Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第二十六話 勇気ある者に敬礼を

 

 メグロにある人形展の地下室に入るべく、奈落の底を思わせる’穴'に足を入れ降りる。

 

 今日はどうしても彼女に会わなければいけないのだが、悪魔のグロテスクな口の向こうからケタタマシイ笑い声と、何かを断罪分離する壮絶な刃音が聞こえてくる物だから余計躊躇ってしまう。

 

 ウンザリしながら人除けの扉を押し開くと、カーテン付きのベットの上で嗤いながら何かを肉包丁で切り刻んでいる人影が見えた。

 

「ギェハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 中の女は嬌声と奇声が混じった哄笑をあげながら一心不乱に凶器を振りかざす。ズガンッバキンッといった痛々しい音を聞きながら悦んでいる様はまさに映画のシリアルキラーだ。

 

 ……完全に来るタイミングを間違えた様だ。

 

 被害者をバラバラにし終え満足したのか、荒い息をしながらメリッタが出て来る。その顔は恍惚としており、普段からは考えられない程イキイキとしていた。

 

「お楽しみタイムは終わったか先生?」

 

「…最高だったよ…、辛いけどマイケルとお別れするに値する快楽は得られた…くふ、くふふふふふ」

 

 いい歳して特殊な自慰行為に浸る人形師に理雄はため息を吐いた。まだ知り合ったばかりだというのにこれで何度目だろうか。

 

「先生、アンタその内セラミックの人形が飽きたとか言って、肉を持つ人形が欲しくなって殺人に手を染めそうだな」

 

「おっと、その考えは気づかなかったよありがとう。なに、君が苦しむ姿が見たいから君んとこの生徒達からアレしていってやるよゲヒヒ…」

 

「アンタが言うと冗談に聞こえないからやめてくれ!」

 

「バラした皮膚や髪は加工してウチの人形達の素材にでもしようかね…」

 

「だからやめろ!アンタ本当に芸術家なのかッ?」

 

「勿論だとも。加藤泉氏の様な『不思議な有機性』をモチーフに私は独自の解釈と『命を宿していない故の美しさ』を併せ持つ『完璧かつ異次元的な人間』を造るべく、常に美の研鑽に取り組んでいるよ」

 

「……………」

 

「まぁ、面倒臭くなったらその辺の見てくれの良い奴を殺して素材にすればいいしね。そういう意味では役に立つ理念だよ」

 

 メリッタは下卑な笑みを浮かべながら飾ってある絵画の足下のダンボール箱から何かを取り出す。

 

「昨日通販で買ったんだ。君も是非やってみるといい」

 

手渡されたソレは18禁ゲームのパッケージだった。理雄でも思わず吐き気を催す様な卑猥なイラストの上には【姫騎士陵辱24時〜オークに孕まされる清純な乙女〜】と載っていた。

 

「要らん」

 

「何故だ?……ハッ、君はまさか制服JK陵辱モノじゃなければ勃たないというのかッ」

 

「それは俺の幼馴染(ゴミ某)だ」

 

「いやいや謙遜する事はない。志熊理雄といえばその名で知らない者はいないよ。何せ君は、風で翻った下校中の女子高生のスカートの中を100M以上離れた所から肉眼で捉えられる驚異的な視力と、200M以上離れた所から飛んできた女子高生の飛沫を一瞬で識別して口に取り込むことが出来るほどの空間認識能力の持ち主だからね。セクシャルグレネーディアーと呼ばせてくれ、この性犯罪者め死ねッ」

 

「事実無根だろうが!」

 

「そうなのか?既にネットニュースで【深夜に女物の下着を被って全裸で走り回る男】がランキング1位になっているぞ?背丈と体重は君と変わらない様だが…」

       

「それはウチの変態仮面(宮崎)だ!」

 

 今すぐ奴の変態習性をなんとかしなければ---と理雄は頭を抱えた。するとメリッタはニタァっと笑みを浮かべながら----

 

「よし、これに君の顔を貼り付けよう。な〜に心配しなくていい、今時のCGはクオリティが高いからな。完璧な【変態仮面リオッ、参上!シブヤの街から公序良俗を駆逐してやるッ!!】を創り出せる。私のYouTubeチャンネルにアップしてやるよ。そうすればまた小銭が入る」

 

「有害チャンネルにも程があるだろッ…、'ピエロのボブル'も真っ青だよ!」

 

「ありがとう嬉しいよ!どうせKクラスでズタズタにされる世界だ。今のうちに私がしたい様にしたい事したいだけやってやるんだ。それが私に残された唯一の楽しみなんだ。ファハハハハハハハハハ」

 

