Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第二十五話 日野森 雫

 

 

 「…そうか、これが雫の決断か…」

 

理雄は公園のベンチに腰掛けながらそう独りごちる。

 

 理雄のスマホ画面はこの世界でよく利用するネットニュースのサイトを表示していた。読んでいた記事は…

 

【日野森 雫 cheerful*days 脱退! ファンからは不安の声も】

 

 これは昨日の記事だ。つまり脱退は昨日発表された事になる。記事には突然の脱退に驚き、このままアイドルを辞めてしまうのかと思われたらしいが、雫本人がアイドル自体は今後も続けていく事を伝えると、周囲からは安堵と「この後どうなるのだろうか…」という不安の声が聞こえた-----と書かれていた。

 

 ------雫の意志とはいえ、自分が彼女を脱退に追い込んでしまったのではないか------と微かに罪悪感を感じた。

 

 「あら?先生、お身体は大丈夫なんですか?」

 

ふと顔を向けると、雫本人が制服姿で近くに立っていた。今は放課後だから此処にいてもなんらおかしくはない。

 

「肋骨2本が折れているが、安静にしていれば大丈夫らしい…」

 

 昨日正午。ミサイルに吹き飛ばされた理雄たちは救急搬送され、意識が戻った時には病院のベッドの上だった。特事課の刑事から簡単な事情聴取を受けた後、その日の内に退院出来た。

 

 負傷だけではなく他にやる事があった為、学校には療養休暇を申請した。しかし『要注意団体にミサイルで吹っ飛ばされました』と馬鹿正直に言える訳がなく、カバーストーリーとして【交通事故】を装った。

 

 雫をベンチの隣に座らせると、

 

「明日には復帰出来る。面白い授業を考えておくよ」

 

「まぁ!それは楽しみです!先生の授業、いつも楽しみにしていましたから」

 

雫の様子からは特に不安は感じられなかったが…

 

「…脱退したんだな」

 

「…はい」

 

 雫の表情が少し寂しさを滲ませる。今まで頑張って来た所を出て行くのはやはり感じてしまうものがあるのだろう。しかし雫は顔を上げると、

 

「これでいいんです。先生のおかげで私、新しい自分を始められる様になったんですから」

 

その目と言葉に偽りや翳りは見られなかった。……心配する必要はなかったようだ。

 

 「…そうか、なら良い」

 

「…あの、理雄先生…!」

 

目の前に雫の顔が迫ってくる。相変わらずの美貌に思わず面を食らうと…

 

「よろしければ…連絡先…交換しませんか…?」

 

「え?」

 

いきなりの要望に一瞬思考がフリーズする。

 

 脱退したとはいえ雫は有名人だ。ただでさえ教師と生徒というデリケートな関係上、接点が顕になれば面倒な事になる。いらぬ憶測を図るも者も出るかもしれない。

 

「今後も先生に教わりたい事があるんです。…ダメ…ですか…?」

 

真剣な表情は懇願に変わり、晴天を映した凪の様な瞳が理雄の目を突き刺す。……アイドルのカリスマ…いや、雫の魅力の一つかもしれない。こんな泣きそうな顔で請われればまず拒否など出来ない。するのは初雪くらいだ。

 

「…わかった。どうぞ」

 

パスワードを解除したスマホを渡すと、雫はパッと表情に花を咲かせ、

 

「ありがとうございます!先生」

 

嬉しそうに言う雫はスマホを受け取りホクホク顔で連絡先を交換し始める……が、

 

 「あら…?」

 

どうやら上手くいかないらしく。しばらく弄っていると…

 

ビィィィィッ!!と凄まじいアラームが理雄のスマホから鳴る。

 

 普通の音ではない。スマホから『俺の寿命が半分以上吹き飛んだぞッ、どうしてくれる!!』という魂からの絶叫を聞いた理雄は悲鳴を上げそうになる。

 

 ------先月買い替えたばかりなんだぞッ!-----

 

 申し訳なさそうな表情でこちらを見る雫に対し、怒っていないと手を振るのにかなりの労力を必要とした。

 

 再びスマホと格闘し始めた雫を尻目に気持ちを切り替える。空は快晴で雲一つない。顔を上げ悠々と翔ぶ鷲を見る。

 

 昨日の襲撃の後、81管区評議会は緊急会議を開き事の顛末を話し合った。しかし自分を含む当事者の証言は特事課の刑事の聴取内容のみで、カオス・インサージェンシーの’よくある襲撃'で済まされた。何故護送ルートが事前にバレて待ち伏せを受けたのか…といった重要な話は何もされなかったらしい。

 

 退院後に以前の任務で知り合い緊急会議に出席したデスクエージェントからその様に聞いた。

 

 一体どういう事だこれは…

 

 理雄は両腕を組んで再び思考に没入する。

 

横合いから聞こえてくる「あら…?」ビィィィィッ!、という本日二回目の絶叫は務めて意識しない様にした。

 

 まだまだ考える事はある。

 

 それは、カオス・インサージェンシーの目的は何かという事だ。

 

 あの要注意団体は発展途上国にて紛争を助長したり、武器を売買したりするだけではなく、傭兵の訓練や斡旋などもしている。現場にいた兵士たちはスペイン語を話していたが、中米系の訛りではなくスペイン式を話していた。彼らは単なる雇われの割には妙に連携が取れており、200mの距離からRPGを動いているパトカーに命中させている。RPGの弾頭は風の影響を受けやすく、実質的な有効射程は100m以下だ。それを倍はある距離から移動する目標に当てるだけの実力を持っている連中だ。おそらく下っ端ではなく軍事部門に直属する精鋭部隊だろう。

 

 しかしそれだけの用意をしておきながら、大した情報も能力もない雅弓を狙うとは考えづらい。

 

 彼女はただの上級職員の娘……ではないのか?

 

 それに共に警護任務に参加した薺たちの所属部隊、第108警護中隊はそこらの警備隊とは違った。後で調べてみると、81管区評議会に関する重要施設の防衛から上級職員の護衛までこなすエリート達であり、装甲車や戦車の他に戦闘用ドローンまで持っているという。

 

 これだけの豪華待遇を受ける必要がある人物はそうそういない。

 

 ------自分が知らない所で大きな物事が動いているのではないか。

 

 理雄は眦を鋭くする。組んだ腕の手を顎に持っていく。

 

 危険だ。例の武器大量密輸の事もある。このまま放置すれば取り返しのつかない事に------

 

「あら…?」

 

「お前はさっきから何をやっているんだ!」

 

 スマホを見ると、『もう限界です…』と弱々しく鳴っており、当の連絡先は交換出来てない。

 

 雫はしばらくスマホを眺めていると、やがて顔を上げ悲しそうな顔で言った。

 

「理雄先生、このスマホ、私のスマホから逃げる様なんです…。私の事嫌いなのかも----」

 

「----バカな事言ってないでちょっと貸せ…」

 

人の携帯を異常物品扱いする機械オンチアイドルから互いのスマホを奪い取ると、数秒で交換を済ませる。

 

「ホラ…この事はあまり口にするなよ。面倒な事になるから…」

 

 雫はスマホを受け取り、理雄の連絡先を見ると、花が咲き誇った様な笑顔を見せる。ファンが見たらその眩しさに卒倒するかもしれない。

 

「ありがとうございます!次の連絡が楽しみだわ!」

 

子供の様に喜ぶ彼女を見て、理雄は苦笑気味に笑う。

 

 日野森雫はこの時確かに、誰かを笑顔にしていた。

 

 

 

 

 

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