Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
信孝と共にバスでシブヤに帰って来た。バスの渋滞でフェニランのショーには間に合わなくなったが、せめてショーの労いくらいはしようと思った。
「じゃあ、またな」
「あぁ、アイツらによろしくな。俺はコレからやらなきゃいけない事があるんだ」
バス停の前で信孝と別れると、そのまま徒歩でフェニランに向かう。入場口で料金を払うとステージのある位置まで向かう。
その時、ショーの観客らしき人たちがこちらに歩いてくる。
「なんなんだよアレ…」
「途中から役者の動きおかしかったよね?」
「時間を無駄にしたな」
三々五々に不満を述べる彼らは流れるように背後の出入り口に向かう。
…どうやらショーの結果はあまり良くなかった様だ。
(労いじゃなく慰めをするか……見ていないのにな)
そうして歩いているとステージが見えてくる。キャスト達を確認した時、おや…と思う。全部で4人いた筈のワンダーランズ・ショウタイムの4人が今は2人しか確認出来ない。
…嫌な予感がしつつもステージの傍までもう少し近づいてみると、途端に理雄は来たことを後悔した。
ステージ周辺の雰囲気は最悪だった。理雄も何度か経験した事がある仲間同士の揉め事、軋轢が生んだ張り詰めた空気の残り香がその場を支配していた。仲間同士互いに顔すら会わせようとしない彼らを見て、理雄はそう確信した。この場に類と寧々がいない事から、おそらく2人が立ち去る位には揉めたのだろう。
「……クッ…!」
「あッ…司くん!!」
顔を伏せたままの天馬司が突如駆け出す。後ろからのえむの制止の声を無視して前も見ずに突っ走った彼は、やがて理雄の手前近くまで接近し------、
「ぐあッ!?」
正面から理雄と激突した。理雄は微動だにしていない。理雄の胸筋に顔面が当たってボールの様に弾き飛ばされた司は、背中からゴロゴロと後ろへ転がっていき5mくらいの所で止まる。彼は今、御伽話に登場する白馬の王子を模した煌びやかな服を纏っている。おそらく舞台用の衣装だろう。
「ッ〜〜痛…!!」
「…大丈夫か?」
何をやってるんだ…と、少し呆れた様子の理雄が倒れた司に手を差し出す。額を抑えながら顔を上げた司は目の前の人物を見て目を見開く。
「し、志熊先生ッ!?」
「声がデカい、どうも」
「な、何故ここに?」
理雄は懐からチケットを一枚取り出しおもむろに司に見せる。
「お前らの舞台装置担当の奴から貰ったんだ。…で?ソイツはどうした?」
「………」
「ショーは見れなかったが、さっき観客とすれ違った。…あまり嬉しい結果じゃなさそうだったが…」
「ッ…!!」
司は血が滲む程拳を握りしめると、やがて絞り出すような声で話す。
「俺は間違ってなんかいない……俺は…全ての観客と向き合わなければ…ッ!」
「…なに?」
こちらの疑問にも答えず、司はすぐに起き上がり何処かへ走り去ってしまう。…一体なんなのだ…。
「あの!先生…ッ!!」
声がした方を振り向くと、鳳えむがいつの間にか理雄の近くまでやって来ていた。ピンクのチューリップをイメージしたスカートが特徴的な全体的に明るく可愛い衣装を着込んでいたが、当の彼女は今にも泣き出しそうだった。
「…何があった」
「み…みんなの…」
一瞬、嗚咽を堪え、えむは言葉をなんとか紡ぐ。
「みんなの笑顔が………なくなっちゃったよ〜〜……!!」
*
えむから事情を聞き終えた後、理雄は小さくため息を吐いた。
「…つまり、その歌姫が人前に出れない故に…ネネロボ?を使ったものの、充電不足のおかげでストーリーの進行に支障が発生、ショーは失敗に終わり、歌姫がそもそも人見知りな性格である事を否定して責め立てた司に、ブライトジュニ……類が見限りワンダーランズ・ショウタイムから離脱し、今やチームはバラバラ……って事か?」
「はい…」
消え入りそうな声で答えるえむ。
理雄は考える。司の言う『観客一人一人と向き合う』という考えはよく理解できる。かくいう自分も10代の頃から人類の守護者として必要な心構えやプロ意識は徹底的に刻まれた。まだ自分が甘ったれたガキだった頃は、先輩や教官から容赦なく自分の個性を否定され、一切の手抜きや妥協も許されず、ただひたすら財団の一員になる事を求められた。物事を成し遂げる為に全てを完璧にこなすのが当たり前の世界で生きるのは何も自分だけではない。司もまた、世界一のスターという遠い理想を勝ち取る為に必死なのだ。
「……だがまぁ、それで事の本質を見失えば本末転倒か…」
「え?」
「いや、なんでもない。それより…」
理雄は独り言を切り上げえむに再び向き合う。
「あいつの目標は世界一のスターになる事なんだよな?」
「は、はい」
「何故、あいつはスターを目指している?その目的は聞いているか?」
「えっと…咲希ちゃんの……妹さんの為だって…!」