理雄は絶句していた。一体何があればここまで世界に絶望出来るのだろうか。遥の様な吉祥天立像顔負けの大人気アイドルでも、この人格破綻者を救えはしないだろう。

 

 その時コーヒーがなみなみと注がれたビーカーが1つ、テーブルの上をこちらに滑ってきた。

 

「まぁ座りたまえ」

 

散々人をコケにして満足したのか、メリッタがようやく話を聞く姿勢になる。理雄は疲れた顔で向き合う様に座る。

 

 正面に座るメリッタは頬杖をついて声のトーンを落とし、しかめつらしい顔を作る。

 

「事件の事は聞いている。君も君の仲間も大変だっただろう」

 

メリッタは後ろの作業机の上から書類の束を渡す。武器に関する情報が中心の為か、そこまで厚くない束だ。

 

「私も調査依頼を受けて調べていたんだ。今分かっている事がそこに載っている」

 

パラパラとページをめくってみると、対戦車砲の残骸らしき写真に目が付いた。

 

「これが俺たちを?」

 

 メリッタは頷く。

 

「そうだ。対戦車ミサイル【ミラン】その派生モデルの1つ、ミラン2Tだ」

 

「西側製の兵器だよな?確かフランスと西ドイツが共同開発した…」

 

1971年に開発された第2世代対戦車ミサイルであるミランは、現在でも世界中で運用されており、1980年代のソビエト・アフガニスタン戦争では西側からの供与を受けたムジャヒディン(イスラム戦士)によって多数のソ連製戦車が撃破されている。写真のミランは砲塔が持ち去られ台座が破壊されていた。

 

「おそらくイランから流れたものだろう。情勢が不安定な中東では武器の需要が高いからね。連中も武器の売買はしやすいだろうさ」

 

「あれだけ派手にやっておいてよく隠蔽出来たな」

 

「それは永遠の謎だね。とりあえず武器に関しては特に留意すべき所はないかな」

 

理雄はこの事件における1番の疑問をぶつける。

 

「先生、今回の事件おかしな事が多すぎる。警護計画の漏洩だけじゃない、上層部の事後の対応といい……そもそも何故クリアランスすら持っていないあの子が狙われた?財団は何を隠している?あの叛逆者達の目的は?先生の方で何か調べられないか?」

 

メリッタは肘掛け椅子に背をもたれかけ息を吐く。

 

「レベル1で武器に関する事以外は専門外だからね…。下手に上に噛みつけばそれこそ私は死ぬ。キャリアも実際の命もだ」

 

ただ…とメリッタは続ける。

 

「81管区評議会には昔馴染がいる。何か情報がないか探る様頼む事は出来る」

 

「信頼できるのか?そいつ」

 

「私の作品の中に以前から欲しがっていた物があってね、ソイツと引き換えにすれば良い」

 

 メリッタに促され部屋にある人形の一体を見る。黒い喪服の様な礼装を纏った少女の人形だ。釣り糸で祈る様な姿勢をとっており、下の台座には【30万】と値段が書かれていた。

 

理雄はチラリとメリッタを見る。

 

「…あんな物欲しがるあたり、アンタ同様マトモじゃないなその友人」

 

「生きたままバラバラにするぞ」

 

「やめろ勘弁してくれッ」

 

 

          *

 

 

 店を出た後しばらく歩きながら考える。何か分かればいいのだが…

 

そうしていると、目の前のコーヒーショップの曲がり角から1人の少女が飛び出してくる。

 

「---ッ、ごめんなさい!」

 

そう言って理雄の後の方に走りさってしまった。

 

(あの桃色の髪…どこかで…)

 

「…あ!志熊先生!?」

 

「…花里さん」

 

声が聞こえた方を振り向くと、メンタルタフネスこと花里みのりと他に2人の少女がいた。

 

…2人とも知ってる顔だ。

 

「志熊先生?」

 

「桐谷さん…雫まで」

 

 既にシブヤに戻っていた理雄は意外な所でこの3人に会った。

 

「…随分急いでいる様だがどうした?」

 

「ッ!そうだった!志熊先生、桃井先輩見ませんでした?」

 

 ……見覚えがあると思ったが思い出した。確かウチの2年生だ。

 

「さっきぶつかりかけたよ。かなり急いでいたみたいだが、何かあったのか?」

 

「じ、実は…」

 

 みのりから事情を聞いた。

 

「だから、桃井さんはCheerful*Daysの劇場に…」

 

……随分と行動力がある様だ。

 

「…雫」

 

「ッ?」

 

「俺もその劇場に行っていいか」

 

雫は一瞬困惑の表情を見せる。

 

