Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
シブヤのバスターミナルで降りると、理雄は今更ながら自分の行動に少々思う所があった。
せっかくの休日なのにやることがなく、結局仕事をしている。まるでワーカーホリックだ。
財団はそこらのブラック企業も真っ青なほど休みがない。1990年代に3Kという言葉が流行った。要するに[キツイ、汚い、危険]な仕事の事である。
財団は大昔のトンネル工事現場なんかより、はるかに危険な仕事をしている。24時間シフトが48時間に突然変えられるなんてよくある話だ。
ましてや緊急展開を常に行う機動部隊員なんかは、休暇中だろうが容赦なく電話一本で呼び出され。世界中、あるいは宇宙や異世界に24時間以内に送り込まれる。しかも生きて帰れる保証はない。
その為、休暇は我々にとって非常に貴重な物なのだが…。
(やる事がない…)
残念ながらこの世界で遊ぶ気にはなれない。セーフゾーン…安全地帯がない上に、共に遊びにいく様な友人がこの世界にいるはずもない。
ジュリエットチームの面子は各自、寝ている者、トレーニングをしている者、[異常存在交流課]の施設で、元の世界にいる家族と連絡を取る者など。
それぞれ休暇を満喫しているらしい。
しかし理雄には特に予定がない。ゆえに仕事で気になった事を自分で調べている訳だ。
(我ながら寂しい奴だな…)
まるで友達が1人もいない寂し奴みたいだと、思わず失笑してしまった。
もっとも、一匹狼の方が自分には合っている。元の世界にいる友人や知り合いの大半は、自分が財団なる組織に身を置き、日々人類の為に闇で戦っている事を知らない。
……知って欲しいとも思わない。
好きなクラシック音楽でも聴きながらロシア語の勉強でもしよう。そう思い図書館に向かった。
さて何を読もう。苦手な言語とはいえ基礎は出来てる。こういう時は外国本の原書を読むのが一番良い。その国の文化や風習、メンタリティなんかも学べる。
その時だった。
「いゃああああっ!!」
悲鳴が聞こえ、目の前の路地を曲がると。1人の少女をワゴン車に連れ込もうとする2人組の男が見えた。顔は覆面とサングラスで隠していたが、見た所武装はしていない様だ。
なら組みしやすい。
「オイ、何してる」
冷たい声を聞いた男達の1人がこちらに振り向き、すぐさま殴り掛かってきた。
目撃者を潰す気か…と、その拳を難なく避ける。
腕前は喧嘩慣れしたチンピラ程度か。すぐに済むな。
理雄は向かってきた男の側面に一瞬でまわり込み、顎に2発拳を入れ制圧。
2人目の男は少女を突き飛ばし、こちらに向かってくる。
男は組みついてきたが、素早く組手を解き顎に肘打ちを見舞う。そのまま背負い投げに持ち込みアスファルトに叩きつける。
「ガッ…!」と肺から空気が搾り出される音が聞こえた。
そのまま寝技に持ち込み、掴んでいた腕を引っ張り三角絞めで速やかに意識を刈り取る。
「ふー…」
息を吐き、男が完全に落ちた事を確認すると絞めを解く。
周囲は突然起きた誘拐劇にざわめき、何人かは警察と救急に通報していた。
理雄は立ち上がり少女の方に近づく。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です。…う」
少女は一瞬嗚咽を堪え、
「うわああぁぁぁぁぁぁん!!怖かったよぉ!!」
理雄に抱き付いた。…無理もない、突然誘拐に遭えば尋常じゃない恐怖を感じるものだ。だが泣けるという事は、精神的に安心した表れでもある。
恐怖が残っている人間は表情と体が引き攣り動けない。
(この子は…確か鳳さんだったか)
またもや自分の学校の生徒が巻き込まれる事に苦い思いをしていると。
「貴様ァァァッ!!えむお嬢様に何をしたぁぁ!!!!」
何処から現れたのか、突如大声を張り上げた着ぐるみが突撃してきて理雄は飛び上がりそうになる。
モデルは熊か何かだろうか、薄ピンクの毛並みに花が首と片耳に付いており、ジト目が特徴的な可愛らしい外見だが、ドスの効いた低い声が印象を180度変えていた。
どうやら理雄の周りを見てとんでもない誤解をしているようだ。
「待て、俺は誘拐犯じゃない!善意で助けた者だ!」
「嘘をつくなぁ!!貴様がお嬢様にやろうとした事、全て私の目とこの着ぐるみに内蔵されたカメラがみていたぞ!!!!」
随分と凝った着ぐるみを着た男は聞く耳を持たない様だ。
(ハァ…、面倒クセェ…)
理雄は心の内で溜息をついた。誰だが知らんが彼女の身内の様だ。殺す訳にはいかない。
掴み掛かってきた手を右手で弾き落とす。
(!…、すごい力だ。素人じゃないな…)
相手への認識を改めた理雄は素早く構え直し、前蹴りを着ぐるみの腹部に突き刺し距離を取る。
…悪いが着ぐるみとのスパーリングに付き合う気は無い。
(とっとと終わらせてやる…)
「ウオォォォォォォォォォォォォッッ!!!」
果敢にタックルに入る着ぐるみ。
理雄は両脇を締め、前屈立ちのように片足を後方に引いて、腰を落として重心を下げる。
相手のタックルを受け止め少し突き放すと、すかさず頭を押さえて首をロックし前方に引き倒す。
「ぐぇっ…!」
うつ伏せで体重を乗せて着ぐるみの上体を押し潰し、動きを封じ込める。
首を絞めて相手の動きを制しつつ、右肘を側頭部に2発打ち込み、間髪入れず右膝蹴りを頭頂部に突き刺す。
「ガッッ…!!こ、この…!」
抵抗する着ぐるみの後頭部に振りかぶった右肘を振り下ろす。鋭い震動。ビリビリと着ぐるみの脳に痺れが広がり、一瞬視界がブラックアウトしかけるが、えむを守るという強い意志が、着ぐるみを活眼。闘志を奮い立たせる。
「ぉ…、ォォおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」
起きあがろうとする着ぐるみに2度目の膝蹴りをかます。
(チッ…結構タフだな…、着ぐるみがダメージを吸収したか?)
