Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第三十五話 仕事は楽な方がいい

 

 南雲慎一博士の隠し部屋は、3m四方の小さな部屋だった。ロックウールの壁には何らかの実験結果が書かれたメモ用紙や、生物の解剖初見などが貼られていた。目の前の小さな机には豚の生態模型と黒いノートパソコンが置かれており、研究結果は書類ファイルではなく、全てパソコン内のクラウドに入っているようだった。その為部屋の中は整然としている。

 

「南雲博士は生物学者のようですね…」

 

「事前に通信履歴を調べた。靫原研究員だけじゃなくサイト-44にある【未確認動物学部門】にも連絡を取っていたらしい」

 

悟はノートパソコンの電源を点ける。案の定パスワードが掛かっている。

 

「ごく一般的な8桁のパスワードか…、楽勝だな」

 

パスクラッカーで難なく開くと、設定済みのデフォルト画面と共にデータファイルのアイコンが何個か表示される。一つ一つ内容を確認していくと、例の’デカい鶏モドキ'の物と思われるファイルが見つかった。

 

「これは…」

 

どうやらこの生物の細胞の分析結果らしい。報告書の下には【サイト-44発】と書かれていた。おそらく未確認動物学部門の本部の研究機関に検査を依頼していたようだ。

 

その中で2人が目を引いた箇所があった。

 

 

『本個体は、既存のSCP-3199の卵と同レベルの耐久性を持っており----』

 

「冗談だろ…」

 

思わずそう呻いてしまった。

 

あの卵は1200MPaを超える高圧に耐え、高精度ブレードや強酸にも耐える事が出来る。それと同じレベルの耐久性を成体…それも大型ともなれば…

 

物理法則上、生物はデカければデカい程自重で己の体に負荷がかかる。クジラが浜辺に打ち上げられれば潰れるし、ダニが東京タワー並みにデカくなれば自分の体を支えるどころか、皮膚呼吸すらままならない。つまり……

 

「コイツは皮膚の硬度…筋肉の量…内臓の強度…全ての力が桁外れだ」

 

「制圧に向かった機動部隊も大損害を被った様ですね…。最終的には対戦車砲のHEAT(成形炸薬弾)で消し炭にしたわけですが…」

 

「そういえば連中は独自にアノマリーの研究をしていたな…、さしずめコイツはオリジナルの個体をいじくり回して作った’兵器仕様'ってとこか?」

 

「その上、催眠剤らしき薬物まで検出されてますね…、知能の低いコイツをコントロールする為でしょうか…」

 

 推論を重ねていくが、やはり確信までは遠い。規定世界では現時点で4体が壁の中に樹脂で生きたまま固めるという、外観がかなり凄惨な収容プロトコルで封じ込められている。それと同様の手段で封印されているこちらの鶏モドキ……

 

彼らが生きた個体を手に入れられるとしたら、発見地のアイルランドか、EuclidからKeterに格上げされるキッカケとなった収容違反時か…。いずれにせよ、強化されたとされる個体を見つけなければ真相には辿り着けない。

 

「悟さん、コイツの死体ってまだラボの中ですかね?」

 

「流石にないだろ、今頃は財団の所有する死体安置室に運ばれてるだろうな。その後焼却場に…」

 

悟はそこでハッとする。理雄の方を見ると、我が意を得たりと確信して頷く。

 

「目当ての死体があるかもしれません。運び込まれた場所を探しましょう」

 

 

 

 

 

 

「………つまり、オタクらはその死体を見物する為だけに、こんな朝っぱらから来た…と?」

 

【 SCP財団 第526生物型異常個体死体収容所】を訪れた理雄たちを待ち受けたのは、如何にもやる気がなさそうな気怠げな男の声だった。

 

30代前半で、不精髭を生やしボサボサの頭を面倒臭そうな表情でかく男は林田と名乗った。顔には『物好きな奴もいるものだ』と書いてある。林田は手にしたタブレット端末から要求された死体の情報を閲覧する。

