Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第三十三話 財団内戦

 

 西暦1924年6月12日から1926年10月10日まで続いた財団内戦は、既存のO5評議会に忠実な財団職員で構成された体制派と、トライアドの間で行われた大規模な武力衝突。最終的に体制派は52.3%、トライアド側は87.9%の戦死・戦傷者・行方不明者を出す結果となった。

 

『このトライアドが、後にカオス・インサージェンシーとなった』

 

1924年から1925年7月まではトライアドが優位だった。トライアドの部隊は8大陸へと分散し、ウェストン将軍が最高軍事責任者となった。

 

一方、体制派は1924年6月から7月にかけての混沌の中、組織の再編成、再組織化に苦闘していた。体制派の非常事態対応局には、財団が直面していた事態に対する有効な計画案はなかったのだ。また、当時トライアドは体制派の幾つかの計画のコピーを入手しており、事前に体制派の動きを予測し対抗できた事も大きかった。

 

8月になってようやく評議会は司令部をアメリカに再成立させる事に成功した。(後に監視司令部として知られる事になる)評議会は2人の死亡者と2人の裏切り者の代わりとなる人材を加え、非常事態宣言を行うと共に幾つかのトライアドに対する抜本的な処置を行なった。

 

FDIAPR(財団内部問題・職務責任部)の廃止、代わりの最高審問局の設立…。

 

トライアドの支持者が大量にいた財団最高司令部の解散、代わりのO5評議会が直接武装部隊を指揮するO5司令部が指揮統制機構の頂点に設立…。

 

 

トライアド部隊に対抗する為、一個連隊規模の武装機動任務部隊が10個編成された’ジャンディア師団'の創設…。

 

 

後は職員の無断外出の禁止と情報の検閲、制限。半独立系の財団内部の週刊誌、’財団モニター'の発行差しどめ等…。

 

『その後体制派は、トライアド側の施設の金融資産の凍結、財団内部のトライアド支持者の特定・粛清……と色々やったらしいが、まぁ、これがあまり上手くいかなかったようでね…。、ジャンディア師団もトライアド側の武器化されたSCPオブジェクトや、戦略・戦術的情報の漏洩、政治将校による指揮への干渉に苦しめられた』

 

続く敗北により体制派側の士気は急落、大量の離反者とO5評議会へのあからさまな反発を招いた。

 

そして、1925年2月。トライアドは中央議会を結成する為の選挙を行なった。スコットランド、パース近郊にあるセクター12で中央議会は開催され、ウェストン将軍、フリッツ博士、フレデリスク伯爵が指導力を維持していた。また、88歳という年齢とアルツハイマー病の罹患の疑いがあるという理由から、フレデリスク伯爵は静かに公衆の目から隔離されていた。

 

 

1925年7月になると、消耗した体制派とトライアドの戦力比は2:3まで達していた。

 

O5司令部は新たな戦略が急務であるとし、ジャンディア師団の司令官を7月上旬に更迭。新たな司令官として、ウィリアム・チャタートン准将が就任した。

 

チャタートン准将は偽の計画書をセクター12付近に流出させ、北極海のノヴァヤゼムリャ島にあるサイト-99に誘い出し、決戦を挑んだ。

 

トライアドの上陸部隊指揮官、ソビエト連邦海軍代将、ユーリ・ゾルネロヴィッチは、ニコラス皇帝の死に関与した人物であり、その情報を体制派のモグラによって聞かされたフレデリスク伯爵は激怒し(フレデリスク伯爵はロシア帝国軍の高い階級を有し、ニコラス皇帝に仕えていた)、ゾルネロヴィッチ代将と口論の末、射殺した。

 

現地時間……1925年7月24日、0500時。コルグエフ島の北に達した時、トライアドの小艦隊は機動部隊-クシー13から選抜された攻撃チームにより設置された吸着機雷が起爆され、護衛の巡洋艦12隻の内、10隻が轟沈。大型兵員輸送船15隻の内6隻が同じ運命を辿った。残った艦艇も甚大な被害を受け、ジャンディア師団の艦艇と戦闘爆撃機の襲撃に晒された。次々と味方艦が撃沈されていく中、フレデリスク伯爵の旗艦のみが海岸に辿り着き、歩兵部隊が上陸を試みたものの、海岸で待機していたジャンディア-4による機銃掃射で全滅した。

 

この'コルグエフ島の戦い'で、トライアドは僅か3時間足らずで利用可能な実動部隊の三分の一を失い、これ以降、戦局は体制派に有利に傾いた。

 

「フレデリスク伯爵は?」

 

『この戦いでは死ななかった。捕縛された彼はその後トライアドに関する知識と引き換えに自宅軟禁という身の保全を選んだ』

 

「シッ…」と信孝が失笑した。他の者も軽蔑した様に鼻を鳴らす。まぁ、我が身大事は人の本能だ。責める気はないが尊重はできない。

 

『その事を知ったウェストン将軍とフリッツ博士は激怒した。伯爵の地位を剥奪し、彼の職務は2人によって分割して行なわれた。フレデリス伯爵は捕縛から一週間経たずに卒中を起こして寝たきりになり、1927年に孤独なまま老衰で死んだ』

 

1925年8月に入ると、トライアドは後退を始めた。チャタートン准将はコルグレフ島の戦いの余波による優位を活かし、8月と9月にそれぞれインドシナと南アフリカのトライアド部隊に連続的な攻勢を仕掛けた。トライアド部隊は主戦力の三分の一の損失による動揺、そして予備兵力が殆ど無意味にベルギー領コンゴとエチオピアの施設を防御していた為に、インドシナ、南アフリカ両戦線で壊滅的な敗北を喫した。

