Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
放課後、帰宅途中の理雄は電車に乗り'メグロ'を目指していた。交通網が混雑している東京23区はこちらの世界でも理雄を辟易させていた。
(徒歩で行きたい…。)
蜘蛛の巣の様になっている路線図を見たとき、理雄はゲンナリした顔をしながら過去の記憶から乗り場をなんとか思い起こした。どうやら交通システムは元の世界の東京と大差ない様だ。帰宅ラッシュの時間帯ではないが、それでも人が混み合う電車内で揺らされるのはキツい。元の世界で上京したばかりの頃は、極力徒歩でアクセスするようにしていた。理雄にとって電車やバスはとにかく嫌で嫌でしょうがないのだ。
(昔からよく酔っていたからな…)
小学生の頃から今に至るまで、乗り物に酔いまくったは人生を送ってきた。遠足も修学旅行も初めから最後までコレのせいで全て台無しにされたのだ。今は三半規管もだいぶイカれてきたおかげでマシになったものの、乗り物に対する苦手意識は未だ消えない。
電車から解放されメグロ駅に着くと、以前案内された通りの道に従い徒歩で移動する。しばらく歩くと小さな人形展が見えて来た。建物には[造られた人間]と書かれたオドオドしい看板が見られる。
[開店]のプレートが見えたので、そのまま木製ドアを開けて中に入る。
店内にはショウウィンドウの中に入っている小さなものから、人間台のものまで様々な人形達が理雄の来店を迎えた。
しかし生気を一切感じない彼等の目からは歓迎、というより呪われそうだと理雄は寒々しいものを感じる。
ある人形は西洋の騎士甲冑に身を包んだ偉丈夫だったが、その中から武人の如き覇気は感じられない。
またある人形は、雪の精霊を模したドレスを着た可憐な少女が踊り立っていたが。高さ30cm程度のガラスケースに収まっている彼女は、己の美しさを誇っているようには見えなかった。
そんな人形達の容姿は足から指の先まで丁寧に作り込まれており、作者の拘りと我が子への愛情のようなものを感じる。
…いつか彼らに魂が宿った時、己の外面の美しさを誇って欲しい。
人形達からそのような想いを感じた。
彼等の美しさは、生みの親である作者からの’贈り物’なのだろう。
店の奥まで行くと、古びた木製の手すりが付いた地下への階段が見えてくる。
階段の下に埋め込まれたプレートには、[不完全な神の世界]と書かれている。
…ここを降れば、自称'不完全な神'とやらに魂を吸い出され、自分もあの人形達のようにこの店に永遠に飾られる気がした。
理雄は帰りたい気持ちを必死に押し殺して、階段を降りる。急傾斜の段差に足を踏み外さないよう注意しながら降りると、目の前にクトゥルフ神話に登場する魔皇。[アザトース]が描かれた扉が現れる。
[自痴の魔王]と呼ばれるタコとミミズを黒魔術で融合させたような醜い怪物が、大量の歯をビッシリと生やした口を開き。すべての無限の中核で冒涜の言葉を吐き散らかして沸き返る様が、デカデカと描かれている。
人払いのつもりなのか、セキュリティ対策の一環なのかは分からないが。
この扉の先にいる人間が極度の人嫌いなのは容易に想像出来る。
覚悟を決めて扉を開くと、その中では現在進行中で生命の創造……、あるいはあまねく生命を冒涜するべく。手足や首を跳ね飛ばし、屍山血河を作りだすための儀式が行われていた。
部屋の中は薄暗く、あちこちに人形の骨組みやパーツが散らばり。特殊な着色料とカップ麺の臭いが充満している。奥には'必要な素材と道具'と書かれたホワイトボードに発注書と伝票が幾つも貼られており、机の上には造る人形のイメージが描かれたスケッチブックが広がっていた。
それ以上に理雄を不気味がらせたのは、この部屋全体に絵画や人形が所狭しと並んでいる事だった。上の店の比ではない。無機質な視線が360°全方位から突き刺さってくる。
[ジル・ド・レェの居城]の様だと理雄は思う。ここに住んでいる人間の精神状態は果たしてまともなのだろうか…。
「せんせー。何処だよ?」
胸中の不安を無視して本来会うべき人を探し始めるが、何処にも見当たらない。
「ここだ」
声の方に振り返ってぎょっとする。
落ち窪んだ黒い眼窩と背丈190以上の筋肉質な裸体。綺麗に頭髪を剃られた頭部から足元にかけてクトゥルフのカラータトゥーが彫られていた。全く見知らぬ男の人形だ。
