Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
校門前に出た神代類は、懐から紙片を一枚取り出す。
「今日の午後にショーをやるんです。よければ来てください」
受け取ってみると、フェニックス・ワンダーランド内で開催される舞台ショーの当日券だった。開始時間は午後2時からとなっている。
「俺に?」
「えぇ、彼女も是非見に来て欲しいと…」
「彼女?……あぁ…」
おそらく鳳えむの事だろう。そういえば以前に、彼女にまた見に来てくれと言われたんだったか…。
「午後は特に予定ないから、行けたら行くよ」
起動部隊という職柄上、いつ呼び出しが来るか分からない為、つい曖昧な返事をしてしまう。
「…君らの調子はどうだ?」
とりあえず世間話でもしようと、会話を続ける。
「メンバーも揃いましたし、練習も準備も沢山しましたからね、本番は最高のパフォーマンスを発揮できますよ!」
ただ…と、類は少し残念そうな顔をする。
「フロー……宮崎さんが暫く来れなくなったのは少し痛いですね、今まで人を惹きつける役回りにおいて重要なポジションを担ってましたから…」
…惹きつける?
「志熊さんは宮崎さんとお知り合いなんですよね?彼の状況について何かご存知ですか?」
「あ〜…、実家のゲイバーの手伝いらしくてな…」
嘘は言っていない、一度脱柵しやがったものの、真面目には働いていたらしく、今日中に懲罰解除となる筈だ。
「そうですか…、実家の…」
「ショーには間に合わないだろうが、今日中に戻ると聞いている」
’ゲイバー'という単語に反応しないあたり、信孝のフェニランでの行動は相変わらずらしい。
「…なぁ、アイツって君らにそこまで貢献してるのか?」
すると類は、爬虫類めいた瞳に喜悦を走らせる。
「それはもう!車をステージの屋根に載せたり、ジェットコースターの安全装置を改造して貨車を空中に投げ出せる様にしたり、観覧車の回転速度をGで死ぬギリギリまで上げたりと…、あの人には興味が尽きませんよッ、フ、フフフ…」
「………」
どこだろうと無駄な才能をフルで発揮する所は、さすが信孝といったところか。
「あの人の創造性は凄まじいですよ!あの大砲を作った時も、宮崎さんのおかげで射程を倍に出来たんですから」
「え……アレ君が作ったのかッ?」
さらりととんでもない事を口にする類に、理雄は思わず突っ込む。
「えぇ、僕達『ワンダーランズ×ショウタイム』の舞台装置は、主に僕が担当していますから」
類はこともなげに言うが、どう考えても普通の高校生にできる所業ではない。……実際に人間を大砲で飛ばすなんてマネを平然とする神経も含めて。
(若手研究員時代のブライトもこんな感じだったのかな…)
まぁ、『不死の首飾り』による復活以前の彼を、自分は見た事ないが。
「…えむは大丈夫か?誘拐沙汰とかあったろ?」
あの時は大丈夫そうだったが、後になって恐怖がフラッシュバックし、心的外傷を負う話は珍しくない。
「ん…あぁ、いつも通り元気ですよ。確か志熊さんが助けてくれたと…」
「まぁ、たまたまな…」
「僕も感謝しているんです。メンバー全員が、貴方に感謝しています」
ふと類の顔を見ると、さっきまでの喜悦が消え、柔和な笑みを浮かべていた。甘いフェイスから語られる感謝の言葉は、自然と心に伝わってくる。
司もそうだが、普通にしていればモテそうな2人だと思う。
「…チケットありがとうな、急な予定が入るかもしれんが、なるべく行く様にするよ」
「えぇ、ぜひ…。お待ちしています」
*
【千葉県某所〜サイト-◽️セクター815 医療棟】
重い瞼を開ける。
脳と全身が痺れた感覚の中、キツイ芳香剤の匂いと眩しい程の白色が飛び込んでくる。
すぐにこの場所が医療施設であると理解した。
ふと目線を少し奥にやると、見覚えがありまくる男たちがいた。
皆、自分がこの世で最も信頼を置くジュリエット達だ。だが彼らの表情は深刻そうだった。全員が無言でこちらを眺めている。心なしか、彼らの眼には痛々しい程の同情の色が浮かんでいた。
長い沈黙に不安を覚えた頃、英牙が重い口を開く。
「リュー…、非常に言いにくいんだが………お前は10年間ずっと寝ていたんだ」
一瞬、英牙の言葉が理解できず呆然とする。
一体どういう事なのか?自分が最後に覚えているのは、鉱山地下で'鶏'に殴り飛ばされた事……だ……。
その時、自分が寝かされている医療用ベッドの傍に机がある事に気付いた。そこにはスタンド式の小さな鏡が置かれており、そこには…、
------顔の大部分を髭が覆っていた。