 

「既に解剖も検査も終わってるんだよね?何でまた今更…」

 

「どんなヤツなのかこの目で見ておきたくてな、こっちは仕事柄いろんなバケモンと対峙するから、対策の一環としてアノマリーの生態を直接目で確認したいんだよ……。まぁ、所謂予習だ。弱点とかも知っておくと参考になるしな」

 

肩を竦めて見せる悟に、機動部隊は大変だなぁ…とでも言いたげな顔でタブレット端末を差し出す。

 

「じゃ、一応規則だから、ここにIDかざして」

 

端末の表面にIDチップが埋め込まれた免許証をかざす。財団職員は自分の本当の身分が公にされる事がないよう、何らかの形で秘密のIDを隠し持っている。理雄の場合、表社会では大抵普通の身分証明書にこっそりとIDチップを埋めて持ち歩く事が多い。

 

端末に表示されたデータを確認して、林田は建物内の案内を始める。

 

昨夜、件の死体が運び込まれた死体安置所を特定した理雄達は、その時既に閉鎖時間になっていた為、翌日の朝6時半にこの安置所を訪れた。この施設は研究待ちか、あるいは既に用済みになったアノマリーの死体が焼却場に運び込まれる前の待機所となっている。

 

林田に案内されながら長い廊下を歩き左右を見渡すと、プライベートバンクの様な霊安ボックスが並んだ壁一面は、全て鉄格子で仕切ってある。

 

「…死体相手にここまで厳重にする必要あるか?」

 

「死んだと思ったヤツが息を吹き返したり、死んだ後に異常性を発現された事が何度かあったからね。過去には死人も出てるようだからその教訓」

 

そんな事があるのか…とゲンナリした。

 

…いや、死体だろうがアノマリーはアノマリーだ。死んだから安全なんて常識に囚われていれば、財団は明日にでも壊滅しているだろう。

 

そんな事を考えていると、目的の場所に辿り着く。【A202】と区分けされた鉄格子の鍵をカードキーで開錠すると、狭い出入り口を潜る。

 

防腐処置の一環として、建物内は冷房が効いててやや肌寒く、自分達がいるこの場所が、冥土への入り口の手前の様に感じた。果たしてここに収められている死者達は彼岸に辿り着く事が出来るのだろうか、世の理から外れた彼らの行く末は……。

 

林田が目当ての霊安ボックスを見つけると、取っ手を握り手前に引っ張り出した---------が、

 

「……?」

 

中に入っていたのは、件の生物の手足のみで、主要な部位である頭部や胴体が見当たらなかった。

 

「あれ?おっかしいなぁ…」

 

林田が首を傾げながらタブレットを操作していると、やがて合点がいったのか、あ〜と嘆息の声を上げる。

 

「この死体、デカすぎるってんで、首と胴体だけ先に引き取られた様だよ。昨日の夜にだ。惜しかったね…」

 

「そんな…」

 

それでは何も確認出来ない。残った手足だけでは調べて得られる事など………

 

「…待った、その引き取った連中、何者だ?」

 

「何者って…、よく使う’運送会社'だよ」

 

運送会社?といまいち要領を得ない反応を見せる理雄達に対し、林田は呆れた様子の眼差しを向ける。

 

「アンタらこの手の死体処理のプロセス知らないの?同じ財団職員だよね?」

 

「…専門外だ、知らなきゃ悪いか?」

 

ギロリと睨みつけると、慌てて林田は説明を始める。

 

「異形の死体を運ぶ際、管理元不明のトラックとか使うと、公道で不審がられて警察に調べられるよね?もしバレたら後始末とかがものすごく面倒くさくなる。だから財団のフロント企業…この場合は食肉運搬業者とかに牛や豚の冷凍肉の運搬と偽って焼却場まで運んでもらうんだよ。それらの会社は実態のないペーパーカンパニーと違って表社会でも一通り実績がある所を使うから怪しまれにくいんだ」