「…何してんだアンタは…」
どう考えても声が聞こえてきたのはこの男からだが、人形が喋るわけがない。理雄はこの手の怪談話には強い方だ。何せ’本当に呪われた人形'を取り扱った経験があるのだ。本物と偽物の区別くらいすぐにつく。
「バア」と、その後ろから最近見知ったジャージ姿の女性が現れ、理雄はため息をつく。
「気は澄んだか?先生…」
「やぁ理雄くん、神の世界へようこそ」
女性にしては背が高く、悠間と同じくらいある。黒いジャージのズボンと紫Tシャツはだぶだぶによれており、何かの着色料が着いて汚れている。
肌は不健康な程青白く、存在感が希薄でどこか幽霊っぽい。風呂も入らず伸び放題の黒髪は枝毛と癖毛で酷い有様だが、よく見れば凄まじい美人である。
メリッタ・リム・柳瀬。
この人形展の経営者にして人形師。財団のクリアランスレベル1職員でもある。
在日韓国系5世のアメリカ人であり、重度の引きこもり。ほっとくと備蓄した食糧が続く限り、ここで引きこもっている。
「驚かし甲斐がないなぁ君は…、せっかく新しい恋人と出迎えてやったのに」
メリッタは不満そうな顔で男の人形を抱きしめる。
「誰だよコレは…」
「マイケル…、私の恋人だ」
「前はシェリーって女じゃなかったか?」
「残念ながら彼女はもういない。代わりの彼だ。人形はいいよ、無駄口聞かないし。彼等だけさ、私の気持ちを理解してくれるのは…」
そう言って漆が塗られた人形に愛おしげに頬擦りをする。
これで会うのはまだ2回目だというのに、理雄は既に諦めていた。ピグマリオンコンプレックス(人形偏愛症)の彼女を寒々しい思いで見守る。
彼女は生きている人間を極端に嫌い、人形なら男でも女でもイケるという。「人間ほど不完全かつ傲慢な生き物はいない」というのが彼女の座右の銘だ。
とっとと用事を済ませてすぐに退散しよう。理雄が口を開きかけたがメリッタの方がはやかった。
「君がサーキックから鹵獲したAK47Sも先程ウチの武器庫に運び込まれてきたよ。もっと綺麗に獲ってきてくれないかな?弾丸が直撃してレシーバーが傷んでる。それも2発もだ。ルパン三世だってエッチで自己中心的だけど射撃だけは得意なのに、君はエッチで自己中心的な上に射撃の腕も悪い。もう最低じゃないか。ぶっちゃけ聞くがなんで世界を逆恨みしてテロを起こしていないんだ?もうこの世に、本当の想いなんて何一つないだろう?」
「そんなに破滅的なのかよ、俺は!」
理雄はため息をついた。こんな残念美人でも財団から武器管理、開発、武器に関する情報管理を任されたエージェントで、とてもそんな風には見えないが芸術家の才があり、昔は人形業界の寵児だったとか。
「ところで君、新型銃の話は聞いたかい?」
「は…?」
「だから新型銃だよ」
「……聞いてない」
「なら撃って行きたまえ、私が開発したモデルだ」
立ち上がってガンケースの中に入っていた銃を取り出す。
一見すると子供向けの光線銃のオモチャの様に見えるが、銃身の真ん中あたりに透けている部分があり、紫色の液体…というよりスライム状の何かが入っていた。生物的な動きをしているように見えるし、饐えたにおいまでするのはどういうことなのだ。
「…先生、マイケル・ゴーニックの[クリープショー/2怨霊]に出てくる人食い液体生物って知ってるか?」
「あぁ、あれはトラウマになるよね。トムとジェリー、スポンジ・ボブ、人食い液体生物…、これらは二次元の世界におけるトラウマ代表トップ3と言えるね」
「変なの混じってないか?」
「ん?待てよ、いくらテレビ画面は平面でもクリープショーは実写映画だから三次元扱いなのか?君はどう思う?」
「よ、よし!仕事の話をしよう!」
「早く撃ってこい、撃たないと一言も喋らん」
「……」
仕方がない。理雄は汚らしい床を見ながら奥にある地下射撃場に向かう。
鉄扉を開けるとレーン(ブースからバックストップまでの動線)50ヤード(約46m)はある、そこそこ大きい射撃場に入ると、ブースに入りベンチの上にスライム銃を置き。イヤーマフを装着する。
ターゲット・トリガー・システムを使い、ハンガーに取り付けてあった的を18mの距離にセットする。
スライドを引き、一般的なアイソセレススタンスで構え…。
覚悟を決め引き金を引いた。
最高の威力だった!!