「え…どうして…?」

 

「俺も、全く関係がないわけじゃないからな」

 

「関係…?先生、どういう事ですか?」

 

「実は…」

 

理雄は数日前の相談の件を2人に話した。

 

「そんなことが…」

 

「で、でもそれは私が決めた事で…!」

 

「分かってる。…だが仲間の為に行動した桃井さんを放ってはおけない。無理を承知で頼む」

 

仲間を決して見捨てないのは俺も同じだと理雄は思う。ましてや自分と違って訓練を受けたわけでもない少女が勇気を振り絞って動いたのだ。大人であり、教師の自分が何もせずにはいられない。

 

理雄をしばし見た後雫は…

 

「…分かりました」

 

「ッ!助かる」

 

 

 

 

 

 

 劇場に理雄達は入った。そこまで広くないレッスンスタジオにはCheeaful*Daysのメンバー達と、それに向かって何かを言い争う桃色の少女がいた。

 

「…そうね、わたしは逃げた」

 

悔しそうに話す彼女の拳は震えていた。

 

「わたしは、アイドルとして活躍出来ない事がイヤで逃げて、そこでもアイドルとして見てもらえなくて、逃げたわ」

 

それでも、彼女は真っ直ぐな目で叫ぶ。

 

「妬んで、不貞腐れてるだけのわたし達とは……全然違うのよ!!」

 

そんな彼女に雫は近づき、優しく手を取る。

 

「愛莉ちゃん……」

 

「ごめんなさい、雫」

 

無念そうな表情で愛莉は俯く。

 

「わたし、最低だった。自分の事ばっかりで、雫の事ずっと傷つけて……雫はずっとわたしの言葉を信じて、みんなに希望をあげる為に、ずっとずっと頑張ってたのにッ……!」

 

震える彼女は歯を食い縛り、嗚咽を堪えていた。

 

------彼女も尋常じゃない葛藤を抱えている様だ。

 

「…ていうかさ、なんでまた雫がここに来るの?こっちは大変だったのに」

 

「愛莉に泣きついて、代わりに文句?そういう所がムカつく」

 

「ホント、いなくなってよかった」

 

……なんだと?

 

「…!アンタ達ッ…!」

 

「あ…!!」

 

「桃井先輩!!ダメ!!」

 

激情した愛莉が手を振りかぶり------その手が空中で止まる。

 

「…ッ!?」

 

「…その辺にしておけ」

 

細い手を掴んだ理雄は静かな----それでいてよく通る声で説き伏せる。

 

「アイドルがそんな事をするべきじゃない」

 

「そうですよ桃井先輩!!桃井先輩はアイドルなんですよ!!」

 

みのりが後押ししてくる。

 

「はぁ?愛莉は昔に辞めたんでしょ?」

 

「…ありがとう、みのり……それと先生も…、頭に血が上ってたわ」

 

溜飲が下がってきたのか、長く息を吐いて落ち着きを取り戻す。

 

「…みのりちゃん、理雄先生も、ありがとう」

 

「礼はいい、大した事はしていない」

 

「うん、止めたのも志熊先生だし…」

 

雫は愛莉に改めて向き合う。

 

「…それに、愛莉ちゃんも、ありがとう」

 

「雫……ごめんなさい」

 

「ううん、いいのよ、愛莉ちゃん、さっき言ってくれた事、とっても嬉しかった」

 

抱きしめ合う2人を見て、仲直りできた事に安堵する。

 

そして------Cheerful*Daysのメンバー達に振り返る。

 

 

 

 

 

 

「………呆れたな」

 

 

 その声に、その場にいる全員が震え上がる。

 

鉄の様な無機質かつ重厚な低い声は、金属さながらの絶対零度を誇っていた。

 

無言で彼女らに歩み寄り、中央の1人の前に立つ。

 

「…な、なによアン---」

 

最後まで言わせず、彼女の真後ろの壁に右手を突く。轟音と共に壁が陥没し、周囲に静寂が満ちる。

 

理雄は冷たい目で見下ろしながら、恐怖で固まっている醜悪女に向けゆっくり口を開く。

 

「…まぁ、アンタらも努力はしたんだろうな。どうしても嫉妬は隠せないし、色々と鬱憤が溜まるのは無理もないのかもしれん」

 

だがな…と声のトーンをさらに落として顔を近づける。

 

「俺の大事な教え子達を侮辱するのは許さない。雫に向き合い、彼女が死に物狂いで頑張ってきた事実を認め、壁を越えると決めた桃井さんとお前らは違う。雫が小さな水槽から広い海に出ようとする魚なら、お前らは糞だ。そうやって一生才能やら見た目やらと言い訳して妬んでいろ。…自分がただの糞でしかないと気付かない限り、お前らは永遠にそのままだ」