殺す気でやれば効くかもしれないが、流石に少々まずい事になる。
着ぐるみ故に首、手足が太く掴みにくい。パワーもあるし体重もある。寝技ではダメか…。
素早く立ち上がり再び構える。着ぐるみはヨロヨロとしながらも立ち上がる。重い一撃を見舞われたからか、呼吸は荒く熱と共に激しい怒気を感じた。
「貴様……殺すッッッッ!!!!!!」
勢いよく突っ込んできた着ぐるみに対し、理雄は冷徹な眼で相手を見据える。
着ぐるみの攻撃を易々と躱すと、すれ違い様に関節蹴りで膝関節を破壊。
たまらずうめき膝をつく着ぐるみを尻目に、理雄は内回し蹴りの要領で右足を高く振り上げ、束の間、直上でピタリと静止。
「せぇぇいやああああああああああああああッッ!!!!」
断頭台のギロチンの如く、重い踵落としが着ぐるみの後頭部を直撃。轟音がして彼の顔面が路上のアスファルトにめり込む。
英牙から教わった技により、勝利の手応えを感じた理雄は、呼吸を整え残心をとる。
えむを含め周囲の人間は絶句していた。
理雄は構えを解き、冷たい目で着ぐるみを見下ろす。
------もしかして殺っちまったか?まぁ正当防衛だろう。コイツ最後の方は
「貴様……殺すッッッッ!!!!!!」とか言っていたし、死んだものは仕方が無い。
着ぐるみの体がぴくりと動いたかと思うや、両手を床面についてめり込んだ顔面を引き抜き、憤怒の形相(着ぐるみ越しだが多分そう)で理雄に詰め寄ってくる。
「貴様ァッ!最後の一撃殺す気だっただろう。私じゃなきゃ死んでいたぞ!」
「生きていたのか」
「悪いか!……ぐ…」
着ぐるみは膝をつく、加減したとはいえ片膝の関節はかなりのダメージを受けただろう。脳震盪も起こしているはずだ。
この程度で済むあたり、やはりただ者では無い様だ。
ハッと我に返ったえむが慌てた様子で駆け寄って来る。
「待って2人とも!着ぐるみさんも話を聞いて!」
*
「大変申し訳ございませんでした!!」
あの後、えむの事情説明により誤解は解け、駆けつけた警察に事情を話し終えた理雄達は。その場から一旦移動し、近くの公園に来た。
そして頭を下げる着ぐるみに対し理雄は。
「…まぁ、誤解が解けたようでなによりだ」
着ぐるみは足の負傷によりベンチに座った状態で謝罪している。
それに関しては完全に早とちりしたコイツの自業自得なので理雄からは何も言わない。正直、殺意を向けられた時、一瞬本気で殺してやろうかと思ったのだから。これくらい甘んじて受けて欲しいものだ。
鼻から息を吐き出す理雄は、ふと近くで自分を見つめる視線を感じた。
鳳えむがキラキラした眼差しでこちらを見上げているのだ。
「理雄せんせーすごい!着ぐるみさんをあんな風に倒しちゃうなんて!
まるで映画のヒーローみたい!!」
高いテンションではしゃぐ彼女を見て、理雄は少し困惑する。ついさっきまで誘拐されかけたにも拘らず、彼女の目はそんな事カケラも気にしちゃいなかった。まるで童女のように理雄を見つめている。
「せんせー!良かったらフェニックスワンダーランドに来ない?」
「フェ…なに…?」
「こちらのえむお嬢様は鳳家の子女であり、フェニックスワンダーランドは我がフェニックスグループが運営しているテーマパークで御座います」
着ぐるみの丁寧な説明に理雄は掌をポンと打つ。
「フェニーくんがいる所か、思い出したよ」
「そうそう!ねぇねェ一緒に行こうよ!お願いします!!」
「わ、わかった…だから引っ張るな…」
特に予定も無いので、彼女らの招待を受ける事にした。
*
着ぐるみの中の男は、途中仲間の車で病院に行く事になった。まぁそこまで酷くは無いだろう。この程度の傷は今まで何度か受けたが、大事に至った事はな無い。
しかし…。
あの青年は何者なのだろうか…。
お嬢様の通われている学校の客員講師で元自衛官だったらしいが、身のこなしはそこらの現役隊員よりも遥かに強く感じた。しかもあれで手加減してたとは…。
何より…………。
着ぐるみは思い出して一瞬ゾッとする。
あの目…、一瞬殺意を感じさせたあの目は…。そう、まるで…
地獄を覗き込みすぎた者の眼だった…。