 

戦いはプロパガンダの領域でも行なわれ、此方も体制派が遥かに多くの成功を収めた。

 

トライアドが運用していた兵器転用SCPオブジェクトも、実際は未知の存在を利用するリスクの高さ故に、実際は転用しておらず、偶々自分達にとって都合の良い災害が起きた時に『あれは我々がオブジェクトを用いて起こした』と宣伝することくらいだった。

 

……………もとから思っていたが、やはり無理があった様だ。

 

 

1926年3月25日、体制派の暗殺部隊がフリッツ博士の監督するサイト-37に潜入し、フリッツ博士が暗殺されると、ウェストン将軍が最後の指揮官となった。

 

追い詰められたウェストン将軍は、それまで周囲から大反対を受けていたSCPオブジェクトの使用規制を解除し、新たな戦略的優位を確保しようとしたが、財団の基本理念である確保・収容・保護に反する決断にトライアド側職員は疑念を抱き、多数の職員が体制派に離脱。…中にはエリアに勤務する職員全員が丸ごと離脱するケースもあった。

 

どのみちウェストン将軍の決断はあまりに遅く、戦争末期の半年間に発生した体制派の犠牲者数は、それまでの衝突での犠牲者の二倍にも及んだが、体制派の勢いが遅滞する事はなかった。8月に入るとトライアド側の保持していた施設は1ダースにも満たなくなっていた。

 

 

 

9月、サイト-37にジャンディア師団が雪崩れ込んだ。

 

トライアドは殆どの施設を放棄、スコットランド、バース郊外のセクター12に撤退、そこで籠城し、包囲戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

そして、1926年10月……。

 

 

セクター12に立て篭もったトライアド部隊に対し、無条件降伏を拒絶された財団は1:12という圧倒的な戦力差を持って殲滅にかかった。止むことのない砲撃と空爆、神経ガスの使用の解禁……。最終的には財団唯一の戦車中隊の正面攻撃により、セクター12は壊滅。ウェストン将軍は野戦砲弾によって戦死。最後まで抵抗していたトライアド部隊57名も降伏し、彼らは 後に大逆罪で銃殺された。

 

 

 

 

『……こうして、財団内戦は終結した…が…』

 

「蘇ったわけですね。新たな要注意団体として…」

 

理雄の言葉にホーンビー大佐は『その通りだ』とニヒルに笑う。

 

セクター12の降伏と’最後の57人'の処刑後、財団はトライアドの生き残りは全て駆逐したと考えていた。……だが7年後、財団諜報部がある人物のスピーチの写しを手に入れた。

 

『それがこの男、ダミアン・オコナー少佐だ』

 

ホロディスプレイに白人男性のモノクロ写真が表示される。

 

『アイルランド人扇動家であり、元機動部隊指揮官。かつてマイケル・コリンズ率いるアイルランド共和国軍からスカウトされ雄弁な戦略家だ』

 

彼は1928年にポドロギスタンでトライアド残党の秘密会合で定例のスピーチをしており、そのスピーチの写しが1933年に回収されたのだ。それまでトライアドの残党は財団の監視網に捉えられておらず、財団防諜部の中堅分析官、アーサー・ピアースは、ここ数年に発生した明らかに関連性のない出来事とリスボンの隠れ家で回収された文書を結びつけた。

 

1933年3月5日、ピアースはO5評議会に対して'とある財団に対する混沌の反乱者'と題した警告の書簡を送った。オコナー少佐が書簡を開封した時、彼は喜びを露わにした。その後、トライアドの残党は【カオス・インサージェンシー】と名付けられた。

 

『財団内戦後、彼らが持ち逃げしたオブジェクトは5から数百の範囲、元職員は数十から数千と推測されている。1933年以降のカオス・インサージェンシーに関する詳細は別の秘密区分に属しているからこの場では話せないが…、第二次世界大戦時は第三世界諸国や植民地での勢力を拡大する為に大変動を利用し、東西冷戦時は西側、東側双方の軍や諜報機関に潜入し、第三世界の多数のゲリラや独立運動家を支援し、内部闘争や戦闘も交えた政治論争を行なってきた。彼らは自らの信奉する政治的指導者に従う政権ができるよう、土着の政治的基盤を不安定化させる事が目的だった。1962年には【武装サイト-59離脱未遂事件】なんて事もあった…』

 

1991年以降は、相互に異質で多様な緩やかな細胞の社会的ネットワークであると考えられている。彼らの特徴的戦術、戦略、イデオロギーは極めて多様なものであり、様々なグループ、組織、政府と結びついているが、それらは合法的な存在を隠れ蓑に実体を隠している。現在もカオス・インサージェンシーに対する有効な防諜戦略は存在しない…。

 

『…以上が、カオス・インサージェンシーの正体と歴史だ。何か質問は?』

 

「「……………………」」

 

沈黙の中、最初に口を開いたのは理雄だった。

 

「つまり……、今回81管区評議会内の不穏分子と繋がっているのは、何処かの砂漠だかジャングルからきたグループの一つに過ぎないと?」

 

『その通りだ』

 

『ソイツらの目的も規模も解らない?』

 

『言っただろ?多種多様だと』

 

「…………」

 

まずは犯人探しからか……。そこから芋蔓式に敵の目的を探らなければ…………いや、待て。そういえば…。

 

ホーンビー大佐は一息吐くと、凝った首を左右に回す。

 

『長話が過ぎたな。さて、質問がなければこれで…』

 

「大佐殿」

 

理雄が言葉を投げかける。気になっている事があった。

 

「調べて頂きたい事があります」

 

 

 

 

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