 

蔑みが混じった悪辣な表情で言葉を吐き切る。…これ以上話していると本当に吐きそうだ。

 

右手を引き踵を返す。楽しくお話した本人は力無く崩れ落ちる。誰も一言も声を出せなかった。

 

理雄は苛立ちを息と共に吐き出す。

 

「…すまん、少し感情的になった」

 

少ししていつもの無感動な表情に戻る。雫はゆっくりと首を振る。

 

「えぇ…安心して下さい。私はもう、戻らないから」

 

 

 

 劇場を出てしばらく歩くと、愛莉がおずおずと口を開く。

 

「あの、先生…」

 

「ん?」

 

「よくあんな事言いましたね…わたしが言えた事じゃありませんけど」

 

「……誰かの努力と勇気をバカにされて黙ってられるか…」

 

俺はそういう輩が大嫌いなんだ…と理雄は独りごちる。

 

「…今更ですけど、志熊先生…ですよね?」

 

「あぁ、君とは授業で一回会ったきりだったな…。そうだ、志熊理雄だ。3人とはまぁ……ごく普通の教師と生徒の関係だ」

 

「えぇッ!?お話も聞いてくれて、連絡先も交換したのに…!」

 

余計な事を…、雫が地雷原でタップダンスを始めた。

 

「ええッ!?先生、日野森先輩と連絡先交換してるの!?」

 

「え、まぁ、うん…………そうだな」

 

理雄は明後日の方を向いて答える。するとみのりが携帯を取り出し、

 

「そうなんだ!じゃあ私ともお願いします!」

 

「エ…」

 

「ダメですか?」

 

「……いいよ」

 

どうにもこの子は押しが強い。推しも含めて熱烈な少女である。

 

        

 

          *

 

 

「雫、ごめん、わたし、自分の事だけしか考えてなかった」

 

「愛莉ちゃん…」

 

「本当にごめんなさい、許してなんて言えないわ」

 

「ねぇ、愛莉ちゃんにひとつ、お願いしてもいい?」

 

雫は愛莉に、もう一度アイドルをやって欲しいと言った。

 

そして、愛莉に対する想いも伝えた。

 

「分かったわ…でも!アンタも一緒にやるのよ!!」

 

雫の肩を強く掴む愛莉、そして愛莉もまた、雫に対する想いを伝えた。

 

「…分かったわ、一緒にやり直しましょう。…一度は諦めちゃった夢だけど…愛莉ちゃんと一緒なら、追いかけていけると思う」

 

「ッ!…ええ!わたしこそ、今度こそ絶対に諦めたりしないわ!…よろしくね、雫」

 

「…うん、頑張りましょうね、愛莉ちゃん!」

 

2人は固く手を握り合う。それを見たみのりが嬉しそうに笑う。

 

「良かった!桃井先輩も日野森先輩も…」

 

「……………」

 

ふと見ると遥が沈鬱そうな顔をしていた。

 

「遥、その…アンタも、たまには一緒にやらない?」

 

なぜか若干苦々しい顔で声をかける愛莉。

 

「正直に言うと、教えて貰いたいのよ。わたし、1日でも早く勘を取り戻したいから…」

 

「………ごめんなさい。私はいいです」

「私からもお願い…」

 

「…やめてッ!私には…」

 

遥は悲痛な叫びをあげる。いつの日かの神社で見た表情だ。

 

「私にはアイドルをやる資格はないの!」

 

……資格?

 

同じ疑問符を浮かべた愛莉は尋ねる。

 

「それって…どういうこと?」

 

「…いえ、深い意味はないです。ただ、言い間違えただけで…」

 

「遥ちゃん…」

 

みのりが心配そうに呟く。それに気づいた遥は苦笑いを浮かべ、

 

「気にしないで、私は今は学生として、普通の生活を送りたいの」

 

「…頑張ってね。応援してる」

 

「……………」

 

遥は雫の言葉を最後に何も言わなくなった。

 

「…すみません。これで失礼します。先生も…」

 

「…気をつけて」

 

そのまま遥は理雄達の前を去った。小さくなっていく遥を見ながら愛莉が呟く。

 

「言い間違い、じゃないわよね、アレ…」

 

「何かあったのかしら…」

 

「……………」

 

「…?理雄先生?」

 

「…なんでもない、俺も帰るよ。…じゃあ…」

 

「あ…はい…」

 

雫に別れを告げてその場を後にする。

 

…どうやら彼女達には、今後もしばらく苦難の道が続く様だ。

 

 

 

 

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