------などという夢のようなオチはなく、発射と同時に、中身の不気味スライムが理雄の顔面に襲来した。
「ぎぇああああああああああああッ!!!!」
理雄の絶叫と同時に、服に張り付いスライムが理雄の衣服を侵食する。
慌てふためく理雄を、いつの間にかきたメリッタはドアの向こうから眺めながら、腹を抱えて笑っていた。
「イヒャははははははは!!…どうだい、新型の感想は?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「…服が溶けてんぞ…、なんなんだよコレ?」
「あぁ、元は日本生類創研が開発した生物だ。衣服を食べるんだよそのスライム。今回はイタズラを含めて実際に浴びてもらったんだ。どうだい?これを下校中の女子高生に浴びせたら……。ゲシシシシ…、これがあれば世界はあっというまに楽園になるぞ〜」
どこぞの宮崎みたいなゲスな笑い方をしながら、メリッタは魂の濁った人間の瞳を輝かせる。服が溶けて半裸になった理雄は、そんな彼女のしょうもない発明品の実験にされた事に嘆息した。
いいから替えの服貸せよ…。
*
「それで?何を聞きにきたんだい?」
メリッタから渡された替えのジャージに着替えた理雄は、ようやく本題に入れると重々しい腰を椅子に下ろす。
地下にある彼女の作業室にて、メリッタと向かい合うようにして座る。
彼女と初めて会ったのは、この世界でジュリエットチームに合流した日の夜に、コッチのエージェントに案内された時だ。会って早々、彼女はゴスロリの少女の人形を抱えながら、「突然だけどアナタがスキ、アナタの魂ワタシにちょうだい?」と気色の悪い声を出しながら接触してきた。
今後はしばらく彼女から武器を調達する事になると聞いた時は、不安を通り越して絶望した。こんな精神異常者に銃を管理させるなんて、財団の上層部はミーム汚染で頭がクルクルパーになってしまったのだろうか。
「最近不審な武器がシブヤに流れていないか?」
「…随分と唐突だね」
メリッタは財団だけではなく、世界各地に展開する情報機関から武器に関する情報も扱っている。アメリカのCIAやロシアのSVRからも財団の記録・情報保安管理局を通じて彼女に情報が流れてくる。
「北海道では敵が想定以上に武器を持っていた。…いったいどこからきた?」
日本で銃火器を密輸するのは困難だ。ヤクザが安く仕入れた物、在日米軍の横流し品を含めても、この国で用意できる銃の量なんてたかが知れてる。だが件のサーキックの連中はAKを8丁、トカレフを3丁用意していた事が後に確認された。情報部による分析の結果、ここ3ヶ月以内に用意されたとの事だ。1000発以上の弾薬含めてである。
…なにか異常な手段でもない限りは不可能だ。
「なるほど、どこかのGOIが関わっている可能性がある…という事だね」
理雄は頷く。
メリッタはコンピュータを開き情報を漁りはじめる。
「そうさねぇ…、最近の報告だとカオス・インサージェンシーが1番怪しいかな。軍事部門の連中がロシアの分離独立派から大量の武器を密輸したそうだ。3日前に連中がオブジェクトを用いて視認しにくいように異常性を施したタンカーがあってね。異常に気づいた財団が戦術チームを派遣して船を制圧したんだけど、既に半年前から同様の手口で密輸を行っていたそうだ。もっとも、運んでいた連中は入国した後の武器の行方までは知らなかったようだがな」
「すでに運び込まれた武器の詳細は?」
「AK47 50丁、AKM 300丁、AK74 600丁以上だ。他にもそれらに使われる弾薬に加え、RPGまであるようだが…。現時点でこれ以上の情報はないね」
「随分ゴッソリ持ち込まれたな」
「向こうは新しい密輸方法をみつけたようだ。財団も対処に手を焼いているんだろうね」
「……」
それだけあれば戦争が出来る。シブヤを戦場にする訳にはいかない。
「ありがとう。参考になったよ」
この人のことを単なる精神異常者と思っていたのは最初の最初だけだ。
やはりこの人はすごい。
初めて会った日、理雄にルガーLCPを薦めたのも、サーキックに対する作戦に必要な装備も1番良い物をすぐに出せる所も、欲しい情報をすぐに用意出来る所に理雄は感謝すると共に。彼女の有能さに尊敬の念を抱いていた。
仕事が早く的確な人間は信頼出来る。彼女は自分達にとって欠かせない人物だ。
メリッタはニヤニヤ笑いながら軽く手を振って見送った。
「また来るといい、ヘイズ上級兵曹殿」
「…俺はまだ若いんだよ。エリス捜査官」