Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
桜結衣は弓道部の練習を終え、自宅への帰路についていた。スマホを見てみると時刻は午後7時となっていた。春とはいえこの時間帯になると辺りは暗闇に包まれる。自分が歩いている道はちょうど人気のない公園内に入っていた。街路灯以外の光は見られず、人も動物の声も一切聞こえない。静寂で満ちた闇夜を結衣は歩いている。
今日の部活では後輩達が春の新人戦に向けて気合いを入れて練習していた。自分はもうすぐ引退だが彼女らの頑張りを見ていると、安心して勇退できる。
特に日野森さんの頑張り様は目を見張るものがあった。少し前まで暗い表情をする事が多かった彼女だが、最近は活き活きとしている。人気アイドルとしてテレビに出ている時とは違ってどこかフワフワした感じになっていたが、おそらくあれが本来の彼女の姿なのだろう。気になって何かあったのかと聞いてみると、最近関わる様になった教師から勇気を貰ったらしく、新しい自分として一歩前に踏み出せたそうだ。
……なんでも『背が高く陰のある女顔の男で冷たく見えるが、優しくて誠実な人』だそうだ。
自分は未成年の財団職員だが、卒業後はレギュラーエージェントとして危険な仕事にも駆り出される。……正直不安はある。だが日野森さんが勇気を出して一歩を踏み出した様に、自分も前に進まなければならない。不安な事は将来を共に生きると誓った人に話そう。彼なら受けとめてくれる。
暫くそうして歩いていると、正面の闇が蠢いた。不審に思って目を凝らすと、やがてそれが1人の男だと分かる。
黒いパーカーを着込みフードを深く被っている。顔は見えないがこんな時間にあの様な格好をしてる人間が普通とは思えない。前方から来る人物に自然と警戒する。
「------桜結衣だな?」
前方にばかり注意が向いていた為、突然後方からの声に反応が遅れた。
振り返った瞬間、腹部に鋭い衝撃が1発------体が硬直しその場に崩れ落ちる。
「……ッハァ、カッ…あぁ…!」
顔を上げようとして腹を蹴られる。仰向けにされ視線が天を向く。激痛に意識が遠退きそうになりながら腹部を見る。銃創が腹部に穴を開け、鮮血を流していた。
男2人が結衣を見下ろし、サイレンサー付きのUSP拳銃の銃口を彼女の顔に突きつける。
(……ここで終わるなんて…、私はッ…!)
自分はまだ死ねない。突然殺された尊敬する先輩の仇も、愛する人との未来も手に入れてない。こんな所でッ……!
直後、消音された銃声が1発鳴る。
発射された9mm拳銃弾は結衣の眼球を貫き脳髄を破壊。
その日、桜結衣の意識は永遠に閉ざされた。
*
「------ダメだ。桜結衣との連絡取れません!」
午後8時、理雄たちは警察の装甲車に扮した車両に乗り、国道246号線を激走していた。人口密集地故に人払いが間に合わない為、警察庁特殊急襲部隊【SAT】に扮して行動している。服装も装備も現行のSATが使用しているものに近い。顔はバクラバで隠している。
「クソ…これで3人目だぞ…」
英牙が毒づく。今回の任務で狙われている財団職員の確保と救出に向かって1時間近く経っているが、これまで既に2人もの職員が殺されている。
-----約束を果たす前に……クソッ…
悔しさを顔に滲ませる理雄を見て、英牙たちは内心驚いていた。
「…お前……、なんか変わったか?この世界に来る前は骨の髄にまで自己中心ぶりが染み込んでいたろ」
初雪の無遠慮な物言いに苦笑する。相変わらず辛辣な口調だ。
「自己中なのは一生変わりませんよ。ただ、まぁ…」
理雄はそこで一旦言葉を切る。
「少しばかり守りたい人と、見届けたい事が出来ただけです」
元の世界では、守りたい人間なんて殆ど残っていない…。今まで戦ってきたのは、究極的に言えば全て自分の為だ。リリカからの想いも、誇りも…、全てを忘れない様に、全て自分が自分である為に、戦いによって己の存在を示してきた。……諦めずに抗ってきた。
……強い自分として抗う事以外、自分には何もなかった。だが…
この世界に来て、自分の中の何かが変わった様な気がする。
「……守りたい奴が出来たなんて、お前の口から聞くとは思わなかった」
初雪の言葉に、車内の空気が少し温かくなる。微笑を浮かべるメンバーに対し若干の気持ち悪さを覚え始めると、信孝がにやけ顔で口を開く。
「なんだよ。『綺麗な理雄』か?『綺麗なジャイアン』みたいに……その内持ち前の毒舌を忘れた天使になりそうだな」
「お前が一緒に来なければ3日でそうなっていたよ」
一歌達の前では間違っても口に出せないが、こいつらの前では自然と毒が吐き出てくる。元の世界ではよく見る光景だ。すると英牙のタブレット端末に情報が更新される。
「…任務変更だ。西30番通り付近の駐車場で銃撃戦発生。敵勢力と味方エージェントが撃ち合っている様だ。悟。進路変更、応援に行く」
サイレンを鳴らしながら装甲車は急旋回、別の道路に入る。ハンドルを取る悟は一般車と比べて重たく扱いづらい装甲車を器用に操る。
「現場は警察によってある程度避難されている。マスコミも撒かれているが注意しろ。俺たちはあくまでSATとして動く。一般人には可能な限り接触するな」
「交戦規定は?」
「接敵次第発砲を許可する。言うまでもないが市民に当てるなよ。兵器使用は小火器のみに限定される」
「敵の数と装備は?」
「小銃で武装した9人だ。カオス・インサージェンシーと推定される」
「こちらの応援は?」
「偵察用ドローンが一機。駐車場一帯は警官隊で囲まれているが、斬り込むのは俺達だ。その後SATの主力部隊が来る」
「到着まで30秒!!」
英牙が作戦説明をしている間に目的地に近づく。
「エージェントの救出が最優先だ。…装備点検!安全装置解除、暗示装置起動!」
全員が手にしているM4A1カービンやMINIMIの状態をチェック。FASTヘルメットのNVGシュラウドに付けられたPVSー31Dのマウントを下ろし展開。視界が薄暗い世界に早変わりする。
「降車10秒前!」
理雄は目を閉じ静かに息を吐く。
10……9……8……7……
---ここからはあらゆる非道が許される---
6……5……4……3……
---今の自分は宮女の教師じゃない、兵士だ---
2……1…
---お前は裏にちゃんといるな?なら…---
…0
-----さぁ起きろ、暴れるぞ-----
活眼、もう1人の理雄が牙を剥き、剣を抜いた。