えて来た自分は、本来向き合わなければならない事が山ほどあるのではないか…。

 

…‥かつて、元の世界で見捨てて置き去りにした少女の事を思い出す。

 

 

幼馴染であり、妹であり、初恋の相手でもあったあの少女は今でも自分を

恨んでいるだろうか…。

 

遠い過去、最後に会った時の彼女の顔を思い出す…。

 

全てを失い、ただ1人残った愛する友に、肉親に、男に捨てられた彼女の…。

 

絶望と悲哀と憎悪に歪んだ顔を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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