「咲希の?」
どういう意味かと問うと、えむは少し躊躇いがちに話す。おそらくデリケートな内容だけに話すべきか迷ったのだろう。
「昔の咲希ちゃんって……病弱だったそうなんです。毎日熱を出したり、入退院を繰り返したりして…友達にも会えず毎日が辛かったそうなんです。そんな時に司くんが病室で一生懸命ショーを披露したんです。辛そうな咲希ちゃんを元気付ける為に何度も病院へ行って、どうしたら面白くなるか必死に考えて……その時、咲希ちゃんを笑顔にしたいって気持ちが、司くんをスターに憧れさせたんです!!」
途中から熱の入った声で訴えるように叫ぶえむ、おそらく彼の本当の想いに彼女も気付いているのだろう。
「司くんだけじゃありません……類くんも寧々ちゃんも…私も……みんなを笑顔にさせたいってホントに思ってるんです!!だから…!」
その時、心の激動で涙腺が崩壊したように、彼女はポロポロと涙をこぼし始めた。
「こんな‥‥離れ離れになって、みんな……誰も笑顔に出来なくなって……そんな……そんなのやだよぅ…!」
「えむ…」
想いを吐露する様に泣き出すえむをそっと見守りながら、理雄は一つの決断を下した。
「えむ……歌姫がどこに行ったか分かるか?」
「…え?」
涙を拭ったえむがキョトンとした顔でこちらを窺う。もはや名前呼びする事も厭わず、彼女の目を見て言う。
「俺は……君の…君達の想いを守りたい。だから、やるべき事をする」
そうだ。自分が……志熊理雄が守りたいのは彼女らの笑顔とその想いだ。世界の闇に触れて来た自分はいつの間にか笑えなくなっていた時期があった。仲間といる時以外、自分が真の意味で笑える時はないと思っていた。だが彼女らを……光の中で笑顔を絶やす事を良しとしない者達がいるからこそ、自分の様な世界の闇で生きる自分が救われるのだ。
…誰かが照らさなければ、光もまた闇に呑まれる事を知っている。だから自分は彼女らの力になると決めた。
えむはしばしポカンとした表情を浮かべていたが、やがて理雄に託すかのように声を振り絞る。
「すごく落ち込んでいたから……まだフェニランの中にいると思います!」
「わかったッ」
そう言うや否や、理雄はステージを後にした。以前見た事のある寧々ね容貌を脳の記憶領域から引っ張り出し、何とか全体像を思い浮かべると、彼女を探すべくフェニランの敷地内を駆ける。
しかし園内は想像以上に広く、休日なだけに人もかなり集まっている。闇雲に探しても見つからないとすぐに悟り、理雄は近くにある園内の案内図が描かれた掲示板を見遣る。
------もし自分が仲間と揉めた時、自分ならどこに行く?周りから責められ、とにかく居心地が悪くて仕方がない時、自分ならこの広いテーマパークのどこに行くッ?
そう考えながら案内図を目で追っていくと、一つのエリアが目に留まる。園内の隅にある小さなベンチ群だ。売店やアトラクションからも離れ、人通りも少ない小規模な休憩スペースなら人も殆ど寄り付かない。
------ここだ。自分ならここで1人になりたい。
正確な場所を確認すると、すぐさま足を運ぼうとする。
「------理雄先生?」
その時、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ってみると、狼を連想させる鋭い雰囲気を全体的に纏った少女がいた。短い銀髪と目鼻立ちが整った童顔が特徴的な少女-----日野森志歩が普段着姿で佇んでいた。
「志歩?」
「どうも…、えっと……ここで何を?」
数字の入った緑のダブルを着た志歩が不思議そうな顔で尋ねてくる。理雄という人物が遊園地に来る……なんてイメージがピンと来なかったのだろう。
「悪い、今急いでるんだ!」
一瞬、『頭がクルクルパーになる茸事件』によるLeo/needの暴走劇が理雄の脳裏を過ったが、見た感じ記憶処理は機能しているようだ。
挨拶もそこそこにさっさと踵を返そうとすると、
「あッ、待ってください!聞きたい事があるんです」
止められて振り返ると、今日フェニラン内の売店で限定販売されていた『フェニーくんレインボーヒーローversion』という見出しが貼られた手のひらサイズのカラフルに輝くフェニーくんのぬいぐるみを大事そうに抱えていた志歩がこちらにずいッと迫る。
「お姉ちゃんと連絡先交換したって本当ですか?」
「…へ?」
何を聞かれるのかと思えば、予想外過ぎる質問に対し思わず間の抜けた返事をしてしまう理雄。しかし冷静になって考えてみれば、現役の人気アイドルである雫が同じ学校の教師と連絡先を交換し合ってる……なんて状況は、他者が聞いたらどんな憶測を呼ぶか分かったものではない。身内である彼女からすれば当然心配もするだろう。ただ…
「…その話誰から聞いた?」
「少し前に、お姉ちゃんが私の部屋で嬉しそうに話してたので。『これで理雄先生と気兼ねなくお話できるわ〜!』って」
(あの女ッ…!)