「あ…………アァ…!」
これは自分の目の錯覚か、それとも麻酔の影響か。
鏡が光を反射し、情報として映された自分の果てた姿を受け入れられず、自然と震える右手が自分の顔に伸ばされる。髭を直接掴み、己の身の時の流れを確かめようとし------
-----------ビリッ。
「……は?」
糊が剥がれると同時に、間抜けな声が出た。
瞬間、ジュリエット達がドッと大笑いをし始める。
「「「ファハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」」」
その時、全身から体の力が抜けた。
くだらない悪戯に溜息を吐くジュリエットの一振り------蒼部龍一郎は半眼で腹を揺する戦友達を見る。
「マジで信じかけたぞ……しょーもない事しやがって…」
見れば仲間の大半は腕を三角巾で吊り下げたり、足を引き摺ったり、身体中に包帯を巻いたりしていたが、当人達は気にした様子もなく笑い転げている。
「悪いな、発案は宮崎だ」
「だろうな」
「でも割と似合ってるぜ、ジュリエットいちの女顔のお前でも似合う髭だ」
「髭の材料は聞かない方がいいですよ?まぁ、俺だったら絶対に口に入れないけど…」
悟が信孝を指差し、信孝が笑いながら感想を漏らし、理雄がニヤケながら不穏な事を言う。
「クソ共はどうなった?」
「全員埋め立ててやったさ、不死身のフェニックスも、俺達の前じゃ2度と甦りはしねぇよ」
「甦っても飛べなかったんだろうな、だからあんな暗くてジメジメした所に居たんだ。翼が腐ってたんだろ、宮崎の性根みたいに」
「うるせぇぞ理雄」
信孝が理雄の肩を軽く拳で突く。だが事実であると自覚があるのか、その顔には薄ら笑いが浮かべられていた。
「まぁ、活動停止になったのは正直ツライ。お前らと暴れられなくなるなんてな…、けど、良いニュースもあるぜ」
自然と皆の注目が集まる。負傷や出撃停止でナイーブになってる中、明るい話題は大歓迎だ。
「本日、私こと宮崎信孝は……ゲイバーから解放されたぞォォォォォォッ!!」
「「おぉ〜」」と、周りから感嘆の声が上がる。
「やっと変なコンプレックス持ったオッサン達からオサラバできたぜ」
「残念だよ、お前のポールダンスを直に拝めなくて…」
英牙が可笑しそうに笑う。右手で杖をついていた。
「グループメッセージで写真や動画はたんまり寄越してきたけどな」
初雪が無表情のまま言う。頭には包帯が巻かれていた。
「ダンスは中々のモノだったが、歌は最悪だったな…、YOASOBIの『夜に駆ける』は特に」
苦笑する悟。こちらは車椅子に乗っている。
「サビの部分は特にな〜…、宮崎、少しは真面目に歌えよ、ホントは上手いんだろ?」
そう言う理雄はかなり元気そうだ。
「おいおい、歌は俺にとって【東京喰種】の赫子だ。切り札をそう簡単に見せるかよ」
大仰に言う信孝は、左手を三角巾で吊っていたが、気にした様子もなく笑って見せる。
あまり騒ぐと医療棟の看護師から怒られるので、続きはジュリエット復活の日にする事にした。
*
医療棟を出て、サイト内の廊下を歩いている最中、理雄の隣には信孝が一緒に歩いていた。他のメンバーとは医療棟の出入り口前で別れた。
【ユニット312】の扉の前を清掃しているデッドストック(Dクラス職員)を見流しながら、近くの自販機の前で、信孝が口を開いた。
「今日は一段と暗いな、シスの暗黒卿みたいになってんぞ、フォースの暗黒姫」
信孝は事あるごとに、自分を『〜姫』とか『〜王女』とか揶揄ってくる。
「…昔の女の皮を被った何かにうなされたんだよ」
自分達の過去は、機密にされている物を除けば、話すことは出来る。信孝はその台詞で何かを察したのか、それに暫く沈黙を返してきたが、やがて口を開く。そこにいつもの冷笑じみた薄ら笑いはなかった。
「…その女とは、ちゃんと決着つけたのか?」
「………」
暫く返答に窮していると、今度は信孝から語られる。
「まぁ、そう簡単にどうにか出来る話じゃないだろ、忘れるのが1番楽だし、無視すれば別の事に集中できる。無視は得意だろ?お前」
「……そうしてきたけど、本当にソレでいいのか迷ってる」
すると、信孝は嘆くように天を仰ぎながら両手を振る。
「おいおい…、一度『3フィートの世界』に入ったら他の事一切気にしないお前が何言ってんだ、我欲に染まりきったお前らしくないぞ?それともココに来てホントに『キレイな理雄』になったのか?」
信孝の冗談に苦笑していると、不意に2人の間に沈黙が訪れる。
お互いに暫く黙っていると------、
「…俺はある日突然、恋人でもあった幼馴染の1人を殺された」