 

「昨日の夜運んだ会社は?」

 

「【不死鳥運輸】」

 

どこかで聞いた事があると思ったら、鳳えむの実家の【フェニクス・グループ】の子会社だ。理雄がこの世界のスーパーなどで購入する食肉品

も、その大半がこの会社によって運ばれてくる。シブヤでもそこそこ有名な企業の一つだ。

 

一瞬、えむの父親が財団と繋がっているのかと思ったが、財団と不死鳥運輸がどの様な形で関係を持っているのか分からない以上、それは憶測に過ぎなかった。子会社と言っても1番上の人間が末端の全てを把握しているとは考えづらい。

 

「そいつ等はまた来るか?」

 

「うん、今日の昼前に来る予定だよ。なんで?」

 

「行き先は?」

 

「さぁ、保安上の問題もあるから…、焼却場の場所やそこまでのルートは僕みたいな下っ端には教えられないし…」

 

理雄と悟は顔を見合わせる。現状、誰が味方で誰が敵なのか分からない以上、上級職員に接触すればこちらの動きが敵に感知される恐れがある。林田の上司もまた信用ならなかった。

 

カオス・インサージェンシーがあのビッグ鶏モドキに深く関わっている事は間違いない。自分達だけで作ったのか、だとしたらあんなものを何処でどうやって作ったのか----。

 

いずれにせよ、不死鳥運輸が彼らと裏で繋がっていたとしたら、証拠となるこれら全てを速やかに始末しにかかるだろう。

 

(どうする?昼まで待つか?)

 

隣の悟に視線を向けるが、こちらの意を汲み取ったのか、首を小さく横に振る。

 

…確かに、何時間もここで張り込んでいたら周囲に怪しまれる。それはやがて内部に潜んでいる敵の耳に入るかもしれない。敵は人口密集地だろうと巻き添えを気にせず市街戦を展開する奴らだ。こんな閉鎖的な所で強襲を受ければ袋の鼠だ。となると…。

 

「連中すぐにでも来て貰う必要がありますね」

 

「だな…」

 

「何の話?」

 

会話に置いてけぼりを食らった林田が胡乱げな瞳でこちらを見ている。

 

理雄は林田に改めて向き直ると、『霊安ボックスの空きが少なくなってるから、すぐに引き取ってほしい』と不死鳥運輸に連絡を入れてくれと頼む。

 

「協力してほしい」

 

途端、林田が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「何?それ僕がやらなきゃダメなの?そっちの事情も聞かされずに他人に嘘吐けなんてさぁ…」

 

「アンタに迷惑はかけない。頼む。何も聞かずに電話を1本入れるだけでいいんだ」

 

「そんな事言われても…」

 

「アンタだって、仕事は暇な方がいいだろ?」

 

「は?仕事?……まぁ暇すぎるのもなんだけど、忙し過ぎるのは勘弁だなぁ…でも何で?」

 

「今協力してくれないと、この国が人間の死体で溢れかえって、人間用の霊安ボックスが不足してここのアノマリー用にも人間が詰め込まれる事になる」

 

真剣な言葉に林田が息を呑む。

 

「それは、どういう…」

 

「説明は出来ない。だがアンタの力が必要なんだ、頼む」

 

理雄と悟のただならぬ雰囲気に圧倒されたのか、林田はやがてゆっくりと頷き…

 

「…わかったよ。朝っぱらから聞く冗談には聞こえないからね、最前線で戦う君達が言うんだ。就職浪人を続けた末たまたまここに就いた僕が力になれるなら」

 

林田はズボンのポケットから携帯を取り出すと、今までの気怠さはどこにいったのか思う程、快活な声で電話に出る。

 

「---あ!不死鳥運輸さん?どーもお世話になっております!526の林田です!……はい、実はですね、こちらで預かっているNo.12-Gなんですけども-----」

 

 

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