頭痛を堪える様に鼻の根元を抑える。悲しい事に、あれだけ周りには言うなと忠告したにも拘らず、溺愛する妹の前ではまったくの無意味に等しかったらしい。深く溜息を吐いた理雄は再び志歩に向き直る。
「……本当だよ。ただし俺から迫ったんじゃないぞ?困っていた時相談に乗る為に…」
「それは分かっています。……信じてますから」
「あ、あぁ…」
揺るぎない真っ直ぐな信頼をぶつけられ、思わずたじろいでしまう。
「私たちがバラバラだった時………先生が自分の意思で助けたいから助けてくれたんですよね?お姉ちゃんたちも……多分同じ理由なんだと思います」
「志歩……」
「これから…また誰かを助けにいくんですか?」
「…あぁ…!」
志歩の目を真っ直ぐに見据え力強く首肯する。彼女はフ…と口元を微かに綻ばせると、
「-------行ってください。先生は……自分の意思で誰かを救える人なんです!」
「…ッ!」
理雄はこの時まで気づいていなかった。この世界では、自分が守りたい人達が出来ただけではなく、自分の意思と行動を認め、尊敬と信頼を寄せてくれる人達も出来たのだ。
……彼女はそれを、真正面から伝えてくれた。
「…行ってくる」
もはや迷いはない。フェニックス・グループの件で自分がどう動くべきか迷っていたが、やはり自分は、自分が守りたい人達の生命と想いを守りたい。過去のトラウマや絶望、無力だった自分への怒りや、全てを奪った世界への憎しみも消えはしない。これまでは自らの誇りと尊厳の為にひたすら理不尽に対し抗ってきた自分だが、これからは------この人達を守る為に抗うッ!!
その為の一歩を今------志熊理雄は踏み出した。
「あ…最後にもう一つ!」
志歩に袖を引かれ踏みとどまる。今度は一体何かと振り向いた瞬間、眼前に彼女のスマホが突き出された。
「私とも連絡先交換してください」
「え?」
「お姉ちゃん達ともしたんだし、別にいいでしょ?」
「いや、でも…」
「い・い・で・しょ?」
「わ…わかった」
珍しく押しが強い志歩に理雄は面食らう。そして彼女の表情は相変わらずクールな無表情のままに見えるが、瞳に宿る熱量の次元が明らかに先程と異なる。『お姉ちゃん達だけズルい、私も』といったノリに近い気もするが、もっと強烈な………男の自分にはない、ただならぬ激情を全身に纏っており、思わず身を引いた。
恐る恐るスマホを差し出すとバッ!と奪われ、どこぞの機械オンチアイドルにも見習って欲しい程の高速操作で、あっという間に志歩の連絡先が入ったスマホが戻ってきた。
これで良かったのだろうか……と今更ながらに志歩を見遣る。
「ふふ…」
無愛想で無口な彼女が、普段なら決して見せない笑顔を浮かべていた。
心が綻び、温かな気持ちが溢れ出た様な彼女の表情を見て、理雄はしばし何も言えず、無意識の内に見惚れていた。
その笑顔は、かつて理雄と絆を結んだ、剛気さと秀美さを併せ持つ幼馴染の1人を思い出させた。
『アンタは女がいないと生きていけない。だから代わりを見つけた』
その幼馴染の顔が、かの夢で自分に突き刺した言葉。
違うぞ------それは俺の真意ではない。絶望は果てしなく深く暗く、耽溺はひどく蠱惑的で甘美で---------それでも俺は、諦めないと誓った。泥を這いずりながらも、みっともないと思われようとも、最後まで抗うと決めた。
(お前がそれを認めてくれたんだ。そうだろ?------レーナ)