前触れもなく、ボソリとした口調で理雄が語る。
「高校に上がって間もない頃、いきなり家にサーキックの連中が乗り込んできたんだ、そして奴らは俺の目の前で俺の両親と------その子を火炎魔術で生きたまま焼いた」
「………」
「俺も殺されそうになった、だが、その時先代のジュリエットチームが玄関のドアをブチ破って、サーキック共を1人残らず撃ち殺したんだ」
「…隊長や副長もいたんだよな?」
「あぁ、もっとも、あの時はガスマスク越しで顔が分からなかったけどな…」
当時、自分の命を救ってくれた起動部隊が英牙達だと知ったのは、随分後の事だ。
「酷かったのはその後だ、その子の父親は既に亡くなっていて、母親は娘の惨たらしい死に耐えられなかったのか、数ヶ月後に自殺、俺は悲惨な現実を前に精神の均衡を崩して不登校になり、空手にも行けず、妹と他の幼馴染達に介護されながら生きていた…」
3人には迷惑をかけ過ぎた。1人でトイレにも行けない状態の大男の介護を毎日するのは、大事な人間を失い、同じ様に苦しんでいた同年代の少女達にとって、とても酷な事だっただろう。何より…、
「当時の俺は周りが完全に見えなくなっていたからな…、……気が触れて妹に襲いかかった事もあったか…」
その時、自分は彼女と一線を越えてしまったのだ。
「気付いたらあいつは泣いていた。全く……、最低だったよ、多分人生で一番のやらかしだ…」
------俺はあいつの気持ちにつけ込んだんだ。リリカはあいつにとっても大事な人で、あいつ自身も辛かった筈なのに…。
「……で?その事がいちは気になってるのか?」
気付けば信孝は、黙って話を聞いてくれていた。普段は滅茶苦茶な奴でも、仲間を何よりも大事にするのがこの男なのだ。
つくづく憎めない奴だと理雄は思う。
「いや、確かにそれもある…、ただ、1番気になるのはえむだ」
「あの嬢ちゃんがどうかしたのか?」
理雄はメリッタの店で話した内容を伝える。不死鳥運輸の件については信孝も知っていたが、えむの父親との関係までは知らなかったらしく、少し驚いていた。やがて理雄から目をそらし、考え込むそぶりを見せる。
「…最近のえむの様子は俺には分からない、ずっとゲイバー漬けだったからな…」
「だよな…」
「……なぁ、最悪のケースは考えても無駄だ、知ってるだろ?」
信孝の言う通り、それは事実だ。
何が起きようと、目の前の状況に対応するのが自分達の役目だ。ただ、するべき事をするだけ………そこに'不可能'なんて概念はない。やり遂げてこそのジュリエットだ。だが…、
「俺は大事な人を亡くす辛さを知ってる、あの子の父親が'事故死'したなんて事になれば…、あの子は笑顔を失うかもしれない…」
自分とえむは最近知り合ったばかりだ。だが、過去の幼馴染達とどうしても重ねてしまう。
……認めたくはないが、彼女らと同じ様な惨劇を、自分はえむや一歌たちに会わせたくない…、そういう意味では、リリカ達と一歌たちを重ねているのかもしれなかった。
「大丈夫さ、そんなシェイクスピアみたいな悲劇、そうそう起きないだろ、お前は割とネガティブな性格だからな…、ついついそんな風に悪い方向に思考が行くんだよ」
「…自覚はある、だから『無視して踏み越える』なんて信条があるんだ」
不必要に卑屈になったり及び腰になっては前に進めない。この信条はそんな自分を撃発し、コントロールする為の物だ。
「ならいつも通りそうしろよ、今までもそうして来たろ?迷う必要ねぇよ」
「……そうだな、そうかもしれないな…」
信孝の言う通りだ、メリッタが言っていた様に、自分を見失いかけていたのかもしれない。悪夢のせいで神経過敏になっていたのかもしれない。
そう言うと、信孝は満足そうに笑う。
「ガハハ…、それでいい、お前は悩める乙女よりも、周りを無視して突っ走る暴君嬢の方が似合ってるよ」
「なんだよ、繊細さは俺の長所だぞ?短所にならないようにはしてるが…」
「結構な事だ。まぁ、でも…あれだな…」
不意に、信孝が少しばかり目を伏せる。
「なんだ?」
「いや、こんな事言うのは俺らしくないって分かっちゃいるんだが………お前や、他の皆は、自分なりに過去と決着をつけようとしてるんだよな…」
やがて、信孝は自嘲気味に小さく笑う。そこにはいつもの不遜さはなく、どこか寂しそうだった。
「俺はずっと過去を引き摺ったままだ…、何も変わっちゃいない。俺はあの頃のまま、バカで……非力で……自分が救うと誓った女すら死なせた、どうしようもないガキで………未だにどうしたいのか、自分でも解っちゃいないんだ…」